孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロヒンギャ問題  スー・チー氏に軍・国内世論を動かす意思と力はあるのか?

2017-09-20 22:51:25 | ミャンマー

(軍に焼き打ちされる以前のロヒンギャ居住区(上)とその後 【9月20日 Newsweek】)

殺戮・放火・レイプ・・・残虐過ぎる民族浄化 スー・チー氏は「多くが偽情報」】
再三取り上げているミャンマー西部ラカイン州におけるイスラム系少数民族ロヒンギャが、ミャンマー政府軍等の焼き討ち等によって隣国バングラデシュへの避難を余儀なくされている件。

難民は国際移住機関によると、42万1千人に上っており、難民キャンプは人々であふれ、食料や住む場所が足りない事態に陥っています。

焼き打ちから逃れた村人が国連の調査団に語った当時の様子については、以下のようにも

****ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編*****
新たに始まった残虐過ぎる民族浄化
・・・・襲撃はこんなふうに行われた。まずロヒンギャの住む村の上空に軍のヘリコプターが飛来し、上空から住居を目掛けて次々と手榴弾を投げ込む。爆発に驚いて家から飛び出てきた住民たちを、待ち構えていた地上部隊がライフルで狙い撃ちにする。

動けない老人たちは家から引きずり出され、殴打された後に木に縛られる。そして、体の周りに灌木や枯れ草をまかれ、火を付けて焼き殺される。

虐殺の例に漏れず、女性や子供は格好の標的になった。
11歳のある少女は、家に押し入った4人の兵士が父親を殺害した後、代わる代わる母親を強姦するのを目の当たりにした。その後、母親だけを残した家に火が放たれたという。

別の家では、泣きじゃくっていた乳児に兵士がナイフを突き刺し殺した。5歳の少女は兵士に強姦されていた母親を助けようとして、ナイフで喉元を切られて殺されたらしい。

ロヒンギャの住む家で次々に殺戮が繰り返され、最後は村ごと焼き打ちにする――。ボスニア紛争中の95年に起きたスレブレニツァの虐殺を思い起こさせる手口だ。スレブレニツァの犠牲者数は8000人以上とされるが、ロヒンギャのこれまでの死者数はそれをはるかに上回る。

迫害に加担しているのは、政府や軍隊だけではない。ミャンマー政府は社会に影響力を持つ僧侶を巧みに取り込み、ロヒンギャ弾圧の先鋒に据えている。

その中心が、仏教過激派の指導者である僧侶のウィラトゥ。ロヒンギャがジハード(聖戦)を仕掛けていて、ミャンマー人の女性をレイプしているなどと話し、イスラム教徒への憎悪をあおっている。(後略)【9月20日 Newsweek】
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無国籍状態におかれ、ミャンマー国内世論からも嫌悪されるロヒンギャに対する迫害・弾圧は今に始まったものではありませんが、現在の混乱は昨年10月にロヒンギャ武装組織が国境警官を襲撃した事件をきっかけに、それを口実とするかのように行われている治安部隊によるロヒンギャ追放を狙った“民族浄化”的作戦によるものです。

迫害されれば、当然に抵抗・反発も起きます。8月25日はロヒンギャの「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」による治安部隊施設への襲撃も。これにより、政府軍の掃討作戦は加速されています。

スー・チー氏が主導する現政権下で起きている混乱です。

上記のような混乱・惨状が世界に報じられる中で、事態収拾のための積極的行動をとらず沈黙を守ってきたスー・チー国家顧問は、報じられれるミャンマー政府軍による人権侵害の情報の多くが「偽情報」と断言してもいます。

国軍への権限が及ばないこと、ロヒンギャを嫌悪する国内世論といった、政治的に困難な立ち位置にスー・チー氏が置かれていることは、9月17日ブログ「ロヒンギャ問題  注目される“沈黙”スー・チー氏の19日演説 バングラデシュ・アメリカ・日本は?」でも取り上げました。

英語による“国際社会向け弁明”】
そうは言っても・・・ということで、かつての“民主化運動の象徴”スー・チー氏の消極的対応・沈黙に国連・人権団体等の国際世論から厳しい批判が集中するなかで、19日にスー・チー氏が行うとされていた国民向け演説が注目されていました。

****ロヒンギャ難民の帰還受け入れ スー・チー氏演説 ****
・・・・治安部隊の掃討作戦についてスー・チー氏は「9月5日以降は行っていない」と述べた。ロヒンギャの村が焼き打ちにあっている問題については誰の犯行か分からないとして「全ての人から話を聞き、証拠に基づいて対処する」と約束した。
 
演説は約30分。会場には国内外の報道陣や外交官ら約500人が集まったほか、国営放送やフェイスブックの公式ページを通じて生中継された。英語で行われ、ロヒンギャ問題を巡りミャンマー政府への批判を強める国際社会を強く意識したものとなった。
 
ロヒンギャの国籍を認めない国籍法の見直しや人々の移動の自由を求めたアナン元国連事務総長率いる特別諮問委員会の勧告については、短期的に実行できるものを優先するとしつつ「全ての勧告が信頼回復に資する」と述べ、実行に取り組む姿勢を強調した。
 
勧告は今回の衝突の発端となった8月25日の治安部隊に対する襲撃事件の直前に発表された。ただミャンマー国民の多くは「不法移民」であるロヒンギャに対する否定的な感情が強く、どこまで実行できるかが今後の焦点となる。
 
19日にはニューヨークで開かれている国連総会で各国首脳の一般討論演説が始まる。昨年は首脳級として迎えられ、民主化について華々しく演説したスー・チー氏は今回欠席。わずか1年でミャンマーを取り巻く状況は一変した。
 
安全保障理事会でロヒンギャ問題を取り上げた英国のメイ首相や、イスラム協力機構の議長国トルコのエルドアン大統領は、ミャンマー政府の対応を強く批判するとみられる。
 
ただミャンマーの現在の憲法は、治安部隊への指揮権を国軍最高司令官に認めている。スー・チー氏ら政府が取り得る選択肢は少ないのも事実だ。警察を統括する内務相や国境管理にあたる国境相はいずれも国軍が指名権を持っている。【9月19日 日経】
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演説の内容を云々する前に、一番気になったのは演説が英語で行われたということです。

以前から“国民向けに演説する”と言われていましたが、“英語で”ということは(内容的にも)、“国民向け演説”というより、“国際社会向け弁明”のようにも思えます。

もちろん、国際的に非常に注目されていること、多くの批判が浴びせられていることを意識しての英語演説でしょうが、スー・チー氏が今一番やるべきことは、ロヒンギャに対する嫌悪感にとらわれているミャンマー国民への呼びかけです。

国民の気持ちが動かない限り、国軍への権限も有しないスー・チー氏が事態を動かすことも難しいでしょう。

もちろん、世論に反してロヒンギャ保護を訴えることは、政治的には極めて大きいリスクを伴いますが、それが必要ですし、できるのは彼女しかいません。そこを避けるなら、長年の自宅軟禁を耐えて何のために指導者になったのか・・・彼女の掲げる“人権・民主化”とは何なのか?・・・という感も。

おそらく今後、本当の“国民向け演説”も行われるのでしょう。必要に応じて何回、何十回も。そうであることを期待します。

国際的調査受け入れ、難民帰還容認・・・とは言うものの
内容的には、事態改善に向けた“前向き”の意向も示されていますが、政府側の責任は認めず、今後本当に実現できるのかについても疑問があります。

****スー・チー氏、調査受け入れ示唆=ロヒンギャ帰還に前向き-ミャンマー****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ迫害をめぐる問題で、アウン・サン・スー・チー国家顧問は19日、首都ネピドーで国民向けに演説し、国際的な調査を受け入れる用意があることを示唆した。また、難民の帰還に向け、身元確認手続きをすぐにでも開始する考えがあると述べた。
 
演説はテレビ中継され、スー・チー氏は30分間にわたり、英語で語り掛けた。ロヒンギャ迫害への批判を強める国際社会に対し、状況の改善に尽くしている姿勢を強調する狙いがあるとみられる。(中略)

ミャンマー政府はロヒンギャを国民と認めておらず、実際に帰還が始まれば、国民の反発を招く恐れもある。
 
スー・チー氏は「すべての人権侵害を非難する」と述べ、平和と安定の回復に向け、全力を挙げていると力説。「ミャンマーが宗教や民族で分断された国となることを望んでいない。憎しみや恐怖は災難の元だ」と語り、和解を呼び掛けた。【9月19日 時事】
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ミャッマー国内ではロヒンギャは国内少数民族とは認められず、隣国バングラデシュからの不法入国者の扱いで、“ロヒンギャ”という呼称も使用されていません。

多くの報道が“ロヒンギャ問題についての演説・・・・”としていますが、スー・チー氏の今回演説でも“ロヒンギャ”という言葉は一度も使用していないとのことです。

この1点をもってしても、今後の道が困難なことがうかがえます。

****<ロヒンギャ問題>スーチー氏、解決への力不足認める****
ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相は19日、首都ネピドーでの演説で「すべての人権侵害と違法な暴力を非難する」と強調し、西部ラカイン州の少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の問題を平和的に解決すべきだと訴えた。スーチー氏は「ラカイン州の状況には世界中が懸念してきた」と、不法行為には厳しく対処する方針も示した。
 
スーチー氏は、政府諮問委員会(委員長、アナン元国連事務総長)を設立するなどして問題の解決に取り組んできたことを紹介。その上で「そうした努力にもかかわらず、われわれは衝突を防げなかった」と、力不足を認めた。
 
ロヒンギャの武装勢力側は、長年にわたる政府のロヒンギャに対する圧迫を戦う理由とするが、スーチー氏は大量の避難民が発生した昨年10月と今年8月の戦闘は武装勢力側の攻撃で始まったとの認識を示した。
 
また、現在は戦闘や掃討作戦は実施されていないと指摘したうえで「今も多数がバングラデシュに避難していることを懸念している。大脱出がなぜ続いているのか知りたい」と語り、帰還を希望するロヒンギャには、身元確認の手続きを始めると明らかにした。
 
一方でスーチー氏は「ミャンマーは複雑な状況にある」と主張。昨年3月に政権が発足してから「すべての課題の克服を期待するには、あまりにも時間が短い」と理解を求めた。(後略)【9月19日 毎日】
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国際的調査が無制限に許可されれば、冒頭に紹介したような“残虐行為”が事実だったのかどうかもはっきりします。

そのとき政府軍の責任は問えるのでしょうか?

“身元確認を条件に難民の帰還を受け入れる用意”というのが、どういう意味なのか・・・・

これまでロヒンギャに対しては、「NVC(National Verification Card)」と呼ばれる外国人仮滞在証明書を持てば、市民権を申請できるとされています。

ただ、この「NVC」は、自分が“外国人”であることを認めるものでもあります。

****外国人仮滞在証明書****
「無国籍」のロヒンギャに対して、当局は必死にあるカードを受け取らせようとしている。「NVC(National Verification Card)」と呼ばれる外国人仮滞在証明書で、建前上は市民権を申請できることになっている。

だが「このカードは罠だ」と、ヤンゴンでロヒンギャの人権改善を訴える活動を行うチョースオンは言う。このカードを受け取った時点で、自らを外国人だと認めることになるからだ。

しかも軽微な罪を犯しただけで簡単に取り上げられ、取り上げられれば再発行の可能性はほぼない。

国籍法が施行される約30年前の55年、軍政になる前のミャンマー政府は「国民登録カード」と呼ばれる証明書を配布しており、ロヒンギャたちもこれを手にしていた。つまり、法的にもミャンマー人だった時期があるのだ。

政府はその後このカードを回収し、今はその代わりにNVCを持たせることに躍起になっている。ロヒンギャが「自発的に」外国人になれば、ミャンマー政府は合法的に国外追放に追い込める。

NVCがなければ銀行口座を作ることもできず、社会生活が送れない。カードはロヒンギャの国内移動の自由も保障するが、それ以外にも政府は学校での進級や進学の際に提出を求めている。

つらいのは進学を希望する子供にせがまれることだと、ゾーミントゥットは語る。事情が分からない子供から「お願いだからカードをもらって」とせがまれた親が泣く泣くカードを受け取ってしまう。だが手にしたら最後、外国人になってしまう。

ミャンマー政府は国際社会の目を気にして武力弾圧を躊躇しがちにはなったが、その代わりにNVCという新たな手を使っている。(後略)【【9月20日 Newsweek「ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編)」】
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“身元確認”の事務処理が具体的にどのように行われるのか・・・注意が必要です。

また、政府軍は難民帰還を阻害すべく、地雷まで設置しているとも言われています。こうした軍をどのように動かすのか?

****バングラ首相、ミャンマーにロヒンギャ難民の受け入れ要求 地雷埋設を非難****
・・・・国連総会出席のため米ニューヨークを訪問中のハシナ首相は、自国の活動家らと面会し、ロヒンギャ問題に関してミャンマーにさらなる国際的な圧力をかける必要があると明言したという。
 
ハシナ氏は、ミャンマー側に「ロヒンギャはあなたの国(ミャンマー)の国民だ。ロヒンギャを受け入れ、保護し、避難所を用意すべきだ。抑圧や拷問は決してあってはならない」と伝えたという。
 
またハシナ氏は、ロヒンギャ難民のミャンマーへの帰還に向け同国への外交的な働きかけは行っていると明らかにした上で、「ミャンマーはそれに応じておらず、それどころかロヒンギャが帰還できないように国境沿いに地雷を埋設している」と非難した。(後略)【9月20日 AFP】
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なお、ハシナ首相に対し、トランプ大統領は“無言”だったとか。

****ロヒンギャ問題、トランプ氏は無言 支援期待せず=バングラ首相****
・・・・ハシナ氏によると、トランプ氏が主催した国連改革に関する会合の後、同氏を呼び止め数分間話をした。

トランプ氏がバングラディシュの状況はどうかと尋ねたため、「とても良いが、ミャンマーからの難民が唯一の問題だと答えたが、大統領は難民について何もコメントしなかった」という。

ハシナ氏は「米国は難民を受け入れないと既に明言している」として、ロヒンギャ難民問題で米国に援助を求めても無駄との考えを示した。【9月19日 ロイター】
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日本政府は、バングラデシュで行われているロヒンギャ支援活動、ミャンマーでこれから行われるであろう支援活動に対し、一定額の資金援助をするとの発表が外相からなされています。

ロヒンギャと国内世論の深い溝
スー・チーの演説を受けて、ロヒンギャ側からは厳しい声が。これまでの経緯、演説の“煮え切らなさ”を考えれば当然の反応でしょう。

****スー・チー氏は「うそつき」=ロヒンギャ協会会長―タイ****
ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問がイスラム系少数民族ロヒンギャに関する演説で、イスラム教徒の大半が国内にとどまっていると語ったことについて、タイ・ロヒンギャ協会のサイード・アラム会長は19日、「イスラム教徒の半数以上がミャンマーを去った。彼女はうそをついている」と批判した。
 
会長は取材に対し、スー・チー氏が難民の帰還に前向きな姿勢を示したことに関しても、「信じられない」と否定的。既に掃討作戦は終了したという説明には、「終わっていないのは明らか」と反発した。【9月19日 時事】
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一番のカギとなる国内世論も、厳しいものがあります。

****<ミャンマー>ロヒンギャ問題、市民の反応は冷ややか****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」が迫害されているとして国際的な批判が高まる中、アウンサンスーチー国家顧問兼外相が19日、首都ネピドーで演説し、国民に和解と平和を訴えた。

ただミャンマーは国民の約9割が仏教徒であるうえ、ロヒンギャは長く不法滞在者扱いされてきた。最大都市ヤンゴンではロヒンギャの悲惨な状況に「同情しない」と話す人もおり、問題解決は簡単ではない。
 
ロヒンギャは西部ラカイン州に約100万人いるとされるが、政府はミャンマー固有の民族集団でなく、バングラデシュ側からの不法移民と捉え、国籍が付与されていない。

ヤンゴンのビジネスマン、コーアウンさん(34)は毎日新聞助手に「ロヒンギャに対し特別な感情はない。これは不法移民、不法侵入の問題だ」と突き放す。
 
広告関係の仕事をするナンスネントゥエイさん(23)は「同情はするが避難者が40万人もいるとは思わない。政府は最初からメディアの立ち入りを認めるべきだった。人々は十分な情報が得られず問題が大きくなってしまった」と語った。

また非政府組織の女性スタッフ、ヌサンムンさん(22)は被害者に理解を示しながら「外国がスーチー氏を批判するのは嫌だ。ミャンマーを彼らの政治的利益に利用しているのではないか」と話した。
 
昨年3月にスーチー氏が事実上トップの政権が発足したが、国の安定に国軍の協力は欠かせない。英BBCによると、ミンアウンフライン軍最高司令官は16日、フェイスブックでロヒンギャについて「そのような民族はミャンマーにはいない」などと表明した。
 
国際社会からの批判はスーチー氏の立場を国内で難しくする可能性もある。政治評論家のマウンマウンソー氏は「(政府側とロヒンギャ側の)双方から不十分だと批判される可能性があるが、彼女だけに責任を負わせるのは間違っている」と言う。【9月19日 毎日】
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スー・チー氏の前には“岩盤”が。掘り崩す意思と力が彼女にあるのか?
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