カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

下りは裏参道・百八段の石段

2015年01月26日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

昨日の朝焼けです。ほかは青空になりつつあったのですが、日の出前の東の方面だけが朱色に染まっています。昇陽はこの日にはっきりと姿を見せた高見山のやや北寄りのところのようです。最大の望遠にして高見山を我が家に近づけました。いい冬日和の期待にわくわくする朝焼けでした。

信貴山朝護孫子寺のシリーズは4日目になりました。1度出かけますと沢山撮ってきた写真の整理をしながら、いくつかに組み立てて記事作りをするのが、いつもの私のやり方というか、のんびり、ゆっくりの発信がそのようになってしまいました。

一人の呟きの楽しみながらのカフェテラスなのです。

 

この日、もと来た道を戻るのではなく、境内を上り下りしながら、初めてのお堂への道を辿りました。右肩が山の土手のようになっている山道です。敷石も舗装もなく山そのものの地道なのが魅力でした。

 

ほどなく、今までのきらびやかなお堂とは異質の、素朴な小さいお堂に着きました。お堂の裏にも扁額があったのですが、撮り忘れたらそこの書かれたお堂の名前さえ忘れてしまいました。

弘法大師様をお祀りしている、正面に回って今日の無事に感謝する手を合わせてお祈りをしました。そこへ多分堂守の女性だと思うのですが

「よう・おまいり。裏参道を下りて行かれるのですか?」と声をかけてくれました。「ここ。裏参道なのですか。何度もお詣りしているのですが、初めての所にお大師さんのお導きなのでしょうかしら。」

 

遠く向こうの本堂が見えるでしょうと言われたので、望遠で見ますと視覚に入ったのはいつも寅のいる所から見上げるお堂でなく、初めて目に入る本堂の景観でした。大体この位置と同じか少し高い位置にお堂はありました。

 

裏参道は急勾配なので、石段の一段一段が高いのですよ。(@_@) 💓

お堂の前の三段の石段を数えて、これから下りる石段を合わせると百八段になることを話してくれました。この百八段は人間の煩悩の数で、除夜に打つ鐘の数と同じなので、急な石段をゆっくり無心に下りて行くといいのだと、そのおばさんが話してくれました。

そのお話を聴いたご利益かもしれませんが、一段の高さを手すりを持ちながら、膝の痛みを感じることなく、ゆっくり降りることができました。明日足に来るかも…と思いましたが、今日が佳ければ明日もきっと佳いに違いないと、友人は励ましてくれました。

 

 

駐車場に行く前にこの橋を渡ってきました。

この日が私の開運の日になりそうに思えた信貴山朝護孫子寺へのお詣りの日でした。

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見上げて諦めて・やっぱり登ってお詣りした本堂

2015年01月25日 | ☆ ふるさと・大和

  

 

 

 

 

大寅の位置から見上げると随分高いところにある本堂に、膝を痛めるまでは苦も無く登ってきているのが今では、見上げながら「よう登らんわ」と弱音を吐いてしまいました。

 

 

  

でも昨日までUPした途中のお詣りするところが沢山あるので、急な石段や膝を気にする坂などなくて、いつの間にやら本堂へのやや登りの参道を歩んでいます。まるで毘沙門天王様のお導きのようです。

 

 

 

さてこの本堂への最後の石段を見上げて泣きたくなってしまいました。トントントンと上った以前の思い出の感覚があるだけに。

それでも弱音は吐きません。手袋をはめた手でしっかりと手すりを握りしめて、足を気にせず体を引き上げるつもりで一段一段足元を見ながら登りました。上を見ると「まだまだ・あるなぁ」と思うので、足元だけをひたすら見つめていました。

 

  

登り切って回廊に出た時、不思議に膝の痛さがなくなっているのに気が付きました。友人は、「今まで痛みはしないかと怖がって避けてばかりいたから、だんだんよう登らんようになってしもたのや。やっぱり歩いたり登ったり、動かな、なにもできんようになるで。」ここで言ってもらったことは、本当に説得力がありました。本堂にお詣りして感謝のお祈りをしっかりしました。

 

 

 

眼下に広がる大和平野が、今まで見た時より広く美しく見えました。 

 

 

 

冬なのに、日差しは春のようでした。光の春とでもいうのでしょうか。病後だからそのせいで歩かなかったのが、この日差しの下で山の空気をいっぱいに吸ったから、きっと元気をもらえたのだと思いました。もちろんお詣りした仏様も応援してくださったことでしょう。 

 

 

 

本堂から境内を見下ろしました。登ってきた分下りなければならないのです。登より下りる方が膝に力が入るのですが、気にしていたよりは痛くなくて手すりは持っていましたが、それに縋ってはいませんでした。

 

 

  

本堂の回廊から王蔵院の三重の塔を、望遠で引き寄せました。

日本一の大地蔵様が自愛溢れる眼で見つめていらっしゃるようでした。

 

 

 

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わらべの仏様

2015年01月24日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

「はぁい こんにちは (´▽`) 」数段もなかった石段だったかな、登りきったところで、お迎えのなんと嬉しいこと。

前回信貴山にお詣りしたのはかなり前だったのかしらと、新しい童子の仏像を見て、前にここにいらしたら、きっと私はカメラに頂いていたものを。

 

 

 

「しっかり聞いて、読書に励んで、今あることに感謝しましょう。(#^.^#) 」

「合格というありがたいご褒美がきっと与えられますよ。\(^o^)/」

なんとい和やかないいお顔をしていらっしゃるのでしょう。

私もちゃんとお堂にお詣りして、優しい仏様とのご縁に感謝の手を合わせました。

 

 

 

 

これは2枚で一つの「わらべ七福神」です。福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神です。

七福神は、恵比須、大黒天、弁才天、毘沙門天、布袋尊、寿老人、福禄寿の、の七人の神様。

七体のわらべの神様を1枚の写真に納められなかったので、みんな入っていただけるように、斜めから撮影しました。

1番高いところの本堂にお詣りするまでに、途中のわらべのみなさんのお顔を拝してほっこりさせて貰いました。

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巨樹・古木  信貴山境内から

2015年01月23日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

大寒なのにその前が寒過ぎたせいか、せっせと歩いていますと頬を打つ風が心地よい日でした。

石段階段の多い信貴山朝護孫子寺を、膝の痛みで避けすぎているのでわざと、難関を選んで友人が連れて行ってくれました。

まだまだこれからも生きている間は、避けてばかりいては、ますます段差のある所は行けなくなってしまうというのが、ちょっと荒てな友人の考えです。石段上がりのトレーニングだと思って、お詣りすることもきっと神仏が守ってくれるものと信じつつ、ゆっくりゆっくり手すりを持って登り降りをするちょっとした覚悟です。 

 

赤門を入って左方向へ行きました。何度もお詣りをしていますので、この日は折角来たのだから、何かテーマを決めてお詣りと写真を楽しむつもりです。信貴山は山全体にいくつもの神仏の堂宇がありますので、トレーニング兼お詣りにはもってこいです。

 

 

生駒郡平群町信貴山の朝護孫子寺の「かやのき稲荷大明神」と「千手の公孫樹(いちょう) 仏手百果(ぶっしゅはっかこ)」です。 

 

葉を落としている今の時期は、千手の枝振りがよく見えて見事に空に向かって伸びているのが分かります。

下の説明板にもありますように、その枝ぶりがまるで千手観音様の手のようだと、冬に来た甲斐があったとつくづく枝を眺めました。 

 

 

 

九州の高千穂の岩戸神社の公孫樹と、この信貴山の公孫樹と2本だけという珍しい品種であることを今まで子の公孫樹を秋に眺めていたのに、全く説明文を読んでなかったのだと、その不覚さが恥ずかしく思いました。

 

 

 

 

 

  

もう1つの巨木は、ご神木として「かやのき稲荷大明神」の名で祀られています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように巨樹や古木は幾多の年月を経て、その時代の歴史や、伝説の主のような立場で今の世の人からさらに、これからの人たちへを受け継がれていくものだと、説明板を読みながら納得し、いつもながら、そこから広がる想像の世界を楽しみながらかやの木や、公孫樹と向き合う大好きな時間が与えられたことを感謝して、膝の痛さをいつしか忘れている不思議さを「いい時間」と後で思うのでした。

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宇陀市墨坂神社

2015年01月21日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

 宇陀市榛原の辺りを車で通過するとき鮮やかな朱色のお社が、目に入っていつか訪れてお詣りしたいと思っていました。寒いお正月が過ぎていくらか温かい感じのする日、家にばかり籠っている私を案じて 友人がこの神社へ連れて行ってくれました。「歩かないと足が弱るし気持ちまで沈んでしまう。」という温かい配慮に連れられて、帯解寺へお詣りした帰りに遠回りをして宇陀市の方に行ってくれました。

宇陀川に沿った高台に神社が見えるので、そこまで坂を登って行けるのかしらと心配しましたが、境内に1番近い駐車場まで行くことができましたので安心してお詣りすることができました。

  

宇陀市榛原にある、崇神天皇ゆかりの『墨坂神社』ということが、お参りして初めて知りました。神武天皇の東征の際に合戦が行われた墨坂の地に祀られていた古社で、この辺りでは珍しく、長野・善光寺と同じ「立葵」を御紋としています。(提灯のご紋が立葵)

鳥居の両側には、阿吽の立派な狛犬さんが威厳のある表情で迎えてくれます。

 

 

  

崇神天皇が大和の流行病を鎮めるため、墨坂の神と逢坂の神を祀ったと伝えられます。墨坂神社の本殿は、春日大社の本殿を 移築したものだそうです。篝火がゆらゆらと揺れている前に立ってご本殿に、今年の健康を心から祈願しました。年の暮れの病を思い健康であることが今年の1番の願いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

境内には別に11社が鎮座(合祀)されています。

天神社・市岐島神社・菅原道真神社・恵比須神社・金刀比羅神社・愛宕神社・稲荷神社・八幡神社・祓戸神社・大山祇神社・龍王宮 

 

 

 

 

 

 

古事記や日本書紀に書かれている、健康を守る最古の墨坂神社へ、偶然のようにお詣りできたことが、今年が佳い年であるように導かれているような気がします。 

 

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