Vtuber、守秘義務、リスクコミュニケーション

2025-01-27 12:48:12 | Vtuber関連
 
 
 
 
最近とんとご無沙汰だったVtuber関連の記事だが、前回書いた中居正広・フジテレビ問題の背景を成す構造について、Vtuber業界にとって全く他人事ではなく、むしろより深刻な事態を引き起こしうるため、ここで触れておくこととしたい。
 
 
なお、念のため言っておくと、「より深刻な事態」というのはVtuber業界で「枕営業」や「性接待」が横行しているとかいう話ではなく、構造的に「隠蔽」が起こりやすく、ゆえに一旦ヘイトを買うとリカバリーがより難しいということを指している。
 
 
さて、なぜ「隠蔽」とカッコつきで書いたかと言うと、
 
1.Vtuberは当然ながら演者の顔が見えない(紫藤ナナのような例外あり)
 
2.ロールプレイや個人特定回避のための言動がなされる
 
3.企業との契約条項などの守秘義務の存在
 
4.ロールプレイや配信の雰囲気作りの兼ね合いもあって、交渉事の話が表に出てきづらい(もちろん個人差あり)
 
 
これはもちろん(特に3あたりは)生身の人間を見る時と共通する部分もあるが、要するに実態が見えづらいし、むしろそういうムーブを要求される存在である、ということだ。よって、当該ライバーのあり方が「共同幻想のごっこ遊び」として機能してるうちはいいが、ライバー個人や企業に対する疑惑と不信が醸成された時、説明の困難さによってそれらが増幅され、それまでの好感度がオセロの如く一気に反転しかねず、かつその回復が難しい必然性・危険性を構造的にはらんでいるのである(まあ「好感度に立脚した人気商売の危うさ」と言えばそれまでだが、実態の説明をする場を設けること自体にハードルが高いVtuberというあり方は、その中でも立ち回りが難しいという話。このあたり、会社経営者でもある犬山たまきなどがあえて自分のダメさを話したりするのは、単に「身近さを求められるVtuberへのニーズ」という観点だけでなく、「先にハードルを下げておく⇒ちょっとしたことで批判されたりヘイトを買うことを防ぐ」という、好感度調整=リスクマネージメントの側面も多分にあるだろうなあと思って見ていたりするが、これは機会があれば別の記事で述べることとしたい)。
 
 
これに関して、古くはキズナアイ分裂騒動を例に挙げることができるが、この構造に対するリスクコミュニケーションの失敗(甘さ)事例としては、以前紹介したにじさんじENのセレン龍月契約解除にまつわる一連の騒動だろう。
 
 
すでに複数記事で触れたので詳細は省くが、簡単に言うと、にじさんじの海外部門に所属するセレン龍月が、そことの契約違反を理由に契約解除をされた事案で、これだけ聞くと「ああ、やらかしてしまったのね」で終わりそうなところだ。しかし、その前からにじさんじENでは他にも複数ライバーが卒業・契約解除となっていたこと、あるいは大きなイベントが不成功に終わったことなどがあり、リスナー側からライバーではなく運営への不信感が爆発することになった。
 
 
その結果として、ANYCOLOR社はもちろん、にじさんじENの他のライバーへの攻撃(なぜセレン龍月に関して声を上げないんだ!的不満も含む)や登録解除の波が起き、さらにこの状況で株価について会社側が「影響は軽微」という表現を使ってしまって火に油を注ぎ、最終的には社長が直接動画で謝罪する事態にまで追い込まれたのだった(これはリアルタイムで見ていたが、緊張と疲弊もあるにせよ、その表情にはイラつきと攻撃性が見て取れ、この動画って鎮静の効果あったのか?と最近の某テレビ局の会見よろしく極めて疑問に思ったことが記憶に残っている)。
 
 
というのがセレン龍月の契約解除にまつわる騒動である。その後については、セレン龍月がDokibirdとして今も活動を続けているとか、碧衣さくら=にじさんじを卒業した勇気ちひろがFPSの大会か何かで彼女を招待したとかぐらいのざっくりした話しか知らないので、興味がある人は自分で調べてみてくだされ。
 
 
ここで言いたいのは、ANYCOLORという名前にも連なるけれども、元々にじさんじは「来るもの拒まず去る者は追わず」というアソシエーション的な側面の強いグループであって、卒業もそれほど珍しくはないという印象だった(この点がコミュニティ的なホロライブとの違いだ、というのは以前述べた通り)。
 
 
なるほどそこに対する疑問や怨嗟の声があったことは事実だが、同時にギルザレンⅢ世や文野環のようなライバーも残っていることを踏まえると、「少なくともそれなりには」懐の深さはあるのだろうという実例・実感はあり、ゆえに日本においては大きなヘイトが生まれる場面はなかったと記憶している(まあそもそも、Vtuberというものの認知も配信環境も全然整っていなかった状況から少しづつ地盤を作っていった=多少おかしな事があるのもしゃあない、という理解があった点も大きいだろうが)。
 
 
しかしながら、ENでは事情が違っていた。すなわち、そういった運営への理解や信頼関係が醸成される前に、にじさんじJPと同じく多くの卒業や契約解除を出したこと、そして実際にブランチとして態勢が整わないこともあり、様々な至らなさがJPより目立ったことで、運営自体への不信感が膨らんでいったこと、実際にじさんじKR(韓国)やID(インド)のようにブランチを作っては撤退する焼き畑農業のようなやり口が実際に複数見られたこと(その中にはヤン・ナリのように今もにじさんじで活動してくれているライバーもいるが)etc...という訳で、にじさんじの「来る者拒まず~」的なスタンスは、むしろ「ブラック企業による使い捨て」のごときものと認識され、もってセレン龍月の契約解除でその不信感が噴出した、とみることができるだろう。
 
 
念のため釘を刺しておくが、にじさんじENとセレン龍月の間で実際どのような齟齬があったり、どちらにどのような瑕疵があるのか、少なくとも私にはわからない(例えばだが、ホロライブENのクロニーが配信で運営に向けて言っていた「私の質問を放置しないでよ(苦笑)」というレベルのちょっとした行き違いの連続が、体調不良とも相まって増幅されてこじれ、破滅的な結末に到ったということなども考えられる)。しかし、その中でなぜにじさんじENやANYCOLOR社について巨大な不信と怒りが爆発したのかは、以上のような形で概ね説明できるだろう・・・というマスイメージ形成とその構造分析をしているだけのことである。
 
 
そして重要なのは、ひとたびこうした状況が生まれてしまうと、その挽回は極めて困難で、長い時間がかかる。それは前述した社長の会見が上滑りしている感があったのもそうだが、他にもセレン龍月の件でVox AkumaなどにじさんじENの3人が連名で姿を出さずに黒バック配信で状況説明をしていたのも、真剣かつ深刻に訴える意図なのはわかるが、それでもどこかちぐはぐな感がしていた。これはライバーとしてのビジュアルこそ出さないが、普段のキャラクターのイメージのままで(なぜなら各々の呼び名やボイスはそのままなので)、真剣な会見を行うという「ズレ」がそうさせていたのではないかと思われる。
 
 
ではどうすれば良かったのだろうか?実写でライバーの姿を出すことはもちろんアウトだ。機微な個人情報を出すことも避けなければならない。となれば、慎重に経過を文書にして公開するか?それも様々な内部機密に抵触しそうなので厳しいと考えられる。というかそもそも、前述の「上滑り」や「ズレ」もそうだけれども、Vtuberについて正式な書面で情報を開示することは、その硬質さとのギャップもあり、むしろ冷たく突き放すような印象を強く与え、リスクや労力の割にレピュテーションの回復にはそれほど寄与しない可能性がある(それで冷たい感じがしないのは、湖南みあの卒業撤回みたいなズッコケ案件くらいだわw)。
 
 
以上のように見てくると、「セレン龍月とそれにまつわるヘイト爆発のような状況に追い込まれた時点で企業としては負け」ぐらいの認識で、リスクコミュニケーションを含めた普段からの信頼関係の構築を重視していくことが必要不可欠と言えるだろう(もちろんそれはライバーやリスナーを無定見に甘やかすべしということでは断じてない)。
 
 
なお、この件に関して、ホロライブにおける夜空メルの情報漏洩に伴う契約解除と、それにまつわる波紋の小ささについて、YAGOOやAちゃんが普段から前面に出ることでホロライブ運営とリスナーとの距離感が近く、好感度・信頼度が十分構築されていたことが大きかったことは以前述べた通りだ。
 
 
しかし、ホロライブでも状況が大きく変化しつつあることはすでに周知の通りだ。すなわち、看板的存在だったAちゃんは退職し、上場して急速な拡大が求められる中、YAGOOが前面に出てこれる場面はどんどん減ってきている。そしてその中で、湊あくあ、アメリア、ファウナ、沙花叉クロヱが卒業ないし配信活動終了という状況が生じているからだ(まあVtuber業界という観点ではむしろ「平準化」されたと感じで、個人事業主と企業の契約関係という見方でも、こういった離合集散は驚くべきものどころか日常茶飯事ではあるのだが)。
 
 
なるほど最近では一時期の不安・不満による動揺は過ぎ去ったように見えるが、類似の案件はこれからいつでも起こりうるだろうし、そこでは前述したような「Vtuberが特に抱える、詳細を話せないという構造的問題」がさらに不安・不満を増幅し、それが連鎖すると大爆発を起こしかねない、という点には変わりはない(というか、当の沙花叉本人が「配信活動終了というのが実はよくわかっていない」と発言していたのだが、こんな感じでいいの?とやや驚いた。まあ下手に流暢に説明されるより、そういうフワっとした理解の方が「言わされてる感が薄くて本人の実感っぽい」という判断なのかもしれないが…)。いやむしろ、運営側への信頼感を土台に乗り切れる要素がどんどん薄れている以上、リスクは日々上昇し続けている表現するのが正しいのではないだろうか。
 
 
念のため言っていくと、私はこの事をもってホロライブグループの内実がどんどん悪くなっているというつもりはない(そもそも内部状況なんてわからないので論じようがない)。しかし少なくとも、マスイメージの変化と、それにまつわるリスクマネージメントという点で、今後のホロライブはいっそう慎重な振る舞いが求められるだろう、ということである。
 
 
冒頭の話に戻るが、ジャニーズ問題や「セクシー田中さん」問題で十分ヘイトが溜まっていたことにより、中居正広・フジテレビ問題は「発言しない=隠蔽」という認識が広がり、さらにそこに否定的・批判的情報の断続的投下という現象が相まって、どんどん状況が悪化していくという展開を見せた。Vtuberという存在やそれを扱う企業は、形態的によりいっそう情報の取り扱いが難しいため、今回の件を他山の石として、リスクマネージメントをしていく必要があるだろう、と強く思った次第だ。
 
 
以上。

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