澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

朝日新聞社が脱税~第4の権力の傲慢

2009年02月23日 23時24分15秒 | Weblog

朝日新聞社の脱税が報道されている。

<朝日新聞社>4億円の所得隠し 出張費の過大計上など

2月23日19時24分配信 毎日新聞


 朝日新聞社は23日、東京国税局の税務調査を受け、出張費の過大計上などで約3億9700万円の所得隠しを指摘されたと発表した。調査の対象は08年3月期までの7年間で、ミスなどを含む申告漏れ総額は約5億1800万円。同社は修正申告を行っており、追徴税額は約1億3900万円に上るという。

 朝日新聞社によると、取材費の一部が交際費と認定されたほか、京都総局で出張費として計上された約1800万円が、実態のない「カラ出張」や過大計上だったため、架空経費として重加算税の対象となった。

 また、同社が負担する子会社出向社員の給与のうち、子会社が負担すべき約9500万円が朝日新聞社に戻されていなかったことなどが寄付金と認定され、申告漏れを指摘された。

 同社は同日、当時の京都総局長らを停職処分にしたほか、管理責任を問い東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。同社広報部は「今後一層、適正な経理、税務処理に努めます」とコメントを出した。【高島博之】

霞ヶ関の「居酒屋タクシー」などと、さんざん役人を揶揄・攻撃していたマスコミの良心(?)朝日新聞がこのあり様とは「嗤っちゃうくらい呆れてしまう」だけだ。
このブログでは、第4の権力に鎮座するマスメディアの傲慢について再三触れてきたが、やはり氷山の一角が脱税という形で発覚した。

社会の木鐸を気取っていても、やっていることは役人と同じセコいことばかりではないか。むしろ、「民間」を気取るだけ新聞社の方が始末が悪いと言えるかも知れないのだ。「京都総局長らを停職処分にしたほか、管理責任を問い東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした」などというのは実に甘い処分だ。役所の方がずっと厳しいはずだ。身内に甘く、他者には文句ばかり言う、ゆがんだマスコミ根性を見せつけられた気がする。

くれぐれも、ご高説を宣う朝日の社説や「天声人語」に惑わされませぬよう…。


「支那の夜」(李香蘭主演)

2009年02月23日 12時16分45秒 | 音楽・映画

中川昭一がバチカン市国でどうこうとか、TVのワイドショーがごちゃごちゃ騒いでいる。本当にどうしようもないのは、TVではないかと私などは思うのだが…。

アホなTV番組はさっさと消して、東宝映画「支那の夜~蘇州夜曲より」(1940年 長谷川一夫、李香蘭主演)を見る。これはケーブルTVで「李香蘭」特集として放送されたものの1本だ。

http://www.youtube.com/watch?v=ahUr1fF7ISo

この映画のタイトル「支那」をワードあるいは一太郎で検索しても出てこないのだ。「支那」が「差別語」だからという理由で削除してしまったのだろうが、本当に情けないことだ。呉智英氏の著作を引用するまでもなく本来、「支那」はChinaから由来する漢語であって、差別語などではない。歴史的には、確固として存在した言葉であるので、親中国派から非難されることを恐れて削除するなどとんでもないことなのだ。
先年、中国で委託生産していた地球儀から「台湾」が国家として抜け落ちるという事件があった。これは中国当局の干渉だったのだが。日本側の弱腰は際だっていた。
日本のパソコン辞書では、「支那」も「中共」※も削除されている、この国とはいったい何なのかと考えてしまうのだ。
(※「中共」は、中国共産党の略語として有効。差別語ではない。)

さて、肝心の「支那の夜」だが、ストーリーは他愛のないもの。だが、上海・蘇州をロケした映画なので、今となっては貴重な映像が盛り込まれている。上海バンドの風景、寒山寺の境内などだ。蘇州のクリークは、今や観光スポット以外は消滅してしまったのはないかと思われる。
国策映画かなと思っていたが、説教じみた場面はさほど多くはない。
李香蘭は満州映画社の女優として紹介されている。昨年、瀋陽(旧・奉天)の大和ホテル(旧称)を訪れたので、とても身近に思えた。彼女の中国語は、発音がきれいで素晴らしかった。あまり美人には見えなかったが…。

こういう映画は、年寄りや好事家だけではなく、若い人も見るべきだと思った。当時の上海の映像を見ていると、ビリヤードを楽しみ、洋楽(映画では「シボネー」が繰り返し流される)を聴き、喫茶店でコーヒーを飲むような普通の生活があったことが分かる。今の上海とどこが違うのかと思うほどだ。
長い歴史の中では、むしろ毛沢東時代の中国が異様だったことが浮かび上がってくる。そんな思いがした。