宇喜多直家とその虚像:軍記物と「梟有」イメージの創出

2022-04-21 12:00:00 | 歴史系




昨日は赤穂事件が喧嘩両成敗的イデオロギーによって忠臣蔵となり、世に「美談」として流布された件を批判的に取り上げたが、ちょうど窪田順生による「日本にはびこる『正しい暴力』の幻想」という記事が出たので、参考までに紹介しておきたい(まあ時代にもよるだろうが、キレっ早いというよりむしろ、忍耐とブチギレの触れ幅が激しく、腹芸の交渉事が苦手ってのが正確な気もする←下手すりゃそれを「粋(いき)」とすら感じている?なお、他国でも民族浄化や宗教戦争、異端審問なんかで同様の現象は見られるので、日本のお家芸とするのは不適切だろう)。


さて、冒頭は忠臣蔵から始めたが、講談や歴史小説による単純化とその危険性は、「三国志演義」(魏蜀の勧善懲悪的視点)や「坂の上の雲」(乃木希典の評価)など枚挙に暇がないが、今回は江戸時代に書かれた「甫庵信長記」と宇喜多直家「梟雄」説についてである。


というわけで冒頭の動画なわけだが、端的に言えば、反論してこない(できない)状況だったため好き勝手に書けた、というのが身も蓋もない結論である。


ちなみに言っておけば、関連性があるかどうかわからない二人の人物を直系で繋がっているようにしたり、あるいはほぼ関わりのない二人の人物の関係性を劇的なもの(たとえば後の展開の伏線)にするなど、創作物一般という意味ではもちろん、たとえばマンガのアニメ化でもこういった変更がしばしば加えられることに注意を喚起したい。


要するに、こうして出来事や人物が網の目のように張り巡らされ、結果事象はわかりやすい必然の上に生起していくかのように配置されていくわけである(念のために言っておくと、実際の史資料にもこのような編集は当然見られ、ゆえに史料批判が要求されるわけである)。


史実よりもそれを元にした創作物の方が人口に膾炙しやすいのは、史料へのアクセス可能性と同時に、こういった「わかりやすさ」が根底にあることを見逃すわけにはいかない。というのも、その性質は陰謀論やイデオロギーの感染力が高い理由でもあるし、かつ元の題材は史実であるだけに、「まあ虚構だから距離をとって理解するし、当然検証も必要だよね」という意識が働きにくくなる、という点に注意が必要だろう。


今回のウクライナ侵攻では、ロシア(というかプーチン)の軍事行動や世界観の背景にネオ・ユーラシア主義と呼ばれるイデオロギーがあることが言及され、また両国の報道合戦で改めてメディアリテラシーの重要性が痛感されてもいる状況なので、そのような視点でもって、過去や過去への認識の仕方の変化について顧みるよい機会と思い、宇喜多直家を取り上げた次第である。

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