上京の折には時間の許す限り靖国神社に参拝する。先の大戦で命を落とした人達に手を合わせたいという気持ちからで、私にとっては先祖の墓参りと同じなのだ。
思考回路がズタズタに分断された「極左」は靖国と聞いただけでアレルギー反応にも似た憎悪の念を燃やす。世の中には色々な考え方があって当然なのに「参拝者」を短絡的に「右傾」とみなすのは一神教を正当化しようとテロを引き起こす人間と思考能力のレベルは大して変わらない。
大きな違いは、自分の信じる道のためには命を落としても全然構わないという強い意識が「テロリスト」側にはあるが、悲しいかな「極左」にはそれがまるっきり欠如していることだ。
議論もしないうちから反対意見を持つ者を敵視し攻撃の機会を常に窺う姑息さは頭の悪さというよりも生まれ(血)の悪さに起因しているように思えてならない。人間は生れ落ちた瞬間から不平等が始まっているという事実をはなから否定しようとするから話がおかしくなるのである。
靖国神社にお参りしているのは元軍人と遺族だけではない。右翼もいれば自衛官もいるし、最近では若者の姿も結構見受けられる。実際に足を運んだこともない者がマスゴミの書いた屑記事を鵜呑みにして語りがちなのは情けない。
自分の目で見て、そして実際に調べた上(聞き取りも含めて)で文章を書かなければ何の値打ちもないのである。愚か者を増産してきた「日狂組」の悪行は徹底的に追求すべきだ。タブーという言葉を作りたがる組織は「利権確保」に執着する(笑)
