安楽死を遂げるまで

2018-03-07 12:24:36 | 本関係

「超高齢化社会」という言葉が世に出て久しいが、それは少子化問題やコミュニティの解体と併せて「いつまで生きるのか?」という社会からのプレッシャー、あるいは「ここまで生きてしまうとは思わなかった」という下流老人たちの苦境といった形で、差し迫った問題と大きな将来不安を惹起している。

 

そのような現状においては、安楽死という選択は極めて重要な問題を提起するものである。ゆえに「姥捨て山」的なるものとして扱うのも、生存権や基本的人権を軸にタブー視するのも、ともに「臭い物に蓋をする」不毛な行為態度と言わざるをえない。

 

そのような見地に立つと、ジャーナリスト宮下洋一の『安楽死を遂げるまで』は非常に実際的で、かつ誠実な著作であると評価できるように思う(この厄介なテーマを、羅列でもなく、高踏でもなく、難解でもない形でよく描写・考察できている)。具体的に言うと、多言語に精通する彼は、スイス・オランダ・ベルギー・アメリカ・スペイン・日本と様々な国で安楽死賛成・反対の意見を聞き取り、意見交換するだけでなく、安楽死の現場にいくつも立ち会っている。安楽死というものがあまり身近でない日本人にとっては、様々な立場の意見を聞くことや、提示された統計データを元に実態を知るだけでも参考になるだろう。しかも、彼の場合は「どのような人が、どのようにして安楽死を選ぶのか?」、「残された人たちの生活や想いは?」といった生身の人間同士のやり取りが土台にあって、そこにデータもきちんと示されているという構成になっている。

 

さっきまで普通に話していた人間が、ものの数時間後・数分後に物言わぬ存在になっているという経験を何度もするのは相当に精神が疲弊することだと容易に想像ができるわけで、それをやり切りまとめただけでもこれが労作であると評価するのに異論はあるまい。しかも、その結果として、この本は「安楽死を遂げた人々」、「安楽死を望む人々」、「残された人々」、「批判する人々」、「裁かれた人々」といった具合に、ともすればカテゴリー分けして納得してしまいそうなそのカテゴリーの中にも、様々なグラデーションが存在することがよく示されている。中でも私が印象的だったのは、「自分がそうなったら安楽死を選ぶが、家族がそうすることは受け容れられない」といった発言で、それは「愛しているなら認めるはずだor認めないはずだ」などという考え方がただのクリシェにすぎないことをよく表しており、問題が一筋縄ではいかぬことを改めてよく示してくれる(それは個人の信条レベルでは整合性が取れることも、社会システムのレベルで一般化すると大きな問題を生じる、といったこととも繋がる。たとえば私はリバタリアン的発想をするので、自己の身体の処理は個人の自由であり、かつ「生を強制する権利は何人にもない」と考えるので、臓器移植も安楽死もありだという立場だが、特に後者をそのまま一般化してよいかと聞かれれば、そこに様々な問題があることぐらいは認識している)。

 

最終的に筆者は自分なりの解答を出すが、それに読者が同調する必要はもちろんない。というより、筆者は十分すぎるほどに考える材料を与えてくれているだけでなく、あえて自分の固有性をも開陳しているわけで、「こういった材料を元にして自分は・・・という結論を出した。あなたはどうか?」と問いかけられているのだ。わかりやすい結論を提示して人を動員する言説が増えている昨今、身を削りながらこのような重いテーマと向き合い、読者に考える契機を与えるこの著作を、私は強く勧めたいと思う次第である。

 

※補足

とはいえ、医療技術が発達して不老がほぼ実現した時、この「安楽死」は誰にとっても避けて通ることのできない極めて重要な問題となろう。なぜなら、その人が生きたいと思えばずっと生きられる中で、「もう生きていなくてもいいから安らかに死なせてくれ」という決定もまた、安楽死になるのかという問題が惹起されるからだ。これは独り人権の問題で済むものではなく、現在の途上国の人口爆発や生活向上が食糧危機を引き起こす可能性もあるわけで、そこに不老の問題が絡むと、社会のサステナビリティという死活問題となる。もちろん可能性の一つが「ソイレントグリーン」的ディストピアなわけだが、技術の発達により今まで不可避の結果だったものが選択になった時、世界はどのように「死」と折り合いをつけようとするのかというのは興味深い話題である。


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