最近、こういう未来世界を描いたSFというか
幻想というか異世界小説を描くときにSF的な背景
とか、未来予想の説明をしない小説が増えています。
『ねじまき少女』です。
この本などはタイが舞台というのはわかりますが、
出てくるものが突飛過ぎてついていけない人は
この世界に取り残されるでしょう。
それがSFと言ってしまえばそうなのでしょう。
ヒーチーキーチーやらメゴドント、チシャ猫
とか変なものが沢山出てきます。
その詳しい説明はありません。
この世界では、電気がほとんど使われてなくて、
原子力も化石燃料もメタンと石炭以外は枯渇し
た世界のようです。
その代わりに人力やぜんまいが動力として活躍
しているらしく、日本製のねじまきという新人類
が出てくるのですが、これがぜんまいで動くのか
どういう生き物なのかの詳しい説明はなく、京都
製で大手日本企業のハイテクにより生まれたらしい
事しかわかりません。
舞台がタイなのですがこれが妙なリアリティを
生んでいます。
本の最後に大震災以後はよりリアリティを感じて
どうのこうのというあとがきがあるのですが、
現在はタイの不思議な洪水被害で身近に実害と
影響を感じている身にはなにやら不思議な感じを
より受けます。
日本企業は大震災でサプライチェーンを見直しと
騒ぎましたが、遠くはなれたタイの大洪水で日本の
企業の操業がストップし、日本にとりタイという国の
重要性を見せ付けられました。
インドでも中国でもなくタイが舞台の未来小説が
なにやら現実味というか予言的にも感じられる
現在の状況です。
しかし、実際に温暖化とエネルギー問題にしても
水の流れや木材燃料ででも発電やエネルギー発生は
可能であり、ぜんまいを使うとか動物に頼るという
発想はあまり現実味が無いような気がします。
異様な未来世界を描くことでより文明批評や警戒
を発令したということであれば、遺伝子操作により
安全に食べられる食品が極端に少なくなるという
可能性は強いと思われます。
ブレードランナーが生命をテーマにしたのに対し
ねじまきは環境問題が重視される現代に置きなして
見せてくれたという感じです。
ただ、イエローカードの中国人がという表現の
重要人物ホク・センが物語的には全てを収拾する
大逆転的大団円を演出するのかと思われて盛り上がり
を見せるストーリーが突然の不発ではてと最後置いて
きぼりを食うのにはやはりタイだからということなの
でしょうか。
あまりに現実のタイと相似する未来のタイに世界の
不安を象徴するような小説です。