
(タリバンによる拘束から解放されたボウ・バーグダール陸軍軍曹の家族と共に会見するオバマ大統領 【6月2日 The Huffington Post 】)
【「アフガン国軍が自ら国の安全を守るべきだ」】
アメリカはアフガニスタンから年内に戦闘部隊を撤退させることになっていますが、その具体的内容についてオバマ大統領が明らかにしました。
カルザイ大統領が署名を拒否している安全保障協定が今後締結されることを条件に、アフガニスタン国軍の訓練やアルカイダを掃討する対テロ作戦のため、約9800人の駐留させるというもので、これについても16年末までには完全撤退させる方針です。
****アフガン、治安悪化の懸念 米軍、16年末までに完全撤退****
米国のオバマ大統領が27日、来年以降も米軍の一部をアフガニスタンに駐留させる一方、2016年末までに完全に撤退させる方針を表明した。
イラク戦争を終結させたオバマ氏は、10年以上続くアフガン戦争も任期中に終わらせる決意を示した。だが、アフガンの情勢はなお不安定で、米軍撤退が再び治安悪化を招く、との懸念が強い。
■オバマ氏、任期中の終結決意
米軍が主導するISAF(国際治安支援部隊)は年内に治安維持の権限をアフガン政府に移譲することになっている。
オバマ氏は27日、これまでの方針通り年内に戦闘部隊を撤退させる一方、アフガン国軍の訓練や国際テロ組織アルカイダを掃討する対テロ作戦のため、約9800人の駐留を続けると正式に発表した。
残った部隊も段階的に縮小し、16年末までに大使館警護などの一部要員を除き完全に撤退させる。
オバマ氏は米国民向けの声明で「10年以上イラクとアフガンでの戦争に注力した時代から、新しいページを開くときが来た」と述べて、自らの任期中に二つの戦争を終わらせ、ほかの外交課題に注力すると訴えた。
アフガンからの撤退について、ホワイトハウス高官は「アフガン国軍はタリバーンに対抗する力をつけてきている」とこれまでの訓練や資金援助の成果を強調。
別の高官も「アフガンの安全を確保する長期的な解決策は米軍の駐留ではない。アフガン国軍が自ら国の安全を守るべきだ」と訴えた。
この高官は対テロ作戦についても「引き続き掃討作戦を続けるが、これまでにアフガンとパキスタンにいるアルカイダ指導部に大きな打撃を与えた」と自信を示した。
一方で、完全撤退に慎重な共和党議員らは反発。米議会の重鎮マケイン上院議員ら共和党の3上院議員は連名で「歴史的な過ちだ。敵を増長させ、アフガンのパートナーを失望させる。米国が頼りにならず、指導的役割を果たそうとしていないという世界の見方を加速させることにもなる」と批判した。
今後の撤退について、米国は条件もつけている。オバマ氏はこの日の声明で、「米軍駐留の一部継続は、安全保障協定の締結が条件だ」と明言。大統領選を受けて発足するアフガンの新政権に、罪を犯した米兵の法的な地位などを定めた協定への署名を求めた。協定が結ばれない場合、米軍を即座に完全撤退させる方針も改めて示した。【5月29日 朝日】
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オバマ大統領は、イラク・アフガニスタンの二つの戦争を終わらせたという“成果”を、厭戦気分が強いアメリカ国内に向けてアピールしたい思いでしょう。
“二つの戦争を終わらせ、ほかの外交課題に注力する”・・・対外戦略としては、アメリカにとっての中東のウェイトも低下していますので、アジアにおける対中国戦略に更に力点を置いていくということでしょうか。
“包囲網”なのか、“新たな大国関係”なのかは別にして。
アフガニスタン国内には、米軍撤退によるタリバンの拡大や軍閥の復活を懸念する声もあります。
アフガニスタン治安部隊は人員はそれなりになっていますが、その質については疑問視もされています。
****タリバーン勢いづく恐れ*****
駐留米軍が2年半後に完全撤退することに、アフガニスタン国内では懸念が広がっている。
アフガン独立人権委員会のラフィウラ・ビダル報道官は「外国軍の撤退は、特に地方の治安を劇的に変える。反政府勢力タリバーンが支配地域を広げるだけでなく、これまで外国軍が押さえ込んでいた軍閥も復活し、力の弱い中央政府を無視して勝手な統治を始めるだろう」と危惧する。
AFP通信によると、タリバーンは28日、声明で「1人でも米兵が残る限り、聖戦を続ける」と宣言。西部ヘラートでは、米外交官が乗った車がタリバーンとみられる武装勢力の攻撃を受け、2人が負傷した。
最盛期には10万人に達した駐留米軍は徐々に撤退が進み、現在は3万3千人。他の北大西洋条約機構(NATO)加盟国の部隊を合わせたISAFの規模は5万人程度になった。
並行してアフガン側では治安部隊の育成が進み、軍・警察を合わせた要員は35万人。タリバーンの推定兵力の10倍以上の規模だ。
テロや攻撃への対応や、タリバーン掃討作戦など重要な任務のほとんどをアフガン側が受け持つようになった。4月にあった大統領選の1回目の投票の警備も独力で乗り切り、自信を深めていた。
ただ、兵士や警察官の給与や装備の大半を負担するのは米国だ。米軍撤退で支援が細るようなら、兵力の維持すら不可能になりかねない。地上での作戦を支える空軍力は未整備で、今後2年半の間にアフガン側がISAFの作戦能力を完全に引き継ぐのは困難だ。
来月14日に予定される大統領選の決選投票を控え、候補者の陣営にも波紋が広がった。アブドラ・アブドラ元外相の陣営のファズルラフマン・オリヤ報道担当は「アフガンの自立は当然だ」としながらも、「2年半後にまだアルカイダが残っているようなら、次の米大統領と交渉し直すべきだ」と述べた。
アフガンでは、駐留する外国軍に関係するビジネスが主要産業となってきた。撤退がもたらす経済的な影響を心配する声もある。米政府の関係機関で運転手をしている男性(34)は「上司から職員数を減らすと通告された。米軍がいなくなれば失業だ」と話した。【同上】
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【「米国は兵士を見捨てることはない」】
こうした米軍撤退が迫るなかで、アメリカはタリバンとの“取引”に応じ、拘束していたタリバン幹部5名と引き換えに、5年間タリバンに拘束されていた米軍兵士の解放を実現しました。
****米兵、5年ぶり解放 タリバーン、米と取引****
オバマ米大統領は31日、アフガニスタンの反政府武装勢力タリバーンに拘束されていた米陸軍軍曹(28)が約5年ぶりに解放された、と発表した。
この引き換えとして、米政府はキューバのグアンタナモ米軍基地にある対テロ戦収容所から、タリバーンの幹部ら5人をカタールに移送した。5人は当面、カタールで監視下に置かれる。
今回解放された軍曹は、アフガン東部のパキスタン国境付近で2009年に行方不明になり、その後、タリバーンが拘束中の映像を公開していた。
オバマ氏は軍曹の両親とともにホワイトハウスで急きょ会見。「(軍曹を)忘れたことはない。米国は兵士を見捨てることはない」と成果を強調した。
一方、タリバーンの5人のうち2人は軍事部門の幹部司令官。米国人や同盟国軍兵士、さらにアフガン国内のシーア派住民数千人の殺害にかかわった疑いがもたれている。今回の取引について米国内では批判も出ている。【6月2日 朝日】
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膨大な数の兵士を海外に派兵しているアメリカにとっては、兵士の処遇は非常に敏感な問題です。
オバマ政権は30日に、退役軍人病院で患者が長期間診療を受けることができずに死亡した問題で日系のシンセキ退役軍人長官更迭に追い込まれていますので、「米国は兵士を見捨てることはない」というアピールは退役軍人病院スキャンダルの穴埋めにもなるでしょう。アメリカには2000万人を超える退役軍人がいます。
もちろん、タリバンとの取引は長い準備期間があってのことで、別に退役軍人病院問題に合わせてのものではありませんが。
****アメリカとタリバン****
アメリカ政府は、ことし末に控える国際部隊の大部分の撤退を前に、政治的な対話を通してタリバンをアフガニスタンの国造りに取り込み、現地の情勢を安定させようと、タリバンとの和平交渉の実現を目指してきました。
アメリカとタリバンは2010年から中東のカタールを拠点に水面下で協議を重ね、本格的な和平交渉に入る前の信頼関係を築く措置として、互いに拘束しているアメリカ兵とタリバンの幹部をそれぞれ解放することでいったんは合意しました。
しかし、その後、アフガニスタンのカルザイ政権が協議に加わるかどうかを巡って対立して、協議はおととし中断し、去年、再開が模索されたものの、難航して暗礁に乗り上げた形になっていました。【6月1日 NHK】
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今回の取引が成立したということは、暗礁に乗り上げた形になっていたタリバンとの和平交渉の水面下でそれなりに動いているということでしょう。
****タリバン幹部釈放で和平交渉実現も****
アメリカのヘーゲル国防長官は、アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンに拘束されていたアメリカ兵の解放と引き換えにタリバンの幹部5人を釈放したことで、タリバンとの本格的な和平交渉が実現することもありうるとの認識を示しました。(中略)
アメリカのヘーゲル国防長官は1日、アフガニスタンに向かう機内で会見し、5人の釈放について、「タリバンとの対話の打開策につながるかはまだ分からないが、うまく行けばその可能性はある」と述べ、今回の対応によって今後タリバンとの本格的な和平交渉が実現することもありうるとの認識を示しました。(中略)
5人はかつてのタリバン政権下で諜報機関や軍の高官などを務めていた幹部で、タリバンの最高指導者オマル師は声明を発表し、「偉大な勝利だ。家族らに心から祝福を伝える」として5人の釈放を歓迎しました。
タリバンは幹部の釈放をアメリカと本格的な和平交渉に入るうえでの前提条件としてきたいきさつがあり、今後、両者の和平交渉にまで進展するのか注目されます。【6月2日 NHK】
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【取引への批判と擁護】
アメリカ国内ではタリバンとの“取引”を批判する声もあります。
****米・タリバン捕虜交換に批判の声、米長官「命救うため」と擁護****
米政府がアフガニスタンの旧支配勢力タリバンに拘束されていた米兵の解放と引き換えに、タリバンの捕虜5人の移送に応じたことについて、一部の共和党議員からは批判の声が上がっている。
一方、チャック・ヘーゲル米国防長官は1日、作戦の目的は米兵の生命を救うことにあったと説明し、この「捕虜交換」を擁護した。(中略)
カタールの仲介で実現した劇的な身柄交換については、米・タリバン双方が成功だったと宣言している。
タリバンの最高指導者、ムハマド・オマル師は、グアンタナモに拘束されていた5人の解放を「大きな勝利」と称える極めて異例の声明を発表。
ヘーゲル長官は、アフガニスタン和平に向けた突破口となり得るとも示唆しており、米国とタリバン間の信頼醸成につながる可能性を指摘する声もある。
だが、数人の共和党議員は、さらなる米兵の拉致を助長するものとしてこの捕虜交換を批判。共和党のジョン・マケイン上院議員は、移送したタリバン幹部たちが再び米国との戦闘に復帰することを防ぐためにどのような手段が講じられているのかを明らかにするよう要求した。(後略)【6月2日 AFP】
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マケイン上院議員はベトナム戦争に従軍した際、5年半にわたり北ベトナム軍の捕虜となり、激しい拷問も受けた経験をもっています。
また、父親が米軍高官であったことから早い段階で捕虜交換の話がありましたが、「自分より早く捕縛されているものが釈放されるなら受け入れる」と、自身の釈放を拒否したこともあります。
そうした経歴の持ち主の捕虜交換批判ですから、一定の重みはあります。
ただ、皆がマケイン氏のように大義に殉じる不屈の精神を持っているかと言えば、それもまた・・・。
【ナイジェリアは「対テロ全面戦争」】
今回のタリバンとの取引で、ナイジェリアでイスラム過激派「ボコ・ハラム」拉致され、“奴隷として売り飛ばす”と言われている200人超の女子生徒の問題を思いました。
5月23日ブログ「ナイジェリア 女子生徒連れ去り事件の背景 テロ組織との交渉は認められるか?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140523)で取り上げたように、ナイジェリア政府は“弱腰批判”を受けたくないこともあって、公式にはボコ・ハラムとの取引を否定しています。
“今回のように世界的に注目されている重大な犯罪を犯したテロ組織と交渉のテーブルに着けば、同じような行為を誘発しかねない。ナイジェリア政府は誘拐を防げなかったことで国内外から批判を浴びており、交渉に応じれば弱腰と見られるだろう。今のところ、ナイジェリア政府は交渉に応じないと表明している。「いかなる形であれ人身売買に加担するつもりはない」と、大統領報道官は言う。”【5月27日 Newsweek日本版】
ただ、水面下の動きも報じられてはいます。
****ナイジェリア少女拉致、元大統領がボコ・ハラム側と接触 消息筋****
ナイジェリアの少女集団拉致事件で、捜索が続いている200人以上の女子生徒の解放を促すため、オルセグン・オバサンジョ元大統領が事件を起こしたイスラム過激派「ボコ・ハラム」に近い人物らと会ったと、消息筋が27日AFPに明らかにした。
匿名を条件に取材に応じたこの情報筋によると、同国南部のオグン(Ogun)州にあるオバサンジョ氏の農場で先週末行われたというこの会合には、同氏とボコ・ハラム幹部の親族らに加え、複数の仲介役が出席。「(拉致されている)少女らを交渉を通じてどのように解放していくかが話し合いの焦点だった」としている。
この会合が政府の承認を受けて行われたのかは明らかになっていない。(中略)
オバサンジョ氏は2011年の大統領選で、グッドラック・ジョナサン現大統領を支持したが、その後2人の関係は冷え込んでいるという見方が広まっている。(中略)
一方ナイジェリア政府は、戦闘員らと少女らの交換に応じる可能性について公式に否定しているが、少女らの解放に向けボコ・ハラムと協議するため、仲介者の派遣は行っている。【5月28日 AFP】
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タリバンとの取引は、タリバンとの和平交渉を進めることにつながるという大義もあります。
それに対し、ボコ・ハラムとの取引は、単に狂気に満ちたテロリスト集団を利するだけという違いがあります。
しかし、タリバンに捕虜となった米兵は、それなりに覚悟のうえで戦争に参加した訳ですが、ボコ・ハラムに拉致された女子生徒はまったくの無関係の市民です。
非常に悩ましい判断ですが、ナイジェリアの件では裏取引によるものであろうが、とにかく女子生徒の救出を第一に考えるべきかと思います。
ナイジェリアのグッドラック・ジョナサン大統領は5月29日、“同国に文民政権が誕生してから15周年を迎えた記念式典で、イスラム過激派「ボコ・ハラム」による少女集団拉致事件を念頭に「対テロ全面戦争」を行う決意を示した”【5月30日 AFP】とのことです
同日には、ボコ・ハラムが国境付近の3つの村を襲撃し、計35人が死亡したと報じられています。
また、6月1日には、北東部アダマワ州ムビで大きな爆発が起き、少なくとも40人が死亡したと伝えられており、これもボコ・ハラムの犯行の可能性が高いとされています。