孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  政治混乱・軍事クーデターの背景にある農民や労働者階級と裕福なエリート層との格差問題

2014-06-09 22:40:56 | 東南アジア

(タイ・バンコクで、右手の指3本を掲げてクーデターに抗議するデモの参加者 【6月2日 AFP】)

空腹でも食べることができず、トイレに行きたくても行けない
タイを含めて東南アジアについては、“のんびりした国”といったイメージがあります。
ただ、道路は車やバイクで溢れており、道路を横断するのも、慣れない観光客にとっては命がけのチャレンジにもなります。

乗合バスも乗客で満員で、停留所に近づくと車掌役の男性が身を乗り出して行き先を大声で連呼、客が乗ると外に出ていた男性が車体を叩くなりして運転手に合図し、走り出したバスに飛び乗る・・・といった、慌ただしく騒々しい場面が繰り返されます。

タイ・バンコクでは、個人的には市内移動は三輪タクシー“トゥクトゥク”を使うことが多く、バスに乗る機会はありませんが、女性の車掌さんが乗っているようです。そう言えば水上バスでは、小銭をジャラジャラ鳴らした女性車掌さんが切符を切っていたように思います。

このバンコクの車掌さんの仕事は、トイレに行く時間もない忙しいもののようです。

****大人用おむつ着用しないと働けない・・・・待遇改善求めるタイのバス車掌ら****
タイ首都の交通渋滞に毎日つかまるバスの車掌たちは、トイレ休憩をとれないことの対策として過激な解決方法を見いだした──大人用のおむつだ。

何年にもわたる底堅い経済成長を続けているタイだが、バンコクの肉体労働者たちは、容赦のない都市化と変わらぬ経済格差の最前線に置かれている。

ごみ収集から工場労働、タクシー運転手まで、無秩序に広がった人口1200万人の大都市の機能を維持する職業に就いている人々の多くにとって、賃金上昇は必ずしも生活の向上に結び付かないのだ。

■長時間のおむつ着用で疾患に
交通渋滞がますます悪化する中、車掌たちは老朽化したバスに乗り、熱帯の暑さの中、大気汚染のひどい路上で長時間を過ごしている──トイレ休憩さえとれないことが多い。

尿路感染症になった時、ワッチャリ・ビリヤさんは長時間トイレに行けない対策として大人用おむつをはく以外に選択肢がなかった。

「体を動かした時に不快だった。特に中に尿をしている時に」と、ワッチャリさんは振り返る。
「バスターミナルに到着したらおむつ交換のために走らなければならなかった。1日に最低2枚は使っていた」

ワッチャリさんはその後子宮がんと診断され、手術を受けた。「医師には、清潔でないおむつを着用していたせいだと言われた」

バンコクには地下鉄や高架鉄道が少なく、多くの市民が移動手段としてバスや車、三輪自動車のトゥクトゥク、オートバイに依存しており、中でも自動車を購入する人が税制優遇措置により増えている。

■バンコクの女性車掌の28%が「おむつ」
トイレ休憩の不足に対しておむつ着用という過激な解決方法を選ばざるを得なかったのはワッチャリさんだけではない。最近の調査によればバンコク市内の女性車掌の28%が最大16時間のシフトの間におむつをはいていることが分かった。

調査を行った「女性と男性の進歩的運動基金」のディレクター、ジャディド・チョーウィライ氏は「衝撃を受けた」と語る。
「また女性の多くが尿路感染症や膀胱結石を患っていることも分かった。子宮がんになった女性車掌も多い」

タイの労働者階級と裕福なエリート層との格差問題は、タイの政治危機の要因の一つだ。タイでは反政権デモが数か月間続き、5月22日に軍事クーデターが起きている。

■労働条件の改善を
欧州の労働者と異なり、アジアの労働者はストライキをめったに行わない。またタイでは、国営企業の従業員がストライキを行うことが非合法化されている。

だがバンコクのバス車掌と労働組合は労働条件の改善を求める声を上げ始めている。
「(バス車掌の)労働条件は良くない」と、バンコクのBMTA労組のチュティマ・ブーンジャイ(Chutima Boonjai)氏は語る。BMTA労組はバスの路線沿いやターミナルへのトイレの増設を要求している。
「(バス車掌は)暑い中で長時間勤務しなければならず、空腹でも食べることができず、トイレに行きたくても行けない」

またバスの運転手は、腰痛や痔などの問題も抱えている。「最悪の事例は疲労と暑さによる高血圧やがん、脳卒中だ」と、ブーンジャイ氏は語った。【6月8日 AFP】
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タイの有権者の多くは今、民主主義の果実を味わった。エリートたちにとっては、それがまさに問題なのだ
“タイの労働者階級と裕福なエリート層との格差問題は、タイの政治危機の要因の一つだ。”・・・・農民を含めて“タイの農民や労働者階級と裕福なエリート層との格差問題は、タイの政治危機の最大の原因だ”と言った方がより適格でしょう。

タクシン元首相を支持する勢力と反タクシン派の確執が続き、ついに軍事クーデターとなったタイですが、タクシン派は農民や都市貧困層を支持基盤とし、反タクシン派は既得権益エリート層・バンコク中間層を基盤としています。

選挙を忌避する反タクシン派には、タクシン元首相の施策により政治に影響力を持ち始めた農民や都市貧困層に対する嫌悪感・蔑視があるように思えます。

タクシン元首相には金権腐敗や強権的政治手法の批判があります。また、それまでの国王を頂点とした社会の既得権益層(枢密院・官僚・軍部・司法関係者など)には、国王の権威を冒涜するものと見なされています。

“タクシン氏は、自分自身や取り巻きの会社においしい話を振りまき、腐敗していると広く思われていた。タクシン政権は人権侵害で非難された。恐らく最悪だったのは、多くの人が、タクシン氏の権力掌握と利益供与を国王に対する冒涜と見なしたことだろう。”【6月9日  Financial Times】

一方、“タクシン氏は、かつて社会から取り残されていたタイ北部の巨大な票田に、自分が彼らの利益を代弁しているということを納得させた”【同上】

****タクシン批判の是非****
(タクシン元首相に対する)すべての批判が的外れなわけではない。タクシン氏が直接あるいは傀儡を通じて運営した政権については、嫌悪すべきものがたくさんある。他の多くの未熟な民主主義と同様、法律は権力の乱用や縁故資本主義の導入を防ぐには執行力が弱すぎる。

だが、こうした批判の多くは誤りだ。タクシン氏の政権が、かつての悪名高い一部の軍事政権指導者など、他の多くの政権より腐敗しているかどうかは疑問だ。

タイの民主主義が近隣諸国のそれより程度が悪いとは必ずしも言えない。インドやインドネシア、フィリピンは、とにかく辛抱強く投票を続けている。

タイの政治にはチェック・アンド・バランスが欠けているという考え方も正しくない。それと同じくらい簡単に、タイにはチェック・アンド・バランスが多すぎると主張することもできる。

ここ数年で、3人もの首相が裁判所によって失職させられた。強力なチェックなどというものがあるとすれば、これがそうだろう。

民主主義への嫌悪は、農民が分別を持って投票するとは信用できないという家父長主義的な考え方によるところが大きい。

農民は、誰でもいいから自分たちに最大の賄賂を贈ると約束した人物に投票していると思われているのだ。実際、タクシン氏は施しに対する権利を与えることで人気を得た。

タクシン氏が誠実だったかどうか、あるいは冷ややかな多数派工作をしていただけかどうかは、この際、ほとんど関係がない。

タクシン氏の政策は、旧来の制度が自分たちにとって民主的な意味を持たなかった有権者の琴線に触れた。タイの有権者の多くは今、民主主義の果実を味わった。エリートたちにとっては、それがまさに問題なのだ。【同上】
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タクシン支持派と反タクシン派の争いは階級闘争的な側面があります。

所得格差に対応できていない「中進国の罠」】
そうした対立は、経済成長によって不可避的にもたらされる所得格差、それによる政治的不安定という「中進国の罠」に有効に対応できていないことによるものだとの指摘もあります。

****田中角栄のいないタイと中国は「中進国の罠」を乗り越えられるか****
・・・・タイは「中進国の罠」にはまった。

アジアは1980年頃から奇跡の成長を続けてきたが、ここに来て成長の鈍化が顕著である。その代表がタイと中国だ。両国ともに1人当たりのGDPが5000ドルを超えて、先進国の目安となる1万ドルまで、あと一歩というところに来た。開発途上国の優等生である。

しかし、真に先進国になるためには「中進国の罠」を乗り越えなければならない。アジアにおける「中進国の罠」とは、経済発展に伴い農工間格差が広がり、政治が不安定化することである。

必然的に生まれる都市と農村間の経済格差
経済発展とは、ごく簡単に要約すると、農業が主な産業であった社会から工業やサービスが主体となる社会に変わることに他ならない。その初期においては、サービス業よりも工業の発展が著しい。

工業やサービス業は都市部で発展する。そのために、経済が発展すると都市と農村間の経済格差が広がる。これは必然的に生じる現象である。農村が貧しくなることは政策の失敗ではない。

(中略)
経済を発展させるためには、まずはクーデターがしばしば起こるような政情不安を改めて、しっかりした政権をつくることだ(軍人による開発独裁もOK)。次は外資と技術の導入。

それと同時に、教育の普及も重要である。教育の目的は豊かな人間性を育てることではなく、勤勉な労働者をつくることだ。

明治期の日本も昨今のアジア諸国と同じことを行っているが、国際間の資本移動が限られていた時代に、経済を成長させることは大変だった。明治の日本は「女工哀史」のようなことをやって資本を蓄積する必要があったが、現在は儲かる条件を整えれば外資が勝手にやって来てくれる。

政治を安定させて、低賃金でも文句を言わずに働く労働者を用意することができれば、経済発展はそれほど難しくない。

ただ、経済がある程度発展すると、そこからの発展は難しくなる。それは農工間格差が露わになるためだ。農村は都市のように豊かにならない。

そして、当然のこととして、農村に住む人々に不満がたまる。現在のタイや中国はまさにそのような段階にある。

田中角栄が試みた「農村の工業化」
(中略)
経済発展の意味を正しく理解すれば、必要な施策が「農業・農村の振興」ではなく、「農村の工業化」だと気がつくはずだ。

これを違う言葉で言ったものが、年輩には懐かしい田中角栄の「日本列島改造論」である。これは日本中に新幹線や高速道路を張り巡らせて、日本各地に工業団地を造ろうとしたものであった。

ただ、農村の工業化は成功しなかった。その真の理由は工業製品の需要が、思っているほどには大きくなかったためだ。最初、家にテレビが来たときは嬉しいが、テレビは家に2台程度あれば十分である。国中を工業化するほどの需要はない。

しかし、この田中が推し進めた政策は思わぬ効果を及ぼした。新幹線や高速道路を造るために都市で稼いだお金を地方に回すと、地方に雇用が生まれて、一時的でも地方の疲弊を和らげることができた。
この路線を引き継いだのが竹下登や金丸信が率いた旧田中派であり、それは小沢一郎に続く。

「日本列島改造論」から40年ほどの歳月が流れたが、日本が曲がりなりにもほぼ均一な発展を遂げることができたのは、地方で無駄な公共工事を行ってきたことが大きい。

取り残されている中国とタイの農村
翻ってアジアを見ると、日本が過去に行ったような農工間格差を是正する政策には乏しい。

中国は胡錦濤の時代に「西部大開発」を打ち上げているが、それは沿岸部で稼いでいる連中が西部で資源開発を行って儲けるということでしかなく、地方に住む人々にお金を落とすといった発想に乏しかった。

それはタイも同様である。海外から工業(トヨタ自動車など)を誘致することにより、バンコクは急速に豊かになり、中心部は東京と変わりがない様相を呈するまでになった。

しかし、コメを作っていたタイ農村部は発展から取り残されてしまった。
そして、タイの支配者階層を支持基盤にしているタイ民主党(黄色シャツ)は、マクロな視点から見れば、一貫して農村部に取り残された人々を無視してきた。バンコク周辺だけが経済発展の果実を享受してきたのだ。

そこを突いたのが、「赤シャツ」を率いるタクシン元首相である。
彼はバラマキを約束して農民の支持を集めて首相になった。彼は田中角栄に似ているが、似ていない面も多い。

田中が政権政党の中にいて、バラマキ(直接補助)よりも公共事業という間接補助を行ったのに対して、タクシンとその後継者は格安医療の普及や小学生に無料でパソコンを配るといったようなバラマキ政策を行っている。タクシンの発想は田中角栄よりも日本の民主党に似ている。

タイでは民主的な選挙制度が定着していたために、今回のような事態に発展したが、農民の不満を力で抑え込んでいる中国では不満のマグマが膨らんでいる。

中国共産党は、これまで田中やその後継者が行ったような、格差を是正する政策には熱心ではなかった。そして、それは再び暴力革命が起きるのではないかと言われるまでの状況を作り出してしまった。

現在のタイや中国には、田中および自民党が行った政策が欠けている。
資本主義を擁護する立場にいる自民党が農工間格差是正に熱心に取り組んだのに対して、本来農民の味方であるはずの中国共産党が農工間格差是正に熱心に取り組まなかったことは、現代史のパラドックスである。

タイと中国は「中進国の罠」を抜け出すために、大きな変革が必要な時代に突入した。【6月9日  川島 博之氏 JB PRESS】
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歪んだ微笑の国
****タイ:タクシン派が軍政批判「3本指抗議」ネットで広がる****
タイのクーデターに抗議する人々の間で、中指、人さし指、薬指の3本の指を掲げる仕草が、軍事政権への抵抗を示すシンボルとなっている。

米映画「ハンガー・ゲーム」で独裁国家に対する反逆の象徴として使われたジェスチャーで、インターネットを介して広がっている。

5月22日の軍事クーデターでタクシン元首相派政権が崩壊して以降、タクシン派らは軍政による監視網をかいくぐり、各地で抗議デモを続けている。

6月1日に首都バンコクの商業ビルでゲリラ的に行われたデモでは、参加者らが3本の指を掲げて抗議。ネット上でデモを指揮するリーダーは、フェイスブックで「軍や警察の見ていないところで1日3回、3本の指を掲げよう」と呼びかけた。

「ハンガー・ゲーム」で3本の指は、愛する人への感謝と称賛、別れを示すが、タイ軍政への抗議者らは、自由、平等、友愛などの意味を込めているという。

これに対し、軍政を支持する反タクシン派からは「3本の指は『汚職の自由』や『タクシン一族の家族愛』の意味だ」とちゃかしたメッセージが投稿されている。

一方、プラユット陸軍司令官は6日夜に放映されたテレビ番組で、「望むなら家の中で掲げることはできるが、外では掲げるな。命令に反するもので、さらなる問題を生むからだ」と強い不快感を示した。【6月7日 毎日】
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“兵士がごく少人数の抗議者の集会を襲撃する。市民は本を読んだり(『1984年』)、3本指を掲げたりする(『ハンガー・ゲーム』)ことで逮捕される危険に直面する。すべてが恐ろしいほど時代がかっている。タイは歪んだ微笑の国になってしまった。”【6月9日  Financial Times】
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