関東で生活していた頃、東武鉄道はよく利用していた。ただし、降りる駅は大抵「浅草」で「曳舟」は通過駅だった。面白い駅名があるものだとは思っていたが、実際に乗り降りし出したのはここ数年のことである。
江戸期には現在の葛飾区四つ木から墨田区向島1丁目辺りまで葛西用水(亀有上水)が流れ、野菜を積んだ小舟が行き来していた。また縄を括り付けた小舟をこいで対岸に向かい人を乗せて、船頭の仲間が川辺から舟を曳く様子が当時の「浮世絵」に描かれている。こうして葛西用水は「曳舟川」と呼ばれるようになった。
戦後「曳舟川」はドブになり、昭和29(1954)年から川の埋め立て工事が始まった。昔川が流れていた所は道路となり今は「曳舟川通り」という名が残るのみである。
「曳舟」で電車を降りた私は公園に向かって歩き始めた。

