(バングラデシュ・テクナフにあるロヒンギャ難民のキャンプで、ミャンマーへの帰還のために用意されたバス(2019年8月22日撮影)【8月22日 AFP】 国軍の責任が問われないなかでは帰還希望者は一人もおらず、帰還作業を行っているというミャンマー政府のパフォーマンスに終わっています。)
【女性蔑視に見られる人権意識の希薄さはロヒンギャ問題にも通じる】
ミャンマーにはこれまで観光で4回旅行してしていますが、当然ながら「観光」では全く見えてこない現実もあります。
厳しい女性への差別意識もその一つでしょう。
“ロンジーとは、現在も多くの人がミャンマーで日常的に身につけている巻きスカートのような民族衣装である。しかし、男性用ロンジーと女性用ロンジーは一緒に洗濯されることがタブーとされている。それは男性の運気を下げるだけではなく、権限すら失われると言われてきたからであり、男性は女性用ロンジーに触れることすら毛嫌いするそうだ。”【7月4日 「ミャンマー、男女格差の現実」 Japan In-depth】
ロンジー云々はまだ文化・社会的習慣としてすまされる部分もあるかもしれませんが、家庭内暴力となると・・・。
****ミャンマー人権侵害は家庭でも「骨が折れるほど妻を殴る」****
ミャンマー南部の自宅で1歳の娘をあやしながら、Nu Nu Ayeさんは、夫が自分を殴打した理由を語った。「飼っているおんどりの面倒を見なかったため」である。性交の求めにも応じなかった。
村の長老が仲介した話し合いの場で、夫は「必要に応じて」また妻を殴ると言った。
「彼の暴行はその後さらにひどくなった」と、Nu Nu Ayeさんは語る。ついには、彼女が寝ている間に絞め殺そうとするところまでいった。
米国の資金で実施された「人口・保健調査」によれば、ミャンマーでは少なくとも5人に1人の女性が配偶者から暴力を受けている。複数の人権活動家は、報告されていない事例も多く、この数字も過小評価だとする。家庭内暴力(DV)を禁止する明確な法律はない。
Nu Nu Ayeさんの証言についてロイターは裏付けを取れていないが、彼女のような事例は地元の有力者に仲介を頼むのが普通であり、配偶者による暴力はたいていの場合、私的な問題とみなされる。
ノーベル平和賞受賞者のアウン・サン・スー・チー氏率いる現政権は、女性を暴力から守る法律の制定に取り組んでいる。人権問題に取り組む活動家らは、DVを含めた暴力から女性を保護できるようになると期待している。
だが、法案は2013年に提案されたものの、今も草案の段階で足踏みしている。その規定について賛否が分かれ、夫婦間のレイプを違法とすることなどについて見直しが行われている。
立法化の遅れに人権活動家らは焦燥感を募らせている。ミャンマーの文民政府は軍部と権限を分け合う複雑な制度のもとで統治に当たっており、こうした明らかに文民政府の管轄下にある分野でさえ、改革は遅々として進まず、失望を招いている。
「法律の制定に十分すぎるほど時間がかかっているが、まだ待たされている」と、人権活動家の1人、Nang Phyu Phyu Lin氏は言う。
ロイターはミャンマーの社会福祉・再定住省に質問を送ったが返答はない。電話でもコメントを求めたが、回答を得られていない。
女性の保護措置が皆無
保守的で男性優位社会のミャンマーは、半世紀にわたって軍政下にあり、2015年の選挙でようやく文民政府が誕生した。
スー・チー氏を明らかな例外として、公的な指導者に女性の姿はほとんどない。スー・チー氏以外に女性の閣僚はいないし、2015年の選挙で当選した国会議員のうち、女性の比率は10%にとどまった。
半ば冗談、半ば本気で口にされる地元の格言は、「骨が折れるほど妻を殴れば、心から愛してくれる」だ。(後略)【8月23日 Newsweek】
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上記記事の表題にある“人権侵害は家庭でも”の“でも”に込められているのは、国軍による“民族浄化”が批判されているイスラム系少数民族ロヒンギャへの暴力を念頭に置いてのことでしょう。
女性に対する上記のような希薄な人権意識、殴ろうがレイプしようが自分のものだといった意識は、国内で毛嫌いされているイスラム系少数民族に対する暴力に通じるものでしょう。
また、改革が遅々として進まない政治状況も、ロヒンギャ問題に対する取り組みと共通するものがあります。
【国際批判への弁明としての形式的対応に終始しているロヒンギャ難民帰還作業】
隣国バングラデシュへ避難している70万人を超えるロヒンギャ難民の帰還が大きな問題となっていますが、ミャンマー政府が「政府としてはやるべきことはやっている」といった国際社会への“弁明・言い訳”づくりのように行っている帰還作業は全く進展していません。
大統領府報道官は会見で、バングラデシュ政府や国連機関との間で身元の確認のできた難民について22日以降、第1陣として3450人、その後も引き続き計約3万3千人を受け入れると説明していましたが、ミャンマー政府の帰還への呼びかけに応じたロヒンギャ難民は一人もいませんでした。
****バングラに避難のロヒンギャ、ミャンマー帰還拒否 車を用意も誰も乗らず****
バングラデシュで22日、同国に避難しているミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャを自国に帰還させるため、当局がバス5台とトラック10台を用意したものの誰一人集まらず、ロヒンギャの人々に帰還を改めて促そうとする取り組みは失敗に終わった。
バングラデシュには、2017年のミャンマー軍による攻撃を逃れた74万人を含む、多くのロヒンギャが避難している。避難した人々は、安全の保証と、ミャンマーから市民権が与えられるとの約束がない限り、自国に戻ることを拒否している。
ロヒンギャの指導者は「ミャンマー政府はわれわれをレイプし、殺した。だからわれわれには安全が必要だ。安全性がない限り絶対に帰らない」とのコメントを発表。
バングラデシュ南東部に設けられ、約100万人のロヒンギャが身を寄せているキャンプの一つに暮らす男性は「市民権と安全、自分たちの元の土地が確約される必要がある」「だからわれわれは帰還する前に、ミャンマー政府と話し合わなければならない」と訴えた。
帰還予定となっていた3450人のうち、最初の一団を移送するための車両が、同日午前9時(日本時間正午)にテクナフのキャンプに到着。しかしそれから6時間たっても誰一人姿を見せず、乗客がいないまま車両は出発。当局者によると、23日に再び戻ってくるという。
バングラデシュ側の担当者は報道陣に対し、「295世帯に聞き取り調査を行ったが、帰還に関心を示した人はまだいない」と明かした。 【8月22日 AFP】
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一人もいなかったということについては、難民社会において、ミャンマー政府の帰還作業に協力する者に対する圧力が存在するのでは・・・という疑念も抱かさせますが、基本的には、ラカイン州での虐殺・暴力・放火・レイプを行った国軍関係者の責任が問われることもなく、再発防止の保証もなく、市民権付与も明示されていないという、ミャンマー政府側の帰還を現実のものとする作業が全く行われていない、そうしたことを行おうとする姿勢も見えないことが主因でしょう。
【国連調査団 ミャンマー国軍・政府を厳しく批判】
国連人権理事会の設置した独立調査団はロヒンギャ迫害に関し、「ロヒンギャを壊そうとするジェノサイド(大量虐殺)の意図を示している」と厳しく批判しています。
****ロヒンギャへの性暴力「虐殺の意図」=ミャンマー軍の責任追及要求―国連調査団****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害をめぐり、国連人権理事会の設置した独立調査団は22日、性暴力に関する報告書を公表し、軍によるロヒンギャの女性に対する性暴力について「ロヒンギャを壊そうとするジェノサイド(大量虐殺)の意図を示している」と指摘した。
報告書によると、性的暴行被害に遭った女性や少女は数百人に上る。調査団が確認できた性的暴行のうち8割は集団レイプで、このうち82%は軍の犯行だった。
報告書は軍が妊娠可能な女性を性暴力の対象に組織的に選び、妊婦や乳児も攻撃していたと指摘。ロヒンギャによる「出産を防ぐ措置」を取っていたと批判した。
加害者の責任追及を行うようミャンマー政府に要求している。【8月23日 時事】
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調査団は「国軍幹部は、戦争犯罪や人道に対する罪で取り調べられる必要性があるが、権力の座にとどまっている」とも批判しています。
これまでのところ、スー・チー氏率いるミャンマー政府は、こうした国際社会からの批判を無視して、事態改善への努力をサボタージュしています。
【“ミャンマーに寄り添う”独自外交の日本 ミャンマーの姿勢を変えられるのか?単なる市場確保で終わるのか?】
その背景には、国軍とスー・チー政権の力関係、ロヒンギャを毛嫌いする国内世論があることは、これまでも再三取り上げてきました。
スー・チー政権は国際社会の批判・国連調査団の報告を無視しながら、独自の調査でつじつまを合わせようとしています。
昨年7月末に発足した独立調査委員会は、議長であるフィリピンのロサリオ・マナロ元外務副大臣と日本の大島賢三・元国連大使、ミャンマー人の元憲法裁判所長官、国連児童基金(ユニセフ)元職員の4人からなっています。
委員として大島氏を出しているように、日本はこのスー・チー氏の“独自の取り組み”に深く関与しています。
発足時には、1年以内に報告書を出すとのことでしたが、その類が報告されたとは聞いていません。
****河野外相、ロヒンギャ帰還に「協力」 スーチー氏と会談****
河野太郎外相は31日、訪問先のミャンマーの首都ネピドーでアウンサンスーチー国家顧問兼外相と会談し、約70万人が難民となっている少数派イスラム教徒ロヒンギャのミャンマーへの帰還について「できる限り協力する」と約束した。
しかし、難民の間に広がるミャンマーの治安への不安などから、帰還の見通しは立っていない。
河野氏はミャンマーを訪れる直前、バングラデシュ南東部コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプを訪問。日本外務省の説明などによると、河野氏は会談でキャンプの状況を伝えて早期の帰還実現を促し、必要な支援を続けると語った。
ロヒンギャへの人権侵害について調べるためにミャンマー政府が設置した独立調査委員会については、「信頼性、透明性のある調査が重要だ」と述べた。【7月31日 朝日】
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河野外相は「(ロヒンギャ帰還に)できる限り協力する」としていますが、日本の姿勢は、厳しくミャンマー政府を批判する欧米・国連とは異なります。
そのあたりの日本独自のミャンマーへの姿勢について、スー・チー氏とは携帯電話で連絡を取り合える関係と言われる、外務省きってのミャンマー通で、外交官人生を通してミャンマーと関わってきた丸山市郎・駐ミャンマー大使は次のように語っています。
****丸山市郎・駐ミャンマー大使に聞く****
(中略)
野嶋 日本にはミャンマーファンを称して「ビルキチ」という言葉がありますね。総じて日本人はミャンマーをとても好きになり、ミャンマー人も日本を好きなようです。どうしてお互い惹かれ合うのでしょうか。
丸山 不思議なことですが、「日本人の常識がミャンマー人の常識」のような部分があると思います。私の感覚ですが、決定的な文化の違いやカルチャーショックが両者の間にはほとんど存在しません。(中略)
ミャンマー重視を鮮明にする安倍政権
野嶋 ODAの話になりましたが、ODA全体が削減されるなか、日本のミャンマーへの重点配分はかなり際立っていますね。
丸山 いまのODAは単年度ですと円借款が1200億円から1300億円、無償援助で150-200億円。確かにこれは相当な金額です。いろいろな理由はありますが、一番はミャンマーが徹底的な親日国であり、ASEANのメンバーでもあり、中国やインドとも国境を接する重要な国だからです。
経済的な権益面でも、手付かずの5200万人の人口を抱える未来のマーケットがあり、日本の企業にも重要な市場です。日本政府がODAを出してしっかり基礎インフラづくりを支援していく意味は大きいと考えています。(中略)
ロヒンギャ問題での過度な圧力は逆効果も
野嶋 ロヒンギャ問題などで欧米各国が引き気味になる中、日本はミャンマーで独走しているのかという批判はありませんか。
丸山 この国は1988年から2012年まで軍事政権でした。その間は、民主化、人権の改善をミャンマーの国民が希望し、国際社会の願いも一致していた。しかし、ロヒンギャ問題では、国民のほとんどが国際社会の批判に反発しています。圧力をかけるほど、ミャンマー政府は国際社会に背を向けて、ますます解決が遠のきます。制裁は逆効果の面があるのです。
2015年に初めて公正で自由な総選挙を行い、一滴の血も流さずに政権がNLD(国民民主連盟)に渡りました。その事実だけでも歴史的な偉業です。ミャンマーがさらに前に進めるように支えることが大事で、やっと始まった国づくりのプロセスを壊すことはできない。
過度な圧力で内政が不安定化した場合、日本企業は投資にちゅうちょし、ODAを出すのも難しくなるかもしれない。それはこの国の将来にはプラスではない。日本はミャンマーに寄り添っていくべきです。
重要な日米の連携
野嶋 しかし、日本単独では限界もあるのではないでしょうか。
丸山 日本は米国と十分、ミャンマー問題を含めて、東南アジアで組んでいけると思います。米国も議会、人権団体にいろいろな声があり、厳しい立場を取らざるを得ない場合もありますが、政策としてNLD政権を支援し、ミャンマーの国づくりを助けていく方針には一切変更がないと思います。ですから、ミャンマー政策ではいかに米国と組むのかが重要になってきます。
野嶋 ロヒンギャ問題が起きたラカイン州は、すでに人権問題という良識を超えて、アラカン民族主義を掲げた過激派組織が台頭し、治安維持が困難になりそうな事態です。
丸山 ミャンマー政府がバングラディシュに逃げた人々の帰還を受け入れるための準備を、外からも見える形で加速化させることが重要です。ラカイン州に対する国連のアクセスをより認めさせていくべきだとミャンマー政府に働きかけています。日本政府はスー・チー氏、国軍司令官、国連機関とも関係が良好で、できるだけ仲介の役割を果たしていきたい。
野嶋 ミャンマーでこれぐらいフリーハンドで動ける国はないのではないでしょうか。
丸山 ないと思いますね。スー・チー氏も日本からの協力に期待していると思います。
不透明な「スー・チー後」の姿
野嶋 丸山さんはスー・チー政権のこの3年の統治をどう評価しますか。
丸山 パフォーマンスについては、政権樹立当初の経済政策でもたもた感があったのは事実です。去年5、6月以降、閣僚の組み替えを行い、投資委員会のトップを代えて分かりやすくなったので、これから良くなっていくのかなと。
少数民族和平やラカイン州(ロヒンギャ)問題などの政治面は、うまく進められていない感じです。われわれも見ていて心配なところがありますね。
2020年(の次回選挙)でも、議会は25%が軍人議員と決まっているので、NLDは得票率67%を獲得しないとNLDでの単独過半数は取れない。現在の人気では、そのハードルは高いかもしれません。ただ、相対多数を維持することは間違いないと思います。その場合、少数民族勢力などとの連立の組み方が問題になりますね。
野嶋 それにしても、ポスト・スー・チーになれる人材がまったく浮かんできませんね。
丸山 スー・チー氏はいま73歳。20年の選挙に勝利したとして、次期の5年間で経済、国内和平、ラカイン問題といった主要な課題に道筋をつけられるのかどうかが重要だと思います。【8月22日 nippon.com】
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“圧力をかけるほど、ミャンマー政府は国際社会に背を向けて、ますます解決が遠のきます。制裁は逆効果の面がある”というのは、わからないではありません。日本が北朝鮮に関して主張していることとは真逆ですが。
“日本はミャンマーに寄り添っていくべき”というのもいいでしょう。ただ、寄り添った結果、ミャンマー政府が国際常識に沿った方向に顔を向けるようになるのであれば・・・という条件が付きます。
寄り添った結果、ミャンマー政府の弁明に利用され、ミャンマー政府の姿勢はまったく変わらず、日本はミャンマーのご機嫌をとることで中国に対抗して市場確保のメリットを得る・・・・という話に終わるのであれば、人権・民主化を無視して独裁政権への支援を厭わず、その影響力拡大を図っていると批判される中国外交と同じ“目クソ・鼻クソ”レベルになります。