(11月27日、カイロのタハリール広場 モルシ大統領に反発する抗議デモに集まった群衆 その数は20万人以上とも “flickr”より By theglobalmovement http://www.flickr.com/photos/89734618@N02/8224228677/)
【仲介役で高まる存在感】
先日のパレスチナ・ガザ地区のハマスなどイスラム武装勢力とイスラエルの衝突においては、ハマスをテロ組織とみなして繋がりのないアメリカにかわって、ハマスの設立母体であるエジプトのムスリム同胞団出身のエジプト・モルシ大統領が仲介役として大きな役割を果たしました。
クリントン米国務長官も21日、カイロでの記者会見で、「これは、中東地域にとって決定的な瞬間だ」と、停戦を仲介したムルシ大統領の努力をたたえています。
ただ、エジプトは停戦合意の「保証国」として今後のハマスの動向に責任を持つ形にもなっており、停戦交渉の行方次第では、仲介役としての立場と国内の反イスラエル世論との板挟みに悩むこともあり得ます。
****ガザ停戦発効 ハマス寄り姿勢に“手綱” エジプト「保証国」の重責****
イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの停戦が21日、発効したことで、仲介役であるエジプトのモルシー政権は、その調停能力を国際社会に示すことに成功した。ただその一方でエジプトは停戦合意の「保証国」として、今後のハマスの動向に責任を持つことになった。国内世論もにらんだ従来のハマス寄りの姿勢と、仲介役としての立場をどう両立させるかというジレンマを抱え込んだ格好だ。
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エジプトは空爆が開始された14日に駐イスラエル大使を召還するなど、当初からハマスに肩入れする姿勢をみせた。背景には、ハマスのルーツがモルシー大統領の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団であることに加え、国民の根強い反イスラエル感情への配慮がある。
エジプトの仲介案は、イスラエルとハマス双方の戦闘行為停止と、イスラエルによるガザ封鎖緩和を柱としたもので、ハマス側は20日、いち早くこれに合意。同案をハマス寄りとみたイスラエルのネタニヤフ首相は受諾に難色を示した。
そうした中、モルシー大統領は21日、エジプトを訪問したクリントン米国務長官と会談。会談内容の詳細は明らかにされていないが、クリントン氏はイスラエル側の意向を伝え、仲介案の修正を迫ったとみられる。
結局、同日夜に発表された停戦合意では、エジプトが同合意の「保証国」となるとの表現で、エジプトの責任が明確化された。今後、協議が本格化するとみられるガザ封鎖の緩和プロセスや、ガザへの武器流入阻止などの問題で、エジプトが従来のようにハマス寄りの姿勢を取りにくくするための“手綱”がつけられた形だ。
ハマス政治局指導者のミシュアル氏は21日夜、エジプトの仲介努力を称賛するとともに、主要武器供給国であるイランへの謝意も示し、「装備強化は続ける」と宣言した。これに対してイスラエル側も、「必要に応じて軍事行動を取る」と警告。両者の敵対関係に本質的な変化はなく、軍事衝突が再燃する懸念は消えていない。
今回は、とりあえず双方とも矛を収めさせることに成功したエジプトだが、今後、再びイスラエルとハマスの緊張が高まれば、仲介役としての立場と国内の反イスラエル世論との間で、さらに難しい立場に追い込まれることになる。【11月23日 産経】
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なお、エジプトとしては、イスラエル国境に近いエジプト領シナイ半島でイスラム過激派の活動が活発化していることから、こうした動きを“管理”させることをハマスに期待しているとも思われます。
【司法の抵抗を抑えて、ムスリム同胞団主導の制憲プロセスを推し進める】
国際的な存在感の高まりの一方で、新憲法制定過程にある国内的には、大統領権限強化の発表が国内世俗派などの「新たなファラオだ」といった強い反発を呼び、激しい抗議行動が展開されています。
****エジプト大統領、憲法宣言で全権掌握 「新たなファラオ」と反発も****
エジプトのモルシー大統領は22日、来年前半にも予定される新憲法制定や人民議会(下院に相当)選までの間、自らが発出する法令や決定は、裁判所を含むいかなる機関の干渉も受けない-とする新たな「憲法宣言」を発布した。
イスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身の同氏が行政、立法、司法の全権を掌握すると宣言したに等しく、世俗主義勢力などは「モルシーは独裁者」「新たなファラオ(古代エジプトの王)だ」と激しく非難、対決姿勢を強めている。
モルシー氏は23日、支持者の前で演説し、同宣言は「国の安定回復に必要だ」と語った。宣言の効力は6月末の就任時までさかのぼるとしている。
首都カイロ中心部タハリール広場では23日、数万人規模の反モルシー派デモ隊に治安部隊が催涙ガス弾を発射した。国営テレビによると、北部アレクサンドリアやポートサイド、スエズなどでは、同胞団傘下の自由公正党の事務所が反モルシー派の襲撃や焼き打ちを受けた。
一方、同胞団などのイスラム勢力はモルシー氏支持のデモを組織、両派の対立が激しい衝突に発展する懸念が強まっている。
エジプトでは現在、同胞団主導の憲法制定委員会が新憲法起草を進めており、今回の憲法宣言には、同委員会の解散などを求める世俗派を封じ込める狙いがあるとみられる。
エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長や、ムーサ前アラブ連盟事務局長ら反モルシー派指導者は22日、憲法宣言の撤回を求めた。
またモルシー氏は22日、ムバラク前政権関係者への追及が甘いとの批判があったマハムード検事総長を更迭し、後任にタラアト・アブドラ氏を任命、6月に終身刑判決を受けたムバラク前大統領ら前政権高官の再捜査を命じた。反モルシー派も反対しづらい“大義”を掲げ、自身への批判を緩めようとの思惑がある。
司法界からは、今回の宣言は大統領権限を逸脱しているとの見解も出ている。ただ、昨年2月の政変で憲法の効力が停止したため、そもそも大統領権限の範囲が不明確で、モルシー氏はそうした状況を利用して一気に権限を強化した形だ。【11月24日 産経】
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今回の「憲法宣言」の意味合いは、“大統領は既に行政権と立法権を掌握しているが、22日発令の憲法宣言は、新憲法が国民投票で批准されるまでの暫定措置として、大統領が司法権を超越した権限を持つことを定めている。イスラム勢力が多くを占める新憲法起草員会について、これ以上構成は変えられないものとし、起草期限を2か月延長して来年2月までとすることも盛り込んでいる”【11月25日 AFP】とのことです。
また、新憲法起草員会については、“起草委員会(100人)はモルシ大統領の出身母体であるムスリム同胞団などイスラム勢力が過半数を占め、イスラム教の位置づけなどを巡り意見対立が激化して、委員の脱退が相次いでいる。起草委はまた、先に司法判断で解散された人民議会が選出した経緯から、裁判で正当性が争われている最中だった。(反モルシ派には)大統領がイスラム系主導の新憲法の起草を「保護」したと映っている。”【11月23日 毎日】と報じられています。
死亡者も出る混乱を受けて、モルシ大統領側も一部譲歩を示しています。
****大統領令強化、範囲を縮小 エジプト、国民の猛反発受け****
エジプトのムルシ大統領は26日、すべての大統領令を司法判断の対象から除外すると発表した22日の大統領令について、除外するのは国家主権にかかわるものに限定するとの妥協案を提示した。司法側の猛反発を受けて修正に応じた。
大統領府のアリ報道官によると、大統領は26日の判事らとの会合で、権限強化の特例は新議会成立までの時限措置であることを改めて説明。その上で、主権にかかわらない大統領令に関しては、司法判断の対象に含めるとの新たな方針を示した。
修正に伴い、ムルシ氏の支持母体である穏健イスラム組織ムスリム同胞団は、27日に予定していた大統領支持デモを中止するが、世俗派・リベラル勢力は同日、タハリール広場で権限強化に反対する抗議デモを呼びかけており、事態が収束するか、なお予断を許さない状況だ。【11月27日 朝日】
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しかし、混乱は収まっておらず、“エジプトのモルシ大統領の権限強化に反発する大規模な抗議デモが27日、国内各地であり、AP通信によると、カイロ中心部のタハリール広場には20万人以上の群衆が詰めかけて「政権は退陣しろ」などと叫んだ。反対勢力の中心は若者やリベラル派で、怒りの矛先は大統領の出身母体である穏健派のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団にも向いており、「世俗対イスラム」の様相も深めている。”【11月28日 毎日】と報じられています。
【最高憲法裁判所の判断に先手を打つ狙い】
エジプトの司法界は、ムバラク前政権関係者にも近いと言われており、モルシ政権によるイスラム主義拡大を警戒しており、今回の強権的な憲法宣言はこうした司法界から予想される抵抗への先手を打ったものと見られています。
****エジプト大統領、「強権」撤回せず 不穏な司法界に“先手”****
■反対勢力、数万人が抗議デモ
エジプトのモルシー大統領は26日夜、自身への司法の干渉を一切排除するとする憲法宣言を発布したことに反発する司法界の代表者らと会談、宣言撤回には応じず、協議は決裂した。世俗主義勢力を中心とする反モルシー派は27日も首都カイロで抗議デモを続け、数万人が参加した。また今回のモルシー氏の強権発動をめぐっては、ムバラク前政権関係者にも近い司法界による不穏な動きをモルシー氏が察知し先手を打ったとの見方が浮上している。
モルシー氏が自身に絶対的な権限を付与する憲法宣言の発布に踏み切った舞台裏について、26日付の独立系紙マスリユーンなどは、モルシー氏が今月上旬、公安機関から受け取った1通の報告書がきっかけとなったと報じている。
そこには、12月2日に予定される最高憲法裁判所での裁判で、諮問評議会(上院に相当)と憲法制定委員会の解散が命じられる可能性が高いことが記されていたという。同評議会や憲法制定委は、モルシー氏の出身母体のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が多数派を握るだけに、モルシー氏には大打撃となる。
当時のマハムード検事総長が、裁判所と連動する形で、6月の大統領選での不正などを突破口に選挙結果を無効にすることや、同胞団幹部の訴追を画策していたとの報道もある。
同胞団系ニュースサイトの元編集長シャルヌビ氏によれば、モルシー氏と同胞団指導部は今月17日と22日に対応を協議。モルシー氏は22日夕、検事総長の更迭と憲法宣言の発布を発表した。
一方、モルシー氏と司法界の協議が決裂したことで、憲法裁が12月2日の判決を強行するとの見方も強まっており、同胞団側の態度が硬化し混乱が深まる可能性もある。反モルシー派のエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は26日、「モルシー氏は軍部の介入を招きたいのか」と宣言撤回を促した。【11月28日 産経】
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【「世俗対イスラム」】
軍部は今のところ沈黙を守っており、“現在のところ軍部に目立った動きはないが、昨年1~2月のデモでは、軍部が当時のムバラク大統領に退陣を迫った経緯があるだけに、モルシー氏としては、メンツを保ちつつ軍の介入を受けかねない騒乱は回避する方策を探るという難しい立場に立たされている。”【11月29日 産経】とのことです。
12月1日には、ムスリム同胞団が対抗デモを行うとしており、さらなる混乱の引き金となる懸念も指摘されています。
12月2日には、上記記事にもあるように、最高憲法裁判所が諮問評議会(上院に相当)と憲法制定委員会の解散に関する判断を下す可能性もあります。
モルシ大統領側は、権限強化は抵抗勢力を抑えて民主化プロセスを前進させるための臨時措置としています。
モルシ大統領は、「われわれはともに自由と民主化を実現する取り組みを勢いづかせなければならない。私はすべての権限を望んでいる訳ではない。だが、国が危機に直面したときは、あらゆる権限をもって行動を起こすつもりだ。私にはその義務がある。」とも語っています。
一方、世俗主義勢力・反モルシ政権派には、ムスリム同胞団主導で進む制憲プロセスそのものへの反発があります。
エジプトの民主化、あるいはイスラム主義の行方は、ここ数日間目がはなせない状況が続きますが、議会選挙や大統領選挙で示された力関係でみると、世俗主義勢力・反モルシ政権派にムスリム同胞団やイスラム主義勢力を追い込むのは難しいようにも思えます。
トルコのエルドアン政権でも見られるように、イスラム社会にあっては、軍部・司法の介入がない限り、世論の大勢を反映したイスラム主義勢力が強いように見えます。