
(政府軍による虐殺があったとも言われるホムス県ホウラ “refugee”のキーワードで検索された画像ですが、“2012年11月6日ホムス ホウラ”としかコメントがなく詳細はわかりません。“flickr”より http://www.flickr.com/photos/chroniclesyrianuprising/8167795569/)
【1日で約1万1千人】
シリアでは昨年春以降これまでに戦闘で推定約3万6000〜3万8000人が死亡、推定約120万人が国内避難民となっていると言われており、「危機は日々、より深刻になっており、状況悪化に対応できていない」(赤十字国際委員会マウラー総裁)と状況は悪化しています。
****シリア難民急増 戦闘激化で3倍に****
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は9日、内戦中のシリアから過去24時間に計約1万1千人が周辺国へ逃げ出したと発表した。シリアからは1日平均3千人が逃げ出しているというが、これの3倍以上にあたり、戦闘が激化している模様だ。
UNHCRによると、8日夜からトルコに9千人、ヨルダンに1千人、レバノンに1千人が押し寄せた。トルコメディアによると、トルコ東部のシリア国境の町セイランピナール付近のシリア側で、アサド政権軍と武装反体制派の激しい衝突があった模様だ。UNHCRは、周辺国政府に国境を開放し続け、難民を受け入れるよう改めて要請した。
国連によると、5日時点で計約39万2千人のシリア難民が、国際支援を受けるための登録済みまたは登録待ちの状態にある。最大70万人に増えるとして計4億8800万ドル(約390億円)の人道支援計画を実施中だが、35%しか資金が集まっていない
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1日で1万1千人が周辺国に避難するというのは、想像を絶するものがあります。
【アメリカは深入りを避けたいのが本音】
こうした混乱のなかで、アサド大統領は政権を放棄する考えのないことを明らかにしています。
****アサド大統領、「進退は選挙で」「シリアで死ぬ」 露インタビューで発言****
シリアのバッシャール・アサド大統領は、露テレビ局ロシア・トゥデーとのインタビューで、自身の運命は選挙によってのみ決められると述べるとともに、シリアが内戦状態にあるとの認識を否定した。
インタビューの中でアサド大統領は、自身が「大統領の座にとどまることができるか否か」が「最も関心の高い問題」となっているが、「(進退を)決める唯一の手段は投票箱を通じたもののみ」だと発言。また、シリア国内が分断されていることは認めるが「分断は内戦を意味しない」と述べた。
「数週間のうちに全て終わらせられる」などと述べる一方、諸外国が武装勢力を支援するならば戦いは長期化すると警告した。
ロシア・トゥデーは8日にもこのインタビューの一部を抜粋して紹介しているが、そこではアサド大統領は亡命を勧める声が出ていることについて「私は誰かのあやつり人形ではない。シリアで生きシリアで死ぬ」と言い切り、亡命の可能性を否定している。【11月9日 AFP】
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リビアで徹底抗戦を主張していたカダフィ大佐の発言にも似ていますが、シリアがリビアと異なるのは、ロシア・中国の反対もあって(間接的な支援は別にして)表立っての欧米による軍事介入が行われていないことで、内戦状態が長期化している背景ともなっています。
英仏は反体制派支援に積極的ですが、アメリカは深入りを避けたい姿勢です。大統領選挙を終えて2期目に入ったオバマ大統領の姿勢に変化があるのか注目されます。
****シリア情勢:英仏が反体制派を支援 米国に対応強化促す*****
オバマ米大統領の再選を受け、内戦状態に陥ったシリアの反体制派を後押しする英国などが、支援を積極化する姿勢を打ち出している。
米欧は反体制派の連携欠如などを理由に関与を限定してきたが、選挙の「重し」が外れたのを機に米国に対応の強化を迫った形だ。経済・財政問題を抱える米国は深入りを避けたいのが本音で方針転換に踏み切るかは微妙だ。
「今こそアサド政権打倒を掲げる反体制派を支援する時だ」。キャメロン英首相は7日、亡命シリア人の政治組織が中心だった反体制派との接触を、シリア国内の反体制武装勢力にも拡大する意向を示した。
AP通信によると、フランスは既に独自の直接支援に着手。仏当局者がトルコ南部のシリア国境で、反体制派が掌握する地域の代表と面会し、地元の再建費として200万ドル(約1億6000万円)以上を提供しているという。
一方、ロイター通信などによると、反体制派支援の急先鋒のトルコは7日、シリア国境に地対空誘導弾を配備するよう北大西洋条約機構(NATO)に要請する方針を表明した。シリア側からの砲弾着弾を防ぐ狙いとともに、シリア北部に飛行禁止空域を設定する足がかりにしたい思惑もありそうだ。
配備構想はトルコとNATOが非公式に協議していたという。米国は配備の検討には同意したが「あくまでトルコの防衛目的」(米国務省)と強調した。
シリアのアサド大統領は8日までにロシアメディアに「シリアで生きて、死ぬ」と断言し、亡命説を改めて否定。妥協姿勢は全く見せておらず、反体制派支援が強化されても、情勢打開につながるかは不明だ。
アハラム政治戦略研究所(エジプト)のイマド・ガッド副所長はオバマ政権のシリア政策について「2期目はより重大な決断をしやすくなる」と指摘するが、軍事介入を決断するような大きな変化はないと分析した。【11月9日 毎日】
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アメリカがシリアへの深入りを避けたい理由は、ロシア・中国の反対以外にも、リビアと異なり軍事的に大規模な介入が必要となること、アサド政権崩壊はイランやヒズボラなど周辺各国を含む中東情勢に決定的な変化をもたらすことなどがありますが、イラク・アフガニスタンと続いているイスラム社会を相手にした戦闘にこれ以上関わり合いたくない・・・というのが本心ではないでしょうか。そのことは、2期目に入っても変わらないのでは。
【反体制派で影響力を増すイズラム過激派】
また、イスラム過激派の影響が強まっていると見られる反体制派の実態があきらかでないこと、反体制派支援が結果的にそうしたイスラム過激派支援となってしまうと言う点も、アメリカが懸念するところです。
反体制派側からすれば、欧米の軍事支援がないからイスラム過激派にも頼らざるを得ない・・・ということでもあるようですが。
****自爆で軍兵士ら50人死亡=イスラム武装組織が実行―シリア****
在英人権団体「シリア人権監視団」によると、シリア中部ハマ県のジヤラ村にある軍検問所付近で5日、自動車を使った自爆攻撃があり、政府軍兵士や親大統領派武装要員の計50人以上が死亡した。
シリアのイスラム武装組織「ヌスラ戦線」が実行したという。現地の反体制活動家によれば、作戦には他の反体制武装組織も加わった。【11月5日 時事】
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イスラム武装組織「ヌスラ戦線」は、イラクで活動するアルカイダ系組織から派生したものと見られており、これまでもアレッポやダマスカスでの自爆テロを行ったとしています。
反体制派は11月2日には、戦略的に重要なサラケブ地区の検問所を制圧した発表していますが、“You Tubeにはこの検問所で「処刑」される政府軍兵士だとされる映像が投稿された。国連人権高等弁務官事務所のルパート・コルビル報道官は「新たな戦争犯罪の恐れが極めて高い」と述べ、人権侵害の証拠として扱う可能性を示唆した”【11月2日 AFP】ということで、反体制派にもアサド政権同様の人権侵害の側面があることも指摘されています。
【クルド人「政権にノー、反政府勢力にノー」】
シリア内部での戦闘状況については、11月に入って、上記のサラケブ地区の検問所制圧(アレッポから首都ダマスカスと地中海沿岸へそれぞれ通じる2本の主要幹線道路が交差する地区で、この制圧でアレッポに展開する政府軍は戦力の増強が難しくなったとも言われています)や、東部マヤディン近郊のワルド油田制圧(初めての油田制圧)が反体制派から発表されていますが、戦闘の実態はよくわかりません。
冒頭の難民に関する記事から、これまで以上に激しくなっていることは想像できますが。
アサド政権と反体制派の戦闘が、異質なものに拡大する可能性も全くなくはありません。
イスラエル占領下のゴラン高原北部の非武装地帯に3日、シリア軍の戦車3両が進入したこと、更に5日には、ゴラン高原でイスラエルの軍車両がシリア側から銃撃を受けたことが報じられていますが、侵入戦車は反体制派と戦闘中だったようで、またイスラエル軍車両銃撃は「シリアの反体制派の誤射」(イスラエル軍筋)とのことですので、いまのところイスラエルを巻き込むような展開はなさそうです。
注目されるのは、シリア国内では少数民族となるクルド人の存在です。
****シリア反政府勢力が恐れる崩壊のシナリオ****
北部の都市で反政府勢力とクルド人勢力が衝突 内戦はアサド政権を含めた三つどもえの戦いに?
先月末、シリア北部の都市アレッポで反政府勢力とクルド人武装勢力との間で戦闘が起きると、反政府勢力は直ちに火消しに乗り出した。「この問題は誤解により起きたもので、その誤解をつくり出したのは体制側の陰謀である」と声明で主張した
反政府勢力が慌てたのも不思議ではない。彼らはアサド政権打倒を目指す戦いで苦戦しており、クルド人武装勢力まで敵に回せばますます苦しい状況に追い込まれる可能性が高いからだ
シリアの人口の推定10%を占める少数民族のクルド人は、これまでの内戦で中立的な立場を保ってきた。「(クルド人武装勢力とも戦うことになれば)反政府勢力はおしまいだ」と、英王立統合軍事研究所(RUSI)の中東アナリスト、シャシャンク・ジョシは指摘する。「戦線が拡大し過ぎる。今でさえ、ぎりぎりの状態で戦っているというのに」
イギリスに拠点を置く人権擁護団体フンリア人権監視団」によれば、今回の反政府勢力とクルド人武装勢力の衝突では30人が死亡した。流血の発端は、戦略上重要なエリアであるアレッポのアシュラフィーヤ地区に、200人ほどの反政府勢力戦闘員が乗り込んだことだといわれている。同地区はクルド人の割合が非常に高い。
「政府の陰謀」説は、多くの専門家が否定している。実際は、反政府勢力とクルド人勢力の間にもともとあった不信感が原因だろうという見方が多い。「反政府勢力は認めたがらないが、彼らはシリアのクルド人の多くから疑念の目を向けられている」と、ジョシは指摘する。
クルド人の深いジレンマ
アサド政権下で長年苦しんできたクルド人だが、多くのシリア人とは違って、反政府勢力を必ずしも「歓迎すべき解放者」と見なしてはいない。この国のキリスト教徒と同様、反政府勢力がイスラム過激派的な傾向を強めているという報道に不安を感じているようだ。
反政府勢力が内戦に勝って権力を握った場合、白分たちがどのような立場に置かれるのかを案じている。
最近、クルド人住民が多い北東部の都市カミシリで行われたデモは、こんなメッセージを掲げていたと、クルド人活動家のバルザン・イソは言う。「政権にノー、反政府勢力にノー」
「片方の勢力が体制を打倒するために私たちを殺し、もう片方の勢力が独裁を継続するために私たちを殺す。そういう状況で、どうすればいいのか」と、イソは言う。
もっとも、多くのクルド人がアサド政権の崩壊を望んでいることは間違いない。04年には、カミシリで自ら大掛かりな反政府暴動を起こし、政府の厳しい弾圧を受けたこともあった。
一部のクルド人活動家は、反政府勢力とは互いに不信感があるものの、アサド政権と戦う味方同士だと言い、アレッポでの衝突を大したことではないとみている。「あれは誤解が原因だ。関係は修復できるだろう」と、ペテランのクルド人活動家は言う(状況が微妙であることを理由に匿名希望)。
今のところ先月末の事件の真相ははっきりしない。ただしRUSIのジョシによれば、戦況が絶えず変化しているアレッポはともかく、そのほかのクルド人地域でこうした突発的な衝突が起きる可能性は低そうだ。
「アレッポ以外では、クルド人勢力の活動に干渉しようという動きがあまりない。それに(対立を加速させないための)行動原則も互いに理解している」とジョシは言う。「クルド人勢力を内戦に引きずり込みたくないという点では、すべての当事者の利害が一致している」【11月14日号 Newsweek日本版】
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クルド人は、シリアだけでなくイラク・トルコ・イランに広く暮らしており、「国家を持たない最大民族」と言われています。イラクでは自治区を形成し、トルコでは武装組織が政権と激しく衝突しています。
万一、クルド人の動きに火がつくと、シリア内部の戦闘にとどまらず、イラク・トルコ・イランを含めた中東全域の地図が根本から変わってしまう事態にもなりかねない問題です。
【パレスチナ人同士が戦闘する事態も】
シリアには多数のパレスチナ難民も暮らしていますが、内戦の影響はこうしたパレスチナ難民にも及んでいます。
****シリア:パレスチナ難民混迷 内戦で互いに戦闘も****
内戦状態に陥ったシリアのパレスチナ難民がアサド政権と反体制派の対立に引き込まれ、混迷に拍車を掛けている。
アサド政権はパレスチナ問題を国の最重要課題に掲げており、難民らは民主化闘争から距離を置いてきた。しかし、情勢の悪化で難民キャンプが攻撃され、パレスチナ人同士が戦闘する事態も発生。同胞のいがみ合いが深刻化すれば、他の中東諸国に分散する難民にも不和が波及する恐れがあり、新たな不安定要素となっている。
国連機関によると、シリアにはパレスチナ難民総数の1割に当たる約50万人が滞在。国内少数派のイスラム教アラウィ派が母体のアサド政権は「アラブの大義」であるパレスチナ問題に積極関与することで、政権の存在意義につなげてきた。このため難民は手厚く保護され、反イスラエルのパレスチナ武装勢力の亡命先でもあった。
パレスチナ難民はこうした「恩義」から、これまで民主化闘争を遠巻きにしてきた。
しかし、ロイター通信などによると、政府軍は最近、首都ダマスカスのヤルムーク難民キャンプを反体制派の潜伏先とにらみ、たびたび砲撃。1968年創設のパレスチナ過激派でアサド政権の支援を受ける「パレスチナ解放人民戦線総司令部派」(PFLP・GC)が共闘しているとされる。
一方、反体制派はパレスチナ難民の志願者で武装勢力「嵐旅団」を新設し、ヤルムークの戦闘に投入しているという。
また、アサド政権は5日、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスのダマスカス事務所を封鎖した。ハマスは99年以来、在外指導部を置いていたが、民主化闘争を巡る確執でシリアを去っていた。
アサド政権は国営メディアを通じ「難民保護の姿勢に変わりはない」と訴えている。しかし、ヤルムークに住むパレスチナ難民の女性(31)は毎日新聞の取材に「私はシリアで生まれた。『母国』と思ってきたのに」と不信感をあらわにした。【11月9日 毎日】
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ハマスはシリアから離反し、カタールなどシリア反体制派の支援国と協調を深めています。
“ハマスはこれまで反イスラエルでシリアやイランと共闘してきたが、この機に軸足を移し、国際的孤立を脱したい思惑がある”【10月25日 毎日】とも言われています。宗教的にもハマスはスンニ派で、シリア反体制派と共通しています。