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(若き日のリー氏 リー氏は35歳の若さで英連邦自治州の首相に就任し、その後マレーシア連邦に加盟しますが、「華人勢力が強まり、連邦の結成を乱す」とされ、シンガポールのみでの独立を強いられました。写真は【3月23日 東洋経済online】)
【個人的には管理社会のイメージも】
アジアの国々を物見遊山することが好きですが、シンガポールは1回行っただけ。ちょっと苦手。
小さな都市国家で、感動するような自然とか、興味を引くような文化遺産とかがある訳でもありませんし、きれいで近代的な街並みにはあまりアジア的異国情緒も感じませんので。
それと、何かと規制がうるさく息苦しい管理社会のイメージも。
****シンガポール「夜間の飲酒禁止」8割歓迎 外国人観光客にも適用へ****
シンガポールは夜間の飲酒禁止など、酒類に対する規制を強化する。現地紙トゥデイなどによると、同国議会は先月、午後10時30分から翌午前7時まで公共の場における酒類販売と飲酒を禁止する酒類規制法案を可決した。外国人観光客や外国人労働者に対しても適用される同法案は、4月1日から発効となる予定だ。
同国政府は、昨年1年間で飲酒が原因の暴動が47件、傷害事件が115件あり、うち9割が午後10時30分以降に発生したと主張。住民の安全のために思い切った措置が必要としていた。
同法案の発効後、シンガポール国内で禁止時間帯に飲酒が可能となるのは原則として自宅や宿泊施設の自室、酒類提供の許可を取得したバーやコーヒーショップ店内などに限られ、違反者には1000シンガポールドル(約8万6790円)以上の罰金または最長3カ月の禁錮刑が科されるという。
観光業への影響や、警察の取り締まりなどに対する懸念の声もあるものの、現地紙ストレーツ・タイムズによると、政府系機関が実施した電話調査では、1145人のうち81%が同法案に賛成しており、シンガポール世論は成立を歓迎している。【2月4日 SankeiBiz】
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個人的には殆どアルコールは飲みませんし、酔っ払いが騒ぐのは大嫌いです。
ですから、上記のような規制は歓迎すべきことなのでしょうが、旅行するとなると、小汚い屋台が道端に立ち並び、そこらで飲み食いしているような街に足が向きます。住むとなると、また別の話になるかもしれませんが。
【「生き残るために、シンガポールは並外れた努力をする必要があったのです」】
周知のように、マレー半島先端の小島にすぎなかったシンガポールを「世界の貿易港」「アジアの金融センター」に変貌させて、一人当たりGDPで日本を大きく上回るアジア随一の繁栄の礎を築き、「シンガポール建国の父」と呼ばれたリー・クアンユー元首相が死去しました。
(一人当たり名目GDP 2013年 シンガポール55,182ドル(世界第8位) 日本:38,467ドル(第24位) IMF集計)
****<リー元首相死去>繁栄築いた強権*****
シンガポール繁栄の礎を築いたリー・クアンユー元首相が23日、死去した。
1965年の独立当初は存続すら危ぶまれた資源小国だったが、リー氏の厳格な指導の下、シンガポールは東南アジアで最も豊かな国となった。
だが最近は、国民の間から権威主義的な開発独裁体制に不満の声が上がり、建国以来続く与党支配にも陰りが見えている。
◇建国半世紀「豊かさ」転換点に
「私にとって苦悩のときです」。65年8月9日、リー氏はマレーシアからの分離独立を宣言する記者会見で、涙を流した。
資源に乏しく、土地や人口も限られるシンガポール。人口の大半を中国系住民が占める都市国家は、マレー人優遇策を掲げるマレーシアから、半ば追い出される格好で独立した。
国家存続の危機を前に、リー氏は経済を最優先させ、政権と国営、民間企業を一体化した経済開発を進めた。
太平洋とインド洋をつなぐ地理的条件も生かし、積極的に外資を導入。シンガポールは金融や情報通信の一大拠点となり、今や1人あたり国内総生産(GDP)で日本をしのぐ。
こうした繁栄は、政治対立を抑え込む強権下の「安定」に支えられた。リー氏は自ら率いる人民行動党による一党支配を確立。治安維持法などで政権批判を封じた。公衆道徳に至るまで法律で規制し、経済効率性を重視した管理社会を築いた。
欧米からは人権侵害と批判されたが、リー氏は「自由というものは、秩序ある社会にしか存在しえない」と語り、東アジアには儒教に根付く独自の価値観があると反論。人民行動党の支配体制を維持してきた。
だが、近年はほころびが目立つ。
前回2011年の総選挙では、国民の生活に介入する政権の権威主義や、急激な経済成長に伴う所得格差の拡大への批判が高まり、87議席のうち野党が過去最多の6議席を獲得。現職閣僚2人が落選し、リー氏は顧問相を辞任した。
インターネット上では、政府の厳しい言論統制に反発する動きも出始めている。また、13年には外国人労働者の流入が雇用不安を招いているとして、政府の移民受け入れ拡大に反対する異例のデモが起きた。
「東南アジアの都市国家として生き残るために、シンガポールは並外れた努力をする必要があったのです」。リー氏はかつて、こう強調していた。
建国から50年。驚異的なスピードで豊かさを実現したシンガポールは、その「努力」が実った今、さまざまな点で曲がり角を迎えている。【3月23日 毎日】
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リー・クアンユー元首相を評価する場合、必ず触れられるのが
・経済的繁栄を実現した卓越した指導力
・批判を許さない開発独裁の代表例とも言える強権的手法
・最近シンガポール国内で大きくなっている不満
といった点でしょう。
とにもかくにも、経済的実績については世界にも類をみない成功例と言っていいでしょう。
****押しつけられた“独立”に直面****
・・・・「私には苦悶の瞬間だ」。1965年8月、シンガポール独立を宣言する記者会見で、リー氏は人目をはばからず涙を流した。
「シンガポールのため」と邁進してきたマレーシア連邦編入が、そのマレーシア側から追放される。前途を閉ざされたと感じたリー氏にとっては相当な衝撃だったのだろう。
リー氏が人前で涙を流したのはこの時と、1980年に母親が泣いた時のみと言う。だが、この涙は「シンガポール存亡の危機」と言われた状態への決別を意味する涙だったのかもしれない。
リー氏がその後、シンガポールを現在のような先進国レベルにまで成長させたことに、詳しい説明は不要だろう。
手厚いインフラ設備で外資を誘致し産業を興し、住民には雇用を増やして生活を安定させた。東南アジアで最も清潔で整備された街並みを見ても、豊かな国であることがわかる。
「シンガポールを東南アジアのオアシスにすること」がリー氏の戦略の一端だったと述べたことがあるが、まさにそれを実現させたのである。(後略)【3月23日 東洋経済online】
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外交的にも、小国シンガポールのかじ取りを巧みに行ったと言えます。
****「ミスター・シンガポール」、自国を存続・経済発展せる一方で強権体制貫く****
・・・・小国で自然資源に欠けるシンガポールは独立当初から、「国民の生活」のためにマレーシアに依存せざるをえない面があった。
例えば、マレーシアに水道水の供給を止められれば、シンガポールは国民のための飲み水すら確保できなくなる状態だった。
一方で、独立までの経緯もありマレーシアとは潜在的/顕在的対立関係を続けざるをえなかった(80年代に登場したマレーシア・マハティール政権との間で、両国関係は大幅に改善)。
そこでシンガポールはマレーシアの“ライバル”であるインドネシアと親密な関係を構築。ところがインドネシアと中華人民共和国の関係は1960年代半ばまでに極端に悪化。67年には断交した。
そのためシンガポールは独立当初からの「中華民国との外交関係」を保ち続けた。インドネシアと中国が国交を回復したのは1990年7月。シンガポールは直後の10月に外交関係を樹立した。
シンガポールは長年にわたって中華人民共和国と外交関係をもたなかったが、住民の75%程度は中国系であり、中国との「疎遠政策」を続ければ、国内政治に問題が出る恐れもあった。そのため「心情面では中国を疎んじているわけではない」とのアピールも必要だった。
中国への“共感”を示す政策の1つに、「漢字の略字化」がある。制定作業に着手したのは1968年だった。シンガポールの簡体字(略字体)は「中国大陸のものと基本的に一致するが、若干の漢字では異なる」特徴がある。中国への「同調」を示しつつ、独自性も残すなど、背景に政治的意図もあると考えられる。【3月23日 Searchina】
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【内外からの批判を許さない政治姿勢 「西洋的な民主主義ではうまくいかない」】
これだけの実績があれば、その強権的・権威主義的政治手法についてはやむを得ないとする向きも多いでしょう。
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その一方で、徹底して政敵を排除しPAPの独裁体制は現在も続く。野党には選挙制度や選挙区の改編で攻撃し、野党候補を当選させた地区には政府支援などで不利益を被るようにしたこともある。
徹底した能力主義で国を発展させたことは間違いないが、住民に失敗・敗者復活を許さない教育制度などのエリート至上主義の政策には、人権上からの批判が相次いだ。
それでも「現実的に自分は正しい」というリー氏は信念を持って反論、内外からの批判を許さなかった。そして、シンガポールもそれを受け入れてきたのは確かだ。【同上】
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フィリピンのマルコス、インドネシアのスハルトといった開発独裁に比べれば、血なまぐさいものは少ないですし、腐敗・汚職にまみれることもありませんでした。
開発独裁の成功例とも言えるのでしょうが、やはり個人的には“苦手”です。
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リー元首相は統制と団結を政治における信条としている。
1989年に北京で天安門事件が発生した際には、中国共産党の武力鎮圧について、「私でも同じことをしたであろう」と述べた。
また、シンガポール社会は上流階級に中国系が多く、貧困層にマレー系が多いが、リー元首相は「多民族社会では、ある民族の知能指数が他よりも低い現実がある」などと発言したことがある。【同上】
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また、北京オリンピック開催時の欧米からの中国批判に対しは、
“「一部の国の指導者が中国の人権問題とチベット問題を理由に、北京オリンピックの開幕式をボイコットすると圧力をかけているが、何の根拠もないものだ」と欧米各国の行動に対して批判的な態度を示しており、さらにリーは「チベットに抱く西側の人々のイメージは『ロマンチックな理想郷』であり、『ヒマラヤとダライ・ラマ』の地だ。しかし、中国にとってのチベットは『封建社会』であり、『後進地域』なのだ。中国はチベットを支配して以来、インド的な身分制度や農奴を廃止し、医療施設、学校、道路、鉄道、空港などを作り、少なくともチベットの生活水準を上げてきた」と語ることによって西側メディアの中国批判を牽制した。”【ウィキペディア】とも。
驚異的な経済成長、経済発展を優先し、人権・自由が制約されるのはやむを得ないとする姿勢は、中国共産党の姿勢に重なるものもあります。
****「カリスマなきシンガポール」こそ彼の成果****
リー氏はすべてが完璧だったわけではない。建国の父として賞賛されるに十分な成果を残したことは事実だが、限界があった。
たとえば、シンガポールにおける芸術や文学といった文化を軽視したこと。経済発展には無関係と見なし、国民の間の心の発展には無頓着だったとも言えるだろう。
そして、普通の国民の気持ちや能力を理解し、評価しなかったことだ。
彼は民主主義を唱えていた。だが、シンガポールの現実を考えると、西洋的な民主主義ではうまくいかないと言い続けてきた。
その主張の影で、一般の国民が政治や社会についてどう考え、どう希望しているかという声をくみ上げることはなかった。その結果、2011年の選挙結果につながったことを、彼は理解していただろうか。
「たとえ病床にあっても、墓に入れられようとしていても、何かが悪い方向へ進んでいると感じたら、私は起き上がるだろう」。リー氏は、シンガポールの将来を問う質問にはこのように発言してきた。
だが、すでにポスト・リー・クアンユー時代は深化し、彼のようなカリスマをシンガポールは必要としていない。将来を予測するのは難しいが、シンガポールの将来をそれほど悲観することもない。
リー氏が再び、「起き上がる」ような国ではない。
それこそ、彼が残した最大の成果なのかもしれない。【3月23日 東洋経済online】
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【シンガポール政府は国民に対する公共サービスという観念がはっきりしている】
最後に、リー・クアンユー氏が残したシンガポール社会の優秀さについても。
シンガポールは教育・医療などの各種施設が整備され、治安もいい、経済活動にも有利だということで、日本からの海外移住先としても人気があります。
ただ、家賃や物価が高く、生活費がかなりの負担になります。
そこで、物価が格段に安い隣接するマレーシア・ジョホールバルに巨大都市(シンガポールの国土面積の約3倍)を建設し、そこからシンガポールに通うこともできるようにしようという「イスカンダル開発計画」が進行中です。
今後の展開に向けてのカギとなる大量高速鉄道輸送システムの建設は、これまでマレーシア側の対応が遅いこともあって遅延していましたが、ようやく開発主体も本腰を入れるようになったとも報じられています。
この計画においても、シンガポール側の手際の良さが明らかなようです。
****垣間見えるシンガポールとマレーシア両政府の力量の差*****
2つの国を結ぶ高速鉄道建設プロジェクトの経緯を振り返ると、マレーシアとシンガポールの政府方針やプロジェクト遂行力に相当な違いを感じざるを得ない。
ジョホールバルで近所のマレーシア人らにRTSはいつ開通するのかと聞くと、誰もが政府プロジェクトが予定通り進むものとは期待していない。過度に期待するとがっかりすると、経験上、悟っているかのようだ。
一方、シンガポール側は、政府決定に基づいて着々と工事が進捗している。シンガポール政府は国民に対する公共サービスという観念がはっきりしているのだ。
例えば、シンガポールでは不動産価格が高騰している中、政府補助の手厚いHDB団地(公共住宅団地)が普及しているが、主要なHDB団地にはHDBハブと呼ばれるセンターが中心に配置され、そこに地下鉄の駅が作られる。
比較的小さいHDB団地には地下鉄駅がないこともあるが、バスルートだけは確保されている。しかも、バスや地下鉄の交通公共は政府が管理しており、どこへ行くにも片道約1シンガポールドル(約88円)以下だ。
したがって、シンガポール政府にとってRTS(高速輸送システム)の建設・運営は慣れたものだ。
運輸省が基本政策の策定し、陸上運輸庁(LTA)がライセンス付与、新規開業計画作りおよび運営会社管理を行い、事業者に対する入札方式により質の高い公共交通システムを構築している。(後略)【3月23日 大場 由幸氏 JBPress】
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