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(ピラミッドと並ぶエジプト観光の目玉、アスワンのアブ・シンベル神殿 アスワンでもテロと聞くと、1997年のルクソール事件(日本人10名を含む外国人観光客61名とエジプト人警察官2名の合わせて63名が死亡、85名が負傷)を思いだしてしまいます。 写真は【3月2日 AFP】)
【治安対策を巡る世論の不満に配慮して内相を更迭するも・・・・】
エジプト・シシ政権は、強権的・旧体制回帰との批判を受けつつも、秩序回復・治安対策のためにイスラム同胞団などのイスラム主義勢力の封じ込めに躍起となっています。
(2月7日ブログ「エジプト 旧体制への回帰、強権的な姿勢を強めるシシ政権 経済的成果が出ないことへの国民不満も?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150207)
しかし、テロが相次いでいるのが現状です。
****観光地アスワンで爆弾が爆発、2人死亡 エジプト****
エジプト南部の観光地アスワンで1日、警察署近くに仕掛けられた爆弾が爆発し、2人が死亡、警察官1人を含む5人が負傷した。警察が発表した。
アスワンはルクソールと並ぶ上エジプト地域の2大観光地。
同国では2013年にイスラム組織出身のムハンマド・モルシ大統領が解任されて以来、爆弾攻撃や銃撃事件が頻発しているが、アスワンでこのような攻撃が起きたのは初めて。
モルシ氏排除以降起きている暴力事件の多くは、過激派組織「エルサレムの支援者(アンサル・ベイト・アルマクディス)」が先導するものだ。同組織は、シリアとイラクの広域を支配下に置くイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」への忠誠を表明している。【3月2日 AFP】
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****高裁前で爆発、死者も=首都中心部の繁華街―エジプト****
エジプトの首都カイロ中心部にある高等裁判所前で2日、爆弾がさく裂し、地元メディアによると少なくとも1人が死亡、7人が負傷した。
現場は人通りの多い繁華街。「アラブの春」と呼ばれた2011年の民主化要求運動の舞台となったタハリール広場にも近い。治安当局は近くの地下鉄駅を一時閉鎖するなどし、厳戒態勢を敷いた。(中略)
エジプトでは13年7月の事実上のクーデターでイスラム組織ムスリム同胞団出身のモルシ元大統領が失脚して以降、爆弾事件が相次いでいる。
東部シナイ半島では、過激派組織「イスラム国」に忠誠を誓う組織が主に治安機関を標的とした攻撃を繰り返している。【3月2日 時事】
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経済回復が進まず国民の不満が増大しているエジプトにとって、アスワンのような観光地でのテロは、基幹産業である観光業の回復を妨げる形で大きな痛手となります。
個人的にも、“アスワンでテロ”と聞くと、やはりエジプト観光はしばらく見合わせた方がいいかな・・・・と思ってしまいます。
****<エジプト>内閣改造で内相交代 治安改善へ警察引き締め****
エジプト大統領府は5日、イブラヒム内相の退任を含む内閣改造を行ったと明らかにした。
今月中下旬に二つの大規模な国際会議を控えた時期に治安を担う内相を交代させるのは極めて異例で、懸案の治安改善に向けて警察当局の引き締めを図る狙いがあるとみられる。
軍と並ぶ権力機構である警察のトップ更迭は、軍出身のシシ大統領の権力基盤が固まったことも象徴している。(中略)
エジプトでは今月13~15日に経済再生に向けた国際会議、28~29日にアラブ連盟首脳会議が開かれる。政府は経済会議で海外からの投資を呼び込むため、治安の改善をアピールしたい考えだが、2月下旬以降に首都カイロ中心部で爆発事件が相次ぐなど治安状況は厳しいままだ。
さらに2013年のクーデター以降続くデモ隊の弾圧、今年2月にカイロのスタジアムで起きたサッカーファンとの衝突など、警察当局の強硬な対応には市民からも疑問の声が上がっていた。
シシ氏は治安の改善を期待されて大統領選で圧勝した経緯があり、治安対策を巡る世論の不満に配慮してイブラヒム氏を更迭した可能性もある。(後略)【3月6日 毎日】
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ただ、内相を代えてみても治安改善は期待できませんし、シシ政権の体質や秩序回復が至上命題となっていることから“警察当局の強硬な対応”にもあまり変化はないように思われます。
“シシ軍事政権はイスラム過激主義(ムスリム同胞団)との死闘を制する他、生き残ることができない”【選択 3月号】とも。
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選挙で選ばれたムスリム同胞団出身のムルシ元大統領をクーデターで追放したシシ大統領は、人口の大半が貧困ラインを割っているエジプト社会に根強い人気のある同胞団を根絶やしにしない限り安心して夜も眠れない。
幸い、問題意識を共有する湾岸産油国の強い支援を得ることに成功し、ムスリム同胞団とそれに類する組織、例えばガザ地区のハマスなどのメンバーは、ほぼ世界的にお尋ね者として取り締まる体制を築き上げることに成功した。
何百人という数の活動家の死刑判決を勝ち取り、反政府デモも時に散弾銃や催涙弾を水平撃ちしてまで鎮圧しているのだ。【同上】
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【イスラム系過激主義者の武器庫と化した混沌リビア】
エジプトの治安回復が進まない理由のひとつに、隣国リビアの混乱・内戦状態があると言われています。
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治安対策が進まない。その大きな要因のひとつは、リビアがムスリム同胞団の楽園と化していることだ。
ISだけでなく、あらゆるイスラム系過激主義者の武器庫と化したリビアは、サブサハラ方面だけの脅威ではない。広大な砂漠を介して、エジプトと一千キロ以上の国境で接しており、武器と人員の移動はほぼ無制限である。【同上】
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そういう政治状況のなかで、テロ組織ISがリビアのエジプト人のコプト教徒(キリスト教の一派)21人の処刑動画を公開したことに対し、シシ政権は2月16日、隣国への空爆による報復という強硬手段に出ました。
シシ政権が強硬手段に出たのは、自国民保護という話だけでもないようです。
*****エジプト苦境の「リビア介入」****
・・・今回、子どもを含む一般市民の犠牲者を出したとされるデルナの空爆をエジプトが強行したのはなぜなのか、シシ大統領はそんなグローバルな利益のために動いたわけではなかろう、とアラブのメディアは喧しい。
背景に、エジプト人キリスト教徒が殺害されたのは今回が初めてではない、ということがある。
非公式な統計で百万人以上の労働者がリビアに滞在しているとされるエジプト。政府は自国民の救済に無関心で、人質事件が発覚しても手をこまねいていると批判されていたのである。
昨年二月には七人のキリスト教徒がベンガジでイスラム勢力に惨殺されたが政府は動かなかった。・・・・【同上】
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リビアには現在、西部トリポリを中心とするイスラム主義勢力と、東部トブルクを拠点する(旧カダフィ政権の残党を含む)世俗派勢力の二つの政府があり、更に、以前からリビアで活動していたアルカイダ系テロ組織、近年勢力を増しているIS系の武装勢力も加わって、“混沌”としか言いようのない状況にあります。
****混沌リビアの勢力図を読む*****
・・・・エジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領は以前から、世俗派で構成するトブルク政府と(旧カダフィ政権の将軍)ハフタルの民兵組織を支持してきた。
宿敵のイスラム主義組織ムスリム同胞団の残党に、リビアのイスラム過激派が加勢する事態を防ぎたいからだ。
だがエジプトも国際社会も、今は深刻なジレンマを抱えている。このまま手をこまねいていれば地中海の南側で過激派の脅威が増すことになるし、下手に手を出せば各地のイスラム主義民兵組織が手を組んで巨大なジハード連合が生まれかねない。(後略)【3月10日号 Newsweek日本版】
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【リビア介入に及び腰の欧米 中東各国の利害も不一致】
シシ大統領としては、“リビアの東半分が、仮に、かつての「満州国」のような傀儡政権であれ、国連や欧米主導の委任統治であれ、適切な治安能力を有する世俗国家となってイスラム過激主義者の進出を食い止めてもらいたいと切望している。”【選択 3月号】ということです。
そうした流れのなかで、シシ政権は東部トブルク政府と協力する形で、イスラム過激派の拠点都市デルナ空爆を強行し、更に、国際社会にリビア介入を求めています。
しかし、混乱のリビアに敢えて表立って介入しようという国はそうありません。
****国際社会、軍事介入に及び腰=一層の泥沼化懸念―リビア情勢****
リビアで過激派組織「イスラム国」に対する空爆を実施したエジプトが、リビアへの国際部隊展開を求めている。ただ、泥沼化の拡大を恐れる各国の反応は鈍く、結果的に同組織の一層の台頭を招きかねない状況だ。
エジプトのシシ大統領は、17日放送のフランスのラジオで、「国連安保理決議に基づく軍事介入が必要」との認識を示した。これに対し、欧米はリビア国内各派による協議を通じた「政治的解決が必要」との立場で、軍事介入には慎重な立場を崩していない。
慎重姿勢の背景には、リビアの「政府分裂」がある。
現在、東部を中心とする民族派と、西部の首都トリポリを掌握するイスラム系勢力がそれぞれ政権の正統性を訴えている。イスラム国系の過激派も中部シルトなどで独自の統治を主張し、各勢力が覇権争いを繰り広げている。【2月18日 時事】
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中東諸国の利害もエジプトと異なるところがあります。
****ISが引き裂くエジプトと湾岸諸国 - 酒井啓子 中東徒然日記****
・・・・2011年にカダフィ政権が崩壊して以降、リビアでは各派入り乱れての内戦状態となってきたが、シリアほどに国際社会の注目を浴びてこなかった。
ただ、シリア同様に、域内諸国は何らかの形でリビア内戦に関与しており、代理戦争化していた。
トルコとカタールがイスラーム系の諸組織を支援し、エジプトとUAEは非イスラーム主義系を支援していた、と言われる。よって、エジプト軍によるリビア空爆には、カタールが賛成しなかった。
そこにエジプトが、カチンときた。カタールといえば、ムバーラク政権転覆以降、2012年から一年間、エジプトの政権を担ったムスリム同胞団を支援していたことがよく知られている。
現在のエジプトのスィースィー政権は、その同胞団政権を2013年に打倒して成立した政権だ。以来、カタールとスィースィー政権下のエジプトは冷戦状態にあり、昨年秋にカタールが自国に亡命していた同胞団員を追放し、年末にはサウディアラビアの仲介でようやく関係改善にこぎつけたところだった。
にもかかわらず、カタールは再びエジプトの行動にいちゃもんをつけた。対してエジプト政府は、「カタールはテロリストを支援している」と糾弾、今度はカタールがエジプトから大使を引き揚げるまでに発展した。
カタールとの不協和音程度であれば、さほど深刻ではない。だが、今回エジプトが衝撃を受けたのは、同じくカタールの同胞団支援を嫌い、エジプトの軍事政権を支えてきたはずのサウディアラビアなど、他のGCC(湾岸協力機構)諸国の姿勢だ。
GCC諸国はカタールを擁護して、エジプトの行動を諌める態度を取った。GCCはその後改めて「エジプトを全面的に支持する」と表明したが、亀裂は根深い。
サウディアラビアやUAEからの財政支援でもっているエジプト経済だが、昨年後半の半年間、湾岸産油国からの支援は一昨年から比べてわずか2%に減ってしまったと、エジプト財務省は指摘している。【2月27日 Newsweek】
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下手にリビアに介入すると、今は競合しているアルカイダ系とIS系のイスラム過激派が連携する形となり、そこにエジプト国内の過激派も集結し“巨大なジハード連合”が生まれるという、シシ大統領にとっては悪夢ともなります。
シシ大統領としては、自国に波及するリビアの混乱を放置もできないし、かといって介入も難しい。国内のテロは止まない・・・という苦しいところです。
****「タフガイ大統領」がISIS空爆で抱えたリスク****
・・・・おぞましい惨劇が今後も繰り返されるようなら、シシの無力さを浮き彫りにする結果になり、政権の正統性の根拠は大きく揺らぐ。
シシは、自分なら国家と治安を守れると言った。軍人出身の「タフガイ大統領」にも無理だと分かったら、次に何が起きるのか。(後略)【2月27日 Newsweek】
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