孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フィリピン  超法規的「処刑」疑惑はそんなに軽いことか?

2016-05-13 23:11:38 | 東南アジア

(最後の遊説に臨んだドゥテルテ氏 【5月11日 日経ビジネス】)

【「処刑人」ドゥテルテ氏が大統領へ
注目されたフィリピン大統領選挙は、型破りなダバオ市長ドゥテルテ氏が得票率で約39%ほどを獲得し、2位のロハス前内務・自治相(23%程度)や3位のグレース・ポー上院議員(22%程度)に600万票近い大差(開票率90%段階)をつけ圧勝しました。

選挙直前の調査と勢いをそのまま形にした・・・というところです。

アキノ大統領が後継者とするロハス氏、アキノ路線を踏襲するポー氏の一本化で、ドゥテルテ氏の勢いをなんとか止めようという話も選挙前にはありましたが、結局動きはありませんでした。

アキノ大統領サイドとしては何の芸もなく、予想どおり負けてしまった・・・という感もありますが、ロハス氏とポー氏が拮抗していただけに、一本化が難しかったのでしょう。(もっとも、一本化してもドゥテルテ氏に追い付いたかどうかはわかりませんが。両候補支持者が全員一本化候補に投票する訳でもないでしょうから)

ダバオ市長ドゥテルテ氏の“型破り”については、これまでのブログで何回も取り上げてきました。
(5月7日ブログ“フィリピン 世界に広がる“選挙民の気まぐれ”の先陣を切って「処刑人」ドゥテルテ氏が大統領へ?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160507など)

一連の選挙報道を見ていて気になったのは、「処刑人」「ダバオのダーティハリー」と呼ばれることになった彼の“実績”(あるいは“噂”)に関する扱いです。

5月7日ブログでも書いたように、ドゥテルテ氏はその「暴言」から「フィリピンのトランプ」とも言われますが、「犯罪者は殺せ」と言う彼の主張はトランプ氏と比べても遥かに過激です。

更に重要なのは、トランプ氏の場合、過激な発言(その主張はころころ変わりますが)だけですし、大統領になれば選挙中の発言とは異なるそれなりの施策を行うとも思われますが、ドゥテルテ氏が「犯罪者は殺せ」と言う場合、単なる「暴言」ではなく、実際に非公式の殺人部隊によって“処刑”が行われてきた(少なくとも本人も否定せず、住民も信じている)という点です。それも数人レベルではありません。

“「犯罪組織撲滅のために超法規的な殺人に関与した」との疑いが人権団体などから指摘されている。”【5月11日 朝日】

“地元では、ドゥテルテ氏が市長に就任して以降、犯罪組織のメンバーが殺害される事件が相次いでいて、人権団体などは、目撃者の話から市の当局が犯罪を抑制するために「ダバオ処刑団」と呼ばれる自警団を使って超法規的な殺人を繰り返していると指摘しています。”【5月10日 NHK】

“「『ダバオ・デス・スクワッド(DDS)』という自警団があり、彼らは犯罪者を見つけると、白昼堂々射殺。背後にはドゥテルテ氏がいるとされ、処刑にはドゥテルテ市長自ら銃を持って参加する」(マニラの大手新聞ジャーナリスト)とも言われるほどだ。”【5月10日 JB Press】

“ただ、こうした「市政浄化作戦」の陰で「処刑団」を率い、薬物犯ら1000人以上を「超法規的に」殺害した疑惑も付きまとう。”【5月10日 時事】

“国内最悪だったダバオの治安が劇的に改善された背景には、薬物犯罪者らに超法規的制裁を加えてきた「暗殺団」の存在があり、ドゥテルテ氏も関与を認める。その死者数は、1998〜2005年で1424人、うち132人が17歳以下だったとの報告もある。”【5月9日 産経】

そうした「処刑」の結果、犯罪が横行するフィリピンにあって、ダバオは極めて治安の良い都市にもなりました。
犯罪・汚職が横行する現在のフィリピンにあっては、彼のような「強い指導者」が必要とされているとも言われており、今回選挙での圧勝はそうした既成政治にはない実行力が期待された結果でしょう。「民主主義とか人権とかは聞き飽きた。とにかく犯罪を減らしてくれ」という期待でしょう。

折に触れ、こうした「処刑」に関する情報を目にすることで、なんとなく「まあ、そんなものか・・・」とも思えてきます。

メディア報道も一応はその「処刑」に触れつつも、プロフィールのひとつとして紹介する程度で、あまり深刻に批判しているようには見えません。

「強い指導者」待望、実行力への期待はわかります。しかし、自警団を使って超法規的に1000人以上(仮に実際は10分の一程度だったとしても100人以上)を「処刑」してきたということは、今後への期待と引きかえに看過していいほどに軽いものでしょうか?

そうした「犯罪者は殺せ」ということが許容されるのであれば、イスラム過激派ISなどがシーア派や異教徒(彼らにとっては宗教を冒涜する犯罪者でしょう)を次々に大量処刑するのとどのような差があるのでしょう?

今後、「犯罪者」が麻薬売人などの限定される保証もありません。政権運営が行き詰まったりしたようなとき、政権に不都合な人間も社会に害をなす者として抹殺対象にされる可能性もあります。天安門で「暴徒」を戦車でひき殺す中国や粛清に明け暮れる北朝鮮と同じことを行う危険もあります。

数人の殺害なら殺人行為として批判されますが、1000人の処刑なら社会立て直しとして評価され、数万人を殺せば戦争の英雄として賛美される・・・・ということでしょうか。

報道の中には、ドゥテルテ氏の人物紹介記事にもかかわらず、これまでの「処刑」実績に全く触れない記事もあります。

****フィリピン次期大統領“ダーティハリー”の素顔・・・・「頭のいいやつが部下になるぜ」「犯罪者は殺す」 型破りな人情家****
「おれは司法士試験にはぎりぎり受かったけど、国中の頭のいいやつらがこれから部下になるぜ」。大統領に当選確実となったロドリゴ・ドゥテルテ氏は10日未明、地元メディアにこうおどけた。

「犯罪者は殺す」と繰り返すが、ユーモアを交え笑いを誘い、米刑事映画の主人公「ダーティハリー」にも例えられる。根っからの親分肌だ。
 
開発から取り残された中部レイテ島生まれ。州知事も務めた法律家の父と教師の母を持ち、幼いころダバオに移った。貧しい弱者に犯罪が牙をむく光景の中で正義感を育んだ。検事を経て政界に進出。10日朝、両親の墓前に念願成就を報告し涙を落とした。
 
1988年にダバオ市長に就任し、通算7期22年の中で、全国に先駆け禁煙条例や未成年者保護条例を次々と制定。防犯カメラ設置や夜間外出禁止令で、全国最悪だったダバオの治安を劇的に改善させた。
 
明け方に就寝して昼頃起きる生活習慣や、ジーンズ姿での執務など、型破りな反エリート主義で知られる。入院中の子供を見舞っては目を潤ませる人情家の一面も。
 
キリスト教徒だが、ローマ法王が昨年マニラを訪問した際に渋滞になり法王をののしるなど、舌禍事件は多い。同性愛者の権利擁護には理解を示すリベラル思想の持ち主だ。ミンダナオ地方で紛争が続くイスラム武装勢力との紛争解決にも意欲を見せる。
 
趣味がオートバイの71歳。元妻との間に3人の子供がいる。(ダバオ 吉村英輝)【5月10日 産経】
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“全国に先駆け禁煙条例や未成年者保護条例を次々と制定。防犯カメラ設置や夜間外出禁止令で、全国最悪だったダバオの治安を劇的に改善させた”とありますが、超法規的大量「処刑」については何も触れられていません。「犯罪者は殺す」という発言も冗談のひとつのようにも感じられる記事です。

しかし、「処刑」の話は、“趣味がオートバイ”であることほどの価値もない情報でしょうか?

ダバオ発の記事のようですから、その実態は一番よく知っているのではないでしょうか。
もし、「処刑」の実態がよくわからないので・・・ということであっても、“そういう噂もあるが・・・”程度には触れるべきことでしょう。

“親分肌”“人情家”という言葉から察するに、記者はドゥテルテ氏に好意的であり、敢えて“悪い噂”には触れなかった・・・ようにも思えます。
もし、そういう話であれば、もはやジャーナリズムではなく、単なるプロパガンダ、提灯記事です。

犯罪をなくすためなら超法規的「処刑」が許されるのか?そうした人物が大統領としての資質を持っているのか?と言うよりは、そうした人間が塀の外にいることが許されるのか?という問題は、もっと深刻に議論されてしかるべきものに思えます。堅苦しいことを言うようですが。

とにもかくにも新大統領となるドゥテルテ氏は、治安改善を強力に押し進めることでしょうが、単に麻薬の売人らだけでなく、社会全体・政治の世界に蔓延する腐敗・汚職に対しても厳しい(合法的)対応で、その一掃を実現することを期待します。(汚職を撲滅する公約を果たせなければ、半年で大統領職を辞するとも明言しています。)

もうひとつドゥテルテ氏に期待できるのは、ミンダナオ島出身ということで、なかなか進展しないミンダナオ島のイスラム武装組織との和平構築の問題です。

僻地ミンダナオ島のことなど関心がないマニラの政治家と違って、ドゥテルテ氏はイスラム系住民への理解もあるとも報じられていますから、前進も期待できるのでは。

中国への対応で、「南シナ海の人工島に水上バイクで乗り込んでフィリピンの国旗を立てる」といった勇ましい民族主義的発言の一方で、対話を重視する云々ということで、いろいろ取り沙汰されていますが、「人権に関する法律は忘れてもらう」と言うような政治家ですから、中国の体質にも違和感もなく、おそらくフィリピン側に有利な資金援助などの話が出れば、すぐに「対話」で関係を強化することにもなるのではないでしょうか。

****当選見通しのドゥテルテ氏 中国と直接対話も****
・・・・ドゥテルテ氏は、南シナ海を巡る問題で中国との関係改善に取り組む姿勢を強調していて、9日夜の記者会見では、領有権は譲れないとする一方「多国間で問題の解決に取り組むが、事態が前に進まなければ中国と直接話し合う」と述べ、中国がインフラ整備などで経済支援を行えば領有権争いを棚上げする考えを示しました。

現職のアキノ大統領は、同盟国アメリカや日本などとの関係を強化して中国に対抗してきましたが、専門家の間では、ドゥテルテ氏が現政権の路線を転換するような外交方針を取れば南シナ海問題の行方に影響を与えるという見方も出ています。【5月10日 NHK】
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そのほか、連邦制を提案したり、選挙戦で「売春婦の息子」呼ばわりしたローマ法王との関係種福を模索したり・・・と話題はつきない人物です。

ただ、「アウトサイダー」だけに議会に足場がないことで、今後苦労することも予想されています。

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ドゥテルテ氏は、当初は泡沫(ほうまつ)候補とみられながら、中央政界や財界にコネクションがない「アウトサイダー」を前面に出し、支持率を伸ばした。

ただ、所属政党PDPラバンは弱小勢力で、議会対策などの政権運動で苦戦するのは必至だ。権力基盤である国民からの人気を維持するためにも、連邦制移行という大きな改革目標が必要だという事情はあるが、強硬姿勢を示せば、既得権益が脅かされることを恐れる財閥や政治一族の不満が噴出し、政治の空転を招く恐れもある。【5月11日 産経】
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そうした事態となったとき、彼の「犯罪者は殺せ」という体質がどのように発揮されるのかという危惧は、先に触れたところです。

副大統領 マルコスJr.僅かに及ばす 「不正の疑い」を主張し混乱
フィリピンでは副大統領は大統領とはセットではなく、別々に選挙で選ばれます。
その副大統領に挑んだのが、かつて独裁者として国を追われたマルコス元大統領の長男、愛称“ボンボン”は僅かに及ばなかったようです。本人は負けを認めていませんが。

****比副大統領選、マルコスJr.が集計中止を要求 2位転落で焦り? 集計の不正を指摘****
大統領選と同時に9日実施されたフィリピン副大統領選の非公式途中集計をめぐり、同国で長期独裁政権を敷いた故マルコス元大統領の長男フェルディナンド・マルコス上院議員(58)が、「不正の疑いがある」と主張し集計作業の中止を要求、混乱が生じている。
 
民間選挙監視団体が12日午後発表した途中集計(開票率96%)は、マルコス氏が約1377万票で、アキノ政権が後押しするレニ・ロブレド下院議員(52)の約1398万票と、接戦を繰り広げている。
 
マルコス氏は、9日夜の開票直後は1位だったが、ロブレド氏に追い抜かれた。このためか、電子集計での不正を指摘し10日に作業中止を求めた。

だが、監視団体は11日、「証拠を示してほしい」と反論。法律で認められた開票作業が中止されれば、透明性について有権者が疑問を持つと訴えた。結果をめぐり対立が泥沼化する可能性もある。
 
フィリピンでは、マルコス政権の不正選挙に反発した国民が、1986年の「ピープルパワー(民衆の力)政変」を起こした教訓から、選挙管理委員会がデータを民間団体に与え先行して集計を行わせ、後から公式集計が発表される仕組みになっている。
 
一方、大統領選で当選を確実にした、南部ダバオのロドリゴ・ドゥテルテ市長(71)は、「公式結果が発表されるまで勝利宣言などは行わない」(側近)とし、公の場から姿をくらましつづけている。【5月12日 産経】
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マルコス上院議員サイドの“不正”の主張の背景には、TVの選挙特番で、ロブレド候補以外の与党候補の獲得票数が減って、ロブレド候補に追加される事があったという事実があるようです。それが単なるTV局のミスなのか何のかはわかりません。

下記は選挙前の報道ですが、父マルコス政権について「人々の福祉が最も向上した時代だった」ということであれば、落選はフィリピンのためによかったのかも。

****<比副大統領選>マルコス氏長男が支持拡大****
・・・・マルコス氏は6人の副大統領候補のうち、世論調査でトップを争う人気。背景にあるのは庶民の不満だ。汚職や治安の悪化が深刻で、貧富の格差解消やインフラ整備も後手に回る。

35歳未満の有権者が全体の45%を占め、独裁を知らない世代が増えている。そこに抜群の知名度を誇る「マルコス」が「昔は良かった」と訴える構図だ。

「父をどう評価するか」。記者会見で尋ねると「人々の福祉が最も向上した時代だった」と胸を張った。
 
一方「モンスターが戻ってくる」と猛反発するのが人権活動家のボニファシオ・イラガンさん(64)だ。独裁政権下で拷問を受けた経験があり、今回、元政治犯の仲間らと反マルコスキャンペーンを展開中だ。

「反省がなければ歴史は繰り返す。学校で独裁政権の実態をきちんと教えてこなかったことも問題だ」と表情を曇らせた。【5月7日 毎日】
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【「政治家一族」支配というフィリピンの政治体質
なお、母イメルダ夫人は、大統領ではなく副大統領に立候補した息子の「志の低さ」にご立腹だったとか。

****フィリピン、親中の“死刑執行人”がついに大統領へ*****
・・・・フィリピン政冶の歴史の紐を解けばその中枢は、常に有数な「政治家一族」が握ってきた。かく言う現アキノ大統領も、“べ二グノアキノ3世”。父親は大統領を有望視された歴史に刻まれる政治家で母親はコラソン・アキノ大統領。

そんな一族支配の政界に打って出て勝つためには、有名俳優やスポーツ選手のセレブリティでないとなかなか難しい。元俳優のエストラダ元大統領(現・マニラ市長)や4月に引退した世界的ボクシング選手のパッキャオ下院議員(今回上院選に出馬)などが代表例である。

そして一度有名政治家となるや、彼らの一族もご他聞に漏れずすぐさま政界に踊り出る。エストラダ氏の息子に正妻までが政治家に、ひいては孫に至ってまで。パッキャオ氏の奥さんもミンダナオの州副知事だ。アロヨ元大統領一族も例外ではない。

そんな旧態依然の政界に新風を巻き起こしているのが、ダバオの処刑人・ダーティーハリーのドゥテルテ氏というわけだ。【5月10日 JB Press】
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上記の世界的ボクシング選手のパッキャオ下院議員は今回、上院議員に当選しました。

もうひとり変わり種候補について。

****フィリピンで初、トランスジェンダーの国会議員が誕生****
フィリピンで9日に行われた下院選で、心と体の性が異なるトランスジェンダーの議員が同国で初めて誕生した。
フィリピン北部ルソン島のバターン州から立候補したジェラルディン・ロマンさん(49)は、開票率99%の時点で62%の票を獲得し、ライバルを退けて当選した。

ロマンさんは男性として生まれたが、20年前から女性として生活し、男性のパートナーもいる。
カトリック教徒が多数を占め、性的少数者を公然と侮辱する政治家もいる同国にとって、大きな一歩となった。

今年初めには上院選に出馬したプロボクサー、マニー・パッキャオ氏が同性愛者を「動物以下」と批判し、強い反発を招いた末に謝罪した。当時パッキャオ氏を非難した団体のメンバーらは、ロマンさんの当選に歓喜している。

ロマンさんは両親も政治家で、母親の議席を引き継ぐ形となる。本人は選挙戦を通し、自身の性別ではなく政策が有権者に支持されたと主張した。【5月10日 CNN】
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単なるトランスジェンダーという訳でなく、彼女も2世候補のようです。

いろいろ話題はつきないフィリピンの選挙です。
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