フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月20日(土) 曇りのち小雨

2014-12-21 13:12:29 | Weblog

7時、起床。

朝食はとらず、8時半に家を出て、大学へ。

10時から現代人間論系の助手の採用のための面接審査。対象者は5名だったが1名欠席。12時に終了。

卒業生のRさん(論系ゼミ2期生)が研究室を訪ねてきた。手土産のメロンパンをつまみながらおしゃべり。お住まいのある国分寺のパン屋さんの人気商品とのこと。

「五郎八」に食事に出る。スロープの中央の鉄板の囲い彼女が1年生の途中で設けられたものなので、彼女は鉄板の囲いのない広いスロープの風景を知っている。 もうしばらくすればこの鉄板も撤去される。

私は京にしんそば、Rさんは鴨南蛮を注文。

食後のコーヒーは彼女の希望で「カフェゴト―」で。チョコレートタルトとチーズケーキのハーフ&ハーフを注文。

こういう場合、人間には2つのタイプがいる。手前のチーズケーキから先に食べる人間(私がそうだ)と、両方を交互に食べる人間(Rさんがそうだ)である。

私の観察する限りでは、女性は圧倒的に後者のタイプが多いように思う。男性については、男性とケーキを食べる機会が少ないので、データの裏付けは乏しいのだが、おそらく私のように一つを先に食べてから次に移る人が多いのではないだろうか。異性に関してはいざしらず、ケーキに関しては、女性は二股三股を好むのである。

「最後にどちらで終わるかは決めています。チョコレートタルトです」とRさん。「最後に何を食べるか」は重要なようである。

Rさんはすでに入籍をすませて国分寺で新婚家庭をもっているが、挙式は来年の4月で、私はそこでスピーチを頼まれているので、その材料を仕込むべくいろいろとインタビューをした。

Rさんの夫は警察官である。「市民の安全と君の幸福を守ります」とプロポーズしたそうだ・・・というのは嘘で、プロポーズらしいプロポーズの言葉はなかったそうで、Rさんはそれが少々不満のようであった。

「一緒に暮らし始めてみてそれまで知らなかった彼の一面を知るということはあった?」と質問したら、「寝言をいうことです」とのこと。ムニャムニャではなく、けっこうはっきりしゃべるらしい。たとえば、「家族会議を始めよう」とか(笑)。Rさんが、「うん、始めよう」と答えたら黙ったそうだ。一体、議題は何だったのだろう。

「彼のどんなところが好きになったの?」と質問したら、「まじめで、やさしいところです」という普遍的な答えが返ってきた。独身男性諸君、どんな時代になっても「まじめで、やさしい」男性はもてるのである。基本はこれである。肝に銘じでおこうね。

「加えて、ピュアなところです」とRさんは言った。「まじめで、やさしくて、ピュアな人」。無農薬栽培の野菜みたいな人である。

ちなみに彼女は同年代の多くの女性がそうであるように西島秀俊のファンで、彼の結婚が報じられた時は、ツイッターで嘆き悲しんでいた。西島秀俊は「まじめで、やさしくて、ピュアな」イメージであろうか。必ずしもそうではないと思うが、そういうタイプの男性も好きなのであろう。でも、きっと、女性とケーキをめぐる考察が正しければ、最後は「まじめで、やさしくて、ピュアな人」を選ぶのであろう。最後になにを食べるか、いや、選ぶかがか重要なのである。

帰宅すると、アマゾンで注文しておいた「ポメラ」が届いていた。タウン誌の編集者のTさんの話を聞いて、ネットにつながらないメモ専用のワープロもいいなと思ったのである。昔使っていた折り畳み式ものよりこのタイプのものの方が薄くてよいと思う。

夕食は茄子とベーコンの煮物、ウィンナーの天ぷら。


12月19日(金) 晴れ

2014-12-20 13:05:06 | Weblog

7時、起床。

9時に病院に電話して母の担当医と話をする。検査入院は年明けに行うことになった。検査の二日前に入院し、検査の翌日に退院する3泊4日のスケジュールである。われわれであれば大腸内視鏡検査は日帰りですむが、高齢者ということでそれだけの余裕が必要なのだろう。来週の水曜日に私一人が病院へ行って、検査の申し込み手続きをして、担当医と今後のことを相談することになった。

クリームシチュー、トースト、サラダ(トマトとベビーリーフ)の朝食。

今日は母の体調がいまひとつで、妻は朝から仕事に出かけているので、母が一人でいる時間をできるだけ短くするため、昼からの予定を2つキャンセルして、夕方からのゼミに出かける時間ギリギリまで家にいることにした。

昼食は鮪の佃煮でお茶漬け。

3時半に家を出て、大学へ。

今日が年内最後のゼミ。4年生から完成したゼミ論を受け取る。

その後、場所を教室から現代人間論系室に移して、来年度ゼミに入ってくることになっている2年生も招いて、4年生~2年生の合同ゼミ懇親会。準備は3年生がしてくれている。

乾杯、歓談のあと、ゼミ論を提出し終えた直後の4年生から一人ずつ後輩たちへメッセージ。

N君の語りはなかなかゼミ長ぽかった。

2年生(第7期)は16名(女子11名、男子5名)中、半分の8名が参加。一人ずつ自己紹介をしてもらった。

3年ゼミ長のA君から2年生へのウェルカムスピーチ・・・のはずであったが、なぜか、「僕は春からしばらく旅に出ます」という自己物語が語られた。その間のゼミ長代行を決めなくちゃ。

4年生はゼミ論集の編集作業が残っている。

3年生はライフストーリーインタビューの編集作業に馬力を入れて。

2年生は4月までの間にしっかり本を読んで、自分の関心テーマ(ゼミで勉強したいこと)が語れるようになっていること。

とりあえず今年はお疲れ様!

来年もよろしくね。

帰宅すると野良猫のなつが玄関先にいた。私を待っていたかのようにじゃれついたきたので、腰を下ろして、膝の上に乗せてやると、暖かいのだろう、喉をごろごろさせながらじっとしていた。

いつになく野良がじゃれつく夜寒かな  たかじ

 


12月18日(木) 晴れ

2014-12-19 11:38:20 | Weblog

8時半、起床。

トースト、ミニメンチカツ、サラダ(トマト、レタス)、紅茶の朝食。

昨夜の残りの肉団子スープがあることを忘れていた。

11時に「ルノアール」でタウン誌の編集者のTさんと会う。次号の原稿の相談および雑談。大森(上池台)に「たかじ」という名前のカフェレストランがあるそうで、Tさんは先日、実際に行かれた、名前の由来を直接マスターに聞いたそうだ。マスターのお父様の名前(社治=たかじ)から取ったそうだ。私の「たかじ」は「孝治」だが、「孝治」という名前の人はいても「こうじ」と読むケースばかりで、「たかじ」に会ったことがない。そもそも「たかじ」という読みの名前の人にも会ったことがなかったのだが、今回、「たかじ」という名前の人がいるのを知って驚いた。いずれお店を訪ねてみたいと思う。パンケーキが美味しいらしい。

12時前に「ルノアール」を出て、その足で大学へ。

1時から大学院の演習。

演習の終わるころ、ゼミ4年生のUさんとMさんがゼミ論の提出に来た。明日の(年内最後の)ゼミの時間に提出ということになっているのだが、明日は所用でゼミを休むそうなので、一日早く提出に来たのである。分量の確認だけして、受け取る。

あれこれの雑用を片付けて、大学を出る。 

遅い昼食をとるために神楽坂で地下鉄を降りて、「トンボロ」に行く。

スパゲティ(たらこのクリームスープ)とコーヒーを注文して、あゆみブックスで購入した本に目を通す。

宇沢弘文『社会的共通資源』(岩波新書)  学生時代に読んだ同じ著者の『自動車の社会的費用』(岩波新書)の新鮮な驚きはいまでも記憶にある。

松浦弥太郎『僕の好きな男のタイプ』(講談社)。「おとこまえ」の男とはどんな男であるかを論じている。

井ノ上陽一『フリーランスのための一生仕事に困らない本』(ダイアモンド社)。「フリーランス」という言葉には、(会社勤めをしている人間には)それを憧れる気持ちと、それを恐れる気持ちがあるだろう。

福間健二『佐藤泰志ーそこに彼はいた』(河出書房新社)。1990年に41歳で自殺し、近年、『海炭市叙景』や『そこのみにて光輝く』の映画化で再発見された作家の評伝。著者は長年の友人であった詩人。文句なしに面白い。たとえば、彼が中学2年生のときにガリ版刷のクラス文集に載せた「人生計画」という文章が紹介されている。

10代 小学、中学、高校を落第しないで無事卒業する。高校卒業後、市役所に務める。

20代 市長が気にくわないのでやめる。家でのんびり毎日をすごす。そのうち、父母があの世へ旅立つ。そう式は簡単にやって、家財道具はみんな売りはらう。その金でアパートに住む。しかし、金もすぐなくなるので、何かアルバイトをやる。どうやら、命はつなぐことができる。金持ちのむすめと「ケッコン」する。

30代 小説を書きはじめる。はじめて詩集を出す。名前は『この道』。これが大評判。

40代 小説で芥川賞受賞。雑誌社より頼みにくる。バイクにはねらて「ケガ」をする。

50代 世界で一流の小説家になる。この時まで詩集を五冊、小説を十冊出す。どれも有名となり、テレビダレントまで頼みにくる。

60代 ノーベル文学賞を受賞。このころから推理小説も書くようになる。

70代 推理小説で江戸川乱歩賞受賞。またまた有名になる。

80代 つまり「胃ガン」で死ぬ。私も「ガックリ」きて小説は書かないことにした。そのうち人間国宝となる。

90代 余生を送るため九州に行く。そこで短歌を作り歌集を出す。

100代 文学小説五二冊 推理小説二九冊 詩集十二冊 歌集一冊を出し、百二才で死ぬ。これはみな国宝になる。

 「これは、人生計画の傑作である。九四冊の本を出して、百二才で死ぬ。最初が『この道』という詩集。なるほど、と思う。その前に、金もちのむすめと「ケッコン」するまでの人生をおいている。そのあとの九三冊全部の題も並べろと言えば、この中学生は嬉々としてリストを作っただろう。
 これだけのことを考えて同級生や先生たちを驚かせただろうから、それで満足して文学なんかに手を出さないという人生もありえたろうか。いや、この表を人に見せたことでに責任をとるように、その後の生き方が決まったのかもしれない。
 この文集には読書感想文の欄もあった。佐藤泰志は漱石の『坊ちゃん』について書いている。そのしめくくりは「坊ちゃんは、人間ほんらいの心をしょうちょうし、赤シャツや野太鼓は、社会というものを描いている、といっていいと思う」となっている。こういう正解をたやすく手に入れた。私の関心のある文学者でいえば、詩人のチュラン・トマスがそうである。
 ここから最後の死まで一直線に歩いたといえば、人間の生きる過程を単純化しすぎることになろう。でもこのころになにかをわかってしまった。そういうことはあると思う。文集の最初に先生が書いている。「どんな人でも、はっきりと自分の場を持ち、地に足をつけて、生活している人は、たのもしい」という言葉のまじめさに対して、浮いてしまったようななにかを抱えこんでしまったのだ。始末に困るような別なまじめさとして。」(11-13頁)

ちなみに佐藤泰志と村上春樹は同年(1949年)の生まれである。永山則夫もそうである。 

ダルビッシュ君の作るスパゲッティはシンプルで美味しい。

スパゲッティとコーヒーのセットで1000円は安いと思う。

東京ステーションギャラリーで開催中の「東京駅百年の記憶」展をのぞいていく。

1914年、1964年、2014年の東京駅周辺(丸の内)のジオラマは写真撮影OKである。

1914年(大正3年)、開業当時の東京駅の丸の内はただの原っぱで、皇居との間には建物らしい建物がなかった。

1964年、東京オリンピックの年である。この風景は私にもなじみのものである。正面に丸ビル、右手に国鉄本社、左手に東京郵便局。

2014年、現在の風景。

5時半になったとき、照明が落ちて、ジオラマに灯りがついた。(2014年のジオラマには灯りはつかないようである。なんで?)

なので、2014年の夜の駅前風景は実写で。

気を付けてみると、東京駅のそこここに開業100周年を祝うポスターが貼られている。

ちなみに蒲田駅は開業110周年ですから。えへん(と威張ってみる)。

東急プラザの「くまざわ書店」で、木畑洋一『二〇世紀の歴史』(岩波新書)を購入。「帝国主義」という視点から1870代から1990年代までの「長い二〇世紀」を論じる。

帰宅は7時半を少し回った。

ここ数日、母のことがあって、1人で自由に過ごせる時間が乏しかったが、今日は妻が家にいてくれたので、そういう時間を取り戻した。小さな子供のケアと老親のケアは、そういう点で、似たところがある。

夕食はクリームシチューライス。

近所の方から母の見舞いでいただいたあまおうを、卒業生のRさんからいただいたどら焼きにはさんで食べる。ぜいたくなイチゴどら焼き。

食後、年賀状の準備。


12月17日(木) 晴れ

2014-12-18 03:54:50 | Weblog

8時、起床。

9時に昨日母が受診した大学病院に電話をして、消化器センターの担当医から超音波検査の結果について聞く。やはり念のため大腸内視鏡検査を受けた方がよいでしょうということだった。高齢者なので、日帰り検査ではなく、検査入院で行いたいとのこと。時期については、できれば年末年始の休みに入る前にしたいと思うが、うまく検査日程が組めるかどうか現時点ではわからないので、明後日の午前中にまた電話でご相談しましょうということになった。ある程度予想はしていたが、あわただしいことになった。年内ということは来週ということであろう。検査の前日に入院して、検査後その日のうちに退院としても、少なくとも連続して二日間を確保しておかなくてはならない。いろいろと調整が必要だ。

トースト(バターとマンゴージャム)、サラダ(ハム、トマト、レタス)、紅茶の朝食。

母の代わりに町内のお世話になっている方々へ年の瀬の届け物をする。去年、母に付いて一緒に回ったので、場所はわかっている。

ひとわたり届け物を済ませて、帰りに「あるす」に寄って行く。一ヶ月ぶりである。「越中屋」の突然の閉店の件があるから、いつでも行こうと思えば行けると思っていてはいけない。今日という日常が明日も明後日も続くという保証などどこにもない。行けるときに、行こうと思ったときに、行かなくてはいけない。

「あるす」という看板と「営業中」の札を見て、ほっとしたような気分になる。ドアを開けると、「いらっしゃい」とマダムが迎えてくれた。

二か月前に、ご夫婦の結婚50周年を祝ってお送りした花が(花の数は少なくなったものの)まだ咲いている。たいした生命力である。

モカを注すると、ご夫妻が昼食に食べていた、マダムお手製のホットケーキのようなものが付いてきた。

庭で獲れた夏みかんも。かなりすっぱいので、砂糖をまぶしていただく。

夏みかんはお土産にもいただく。年末はいつまで営業ですかと聞くと、決めていないのですとのこと。では、年始はいつから営業ですかと聞くと、こちらは決まっていて、たぶん6日からとのこと。なぜかというと、6日にダスキンの(交換に)人が来るからだと言う。

「よいお年を」の挨拶はまだしないでおいた。

コンビニで、昼食用にカップヌードル(トムヤンクン)と『ザ・テレビジョン』を買って帰る。

冬ドラマの前に年末年始のスペシャルドラマのチェック。

12月22・23日  NHK総合 22:00 「ナイフの行方」(脚本:山田太一、主演:松本幸四郎、今井翼) 山田太一が得意とする中高年男性と青年の心の交流を描くドラマ

12月30日  テレ東系 23:00 「東京センチメンタル:(出演:吉田鋼太郎ほか) 3つの大人の恋の物語

1月1日  テレ朝系 21:00 「相棒 season13 元旦スペシャル」(主演:水谷豊) 安定したシナリオ。

1月3日  HHKBSプレミアう 21:00 「京都人の密かな愉しみ」(主演:常盤貴子ほか) 3話からなるオムニバスドラマ

1月4日  テレ朝系 21:00 「DOCTORS~最高の名医~2015」(主演:沢村一樹) 冬の連続ドラマの初回(第O話?)でもある。

       TBS系 21:00 「わが家」(出演:長塚京三、向井理、田中裕子、村川絵梨) 20年前に突然家を出て行った父親の所在が明らかに・・・。

1月9日  フジ系 21:00 「鬼平犯科帳スペシャル 密告」(主演:中村吉衛門) 久しぶりに平蔵に会える。

雑誌を読みながら食事をしていると、はるがやってきて、テーブルの上のコンビニ袋に顔を突っ込んで遊び始めた。うっかり手を出すと、前足の爪で引っ搔かれる。

夕食は肉団子スープ。今日は寒い寒い一日だった。


12月16日(火) 雨

2014-12-17 09:45:02 | Weblog

7時半、起床。

トースト、マンゴージャム、サラダ(トマト、ブロッコリー、レタス)、紅茶の朝食。

今日は母が地元の大学病院で泌尿器の定期検診を受ける日。母は2002年の8月に腎臓癌の手術を受けていて、その後、定期的に検査を受けている。いつもは一人で行くのだが、今回は腰痛を抱えているため、私が付き添って行く。天気がよければ散歩がてら車椅子を押していくところだが、雨が降って来そうなので、タクシーで行く。病院には9時半に着いた。

まず採尿をしてから泌尿器科の前のベンチで待つ。予約診療だが、尿検査の結果が出てから呼ばれるので、1時間ほど待った。待っている間、母は隣に座った見知らぬ男性の患者さんと話をしていた。その人は膀胱癌を患っているという。「男性に多いのよね」と母は言っていたが、たぶん前立腺癌と勘違いしているのだろう。その人は若くして両親を亡くし、長男である彼がきょうだいたちの面倒をみてきたそうだ。そのためもあって、この年まで(60代くらいだろうか)独身できたのだそうだ。母は初対面の人からこうした話を聞き出すことに関して天賦の才能をもっている。その人は先に診察を終え、「姉さん、お先に失礼いたします」と頭を下げて、立ち去った。

母の番号が電光板に表示された。最近は患者の名前を呼ぶのではなく、こうした受診番号が表示されるシステムになったようである。指定の診察室に入って、主治医から検査の結果を聞く。尿には異常がなく、CTも泌尿器系には異常はないが、大腸に気になる箇所がみつかったという。盲腸のあたりの腸壁が厚くなっているという。消化器センターで診察を受けて下さいと言われる。今日はかなり混んでいるようなので今日でなくてもいいということだったが、出直してくるのも一仕事なので、今日診察を受けることにした。

消化器センターでは2時間ほど待たされた。私は持参した藤沢モト『勝負師の妻―囲碁棋士・藤沢秀行との五十年』(角川書店、2003)をずっと読んでいたが、母は腰痛をかかえているから、ただ座っているだけでもつらかったようである。待っている途中、病院の売店でおにぎりを買って、昼食にした。

1時半頃、ようやく母の番号が表示される。担当になった医師は母のカルテを見て、「87歳ですか・・・」と言った。大腸に何か問題がある場合、内視鏡検査が一般的だが、高齢者には負担なので、とりあえず超音波検査で見てみましょうということになり、診察室内のベットでエコーをかける。「経過観察でもでいいように思うが、超音波検査の専門家にも診てもらいましょう」と言って、どこかに電話をかけて、「いまから診てもらえる? よろしくお願いします」と言った。

超音波検査室は一つ上の階にあって、いろいろな診療科からの患者が回されてきていたが、午後ということもあって、それほど待たずに検査の順番が来た。検査は20分ほどかかった。検査結果を踏まえた今後の対応については明日の午前中に電話で医師から聞くことになった。

会計で支払いを済ませ、タクシーで帰宅したのは3時頃。昨夜のおでんの残りを温めて食べる。

去年の11月に結婚式を挙げた卒業生のRさん(論系ゼミ一期生)から、お菓子(どら焼き)が届いた。彼女は、先日、私が彼女とゼミ同期のNさんと行った「パン日和あをや」のある鹿島田駅の一つ隣りの平間駅の近くに住んでいる(ご主人の勤め先が武蔵小杉にあるのだ)。今日送ってきてくれたどら焼きは、近所の和菓子屋さんのもので、添えられていた手紙には、「私はこのどら焼きを食べた時、ゼミのスウィーツタイムで食べたどら焼きを思い出し、おいしくて、今ゼミ生だったら次のスウィーツタイムはこれにしたいと思いました(笑)」とあった。私の記憶が確かならば、ゼミのスウィーツタイムで食べたどら焼きというのは、Nさんが買ってきた日本橋「うさぎ屋」のどら焼きだったはずである。

手紙には今年の3月に生まれた長男の写真が添えられていた。晴輝(はるき)くんという名前である。晴輝くんは結婚式のときにはすでにRさんのお腹の中にいたのだが、披露宴ではそのことは披露されなかった。かわいい男の子である。二人のどちらにも似ているように思う。どら焼きのお礼を直接電話で伝える。いつものRさんの天真爛漫な笑い声が聞こえてきたが、学生時代よりも、いくらが声が低くなったような気がする。やっぱり子育ては大変のようである。小さなお子さん連れで会うとなると、「パン日和あをや」の二階の和室(一組貸切)は最適ではなかろうか。 

夕食はカレーライス。箱根旅行のときにお土産に買ってきた「小田急山のホテル」特製のカレーである。