(アラビア語の看板を掲げるイスタンブールの電器店(ロイター)。シリア難民の流入・定着でこうした店舗が増えたことも、地元の反感につながっている【8月14日 産経】)
【最大の受入国トルコにおける「客人」としてのシリア難民】
内戦が続くシリアでは国民の半数以上の1300万人が住む家を追われており、そのうち650万人がシリア国内で、残りは国外で暮らしています。
国外に逃れたシリア難民の最大の受入れ先は隣国トルコで、その数は360万人と言われています。
トルコ以外では、レバノン100万人、ヨルダン66万人、イラク25万人、欧州100万人とも。【JICA トルコ事務所長 安井毅裕氏】
欧州が押し寄せるシリア難民で揺れたことは記憶に新しいところですが、トルコは欧州全体の3倍以上のシリア難民を受け入れています。
このことが、EU加盟や多くの問題でトルコが欧州から人権問題で批判を受ける際に、「欧州は口では人権を主張しながら、実際は難民を受入れようとしないではないか」というトルコ・エルドアン大統領の不満にもなります。
トルコにおけるシリア難民の暮らしぶり、状況については、2016年時点とやや古いものにはなりますが、以下のようにも。
注目されるのは、トルコにおけるシリア難民は、受入国トルコの負担が大きい国際法上の「難民」ではなく、「客人」として扱われていること、その9割が難民キャンプ外で暮らしていることです。
****トルコのシリア難民****
トルコに押し寄せるシリア難民
世界で最も多くのシリア難民を受け入れている国が、隣国のトルコです。(中略)ほかの隣国よりも経済的に強く、国境の管理が比較的ゆるやかで、ヨーロッパへの玄関口でもあるトルコに、多くのシリア難民が集まっています。
また、トルコと国境を接するシリア北部は、シリア国内でも戦闘の激しい地域であり、戦闘から逃れてくる難民が短期間に大量にトルコに流れ込んでくることもあります。1週間で約15万人のシリア難民がトルコに押し寄せたこともあります。
難民キャンプの外に住む人々
トルコには25ヵ所の難民キャンプがあり、トルコ政府によって運営されています。2016年4月時点で、難民キャンプで生活しているシリア難民は、トルコで暮らすシリア難民全体の1割程度の約25万3千人。9割は難民キャンプ以外の場所で生活しています。
難民キャンプの中では住む場所と食料が提供されます。その一方、難民キャンプの外では自分で賃貸住宅を借り、食料を手に入れる必要があります。
ただし、難民キャンプでは自由度が少ない、あるいはプライバシーが確保しにくい、などというマイナス面があることから、経済的な負担を伴ってでも、自由度の高い、難民キャンプの外での生活を、あえて選択する人が多く存在します。
シリア難民の生活
難民キャンプの外で賃貸住宅を借りると、その相場は月300~400トルコリラ(12,000~16,000円)です。日本に比べると安価ですが、難民にとっては大きな負担です。そして、家賃だけではなく食料などにも費用がかかります。
シリアで蓄えた貯金を切り崩すだけでは生きていくことができないので、仕事を見つけなければなりません。
トルコで働くための就労許可を取得することは困難なため、ほとんどのシリア難民が非合法に働かざるを得ません。また多くの場合、建設や農作業などの単純労働しか仕事が見つかりません。
就労許可を持たないシリア難民はトルコの労働法で守られないため、最低賃金は保障されません。トルコの最低賃金は1日43トルコリラ(約1,700円)ですが、多くのシリア難民は1日15トルコリラ(約600円)程度の賃金で働いています。
また、すべてのシリア難民が仕事を得ることができるわけではありません。特に、高齢者や障がい者が仕事を見つけることは困難です。働くことができず、貯金が底をつき、トルコで生活していくことができなくなり、危険なシリアに戻っていく人たちもいます。
シリア難民の法的地位
トルコ政府は、シリアから逃れてきた人たちを「難民」としては扱っていません。一時的保護(Temporary Protection)の枠組みのもと、「客人(guest)」として扱っています。
これはつまり、シリアからトルコへの入国、そして滞在を認め、シリアに強制的に帰すことはしないが、難民条約上の「難民」としての法的地位は認めない、というものです。
トルコ政府のこの姿勢は厳しいものに見えるかもしれません。しかし、難民条約上の「難民」としての法的地位を認め、権利を保障することはトルコ政府にとって大きな財政的な負担が伴います。そのため、一時的保護の枠組みのなかでシリア難民を「客人」として処遇することは現実的な処置と言えます。
シリア難民に対して高まる反感
シリア難民がトルコに押し寄せてきた当初、トルコ人はとても温かく受け入れました。近所のトルコ人たちは難民に食料や毛布などの生活必需品を提供していました。
しかし、難民のトルコでの生活が長くなるにつれ、トルコ人の間でシリア難民に対する反感が広がっています。トルコ人とシリア難民両者の間の暴力事件がニュースになることは珍しくありません。
トルコ人と話をすると「シリア難民が自分たちの仕事を奪っている」という意見を聞きます。今でもシリア難民に対して親切なトルコ人は多くいるものの、反感を持っているトルコ人も多くなっているのが現状です。
将来への不安
「難民」としての法的地位は認められていないものの、シリア難民の権利が全く保障されないわけではありません。一時的保護の枠組みの中で医療、教育、就労などの権利が保障されています。
病院での医療を無料で受けることができ、トルコの公立学校に通うことができ、労働許可を取得して合法的に就労することが認められています。
しかし、実際にはそれらの権利は十分に享受されていません。例えば、教育を受ける権利は保障されているものの、現実には学校の数が少ないため学校に通えない、労働許可の取得は現実には極めて困難であるため不法就労を続けなければならない、ということが起きています。
教育を受けることなく大きくなっていく子どもたち、そして安定した仕事に就くことができないという現実を目の前にし、シリア人は将来に大きな不安を感じています。また、トルコ人の中で高まるシリア難民に対する反感も、その不安に拍車をかけています。【AAR Japan】
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トルコが360万人ものシリア難民を受け入れていると聞くとき、「トルコは受け入れにともなう負担をどうしているのか?」という疑問がわきます。
その答えのひとつは、上記のようにトルコ政府が財政的に多くを負担する難民キャンプで生活しているのは1割程度にすぎないこと、また、「客人」という立場で諸権利が制約されていること、建前上は保証されている権利も、実際には行使が難しいこと、結果的に多くのシリア難民が自力で、不十分な公的庇護のもとで暮らしていることでしょう。
【国民のシリア難民への不満がイスタンブール市長選で顕在化 難民政策を転換するエルドアン政権】
そうは言ってもこれだけ多くの難民を受け入れることは多くの困難がともないますが、それでもトルコ・エルドアン政権が受け入れてきたのは、同じイスラム教徒という意識・共感のほかに、オスマン帝国の後継国家として大国トルコの復活を果たすという、エルドアン政権の「新オスマン主義」の発想があったと指摘されています。
しかし、上記2016年当時のレポートでも「シリア難民が自分たちの仕事を奪っている」といったシリア難民への反感が指摘されているように、難民のトルコでの生活が長くなるにつれ、その数が増えるにつれ、問題・軋轢が拡大します。
そして、その不満が顕在化したのが、先のイスタンブール市長選挙での与党敗北でした。
これを機に、トルコ政府は寛容なシリア難民政策からの転換を図っています。
****「歓迎されざる客」となった難民 シリア政策誤算でトルコの重荷に****
360万人以上のシリア難民が暮らすトルコで、難民に対する反感と、彼らを積極的に受け入れてきたエルドアン政権に対する不満が強まっている。
政権側も、難民に寛容だった元来の姿勢を転換し始めた。シリア内戦からトルコへ逃れ、首都アンカラや最大都市イスタンブールなどの都市部に根を張った難民の立場は、「同情の対象」から「歓迎されざる客」へと急速に変わりつつある。
したたかな難民たち
国際機関などの援助を頼りに、劣悪な環境で身を寄せ合う無力な人々-。中東の「難民」は、日本人が一般的に思い浮かべるこんなイメージには、必ずしも当てはまらない。難民キャンプを出て、したたかにビジネスチャンスをうかがう人は多い。
たとえば近年のトルコでは、男性の「毛の悩み」がシリア人の収入源になっていた。
2016年、イスタンブールを取材していた私は、頭部に大きな絆創膏を張った男性がやたらと目につくことに気が付いた。しかも、男性たちはほぼ例外なく薄毛である。
(中略)男性たちの多くはサウジアラビアなど富裕な湾岸アラブ諸国からの観光客で、旅行ついでにイスタンブールで安価な植毛手術を受けていくのだとか。(中略)
ただ、トルコ語とアラビア語は言語体系がまったく違う。そこで医療機関側との仲介役となっているのが、トルコ語を身につけたシリア人だった。その嗅覚の鋭さに敬服したものである。
このほかにも都市部では、シリア料理レストランや衣料品店など、多くのシリア人がビジネスを広げ、同胞を雇い入れている。トルコ商務省の統計によれば、全土でシリア人が設立した企業は約1万5000社に達するという。
暴力事件も増加
トルコは、シリア難民の最大の受け入れ国だ。中東のニュースサイト、アルモニターによると、人口約1500万人のイスタンブール都市圏でシリア人の割合は約3・7%。実に55万人超の難民が、11年にシリア内戦が発生して以降の短期間で流入・定着した。シリア人が集住する地区には、アラビア語の看板があふれている。
もちろん才覚に優れた者ばかりではなく、商業的に成功しているシリア人は一握りだ。
とはいえ、街の急速な変化に不安や反感を抱くトルコ人が増えるのも不思議はないだろう。しかも、トルコは近年、経済が低迷し、通貨安に伴う物価上昇や失業率の高止まりに苦しんでいる。
そうしたフラストレーションを反映するように、トルコ人とシリア人の間での暴力事件は増加傾向にあった。そして不満は必然的に、内戦当初からシリア問題に介入し、難民の受け入れにも積極的だったエルドアン政権に対する批判にもつながる。
今年春に行われた統一地方選で、エルドアン大統領の与党、公正発展党(AKP)は、アンカラやイスタンブールといった大都市の市長ポストを失った。
特にイスタンブールは、かつてエルドアン氏が市長を務めたAKPの“牙城”と目されていただけに、敗退のインパクトは大きい。難民問題がエルドアン氏の求心力を低下させる要因の一つになったとの分析もある。
エルドアン氏は選挙中、自身の難民政策に批判的な野党候補らを強く非難していた。だが、選挙後は一転してアラビア語の看板設置を制限する措置や、難民の住居登録地に関する規制を相次いで導入。国民の反シリア人感情が思いのほか強いことを見てとり、姿勢を修正した可能性がある。
新オスマン外交のツケ
そもそもエルドアン氏は、シリア内戦当初から反体制派を支援し、アサド政権の退陣を主張してきた。シリアを影響下に収め、かつてのオスマン帝国の後継国家として大国トルコの復活を果たす好機とみたためだ。その外交政策は「新オスマン主義」と呼ばれた。シリア難民の大量受け入れも、その路線上にあった。
しかし、アサド政権はロシアやイランの助力で生き長らえ、いまや反体制派が勝利する可能性はほぼない。
内戦の混乱に乗じてイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が台頭したことは、結果的に、トルコが敵対する少数民族クルド人勢力の伸長をも招いた。米国主導の有志連合が、ISに対抗させるためにクルド勢力を支援したためだ。
クルド勢力に国境を脅かされることになったトルコは、シリアへの軍事介入を余儀なくされ、米国との関係も冷え込んだ。
トルコ経由で流入したシリア難民に欧州各国が拒絶反応を示し、ポピュリズム(大衆迎合主義)勢力の伸長につながったことは記憶に新しい。これに対してエルドアン氏は、日ごろは人権問題で口うるさくトルコに注文を付ける欧州が、難民の受け入れに及び腰なことを批判していた。
ところが現在では難民問題が、エルドアン氏自身にとっての重荷となっている。トルコ政府は、戦闘が収束している地域出身の難民の帰還を支援するなどとしているが、荒廃した母国よりも経済的なチャンスが多いトルコを選ぶ難民は多いだろう。誤算続きだったシリア政策のツケは、今後も重くのしかかる。【8月14日 産経】
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トルコ国内におけるシリア難民に対する在留管理も厳しくなっているようです。
****トルコ、シリア難民の管理厳格化 市民に不満、寛容政策を転換 滞在364万人***
内戦のシリアからの難民を最も多く受け入れてきた北隣のトルコのエルドアン政権が、在留管理を厳格化する方向にかじを切った。
長期化する内戦でシリア難民の帰還に見通しが立たずトルコ市民がいらだちを募らせていることが背景にある。最大都市イスタンブールからの退去を迫られる難民は、「苦境に理解を」と訴えている。
(中略)トルコ国内のシリア人は「一時的保護」制度で登録された県にとどまらねばならないが、多くのシリア人は仕事を見つけやすい大都市に無登録のまま移り、トルコ政府によれば、イスタンブール県で登録されたシリア人は国内最多の54万7千人だが、実際にはこれを大きく上回るシリア人たちが暮らすとされる。
こうした中、イスタンブール県は7月22日、無登録で滞在するシリア人に8月20日までに退去するよう命令を出した。当局による公共交通機関での身分証明書のチェックを徹底し、無登録者をほかの県に移送するほか、違法入国者はシリアに送還する方針だ。
背景には、6月下旬のイスタンブール市長選で、エルドアン大統領率いる政権与党・公正発展党(AKP)が野党の共和人民党(CHP)に敗退、長年の牙城(がじょう)を明け渡したことがある。同市内のあるAKP支部長は「選挙戦で有権者がシリア難民の増加にうんざりしているとわかった。新たな対策を取らざるを得ない」と話す。
一方、CHPはAKPのこれまでのシリア難民政策に批判の矛先を向ける。イスタンブール選出のCHP議員エルドアン・トプラク氏は、「シリア人が多く住む地域では地元市民が治安悪化を心配し、安い労働力はトルコ人から仕事を奪う。受け入れ能力の限界を超えており、厳格に管理すべきだ」と語る。
カディルハス大学の5~6月の調査ではシリア難民の存在について、市民の67・7%が「不満」と答え、17年の54・5%から増え続けている。(中略)
■「行き場ない状況」 多くは無登録
イスタンブールで無登録のまま暮らすワエルさん(29)は7月下旬、朝日新聞の取材に「こわくて外に出られない」と訴えた。
シリアでの徴兵を逃れるため、13年にシリアを出て、国境を越えたハタイ県で登録した。ホテルで働いたが日々の生活もままならず、16年にイスタンブールに移り病院で働くようになった。(中略)
ハタイに移送されても、仕事を見つけるのは難しい。無登録で捕まったシリア人がトルコ国内ではなく、シリア北部に送還されたとの報告も相次ぎ、不安が募る。
ワエルさんは「シリア難民の負の側面だけでなく、トルコに貢献している部分もみてほしい。行き場がない状況をわかってもらいたい」と話した。【8月10日 朝日】
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【シリア北部に「安全地帯」を設置して、そこへトルコ国内のシリア難民を移送】
エルドアン政権が、シリア難民の「帰還先」として目論んでいるのがシリア北部地域で、現在クルド人勢力が支配している一帯に「安全地帯」を設けて、クルド人を国境から遠ざけるとともに、トルコ国内のシリア難民をそこへ移住させようとするものです。
トルコ・エルドアン政権がテロ組織として敵視するシリア北部のクルド人勢力に対しては、シリアへの軍事侵攻でその排除も厭わないという強行姿勢で、クルド人勢力を対IS掃討作戦のパートナーとして重用してきたアメリカとの対立が続いています。
一応、シリア北部での安全地帯構想の実現に向け、アメリカとの間で「共同作戦センター」を設置することで合意したことが8月7日に発表されましたが、まだ流動的・不透明な部分も少なくありません。
****トルコ軍のシリア侵攻が切迫、クルド、“ISカード”でけん制****
(中略)トルコはテロリストと見なすクルド人の勢力拡大が自国の脅威に直結するとして米国にクルド人支援をやめるよう要求。国境のシリア側に「安全保障地帯」を設置し、トルコ軍がその一帯に進駐し、クルド人を国境地域から排除する構想を米側に提案してきた。
米国は「安全保障地帯」の設置を認める代わりに、米・トルコ部隊による合同パトロールの実施と、トルコ軍がクルド人を攻撃しないよう保証を求め、この対立が解けていない。
「安全保障地帯」の規模についても、米側は長さ約140キロ、奥行き14キロと主張しているのに対し、トルコは奥行き30キロ以上を要求し、難航している。
トルコは現在、国内にシリア難民360万人を抱えているが、これら難民の一部の帰還場所として「安全保障地帯」を活用したい意向を持っており、できるだけ広大な一帯を確保したい考えだ。(後略)【8月8日 WEDGE】
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仮に「安全地帯」が設置されても、“荒廃した母国よりも経済的なチャンスが多いトルコを選ぶ難民は多い”という状況では、その「帰還」はかなり強引なものになることも想像されます。