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(ギャングの勧誘を恐れて国を逃れた少年の一人。法外な金額を要求し、払えなければ殺すというギャングによる死の恐喝も後をたたない 【UNHCR】)
【“トランプ政権の厳しい移民政策”の留意すべき事項】
****メキシコ国境での不法移民拘束、3月は17年ぶり低水準=米国土安保長官****
米国土安全保障省のケリー長官は5日、上院の委員会で、3月にメキシコ国境で拘束された不法移民が1万7000人を下回り、少なくとも2000年以降で最も少なかったと述べた。
税関国境警備局によると、2月の拘束者は2万3589人。
ケリー長官は、拘束者の減少はトランプ政権の厳しい移民政策の成果と説明した。【4月6日 ロイター】
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“トランプ政権の厳しい移民政策の成果”ということに関しては、若干の留意すべき事項があります。
まず、オバマ前政権は不法移民に関して野放しにしていた、あるいは寛容だった・・・という訳ではなく、逆にオバマ前大統領は「送還司令官」と言う名でヒスパニック系人権団体から批判されていたように、厳しい不法移民送還政策を行っていました。
****トランプとオバマ 移民に厳しいのはどっち?****
移民制度改革を進めた「穏健派」のオバマだが、送還司令官と郷楡された強硬派の側面も
法と秩序の候補者」を自任していたドナルド・トランプは、米大統領選に勝つとすぐに、犯罪歴のある不法移民200万~300万人を即時送還すると宣言した。しかし就任から3ヵ月が過ぎて、新たに発表された統計によれば、公約どおりの「成果」は出ていない。
トランプが大統領に就任した1月20日から3月13日までの問、移民税関執行局(ICE)は不法移民2万1362人を逮捕し、5万4741人を送還した。
オバマ政権下の昨年同期比で、不法移民の逮拙者は33%増だが、送還者は1.2%減少している。
オバマ政権下では、2期目となる14年の同時期に逮捕された不法移民の数は2万9238人に上る。オバマは民主党大統領としては、不法移民に対してかなりの強硬姿勢を取った。その傾向が特に強かったのは、就任後間もない時期だ。
ヒスパニック系団体の会長は、オバマを「送還司令官」と呼んで非難したものだ。
このレッテルは、大統領在職中ずっとオバマに付きまとった。
オバマが在任中に強制送還した不法移民は300万人以上で、主にメキシコ人だった。オバマの前任者であるクリントンやブツシユ政権でも、2期にわたる在任中に強制送還した人数はこれよりはるかに少ない。
ヒスパニック系の人権団体からの圧力が高まり、オバマの移民政策はややトーンダウンする。
強制送還した人数が最も多かったのは13年の43万4015人。だが16年には34万4354人にまで減少し、ブッシユ政権時代のピークである08年の35万9795人をやや下回った。【5月2日号 Newsweek日本語版】
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厳しい不法移民送還を行ったオバマ前大統領と、不法移民即時送還を掲げるトランプ大統領の間には相違点もあります。
****送還の対象に例外なし****
オバマは強制送還の対象者を絞り、犯罪歴があり、入国して間もない不法移民に限定するよう指示した。14年11月には対象を3段階に分類。最も優先順位が高いのは「入国して間もない者やギャングの構成員、あるいは有罪判決を受けた重罪歴か攻撃的な犯罪歴がある者」。(中略)
同時にオバマは、米国籍や合法的な滞在資格を持つ子供がいる場合に不法移民の強制送還を免除する措置(DAPA)の大統領今に署名。さらに、このDAPAを拡大し、不法入国した時期にまだ子供だった若年層については退去を免除しようとした。
だが26州の知事が、議会の承認を得ていないとして提訴。16年6月、最高裁判事の意見が同数に分かれたことから、オバマの移民制度改革は阻止される形となった。
その5ヵ月後、トランプが大統領選に勝利し、新たな移民政策の準備が始まった。当局は移民法に違反した者なら誰でも逮捕・送還できるようになり、オバマ時代のように免除が適用されるカテゴリーはない。
トランプは、簡単な手続きで不法移民を退去できるよう規定を改めることも計画している。
移民局職員の数を増やし、同等の任務を行う権限を地元の警察官に与えるほか、不法移民を保護している「聖域都市」の自治体の予算を削減する意向も示している。
実際は、こうした事態には至っていない。だがトランプの移民政策に対して、不法移民やその家族は警戒を強めている。オバマは確かに「送還司令官」だったかもしれないが、今ほど多くの不法移民の安眠を妨げることはなかったはずだ。【同上】
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なお、「聖域都市」に関しては、不法移民の摘発強化に非協力的な自治体への補助金停止を命じた大統領令は違憲として、サンフランシスコ市などが提訴し、サンフランシスコ連邦地裁は4月25日、原告の訴えを認め、大統領令の差し止めを命じる仮処分を出しています。
留意すべき2点目は、厳しい不法移民対策によって不法移民の立場にある者が表に出るのを恐れ、結果的に人身売買などの犠牲になる恐れがあることです。
****トランプ政権の反移民政策、人身売買が急増の恐れ=専門家****
米ジョージタウン大学人類学部長のデニス・ブレナン教授は25日、トムソン・ロイター財団が主催したイベントで基調講演し、米当局に強制送還される恐れがあるため、人身売買による被害を訴えることができないと指摘した。
隠れて働くことを移民に強いる政策は悪徳雇用者を利するとし「移民が搾取や嫌がらせを報告することを恐れる状況では、われわれは人身売買に効果的に対処することができない」と訴えた。
ブレナン教授は反移民政策や移民への侮辱的な発言、暴力が世界中で増えており、特に米国で顕著との見方を示した。その上で「トランプ政権の下で人身売買は急増する。反移民政策が人身売買を可能にする」と述べた。
米国には最大1200万人の不法移民が居住しているとみられる。米当局が集計する人身売買に関する正式な統計はないが、過去10年間で被害者向けの電話相談窓口に約3万2000件の報告が寄せられている。【4月26日 ロイター】
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留意すべき3点目、これが今日の本題ですが、メキシコ国境を越えて流入する不法移民の多くはメキシコ人ではなく、ホンジュラスやグアテマラ、エルサルバドルなど中米の人々であるということです。
メキシコ人について言えば、最近ではアメリカへの流入者より、アメリカからの帰還者の方が多い状況とも言われています。
トランプ大統領は依然として“壁”にご執心で(“壁”の予算計上は結局見送られましたが、トランプ大統領は25日、「すぐに壁の建設を始める。すでに準備はしている。壁はとても重要だ」と改めてその意欲を示しています)、その費用をメキシコに負担させるとしていますが、メキシコからすれば、相当の国境警備も行っており、不法移民は自国民ではなく中米の者であるにも関わらず、費用云々されるのは理不尽だという反応になるのも当然です。
また、アメリカが不法移民対策を厳しくすれば、中米から逃れてきた者はアメリカに行けず、メキシコに難民申請する・・・ということにもなり、メキシコの負担も増加します。
****メキシコ、難民申請者が急増 トランプ氏の大統領選勝利後****
メキシコ難民局(COMAR)によると、トランプ米大統領が選挙戦に勝利した2016年11月以降、今年3月までの難民申請数が5421件となり、2015─16年同期の2148件から150%増加した。
一方、米南西部とメキシコとの国境沿いで同5カ月間に拘束された人の数は、約4%減少した。拘束者の大半はホンジュラスやグアテマラ、エルサルバドルの出身者だったという。
ただ、専門家らは難民申請の増加がトランプ氏の厳しい移民政策の影響と断定するには時期尚早と指摘。COMARのシンシア・ペレス氏は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などと協力して、難民申請が認められる可能性のある人のタイプを特定したことも増加の一因と説明した。
米国土安全保障省のデータによると、米国とメキシコとの国境で止められた中米諸国の親子の数は、3月は1000人超となり、昨年12月から93%減少した。
COMARによると、2015年の難民申請数は3500件以下だったが、2016年には8781件に増加。2017年には、2万2500件以上に達する可能性があるいう。【4月19日 ロイター】
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【ギャングの恐怖から逃れる中米の少年・少女】
さきほど“中米から逃れてきた者”と書きましたが、何から逃れてくるのか?
貧困ということもあるのでしょうが、より直接的にはギャングの恐怖から逃れてくる者が多いようです。
ちなみに、殺人などの治安の悪さをランキングすると、中米諸国が軒並み上位にランクインします。
「世界の殺人発生率 国別ランキング」http://www.globalnote.jp/post-1697.htmlによれば、1位はホンジュラス(10万人あたりの殺人件数は74.55件)、2位がエルサルバドル(同64.19件)、グアテマラも10位(31.21件)となっています。「麻薬戦争」で悪名高いメキシコは25位、治安の悪さが有名なブラジルは15位です。
日本は207位(0.31件)ですから、ホンジュラスの殺人頻度は日本の240倍にもなります。これはもう“戦争”状態です。
****中米の難民危機 なぜ、中米の少年・少女は北を目指すのか****
こうしている今も、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラなどの中米の国々では、10代の少年・少女が母国を逃れて、子どもだけでアメリカやメキシコを目指しています。
貨物列車に飛び乗り、警察の目をかいくぐりながらの危険な旅です。国境越えの際には、密入国斡旋業者による搾取や人身売買の脅威にもさらされています。
そのような危険を冒してまで、なぜ子どもたちは母国を後にするのでしょう。その答えは、実際に中米から逃れてきた子どもたちの証言のなかにあります。
ギャングから逃げてきたマリツァ(15歳・エルサルバドル)
「ある日叔父から『ここに留まっていては危険だ』と言われました。ギャングが、私をさらう期日を告げに来たからです」。
マリツァはこのような脅迫を受けた何千もの少女のうちの、一人にすぎません。エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラなどの国々では、少女たちがさらわれて性的暴行を受けたのち、無残にも殺されるということが頻繁に起きています。
そのため多くの少女たちは、このような危機から逃れるために母国を後にするのです。
犯罪集団の勧誘を恐れて国を逃れたケビン(17歳・ホンジュラス)
ギャングが裏社会で勢力を増大させ続けている中米の国々では、多くの人が恐怖にさらされながら生活しています。青少年は、暴力犯罪や金品の要求のほか、犯罪集団からの勧誘にも直面しています。
ギャングから勧誘を受けたケビンは、祖母のこの言葉に背中を押されるように、国を離れたといいます。「ギャングに加わらなければおまえが撃たれる。加われば敵方に撃たれるか、警察に撃たれる。もし逃げれば、おまえを撃つ人はいないのだから」。
裏社会に一度足を踏み入れれば、犯罪に手を染めずにいることはできません。犯罪の加害者にならないため、そして自分の命を守るために、子どもたちはすべてを捨てて逃げるのです。
いま、必要とされる子どもたちの国際的な保護
国境を越えて組織的な犯行を行うギャングは、少年・少女を執拗に追いつづけます。国内のどこかに隠れたり、隣国に逃れたからといって安心して暮らせるわけではないため、彼らは中米から、メキシコやアメリカを目指して危険な旅に出るのです。
フォルカー・トゥルク国連難民高等弁務官補(法務)は、ここ数年で難民申請者が3倍にまでに膨れ上がったメキシコを訪れ、少年少女を含む中南米から逃れてきた人たちと言葉を交わしました。そして、現在の状況を“危機的なレベルに近づいている”と語りました。【4月21日 UNHCR】
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****ギャング抗争、学校が「最前線」 中米ホンジュラス****
学校の屋根を突き抜けて飛んできた銃弾に、生徒たちは逃げ回った。生徒4人と教師が負傷した。
2月27日、中米ホンジュラスの首都テグシガルパ北部にあるマクシミリアノ・サガストゥメ校が、ギャングたちの抗争の現場となった。
こうした暴力沙汰はホンジュラスでは一般的で、すぐに次の国内ニュースに埋もれ、国外で報じられることはほとんどない。
ギャングから生徒たちを守るために警察が規制線を張った8日間、学校は閉鎖された。その一味はギャング集団「マラ・サルバトルチャ(MS-13)」の地元組織だった。
「MS-13」と最大のライバルである「バリオ18」、そして他の規模の小さいギャング組織はそれぞれ支配地域をもち、住人たちの自由な往来を禁じ、頻繁に銃撃戦を繰り広げている。
こうした様相は、中米の「北部三角地帯」と呼ばれるホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの3か国で共通にみられる。麻薬と武器を密売するギャングたちが法の支配に取って代わり、貧困と暴力にさいなまされている地帯だ。
■手足を切断された双子少女の遺体
国家治安部隊の報道官、マリオ・リべラ中佐はAFPの取材に対し、大量の人員がテグシガルパやその他の都市で学校の警備にあたっていると述べた。
生徒300人が通う学校の教師が匿名を条件に語ったところによれば、生徒の中にギャングのメンバーが何人かいて、同級生や教師への脅威となっているためにたびたび、警察による保護が必要とされるという。マクシミリアノ・サガストゥメ校の生徒4人と女性教師は軽傷で済んだが、多くの親が子どもを転校させた。
この銃撃事件の後、14歳の双子の姉妹が誘拐され、数日後に切断された遺体が発見されたため、保護者たちの動揺はさらに高まった。警備に立っていた警官は「ここの人々は片目を開けたまま眠る」と語った。
■対立するギャングに挟まれた「戦場」
丘の中腹にあるマクシミリアノ・サガストゥメ校は、高さ3メートルの壁の上に有刺鉄線を張り巡らすなどの安全対策を取っている。
学校の北側には、家のない石だらけの丘を挟んで「コンボ」と呼ばれるギャングが支配する地区「ピカチート」があり、南側は「MS-13」の縄張りだ。学校と周辺のコンクリート造りの家々はまさに、この2つのギャングが頻繁に交戦する緩衝地帯に建っている。
「私たちは銃撃戦の真っただ中にいる。夜はまるで戦場だ」。同地区で小さな店を営むナポレオン・スニガさん(70)は言う。「彼らの望みは、この一帯を支配して麻薬を売って稼ぎを巻き上げることだ」
ホンジュラス全土の「MS-13」と「バリオ18」のメンバー数について、警察は計2万5000人ほどと推定しているが確かな数字は不明だ。例えば、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は1万2000人としている。
いずれにせよ、ギャング絡みの事件が殺人発生率に影響していることは明白だ。世界保健機関(WHO)によると、ホンジュラスの殺人発生率は世界平均の10倍に近い。【3月31日 AFP】
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「北部三角地帯」3か国の治安部隊が合同してギャング組織に対抗しようという話も報じられていますが、効果はどうでしょうか・・・支援国アメリカに対するジェスチャーにすぎないとの批判も。
****「北部三角地帯」の反社会的勢力に合同で対抗、中米3国****
ホンジュラスでバスの運転手をしているアルマンドさん(35)は、自分の命の値段が90ドル(約1万300円)だと知っている。その金額が、同国で最も恐れられている反社会的組織の1つ「マラ・サルバトルチャ(MS-13)」に支払う「みかじめ料」の1か月分だからだ。
「毎週の支払いが滞れば、彼らに殺される」──検問所での兵士らによる乗客の検査を横目に、苗字を明かさないことを条件にAFPの取材に応じたアルマンドさんはそう語った。そして、グアテマラとエルサルバドル、ホンジュラスによる合同作戦の枠組みで活動する兵士らを指さしながら「今は彼らのサポートがある」と続けた。
先月組織された3か国合同の部隊は、国境地帯で活動を行っている。この地域の反社会的勢力撃退が目的だ。これらの反社会的勢力は、中米3か国を紛争地帯に次ぐ、地球で最も危険な場所に変えてしまった。
ホンジュラスでは、エルサルバドルとグアテマラそれぞれの国境沿いに部隊が配備されている。
反社会的勢力は、国境を越えて麻薬や武器の密輸や人身売買などを行っており、国家警察の目が行き届かないため、当局者たちは、こうした協力が不可欠と声をそろえる。
3か国の合同部隊は、兵士と警察官で構成されており、それぞれが自国を管轄する。常に情報交換を行いながら任務にあたってはいるが、合同でのパトロールはしていない。(中略)
一方で、米国はこれら3か国の治安が向上し、国民の好機会が増えることを期待して、総額7億5000万ドル(約860億円)の支援を行っている。米国への移住を思いとどまらせたい思惑もある。
エルサルバドルの犯罪学者ホセ・リバス氏は、この合同作戦は、米国に対するエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス3か国からのジェスチャーだと述べる。「反社会的勢力や組織犯罪は、北部三角地帯から数多くの人々が米国を目指す主な理由となっている。(合同作戦は)これに政府レベルで対応しているとのメッセージだ」
北部三角地帯の3か国を合わせた殺人事件の数は昨年だけで1万7422件に上り、同地帯の治安の悪さを改めて証明した。犯罪の多くはギャンググループや麻薬カルテルによるもので、こうした犯罪組織に属する構成員の数は7万人に上るとみられている。【2016年12月9日 AFP】
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トランプ大統領も効果が疑問視もされる“壁”に7兆円とも言われる大金を使うよりは、この中米の移民発生源にメスを入れる対策を強化した方が効果的でしょう。もちろん、それは現在の社会・政治の仕組みを変えることでもあり、非常に困難な作業にもなるでしょうが、シリア空爆で見せた“人道主義”と決意をもってすれば・・・・。