鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

Vol.15. 職業僧侶による管理階層組織が出現

2016年02月06日 | キリスト教の正しい学び方




こんにちわ。

今日も「キリスト教の正しい学び方」 、進めましょう。
今は、教典〈聖書)の性格の話を終えて、活動の歴史に入っております。

前回の話は、初代教会とは様変わりな教会運営方式が、二世紀に入ると出現した・・・ことなどでした。

今回は、この新教会の運営組織についてお話します。




<職業僧侶制が出来ていく>

教会の指導者は初代教会以来、ボランティア奉仕者でした。

彼らは賛同者の自発的な献金で経済的に支えらることはありました。

けれどもそれが制度となってはいなかった。

生活費は個々人が基本的に、別の仕事による収入でまかなっていました。


その状況で、自ら信ずるところの仕事に、喜びを持って奉仕していたのです。

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だが新教会では、指導者の仕事量は初代教会より飛躍的に増大していました。

大衆信徒の世話は、とても本業の片手間にできるものではありません。


その状態で新参加者は増え続けるのです。

会員が増えるのに比例して、指導者の必要数も多くなってきます。


新教会では、もうボランティア制度を続けることは、困難になっていきました。

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そこで、信徒の献金で、指導者が教会の仕事に専念できるようにせざるをえなくなりました。

そういう職業僧侶を多数つくるわけです。

こうして新教会は、指導者を職業僧侶制でまかなうようになりました。






<職業僧侶は専門能力を洗練させやすい>


職業僧侶制には、相応の利点があります。

職業として専念すると僧侶の奉仕能力は洗練され易くなります。

各々の仕事が専門化され、その能力が、訓練に専念することによって高められやすくなるのです。


また新教会の僧侶は、独身たることが義務でした。

家庭を持たないと、ますます教会の仕事に専念しやすくなります。


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その結果、会堂設計に優れたものも現れました。

音楽編成能力に卓越したものも出ました。

神学(聖書解釈学)能力に優れたものは、神学校を設立し後継僧侶を養成しました。


僧侶が協働で大がかりな仕事をすることも容易になりました。

後に聖書を編集し、正典聖書を造ったのも、この新教会の職業僧侶たちでした。

現在私たちは、その恩恵を受けています。




<信徒の活動は楽になる>

新方式の教会では、一般信徒のなすべき活動が極度に少なくなりました。

礼拝も皆プロがお膳立てしてくれています。

自分は出席して座っていて、献金して帰ればいいのです。

週日サービスも、みなプロがしてくれます。


この状況は、信徒の教会活動を楽にしました。


大衆はますます入会しやすくなりました。

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それはまた、指導者側が大量の信徒に一度に対応することも容易にしました。

現代いうところのマスプロ体制が成立していきました。

信徒は加速度的に増大し、献金総額も増大の一途をたどりました。






<管理階層組織に組み込んで信徒統率する>、

他方で、新教会には特有の課題が生まれました。

大衆信徒をまとめて、教会全体としての一体性を維持することがそれです。


初代教会の方式では、信徒は世界理念を深く共有しあいます。

それが成員の相互連携をよくして、自発的に教会の一体性が保持されるのです。


新方式の教会には、それはなかった。

だから、指導者の方から統率してあげねばなりませんでした。

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それにはまず、僧侶自身が階層組織を形成せなばなりません。

現代企業のような、ピラミッド型の管理階層組織です。

その命令系統の中で彼ら自身がルールに沿って整然と行動するのです。


そして、その下に大衆信徒を組み込みます。

現代の企業も、管理者組織が一般社員をその下に組み込んで、一体となった活動を実現しています。

新教会もそれと同様な組織体制を取ったわけです。


    

<司祭、司教、大司教>

新教会はまた、信徒を居住区毎に区分けして、それを「教区」としました。

そしてピラミッド管理組織の中の役職に、担当教区を監督させました。

そのポストが「司祭」です。



司祭は、自分の教区の礼拝や聖餐の儀式を執り行います。

聖餐(せいさん)とは、イエスの肉と血を記念するため、パンと葡萄酒を口にする行為です。

イエスは集まる毎にそれをすることを、命じていきました。

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新教会はまた、司祭の地区を複数まとめて、大教区も造りました。

この監督には「司教」という役職をあてました。


さらにそれら司教を監督する「大司教」という役職も定めました。

司教の管理する地区をさらに複数集めて、管理統率するのがその業務でした。



教団全体に関わる事柄は、大司教の会議で決めました。


これらの地位を現代企業の役職で言いますと、

司祭が課長、司教が部長、大司教が重役、といったところでしょうか。




<教皇〈法王)>

新教会では後に社長に相当する役職も追加していきます。

教皇(法王ともいう)がそれで、彼には最終決定の絶対的権限が与えられました。


これがあると、大司教会議で意見が分かれて膠着状態が続くようなことがなくなります。

教団はますます統率のとれた動きがとりやすくなりました。

そして、この新教会は後に自らカトリック教会と称するようになっていきます。

世に言う「カトリック」はそれなのです。


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筆者はこれから、新教会を「カトリック教会」ないしは「カトリック教団」と呼ぶことにしましょう。

そして、それと区別するために、初代教会以来の方式をとる教会を「初代方式教会」と呼びましょう。

なんか変な名前でもありますけど、明確に区別するために、そういうことにいたしましょう。



(「キリスト教の正しい学び方」   第15回  完)








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