孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカのシリア攻撃  評価がためらわれるいくつかの問題

2017-04-09 23:15:06 | アメリカ

(いつになく重々しい口調でシリア攻撃を発表するトランプ大統領【4月6日 毎日】 化学兵器が使用された現地での子供が力なく地面に横たわり、民間の救助隊員に水で洗い流される様子と、死亡した双子の幼児が白い布にくるまれ、若い父親に抱きかかえられているシーンに、トランプ大統領は非常に心を動かされたとか【4月9日 毎日より】)

トランプ大統領とにとっては、何重にも意義が大きい行動
サプライズ的にトランプ大統領が行った、シリア・アサド政権の化学兵器使用への報復措置としての巡航ミサイル・トマホークによる攻撃・・・・就任後勇んで実施した大統領令は停止され、オバマケア改革は与党をコントロールできずに頓挫し、かねてよりのロシア問題では責め立てられるという国内的行き詰まりを、議会に縛られるアメリカ政治システムにあって例外的に大統領の裁量が大きい軍事行動を行うことで、強い・決断力にあふれるリーダーシップを国内に示し、世界にもアメリカのパワーを見せつけ、中東におけるロシア主導の現状を阻止し、おまけに会談中の中国・習近平主席にも「軍事行動も躊躇しない姿勢」を見せつけることで中国・北朝鮮に強い圧力をかけるという、トランプ大統領にとっては何重にも意義が大きい行動であることは間違いありません。

シリア政府の化学兵器使用の確たる証拠は?】
今回のミサイル攻撃が化学兵器使用という非人道的行為に対する制裁であり、今後の更なる化学兵器使用を阻止する効果があるという点では評価に値する行動なのでしょうが、どうもスッキリしないものがあります。

単に個人的にトランプ大統領が嫌いだ・・・ということだけでなく、今回行動にはいくつか問題もあり、どのように評価すべきかためらわれるところがあります。

ひとつには、シリア政府軍の化学兵器使用に関する確たる証拠が示されていない点です。
アメリカには、イラク侵攻の名目とされた“大量破壊兵器”の「前科」がありますので、慎重に見極める必要があります。

もちろん、状況的にはかぎりなくクロに近いとも言えますが、シリア政府は否定しており、後ろ盾のロシアは「反政府勢力が貯蔵していた化学兵器が空爆で爆発した」とも。

状況はクロに近いですが、動機的には「せっかく軍事的に優位に立って、アメリカ・トランプ大統領もアサド政権存続容認を公言するようになったこの時期に、どうして国際的批判を集めて苦しい立場に自らを追い込む化学兵器使用に踏み切ったのだろうか?アサドはそれほど愚かなのか?あるいは、軍部をコントロールできていないのか?あるいは、アサド存続を快く思わない内部勢力があって、アサド政権の足を引っ張るような行為にでたのか?」など、むしろシリア政府犯人説が疑問に思えるところもあります。

この点、特に“動機”に関する部分に関して、アメリカ側からは、化学兵器が使用されたイドリブ県では政府軍が追い詰められていたとの説明がなされています。

****<シリア攻撃>「化学兵器、何度も使用」米高官、背景説明****
米軍高官は7日、内戦が続くシリアの空軍基地を米軍が6日に巡航ミサイルで攻撃した背景を、国防総省で記者団に説明した。

標的となった基地の周辺地域では、アサド政権軍が戦況改善を図って化学兵器による空爆を繰り返していたと指摘。4日に北部イドリブ県ハンシャイフンで多数を死傷させた空爆機の飛行経路という「証拠」も示した。
 
米軍高官は匿名で記者説明を行った。それによると、シリア全体ではアサド政権軍の優勢が伝えられるが、中部ハマ県からイドリブ県にかけては反体制派が攻勢を強め、県都ハマにある重要基地の奪取も図っていた。同基地には、反体制派支配地域住民ら多数を殺傷してきた「たる爆弾」製造施設があり、投下に使用可能なヘリコプター部隊も駐留していたという。
 
米軍高官によると、劣勢回復を目指した政権軍は、県都ハマの北西約25キロのハマ県ラタメナで3月25日に塩素ガスによる攻撃、30日に神経剤と疑われる物質による空爆を実施した。これは、地元病院を支援する国際医療NGO「国境なき医師団」も報告している。
 
今月4日には、ラタメナの北方約20キロのハンシャイフンで「(猛毒の)サリンのような神経剤」(高官)が投下され、現地からの情報では、80人以上が死亡、350人が負傷したとされる。高官は「拠点奪取を防ぐための自暴自棄的な決定」による空爆との見解を示した。
 
高官は、4日の空爆機の飛行経路を示すという図も提示した。同機はホムス県のシャイラット空軍基地から北約80キロのハンシャイフンに飛行し、被害が報告される直前の午前6時台に、現地上空にいたという。【4月8日 毎日】
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一言でいえば「拠点奪取を防ぐための自暴自棄的な決定」ということのようですが・・・。
戦闘で混乱状態にある現地からの情報というのは、あまりあてにならないところがあります。特に、化学物質に関する専門的な情報などは。また、特定勢力に肩入れする側からのゆがめられた情報も往々にしてあります。

すみやかに現地調査をすれば、空爆によるものか、ロシアの言うような貯蔵物質によるものなのかはわかるのではとも思います。

ロシアなどからもそうした国際的調査が求められている時期の今回攻撃でした。

“空爆機の飛行経路”というのが証拠になるでしょうか?
もっと明確な証拠をアメリカが有しているのであれば、攻撃前にも示すところでしょうし、今になっても示されないところを見ると、上記記事にあるような“背景”しかないのだろうか・・・とも思えます。

トランプ大統領は議会に説明書簡を送り、アサド政権が化学兵器を使用したことを示す情報を得ていたととしていますが、その“情報”の中身は明らかになっていません。

****トランプ大統領 議会に書簡送りシリア攻撃の正当性強調****
アメリカのトランプ大統領は、シリアのアサド政権の軍事施設に対する攻撃について、議会に説明する書簡を送り、アサド政権が化学兵器を使用したことを示す情報を得ていたとしたうえで、今後も状況に応じて追加の行動を取ると伝えました。(中略)

この中で、トランプ大統領は、アサド政権が化学兵器を使用して市民を攻撃したことを示す情報を得ていたとしたうえで、攻撃は化学兵器の使用を思いとどまらせることが目的だったと説明しています。そのうえで、「必要性と妥当性があれば、追加の行動を取る」として状況に応じてさらなる行動を取ると伝えました。(後略)【4月9日 NHK】
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信頼できる大統領の言うことならともかく、“嘘つきトランプ”の言う話ですから・・・・日頃の行いが、こういうときに影響します。もちろん、こんな重大な局面で嘘などつかないでしょうが・・・。

トランプ大統領の言動のご都合主義
今回攻撃の評価をためらう理由の二つ目は、トランプ大統領の言動の一貫性のなさです。

トランプ大統領はしきりにオバマ前大統領のように優柔不断ではないことをアピールし、アバマ前政権のシリア政策の失敗を攻撃していますが、オバマ前大統領が介入を検討していた時期、トランプ氏自身がシリアへの介入を「自国第一」の立場から“アメリカが得るものは何もない”と否定していました。

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6日、攻撃の理由について、「シリアの独裁者アサドが化学兵器を使って、罪なき市民に攻撃を行った。かわいい乳児さえ、残酷に殺害された」と語ったトランプ大統領。

しかし4年前、今回同様、アサド政権が化学兵器を使用したとして、当時のオバマ大統領が武力行使を示唆した際には、「シリアを攻撃するな」、「良くないことが起きるだけで、アメリカが得るものは何もない」と、反対する考えをツイートし、2016年の大統領選でも、シリアへの軍事介入に消極的な発言を繰り返していた。【4月8日 FNN】
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また、議会との関係でも一貫性がありません。

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アメリカ議会では今回の攻撃を容認する意見が目立ちますが、一部からは事前に議会の承認を得なかったことについて批判も出ています。

また、トランプ大統領自身も4年前、オバマ前政権が化学兵器の使用をめぐって、シリアへの攻撃を検討した際、「議会の承認を得るべきだ」とツイッターに投稿しているため、今回の行動について一層の説明を求められることも予想されます。【前出4月9日 NHK】
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もちろん、君子は時に豹変すべきものです。
ただ、その豹変理由、過去の判断の誤りをよく説明すべきで、常に自分が正しいような言動は、ご都合主義の浅薄な言動にも思えて信頼できません。

なお、トランプ政権の基本方針「自国第一」の関連で言うと、影の実力者バノン氏は「米国第一」主義にこだわり、シリア攻撃にも反対し、影響力を失いつつあるとか。

****バノン氏影響力低下か…シリア攻撃反対通らず****
シリア空軍基地へのミサイル攻撃を巡り、トランプ米政権内の内紛が表面化した。
 
米メディアによると、トランプ氏の最側近だったバノン大統領上級顧問・首席戦略官がシリア攻撃に反対する一方、トランプ氏の娘婿クシュナー大統領上級顧問が実施を求めたという。攻撃の実現は、バノン氏のホワイトハウス内での影響力低下を示している可能性がありそうだ。

 ■路線対立
米誌ニューヨーク・マガジンによると、バノン氏はシリアの化学兵器では米国民が犠牲になっておらず、米国が対抗措置を取るのはトランプ氏が推進する「米国第一」主義に反する、と進言したという。

これに対し、クシュナー氏は、子供を含めた痛ましい被害が出ていることを踏まえ、「アサド政権を罰するべきだ」と訴えた。トランプ氏は、クシュナー氏の意見に賛同した。
 
米メディアでは、ホワイトハウス内で、トランプ氏の従来の過激路線を推進するバノン氏と、穏健路線を重視するクシュナー氏やコーン国家経済会議(NEC)委員長の対立が激化しており、最近はバノン氏が劣勢に立たされているとの分析が多い。
 
米紙ニューヨーク・タイムズは、バノン氏がトランプ氏の最側近として権勢を誇り、「陰の大統領」ともてはやされていたことに、「トランプ氏が不快感を持った」とも指摘した。
 
バノン氏は4日、国家安全保障会議(NSC)の閣僚級委員会常任メンバーから外された。さらに今後は「更迭か、役割見直しの可能性がある」(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)という。バノン氏に近いプリーバス大統領首席補佐官にも更迭論が浮上しており、後任にはコーン氏の名前が挙がっている。【4月9日 読売】
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バノン氏の差別主義的言動には全く賛同しませんし、彼の影響力が低下することは好ましいことに思いますが、少なくとも言動が首尾一貫している点では、ご都合主義のトランプ大統領とは異なるようです。

無視された国際協調
今回攻撃の評価をためらう理由の三つ目は、国連協議とか国際協調とかを無視している点です。

****国際協調は後回し・・・米の一国主義が鮮明に****
シリアの軍事施設に対する巡航ミサイル攻撃は、米トランプ政権の一国主義的傾向を浮き彫りにした。
 
国際社会との協調や法律上の正当性よりも、自らが考える国益を最優先にするのが基本姿勢で、オバマ前政権との対比が鮮明だ。
 
トランプ大統領は、シリアでの化学兵器使用が明らかになってから、時間をかけずに攻撃を実行した。その間、国連の安全保障理事会で、武力行使が認められる決議を得るため、他国に働きかける努力をしていない。

国連憲章が認める自衛権の行使という考えを広く解釈したのか、法的な裏付けが明確でなくても、人道的な見地から介入したのか、明確な説明はない。【4月9日 読売】
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“国際協調は後回し”というより、無視したというべきでしょう。

もちろん、実際に国連安保理で協議してもロシアとの意見の一致は見込めないということはあります。
しかし、だからといってすっ飛ばしていいというものでもありません。

国際法に照らして正当化されるのか?という点でも、専門家からは疑義が表明されていますが、ここでは省きます。

****<米、シリア攻撃>安保理も法的根拠の乏しさ懸*****
米軍の巡航ミサイルによるシリア空軍基地攻撃を受け、国連安全保障理事会が7日に開いた緊急会合で、米国の軍事行動に明確な賛意を表したのは、15カ国のうち米国を除き5カ国にとどまった。軍事行動を支える法的根拠が乏しいためで、安保理を軽視して単独行動主義に突き進む米国への懸念が高まりそうだ。
 
非難の口火を切ったのは反米左派政権下の南米ボリビア。ジョレンティソレス国連大使は国連憲章が書かれた冊子を手に「国連憲章は一方的な(軍事)行動を禁じている。国際法違反だ」と批判した。スウェーデンは米国非難を控えつつも「軍事行動は国際法に基づくべきだ。昨夜のミサイル攻撃は国際法上合法かどうか、疑問が残る」と懸念を示した。
 
米国の軍事行動を支持した英国も攻撃の法的根拠については口をつぐんだ。ライクロフト国連大使は緊急会合前、「違法なのは自国民に化学兵器を使用したアサド政権の行為だ」と記者団に語った。
 
国連憲章が軍事行動を認めるのは、世界の平和と安定を守るため安保理の承認を得るか、自衛権に基づく場合に限られる。今回の攻撃は安保理決議に基づいたものではなく、米国に対する差し迫った脅威がなければ自衛権に基づく軍事行動を主張するのも困難だ。
 
安保理にはトラウマがある。2003年2月、安保理外相級協議でパウエル米国務長官が、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を開発していると主張して戦争開始を訴えた。このとき米情報機関が収集した「証拠」が示されたが、戦後になっても大量破壊兵器は見つからなかった。
 
かつての苦い思いが、一部の理事国を慎重にさせている。複数の安保理理事国が4日のシリア北部での化学兵器使用がアサド政権によるものだとする証拠に疑問を呈し、さらなる調査が必要だと主張した。【4月8日 毎日】
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通常の市民社会にあっては、いくら「あいつがやったに違いない」とは言っても、証拠も示さず、司法に訴えることもなく、いきなり殴りつけるような行為は犯罪です。

しかし、国際政治にあっては、国際法云々はあったとしても、結局は力がものをいいます。
強国アメリカは国連のくだらない協議などには縛られない・・・というのはアメリカ国内受けはいいでしょうが、国際社会としては困ったことになります。

今回の問題だけでなく、今後の国際政治におけるアメリカの唯我独尊を招くおそれもあります。

同盟国の支持にも“ためらい”が
そんなこんなで、アメリカを基本的に支持する国にも“ためらい”があります。

****シリア攻撃】欧州、米支持に慎重さも 首脳らの声明に温度差****
トランプ米政権がシリアの化学兵器使用疑惑をめぐり同国の空軍基地攻撃に踏み切ったことを受け、欧州の主要各国は一斉に「支持」や「理解」を表明した。一方でその内容からは、シリア内戦への対処を含めた、トランプ氏の外交・安全保障戦略をなお見極めたいとの姿勢がうかがえる。
 
「攻撃は限定的で、適切だ。全面支持する」。英国のファロン国防相は7日、英メディアでこう強調した。オランド仏大統領とメルケル独首相は「唯一、責任はアサド大統領にある」との共同声明を出した。
 
欧州はこれまで、アサド氏にあいまいな態度を取ってきたトランプ氏のシリア戦略を懸念。特にフランスは2013年に化学兵器使用疑惑が浮上した際、米英と軍事行動を目指しながら、当時のオバマ政権の方針転換で断念に追い込まれた記憶があるだけに、今回の対応を歓迎している。
 
ただ、首脳らの声明には温度差もみえる。英国が使った「支持」との表現は仏独首脳の声明にはなく、メルケル氏は攻撃を「理解する」と述べるにとどめた。
 
また欧州連合(EU)は7日の声明で、国連仲介の対話による政権移行が「唯一の解決策」だと強調し、米国がシリア問題の軍事的解決を目指すことがないようくぎを刺した。
 
欧州側のこうした慎重姿勢には、トランプ政権のシリア戦略が「なお見えない」(独紙ウェルト)との警戒がある。米国がシリアで一段の軍事行動をとれば、難民増大といった影響も受けかねないためだ。
 
米側は英独仏に攻撃を事前連絡したものの、突然の展開はトランプ氏の「予測不可能さ」を示したとの指摘もある。米紙ワシントン・ポスト(電子版)は「攻撃は欧州の態度を不安にさせた」とも伝えている。
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そのあたりは日本政府も同様のようです。

****首相、北朝鮮けん制にじむ 早々に米「支持」表明*****
安倍晋三首相は7日、米軍のシリア攻撃について「米政府の決意を支持する」との見解を早々と示した。同盟国として結束する姿勢を鮮明にし、トランプ米大統領を援護した。北朝鮮をけん制したい思いがにじむ。ただ日本政府はトランプ氏が攻撃の根拠としたアサド政権による化学兵器の使用の断定は避けた。攻撃自体は「理解」にとどめており、苦渋の判断だった面もある。(後略)【4月8日 日経】
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アメリカの「化学兵器の使用を許さない」という決意は“支持”するが、軍事行動については、「事態の深刻化を防ぐ措置」として“理解を示す”という、やや微妙な表明です。【4月8日 朝日より】

今回のアメリカの攻撃が中東シリア情勢に及ぼす影響、さらには中国・北朝鮮に及ぼす影響、結果的に及ぶ日本へ影響など、検討すべき点は多々ありますが、また別機会に。

なお、「何をしでかすかわからない」という警戒心を相手に与えることで自分のペースに巻き込むというのは、北朝鮮と同じやり方です。また、“警戒心を与える”のレベルでとどまっていれば北朝鮮へのけん制に有効ですが、実際に行動に出ると、その影響は甚大です。

いくらなんでも、そんな“暴走”などない・・・と言うなら、安全保障の議論も、自衛隊も必要ありません。
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