
(ロシアとの関係をめぐり路上で言い争う人々 モルドバ・オルヘイ【2023年6月15日 NHK】)
【大統領選挙決選投票 親欧米派現職勝利 ただ、物価高などで地方を中心に現政権への不満を持つ有権者も】
東欧の旧ソ連構成国でもある小国モルドバは「欧州最貧国」とも呼ばれる国家ですが、地政学的に見ると欧州・EUとロシアという大国の間で揺れ動き、どちらの勢力が勝るのかを示すバロメーターともなっています。
また、ウクライナやジョージアと同様に親露派勢力が実効支配する未承認国家を抱え、ロシアの介入を招きやすいという「危うさ」もあります。
そのモルドバで10月20日に大統領選挙、及び、「貴方は、モルドバ共和国のEU加盟を視野に入れた憲法改正を支持しますか?」というEU加盟の是非を問う国民投票が行われたこと。大統領選挙では現職親欧米路線サンドゥ大統領はトップには立ったものの過半数はえられず、決選投票へ。ロシア支持層が親ロシア候補で一本化すると決選投票は不透明に。更にロシアの選挙干渉も懸念される・・・といった結果になったこと。
“サンドゥ大統領は、EU加盟を阻止したいロシアが国民の1割以上に賄賂を贈り、買収を企てたと主張していて、警察当局もロシアからおよそ60億円が送金されたとしています。”【11月3日 日テレNEWS】
(事実かどうかは別にして、ロシアがその気になれば国民の1割以上に賄賂を贈れるあたりは、「小国」ならではのことです)
更にEU加盟の是非を問う住民投票では事前の加盟賛成圧勝予測にもかかわらず、結果は賛成50.38%で、薄氷での承認になったことなどは10月29日ブログ“モルドバ・ジョージア 欧米とロシアの間で揺れる両国の選挙 思った以上に根強い親ロシア的なもの”でも取り上げました。
その後の11月3日に行われた大統領選挙決選投票では、親欧米路線サンドゥ大統領が国外居住者の票を集める形で勝利しました。
****モルドバ大統領選、親欧米派の現職が当選確実 親露派候補を破る*****
東欧の旧ソ連構成国モルドバで3日、大統領選(任期4年)の決選投票が行われ、即日開票された。親欧米派の現職サンドゥ氏が親露派候補を破り、当選が確実な情勢となった。
10月にあった欧州連合(EU)加盟への賛否を問う国民投票に続いて親欧米路線が支持された形で、影響力を保ちたいロシアと現政権を支持する欧米の対立も激しくなると予想される。
中央選管によると、現地4日未明時点で開票率は98%以上で、サンドゥ氏は親露派政党の後押しを受けるストイアノグロ元検事総長に9ポイント以上の差を付けている。暫定投票率は約54%。サンドゥ氏はX(ツイッター)に「私たちは団結、民主主義、そして尊厳ある未来への決意の強さを共に示した」と投稿した。(中略)
2020年に発足したサンドゥ政権はロシアがウクライナに侵攻した直後の22年3月にEU加盟を申請。その後も親欧米路線を加速させていた。ストイアノグロ氏は、EUへの加盟自体は目指すものの、ロシアとの関係修復にも意欲を見せていた。
モルドバはウクライナとの国境沿いに親露派勢力が実効支配する未承認国家を抱える地政学上の要衝。ロシアが国民投票と大統領選に買収や偽情報の拡散で介入した疑いが持たれている一方で、欧米は経済支援を強化して対抗していた。
10月の投票について、サンドゥ氏はロシア側が人口の1割を超える30万人を買収しようとしたと非難していた。決選投票でも組織的な大規模動員などが疑われている。2期目に入ってもサンドゥ政権とロシアとの対立は先鋭化しそうだ。
これで親欧米派は国民投票と大統領選のいずれも制したことになるが、親欧米派の支持者が多い国外からの投票の貢献が大きかった。物価高などで地方を中心に現政権への不満を持つ有権者もおり、来夏に予定される議会選挙で与党が過半数を維持できるかが次の焦点となる。【11月4日 毎日】
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“物価高などで地方を中心に現政権への不満を持つ有権者も”という事情に関しては以下のようにも
*****ロシアから離れたい?離れられない? なぜ揺れるモルドバ?****
(中略)
首都から北に40キロほど離れた町オルヘイ。
一部の市民がサンドゥ政権に対するデモに参加していたと聞いて、町を訪れ市民に話を聞いてみました。
「年金だけではやっていけない」、「EUとロシア、どちらと関係を深めるほうがいいかわからない」と話す高齢の女性たち。
以前ロシアの建設現場で働いていたという37歳の男性は「ロシアと一緒のほうがいい。昔はなんでもあった。物価も下がりはしなかったが、こんなに高くはならなかった。サンドゥ政権には期待しない」と不満を口にしていました。
取材をしていると、人々が突然、言い争いを始めました。
「資金面で支援をしてくれるのは誰だ?EU、ルーマニアだろう!ロシアが何をした?ガスの値段を高くしただけじゃないか!」
「面倒を見てくれたのはロシアでしょう!ルーマニアではない!」
「ロシアに面倒を見てもらうなんて、とんでもない!」
路上で言い争う人々ヨーロッパかロシアか。 市民の間で、意見が割れている実態を目の当たりにした瞬間でした。【2023年6月15日 NHK】
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【12月末でロシアのガス供給停止 表面化するエネルギーのロシア依存】
上記のような物価高などで地方を中心に現政権への不満を持つ有権者も多い実情から懸念されるのが、ガス供給をめぐる状況です。
ガスはこれまで、ロシア→ウクライナ→モルドバ→親ロシア未承認国家「沿ドニエストル共和国」という流れでしたが、ウクライナの戦争の影響でこの流れが停止する事態となっています。(ある意味では、これらの国々は互いに相争いながらも、経済関係では密接に繋がっているとも言えます。そこが「親ロシア派」が欧米で考える以上に根強い最大の理由でもあるでしょう」
*****モルドバが16日から60日間の非常事態宣言 ロシアのガス供給停止に備え****
モルドバ議会が16日から60日間の非常事態宣言を発令すると発表しました。今月末にロシア産ガスの供給が停止される懸念があり、迅速な対応ができるよう備えた形です。
モルドバ議会は13日、レチャン首相の要請を受けて、16日から60日間の非常事態宣言を発令することを決定しました。
ガスはウクライナ経由で供給されていますが、ウクライナは供給元のロシアの国営企業「ガスプロム」との12月末で終了する契約について延長しないと表明しています。
その場合、来年以降のエネルギー不足が懸念されるため、非常事態宣言は政府や議会などの迅速な対応を可能にすることを目的としているということです。
また、モルドバに供給されたロシア産ガスは親ロシア派の支配地域「沿ドニエストル共和国」にすべて供給される仕組みになっていて、契約の終了により「沿ドニエストル共和国」のガス不足も懸念されています。
地元メディアによりますと、レチャン首相は要請を前に「ロシアが沿ドニエストルの住民を人質にしていて、地域の不安定化を狙っている」とロシア側を批判しています。【12月13日 テレ朝news】
モルドバ議会は13日、レチャン首相の要請を受けて、16日から60日間の非常事態宣言を発令することを決定しました。
ガスはウクライナ経由で供給されていますが、ウクライナは供給元のロシアの国営企業「ガスプロム」との12月末で終了する契約について延長しないと表明しています。
その場合、来年以降のエネルギー不足が懸念されるため、非常事態宣言は政府や議会などの迅速な対応を可能にすることを目的としているということです。
また、モルドバに供給されたロシア産ガスは親ロシア派の支配地域「沿ドニエストル共和国」にすべて供給される仕組みになっていて、契約の終了により「沿ドニエストル共和国」のガス不足も懸念されています。
地元メディアによりますと、レチャン首相は要請を前に「ロシアが沿ドニエストルの住民を人質にしていて、地域の不安定化を狙っている」とロシア側を批判しています。【12月13日 テレ朝news】
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“モルドバに供給されたロシア産ガスは親ロシア派の支配地域「沿ドニエストル共和国」にすべて供給される仕組み”という話なら、ガスに関してはモルドバは単なる通過国であり、ロシア産ガスが止まっても、モルドバ自身は困らないということにもなりますが、多分そういうことではなく、現実問題としてはモルドバ自身がロシア産ガスに頼ってもいる形になっているのでしょう。
更に、沿ドニエストルではロシア産のガスで発電を行い、モルドバは電力の大半(7~8割)をこの沿ドニエストルからの電力に依存しているという関係にもあります。沿ドニエストルへのガスが止まると、沿ドニエストルからモルドバへの電力も止まります
このあたりのエネルギーのロシア依存は以前から問題となっていた話であり、サンドゥ政権も脱却を目指してはいますが、未だ間に合っていないようです。
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サンドゥ政権はロシアによる政権転覆を警戒していることに加え、エネルギー面でのロシア依存からの脱却も課題となってきた。
天然ガスはロシアから供給されていたほか、国内の電力供給の7割を担う主力の発電所も沿ドニエストル共和国にある。このため米国の資金援助を受けながらガスの供給元の多様化や、隣国ルーマニアとの送電線整備を進めてきた。【5月30日 毎日】
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【兄弟国ルーマニアもロシアの選挙介入で揺れる】
これまでの引用記事の中にルーマニアの名前が出てきますが、モルドバとルーマニアは単に隣国というだけでなく、民族的にも同系統であり、互いに国家統合を目標としてきた関係にあります。
****ロシア帝国主義と大ルーマニア主義の角逐で生まれた小さな国****
さて、モルドバ共和国とは、どんな国だろうか? モルドバは、ウクライナとルーマニアに挟まれた内陸国である。かつて社会主義のソ連邦を形成した15共和国の一つが、1991年暮れのソ連崩壊に伴い、初めて独立国となった。
モルドバの所得水準は非常に低く、ウクライナと並んで、しばしば「欧州最貧国」と呼ばれる。農業・食品以外にはこれといった有力産業がないので、糧を得るために欧米やロシアなどに出稼ぎに出る市民が多い。最近では外国に定着するディアスポラが拡大し、モルドバ本国の人口が空洞化している。そして、実はこれが近年の選挙で死活的な要因に浮上している。
モルドバ人は民族・言語的にルーマニア人と同系統であり、スラブ人主体の東欧にあって「ラテンの孤島」となっている。言ってみれば、ルーマニアとモルドバは一種の「分断国家」である。
ただし、戦後に誕生した分断国家の多くは、東西ドイツ、南北朝鮮、南北ベトナム、台湾・中国など、資本主義VS共産主義の対立により成立した。
それに対し、ルーマニアとモルドバは、1980年代まではともに共産主義陣営で、1990年代以降はともに自由化したにもかかわらず、別々の国として存在してきた。
ずばり言えば、モルドバという存在は、歴史的にロシア帝国主義と大ルーマニア主義がこの地を巡ってせめぎ合ってきた結果として生まれ落ちたと言える。それが、今日ではプーチン・ロシアとEUによる影響圏の奪い合いに姿を変え、東欧の国際関係の火種となっているのだ。
なお、現時点でルーマニア側にもモルドバ側にも国家統一を求める意見はあるが、双方ともまだその機が熟しているとは言えない。
それでも、モルドバの場合には、単にEU加盟路線を採っているだけでなく、ルーマニアというEU加盟済みの長兄が存在している点が、ウクライナなどとは異なる要因である。【11月20日 服部倫卓氏 新潮社Foresight】
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ルーマニアとの国家統合の話は今回はパスします。“双方ともまだその機が熟しているとは言えない”と言うべきか、次第に熱が冷めていると言うべきか。関心の度合いは浮き沈みもあるようです。両国間で温度差もあります。
そのルーマニアも親欧米と親ロシアの間で揺さぶられています。
11月24日に行われた大統領選挙第1回投票では無名だった親ロシア派の極右泡沫候補がSNSを駆使した選挙戦略で一躍トップに躍り出たものの、ロシアの選挙介入疑惑があるとして憲法裁判所が選挙のやり直しを命じたことは12月8日ブログ“ルーマニア 大統領選挙 再投票へ 極右候補、違法なSNS利用 ロシア介入疑惑も 多くの者が彼に投票した事実も”でも取り上げました。
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