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『シャイロックの子供たち』

2023-02-28 00:57:39 | goo映画レビュー

原題:『シャイロックの子供たち』
監督:本木克英
脚本:ツバキミチオ
撮影:藤澤順一
出演:阿部サダヲ/上戸彩/玉森裕太/柳葉敏郎/杉本哲太/佐藤隆太/渡辺いっけい/柄本明/橋爪功/佐々木蔵之介
2023年/日本

「シャイロックの子供たち」とは誰なのか?

 タイトルになっている「シャイロック」とは説明するまでもなく、『ヴェニスの商人(The Merchant of Venice)』に登場する悪名高いユダヤ人の高利貸しの名前である。作品冒頭で『ヴェニスの商人』の舞台を見た後に、東京第一銀行の検査部次長の黒田道春の妻が夫に「お金を返さない方が悪いのではないか?」と疑問を呈するのだが、黒田は「金を返せばいいというものではない」と口には出さないがそう思う理由は、黒田はまさにお金をATMに返した瞬間を九条馨に見られたからであって、バレていなければ「お金は返せばいいのである」。
 舞台では『ヴェニスの商人』の有名なクライマックスである18(四幕一場)でヴェニスの法廷の場面である。高利貸しのシャイロックとシャイロックに金を借りたアントニオと、実はアントニオがシャイロックに金を借りる原因になったアントニオの友人のバサーニオと、バサーニオの婚約者で法学博士を装って裁判官として仕切るポーシャが揃っている。要するにシャイロックとポーシャの「頭脳戦」なのである。
 ここで秀逸なのはポーシャの、シャイロックの追い詰め方である。証文の正当性を確認した後に、ポーシャの「では、ユダヤ人の慈悲を俟たねばならんな。(Then must the Jew be merciful.)」という言葉に対して、当然のことながらシャイロックは「ねばならん?(On what compulsion must I?)」と反論する。ポーシャは「ヴェニスのいかなる権力を以ってしても、現に定められている法を変更することなど許されぬ。(It must not be, there is no power in Venice. Can alter a decree established :)」と言った後に、アントニオの胸を切ろうとする際、ポーシャの「誰か医者を呼んでおけ、シャイロック、お前の費用で。傷の手当てをせねばならん。さもないと、出血のあまり死んでしまうぞ。(Have by some surgeon, Shylock, on your charge, To stop his wounds, lest he do bleed to death.)」という言葉にシャイロックは「書いてございますか? そんなことが、証文に。(It is so nominated in the bond?)」と答える。ポーシャの「はっきりそう書かれてはおらぬ。しかし、だからどうだというのだ。それぐらい、人間の情として当然だろう。(It is not so expressed, but what of that? 'Twere good you do so much for charity.)」という言葉にシャイロックは「見当たりませんな。証文には、ありませんな。(I cannot find it, 'tis not in the bond.)」と答える。実はここで「詰み」で、ポーシャが「この証文はお前に、血を一滴も与えてはおらぬ。文面には、明確に『肉一ポンド』と記されている。したがって、証文どおり、あくまで肉一ポンドを取れ。(This bond doth give thee here no jot of blood - The words expressly are 'a pound of flesh' : Take then thy bond, take thou thy pound of flesh,)」と言うのである。これに対するシャイロックの「それが、法律?(Is that the law?)」という質問に答えるならば、「そうでもあり、そうでもなし」ととりあえず答えるしかあるまい。もちろん法律は文章で構成されているものの、それを運用するのは人だからどうしても多少のブレは生じてしまう。しかしシャイロックは証文以外のことは許されず、ブレの原因となる「慈悲」や「情」も彼は既に自ら否定してしまったために袋小路に陥ったのである。(引用は安西徹雄訳の光文社古典新訳文庫版。原文は「The Merchant Of Venice」 Wordsworth Editions Limited, 1993)
 『ヴェニスの商人』の説明が長くなってしまったが、以上の細かな議論を踏まえた上で本作においてシャイロックは誰なのかと考えると、意外と難しいのではないだろうか? もっとも映画自体は役者の上手さも手伝ってとても面白いのだが。
 
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/thetv/entertainment/thetv-1125247


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