今日も清原逮捕のニュースで巷は持ち切りだったようです。無理もありません。あれだけのスターが起こした大不祥事ですから。
それでも結局は、高校時代からの盟友桑田真澄さんが言うことに尽きるのではないかと思います。曰く「野球では代打やリリーフがあるが、自分の人生に代わりはない」。まさにその通りです。自分の人生は自分で責任をとるしかないということです。
その意味で、清原和博を過剰にバッシングすることも、必要以上に擁護することも、間違っていると思います。彼が犯した罪は司法が裁くことであり、あとは自分自身がそれにどう向き合うかしかありません。
今回の事件から、せめても次につなげていく教訓があるとすれば、「第2の…誰かを出さない」ために、球界が何をするかではないでしょうか。
つい先日も、巨人の現役3選手が賭博問題で球界追放となったばかりです。これまでも新人研修会などをやっていますが、こうした事件が後を絶たないのは、こうした研修会のような短期間のOFF-JT(集合教育)では効果がなく、継続的な日々のOJT(仕事を通じた教育)が絶対に不可欠だということを示しています。
かつては、川上監督、西本監督、野村監督など、監督がそうした教育者の役割を果たすケースもありましたし、巨人の武宮寮長のような鬼寮長が私生活に睨みをきかせたりということがありました。しかし、それは極めて属人的なもので、システマチックなものとは言えませんでした。
今後の球界に求められるのは、打撃コーチや投手コーチと同じように、日常的に社会人としての常識を指導し、支援していくような役割の人間を配置するなどして、二度とこのようなことが起きないように全力をあげることだと思います。
一時的にコストが膨れるかもしれませんが、こうした不祥事により失われる信頼や人気を考えれば、長い目で見れば、絶対に必要なコストだと思います。
何度も書いていますが、プロ野球界に入るということは、東京大学に入学するよりも狭き門です。そうした才能をつまらないことで毀損させないために、本当に考えてほしいものです。