King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

マンデリンとリントン

2018年05月14日 10時56分51秒 | 珈琲

リントンミトラを飲みにいらっしゃる方に必要ならマンデリンも

飲んでみていただくのですが、それは半ば必要なことなのです。

というのは皆さんマンデリンの味を知っているようでいて知らないと

いうことに尽きます。

なのにマンデリン好きという人は多数おり、じゃあ何でという問いが

普通に浮かびます。不思議なことにそれにこたえられることが実際のマンデリン好きの人にも

できないのです。

となればじゃあマンデリンを淹れてみますねということになるのですが、

これは簡単なようでいて実はなかなかないことなのです。

 

というのも豆屋さんで普通のマンデリンG1とリントンミトラのようなスペシャルティが

両方置いてある店はないのです。

まして試飲できるとなるとこれは珈琲好きには尋常なことではないのです。

まあこう書いてしまうと収拾がつかないことにもつながるのであえて断りをして

置きますが、ひとりでやっていることなので私の手が空いているときにしか試飲は

できません。

 

それに一番感じてほしいのは珈琲の基本の味です。

そして季節を感じることの大切さ。

このさわやかな季節にはコロンビアとかガヨマウンテンのふくよかで花のような香りに

包まれたらと思うだけで脳にアドレナリンが満ちるような感じです。

まあ味の世界で大事なのはこのようにいかに多くの感動体験を持っているかというのが

大切で、有能な料理人とか三ツ星レストランのシェフとかとにかくよい材料を惜しみなく

つぎ込める資質とかそれをする努力とかがクローズアップされますが、実はその人が払っている

精神面での部分はというのはあまり触れられもせず話題にもならないのです。

コロンビアはまた言葉では説明の難しい豆です。

 

焼くのはあまり難しくなく、どのように焼いてもよく膨らみます。

簡単に膨らむので焼き方によっては味が抜けてしまうという結果になることもあります。

10分ぐらいで簡単に焼ける電気の焙煎器などではとんでもない味に出来上がることがあり、

そのようなコロンビアしか知らない人にいくら言葉で説明してもやはりピンとこないことになり、

これは酸味が嫌いというコーヒー通の人たちが抱く珈琲感にいかに挑むかということとつながります。

当店では視覚的に説明していかに完全に火が通ったムラのない豆を買うことが難しいかという説明させて

戴きます。

 

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禁断の問いと長澤まさみの祈る―

2018年05月14日 09時33分43秒 | 珈琲

ゴールデンウィーク後雨がよく降りすっきりしない日が続きます。

雨上がりののち、雲一つない青空が現れても本来の気持ちの良い

五月の日と違いなんとなく肌寒さが残ります。

そんな天候ながら、いやそんな天候だからか暖かい珈琲を飲むために

雨の日でも試飲の方は続いて訪れ色々と不思議な話がもたらされました。

 

全てを披露するにはとても複雑ないきさつを一つ一つ辿るようになり

とても無理なのですが、一旦は感じていただけるかもしれません。

そんな会話の中で出た秩父に起きている現象として寿司屋の減少という

のがあります。これは日本全国で起きた回転ずしの席巻ということで

簡単に解釈していいのかという問題です。

 

日本の食と味覚の危機という話がよく上がりますが、その一端にこの

現象が触れられるのですが、秩父には料亭というものも昔はたくさんあり

色町とか料理屋が立ち並ぶ通りとか柳が植わる通りがあり、そこに縁台を

出して将棋など指している人もいました。

 

どうしてという問いは簡単なのですが、それを聞いてしまったらその結果

もうその次はないということにあまり気が付かず、それはされてしまい

結果を知ったらもう結末という話はよくあります。当店でもその類の話は

あり、最近はそれは答えられるけれど知らしめることと与えることの違いに

終始することが大事だということに辿り着きます。

 

接客業の場合、お客様の求めるものははっきりとしていてそれを持っていると

思わせることと、いつかはそれに辿り着くと思わせることが重要でそれができるか

どうかが商売の優劣を決します。しかし、最近何かと情報化やマニュアル化という

事が進み、それらの手法も実は体系化され容易に知られていくようになっています。

 

商売には流行り廃りがあり、秩父ではかつて多くのすし屋や料亭で本格的な懐石料理や

日本食を味わえていました。ところが今はまともな寿司屋も探すのに苦労するし、

人によってはわざわざ飯能とか高崎とかに行くといいます。もちろん銀座の高級店に必ず

出かけるという人もいて本物を求めるという行動はどこに住んでいようと変わりはありません。

ただ特長として禁断の問いに答える要素を持ち得ないということに尽きます。

 

当店でいえばこういうことですと答えるのは簡単ですが、答えを聞いてしまったら人はもう

来なくなるという経験をするとそれを見せつつ答えないということが必要になることを知ります。

現状の秩父はまだそんなことを問われる心配のないレベル。どこの店でもはやりのホルモン屋で開業

してみたり、みそポテトをおいてみたり、ピザ釜を入れた店を出したり、ですが、季節を感じたり

メニューをその季節に入る食材で工夫するといったことはほとんどなく開店時のメニューが

つぶれるまで同じという恐ろしい店が圧倒的です。

 

秩父を訪れる人は増えているといいます。

春の芝桜とか冬の氷柱など昔から比べたら人を引き付ける具体的なものが増えたようです。

だからといって毎年さらに人を引き付ける努力がなされているかというとこれが秩父の店の

特長とよく似ていて今人気に少しでも応えようとかさらなる魅力をという努力があるかというと

そんなものはさらさらないという感じなのです。

 

それでもあれというようなことや人にはあまり騒がれずそれでもアカシアの香りに満たされたり、ガビチョウ

の歌声に聞き入ったり、夜はフクロウの鳴き声などを聞きに行ったり、シャクナゲの群落を見に

行ったりと今できる楽しみを上げることができます。

 

昨日見たテレビで意外な人が意外な役で出ているのを見てびっくりしました。

ゴジラ対モスラ対メカゴジラという他愛もない映画ですが、子供の頃夢中になってゴジラシリーズを

見たものには気になります。今ではcgでどんな絵でも作れますが、怪獣がミニチュアの街を壊すという

単純なしかけも怪獣に蛾の巨大なのが対峙するという発想も今となってバカらしいしミサイルを食らっても

死なずに何回も出てきてかたくなに日本に上陸してくるという設定も子供だましというにはおおげさで

モスラを操る双子の精霊のようなものにも子供の心をまたおじさんになった今でさえまたひきつけるもの

となっています。

 

子供の時に見たあの映像がまた採用されているということとまた同じ歌が歌われるというのはリメイクなんて

簡単な話ではないのです。果たしてあの歌はどんな意味があるのかと今では簡単に調べられ、何語という

ことかもしれてしまうのですが、モスラーヤモスラーラ、ラグラドムンヤイノルーと聞こえ、日本語のような

言葉が混じっている不思議なものなのです。それも当時の実物のアイドルであったザッピ―ナッツが演じて

いたのが、今回はなんと長澤まさみではないですか。それもやけに足がすらっとしてみた顔だなーと

よーく見ないと解らない感じでエンドロールで確認するとやはりそうだったのかという衝撃的なことに

感じます。ただ、今でさえ人気女優でCMにも多数出る女優ですが、2004年ではまだあまり知られる存在

ではなかったのでしょう。私の好きな女優で、すらっとした足が魅力なのにでは代表作というとすぐに

思い出すようなものもなく、よーく知るようでいて決定的なラウンドマークはないような感じです。

これなども禁断の問いに答えた姿のように見られます。

あの子供の頃に聞いたモスラの歌がまたつかわれていたことに感動です。

 

 

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