孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロヒンギャ問題  スー・チー氏に軍・国内世論を動かす意思と力はあるのか?

2017-09-20 22:51:25 | ミャンマー

(軍に焼き打ちされる以前のロヒンギャ居住区(上)とその後 【9月20日 Newsweek】)

殺戮・放火・レイプ・・・残虐過ぎる民族浄化 スー・チー氏は「多くが偽情報」】
再三取り上げているミャンマー西部ラカイン州におけるイスラム系少数民族ロヒンギャが、ミャンマー政府軍等の焼き討ち等によって隣国バングラデシュへの避難を余儀なくされている件。

難民は国際移住機関によると、42万1千人に上っており、難民キャンプは人々であふれ、食料や住む場所が足りない事態に陥っています。

焼き打ちから逃れた村人が国連の調査団に語った当時の様子については、以下のようにも

****ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編*****
新たに始まった残虐過ぎる民族浄化
・・・・襲撃はこんなふうに行われた。まずロヒンギャの住む村の上空に軍のヘリコプターが飛来し、上空から住居を目掛けて次々と手榴弾を投げ込む。爆発に驚いて家から飛び出てきた住民たちを、待ち構えていた地上部隊がライフルで狙い撃ちにする。

動けない老人たちは家から引きずり出され、殴打された後に木に縛られる。そして、体の周りに灌木や枯れ草をまかれ、火を付けて焼き殺される。

虐殺の例に漏れず、女性や子供は格好の標的になった。
11歳のある少女は、家に押し入った4人の兵士が父親を殺害した後、代わる代わる母親を強姦するのを目の当たりにした。その後、母親だけを残した家に火が放たれたという。

別の家では、泣きじゃくっていた乳児に兵士がナイフを突き刺し殺した。5歳の少女は兵士に強姦されていた母親を助けようとして、ナイフで喉元を切られて殺されたらしい。

ロヒンギャの住む家で次々に殺戮が繰り返され、最後は村ごと焼き打ちにする――。ボスニア紛争中の95年に起きたスレブレニツァの虐殺を思い起こさせる手口だ。スレブレニツァの犠牲者数は8000人以上とされるが、ロヒンギャのこれまでの死者数はそれをはるかに上回る。

迫害に加担しているのは、政府や軍隊だけではない。ミャンマー政府は社会に影響力を持つ僧侶を巧みに取り込み、ロヒンギャ弾圧の先鋒に据えている。

その中心が、仏教過激派の指導者である僧侶のウィラトゥ。ロヒンギャがジハード(聖戦)を仕掛けていて、ミャンマー人の女性をレイプしているなどと話し、イスラム教徒への憎悪をあおっている。(後略)【9月20日 Newsweek】
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無国籍状態におかれ、ミャンマー国内世論からも嫌悪されるロヒンギャに対する迫害・弾圧は今に始まったものではありませんが、現在の混乱は昨年10月にロヒンギャ武装組織が国境警官を襲撃した事件をきっかけに、それを口実とするかのように行われている治安部隊によるロヒンギャ追放を狙った“民族浄化”的作戦によるものです。

迫害されれば、当然に抵抗・反発も起きます。8月25日はロヒンギャの「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」による治安部隊施設への襲撃も。これにより、政府軍の掃討作戦は加速されています。

スー・チー氏が主導する現政権下で起きている混乱です。

上記のような混乱・惨状が世界に報じられる中で、事態収拾のための積極的行動をとらず沈黙を守ってきたスー・チー国家顧問は、報じられれるミャンマー政府軍による人権侵害の情報の多くが「偽情報」と断言してもいます。

国軍への権限が及ばないこと、ロヒンギャを嫌悪する国内世論といった、政治的に困難な立ち位置にスー・チー氏が置かれていることは、9月17日ブログ「ロヒンギャ問題  注目される“沈黙”スー・チー氏の19日演説 バングラデシュ・アメリカ・日本は?」でも取り上げました。

英語による“国際社会向け弁明”】
そうは言っても・・・ということで、かつての“民主化運動の象徴”スー・チー氏の消極的対応・沈黙に国連・人権団体等の国際世論から厳しい批判が集中するなかで、19日にスー・チー氏が行うとされていた国民向け演説が注目されていました。

****ロヒンギャ難民の帰還受け入れ スー・チー氏演説 ****
・・・・治安部隊の掃討作戦についてスー・チー氏は「9月5日以降は行っていない」と述べた。ロヒンギャの村が焼き打ちにあっている問題については誰の犯行か分からないとして「全ての人から話を聞き、証拠に基づいて対処する」と約束した。
 
演説は約30分。会場には国内外の報道陣や外交官ら約500人が集まったほか、国営放送やフェイスブックの公式ページを通じて生中継された。英語で行われ、ロヒンギャ問題を巡りミャンマー政府への批判を強める国際社会を強く意識したものとなった。
 
ロヒンギャの国籍を認めない国籍法の見直しや人々の移動の自由を求めたアナン元国連事務総長率いる特別諮問委員会の勧告については、短期的に実行できるものを優先するとしつつ「全ての勧告が信頼回復に資する」と述べ、実行に取り組む姿勢を強調した。
 
勧告は今回の衝突の発端となった8月25日の治安部隊に対する襲撃事件の直前に発表された。ただミャンマー国民の多くは「不法移民」であるロヒンギャに対する否定的な感情が強く、どこまで実行できるかが今後の焦点となる。
 
19日にはニューヨークで開かれている国連総会で各国首脳の一般討論演説が始まる。昨年は首脳級として迎えられ、民主化について華々しく演説したスー・チー氏は今回欠席。わずか1年でミャンマーを取り巻く状況は一変した。
 
安全保障理事会でロヒンギャ問題を取り上げた英国のメイ首相や、イスラム協力機構の議長国トルコのエルドアン大統領は、ミャンマー政府の対応を強く批判するとみられる。
 
ただミャンマーの現在の憲法は、治安部隊への指揮権を国軍最高司令官に認めている。スー・チー氏ら政府が取り得る選択肢は少ないのも事実だ。警察を統括する内務相や国境管理にあたる国境相はいずれも国軍が指名権を持っている。【9月19日 日経】
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演説の内容を云々する前に、一番気になったのは演説が英語で行われたということです。

以前から“国民向けに演説する”と言われていましたが、“英語で”ということは(内容的にも)、“国民向け演説”というより、“国際社会向け弁明”のようにも思えます。

もちろん、国際的に非常に注目されていること、多くの批判が浴びせられていることを意識しての英語演説でしょうが、スー・チー氏が今一番やるべきことは、ロヒンギャに対する嫌悪感にとらわれているミャンマー国民への呼びかけです。

国民の気持ちが動かない限り、国軍への権限も有しないスー・チー氏が事態を動かすことも難しいでしょう。

もちろん、世論に反してロヒンギャ保護を訴えることは、政治的には極めて大きいリスクを伴いますが、それが必要ですし、できるのは彼女しかいません。そこを避けるなら、長年の自宅軟禁を耐えて何のために指導者になったのか・・・彼女の掲げる“人権・民主化”とは何なのか?・・・という感も。

おそらく今後、本当の“国民向け演説”も行われるのでしょう。必要に応じて何回、何十回も。そうであることを期待します。

国際的調査受け入れ、難民帰還容認・・・とは言うものの
内容的には、事態改善に向けた“前向き”の意向も示されていますが、政府側の責任は認めず、今後本当に実現できるのかについても疑問があります。

****スー・チー氏、調査受け入れ示唆=ロヒンギャ帰還に前向き-ミャンマー****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ迫害をめぐる問題で、アウン・サン・スー・チー国家顧問は19日、首都ネピドーで国民向けに演説し、国際的な調査を受け入れる用意があることを示唆した。また、難民の帰還に向け、身元確認手続きをすぐにでも開始する考えがあると述べた。
 
演説はテレビ中継され、スー・チー氏は30分間にわたり、英語で語り掛けた。ロヒンギャ迫害への批判を強める国際社会に対し、状況の改善に尽くしている姿勢を強調する狙いがあるとみられる。(中略)

ミャンマー政府はロヒンギャを国民と認めておらず、実際に帰還が始まれば、国民の反発を招く恐れもある。
 
スー・チー氏は「すべての人権侵害を非難する」と述べ、平和と安定の回復に向け、全力を挙げていると力説。「ミャンマーが宗教や民族で分断された国となることを望んでいない。憎しみや恐怖は災難の元だ」と語り、和解を呼び掛けた。【9月19日 時事】
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ミャッマー国内ではロヒンギャは国内少数民族とは認められず、隣国バングラデシュからの不法入国者の扱いで、“ロヒンギャ”という呼称も使用されていません。

多くの報道が“ロヒンギャ問題についての演説・・・・”としていますが、スー・チー氏の今回演説でも“ロヒンギャ”という言葉は一度も使用していないとのことです。

この1点をもってしても、今後の道が困難なことがうかがえます。

****<ロヒンギャ問題>スーチー氏、解決への力不足認める****
ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相は19日、首都ネピドーでの演説で「すべての人権侵害と違法な暴力を非難する」と強調し、西部ラカイン州の少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の問題を平和的に解決すべきだと訴えた。スーチー氏は「ラカイン州の状況には世界中が懸念してきた」と、不法行為には厳しく対処する方針も示した。
 
スーチー氏は、政府諮問委員会(委員長、アナン元国連事務総長)を設立するなどして問題の解決に取り組んできたことを紹介。その上で「そうした努力にもかかわらず、われわれは衝突を防げなかった」と、力不足を認めた。
 
ロヒンギャの武装勢力側は、長年にわたる政府のロヒンギャに対する圧迫を戦う理由とするが、スーチー氏は大量の避難民が発生した昨年10月と今年8月の戦闘は武装勢力側の攻撃で始まったとの認識を示した。
 
また、現在は戦闘や掃討作戦は実施されていないと指摘したうえで「今も多数がバングラデシュに避難していることを懸念している。大脱出がなぜ続いているのか知りたい」と語り、帰還を希望するロヒンギャには、身元確認の手続きを始めると明らかにした。
 
一方でスーチー氏は「ミャンマーは複雑な状況にある」と主張。昨年3月に政権が発足してから「すべての課題の克服を期待するには、あまりにも時間が短い」と理解を求めた。(後略)【9月19日 毎日】
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国際的調査が無制限に許可されれば、冒頭に紹介したような“残虐行為”が事実だったのかどうかもはっきりします。

そのとき政府軍の責任は問えるのでしょうか?

“身元確認を条件に難民の帰還を受け入れる用意”というのが、どういう意味なのか・・・・

これまでロヒンギャに対しては、「NVC(National Verification Card)」と呼ばれる外国人仮滞在証明書を持てば、市民権を申請できるとされています。

ただ、この「NVC」は、自分が“外国人”であることを認めるものでもあります。

****外国人仮滞在証明書****
「無国籍」のロヒンギャに対して、当局は必死にあるカードを受け取らせようとしている。「NVC(National Verification Card)」と呼ばれる外国人仮滞在証明書で、建前上は市民権を申請できることになっている。

だが「このカードは罠だ」と、ヤンゴンでロヒンギャの人権改善を訴える活動を行うチョースオンは言う。このカードを受け取った時点で、自らを外国人だと認めることになるからだ。

しかも軽微な罪を犯しただけで簡単に取り上げられ、取り上げられれば再発行の可能性はほぼない。

国籍法が施行される約30年前の55年、軍政になる前のミャンマー政府は「国民登録カード」と呼ばれる証明書を配布しており、ロヒンギャたちもこれを手にしていた。つまり、法的にもミャンマー人だった時期があるのだ。

政府はその後このカードを回収し、今はその代わりにNVCを持たせることに躍起になっている。ロヒンギャが「自発的に」外国人になれば、ミャンマー政府は合法的に国外追放に追い込める。

NVCがなければ銀行口座を作ることもできず、社会生活が送れない。カードはロヒンギャの国内移動の自由も保障するが、それ以外にも政府は学校での進級や進学の際に提出を求めている。

つらいのは進学を希望する子供にせがまれることだと、ゾーミントゥットは語る。事情が分からない子供から「お願いだからカードをもらって」とせがまれた親が泣く泣くカードを受け取ってしまう。だが手にしたら最後、外国人になってしまう。

ミャンマー政府は国際社会の目を気にして武力弾圧を躊躇しがちにはなったが、その代わりにNVCという新たな手を使っている。(後略)【【9月20日 Newsweek「ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編)」】
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“身元確認”の事務処理が具体的にどのように行われるのか・・・注意が必要です。

また、政府軍は難民帰還を阻害すべく、地雷まで設置しているとも言われています。こうした軍をどのように動かすのか?

****バングラ首相、ミャンマーにロヒンギャ難民の受け入れ要求 地雷埋設を非難****
・・・・国連総会出席のため米ニューヨークを訪問中のハシナ首相は、自国の活動家らと面会し、ロヒンギャ問題に関してミャンマーにさらなる国際的な圧力をかける必要があると明言したという。
 
ハシナ氏は、ミャンマー側に「ロヒンギャはあなたの国(ミャンマー)の国民だ。ロヒンギャを受け入れ、保護し、避難所を用意すべきだ。抑圧や拷問は決してあってはならない」と伝えたという。
 
またハシナ氏は、ロヒンギャ難民のミャンマーへの帰還に向け同国への外交的な働きかけは行っていると明らかにした上で、「ミャンマーはそれに応じておらず、それどころかロヒンギャが帰還できないように国境沿いに地雷を埋設している」と非難した。(後略)【9月20日 AFP】
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なお、ハシナ首相に対し、トランプ大統領は“無言”だったとか。

****ロヒンギャ問題、トランプ氏は無言 支援期待せず=バングラ首相****
・・・・ハシナ氏によると、トランプ氏が主催した国連改革に関する会合の後、同氏を呼び止め数分間話をした。

トランプ氏がバングラディシュの状況はどうかと尋ねたため、「とても良いが、ミャンマーからの難民が唯一の問題だと答えたが、大統領は難民について何もコメントしなかった」という。

ハシナ氏は「米国は難民を受け入れないと既に明言している」として、ロヒンギャ難民問題で米国に援助を求めても無駄との考えを示した。【9月19日 ロイター】
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日本政府は、バングラデシュで行われているロヒンギャ支援活動、ミャンマーでこれから行われるであろう支援活動に対し、一定額の資金援助をするとの発表が外相からなされています。

ロヒンギャと国内世論の深い溝
スー・チーの演説を受けて、ロヒンギャ側からは厳しい声が。これまでの経緯、演説の“煮え切らなさ”を考えれば当然の反応でしょう。

****スー・チー氏は「うそつき」=ロヒンギャ協会会長―タイ****
ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問がイスラム系少数民族ロヒンギャに関する演説で、イスラム教徒の大半が国内にとどまっていると語ったことについて、タイ・ロヒンギャ協会のサイード・アラム会長は19日、「イスラム教徒の半数以上がミャンマーを去った。彼女はうそをついている」と批判した。
 
会長は取材に対し、スー・チー氏が難民の帰還に前向きな姿勢を示したことに関しても、「信じられない」と否定的。既に掃討作戦は終了したという説明には、「終わっていないのは明らか」と反発した。【9月19日 時事】
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一番のカギとなる国内世論も、厳しいものがあります。

****<ミャンマー>ロヒンギャ問題、市民の反応は冷ややか****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」が迫害されているとして国際的な批判が高まる中、アウンサンスーチー国家顧問兼外相が19日、首都ネピドーで演説し、国民に和解と平和を訴えた。

ただミャンマーは国民の約9割が仏教徒であるうえ、ロヒンギャは長く不法滞在者扱いされてきた。最大都市ヤンゴンではロヒンギャの悲惨な状況に「同情しない」と話す人もおり、問題解決は簡単ではない。
 
ロヒンギャは西部ラカイン州に約100万人いるとされるが、政府はミャンマー固有の民族集団でなく、バングラデシュ側からの不法移民と捉え、国籍が付与されていない。

ヤンゴンのビジネスマン、コーアウンさん(34)は毎日新聞助手に「ロヒンギャに対し特別な感情はない。これは不法移民、不法侵入の問題だ」と突き放す。
 
広告関係の仕事をするナンスネントゥエイさん(23)は「同情はするが避難者が40万人もいるとは思わない。政府は最初からメディアの立ち入りを認めるべきだった。人々は十分な情報が得られず問題が大きくなってしまった」と語った。

また非政府組織の女性スタッフ、ヌサンムンさん(22)は被害者に理解を示しながら「外国がスーチー氏を批判するのは嫌だ。ミャンマーを彼らの政治的利益に利用しているのではないか」と話した。
 
昨年3月にスーチー氏が事実上トップの政権が発足したが、国の安定に国軍の協力は欠かせない。英BBCによると、ミンアウンフライン軍最高司令官は16日、フェイスブックでロヒンギャについて「そのような民族はミャンマーにはいない」などと表明した。
 
国際社会からの批判はスーチー氏の立場を国内で難しくする可能性もある。政治評論家のマウンマウンソー氏は「(政府側とロヒンギャ側の)双方から不十分だと批判される可能性があるが、彼女だけに責任を負わせるのは間違っている」と言う。【9月19日 毎日】
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スー・チー氏の前には“岩盤”が。掘り崩す意思と力が彼女にあるのか?
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フィリピン  戒厳令全国拡大への言及も 進むドゥテルテ大統領の「マルコス化」

2017-09-19 22:53:24 | 東南アジア

(フィリピンミンダナオ島マラウィで反政府勢力と戦う政府軍 2017年6月14日【9月18日 大塚智彦氏 Japan In-depth】 数百人~数十人相手にいまだ終わらない事件 続く戒厳令 “終わらない”のではなく、“終わらないようにしている”のか?)

批判的な人権員委員会を事実上の活動停止へ 「子どもが殺されたから?そんなことはどこでも起きている」】
死刑制度がないフィリピンでドゥテルテ大統領が進める超法規的大量殺人については、これまでも何度も取り上げてきたところです。(最近では、9月8日ブログ“フィリピン・ドゥテルテ大統領 中国への共感 「一度にすごい成果作戦」で無抵抗高校生射殺 抗議デモも”)

****混迷するフィリピン麻薬撲滅戦争 無抵抗の高校生射殺に過去最大のデモ**** 
(中略)
一日で32人を殺害
昨年6月にロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピンの第16代大統領に就任して以来、最重要課題として取り組む麻薬撲滅戦争で多くの死者が出ている。

人権団体は12000人と数え、政権でさえ千人単位が死亡していることを認めている。死刑制度がないフィリピンでは、すべてが警察官か自警団、麻薬組織などによる殺人である。

警察は「取り締まりや逮捕を妨害し、抵抗した場合のみ射殺している」と弁明するが、額面通りに受け取る人はまずいない。そうした事例があるにしても、多くは口封じのための殺人とみられる。

警察は麻薬取引を摘発しても、わいろを受け取って容疑者を釈放したり、押収した覚せい剤を横流ししたりしてきた。麻薬撲滅を掲げる政権下でそうした悪事が発覚することを恐れて関係者を殺している例が多いのだ。子供や女性らが巻き添えで死亡した事件も報道されてきた。

欧米諸国や人権団体、外国メディアは「超法規的殺人」を強く非難してきたが、フィリピン国内では大きな扱いにはならなかった。

支持率8割を誇るドゥテルテ氏の人気に加え、麻薬汚染の深刻さを身近に知る国民が、この間の一定の治安改善を感じてきたことが批判をかき消してきた。(後略)【8月30日 柴田直治氏 Huffington Post】
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これだけ“殺しまくり”ながらも、市中での覚せい剤末端価格は上昇しておらず、依然同様に出回っていることが推察されます。

“大統領による容赦のないやり方を批判する人々は、犠牲者の大半は小物の麻薬常用者や密売人であり、大きなうまみのある麻薬ビジネスの背後にいる黒幕はほとんど知られておらず、逮捕されてもいないと指摘する ”【6月28日 ロイター 「フィリピン麻薬戦争1年、死者数千人でも見えない勝利」】

“犠牲者の大半は小物の麻薬常用者や密売人”・・・それと、これまで腐敗警察官と一緒に仕事をしてきた連中の警察による“口封じ”です。

“「この国の首長は『殺せ、殺せ』と言っている。さらに『私は君たちの味方だ』とも言っている」とフィリピン人権委員会のガスコン委員長。「それが波及効果を生んでいる」 ”【同上】

ドゥテルテ大統領の怒りの矛先は、その人権委員会・ガスコン代表へ向けられています。

大統領の麻薬犯罪捜査手法に批判的な国内の人権委員会の予算が僅か千ペソ(約2160円)に減額されるとか。
事実上の活動停止命令です。

****比の人権委予算、「2160円」下院通過 政権批判への圧力か****
フィリピン人権委員会の来年度の予算を、わずか千ペソ(約2160円)とする予算案が議会下院を通過した。ドゥテルテ政権の麻薬犯罪捜査手法に警鐘を鳴らしてきた委員会を沈黙させる狙いがあるとみられ、批判の声が上がっている。
 
地元紙によると、人権委員会の6億7800万ペソ(約14億6千万円)の予算要求に対し、マルコレタ下院議員が「委員会は、(メディアから批判を受ける)ドゥテルテ大統領の人権は守ろうとしない」などとして予算削減を提案。12日に119対32の賛成多数で下院を通過した。
 
国連特別報告者のカラマード氏は12日、「甚大な人権侵害がある今こそ十分な予算が必要だ」との声明を出した。【9月15日 朝日】
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麻薬犯罪捜査に関する問題は一旦脇に置くとしても、政府批判を許さないこうした政治を、世間では“独裁”と呼んでいます。中国・ロシア・北朝鮮などにも共通する政治姿勢です。

これでも“腹の虫がおさまらない”ドゥテルテ大統領は、十代の若者が犠牲となる事件を懸念する人権委員会代表を「お前は同性愛者か幼児性愛者なのか?」と罵っています。

こうしたネット受けするような下品なものの言い様は、アメリカ・トランプ大統領によく似ています。

****比大統領、麻薬戦争に懸念示す人権機関代表を「幼児性愛者」と罵倒****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が推し進めている「麻薬撲滅戦争」で、十代の若者が相次いで警察により殺害されたことに懸念を表明した同国の人権機関の代表を、ドゥテルテ氏が「幼児性愛者」よばわりして罵倒した。
 
フィリピンでは麻薬の運び屋と疑われた17歳の少年が警官に射殺されるなど、十代の若者が犠牲となる事件が続いており、ドゥテルテ氏の容赦ない姿勢にカトリック教会や左派の活動家らが抗議の声を上げている。
 
一方のドゥテルテ氏は16日夜に行った演説で、警察の捜査に懸念を示していたフィリピン人権委員会のホセ・ルイーズ・ガスコン代表を非難し、「あのガスコンはいつまで『十代の若者が、十代の若者が』と言い続けるのだ?幼児性愛者のようだな、あの野郎」と罵倒した。
 
また、「なぜそれほど十代の若者に興味がある?ずっと疑問に思っている。お前は同性愛者か幼児性愛者なのか?」とまくし立てた。
 
ドゥテルテ氏はさらに、子どもが殺されていることは珍しいことではないと主張した上、人権団体のトップといった大統領に批判的な人々が政治的な反対運動に若者の死を利用していると非難。
 
ドゥテルテ氏は同国南部でのイスラム過激派による騒乱を引き合いに出しながら、「若者、若者ってばかか。全部政治的な話だ。どうしてこの国を悩ます他の問題に目を向けることができない?」と述べ、「子どもが殺されたから?そんなことはどこでも起きている」と吐き捨てた。【9月19日 AFP】
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終わらないミンダナオ島の騒乱 戒厳令維持のため? 全国拡大の可能性も
うるさい政権批判を黙らせるには、戒厳令を敷いてしまえば簡単・効果的です。
実際、ドゥテルテ大統領は「NPA(共産党軍事部門)がルソン島などの都市部でこれ以上騒乱を起こすような事態になれば、戒厳令の全土への拡大もありうる」と、その可能性に言及しています。

現在は、戒厳令はイスラム武装勢力が騒動を起こしているミンダナオ島に限定されています。

それにしても、ミンダナオ島の騒動はまだ完全収束していないようです。

住民を人間の盾にしている云々はあるにしても、人数的に限定されている武装勢力(当初でも数百人規模、現在では数十人規模)に相手に、あのフィリピン国軍がなぜこんなに時間を要しているのか疑問でもありましたが、政権にとって都合のいい戒厳令を持続させるために、敢えて解決を遅らせている・・・との見方もあるとか。それなら納得・・・・です。

****戒厳令全土へ?ドゥテルテ比大統領の野望****
フィリピンのドゥテルテ大統領が、南部ミンダナオ島周辺に限定して年末の12月31日まで布告している戒厳令について、フィリピン全土に拡大することを検討していることが明らかになった。

国防長官は「(全土への拡大の)可能性は低い」と否定的な見方を示しているものの、マルコス元大統領時代の戒厳令下での過剰な人権侵害事案を知る世代を中心に警戒感が高まっている。

折しもマルコス元大統領が戒厳令を布告した45年前の9月21日に合わせてマニラ市内では大規模な「反独裁・反専制政治」の集会が予定されており、ドゥテルテ大統領は混乱を回避するため21日を休日とすることを検討するなど、緊張感が高まっている。

ドゥテルテ大統領は9月9日、最近各地で国軍や警察と衝突、交戦が頻発しているフィリピン共産党の軍事部門「新人民軍(NPA)」の動きに関連して「NPAがルソン島などの都市部でこれ以上騒乱を起こすような事態になれば、戒厳令の全土への拡大もありうる」と警告した。
 
これを受けて15日にロレンサナ国防長官は「共産勢力の脅威が高まった場合には」との前提条件付きで「戒厳令の全国拡大を大統領が検討している」ことを事実として認めた。

しかしその一方でNPAの現在の勢力は全国規模で騒乱を起こすほどの力も国民の支持もないとの見方を示して「戒厳令の拡大の可能性はわずかだろう」として戒厳令拡大に強い反対を示す野党勢力や人権団体などの懸念を払拭した。

■戒厳令を巡る政治的駆け引き 
ドゥテルテ大統領は南部ミンダナオ島南ラナオ州マラウィ市でイスラム系武装組織などが武装ほう起、国軍と戦闘状態になったことを受けて5月23日にミンダナオ島周辺に限定した戒厳令を布告した。

その後、中東のイスラムテロ組織「イスラム国(IS)」のメンバーなどが加勢し、一般市民を「人間の盾」にしていることなどから鎮圧作戦に予想以上に手間取り、7月22日に年末までの戒厳令延長を決めている。  

フィリピンではマルコス時代の戒厳令により反体制の学生や運動家が(戒厳令で特権をもった)治安部隊の過剰な対応で殺害、拷問、強制連行、行方不明という人権侵害が深刻化した。こうした経緯から「戒厳令」への警戒感が国民の間に根強いという特別な事情と背景がある。
 
マラウィ市での戦闘で当初数百人規模といわれた武装勢力側は、国軍の作戦で現在数十人までに減少したとされているが、いまだに完全には鎮圧されていない。

これは事態の全面的解決による「戒厳令解除」を回避し、その間にミンダナオ島の他の地域で活動する反政府組織や武装勢力の一掃をドゥテルテ大統領が狙っている、という政治的理由が指摘されている。
 
そこへ来て最近NPAが各地で国軍や警察と交戦する事態が増えていることを踏まえて「NPA、共産勢力との全面対決に戒厳令を利用しようと画策している」のがドゥテルテ大統領の思惑ではないかとの見方も出ている。
 
ミンダナオ島での戒厳令はマラウィ市での戦闘、というそれなりの「根拠」がある。もっともそれすら下院会員の中から「ミンダナオでの戒厳令は憲法の定める侵略もしくは反乱という要件を満たしていない」と最高裁に差し止め訴訟を起こされたほど抵抗は強い。
 
それが共産勢力との交戦が各地で相次いでいるといっても、それが「侵略や反乱」に該当するかというとそのレベルではなく、戒厳令の全土拡大となればさらなる反発や抵抗が予想される。

そのためにとりあえず観測気球を挙げて反応を見て、そのうえでロレンサナ国防相による「火消し発言」となったことは十分予想される。

■ 反独裁・専制運動をドゥテルテ警戒 
9月21日にマニラ市リサール公園で予定される大規模集会は元上院議員や大学学長などが8月28日に設立した「反専制政治運動」が呼びかけているもので、マルコス元大統領が1972年9月21日に戒厳令の大統領令に署名したことにちなんでいる。
 
しかしMATではドゥテルテ大統領が「戒厳令の全国拡大で治安を乱す全ての人たちの逮捕を命じることになんら躊躇しない」という発言などを根拠にして、麻薬関連犯罪容疑者らに対する超法規的殺人という強硬手段と並んで専制色、独裁色を強めようとしているとして、ドゥテルテ大統領の政治姿勢を問う集会を計画している。
 
ドゥテルテ大統領は「マニラ市民の混乱回避と安全確保のため」として21日に政府関連施設や学校を休みとすることを検討しており、21日には警備にあたる警察側との緊張した場面も予想される事態となっている。
 
ドゥテルテ大統領は大統領就任直後からイスラム系反政府組織、共産勢力との和解路線を提唱してきた。しかしフィリピン共産党とは停戦で合意したものの、政治犯の釈放などの条件交渉が難航し、停戦合意は崩れ、今年6月以降だけでもダバオやパンガシナ州、ミンダナオ地方など各地で交戦が続く事態となっている。
 
こうした事態打開のため、ドゥテルテ大統領の胸中には「戒厳令の全土拡大で共産勢力の一掃」という思いが生まれているのは間違いないとみられており、世論の動向をみながらそのタイミングを見計らっている可能性が強い。
 
歴代政権が踏み切れなかったマルコス元大統領の遺体のマニラ英雄墓地への埋葬を実現させ、マルコス元大統領の生誕100年にあたる9月11日を出身地北イロコス州限定の休日とすることを許可したのもドゥテルテ大統領である。

こうしたドゥテルテ大統領とマルコス元大統領やその一族との関係をフィリピンの一部マスコミ関係者は「憧れの指導者とされるマルコスへの道を歩み始めた」と指摘、独裁者マルコスの「再来」への警戒感も強まっている。【9月18日 大塚智彦氏 Japan In-depth】
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ドゥテル大統領の「マルコス化」】
マルコス元大統領の遺体のマニラ英雄墓地への埋葬断行でも明らかにされた、ドゥテルテ大統領のマルコス元大統領への敬愛は、以前から指摘されていたところです。

****マルコス目指すドゥテルテ氏?フィリピン大統領の反米発言の裏を読み解く****
・・・・ドゥテルテ氏の国内のマルコス勢力との関係の深さは大統領選挙前から盛んに指摘されていましたが、副大統領選挙で惜敗したマルコス大統領の息子、フェルディナンド・マルコスを、選挙後一年は落選候補を重要閣僚に起用できないという規定があるので来年になりますが、いずれ有力閣僚に起用するという憶測も流れています」(中略)

ドゥテルテ大統領の本拠は南部のダバオではあるが、そもそもの生まれはレイテ島で、レイテ島はイメルダ夫人一族の影響力が強い地域である。そして、ドゥテルテ大統領の父親はマルコス時代の閣僚でもあった。(中略)

歴代のフィリピン大統領は、ピープルパワーによる1986年のエドサ革命以来、アキノ一族に代表される洗練された親米エリートの主導で行われてきた。今年5月の大統領選でドゥテルテ大統領が戦ったのはロハス氏やポー氏らいずれもマニラのエリートである。

地方出身で家父長的な「鉄拳」を売り物に彼らを打ち倒したドゥテルテ大統領にとって、統治のモデルにできるのは、同じ地方出身で「強い男」を売り物に一世を風靡したマルコス元大統領なのであろう。

今後、ドゥテル大統領の「マルコス化」がどこまで進むかは注目に値しそうだ。【2016年10月15日 野嶋 剛氏 WEDGE Infinity】
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上記記事は約1年前のものですが、1年経過した今、ドゥテル大統領の「マルコス化」が現実のものになりつつあります。
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パレスチナ  ハマスが自治政府・ファタハとの和解交渉の意向 信頼を失っている自治政府ではあるが・・・

2017-09-18 23:10:09 | パレスチナ

(電力不足のため暗闇を歩く人々=4月、ガザ 【9月18日 CNN】)

パレスチナ統一政府に向けて、ハマスが和解交渉の意向 今回は実現するのか?】
イスラエルとの共存を容認せず、戦闘を繰り返してきたハマスが実効支配するパレスチナ・ガザ地区の窮状(復興は進まず、電力供給も1日2~4時間など)、イスラエルやパレスチナ自治政府主流派ファタハとの対立に加えて、これまでカザを支援してきたカタールがサウジアラビアなどとの断交問題で支援を停止するなど、ハマスが孤立を深めている状況については、8月29日ブログ“パレスチナ・ガザ地区  人口爆発の危機 深刻な電力不足 孤立状態のハマス”で取り上げました。

ガザの電力供給が従来にも増して厳しくなっているのは、パレスチナ自治政府がイスラエルへの電力購入支払いを大幅削減したことでイスラエルからの電力供給が減少したこと、つまり、パレスチナ自治政府のガザ・ハマスに対する“締め付け”があったようです。

ハマスとしても何らかの打開策を模索する必要があることが背景にあってのことと思われますが、ガザの「行政委員会」を解体し、対立するパレスチナ自治政府ファタハとの和解交渉を行う意向を表明しています。

****<パレスチナ>ハマスが和解交渉の意向 ファタハと****
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは17日、声明を発表し、パレスチナ自治政府が統治するヨルダン川西岸と、ハマスが支配するガザ地区に分断された状況を解消するため、パレスチナ主流派ファタハと和解交渉する意向を示した。AP通信が伝えた。
 
声明によると、ハマスはガザ地区の行政機構の閉鎖や、統一政府の樹立に向けた総選挙の実施など、自治政府のアッバス議長が求める和解の条件に応じる。ファタハとの和解交渉を即座に開始する用意があるとしている。
 
エジプト当局が、ハマスとファタハ双方の代表団とカイロで個別協議するなど、双方の直接対話に向けた仲介を続けている。
 
パレスチナ自治区では2006年のパレスチナ評議会(国会)選挙でハマスが圧勝したが、07年にファタハとハマスがガザ地区で武力衝突し、ハマスが自治区を分断支配している。
 
ファタハ幹部は17日、パレスチナメディアに対し、ハマスの声明を歓迎しつつ、事態の推移を注視する考えを示した。

一方、イスラエルや米国はハマスを「テロ組織」と認定しており、ハマスを含む統一政府の樹立には反発するとみられる。【9月17日 毎日】
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“イスラエルや米国はハマスを「テロ組織」と認定しており、ハマスを含む統一政府の樹立には反発するとみられる”とのことですが、パレスチナ側が自治政府・ファタハとハマスに分裂した状態では「和平」の前進、「2国家共存」も実現できませんから、長期的に見ればパレスチナ側の統一は和平交渉に向けた第一歩とみなすべきでしょう。

ハマス支配のガザ地区を残したまま、現状の自治政府と何らかの交渉・合意を行っても、あまり意味をなしませんので、イスラエルや米国の意向に関わらず、統一パレスチナを前提とした交渉が“真の和平”のためには必要でしょう。

ハマスも統一政府に参加する以上は、一定に現実的対応を容認するものと思われますので、イスラエル・アメリカもそこを汲んだ対応が必要でしょう。

ただし、“これまでも対立解消の試みが失敗してきたこともあり、実行に移されるかどうかは不透明だ。”【9月17日 時事】とのことで、本当に統一に向かうのかは、も少し時間をかけて見極める必要がありそうです。

ハマス内部の強硬派と穏健派の対立は以前からのものですが、今年2月にはガザ地区の新指導者(ハマスの政治部門の最高指導者ハレド・メシャール氏に次ぐナンバー2)に軍事部門の強硬派、ヤヒヤ・シンワール氏が選出されました。

しかし、人事面での強硬派優位の一方で、5月に発表されたハマスの新指針は現実路線を窺わせるものでした。

****ハマスが「国境」新指針 対外関係改善狙いか****
パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは1日、新たな指針を発表し、1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインを「国境」とするパレスチナ国家建国を初めて認めた。ただし、イスラエルを国家としては承認していない。

新指針は、「ユダヤ人殲滅(せんめつ)」を掲げる1988年の「ハマス憲章」以来のもの。ハマスが闘う相手はユダヤ人ではなく、「占領を続けるシオニストの侵略者」だとしている。ハマスはこれによって、柔軟姿勢をアピールする考えだとみられている。

ハマスのスポークスマン、ファウジ・バルフム氏は、「指針は外の世界とつながる機会を提供する」と述べた。「世界への我々のメッセージは、ハマスは過激でなく、現実的で開明的な運動だということ。我々はユダヤ人を憎んでいない。我々が闘っているのは我々の土地を占領し、我々の人民を殺す者たちだ」。(後略)【5月2日 BBC】
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ハマス内部の現状認識については、下記のようにも。

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ハマスは今もイスラエルを国家として認めていないが、イスラエルと4度目の戦争をすれば破滅だという現実は認めている。

イスラエル国防省の当局者も「次に攻撃されたらガザのハマス政権は終わりだ。それくらいは彼らも承知してい
る」と言う。
 
だからこそイスラエルと持続可能な休戦協定を結び、代わりに港の使用権を取り戻すべきだという議論が真剣に
進められている。【9月19日号 Newsweek日本語版】
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今回のファタハとの交渉に関する発表も、こうした認識・流れに沿うものでしょう。

住民の信頼を失う自治政府 それでも現実的選択は・・・
先述のように、交渉が具現化してパレスチナ側の統一が実現すれば、“真の和平”のためには第一歩と言えますが、実際問題としては、四面楚歌状態のハマスだけでなく、自治政府・ファタハ側も住民の信頼を失っているのが現状です。

*****パレスチナ和平を阻む真の敵*****
イスラエルよりも手ごわい敵
国際社会の認める自治政府を率いるファタハと、ガザ地区を支配するハマス。両派の対立の根は深い。(中略)

一方でパレスチナ側は過去10年間、内紛に明け暮れた。ハマスとファタハはそれぞれの支配地域で警察国家のように振るまい、自分たちに批判的なジヤーナリストや活動家、時にはフェイスブックに政府批判を投稿しただけの一般人をも投獄している。
 
暫定統治の期間が過ぎて10年たっても、ハマスもファタハも選挙を行いたがらない。「2国家共存」に近づくどころか、現実には3つの国ができてしまった。豊かで強大な軍事力を誇るイスラエルと、貧しく荒廃した2つのミニ国家だ。(中略)

現在82歳のアッバスは05年にパレスチナ自治政府の議長となった。任期は4年のはずだったが、今もその地位にあり、引退する気配はない。アッバスは自分に批判的な人間をすぐに追放するため、後継候補と目される人たちも表立っては異論を唱えない。
 
「われわれにはアッバスが必要だ」と言ったのは、ファタハの序列3位であるジブリルーラジブ。「彼は和平協定に署名できる唯一の人物だ」。

しかし一般市民の思いは違う。3分の2は彼の辞任を求めているし、パレスチナ自治政府の解体を求める声も(わずかながら)過半数を超える。

自治政府など、イスラエル政府の下請け業者にすぎないとみんな思っているからだ。

盛り上がらない地方選挙
去る5月13日にはヨルダン川西岸で地方選挙が行われた。5年ぶりの選挙に当局は盛り上がりを期待したが、住民は興味を示さなかった。対立するハマスなどが選挙をボイコットしたため、ファタハ系候補の大半は楽勝だった。

それでもヘブロンなどの主要都市で過半数の議席を確保できなかった。06年の選挙では70%を超えた投票率も、今回は53%にとどまった。
 
住民には、選挙よりも差し迫った関心事がある。ある世論調査では、回答者の過半数が最大の関心事として貧困と失業、政権の腐敗、ハマスとファタハの対立などを挙げていた。(後略)【9月19日号 Newsweek日本語版】
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何ら実績を示すことができず、“イスラエル政府の下請け業者にすぎない”と見なされ、信頼を失っている自治政府ですが、住民の関心事にもあげられている“ハマスとファタハの対立”が緩和されれば、なんとか立ち直りのきっかけにもなるのかも・・・。楽観主義に過ぎることは百も承知ですが、現実的な選択としてはそこに期待するしかありませんので。

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年配のパレスチナ人は今も「67年以前の境界線」に基づく国家の樹立を望んでいる。しかし若い世代はとっくに見限っている。シカキの調査でも、2国家共存案の支持者は昨年段階で50%を割った。
 
「(ヨルダン川西岸では) ファタハが30年も外交による解決を探っているね。こちら(ガザ地区)では今も抵抗運動ってのが続いている。で、それで得たものがあるか? 何もない」。そう言ったのはガザの東部に暮らす若者だ。彼が住む町は、14年の戦闘で見るも無惨に破壊された。【同上】
*******************

しかし、2国家共存案を捨てて、他にどのような選択肢があるのでしょうか?

パレスチナを取り巻く状況は、ますますイスラエルにとって有利になっています。
パレスチナ問題は、かつては“アラブの大義”とされていましたが、「中東の春」の混乱、ISの台頭、IS掃討をめぐる国際社会の動き、イラン・サウジの対立などの現実の中で忘れ去られつつあるのが現実です。

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かつて欧米の政治家はイスラエル・パレスチナ問題の解決が中東全体に平和と安定をもたらすと考えたが、今では誰もそんな期待は抱いていない。

むしろ今は、アラブ諸国もイスラエルとの関係強化に動いている。テロとの戦いでもイランとの緊張関係でも、イスラエルは強力なパートナーになり得ると考えるからだ。【同上】
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2国家共存ではなく、イスラエル1国にパレスチナも入ってしまうという考えもあるでしょう。
もし、“2級市民扱い”でもなんでもいいから・・・とパレスチナ側が望むならですが。経済的には今より楽になるでしょう。

イスラエル国民となって、イスラエル国内でパレスチナ系住民の権利拡大をはかる・・・・ということになりますが、イスラエル側が本音として、そのような「ユダヤ国家」を危うくするような事態は望まないでしょう。

戦争でイスラエルを駆逐してパレスチナ1国支配を・・・というのは、もはや“妄想”に過ぎません。

となると、先ずはガザ地区の自治政府への統合を実現し、しかるうえで“2国家共存”の方向で交渉にあたる・・・しかないのではないでしょうか。
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ロヒンギャ問題  注目される“沈黙”スー・チー氏の19日演説 バングラデシュ・アメリカ・日本は?

2017-09-17 22:53:27 | ミャンマー

(ミャンマーからナフ川を船で渡り、バングラデシュのテクナフに到着したロヒンギャ難民ら(2017年9月14日撮影)。【9月15日 AFP】通常料金の200倍もの渡し賃を要求するバングラデシュ船頭もいるとか。悲しい現実です。)

批判の集中砲火を浴びる沈黙のスー・チー氏 19日演説で何を語るのか?】
ミャンマー西部ラカイン州に暮らすイスラム系少数民族ロヒンギャが、武装勢力の治安当局襲撃を理由に“民族浄化”とも言える弾圧をうけ、多くのロヒンギャ住民が隣国バングラデシュに難民として逃れている状況については、9月6日ブログ“ロヒンギャ問題  難民増加、高まるスー・チー氏への批判 沈黙のスー・チー氏「フェイクニュース」”でも取り上げました。

事態は改善せず、悪化するばかりです。

****ロヒンギャ難民40万人超に=8月の衝突後、バングラへ****
国際移住機関(IOM)などによると、ミャンマーで治安部隊とイスラム系少数民族ロヒンギャの武装組織の衝突が始まった8月25日以降、隣国バングラデシュに脱出したロヒンギャ難民が16日までに約40万9000人に達した。国連などがミャンマー政府に事態改善を要求しているが、難民流出は収まらない。

バングラデシュには8月24日以前にも約40万人のロヒンギャ難民が避難している。バングラデシュ政府や国連が支援に当たっているが、新たに大量の難民が一気に流入したため、追いついていない。

ミャンマーを脱出後もキャンプに入りきれず、道端で生活する難民も少なくない。【9月17日 時事】 
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武装勢力の掃討作戦と言いながら、民家に放火するなど、実態としてはロヒンギャをミャンマーから追放しようとしていると推測される国軍等の“民族浄化”的な行動、それに対し有効な手立てを打てず沈黙を守る“民主化運動の象徴”だったスー・チー国家顧問への批判が国際的に高まっていることは、多くのメディアが報じています。

前回ブログ以降の関連記事表題を並べると、以下のとおり“袋叩き”状態です。

バングラデシュ外相、ミャンマーで「大量虐殺」との見方【9月11日 AFP】
ロヒンギャの村で火災相次ぎ治安悪化 ミャンマー【9月11日 NHK】
ダライ・ラマ、スー・チー氏に「平和的解決」求める ロヒンギャ危機で【9月11日 AFP】
国連弁務官「民族浄化の典型例」=ミャンマーのロヒンギャ迫害―難民31万人超に【9月11日 時事】
ロヒンギャ迫害で「違法な殺人」 国連の人権部門トップ【9月12日 朝日】
ロヒンギャ迫害を非難=「人権侵害に危機感」―米【9月12日 時事】
スー・チー氏、国連総会欠席=ロヒンギャ問題で批判―ミャンマー【9月12日 時事】
ロヒンギャ問題 国連人権理事会で非難の応酬【9月13日 NHK】
国連事務総長と安保理、ミャンマーにロヒンギャへの暴力停止要求【9月14日 ロイター】
ロヒンギャを「民族浄化」 国連、ミャンマーへ批判噴出【9月15日 朝日】
スーチー氏批判、各国で 「平和賞没収」署名40万人 ロヒンギャ問題【9月15日 朝日】
「ミャンマー治安部隊が放火」 人権団体が焼けた村の衛星写真公開【9月15日 AFP】

ミャンマー政府は、取り締まりの対象は武装勢力で、民間人には危害を加えておらず、民族浄化は行われていないと主張しています。ロヒンギャの村々に対する焼き討ちも「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」の仕業で、軍によるものではないとも。

しかしながら、伝えられる情報はミャンマー国軍等の非人道的対応を示唆するものが多いようです。
現実に何十万人ものロヒンギャ住民が逃げ惑っている事態をどのように収束させるのか・・・という差し迫った対応もあります。

軍政下で民主化を訴え続けたノーベル平和賞受賞者でもあるスー・チー氏への国際的期待が大きかっただけに、今回問題で沈黙する彼女への失望と批判も高まっています。国連総会欠席についても“逃げている”との批判も。

****ミヤンマー民主化の象徴スー・チー氏 ロヒンギャ迫害で窮地、「人権問題」がブーメランに****
民主的な新生国家ミャンマーの象徴として、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相は、積極的な外遊を展開してきた。国際社会からの支持は、軍事政権時代から権限を保持する国軍に対抗するためにも不可欠だった。

だがロヒンギャの保護に失敗し、かつて擁護者だった欧米諸国からも批判を浴びる事態に。「人権問題」がブーメランとなって、ノーベル平和賞受賞者に襲いかかっている。

今月の国連総会の欠席理由について、スー・チー氏の報道官は、ロヒンギャ問題を含めた国内問題に専念するためとした。だが、ロヒンギャ迫害で批判の矢面に立ちたくないため、との見方は根強い。
 
スー・チー氏は軍政時代に作られた憲法規定で大統領に就任できず「大統領を上回る存在になる」と宣言。昨年の国連総会では、初の一般討論演説で民族和解を訴えた。米国は「民主化の進展」を理由に、約19年間続けた対ミャンマー経済制裁を全面解除して後押しした。
 
だが、スー・チー氏は、不法移民だとして「民族」とも認めないロヒンギャには、国内世論と歩調を合わせ冷たい対応を続けてきた。武装組織を「テロリスト」とし、掃討作戦を継続する姿勢も堅持している。
 
スー・チー氏は、先月初旬の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議も欠席した。(中略)
 
スー・チー氏は7日、「だれもが法の下で守られるようにしたい」と、ロヒンギャ問題でメディアに初めて口を開いたが、解決の難しさも訴え国際社会に不満も並べる。19日に演説し、同問題での立場を説明する予定だ。【9月14日 産経】
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もちろん、スー・チー氏が極めて困難な立場にあることは周知のところです。
“大統領を上回る存在”と言いつつも、軍・警察に対する権限が彼女にはありません。

それだけなら民主化運動のときのように、強い住民支持を背景に国軍の“力”に挑む・・・ということも可能ですが、ロヒンギャ問題に関しては、仏教僧侶強硬派の扇動などもあって、国民世論がロヒンギャを嫌悪しており、ロヒンギャ保護の姿勢を見せれば国民支持を失うことにもなりかねません。

こうした苦境にあって、更に国際的な支援も失えば・・・

****国際世論の後ろ盾失えば―― 「軍を利する」見方も****
スーチー氏は7日、ヤンゴン市内で記者からの質問に、「(政権交代後)18カ月で全て解決するのは難しい」と漏らした。
 
スーチー氏は事実上の政権トップの国家顧問だが、警察や軍を動かす権限はない。ロヒンギャを迫害していると批判されている警察や軍を統括する内務相、国防相は国軍最高司令官が指名すると憲法で定められているからだ。
 
今月、バンコク市内で会見した「ビルマ人権ネットワーク」のチョーウィン代表は「国際社会は、スーチー氏よりもミンアウンフライン最高司令官に圧力をかけるべきだ」と主張した。
 
さらに、スーチー氏が最優先課題に掲げる少数民族武装勢力との和平問題では、軍の協力が欠かせず、軍との対決路線がとりにくいという事情もある。
 
ただ、海外からのスーチー氏への批判の高まりは、軍を利すると見られている。民主化運動の象徴であるスーチー氏を米欧などは長年支え、軍政時代に科した経済制裁の緩和や解除を決める際、スーチー氏の意向を聞いてきた。
 
だが、スーチー氏が力の源泉の一つとしてきた米欧の信頼が損なわれれば、今後の民主化の行方にも影響を与えかねない。バンコクを拠点にする「ロヒンギャ平和ネットワーク」のハジー・イズマイル氏は、「軍は、スーチー氏への外国からの支持低下が、実権を取り戻す良い機会だと考えているはずだ」と主張する。(後略)9月15日 朝日】
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スー・チー氏の困難な状況はわかりますが、国家指導者として“私にできることは何もない”と言わんばかりの対応では、やはりその責任は免れません。

沈黙していては、“動きたいけど動けない”のか、あるいは彼女自身ロヒンギャ問題については“動く意思がない”のか・・・・それすら明確ではありません。

上記【産経】【朝日】ともに指摘しているように、19日に行われるとされている「国民和解と平和」についての演説で彼女が何を語るのか・・・・非常に注目されます。

海外イスラム系組織からの強硬な批判も
スー・チー氏が手をこまねく間にも、海外のイスラム系組織からはミャンマー政府に対する戦闘的な批判も生じています。

****アルカイダがミャンマーに聖戦を宣言----ロヒンギャ迫害の報復****
ミャンマー軍がイスラム系少数民族ロヒンギャの武装勢力に対し大規模な報復攻撃を行い、混乱が広がるなか、9.11米同時多発テロで悪名を馳せた国際テロ組織アルカイダが、不穏な動きをみせている。

イスラム教徒のロヒンギャを迫害したミャンマー政府は当然の報いを受けることになると、警告を発した。ロヒンギャ危機を口実に攻撃を仕掛け、勢力範囲を拡大しようというのだ。

「ムスリムの同胞に対する残虐な処遇を......懲罰なしに看過するわけにはいかない。ミャンマー政府はムスリム同胞が味わった苦痛を味わうことになるだろう」――テロ組織のネット上での活動を監視する米SITE研究所によると、アルカイダは支持者にこう呼び掛けた。

テロ組織ISIS(自称イスラム国)がイラクとシリアで劣勢に追い込まれている今は、アルカイダにとっては勢力挽回のチャンス。新兵獲得も兼ねてロヒンギャ武装勢力への「軍事支援」を呼び掛けたとみられる。(後略)【9月14日 Newsweek】
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****バングラのイスラム団体、ロヒンギャ問題でミャンマーへの軍事行動呼び掛け****
バングラデシュの首都ダッカで15日、隣国ミャンマーがイスラム系少数民族ロヒンギャを「大量虐殺」しているとして、イスラム団体のメンバーや支持者らが金曜礼拝の後に大規模な抗議集会を行い、バングラデシュ政府にミャンマーへの軍事行動を呼び掛けた。
 
警察によると、集会はダッカ中心部にある国内最大のモスク前で行われ、強硬派「ヒファジャット・イスラム」など5つのイスラム団体のメンバーや支持者ら少なくとも1万5000人が集まった。

また警察はAFPに対し、集会の参加者たちは、ミャンマー西部ラカイン州での同国治安部隊によるロヒンギャ迫害に抗議するとともに、ロヒンギャの保護に向けた国際社会の対応などを非難していたと語った。
 
集会で演説した、ヒファジャットのダッカ支部のトップであるイスラム神学校の教員は参加者らに対し、「ミャンマー政府は大量虐殺を実行しており、ラカイン州では家屋が焼き打ちされている。われわれはバングラデュ国民に、ロヒンギャの人々のために立ち上がるよう求める」と語った。

またベンガル語の代表的なニュースポータルサイト「バングラ・トリビューン」によると、この教員は、「バングラデシュ政府には、軍事行動による問題解決を求める。今こそしかるべき時期だ」と訴えかけたという。
 
ヒファジャットの広報担当者はAFPに対し、「外交的な解決策が見つからない場合、ロヒンギャがラカインで暮らせる形になるよう、(バングラデシュ)政府に軍事力を行使するよう求めている」と説明した。
 
イスラム教徒が国民の大多数を占めるバングラデシュでは、同様の抗議行動が国内各地で行われている。【9月17日 AFP】
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どこにも永住の地を見いだせないロヒンギャ
ミャンマー政府への批判はともかく、「バングラデシュ政府には、軍事行動による問題解決を求める」とのことですが、そのバングラデシュ政府の対応がロヒンギャ難民に寄り添うものではないという問題があり、批判の矛先は自国バングラデシュ政府にも向けるべきでしょう。

****ロヒンギャ難民をヘドロ状の無人島へ移送、バングラで計画進む****
ミャンマーで暴力を受けたイスラム系少数民族ロヒンギャが多数流入しているバングラデシュで、同国政府がロヒンギャ難民を離島へと移住させる計画を進めている。だがこの島では洪水が毎年発生しており、一旦は移住計画が棚上げされていた。
 
(中略)バングラデシュは、流入してくる多数のロヒンギャ難民の収容という深刻化する問題を抱え、ロヒンギャをこの島に移送する計画を支援するよう国際社会に訴えている。
 
国連がミャンマーとの国境付近に位置するコックスバザール県内で運営するキャンプでは、すでに30万人近くのロヒンギャ難民が暮らしていたが、先月25日以降、さらに30万人超の難民がバングラデシュに逃れてきた。
 
多数の難民流入という事態に直面したバングラデシュ当局は、さらなる難民キャンプの設営が可能な島の選定を急ぎ、設営先の一つとして、ロヒンギャの指導者の一部や国連機関が難色を示すにもかかわらず、最近テンガルチャールから改称されたブハシャンチャ―ル島を選んだ。
 
だが当局は2015年にも、2006年に海面から現れたばかりのテンガルチャール島にロヒンギャ難民を移住させるという計画を発表。

しかし洪水が頻発し、ヘドロ状の土地であることから居住は不可能という報告を受け、計画は昨年棚上げされた形となっていた。
 
それにもかかわらず、ミャンマーのラカイン州から多数の難民が押し寄せていることを受け、バングラデシュ政府は数十万人規模のロヒンギャを収容できる施設の建設を目指し、島での作業を加速化させている。【9月12日 AFP】
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写真で見る限り、人が住むような状態にあるとも思えませんが、敢えてバングラデシュ政府に立場に立って言えば、洪水常襲国バングラデシュでは、自国民も住む場所に困っており、空いている場所と言えば上記のような“ヘドロの島”しかない・・・ということでしょうか。

バングラデシュ政府は、ロヒンギャの流入・移動を制限して、上記のような“居住地・キャンプ”に押し込める考えのようです。爆発的な難民流入で自国民生活が脅かされているとの認識が背景にあります。

****バングラデシュ、ロヒンギャの移動を制限 流入40万人超える****
バングラデシュは16日、隣国ミャンマーから逃れてきたイスラム系少数民族ロヒンギャの国境地帯からの移動を禁止した。バングラデシュ南東部の国境地帯に逃れてきたロヒンギャは40万人を超え、過密状態となっている。
 
南東部コックスバザール県の状況は悪化の一途をたどっており、ミャンマーのラカイン州から逃れてきたロヒンギャの大半は絶望的な状況で生活している。
 
ミャンマー国境から数百キロ離れた3つの町でロヒンギャ数十人が当局に発見されたことを受け、ロヒンギャが数千人規模で新たに移動してくることによって貧困国バングラデシュの中央部が圧倒されてしまうのではないかという不安が募っている。
 
警察は政府が指定した国境地帯の難民キャンプおよび国境地帯からロヒンギャが移動することを禁じる命令を出したと発表した。
 
警察の報道官は声明で、「彼ら(ロヒンギャ)は祖国に帰国するまで指定された難民キャンプに留まらなければならない」と述べ、ロヒンギャには友人や知人の家で避難生活を送らないように、国民にはロヒンギャに家を貸さないように、バスやトラックの運転手にはロヒンギャを乗せないように要請したと明らかにした。
 
警察は主要な乗り継ぎ地点に検問所を設置し、ロヒンギャの国境地帯以外の場所への移動を阻止している。
 
国連(UN)は16日、過去1か月間にバングラデシュ入りしたロヒンギャの数は、この24時間で1万8000人増え、40万9000人に達したと発表した。【9月17日 AFP】
*********************

前出のバングラデシュ・イスラム系団体は、こうした自国政府の対応について、どのように考えるのかをまず明らかにすべきでしょう。

ロヒンギャを厄介者扱いしているのは、ミャンマーやバングラデシュだけではありません。

****ミャンマーで迫害のロヒンギャ、インドなどでも厳しい状況に直面****
ミャンマーで憎悪にさらされ安全な場所を探し続けるイスラム系少数民族ロヒンギャの人たちを、インドでも歓迎されないという現実が待ち受ける。
 
軍の弾圧を逃れて、ミャンマーから隣国バングラデシュの難民キャンプに到着したロヒンギャがこの3週間で40万人を超えるなか、インド政府は最高裁に、過去10年間にインドに入ってきたロヒンギャ最大4万人を国外追放するよう求める申し立てを18日にも行うと発表した。
 
現地メディアによると、ロヒンギャはテロリストを支援する可能性があり安全保障上の脅威だと、インド政府は主張している。
 
インドや隣国ネパールのロヒンギャたちの窮状は、ロヒンギャが永住できる地を探すにあたって国際社会が直面する困難を浮き彫りにするものだ。(後略)【9月17日 AFP】
*********************

沈黙するアメリカ・日本
ロヒンギャ支援の事例としては、イスラム教徒を多く抱えるインドネシア政府は、ロヒンギャ向けの支援物資の輸送を始め、ジョコ大統領は今後も支援を続ける姿勢を強調しています。【9月13日 NHKより】

従来、ミャンマーの人権問題では主導的役割を担ってきたアメリカは、国務省が人道危機に深い懸念を表明したものの、殆ど実質的対応はしていません。多弁なトランプ大統領もこの件では沈黙。関心がないのか?

ミャンマー政府を過度に刺激せず、ミャンマーの脆い民主化を進展させたい・・・との思惑があっての米国務省の対応とも考えられますが、人権団体などからは、「今の国務省は、トランプ政権が本来の役割を怠っている間に、人権擁護のふりだけを装おうとしているように見える」(国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ)との批判も。【9月12日 Newsweek「ミャンマー軍のロヒンギャ弾圧に何もしない米トランプ政権」より】

かつては最大のODA拠出国であり、現在も多額の拠出を行っている日本政府が、ロヒンギャ問題で何か発言しているのか・・・知りません。聞こえないような小声で何か言っているのでしょうか?

国連の調査団の設置に関しては、中国やインドは決議に加わらず、日本政府も、ミャンマー政府が自ら行う調査にまかせるべきだという理由から調査団の設置を支持しない立場をとりました。

日本では中国の対外支援について、当事国の人権・民主化の問題を無視した自国本位のものだといった批判がありますが、日本の対応も基本的には中国と“五十歩百歩”“目くそ鼻くそ”のようです。
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北朝鮮  「時間切れが近づきつつある」なかでの、北朝鮮、米中の選択は?

2017-09-16 23:31:39 | 東アジア

(制裁決議後、握手を交わす米国のヘイリー国連大使(左端)と、中国の劉結一国連大使(右端)【9月13日 朝日】)

【“世界から孤立”はしていなかった北朝鮮
北朝鮮による相次ぐミサイル・核実験強行を受けて、ようやく問題が日本、韓国、アメリカ、中国、ロシアという従来の関係国の範囲を超えて世界的な関心事となってきたようです。

****北朝鮮大使を国外追放へ=核ミサイル「日韓に脅威」─メキシコ****
メキシコ政府は7日、北朝鮮大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)として72時間以内に国外追放すると発表した。北朝鮮の核・ミサイル開発活動を理由にしている。核・ミサイル開発など北朝鮮の挑発をめぐり北朝鮮大使が追放されるのは極めて異例。【9月8日 時事】
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****ペルーも北朝鮮大使追放=核・ミサイル開発理由****
ペルー政府は11日、北朝鮮の核・ミサイル開発を理由に、同国のキム・ハクチョル駐ペルー大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)に指定し、5日以内に国外退去するよう求めた。最近の北朝鮮の挑発的な行動をめぐり大使が追放されるのは、メキシコに続き2例目。

中南米主要2カ国が追放に動いたことで、ブラジル、チリなども足並みをそろえる公算が大きくなった。欧州などでも大使追放の動きが広がれば、北朝鮮の孤立は一層深まりそうだ。(後略)【9月12日 時事】
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独仏からも北朝鮮問題への関与が言及されています。

****北朝鮮が、フランス大統領の表明に反応****
北朝鮮外務省のある関係者が、北朝鮮の核活動に関するフランスのマクロン大統領の発言に反応し、「核兵器が悪いものであるなら、フランスが核兵器を廃棄すべきだ」と語りました。

IRIB通信によりますと、マクロン大統領は北朝鮮による6回目の核実験の後、早急に北朝鮮に対する措置を講じ、同国の行動に対するまとまった明白な回答を示すよう、国連とEUに要請しています。
マクロン大統領のこうしたに発言に反応し、北朝鮮外務省欧州局のリ・トクソン副局長は同国の核計画を擁護しました。

リ副局長は、「フランスも、核爆弾の製造に対するアメリカの強い反対を押し切り、核兵器の開発に努め、これを獲得した後に、フランスが核兵器なしには自国の主権を守れないと明言した」と述べました。
また、「核兵器の保有が本当に悪いことであれば、何の脅威にも直面していないフランスはなぜ核兵器を廃棄しないのか」としています。

さらに、「北朝鮮の核兵器はアメリカの核の脅威や行過ぎた行動に対する抑止力であり、ヨーロッパを脅かしうるといわれるのは、実にこっけいである」と述べました。

9日土曜、中国の習近平国家主席は、フランスのマクロン大統領との電話会談で、「フランスが北朝鮮の6カ国協議の再開で建設的な役割を果たすよう期待する」と語っています。【9月10日 Pars Today】
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****独首相「交渉参加求められたらイエスと言う」北朝鮮問題****
ドイツのメルケル首相は10日付の独紙とのインタビューで、核実験を行った北朝鮮の問題に関連し「ドイツは積極的な役割を果たす用意がある」と述べた。

同国は北朝鮮と外交関係があり、2008年には金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の父親の故金正日(キムジョンイル)氏を治療するため、医師を派遣するなどした経緯がある。(後略)【9月11日 朝日】
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中南米諸国の北朝鮮大使追放の動きについては、「北朝鮮は、少なくともこれまでは“世界から孤立”している訳でもなかった・・・」というのが、個人的な率直な印象です。

日本は、拉致問題を含めて北朝鮮とは長年争っており、“まともなつきあいなどできない、とんでもない国だ”というのが当然の常識になっていますが、世界的に見ると、ASEAN各国を含めて多くの国が北朝鮮との関係を有しています。

北朝鮮と国交がないのは、日本を含めて35ヶ国・地域ですが、国交を有しているのは164ヵ国・地域、世界の約80%だそうです。

また、中ロだけでなく多くの国で北朝鮮労働者が外貨獲得のために働かされています。

国連等の制裁下にあっても、北朝鮮が核・ミサイル開発をここまで継続できたのも、単に中国の制裁が緩かった云々だけでなく、世界の多くの国々との関係があって可能となったのでしょう。

そうした中にあっての中南米の動きは、アメリカの働きかけがあるのでしょうか。

フランスと北朝鮮の応酬はネットでも話題になったようで、北朝鮮の言い分にも“一分の理”があるというか、米ロ中英仏印パなどの核はよくて、どうして北朝鮮・イランの核は悪いのか?という基本的な問題に通じます。

その話をしだすと、現実問題への対応がとれなくもなりますので(特に、現実の北朝鮮による核の脅威にさらされている日本などにとっては)、今するつもりもありませんが、本来は核をめぐる問題が抱える基本的な矛盾でもあります。

いずれにしても、北朝鮮に対する締め付けは、11日に採択した北朝鮮に対する国連の追加制裁決議や国際的関心の高まりもあって、今後は従来以上に厳しくなります。
もちろん完全には封じ込められず、多くの「抜け道」はあるにしても。

北朝鮮としても、“どうするのか”という決断を迫られます。

【「時間切れ」が迫るなかで、国内情勢絡みの米中の対応
一方のアメリカ・中国の対応も、次第に限界点に近づいています。

****トランプ米大統領 「またも世界を侮辱」と怒り 米政権、対北制裁の厳格履行へ国際社会と連携 国連総会で訴え****
ランプ米大統領は15日、ワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地で演説し、日本上空を通過する弾道ミサイル発射を強行した北朝鮮について「またしても近隣諸国と世界全体を完全に侮辱した」と非難した。
 
トランプ氏はその上で、「北朝鮮の脅威に対処するための(軍事的)選択肢は効果的かつ圧倒的だ」と述べ、米国と同盟諸国の防衛に向けた決意を強調した。
 
また、マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は同日、トランプ氏の演説に先立ちホワイトハウスで記者会見し、北朝鮮への対応で「時間切れが近づきつつある」と述べ、国連安全保障理事会が11日に採択した北朝鮮に対する追加制裁決議の「厳格な履行」を急ぐべきだと強調した。
 
マクマスター氏は、北朝鮮に対する「現段階では選ばないが、軍事的選択肢はある」とした上で、国際社会に対して「戦争行為に至らない全ての措置を講じるべきだ」と指摘。

トランプ大統領が19日からの国連総会の一般討論の場などを通じて各国に対北朝鮮での連携を呼びかけていくことを明らかにした。
 
記者会見に同席したヘイリー国連大使も「先の制裁決議で北朝鮮に対する貿易の9割と石油の3割が遮断される」と米国主導の決議の成果を強調した上で、「挑発的で無謀な行為を繰り返す」北朝鮮に対して「あらゆる外交的選択肢で圧力をかける」と言明した。
 
一方、米国防総省のマニング報道部長は15日、北朝鮮への対応は「今なお外交的取り組みが主導だ」と記者団に指摘しつつ、「北朝鮮からのあらゆる攻撃や挑発行為から米国や同盟国を防衛する態勢を維持している」と強調した。【9月16日 産経】
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アメリカ・トランプ政権は、国内的行き詰まりを、このところは民主党と債務上限規定を3カ月間凍結することで合意したり、国境警備の強化とともに、幼少時に米国に不法入国した若者に対し滞在資格を与えることで合意したりろ、民主党と手を組むような動きをみせる形で切り抜けようとの変化が見られます。

もともと共和党本流とは異なる立場だったトランプ大統領ですし、共和党内部が割れている状況で、共和党との関係だけでは議会対策を乗り切れないということで、トランプ氏得意の“取引”でしょう。

この試みが裏目に出て、共和党との関係悪化だけでなく、コアな支持者の離反を招く(民主党支持層はどう転んでもトランプ大統領を嫌悪し続けます)・・・・という状況になれば、局面打開に残された手は外交、もっとはっきり言えば“戦争を始めることで国論を統一する”ことぐらいしかなくなります。

中国の方でも、変化が見られるとの報道があります。

****中国は北朝鮮に侵攻して核兵器を差し押さえるか****
<少し前まで中国は北朝鮮からの難民を恐れて手をこまねいているように見えたが、北朝鮮の核問題が新たな段階に入った今、新たな対応の可能性が浮かび上がってきた>

北朝鮮と長らく同盟関係を維持してきた中国は、これまで核問題にあたっても北朝鮮への圧力を強化することには及び腰だった。しかし北朝鮮が今月3日に核実験を強行し、朝鮮半島有事の危機がいっそう深まる今、中国の姿勢に変化が生じている。

中国の対北朝鮮政策は別次元にシフトしている――ジョージタウン大学外交政策大学院のオリアナ・マストロ准教授(中国軍事・外交政策)が、アメリカ平和研究所(USIP)のサイト上で最新分析を公表した。

・・・・・・・・・・・・・・・・
1)中国はもはや、金正恩体制を維持することにはこだわっていない。過去3年程の中国の習近平国家主席の発言に注目すると、長期的には朝鮮半島の統一を公然と支持していることに驚かされる。最終的には北朝鮮が(もちろん平和裏にだが)なくなることも想定している。

世論調査などを見ても、中国国民は概して中国が北朝鮮と距離を置くことに賛成している。

2)これまで朝鮮半島有事の際の中国の最大の関心事は、北朝鮮から国境を越えて逃れてくる難民にどう対処するかだったが、現在はそれに北朝鮮の核兵器をどうするかという問題が加わった。

中国人民解放軍(PLA)の軍事力は過去10年の間に大幅に改善され、それに伴って朝鮮半島有事の際の行動計画も大幅に拡大したものと考えられる。北朝鮮の核兵器や核燃料施設を差し押さえることもPLAの計画には含まれているだろう。

中国が北朝鮮の核兵器を接収する目的は、北朝鮮に核兵器を使用させないためだけでなく、米日韓に核兵器を攻撃させないためでもある。仮にそうなった場合には、国境を越えて放射能汚染が中国にも及ぶからだ。

3)PLAが金正恩体制を防衛するために戦うことは考えにくい。中国政府高官も朝鮮半島有事への介入を求められるとは考えていない。

むしろPLAが軍事介入すれば、朝鮮人民軍から反撃を受けるかもしれない。しかし、朝鮮人民軍は米韓連合軍と対峙して南部に集結している。少なくともその点では中国側に有利だ。

4)しかし、朝鮮半島有事後の北朝鮮の管理を強化するために、中国が北朝鮮に侵攻する可能性はある。

中国が自国にとって都合の良い形で朝鮮半島統一を望むのは当然のことだ。北朝鮮が不安定な状態に陥ったり、北朝鮮にアメリカの影響力が広がったりするのは中国にとって最悪の事態だ。

とは言え、最終手段である軍事侵攻以前に、中国は北朝鮮への圧力をかける努力は続けるだろう。

5)現状で、朝鮮半島有事への対応計画を公にすることは、中国にとってはまだあまりにデリケート過ぎる。

今後アメリカと中国は、核問題に関する民間訓練や技術交換、または国際的な核関連の保安訓練への参加など、間接的な協力関係を始めることはできる。また中国の国家規模の核兵器への対応訓練に、アメリカの専門家がオブザーバー参加するといった方法もある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまりこれ以上、金正恩の挑発がエスカレートすれば、これまでの予測とはかなり違った反応を中国が見せることも考えられるということだ。【9月15日 Newsweek】
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****北朝鮮の崩壊に備えよ」 中国で有事対応説いた論文が注目****
中国の習近平政権が北朝鮮の政権崩壊を容認しない立場を取る中、中国の著名な国際政治学者が「北朝鮮の崩壊に備え、中国は米国や韓国と緊急対応策の調整を始めるべきだ」と提言し、話題となっている。
 
提言したのは賈慶国・北京大学国際関係学院院長で、論文「北朝鮮の最悪の事態に備えるときだ」を発表した。賈氏は中国の国政助言機関、全国政治協商会議(政協)の常務委員も務めている。
 
賈氏はまず、米国と韓国は北朝鮮の緊急事態時の対応について中国との協議を望んできたが、中国が応じてこなかったと指摘。戦争勃発の兆候がみられる以上、米韓との協議を始めるべきだと主張した。
 
調整すべき内容として、(1)北朝鮮の核の管理(2)難民問題のほか、北朝鮮国内の秩序をどう回復するのかなどを挙げた。核の管理については、中国がその役割を担っても、核不拡散の観点から米国は反対しないだろうと予測。逆に、米軍が北朝鮮領に入ることを中国は受け入れないと指摘した。
 
難民問題では、大量の難民が中国領に流入するのを防ぐため、人民解放軍が北朝鮮領内で安全地帯を設置する案を示した。
 
北朝鮮国内の秩序回復に関しては、韓国や国連の部隊が進駐する可能性を指摘しながら、米国の進駐には中国が反対するとした。
 
賈氏の論文をめぐっては「中国国内でXデーに向けた準備が進んでいる表れではないか」(外交筋)との見方もある。
 
こうした中、北京市と天津市は16日、防空警報の試験を実施する。北京市ではこの10年で5回目。市内各所でサイレンが3分間鳴り響く。朝鮮半島の危機が高まっている時期だけに、有事に備えた訓練の一環と見る向きもある。【9月15日 産経】
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これ以上、北朝鮮の勝手は容認できないということで、事態が急変しアメリカの影響力が北に及ぶような事態になるぐらいなら、中国が主体的に動いて北の核の管理を含めて、中国の手で事態を収拾する・・・との発想です。

習近平国家主席にしても、トランプ大統領同様、最大の関心事は国内問題、もっとはっきり言えば国内での権力闘争でしょう。

江沢民派や共青団派との激しい権力闘争を繰り広げ、自身への権力集中に躍起になっている習近平氏にとって、北朝鮮問題で上記のような踏み込んだ行動にうって出るのは、トランプ大統領以上に危険な賭けです。

もつれたら、自身の権力基盤が揺らぎます。

中国・習近平主席が北朝鮮に介入して、統治回復・核管理を中国の手で行うという選択は、国内事情がそのような選択をせざるを得ないほどよほど切迫するか、あるいはアメリカの対応が切迫するか・・・・そいう事態でなったときでしょう。

北朝鮮にしても、アメリカ・中国にしても、ぎりぎりの選択を迫られるところへ向けて、「時間切れ」が迫っています。

個人的には、朝鮮半島有事という事態になれば、日本は少なからぬ被害を受けますが、将来に禍根を残し、核武装論など日本自体の変質が進むぐらいなら、この際、犠牲は伴っても白黒の決着をはっきりつけた方が・・・先送りすれば、問題は厄介になるだけだ・・・という思いも強くなってきています。

挑発を繰り返す北朝鮮への苛立ちでしょうか。自分の頭の上にミサイルは落ちてこないだろうという、根拠のない楽観論によるものでもありますが。

もちろん、多大な犠牲を出すことが容認されるのか・・・という、まっとうな疑問もありますし、現実問題としては、なかなか思い切った行動には各国とも出られないので、結局“6各国協議”の焼き直し版か、北朝鮮とアメリカの直接協議で、問題を先送りする形で曖昧決着が図られるのだろう・・・という思いも。

なんとも歯切れの悪い言い様ですが・・・。
決定を下す立場の国家指導者は大変です。
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イエメン  紛争、コレラ、飢饉の三重苦で増え続ける犠牲者

2017-09-15 22:18:31 | 中東情勢

イエメン・ハッジャ州で、国境なき医師団(MSF)の臨時医療施設で検査を受けるコレラ感染が疑われる子ども(2017年7月16日撮影)【8月29日 AFP】

内戦開始から市民の犠牲は1万人を超える
たいした資源もない中東最貧国の紛争ということもあってか、あまり国際的関心も高くないイエメン内戦。

イランが支援しているとされる「北部のイスラム教シーア派の一派ザイド派勢力であるフーシ派及びサレハ前大統領支持派」とアサウジアラビア等が支援して大規模な空爆介入を行っている「ハディ暫定大統領派」の激しい内戦状態となり、イラン・サウジアラビアの代理戦争とも言われる状況が続いていること、また、権力の空白に乗じる形で「アラビア半島のアルカイダ」などのアルカイダ勢力が拡大していることは、これまでも再三取り上げてきたところです。
(7月13日ブログ“イエメン 内戦を複雑化させる南部分離派の動向 サウジアラビアの思惑は? 「手に負えない」コレラ”)

国連の仲介で和平協議も実施されたましたが不調に終わっています。

サウジアラビアの大規模な軍事介入にもかかわらず、首都サヌアは依然としてフーシ派とサレハ前大統領派の連動が支配しており、戦局に大きな動きはないようです。(ほとんど報じられることもないので、詳しい状況はわかりませんが)

紛争が長引くにつれて状況が混迷するのはよくある話で、前回ブログではサウジアラビアが支援するハディ暫定大統領派の足元を南部分離主義者の反乱が揺るがしている・・・という件を取り上げましたが、ゴタゴタ・混迷はフーシ派・サレハ前大統領派の方も同じです。

このところ、フーシ派とサレハ前大統領派の対立・小競り合いなどがあったようですが、一応“手打ち”が行われたようです。

****hothy・サーレハのTV会談(イエメン****
イエメンでは8月以来、hothy連合内で、サーレハ元大統領とhothyグループの対立と緊張が続いてきましたが(この間アラビア語メディアでは、サーレハの自宅軟禁とか、攻撃とか、種々の報道がありましたが、どうも情宣的臭いもあり、目立ったもの以外は報告しませんでした)al qods al arabi net は2つの記事で、13日双方の指導者abdel malik al hothyとサーレハが、TV会談をしたと報じています。

イエメンでもTV会議などがおこなわれるのは驚きですが、サーレハに近い筋は、会談では、最近のサナアを巡る情勢とかのイエメン情勢が率直に話し合われ、これまでの連合の決定の実施、国家組織の再興等に合意し、両者の相違点を解決することとし、双方とも政党または政治勢力であって、国家組織ではないことを確認した由

(最後の点はhothyグループが、最高政治評議会等を通じて、体制=国家として、サーレハグループを抑えようとしていたとされることを念頭に置いてか?)

今後9月末にかけて、合意が順次実施される予定の由【9月14日 「中東の窓」】
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こうした紛争の泥沼が続くなかで、住民犠牲は着実に増加していきます。
2015年の内戦開始から市民の犠牲は1万人を超え、総人口の1割超の300万人が難民・避難民となっていると言われています。

****イエメン誤爆で12人死亡、サウジ主導軍認める****
イエメン南部の首都サヌアで25日、少なくとも子ども6人を含む市民12人が死亡する空爆があり、サウジアラビアの国営通信によると、サウジ主導の有志連合軍は翌26日、誤爆だったと認めた。
 
空爆は25日早朝で、反体制派のシーア派武装勢力フーシが支配するサヌアの住宅地が標的になった。有志連合の報道官は「技術的なミスが原因。フーシの司令部を狙ったものだった」との声明を出し、市民を標的にしたものではないと強調しつつ、「市民を『人間の盾』にしている」とフーシを批判した。
 
国連によると、今月17〜24日の約1週間で、有志連合による民家やホテルなどの爆撃で、少なくとも42人の市民が死亡した。

2015年の内戦開始から市民の犠牲は1万人を超えるとされている。【8月27日 読売】
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秘密主義のサウジアラビアも、最近は“誤爆”を認めるようになったようで、それはいいのですが、サウジアラビアの空爆はピンポイントとは言い難い、かなり荒っぽいもので、多大な住民犠牲が出ているとの指摘がかねてよりあります。

上記は、「中東の窓」で紹介されていた“Al Quds Al Arabi”(ロンドンに本部を置く、アラブ系日刊紙)に掲載された風刺画です。

ウイリアム・テルよろしく弓を射たのが“サウジアラビア”、“イエメン”と書かれた子供の頭の上には“フーシ”と書かれたリンゴ フーシを狙ったサウジアラビアの射た矢は残念ながらイエメンの体に・・・というもの。

紛争、コレラ、飢饉のリスクという三重の脅威
イエメンを苦しめているのは紛争被害だけでないこと、大規模な飢餓、更にコレラの流行が追い打ちをかけるようにイエメン住民の上に襲い掛かっていることは、前回ブログでも取り上げました。

コレラに関しては、8月末に“患者を治療し、上下水道のシステムを改善する「地元の隠れた英雄たち」のかつてない活躍により、縮小している(新たにコレラの感染が疑われる人々の数が6月末以降、3分の1減少)”という発表が国連からなされ【8月29日 AFPより】、少し安心もしていたのですが、まだ楽観できない状況が続いているようです。

****イエメンのコレラ感染者、年内に85万人まで増加の恐れ 赤十字****
赤十字国際委員会(ICRC)は13日、内戦で悲惨な人道的状況下にあるイエメンでコレラの感染者数が年末までに85万人に達する恐れがあると警告した。
 
イエメンではサウジアラビアが支援する政府と、首都サヌアを掌握するイスラム教シーア派の反政府勢力との間で紛争が2年以上続いてインフラが崩壊。世界最悪レベルのコレラのまん延を招いている。【9月14日 AFP】
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イエメン人口は紛争前で2750万人ほどとされていますので、85万人という数字は全人口の3%にあたります。
ユニセフによると、感染が疑われるケースの半数以上が子どもたちのものだったとのことですから、子供だけで見れば、もっと大きな数字になるでしょう。

なお、感染者50万人ほどの現時点で、死者は2000人近いとされています。

国連「この苦難に終止符を打つため、あらゆる手を尽くすことは、私たち全員にとっての道徳的責務」】
飢饉にしても、コレラの蔓延にしても、紛争による混乱・インフラ破壊などがもたらしたものです。

国連広報センターは、スティーブン・オブライアン 前人道問題担当国連事務次長、マルゴット・ヴァルストローム スウェーデン外務大臣、ディディエ・ブルカルテール スイス連邦外務大臣の連名で、対応強化を訴える下記のメッセージを発表しています。

****イエメン危機への対応強化は道徳的責務****
原因は人為的なものです。

生後4カ月のサレハちゃんは重症の急性栄養失調に陥り、フダイダの病院で生死の境をさまよっています。
国内全土で紛争が激化する中で、22歳の母親ノラさんは、6人の子どもたちの健康を守るために十分な食料もきれいな水も手に入れることができません。

現在、イエメンでは紛争、コレラ、飢饉のリスクという三重の脅威が、2,100万人の生活を破壊しています。イエメンは、世界最大の飢餓の危機に直面しているだけでなく、最悪のコレラ流行にも見舞われ、感染の疑いがある人々は50万人を超えています。

イエメン危機は人為的なものです。この紛争では、民間人に苦痛を強いた上、生活に不可欠な組織を破壊するという戦術が用いられています。

コレラは現在までに、国内の全県に蔓延し、すでに2,000人の命を奪っていますが、少なくともその40%が子どもです。

医療システムが機能不全に陥っているためコレラ蔓延に十分対応できず、診療所や病院では人員、医薬品、設備がいずれも不足しています。

多くの紛争と同じく、イエメンでも暴力の矢面に立たされているのは民間人です。

国連人権高等弁務官事務所は2015年3月以来、1万3,829人の民間人死傷者を把握していますが、その内訳は死者が5,110人、負傷者が8,719人となっています。実際の数はおそらく、これよりはるかに多いはずです。

数百万人が爆撃によって家や学校、市場、町全体を破壊され、多くの家族が命からがら、まったく将来の見通しが立たない中で避難を強いられているのです。

イエメンでは、病院と診療所の半数が破壊または閉鎖されています。

様々な商品や人道援助物資の国内への搬入が不当な制約を受けていることで、イエメンの経済には甚大な被害が及んでいます。

物資の輸送に欠かせないインフラが損傷を受け、企業の7割は操業停止に追い込まれています。中央銀行から資金が供給されているにもかかわらず、100万人の公務員は10カ月以上も給与の支払いを受けていません。

200万人の子どもが学校に通えなくなり、失われた世代となるおそれが出てきました。性的暴力やジェンダーに基づく暴力も劇的に増大しています。

こうした計り知れない課題に直面しながら、122の人道援助団体(その3分の2は国内NGO)は、その活動をイエメン全県に拡大し、毎月430万人に食料援助を届けるなどしています。

しかし、それだけでは不十分です。私たちはイエメンに対する支援を強化し、必要な人々が支援を受けられるようにし、その苦痛に終止符を打つために、4つの優先的対策を求めます。

第1に、人命を守り、救い、尊厳を取り戻すためには、人道団体が支障なく、脆弱な立場にある人々に手を差し伸べられるようにする必要があります。

国連安全保障理事会は2017年6月15日の議長声明で、イエメン紛争の全当事者に対し改めて、安全かつ持続的な人道アクセスを提供し、国際人道法を守るよう呼びかけました。

7月12日にも安全保障理事会の全理事国が強調しているとおり、すべての当事者がいま、この言葉を実行に移す義務を負っています。

暴力が横行する中で援助を届け、人命を救い、人々を守ろうと努める勇敢なボランティアや援助・医療要員を、戦闘当事者による攻撃の対象としてはなりません。

戦争にもルールがあり、戦闘当事者のリーダーやその利益代弁者たちは、このルールを守らせるよう、もっと真剣に取り組まねばなりません。

第2に、国際ドナーは、その資金拠出の約束を果たさなければなりません。

2017年4月、スイスとスウェーデンの政府が国連人道問題調整事務所(UNOCHA)とともに開催したイエメン危機人道支援会合では、アントニオ・グテーレス国連事務総長が開会の辞を述べ、ドナーが11億米ドルという、寛大な資金拠出を誓約しました。

そのうち4分の3はすでに拠出されていますが、コレラの流行を受け、対応所要資金が23億米ドルに跳ね上がってしまったため、ほぼ60%の資金が未だ不足している計算になります。

この資金不足は人々の生死を左右します。さらなる資金供与が得られなければ、飢餓に苦しむ700万人への食料配給を目指す世界食糧計画(国連WFP)は、あと1カ月で食料を届けられなくなってしまいます。

援助機関は現在、貴重な資金をコレラ危機への対処に充てることを余儀なくされているため、飢饉予防への取り組みに支障を来たすおそれもあります。

そこには人の命がかかっているのです。待つ余裕はありません。

第3に、すべての紛争当事者は、救命のための食料や栄養治療、医薬品など、必要不可欠な物資のイエメンへの搬入に制約を設けないようにせねばなりません。

フダイダ港の治安を確保しその機能を維持することは特に重要です。イエメンの輸入品と人道援助物資の大半が、主としてこの港から搬入されているからです。

また、サヌア国際空港とイエメンの空域を直ちに開放するなどして、援助を求める民間人の自由な移動に対する制限も解除しなければなりません。空港閉鎖により、必要な援助がイエメン国内で得られないというだけの理由で、命を失う人々が出ているからです。

最後に、当然のことですが、紛争が止まない限り、イエメンの苦難が終わることはありません。国連事務総長も安全保障理事会の全理事国も、和平の必要性を繰り返し強調しています。

私たちはすべての利害関係者に対し、包摂的かつ平和的な解決に向けた歩みを進めるよう、強く訴えます。その際、女性が和平プロセス全体に参加できるようにしなければなりません。

イエメンの人々の苦痛はすでに限界に達しています。

私たちは、イエメン国民の4分の3を超える2,100万人の生命を救い、こうした人々を保護するための努力を惜しんではなりません。

この苦難に終止符を打つため、あらゆる手を尽くすことは、私たち全員にとっての道徳的責務だからです。【9月9日 ハフィントンポストJapan】
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しかし、“何とか第一”といった利己主義が声高に叫ばれ、“道徳的責務”などは嘲笑の対象にしかならないのが昨今の政治・社会の雰囲気です。
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スペイン・カタルーニャ州とイラク・クルド人自治政府 二つの分離独立を問う住民投票

2017-09-14 23:50:02 | 中東情勢

(【9月6日朝日】 “国家を持たない最大民族”クルド人はイラク、シリア、トルコ、イランなどにまたがって暮らしています。中東における国境線引きが積み残した問題ですが、これに触ると中東全体の枠組み変更にもつながり、極めて“取扱注意”の問題です。)

スペイン中央政府 住民投票協力自治体首長の拘束も辞さない姿勢
近日中に二つの分離独立を問う住民投票が行われる予定です。

ひとつは、10月1日投票予定のスペイン・カタルーニャ。

****カタルーニャの日に100万人集会、住民投票控え独立機運高まる****
スペイン北東部カタルーニャ州の州都バルセロナで11日、カタルーニャ州の独立を支持する約100万人が集会を行った。

1714年にバルセロナがスペインに陥落した9月11日はカタルーニャの記念日とされ、毎年、カタルーニャ独立派の活動家が集会を組織してきた。

ただ今年は、独立の是非を問う住民投票を来月1日に控え、独立機運の高まりをみる上で、どのような集会になるかが特に注目されていた。

バルセロナ市の警察によると、集会の参加者は約100万人で、近年では最多の部類に入る。

参加者の多くがカタルーニャの独立を示す旗を掲げ、カタルーニャの伝統である組体操を披露するグループもいた。

参加者らは、住民投票が予定通り行われることを望むと述べた。

これより先に、スペインのラホイ首相は住民投票は違法として実施法を無効とするよう憲法裁に提訴。憲法裁は7日、住民投票実施法を一時停止させた。

カタルーニャのプチデモン州首相は11日、記者団に対し、「住民投票を行わないという選択肢はない。投票日まであと20日となり、われわれはすでに多くのハードルを乗り越えてきた」と語った。【9月12日 ロイター】
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この問題は今に始まった話ではなく長年くすぶっている問題で、カタルーニャ州は2014年にも住民投票を実施しています。

2014年のときは憲法裁判所の違憲判断を振り切る形で非公式の住民投票を実施、独立賛成派が圧勝(賛成派が約80%)しましたが、独立反対派が投票をボイコットして投票率が非常に低く(37%)、賛成派は住民の十分な支持を得られなかったとの認識を示しました。

カタルーニャが独立を主張する背景、独立をめぐる住民投票や地方議会選挙の動向等については、これまでも再三取り上げてきていますので、今回は省略します。
2015年9月12日ブログ“ スペイン カタルーニャ州議会選挙に向けて再燃する独立問題
2015年10月1日ブログ“スペイン・カタルーニャ州議会選挙 「独立派の勝利」とも言い難い微妙な結果”など

最近の世論調査などでは、独立に向けた声はさほど大きくはなっていません。

“カタルーニャ州世論研究所が7月に実施した世論調査では、独立に賛成が41.1%、反対が49.4%となった。だが、投票に行くとの回答の約62%を独立派が占めており、前回投票と同じく反対派が大量に棄権する恐れが指摘されている。”【9月7日 毎日】

ただ、“8月に州都バルセロナなどで起きた連続テロを受け、州住民の一体感が増していることから、独立派を後押しするとの観測も出ている。また9月11日は、バルセロナが1714年に当時のスペインの支配下に置かれた日である。独立派の市民が大規模デモを予定しており、独立に向けたムードが高まるともみられている。”【同上】とも。

中央政府は前回同様、住民投票自体を認めないスタンスですが、実施に協力する自治体首長を拘束する構えを見せるなど、実施阻止に向けて強硬な姿勢です。

****スペイン、カタルーニャ独立派首長700人に出頭命令 拒否なら拘束****
スペイン北東部カタルーニャ自治州が予定している独立の是非を問う住民投票をめぐり、同国検察当局は13日、投票実施に協力している同州内の市町村長700人余りに対する刑事捜査を命じた。首長らには裁判所への出頭を求め、応じない場合は身柄を拘束する構え。
 
同州は10月1日の投票実施を計画しているが、スペイン政府はこれを違法と見なしている。スペイン検察は12日にも、カタルーニャ州警察に対し、投票箱、選挙ビラなど住民投票で使用される可能性のある物品を押収するよう命じており、今回の出頭命令は州当局者らに対する圧力をさらに強める動きだ。
 
AFPが入手した決定書のコピーによると、検察は住民投票実施に協力することに同意した市町村長らに対し、正式な刑事事件の被疑者として裁判所に出頭するよう命令。出頭しない場合は「身柄の拘束を命じる」としている。
 
市町村側は、捜査開始の決定に怒りを表明。州内のすべての首長に対し、バルセロナで16日に行われる抗議行動に参加し、「メディア、投票用紙、投票箱に続き、首長までつけ狙うスペインの司法制度を拒否」する意思を示すよう呼び掛けた。
 
独立賛成派は14日、住民投票に向けた運動を地中海沿岸都市タラゴナで正式に開始する予定だ。【9月14日 AFP】
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中央政府が強気に出れば、その分独立支持派の士気が高まる・・・という側面もあるのかも。

ただ、仮に投票が実施されて独立賛成派が多数を占めたとしても、即分離独立という訳でもなく、独立賛成派としてはその結果を梃子にして中央政府を交渉のテーブルにつかせたい・・・というところでしょう。

仮に、カタルーニャ州政府が独立を宣言して、独立のための法律を成立させたとしても、憲法裁判所はそれらを片端から無効にすると推測されます。

住民投票が実施されるのか、実施された場合、投票率がどの程度で、独立賛成派がどこまで支持を伸ばせるかは今後の展開次第です。

このカタルーニャの問題はスペインにとっては大問題ですし(最も経済的に重要な州が分離するというのですから)、スコットランド独立問題などを抱える欧州全体にとっても、厄介な“火種”ではあります。

ただし、どう転んでも、抗議デモと治安当局の衝突で若干の死傷者が出ることはあったとしても、いわゆる内戦状態とかいった血を血で洗うような混乱状態になることはないと思われますので、(部外者は)ある意味安心して見ていられる問題でもあります。

中東全体の混乱の起爆剤ともなりうるイラク・クルド問題
今月25日に予定されている、もうひとつの住民投票、イラクのクルド人自治区の独立を問う投票の方は、そうはいきません。

ただでさえ物騒なイラク情勢を揺るがすだけでなく、シリア、トルコ、イランにも多数暮らすクルド人にも影響することで、中東全体を、ひいては世界全体を巻き込んだ大騒動になる危険性を持った問題です。

最悪シナリオとしては、分離独立を強行するクルド人自治政府とイラク中央政府の間の武力紛争、あるいはクルド人内部の主導権をめぐる争い、更には、トルコなど周辺国の干渉なども想定されます。

もっとも、この話も今に始まった話でもなく、かねてよりクルド人側が主張してきた問題で、仮に投票を実施したとしても(実施すれば、たぶん独立賛成票が大部分を占めるでしょう)、即独立を強行するという訳でもないでしょう。アメリカの延期要請に対しクルド側は明確な回答を示していませんが、“「イラクから分離・独立するつもりは当面ない」”【8月31日 WSJ】とも付言しているようです。

それにしても、すでに十分すぎるほどに混乱状態にあるイラク・シリア情勢などは更に混迷を深めることは間違いありません。

再三取り上げているように、シリアでもアメリカの支援を受けてIS掃討の中心勢力となっている北部クルド人の今後の扱いが、“IS後”の最大問題になりつつあります。イラクのクルド人自治政府とシリアのクルド人勢力は必ずしも良好な関係ではなく、トルコなどとの関係も異なりますが、同じクルド人問題として刺激しあうことになります。

****クルド住民投票、独立に懸念 地域政府「25日投票」 周辺国「延期を****
イラク北部を自治するクルディスタン地域政府(KRG)が、イラクからの独立について賛否を問う住民投票のキャンペーン期間が5日始まった。25日の投票日に向け、各政党などが支持者に投票を呼びかける。

クルド系住民による賛成多数が確実視される一方、イラクの分断につながるなどとして、野党や周辺国からは投票の延期を求める発言が続いている。
 
KRGの選挙・住民投票委員会や地元報道によると、運動期間は22日まで。18歳以上の市民が投票できるほか、外国在住者の投票も受け付ける方針だ。KRGは人口約600万人で、イラク全体の2割弱を占めるとされる。

イラク北部の広範囲を支配した過激派組織「イスラム国」(IS)との戦闘では、その治安部隊が大きな役割を果たした。
 
2005年からKRG大統領を務めるバルザニ氏は今年6月、住民投票実施について地域の主要政党と合意したと発表。独立への反対が多数となれば、大統領を辞任するとしている。
 
しかし、野党の一部は、親族への禅譲を目指すバルザニ氏が政権の延命のために住民投票を利用していると指摘。議会選挙を実施し、内政を正常化するまでは、住民投票を延期すべきだと訴えている。
 
イラク国内の対立や分断を加速しかねないため、米国や周辺国からも、住民投票に否定的な反応が相次いでいる。米国のティラーソン国務長官はKRGに対し8月、投票の延期とイラク政府との対話を促した。トルコやイランなども、自国内に住むクルド人の独立機運を高める恐れがあるとみて警戒感を強めている。
 
特に問題視されているのはKRGが今回、イラク政府との間の係争地でも投票を実施しようとしていることだ。

油田地域の都市キルクークは、14年6月にISがイラク北部に勢力を広げた後、KRGが実効支配を強めた経緯がある。アラブ人やトルクメン人などの住民も多く、「クルディスタン」に統合されることへの抵抗が根強い。【9月6日 朝日】
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自治政府内部での野党の一部からの反対という話は、もともと自治政府にあっては、かつては武力衝突もあったぐらいに2大政治勢力がせめぎあう関係にありますので、そうした政治的枠組みを受けての反応でしょう。

当然ながら、イラク中央政府は投票実施に反対しています。

****<イラク議会>クルド人自治区の住民投票に反対****
イラク北部のクルド人自治区で25日に計画されている独立の是非を問う住民投票について、アラブ人が多数を占めるイラク中央政府の連邦議会は12日、投票実施に反対する決議を賛成多数で採択した。
 
国家分裂を懸念する議員らは「憲法上、クルド独立に関する住民投票の規定はなく、実施は違憲」と指摘。決議では、国の一体性を保持するため、中央政府に「あらゆる手段を講じる」ことを求めている。

クルド系メディア「ルダウ」によると、クルド人議員は採決をボイコットしたという。

採択を受け、イラク中央政府のアバディ首相は「クルド側と対話を続けたい」と述べ、投票阻止に向け説得する意向を示した。
 
一方、クルド自治政府トップのバルザニ議長は「予定通り実施する」と強行する考えを明らかにした。【9月13日 毎日】
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アメリカは憂慮 トルコは恫喝 イスラエルは投票実施賛成
アメリカは、事態を憂慮しています。

****クルド独立是非の住民投票、米国が憂慮する理由****
・・・・米国は、住民投票が実施されれば、IS一掃のために決定的に重要だったKRGとイラク中央政府の緊密な協力関係が断ち切られてしまうと懸念している。(中略)
KRGのバルザニ大統領から住民投票を延期するとの誓約が来ないなか、米当局者は、住民投票の結果が出ても、それをあくまで象徴的なものとし、拘束力をもたせないよう要請している。

米高官は、KRGからは何の明確な回答も得ていないが、「イラクから分離・独立するつもりは当面ない」とクルド側は述べていると付け加えた。(後略)【8月31日 WSJ】
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トルコは、トルコ国内反政府勢力PKKと同根と見なされるシリアのクルド人勢力とは敵対関係にありますが、イラクのクルド人自治政府(KRG)とは比較的良好な関係にあります。

それでも、トルコ国内に1100万人ほどのクルド人を抱えていますので、KRGの動向を注視しており、住民投票には反対を表明しています。

****クルド問題(トルコ外務省の警告****
・・・・トルコ外務省は、トルコの度重なる警告にもかかわらず、クルド自治区が独立のための住民投票を行うこととなれば、彼らは当然大きな対価を支払うことになると改めて警告したとのことです。

トルコ外務省は、イラク議会が住民投票を拒否したことを歓迎して、住民投票はイラク憲法に反するとした由。

トルコ外務省は、トルコはイラク自治区との関係をさらに改善する用意があるとしつつ、クルド自治区に対して住民投票を行うとの決定を見直すように求めた由。(後略)【9月14日 「中東の窓」】
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“大きな対価を支払うことになる”云々は、ほとんど軍事介入をちらつかせた恫喝であり、かなり強硬な反対姿勢です。

どういう意図だろうか・・・と不思議な感もあるのは、イスラエルの反応です。

****イスラエル首相、クルド独立を支持 周辺国は否定的反応****
イラク北部を自治するクルディスタン地域政府(KRG)が独立を問うために25日に予定している住民投票に関して、イスラエルのネタニヤフ首相は12日、「自国を持とうとするクルドの人々の正当な努力を支持する」とする声明を発表した。
 
住民投票をめぐっては、イラク国内の対立や分断を深めかねない上、トルコやイランに住むクルド人の独立機運を高める恐れがあるとして、米国や周辺国から否定的な反応が相次いでいる。

イラクの国会にあたる国民議会では12日、住民投票への反対を、半数以上の票で議決した。AP通信は「イスラエルが住民投票を公式に支持した最初の国になる」と報じた。
 
ネタニヤフ氏は、トルコ国内で爆破テロを繰り返してきたクルド人の非合法組織「クルディスタン労働者党」(PKK)について、「テロ組織」として拒絶している。一方で、KRGの住民投票は支持する考えを示した形だ。【9月13日 朝日】
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クルド人自治政府の分離独立問題が起爆剤となって中東が今以上の混乱状態になり、「アラブ対イスラエル」という構図が吹き飛んでしまうことがイスラエルの安全保障に資する・・・という判断でしょうか?それも無責任は話にも思われます。

なお、クルドが独立してやっていけるのか?・・・という点に関しては疑問もあります。一時はイラクの混乱を尻目に、繁栄を謳歌したクルド人自治区ですが、現在はそうした状況でもないようです。

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多くのクルド人の間では、住民投票をめぐって楽観論が高まっている。

ただクルド人自治区は独立すれば、大きな財政上の難題に直面するだろう。イラク中央政府と同様、クルド人自治区政府も石油収入に大きく依存している。その石油収入は今年、歴史的な低水準に落ち込んだ。

クルド人自治区の不動産ブームは2014年に終わり、首府であるアルビルで林立していたクレーンは現在では休止状態にある。【8月31日 WSJ】
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もっとも、イラク・フセイン時代に苦難を経験したクルド側にとっては、分離・独立の問題と経済問題は別次元の問題との認識もあるかも。

ただ、先述のように自治政府内部は一枚岩ではなく(しかも、両勢力とも汚職・腐敗にまみれており、権力争いに終始しているとの指摘も)、分離独立後に主導権をめぐる争いが表面化し、そこへイラク政府や周辺国が介入し・・・といった独立後の南スーダンのような混乱状態になるのは最悪です。

住民投票前、そして投票後も、大きな危険性を孕んだ“駆け引き”が続きそうです。
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パキスタン  対米関係をいかに維持するのか 司法による腐敗政治家一掃 マララさんへの反感の背景

2017-09-13 22:48:20 | アフガン・パキスタン

(世界的に有名になったマララの自伝も祖国での売れ行きはいまひとつ【9月12日号 Newsweek】)

【「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」】
アメリカ・トランプ大統領が8月21日に発表したアフガニスタン戦略見直しにおいて、国内にタリバン幹部をかくまっているとされるパキスタンを「混乱と暴力、恐怖の温床」とかつてないほど強く非難し、「アフガニスタンでアメリカ協力して多くを得るか、テロリストを保護し続けて多くを失うかだ」「これまでの対応を変える」と、タリバンに対する影響力を行使するよう圧力をかけていることは、8月22日ブログ“パキスタン アメリカのアフガニスタン新戦略において名指し批判”でも取り上げました。

“同盟国”パキスタンを批判するだけでなく、パキスタンの宿敵インドにアフガニスタンでの役割強化を求めていることもパキスタンを苛立たせるところとなっています。

アフガニスタンをめぐるアメリカのパキスタン批判は、これまでも陰に陽に行われてきたもので、そのこともあって近年パキスタンは中国との関係を強化しています。

****パキスタンが拒めない中国のカネ****
中国が打ち出した中国パキスタン経済回廊構想は、パキスタンが拒否できない資金を提供し、インドは心中穏やかではないが、中国の資金力には太刀打ちできず、南アジアで中国が優位に立った、と7月22日付の英エコノミスト誌が報じています。論旨は以下の通りです。
 
中国の一帯一路の目玉と喧伝される中国パキスタン経済回廊(CPEC)は、パキスタンへの600億ドルの投資を約束している。その半分以上は発電用に割り当てられるが、道路、港湾、空港、光ファイバー・ケーブル、セメント工場、農産業、観光用にも多額の資金が残る。
 
パキスタンにとり、中国のカネは天の恵みで、経済を活性化し、慢性的電力不足を解消してくれるだけでなく、インドに対する戦略的保険にもなる。

中国は長年パキスタンに武器を供給し、同国の核開発についても技術援助と外交的口実を提供してきた。しかも、米国と違い、全天候型の友人だ。米国も経済的、軍事的援助をしてきたが、対テロで煮え切らないパキスタン政府に腹を立て、援助を渋ることが度々あった。
 
しかし5月にCPEC計画が新聞で報道されると、多くのパキスタン人が不安を抱いた。同計画が、新疆生産建設隊(XPCC)のためにパキスタンの農業が大きな役割を果たすことを想定しているためだ。

XPCCは中国国防省の機関で、1950年代から中国西部国境地域で漢族の入植を先導した。巨大な農場や工場に加え、幾つもの市を丸ごと管理運営し、軍隊式に組織された約300万もの人々を抱えている。
 
今や石炭・ガスよりも太陽光発電の方が安価なのに、中国が火力発電に拘ることや、人口過密な巨大都市カラチから30キロの地点に大規模原子炉を建設していることも懸念を呼んでいる。この型の大規模原子炉は前例がない上に、現場は地震が起き易い大断層の上にある。
 
既に工場主たちは2007年の対中自由貿易協定によって自国製品が競争力を失ったとこぼしている。エコノミストたちもパキスタンは中国のカネのために国の将来を抵当に入れつつあるのではないかと懸念している。実際、スリランカ等、中国の援助を受けた国は債務返済に苦しんでいる。
 
しかし、パキスタン政府は、新聞の情報は2015年のもので、計画はその後見直され、原子炉は厳しい安全基準に基づいて建設されているとして、こうした不安を一蹴する。(後略)【8月29日 WEDGE】
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トランプ大統領の強いパキスタン批判は、パキスタンを更に中国の方向に追いやるのでは・・・との見方もあります。

パキスタンが中国との関係をカードに使って、アメリカに揺さぶりをかけるというのはあるでしょうが、それはアメリカとの関係を絶つというものでもないでしょう。

“パキスタンの治安アナリスト、ハッサン・アスカリ・リズビ氏は「パキスタンは対米関係の見直しを始めている。中露などと協調を強めることで、米国のパキスタンへのアプローチを変えようとしている」と指摘した”【同上】

****テロリスト保護批判に反発=米要求「受け入れず」―パキスタン首相***
AFP通信によると、パキスタンのアバシ首相は12日の記者会見で、テロリストの保護をやめなければ「同盟国」としての関係を改めると警告したトランプ米大統領の演説について「われわれはいかなる要求も受け入れない」と反発した。
 
パキスタンの対アフガニスタン国境地帯には、アフガンの反政府勢力タリバンの拠点があるとされる。トランプ大統領は8月21日の演説で、パキスタンに対し、タリバンへの影響力を行使するよう要求した。
 
一方で、アバシ首相は「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」とも強調。対アフガン国境地帯の警備強化やアフガンとの関係改善に取り組む考えも表明した。【9月13日 時事】 
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「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」ということで、アメリカとの関係はこれまでどおり重視していくとの方針のようです。

“対アフガン国境地帯の警備強化やアフガンとの関係改善”を具体的にどうするのか・・・は、今後の問題ですが。

【「法の支配」か、権力闘争か あるいは軍部の影響力行使か
一方、パキスタン内政に関しては、腐敗・汚職に長年まみれてきた政界は、7月末にシャリフ首相が辞任に追い込まれるなど、混乱が続いています。

****パキスタン前首相、汚職罪で起訴 所有資産の報告怠る****
パキスタンの汚職捜査機関は8日、7月末に辞任した同国のナワズ・シャリフ前首相(67)について、在任中に資産を隠していたとする汚職の罪で起訴した。裁判の過程でシャリフ氏や同氏が束ねる与党への批判が強まるのは必至だ。
 
地元メディアによると、主な起訴内容は、シャリフ氏の娘や息子が租税回避地につくった会社を通じて、英国に複数の高級不動産を持っていたにもかかわらず、資産として報告しないまま隠していた、というもの。娘や息子も同罪で起訴された。

パキスタンでは、公職に就く者やその扶養家族が資産の報告を怠ることは汚職罪にあたり、14年以下の禁錮刑が科せられる。
 
シャリフ氏に疑惑が持ちあがったのは2016年4月。富裕層の資産隠しを暴いた「パナマ文書」に、シャリフ一家も盛り込まれていた。

説明を拒むシャリフ氏に対し、最高裁は今年7月下旬に出した判決で、下院議員資格を無効として同氏を辞任に追い込み、汚職捜査機関にはシャリフ氏を起訴するように命じた。
 
シャリフ氏の裁判次第で、与党は来年に予定される総選挙で議席を減らす可能性がある。【9月8日 朝日】
****************

シャリフ前首相だけでなく、有力政治家が軒並み腐敗や資金洗浄の廉で告訴されており、司法によって主要な政治家が一掃される事態ともなっています。

****パキスタンは混乱に陥るのか****
パキスタンの著名なジャーナリストであるアーメッド・ラシッドが、7月30日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、最高裁判所によるシャリフ首相の追放に続き、今後、司法によって主要な政治家が一掃されることによって、パキスタンの政治は混乱に陥りかねないと述べています。論旨は以下の通りです。
 
ナワズ・シャリフは3度首相に選ばれたが、将来は如何なる政治ポストも不適格とされるに至った。最高裁判所がシャリフの腐敗を決定したことによってパキスタンは政治的混乱に陥る恐れがある。

更に、軍が外交安全保障政策を掌握する立場にある。来年の総選挙までの暫定的な政府は弱体であるに違いなく、軍に対する邪魔立ては殆ど存在しないことになる。
 
最高裁判所の決定により、シャリフは議会の議席を失い、腐敗容疑の更なる刑事裁判に直面する。事の発端はパナマ・ペーパーがシャリフ一族やその他のパキスタンの政治家が海外に保有する会社や資産を暴露したことにあった。
 
腐敗容疑で刑事告訴されているのは、他に、シャリフの二人の息子、および娘とその配偶者である。彼の弟のシャバズ・シャリフ(現在、パンジャブ州首席大臣)に対する裁判も進行中である。最高裁判所はシャリフの親戚に当たる財務相も不適格とした。
 
広範な混乱が待ち受けていよう。イムラン・カーン(元クリケット選手、「パキスタン正義運動」を率いる)、アシフ・アリ・ザルダリ(ベナジール・ブットー元首相の夫、「パキスタン人民党」総裁)を始め、多くの主要な政治家が腐敗や資金洗浄の廉で告訴されている。

今後6ヶ月、裁判所は全ての主要な政治家が選挙に出られないようにするかも知れない。新人を迎え入れることは良いアイディアであるが、そのことがもたらす不確実性は経済の落ち込みや政治の動揺を招き得る。
 
裕福な政治家が腐敗追及の圧力を遂に感じるようになったことに多くの中間層の有権者は喜んでいる。他方、腐敗が日常茶飯事の田舎の貧しい大多数の人々には殆ど何のインパクトもない。

従って、シャリフに抗議する街頭行動も支持のための集会もないであろう。しかし、中間層の一部にはシャリフには任期を全うさせるか、あるいは選挙を前倒しすべきだったという強い気持ちが見られる。彼等は軍の政治へのあからさまな介入を怖れてもいる。
 
パキスタンは、1947年の建国以来、政治的安定を経験したことがない。今や、司法は「アウゲイアス王の牛小屋」の清掃に手一杯の様子である。

その仕事が裁判官に委ねられ、軍が自己の目的のために状況を利用しようとしないのであれば、長期的にはパキスタンにとって良いことかも知れない。【9月1日 WEDGE】
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司法による政界浄化と言えば聞こえがいいですが、パキスタンではムシャラフ元大統領の末期から権力と司法の対立・・・というか、司法が権力闘争の一部となって政権打倒に動くといった傾向があるように見えます。

今回のシャリフ前首相の件でも“司法の役割には懐疑的な見方の方が強いように思われます。「法の支配」の衣をまとってはいますが、民主主義にとっての打撃には違いありません。司法の役割をいうには権力闘争の匂いが強いです。イムラン・カーンはシャリフ追い落としの急先鋒で裁判所にも働きかけて来ました。彼は次の標的はザルダリだと宣言しています。”【同上】とも。

更に、司法の背後には軍の影響も垣間見えるとの指摘も。

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後ろに軍の影もちらつきます。最高裁判所は問題の調査のために6名からなる調査チームを組織しましたが、うち2名は軍の情報機関が指名した陸軍士官だったといいます。

最高裁判所が軍の暗黙の了解を得ることなく首相を追放する決定を出し得るとは思えないという憶測もあります。
元来、シャリフは対インド政策、対アフガン政策などとの関係で軍とは折合いが悪かったといわれます。【同上】
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“その仕事が裁判官に委ねられ、軍が自己の目的のために状況を利用しようとしないのであれば、長期的にはパキスタンにとって良いことかも知れない。”とのことですが、軍部がどこまでその影響力を行使するつもりなのか・・・わかりません。

ザルダリ前大統領の失脚も、軍部との確執がありました。

先述のように、アフガニスタンにおけるタリバン支援といった長年の行動も、軍・ISIの意向を反映したものと思われます。

最近では、軍事政権といった形で表に立つことなく、裏で影響力を行使し、意向に沿わない政治家は排除するといった形にもなっているようで、それだけに意思決定がどういう理由でなされているのか、誰に決定権があるのかわかりにくくもなっています。

マララに対する反感の根っこには、貧困脱出の機会がない厳しいパキスタン社会の現状が
最近、マララさんが母国で指示されない理由に関する記事を見ました。

個人的にも、3年前にパキスタンを刊行した際、同行した現地ガイドにマララさんについて尋ねると、「あれは“やらせ”だ。タリバンのヒットマンが撃ち損じるはずがないし、事件が起きるとすぐに本が出版された」と冷ややかな反応だったのが印象に残っています。

****なぜ祖国パキスタンがマララを憎むのか****
<タリバンによる銃撃から奇跡的な回復を遂げ、ノーベル賞まで受賞した「英雄」が反感を買う理由>

・・・・しかし、祖国パキスタンには彼女に批判的な声が少なからずある。ツイッターで彼女を「恥知らず」な「裏切り者」と非難する人もたくさんいた。

なぜだろう? 彼らの主張を要約すればこうなる。マララは偉くない、パキスタンには彼女より苛酷な運命に耐えている子がたくさんいる、そもそもマララがパキスタンのために何をしてくれた? なぜあんなに外国人に愛される? 本当に祖国のことを憂えるなら、なぜさっさと帰国しないんだ!

もちろん、パキスタンにもマララを愛する人はたくさんいる。銃撃直後には現地英字誌ヘラルドの読者投票で「2012年を代表する人物」に選ばれた。ピュー・リサーチセンターによる14年の世論調査でも、回答者の約30%はマララに好意的な見解を抱いていた。そう多い数字ではないが、好意的でない人(約20%)よりは多い。

それでも彼女は「国民的ヒーロー」ではない。ノーベル平和賞受賞が決まった1カ月後の14年11月にはパキスタン私立学校協会が、なんと「わたしはマララではない」デーを設けると発表し、彼女の自伝『わたしはマララ』を発禁処分にすべきだと呼び掛けた。

今年5月には、マララの地元であるスワト地区選出のある議員が、彼女の襲撃事件は「やらせ」だったと発言。パキスタン政府も、あえて否定はしていない。世界中でベストセラーとなった彼女の自伝も、パキスタン国内では決して「飛ぶように売れて」はいない(一部書店はタリバンや地元警察からの圧力で販売を拒んでいる)。

陰謀説の背後にあるもの
マララへの反感をあおっているのは、この国にはびこる陰謀説だ。(中略)

現地の人が陰謀説を信じたくなる背景には、今のマララが暮らす西洋(キリスト教圏)に対する根強い不信感がある。しかも欧米のスパイがパキスタンで暗躍しているという疑念には、それなりの根拠がある。(中略)

13年にマララの家族がアメリカの大手PR会社エデルマンと契約し、マララのメディア露出を管理させているという報道も、パキスタン人の疑念を高めることになった。

マララと教育者の父ジアウディンが掲げる主張も、現地から見れば欧米べったりに見える。保守的で宗教心の強いパキスタンにあって、ジアウディンは左派で世俗政党のアワミ民族党を一貫して支持してきた。

そしてマララがタリバンに撃たれる前から、父娘は女子教育の必要性を訴えてきた。マララは匿名で英BBCのサイトにブログを書き、米ニューヨーク・タイムズ紙の取材にも応じていた。

マララとジアウディンが発信するメッセージの中核をなす主張――タリバンへの反対と、少女に教育機会を提供することの重要性――は、欧米でも国内でも多くの人の共感を呼んだ。しかしパキスタンのように保守的で男性優位の社会では、そうした主張を煙たがる人も多い。

マララに対する反感の多くは根拠なき妄想の産物だろうが、その根っこにはパキスタン社会の醜い、そして基本的な真実がある。この伝統的な社会には貧困脱出の機会がなく、厳しい階級格差があるということだ。

パキスタンで貧困を脱するのは難しい。15年に国際NPOオックスファムとラホール経営大学が実施した調査によれば、国民を経済力で5階層に分けた場合、最下層に属する家庭の子の40%は死ぬまで最下層を抜け出せないという。

なぜか。貧しい国民の多くにとって、貧困脱出に必要な2つのリソース(教育と土地)を手に入れることは至難の業だからだ。最貧層に属する家庭の子の60%弱は学校に通っておらず、農村部の貧困層の約70%は土地を持っていない。

マララに嫉妬する中間層
もちろん、パキスタンでも急速な都市化で新たな雇用が生まれ、貧困を脱して中産階級の仲間入りを果たす人は増えている。しかし、さらに上流階級への階段を上るのは不可能に近い。

にもかかわらずマララは一介の教師の娘から、一足飛びで世界的なセレブへと上り詰めた。そしてこの秋からは、イギリスの名門オックスフォード大学に進学する。

こんなにも早く、こんなにも劇的な変身を、パキスタンの人々は見慣れていない。だから本当のこととは思えず、何か裏があると思いたくなる。ペシャワル大学のアーマー・ラサ准教授の言うとおり「社会の階段を上ろうとしてもどうせ失敗すると思い込んでいるから、急にリッチになるような人には不信感を抱いてしまう」のだろう。

パキスタンでマララを最も声高に支持しているのが特権階級の人々である理由も、そこにあるのかもしれない。自分が特権階級なら、マララに嫉妬する必要も敵意を抱く必要もない。

しかし苦労して貧困からはい上がり、ようやく中産階級にたどり着いた人たちはどうか。彼らがさらに飛躍して裕福になり、あるいは有名になるチャンスはほとんどない。だからマララが名声を得るようになったことを腹立たしく思う感情が、より強く芽生えるのだろう。

若さ、くじけない力、勇気、国を愛する気持ち。マララが体現するものは、パキスタンという国とその国民が誇るべき資質である。

しかし彼女の成功はパキスタンの陰の部分を映し出してもいる。それはテロが絶えず、性差別が根強く残り、陰謀説が渦巻く現実だ。階級格差も深刻で、みんなが共通の価値観を持てる状況ではない。

世界のヒーローが悪者にみえてしまうほど複雑で、引き裂かれた国パキスタン。それでもいつかは戻りたいと、マララは念じている。祖国だから。【9月12日号 Newsweek】
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ロシアの軍事演習は「ベラルーシ併合」? プーチン大統領の思惑に神経をとがらせる欧州・NATO

2017-09-12 22:55:40 | ロシア

(リトアニアとポーランドに挟まれたロシア領は、ロシアの飛び地カリーニングラード州)

ロシアの脅威への警戒と、ロシアへのエネルギー依存が併存する欧州
かつての冷戦時代は、日本・自衛隊はソ連の北海道侵攻を想定した戦力配備を行っていましたが、ソ連崩壊後のロシアは北方領土問題の厄介な交渉相手であるにしても、北海道侵攻といった直接の脅威は薄れているように思われます。特に近年は、プーチン・安倍両首脳の比較的良好な関係もありますので。

ロシアの脅威が薄れた代わりに、尖閣や国際戦略をめぐる中国との対立、そして最近では核・ミサイル開発にまい進する北朝鮮の脅威が大きくなっています。

一方、ロシアとの様々な戦争・紛争の歴史もある欧州にあっては、冷戦終了後もロシアと欧州諸国・NATOとの対峙・緊張関係は継続しており、近年でも2008年のジョージア(当時はグルジア)侵攻、2014年のクリミア併合といった衝突もあって、ロシアの“脅威”は強く意識されています。

もっとも、欧州は天然ガスでロシアに依存しているように、対立だけでなく、ロシアとは不可分の関係にあり、そうした関係を重視するドイツなどと、地理的・歴史的要因からロシアの脅威に直面しているバルト三国・ポーランドなどでは、ロシアの脅威に対する温度差もあります。

ロシアとの関係改善を重視するトランプ米大統領が、自身のロシア疑惑の足かせもあって、議会の意向に押し切られる形で渋々署名したロシア制裁強化法についても、ドイツなどは天然ガスをめぐるロシアとの関係に影響することをむしろ懸念しています。

****<米・対露制裁法>EUが懸念も 天然ガス依存への影響で****
米国で成立したロシア制裁強化法に欧州連合(EU)が神経をとがらせている。天然ガスをロシアに依存する欧州の関連企業への影響が懸念されるためだ。EUは米国への対抗措置もちらつかせ、対露制裁を巡る米欧の結束に暗雲も漂う。
 
「我々の経済的利益を守らなければならない」。ユンケル欧州委員長は2日、独ラジオ局のインタビューに語った。新法では、ロシア産天然ガスの輸出手段であるパイプライン事業が新たに制裁分野に加わり、EU側は、パイプラインの維持管理や建設にかかわる欧州の企業も罰金など制裁の対象になり得ると不安視している。
 
特にドイツは独露間で建設中の海底パイプライン「ノルド・ストリーム2」(NS2)への影響を懸念。NS2は、露国営ガスプロムと独仏などEU域内のエネルギー関連企業5社が出資し、バルト海を経由して独露間を結ぶ既存のパイプラインを拡張する計画だ。2019年中の完工を目指し、稼働すれば年間輸送量は倍増する。
 
米国は欧州にシェールガスの売り込みをかけており、NS2のブレーキとなりかねない新法は、ドイツには「米産業の利益にかなう道具」(独外務省報道官)と映っている。
 
欧州委は2日の声明で「欧州企業に不利益が生じた場合は数日以内に行動をとる」とけん制。具体的内容は明らかにしていないが、欧州メディアは、EU法で欧州企業に対する米国の制裁を阻止する可能性のほか、米企業への報復措置も視野に入れていると伝える。
 
ただ、EU内で加盟国の足並みはそろっていない。EUはウクライナ危機などを経て、エネルギー安全保障の観点から調達先の多様化を迫られている。EU全域では天然ガスの輸入先の34%をロシアが占めており、ポーランドやバルト3国などはNS2は対露依存を一層強めるとして以前から計画に反発。仮に欧州委やドイツなどが米国への報復措置を提案しても、加盟国全体の支持をとりつけるのは難しい状況だ。【8月3日 毎日】
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軍事演習後もロシアの兵力がベラルーシに残存?】
このように欧州とロシアは“対立”の関係ばかりではないものの、やはりロシア・プーチン大統領の影響力・領土拡張の企てには強い警戒感を持っているのも事実です。(いつも言うように、ロシア・プーチン大統領にすれば、ロシアを欺いて東方拡張しているのはNATOの方で、ロシアは自衛のために対抗しているにすぎない・・・という話になりますが)

9月14日から、欧州で冷戦以降最大とされるロシアの軍事演習が実施されますが、これまでの“前科”もあって、欧州側はロシアの意図に神経をとがらせています。

****西側との対決姿勢を示すロシアの軍事演習****
エコノミスト誌8月10日号は、9月14日より実施される、欧州で冷戦以降最大とされるロシアの軍事演習(Zapad)について、NATO諸国が神経を尖らしており、ロシアはこれを悪事の隠れ蓑にするとの懸念も一部にある、と報じています。要旨は次の通りです。
 
ロシアはソ連時代から新兵器・戦術を試すために4年毎に西方軍事演習、Zapad(注:西方を意味する)を行ってきた。今年は少なくとも10万人規模のZapadを西部軍管区とベラルーシ(NATOの3か国と国境を接する)で行う予定だ。
 
これまでもZapadはその規模と作戦内容でNATOの不安を煽ってきたが、今回はロシアのウクライナ侵攻以降初めてのZapadであり、西側との関係がこの30年で最悪の中で行われることになる。
 
NATOも今年前半、ロシアのクリミア併合と東部ウクライナ侵略への対応の一環として、ポーランドとバルト三国で4個師団規模の戦闘群を展開したり、7月には20ヵ国以上、2万5千人による米主導の演習をハンガリー、ルーマニア、ブルガリアで行うなどしている。
 
しかし、同じ演習でもNATOとロシアのやり方は大きく違う。プーチンは2013年以降、Zapadとは別に、通告なしの突然の演習(規模は5万人以下)を実施してきた。プーチンの狙いが効率性の向上だけでなく、近隣の小国を脅し、いずれロシアの影響圏に引き込むことにあるのは間違いない。
 
2013年に突然の演習が4回実施された後、翌年2月末に始まった5回目の演習は、多数の空挺部隊、装甲車、戦闘ヘリを動員、クリミア占領の踏台になった。

2008年にも、プーチンは演習を利用してグルジア侵略を始めている。
 
ホッジス・アメリカ欧州軍司令官は、Zapad 2017のためにベラルーシに運ばれた兵士と軍装備品はそのまま現地に留まり「トロイの木馬」になることを懸念している。

NATOが特に懸念するのは、演習の名目で長距離ミサイル、偵察ドローン、特殊部隊による西側攻撃の態勢が整えられてしまうことだ。
 
さらに、ベラルーシに対するロシアの影響力を維持できるよう、Zapad 2017が兵力温存に利用されるのでないかとも懸念されている。
 
疑念を持たれるのも当然で、ロシアは演習時の誤解発生を回避するための合意、ウィーン文書を無視してきた。同合意は兵士9千人以上の演習については少なくとも42日前の事前通告、1万3千人以上の演習については更に関係56ヵ国へのオブザーバー2名の派遣要請を要件としているが、ロシアは実施時期を少しずつずらし、複数の演習だったと主張して、同合意を守ろうとしない。

7月のNATO・ロシア理事会では、ストルテンベルグNATO事務局長は、報告された今般のZapadの兵員数に疑義を示し、ウィーン文書の遵守をロシアに促した。
 
特にNATOを苛つかせるのは、ロシアがウィーン文書を盾にNATOの大規模演習の際は必ずオブザーバーを確保することだ。NATOとしては、警戒を緩めず、Zapad終了後はプーチンが全兵士を兵舎に戻すことを願うしかない。(後略)【9月11日 WEDGE】
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ロシアの軍事演習が行われる地域がポーランドやバルト三国にとって、非常に“敏感”な地域であることも、欧州側の警戒を強める背景にあります。

“軍事演習は14〜20日にポーランドとリトアニアの間にあるロシアの飛び地カリーニングラード州やベラルーシ西部などで予定されている。
演習地域をつなぐリトアニア・ポーランド間の国境線は、制圧されるとバルト3国の孤立を招くNATO東縁の「弱点」だ。
エストニアのラタス首相は6日、演習を巡るロシア側の姿勢は「透明性を欠く」と批判し、「あらゆる状況に備える」と懸念を示した。”【9月9日 毎日】

当然ながら、ロシア軍制服組トップのゲラシモフ参謀総長は7日にNATO側に演習の詳細を説明し、「第三国に向けた演習ではない」と伝えています。

現在の国際情勢で、直ちにロシアがポーランドなりバルト三国なりに侵攻するといったことは考えにくいですが、演習後もロシア軍がベラルーシにそのまま残り、これまでロシアの影響下にありながらも“緩衝国”としても機能していたベラルーシをロシアが事実上“占領”するような事態になるのでは・・・という疑念があります。

ただ、これまで欧州とロシアを天秤にかけながら独自の利益を追求してきたとも言えるベラルーシ・ルカシェンコ大統領が、そうしたロシアの“進駐”を唯々諾々と受け入れるのか・・・疑問も感じます。

****片道切符」のロシア軍****
・・・・プーチン大統領の今回の狙いについては、西欧軍事関係者の間で「ベラルーシ占領を視野に入れている」との見方がある。

同国のアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、「欧州最後の独裁者」との評が定着した人物で、欧州連合(EU)やNATOの加盟候補国にさえならない。
 
一方でルカシェンコ大統領は時折、ロシア牽制のためか、EUに接近したり、ロシアと通商戦争を起こしたりと、プーチン政権が手を焼くこともしばしば。

気まぐれな独裁者をより従順にするため、演習で出動した部隊を、いつでも首都ミンスクの占領に動けるようにベラルーシ領内に残しておく可能性は少なくない。

エストニアのマルガス・ツァフクナ前国防相は「ロシアに限って片道切符以外はない」と公言し、部隊がベラルーシ国内に居座る可能性が高いとする。(後略)【選択 9月号】
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ルカシェンコ大統領がどう考えているかは知りませんが、ベラルーシ国内でもロシア進駐への不安は広がっているようです。

****ネットで大ウケのベラルーシ仮想敵国****
9月中旬にロシアとの大規模合同軍事演習を控えるベラルーシに、新たな敵国が生まれた。ベイシュノリアだ。
 
国名に聞き覚えがないのは、ベラルーシがつくり上げた仮想国だから。演習を前にベラルーシ軍は、同国への侵攻を企てる3つの敵国を想定。

1つは「ベスバリア」でリトアニアの位置にあり、2つ目はポーランドとおぼしき「ルベニア」、3つ目のベイシュノリアはなぜかベラルーシ国内北西地域にある。
 
これが発表されるや、ネット上ではたちまち「国家ベイシュノリア」が独り歩きを始めた。

ネットユーザーが国旗や地図を考案し、何百人もが市民権を希望し、同国の外務省を名乗るツイッターも誕生。ベラルーシ兵に投降を呼び掛けたりしている。

ジョークが活発化したのは、ロシアが合同軍事演習でNATOとの緊張を高めようとしていることが背景にある。NATOを牽制するだけでなく、欧米との緩衝地帯であるベラルーシに演習後も部隊を常駐させ、支配下に置くのではないかと、国内では懸念が広がっている。ジョークは不安の裏返しらしい。【9月12日号 Nwesweek日本語版】
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心理戦が得意なプーチン大統領
プーチン大統領の思惑はわかりませんが、お得意の心理戦がすでに展開されており、欧州側はそれにはまっているとの指摘も。

****ロシアが次なる「領土拡張」へ 「ベラルーシ占領」に怯える西欧****
米国のマイク・ペンス副大統領は、「代理」業務で大忙しだ。
 
今年の夏は、バルト三国の北端にあるエストニアに飛び、集まった三国の首脳に対して、「北大西洋条約機構(NATO)の集団安全保障の義務は必ず守られる」ことを保証しなければならなかった。
 
副大統領が盛夏の七月末にこの地まで足を運んだのは、九月十四日から二十日まで、露軍の四年に一度の大規模軍事演習「ザーパド(西方)二〇一七」が行われるためだ。

北欧、東欧諸国の間では、「ロシアが演習にかこつけて、軍を自在に動かし、ウクライナ型の紛争を起こすのでは」という懸念が強まっている。
 
ロシアの最近の軍事行動としては、二〇〇八年のグルジア戦争と一四年のクリミア併合が際立つが、グルジア戦争前には「カフカス二〇〇八」、クリミア騒乱前には前回の「ザーパド二〇一三」が行われていた。どちらも実際の戦闘の前に、大部隊を動かす名目として使われ、一部が戦闘開始時まで周辺に残っていた。

「ハイブリッド戦争」の脅威
ポーランド政府のある当局者は言う。「露軍には『マスキロフカ(偽装工作)』の長い伝統があり、演習名目で出動した大部隊が帰任したと見せかけて、実際には係争地周辺に潜伏するのはお家芸だ」。(中略)
 
ロシアと米欧の関係が緊張する中で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、不安や疑心暗鬼に駆られる相手に対して、ネコがネズミをいたぶるような、心理戦を仕掛けるのが得意である。今回の軍事演習前にも様々なトリックを繰り出して、周辺諸国を揺さぶっている。
 
まず、演習の主力部隊に「第一親衛戦車軍」の名前をつけた。旧共産圏で暮らした人には、忘れようのない伝説の軍隊だ。独ソ戦争の英雄部隊としてベルリン攻略戦の主力を担い、共産圏諸国で繰り返し放映されたソ連の愛国戦争映画に頻繁に登場した。
 
さらに、戦後史では、一九六八年のチェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」に際して、ワルシャワ条約機構軍の主力として首都プラハに入った。ソ連抑圧の象徴でもあった。「こんな名前を使うところに、東欧諸国の人々を揺さぶろうという、プーチンの底意地の悪さが出ている」と、前出のポーランド当局者は言う。
 
次いで、参加人員について当初は「一万三千」としていた。
欧州安全保障協力機構(OSCE)の「ウィーン文書」では、この数以上の軍事演習になると、NATO加盟国すべての国の監視団を受け入れなければならないという上限ギリギリだった。
 
ところが今夏、戦車や兵隊を乗せた鉄道車両が三千両もの規模で次々とロシアからベラルーシ領に入っていくのが確認され、「とてもそんな数字ではないだろう。監視団を受け入れるべきだ」との要求が米欧各国から相次いだ。
 
それでも平然と数字を訂正しないのがプーチン流だ。ロシア側はしばらく米欧の要求を突っぱねた挙句に、先にベラルーシが独自に「我が国は監視団を受け入れます」と表明し、その後でロシアも受け入れに応じた。
 
あるドイツ人の軍事専門記者は、「監視団に加わったところで、決められた場所にいて漫然と見るだけ。軍事秘密を知るわけでもないのに、西側をいらだたせる目的でじらしていた」と言う。

NATO側では、実際の演習参加者は六万~十万人になり、ロシアの行う軍事演習としては過去最大規模になる可能性が高いと見ている。
 
さらに今回の演習では、バルト三国が特に恐れる「ハイブリッド戦争」の訓練が行われる模様だ。軍事介入に先立って、潜入工作員や地元住民が騒乱を起こし、その間隙をぬって軍事侵攻したり、サイバー攻撃で国内通信網を遮断した上で攻撃したりといった、複合的で巧妙な軍事作戦である。
 
ペンス副大統領が訪れたエストニアでは二〇〇七年に、全土のインターネットが障害を起こす、大規模サイバー攻撃が起こった。エストニアとラトビアはロシア系が全人口の四分の一以上を占める。

カリーニングラードと隣接するリトアニア、ポーランドも含め、バルト海沿岸各国にとって、「ハイブリッド戦争」はいつ起きても不思議ではない、極めて現実的な脅威である。

「片道切符」のロシア軍
NATOはバルト三国とポーランド防衛の意思を示すため、今年から独、英軍などが駐在を始めた。

独軍部隊のラトビア配備に同行したドイツ人の放送記者は、「こちらが持っていった戦車は六両で、国境のすぐ向こうには六千両の露軍戦車が待ち受ける。『象徴的派兵』というのもおこがましいくらい、彼我の戦力差は大きい」と言う。

しかも三国からベラルーシ、ロシアにかけての一帯は森林に覆われた人口希薄地帯。「ここが西欧と同じシェンゲン協定域内とは到底思えない、うら寂しい地の果てのような場所」と前出ドイツ人記者は形容した。

プーチン大統領の今回の狙いについては、西欧軍事関係者の間で「ベラルーシ占領を視野に入れている」との見方がある。(中略)

ルカシェンコ政権に対しては、NATOもEUも国際法上の防衛義務はないが、緩衝国だったベラルーシまで露軍が出てくれば、ポーランドとリトアニアはカリーニングラードとベラルーシの露軍に挟撃されることになり、ウクライナ紛争に続く大激震になる。
 
軍事演習の目的の一つは、潜在敵国を威嚇することだ。プーチン政権は今回、演習開始の遥か前から、その目的をやすやすと達成してしまった。【「選択」 9月号】
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繰り返しになりますが、プーチン大統領が本当に「ベラルーシ占領を視野に入れている」というのであれば、それを受け入れるルカシェンコ大統領が何を考えているのか・・・というところがわかりません。

ロシアとベラルーシは1999年に連邦国家創設条約を結んでいますので単なる同盟国以上という関係にあるにしても、プーチン大統領のベラルーシ併合を示唆するような発言にルカシェンコ大統領は反発して、両国関係は微妙にもなっていたはずですが・・・。

単に、欧州側がプーチン大統領の心理戦に踊らされているだけなのでしょうか?
あるいは意図的にロシアの脅威を煽っているのでしょうか?
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中国  顔認証システム、信用の可視化 その次にやってくるのはSNSによる「ランク社会」か

2017-09-11 21:27:51 | 中国

(自分の信用状況がスコアとして表示される中国・芝麻信用(セサミ・クレジット)のシステム)【9月11日 WEDGE】)

急速に進む顔認証システム
中国がスマホを利用したモバイル決済や顔認証システムを活用した社会に急速に変化していることは多くの報道のとおりです。

日本では安全性とか個人情報の扱いなど、まず懸念される事柄の検討が先に立ち、場合によっては“石橋を叩いて壊す”ようなところもあって、新技術導入には時間を要します。

一方、中国の場合は“先ずやってみて、なにか不都合があればその後で・・・”という発想で、しかも個人情報・プライバシー、特にそういったものの国家管理に対する抵抗があまりないこともあって、一気に新技術が広がるようです。

****中国で急拡大の「顔認識システム」 アリババは顔決済を導入****
かつてSF映画の出来事と思われていた顔認証システムが、中国では人々の日常に入り込みつつある。中国のテック企業大手らがこの技術の商用化を企む一方、顔認証テクノロジーの向上は市民の監視を強めたい中国政府の思惑とも合致する。

バイドゥ(百度)は先日、北京で開催されたAI開発者会議で同社の顔認証システムを展示した。バイドゥの技術は保険会社のTaikang(泰康人寿)でも、顧客の特定のために活用されようとしている。アリババ傘下のアントフィナンシャルも顔認識を用いた送金サービスの運用を開始した。

北京に本拠を置く顔認識システム関連のスタートアップ、Megviiの広報担当Xie Yinanによると、同社の技術はAIを活用したニュース配信サービスのToutiao(今日頭条)でも活用され、記事の執筆者の判別に用いられているという。

XieによるとMegviiのシステムはライブ動画から顔の特徴を分析し、中国政府のデータベースに登録された情報も参照して個人の特定を行うという。顔認識システムの導入はホテル業界や学校でも施設に入場する人物の識別に用いられている。

一部の大学では入学試験の際に、替え玉の受験者が潜り込むのをこのシステムで検知しようとしている。また、北京のKFC の一部の店舗では顧客の顔を読み取り、年齢や性別から商品のリコメンドを行おうとしている。

北京の清華大学で電子工学を教えるWang Shengjin教授は「中国の顔認識システムの技術レベルは西側の先進国と同等のものだ。しかし、実際の導入事例ははるかに多い」と話す。

1.7億台の監視カメラが稼働中
顔認識テクノロジーの最大の支援者と言えるのが中国政府だ。英国の調査企業IHS Markitのデータによると、米国には現在5000万台の監視カメラがあるが中国の監視カメラ台数は1億7600万台に達している。中国政府は米国と同様に、監視カメラの映像を国民のID写真と照らし合わせ、犯罪者やテロリストの発見に役立てている。

技術の向上により現在では10年前の写真からでも個人の識別が可能になり、ぼやけた画像から人物の特徴を割り出す技術も進化している。

MegviiのXieは「映画『ワイルド・スピード』で描かれたようなテクノロジーが現実のものになりつつある。監視カメラの映像から特定の人物がどこに居るかがリアルタイムで把握可能になった」と述べた。

中国政府はまた、国民のマナー向上のためにこのシステムを用いようとしている。監視カメラの映像から地下鉄や駅で好ましくない行動をとる人物の個人データを把握するのだ。新華社通信の報道によると、山東省の済南市では先日、交差点で赤信号を無視する歩行者の動画から個人を特定し、道路に設置されたスクリーンでその人物の名前や住所を公衆の目にさらす試みが始動したという。

中国ではこのような行為はプライバシーの侵害とはみなされない。新たに導入されたサイバーセキュリティ法は、商用目的で生体情報等の個人情報を収集することに一定の基準を設けているが、地方の当局はその規制対象に含まれていない。

北京航空大学でコンピュータサイエンスを教えるLeng Biao教授は「中国は顔認識システムの実用化において、西側の一歩先を歩み続ける」と述べた。「中国政府の後押しにより、この分野のテクノロジーは米国やヨーロッパよりもずっと迅速に進化を遂げることになる」とBiao教授は話している。【7月13日 Fobres】
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顔認証システムは、コンビニとか、上記記事にあるような送金サービス、ホテル、入試など多くの場面で使用されているようですが、かねてより“マナーが悪い、ルールを守らない”事例としてあがっている“信号無視”に対しても活用され始めています。

(なお、信号無視は多くの途上国ではごく一般的な現象で、中国だけの問題ではありません。そもそも、そうした国々では信号自体があまりなく、道路は勝手に渡るのが常識でもあります。)

****中国で顔認識システムによる信号無視者の特定を開始****
「まずはスリに適用してほしい」「中国とは人権のない国」―

2017年5月5日、中国メディアの済魯網が、山東省済南市で顔認識システムを利用して信号無視をした人を特定する取り締まりが始まると伝えた。

記事によると、済南交通部門は、歩行者や軽車両が信号無視をした場合、自動で写真を撮影するシステムを開発した。例えば、歩行者が赤信号の時に道路を渡ると、自動で4枚の写真を撮影し録画も行う。この撮影された人の顔を、省庁が採集した人物像データと照らし合わせるという。

こうして特定された違反者の情報は、公安交通管理誠信情報プラットフォームに記録され、公安交通警察が違反者の交通違反情報を会社と居住する社区委員会へ書面で通知し、テレビとインターネット上で同時に公開するという。

記事は、中華人民共和国道路交通安全法第89条の規定では、歩行者または軽車両が道路交通安全法に違反した場合、警告または5元(約80円)以上50元(約800円)以下の罰金に処すると規定されており、軽車両の運転者が罰金を拒否した場合には軽車両を差し押さえることができると伝えた。

これに対し、中国のネットユーザーから「まずはこのシステムをスリや泥棒に適用してほしいのだが」、「このシステムを行方不明になった子どもを探すのに応用できないのか?」、「ぜひ各地のレストランやクラブにもこのシステムを普及させて、党幹部による規定違反を防止しよう」など、ほかに使うべきところがあるとの意見が多く寄せられた。

さらに「双子はどうするんだ?」、「両手で顔を覆って渡ればいい。俺って頭いいな」、「中国とは人権のない国」など、問題点を指摘するコメントも少なくなかった。【5月8日 Record china】
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個人情報の国家管理
“都市によって運用は異なるようですが、今後、スクリーンに違反者の顔だけでなく氏名や住所、勤務先を表示するシステムも出現すると地元メディアは報じています。(中国在住のライター・吉井透氏)”【8月28日 SPA!】ということで、さすがに“プライバシーの侵害”の指摘もあるようです。

それもさることながら、“省庁が採集した人物像データ”など、治安当局が個人に関する情報を一元管理するデータベースを有していることも怖いところですが、中国のような社会では、そうしたことは“当たり前”のことなのでしょう。

日本では、国民背番号制度やマイナンバーで大騒ぎしましたが、現在どのように運用されているのか・・・知りません。
深く潜航しながら事態は進んでいるのでしょうか?

警察・防犯面では、交番のお巡りさんがたまに台帳片手にやってきて住民確認などしていますが、中国人にしたら“笑い話”でしょう。

話が横道にそれますが、信号無視に対しては、当局もあの手この手の対策を講じているようで、遮断バーを使用したもう少しレトロな方法も。

****信号無視を遮断!中国・武漢の横断歩道に新装置****
信号が赤色に変わると自動的に遮断バーが下りてきて、歩行者の横断を防ぐ(撮影日不明)。(c)CNS/袁婧
中国・武漢市(Wuhan)の街並みに、歩行者側が赤信号になると自動的に遮断バーが下りてくるという新たな装置が出現し、インターネットでも話題になっている。

歩行者の信号無視を防ぎ、信号が青へ切り替わると遮断バーが自動的に上昇し、歩行者の通行を許可するというものだ。(後略)【9月11日 東方新報】
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顔認証システムや遮断バーはともかく、まず“ルールを守る”という意識を教育や社会全体で育てていくことが重要だろう・・・との“正論”はこの際脇へ置いておきます。

閑話休題。
顔認証システムに関しては、お堅い(はずの)裁判所も活用するとのことで、国を挙げて推進していく姿勢のようです。

****中国・広州市の裁判所、顔認証システムを資料のオンライン閲覧に活用****
中国・広東省)広州市越秀区人民法院(裁判所)は4日、ウィーチャットを通して参考資料を閲覧できるプログラムを導入すると発表した。このプログラムは顔認識システムを用い、裁判の当事者が実際に裁判所まで足を運ぶことなく裁判の関連資料を閲覧できる仕組みだ。
 
「中国公安部居民身分証ネットワークアプリケーション国家基準」をに基づき、テンセント及びウィーチャット生体認証技術に委託し、「実名本人情報検証能力」プログラムを開発。「顔認識システム+公安」を通し、ユーザーの実名情報にある本人が操作しているということを検証できる。
 
同法院は、このプログラムと資料閲覧サービスを結合させている。裁判の当事者または弁護士が同法院のウィーチャット公式アカウントから「閲覧サービス」に入り、氏名と身分証番号を入力した後、顔認識により本人認証を行う。認証完了後、閲覧を希望する資料の閲覧申請を送信する。
 
申請を受け付ける法院は、申請者が資料閲覧の資格があるかどうかを審査し、審査が通ると、保存資料のスキャン画像が申請者に送られる。
 
スキャン画像の各ページには「出力」ボタンがあり、必要なページを出力請求できる。法院は出力請求を受け付けるとプリントアウトし、バイク便で申請人まで送り届ける。
 
同法院は今後も情報化に力を入れ、科学技術を存分に活用して市民の手続きを簡便化していく方針だ。【9月11日 CNS】
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まあ、印鑑さえ偽造すれば他人になりすませる日本よりは安全かも。

信用の可視化がもらたすSNS評価「ランク社会」】
不特定多数を対象とする公的機関の顔認証システムは個人に関する情報のデータベースの存在を前提としていますが、そうした個人情報データベースを官民が活用することで、更に多くの情報が蓄積され、その利用価値がますます増大することにもなります。

資金に関する情報、購買に関する情報、信号無視のような軽犯罪に関する情報・・・・それらが蓄積されていけば、その情報によって個人の信用度合いを判別することが可能にもなってきます。「信用の可視化」です。

そして可視化された信用が高い人ほど有利な条件で扱われ、その逆は・・・というシステムです。
中国では現実に部分的にそうしたシステムが動き出しているようです。

****信用の可視化」で中国社会から不正が消える!?****
あなたはどの程度、「信頼」されているだろうか? なかなか答えられない質問だが、中国では簡単だ。芝麻信用の点数を告げるだけでいいのだ。

個人の信用がスコア化される
芝麻信用(セサミ・クレジット)とは、アントフィナンシャル社旗下の第三者信用調査機関が提供する個人と企業の信用状況を示す指数だ。2015年から始まった、まだ新しいサービスである。

アリペイ・アプリからサービス開始を申し込むと、自分のスコアを簡単にチェックすることができる。スコアは最低で350点、最高で950点となる。「スコア公開」機能もあり、SNSなどを通じて第三者に自分の信用力をアピールできるようにもなっているのがユニークだ。
 
このスコアはどのように算出されるのか? ネットショッピングや振り込み、決済などのアリババグループのエコシステムに関する取引記録と政府のオープンデータベースの2種類がある。後者については学歴や公共料金支払い記録に加え、「失信被執行人リスト」というデータベースも含まれる。
ユーザー同意の下、集められる各種データ
「失信被執行人リスト」、通称「老頼リスト」(踏み倒し者リスト)とは、契約を履行しなかった不誠実者を公開するデータベースだ。

裁判での判決に従わず賠償金を滞納した人や暴力や脅しで判決の執行を妨害した人が主な対象となる。契約を守らず金を支払わない、裁判で負けても判決を遵守しない、そうした踏み倒し行為を念頭に置いた制度だ。
 
もっとも金銭以外でも判決を遵守しなかった場合にはリストに掲載される。2016年には離婚した女性が「月に2回は元夫と子どもを面会させる」という調停協議を守らなかったため、リストに掲載された例もある。

掲載されると単に不名誉なだけではなく、公務員になれない、出国できない、融資を受けられない、飛行機や鉄道の一等寝台など高級消費が禁止されるといった実害もある。
 
こうしたデータはユーザーの同意の下、収集される。免許証、職場のメールアドレス、不動産登記簿などをアプリからアップロードできるようになっており、より多くの情報を預けるほどスコアは高くなりやすいという。
道徳的な人ほど得することができる

こうして集められたデータをクラウドコンピューティングと機械学習、AIなどの先端技術で処理することによってスコアが算出される。総合スコアだけではなく、信用に関する5つの分野でどのような評価を受けているのかも表示される。
 
その分野とは年齢や学歴・職歴などから算出する「身分特質」、資産などから算出する「履約能力」、取引履行記録から算出される「信用歴史」、他者への影響力や友人の信用状況から評価される「人脈関係」、ショッピングや支払い、振り込みなどの特徴から算出される「行為偏好」の5項目。スコアが高い人間ほど、約束を守り、契約を遵守する可能性が高いと判断される。
 
興味深いのはこうした道徳的人間ほどお得なサービスが受けられるという点にある。宗教や規律ではなく、便益をインセンティブにした道徳システムと言えるかもしれない。

代表的なところでは、スコアを上げると、「シェアサイクルやホテル、図書館のデポジット(保証金)を免除」「一部の国で個人観光ビザ申請手続きを簡素化」などのサービスを受けられる。

ただし、これらは呼び水というべきだろう。本丸は初めて会う人を信頼できるかどうかを数値で評価できるという、信用の可視化にある。
 
ユーザーの拡大に伴い、芝麻信用の応用範囲は広がっている。中国の大手結婚仲介サイトの「百合網」や「世紀佳縁」はお見合い相手の芝麻信用スコアを表示するサービスを始めた。相手がうそをついていないか、スコアを見れば一目瞭然というわけだ。

採用現場においても芝麻信用を参考にするケースが増えている。さらに住宅の賃貸契約を結ぶ際に芝麻信用を参照し、借り手の信用が高ければ敷金が減額、または免除される都市も広がりつつあるほか、芝麻信用が高ければ融資審査が簡略化される消費者金融も多い。(中略)

中国政府が国策として推進する理由
信用社会の構築は芝麻信用、あるいはアリババグループ及び関連会社だけが目指しているものではない。中国政府が大々的に推進する国策だ。

2014年に国務院は「社会信用システム建設計画綱要(2014〜2020年)」を発表しているが、なぜ信用システムが必要なのか、現状を次のように分析している。

「信用がある者への奨励は足らず、守らない者の支払うコストが低すぎる。(……)誠実信用の社会的ムードはいまだ構築されず、生産現場での大事故や食品安全事件もしばしば起きる。詐欺、ニセモノ製造販売、脱税、学術不正などの現象はいかに禁止してもとどまることはない」

「現代市場経済は信用経済である。健全な社会信用体系の構築は、市場経済秩序の整理と規範化、市場信用環境の改善、取引コストの低下、経済リスクの防止をもたらす重要な施策であり、経済に関する行政の干渉を減らし、社会主義市場経済体制を整えるための切迫した課題である」

その上で政治、ビジネス、社会、司法の四分野におけるシステム構築を2020年までに完成するとの目標を掲げている。同綱要に基づき、今や中国の各省庁、各自治体はさまざまな信用データベースの構築を急ピッチで進めている。税金の支払いから旅行中のマナー違反まで多種多様だ。(後略)【9月11日 WEDGE】
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アメリカではクレジットカード情報を基にした同様システムもあるようですが、より広範囲に国民を網羅したシステムにもなります。日本でも、企業に関しては一定に「信用情報」は存在しているのでしょう。

近未来ディストピアを描く「ブラック・ミラー」というアメリカTVドラマシリーズ(ネットフリックスで視聴できます)があります。そのなかの「ランク社会」という作品では、日常の付き合い・会話における印象に対するSNSでの評価ポイントを通じて人々のランクが決まってしまう社会が舞台です。

感じがよかった人にはスマホで“いいね!”をポチッ、悪かった人には“よくないね!”をポチッ・・・という具合。

“人はそのポイントを常に気にし、数値を上げることに固執している。評価の低い人間と関わることは、本人の評価を下げることにつながるため避けられてしまう。また、評価が一定以下に下がってしまった人間は各種サービスを利用する際も冷遇されたり、職場のコミュニティからも排除されてしまうといった不利益を被る。”(http://pinplot.hatenadiary.com/entry/2016/11/04/173329

中国で進む「信用の可視化」は、この「ランク社会」への入り口です。じきに、スマホを相手に向ければ、何者で、信用がどの程度かがすぐにわかるようにも。

SNSでの他人評価を気にして行動する・・・・と言う意味では、すでに日本でも一部始まっているとも言えますが、中国の「信用の可視化」はこうした社会を一気に現実のものとします。

便利と言えば便利なのでしょうが、ドラマ「ランク社会」を観ていて感じた、他人からの評価に束縛されることへの不快感・苛立ち・束縛感が現実のものになります。
もっとも、現在の日本社会は目に見えない“評価”が人々をコントロールする社会であり、中国の場合は、それを“可視化”しただけとも言えるかも。
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