糸崎の松浜東地区が遊廓跡であるという予備知識がないと普通の人はまず分からないであろう。それほど今は落ち着いた町並みとなっている。『全国遊廓案内』には戦前の様子についての記述がある。
糸崎町松浜遊廓は広島県御調郡糸崎町字松浜に在って、山陽線糸崎駅で下車すれば東へ約一丁、殆んど駅の隣りに在る様なものである。…茲は瀬戸内海に面した開港場で、町も相当の発展を見せて居る。貿易額は年に五六百万円宛あると云ふ事だ。景色の善い事に於ては内海沿岸屈指の場所で、避暑には好適の地とされて居る。店の制度は陰店で、娼妓は全部居稼ぎ制である。廻しは絶対に取らない。遊興費の基準は時間制で、一時間一円五十銭、一泊は六円と云ふ事になっている。勿論御銚子が一本附く筈だ。…妓楼は、渡辺楼、上杉楼、小川楼、熊本楼、日の出楼、大西楼、末広楼、河合楼、大黒楼、いろは楼、杉本楼、歌谷楼、三幸楼、丸山楼、ゑびす楼、寿楼、山田楼、松亀楼、竹本楼、千年楼、河本楼、栗根楼、盛海楼等である。
私が遊里を訪れた際にまず見るのが妓楼の造りである。手すりの透かし彫り、格子戸、そして軒下飾りは店ごとに違いがある。特に戦前の職人の仕事は感動を覚えるほど見事だ。周りの景色に映えるような細工(遊び心)が施してある。
松浜遊廓跡は木造家屋が多いのだが、洋風のコンクリート建築も残されている。二階屋根下部の文様がユニークだ。