~~絵画は「使徒ヨハネ」(1866)by Peter Nicolai Arbo~~
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=聖句=
「弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った『どうしてこの香油を300デナリで売って、貧しい人たちに施さなかったのですか』」(12章4~5節)
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~~聖句は前回と同じです。
イスカリオテのユダに関連してもう少し考えましょう。
ヨハネは彼を、「シモン・イスカリオテの子、ユダ」と書いています。イスカリオテというのは、地名ではないかと思われます。「ナザレのイエス」はナザレ出身のイエスでしたし。
エルサレムの南にイスカリオテという地があったらしいです。そこは南の旧ユダ王国の地ですね。イエスが育ち住んでいる地域は北の旧イスラエル王国のあった地域です。ここは新開地で田舎です。北の新地。南はこれに比べれば都会ですよね。
江戸時代での江戸に対する京都・奈良といったところでしょうか。江戸中後期においても、京都人は都会人でした。これからしたら江戸人は「あずまえびす(東夷:東方の田舎もの)」でした。
ユダ以外のイエスの12弟子で、出身地が記されている人は、みな「北えびす」でありました。旧イスラエル王国地域の出身だから。中でもほとんどはその中のガリラヤ地域の出身ですね。
田舎者からしたら、都会人は概して「すれて(擦れて:世でもまれて純真さを失って)」います。都会人ユダは、どうして早い時期に「北の田舎者」であるイエスの弟子になろうとしたのでしょうか。
~~色々想像できます。
定職がなかった。
各地の情報をす早くキャッチし機会をうかがうタイプだった
現世的野心があった。
急成長ベンチャーのイエス教団で職を得て出世しようとした。
頭がよく計算が得意。
~~などなど。
<ヨハネ、ペテロは中産階級の息子>
別の福音書に、ヨハネやペテロは漁師であったと記されています。漁師といっても、雇われ人夫ではありません。自分の船や網を持っているんですね。これは日本でいう網元でありまして、彼らは一定の資産家というか中産階級の息子でした。
こういう人は、生活のためとか職を得ることを主目的に新興教団に加わることはありません。もともと一定の思索をする余裕が生活にありますしね。参加の主たる動機は、真の理念の追求にあることが多いです。精神的な渇望を満たそうとするんですね。
彼らはまことの理念、真理を求めて様々な教祖を巡り歩いていた。そういう中でイエスに出会ってその教えに信服したという人たちだったでしょう。
<苦労人は組織による出世が主動機であることが多い>
ユダはそうではなかった可能性が高いです。
教団に加わるには、いろんな動機があるのですね。サリン事件などの問題を起こしたオウム教でもそうでした。報道されたところによりますと、Y.Hという幹部などはそうだったようです。
苦労人で、夜学に学んでいて入団しました。入団後に親に送った手紙などには、教団が成長し、その中で自分も出世する夢が切々と書かれていた、といいます。
そういう動機が深くにあっても、他方で教祖の教理もよく学びます。だが、深いところでは社会的な出世のため、という意識がどうしても無くならないのですね。普段それは表には出ません。表向きは、他の信徒と同じように、ひたすら教えに心酔しているように見えます。
<苦労人は身を粉にして働く>
こういう人は、また、よく働くんですね。
身を粉にして働く。
概して、事務的な仕事、雑用的な分野でよく働きます。
その働きぶりを見て、精神的・理念的なところを主動機として入ってきた人は、それを彼の信仰の深さと受け取ったりするんですね。それでほめたりして・・・。ボンボンの人の良さというか・・・。
ユダに関する推察は、もう少し続けましょう。