今月初めに続いて所用があり、ふるさと福井へ出かけて懐かしい街中や越前大野を訪ねてきました。
快晴の夏日の暑い日でしたが、ブラ散歩には最適の天候となり、朝散歩にホテル周辺の「歴史のみち」を歩いてみました。
ホテルを出てすぐの佐佳枝廼社(さかえみやさん)に参拝して、懐かしい昔の風景を思い出していたが、福井城の鎮守様として家康公や松平秀康公を祀り、福井を代表する神社で春の祭の光景を思い出していた。
境内には「栄稲荷大明神」が鎮座していますが、こちらの記憶は全くなく 新しく勧請したのでしょうか?福井が栄えるようにと名付けた「佐佳枝廼社」に繋がっているようですね・・・
佐佳枝廼社から隣の中央公園を歩いて福井神社へ向かい参拝。
こちらは松平春嶽公を祀っており、日本最後の別格官幣社に指定されたそうですが、福井神社の特徴は、鳥居も社殿もこれまでの神社の社殿のイメージは全く無くて、フラットな総コンクリート造りの近代的な独特の形態をしています。
福井在住時に再建され、設計者も福井大学の先輩であり大変話題になったのを記憶しているところ・・・
福井城閣のお濠みちを歩いて御廊下橋を望んでいると、朝の小学生の通学路にもなっており、福井市内の名門校であるが、今や市内でも一番児童数が少ない小規模校になっているそうです。
中央公園に戻り園内を歩いてみると、震災記念碑や岡田啓介、由利公正、熊谷太三郎、岡倉天心など福井ゆかりの偉人の銅像などが立ち、市民の憩いの場となっています。
岡倉天心像の隣には、ラジオ体操ひろばの石碑が立ち、朝のラジオ体操の広場になっているようです・・・
中央公園からフェニックス通り(大名町通り)へ出ると、福井マラソンのスタート地点ですが、以前は大名町と呼ばれていたところで、福井藩の本多、狛、松平など碌高1万石以上の重臣の屋敷が並んでおり、大名広路とも呼ばれていたそうです。
一角には、福井藩の家老であった狛家の屋敷跡の名残が残っていました。
片町通りを経てかつて高級料亭があった旧浜町から足羽川堤防のさくらの小径へ出て、老舗料亭の開花亭裏を歩いてみたが、桜開花時にはどんな光景が観られるのだろうとワクワクしていました。
さくらの小径を経てまもなく幸橋へ来ると、架け替えが終わって立派な親柱や橋詰広場が出来ており、ふれあい広場となっており、すっかり景観が変わっていました。
朝散歩を楽しみ越前大野の街へと向かいました【続く】