「犯人に告ぐ」、「接吻」の記事では動機づけの描き方に注目したので、その繋がりで今回は人が自殺に到る過程を扱った「明日、君がいない」を取り上げようと思う。
最初は誰かが自殺か何かしたらしいシーンから始まり、その日の朝に時間を巻き戻して様々な人物の視点を飛び移りながら、事件に到るまでの経過を見ていく。その中で各人の抱える問題が見えてきて、視聴者は提示される断片的な情報を繋ぎ合わせながら誰が自殺するのかを考えていく……話の展開は大体そんな感じだ。
さて、結論から言うと最初は真相が理解不能だった。動機づけの描写が不十分だというのもあるが、何より作者の意図が掴めなかったのだ。しかし、自殺者に関するインタビューで自分と同じ感想を各々が話すのを見て、これこそ作者が求めた反応なのだと気付いた。そう、テレビで犯人や被害者に関するインタビューで出てくる「やるようには見えなかった」という陳腐なお定まりのコメントをする立場(心情)を、私たちも追体験させられているのだ。そして、真相に無理やり意味付けを考えていた自分がゴシップ記事のネタを考える三文記者のごときいい面の皮であったことを理解するとともに、各キャラクターの断片的な視点や(インタビュアーのいない)インタビュー形式の真の狙いが掴めた。ここにおいて、事件に必然性を付与する演出(ひぐらし的な表現を用いればTIPS)は、事件への無理解に必然性を付与する演出(自意識という名の檻)へと反転したのだ。
この映画を見ていた時の自分の反応をネタばれしない範囲で要約すれば、このようになる。普通「感情移入」するための演出は登場人物の行動や心情を理解させるために仕掛けられるが、この作品においては仮に「感情移入」できたと感じても、いやむしろそれゆえにこそ突き放されるという逆説的な使われ方をしている。しかも「誰が自殺するのか?」という視点で見ていくように仕向けられているため、心情的な興味より理論的・分析的な意識が前面に出ていたとしても、結局は彼らに寄りそう形でしか出来事を見ることができない。要するに、登場人物に距離を取るような見方をしているつもりでも、結局は作者の掌の上で踊っているだけなのである。
などと言うとまるでペテンのようだが(笑)、これはむしろ褒め言葉だ。というのも、作者は友人を自殺でなくし、自身も自殺未遂を経験したことがこの映画を作る動機づけになったそうだが、であれば見る者全員がその感覚を追体験できるよう周到な演出がなされている点を高く評価すべきだと思うからだ(逆に言えば、「写実的」だか何だか知らんが、自分の苦悩をうだうだ表現することが相手に自分の経験や意図を伝えることになるはずだ、という自慰識過剰なヤツは爪の垢でも煎じて飲めってこと)。なお、そのような追体験の演出という点を重視するがゆえに、邦題の「明日、君がいない」は明らかにミスである。抒情的すぎな上に、意図を正確に反映していないからだ。原題の「2:37」が与える散文的・ミステリー的な印象こそ、作者の意図通りであると言える。もっとも、この辺は興行の事情を考えると致し方ないのはわかる。かの有名な「処刑人」だって原題は"The Boondock Saints"で、やはり重要なニュアンスが邦題では抜け落ちてるが、まあ「荒野の聖者たち」とか言われたらまずは宗教モノかと思ってしまうだろうからな~。
閑話休題。そのような追体験という要素以外でも、学校という空間の閉塞性は何度も書いてきた日本の学校における同調圧力について考えさせるし、また誰にも相談できない状況や自意識の檻は、多様な価値観の林立するこのモナド化した社会に生きる私たちのそれを思わせる(あの映画を見て青春時代のことに限定して考えるのは、この自殺&孤独死社会日本においてはちとナイーブすぎな反応じゃないかと思う)。このように、「明日、君がいない」は様々なものが引き出せる、非常に豊かな作品でもあるのだ。
最後に。
この作品の真相を見て何の疑問も抱かずに泣けた人は、正直危ないと思う。「悪い人」だとか言いたいのではない。いやむしろ、人の死を見て悲しめるという意味では「いい人」と言っていいかもしれない。しかし、それを見せられて何の意図も考えずにただ泣けるというのは、プロパガンダに踊らされ、そしてカウンタープロパガンダにも踊らされる人ではないか?つまりこの場合の「いい人」とは、「都合のいい」人というわけだ(「いい人」に関しては「誰にとっての」or「何にとっての」という対象の、あるいは境界線の恣意性が問題視されないことこそがより重大な問題だか、それはまた別の機会に)。昨今の自己肯定と予定調和を垂れ流してノイズを排除する作品群を見ていると、この恐ろしさに気付いていないナイーブな人が増えているのかしらんと危惧していたりする。
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