浜松市春野町のにぎわいは王子製紙が気田(ケタ)地区に近代製紙工場を開いたことから始まる。
そこに至るには、江戸後期に名主の和田正光や酒井十右衛門ら農民の尽力が大きい。
原野を開墾したり、水を引いて新田開発をしたりして気田地区の基盤を形成してきた。

その場末にある桜を追っているうちに小高い「井堰山」(田持山)があり、「報恩之碑」があることを偶然知る。
まだ新しい平成15年建立の碑だ。
かつての地元リーダーは、財産や命をかけて地域の発展にかけていたのがわかる。
そこには現在の政治家に欠落している魂の中心軸がある。

この小さな山の隣には、豊かな水量が流れ鮎が生息する「気田川」がある。
この山の木を伐り出して水門を作り、水田が形成されていった。
それを踏まえてか、山の中腹に「水天宮」が祀られていた。


人影は全くないが桜は早春を早くも独占している。
麓の河津桜はすでに散り始めている。
春一番最初に咲くというわが家の「彼岸桜」はまだ固い蕾のままだ。
ウグイスの声はなんとか聞こえるが、まだ元気がない。
張りと艶のある声はまもなくだと待っているんだけど。
そこに至るには、江戸後期に名主の和田正光や酒井十右衛門ら農民の尽力が大きい。
原野を開墾したり、水を引いて新田開発をしたりして気田地区の基盤を形成してきた。

その場末にある桜を追っているうちに小高い「井堰山」(田持山)があり、「報恩之碑」があることを偶然知る。
まだ新しい平成15年建立の碑だ。
かつての地元リーダーは、財産や命をかけて地域の発展にかけていたのがわかる。
そこには現在の政治家に欠落している魂の中心軸がある。

この小さな山の隣には、豊かな水量が流れ鮎が生息する「気田川」がある。
この山の木を伐り出して水門を作り、水田が形成されていった。
それを踏まえてか、山の中腹に「水天宮」が祀られていた。


人影は全くないが桜は早春を早くも独占している。
麓の河津桜はすでに散り始めている。
春一番最初に咲くというわが家の「彼岸桜」はまだ固い蕾のままだ。
ウグイスの声はなんとか聞こえるが、まだ元気がない。
張りと艶のある声はまもなくだと待っているんだけど。