孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

南アフリカ  頻発する移民襲撃 雇用で移民と競合する貧困層 失業・治安悪化を移民のせいにする感情も

2019-09-10 22:22:44 | アフリカ

(南アフリカ主要都市ヨハネスブルクの郊外で、外国人所有とされる商店から自動販売機を運び出す略奪者ら(201992日撮影)【94日 AFP】)

【収束しないアフリカ系外国人への暴力】

南アフリカで外国人移民労働者や外国人経営商店に対する襲撃・暴力が表面化しています。

最初に目にした記事は下記のもの。

 

****南アで移民襲撃、百人逮捕 ナイジェリア人ら標的****

南アフリカ警察は2日、最大都市ヨハネスブルクをはじめ各地で1日以降に暴動が起き、110人以上を逮捕したと発表した。地元メディアによると、ナイジェリア人などの商店やトラックが襲撃され、移民排斥を狙ったとみられている。

 

南アでは失業率が20%台後半で高止まりし、黒人貧困層の間で移民労働者への不満が高まっている。

 

警察によると、ヨハネスブルクとその周辺や東部クワズールー・ナタール州で、群衆が商店を略奪したり、道路を封鎖してトラック運転手に暴行を加えたりした。

 

南アでは2015年にも、大規模な移民襲撃が起きている。【93日 共同】

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ナイジェリアだけでなく、エチオピア、ザンビア、ケニアなどアフリカ系外国人が広く対象となっています。

 

その後も

“南アで外国人嫌悪に基づく暴力激化、5人死亡 放火・略奪も”【94日 AFP】

“南アの移民排斥で10人死亡 4百人超逮捕、報復も”【96日 共同】

 

“南アフリカの主要都市ヨハネスブルクでは、外国人を標的とする暴動が3日目に入り、アレクサンドラ地区で商店への放火、略奪に及んだ暴徒らが警察にゴム弾で撃退される事態が発生。その数時間後には、おのやなたを持った者らを含む群衆が市中心部の商業地区に集まった。” 【94日 AFP】とのことで、非常に剣呑な状況です。

 

当然にナイジェリアなど関係国との関係は緊張しており、ラマポーザ大統領は収拾を約束してはいますが・・・

 

****南ア大統領が排外主義的暴動を強く非難、事態収拾を約束****

南アフリカのラマポーザ大統領は5日のテレビ演説で、国内各地で起きた暴動で死者が出たり、外国人が襲撃されていることについて「わが国は暴力や犯罪によって深く傷付いている。外国人の住宅や企業を襲う行為に弁解の余地はあり得ない」と強く非難し、事態収拾に取り組むと約束した。

暴動は8日前にプレトリアで発生し、近くのヨハネスブルクに拡大。両都市があるハウテン州は、移民が数多く生活している。ラマポーザ氏によると、過去1週間の死者は少なくとも10人に上り、うち2人が外国人だという。

南アのケープタウンではアフリカ経済に関する国際会議が4日から開催されており、ラマポーザ氏は南ア経済の立て直しに向けた努力をアピールし、アフリカ諸国間の貿易拡大を目指す機会になると期待していた。しかし足元の暴動で状況一変し、ナイジェリアなどとの緊張関係をもたらしている。

5日にはナイジェリアの大手銀行会長でこの会議の共同委員長を務めていたジム・オビア氏が、南ア在住のナイジェリア人の生活が非常に不安定化していることを理由に、出席を取りやめた。同国の副大統領は前日の会議のイベントを欠席した。

会議に参加した金融調査会社インテリデックスの資本市場調査責任者ピーター・アタード・モンタルト氏は、会議の政府セクターの様子は荒涼としており、南ア国内の排外主義的な動きに各国が冷たい反応をしているのがよく分かると述べた。【96日 ロイター】

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主な標的となっているナイジェリア政府は、自国民の一斉退避を始めています。

 

****外国人の襲撃相次ぐ南ア、ナイジェリア人が一斉退避へ****

 南アフリカで外国人への襲撃が続発していることを受け、ナイジェリア政府は9日、同国にいるナイジェリア人数百人を一斉に退避させる方針を示した。

 

在外ナイジェリア人団体の責任者によると、南アからの帰国便が11日以降、最大都市ヨハネスブルクを出発する。帰国を希望している640人を2機に分乗させる予定。希望者はさらに増える可能性もあるという。

 

ナイジェリアの大統領報道官によると、ブハリ大統領は南アで繰り返される暴力に深い懸念を示し、同国政府に対応を求めている。事態を放置すれば、アフリカ主要国としての南アのイメージや地位に悪影響が及ぶとも警告している。(中略)

 

先週1週間にヨハネスブルクや首都プレトリアで起きた襲撃事件では、外国人2人を含む計10人が死亡した。ナイジェリアやエチオピア、ザンビア、ケニアからの移民が経営する商店などが標的になった。

 

ナイジェリアは在南ア大使を召還した。ナイジェリア人が南ア系資本を襲う報復攻撃も起きている。マダガスカルとザンビアのサッカーチームは、南ア代表との試合を中止した。

 

ヨハネスブルクの中心街では8日、新たな襲撃事件で2人が死亡、16人が拘束された。

南アのラマポーザ大統領は9日、捜査当局に断固とした対応と警戒を呼び掛けた。【910日 CNN】

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情報が少ないため、現在の状況は定かではありませんが、上記記事によれば8日時点では2人が死亡するなど,いまだ収束していないようです。

 

【頻発する対外国人暴動】

今回の直接的な契機は交通業界のトラブルがあったとの報道もあります。

 

****南アの反移民暴動****

91日(日)以来、ヨハネスブルク、プレトリアでアフリカ系移民が経営する商店への襲撃、略奪が発生した。

 

93日付ルモンド紙によれば、問題の発生源は交通セクターのようで、1年以上前から南ア交通業界では外国人ドライバーへの不満が高まっていたという。

 

記事に詳しい説明はないが、南アでは以前から、タクシー(バンに乗客を乗せて走る路線バス)とウーバーなどの運転手の間で衝突があった。それに移民労働者をめぐる反感が重なって問題が大きくなった可能性がある。

 

3日付ファイナンシャルタイムズは、南アトラックドライバーが外国人労働者に抗議し、ストを決行したと報じている。

 

日曜以降は、交通業界にとどまらず、アフリカ系移民が経営する商店の略奪や焼き討ちに発展した。(後略)【98日 現代アフリカ地域研究センター】

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ただ、各紙が指摘するように、就業機会で外国人移民と競合する貧困層、高い失業率が根底にあって、そのこと、およびその結果としての対外国人暴動は今に始まった問題ではありません。

 

20085月にも、混乱するジンバブエからの難民・移民への暴力が拡大しました。

2008520日ブログ“南アフリカ、イタリア  外国人排斥の高まり 憎しみ・差別の構図

 

また2015年にも。

 

****南アで移民への暴力事件が多発、ダーバンでは4000人抗議デモ****

南アフリカでは今月(20154月)、東部ダーバンで始まった移民や外国人労働者らを標的とする暴力事件が国内に波及しており、16日までに少なくとも6人が死亡し、約50人が逮捕された。

 

ヨハネスブルクでは17日、同市のイェッペスタウン地区で16日深夜から17日未明にかけて、外国人が経営する商店への襲撃が複数発生し、警察当局によると、事件に関与したとして12人が逮捕された。

 

同様の事件が多発しているダーバンや周辺地域では過去2週間で、ソマリアやエチオピア、マラウイなどからの移住者たちが所有する住宅や商店が標的とされ、家族らが武装警備隊に守られた避難施設に逃げ込む事態となっている。

 

事件を受けてダーバンでは16日、外国人労働者らを標的とした暴力に抗議するデモが行われ、地元住民や学生のほか、宗教の指導者や政治家など、約4000人が参加。「排外主義反対」「アフリカは一つ」などのスローガンを叫びながら、通りを行進した。【2015417日 AFP】

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(南アフリカの首都プレトリアのマラバスタッド地区で、略奪者とみられる者らに放火された小屋の跡を見つめる外国人ら(201992日撮影)【94日 AFP】)

 

【貧困層の雇用機会をめぐる外国人移民との競合 外国人嫌悪を煽るポピュリズム政治家】

こうした南アフリカの排外主義・外国人嫌悪については「南ア国民が、高い失業率を移民のせいにしている」ということ、そうした感情を煽るポピュリズム政治家の存在が指摘されています。

 

そのことは、今後更に外国人労働者が増加する日本も反面教師とすべきものでしょう。

 

****「異常なアンチ外国人感情」で暴動頻発南アフリカでなにが起きているのか****

今、南アフリカが揺れている。
(中略)

英紙「ガーディアン」によれば、正確な数字はないが、南アにはレソトやモザンビーク、ジンバブエ、マリアやナイジェリアなどの周辺国から、大量の移民が仕事を求めて流入している。

一方で、南アは高い失業率に直面しており、多くの国民は「経済」移民が仕事を奪っていると批判する。「2008年には外国人を狙った殺人が続き、当時60人以上の移民が殺された」と指摘している。

ケニア紙「スタンダード」は、シリル・ラマポーザ大統領によるこんなコメントを掲載している。
「わが国民は調和のなかで暮らしたいと考えている。どんな懸念や不満があっても、それは民主的に扱う必要がある。南ア国民が外国人を攻撃することにはどんな正当性もない。南アにおける、外国人のお店や企業に対する散発的な暴力行為の歴史は古い。多くの南ア国民が、高い失業率を移民のせいにしているからだ」

そこには、南ア政治家の思惑も絡んでいるとの指摘も。

アフリカ専門ニュースサイト「オールアフリカ」は、「南ア出身以外のアフリカ人に対する最近の攻撃は、政治家たちによる『国家の主権を守るべき』という主張に直接つながっている。外国人排斥という危険なポピュリズムの傾向が強まることで、外国人への攻撃が起きているのだ」と主張した。(中略)

 

南アの週刊紙「メール・ガーディアン」は、「少し前まで、南アは他のアフリカ諸国から愛されていた。だが今は嫌われている。その原因は私たち南ア自身にある」と分析する。(後略)【97日 山田敏弘氏 クーリエ・ジャポン】

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****外国人労働者が不満のはけ口に 襲撃事件が相次いだ南アフリカから日本が学ぶ教訓****

外国人労働者の受け入れを拡大するための改正入管法が128日に成立し、201941日に施行されることになった。

 

1990年ごろにおよそ100万人だった日本在住の外国人は、今日約260万人にまで増えた。少子高齢化による日本の労働力不足や経済のグローバル化を考えれば、さらなる外国人労働者の受け入れは不可避だろう。

 

南アで多発する外国人襲撃

だが、外国人との共生の仕方で苦労していない国は、この世にない。私がかつて家族と暮らしていた南アフリカ共和国(以下、南ア)もまた、外国人労働者を巡る深刻な問題に直面している。南アの問題。それは「ゼノフォビア(Xenophobia)」だ。

 

「ゼノフォビア」は、ギリシャ語で「見知らぬ人」を意味するXeno(ゼノ)と、同じくギリシャ語で「恐怖」を意味するphobos(フォボス)を組み合わせた言葉で、「外国人に対する嫌悪感」といった意味がある。

 

南アは近年、ゼノフォビアに基づく外国人襲撃の多発という、深刻な事態に直面している。

 

20085月には、最大都市ヨハネスブルク郊外で発生したジンバブエ人、モザンビーク人などに対する襲撃を皮切りに、外国人襲撃が国内各地に波及した。わずか2週間で少なくとも62人が殺害され、約700人が負傷した。

 

国連によると襲撃を恐れた外国人約10万人が避難民と化し、南ア政府が設置した避難キャンプや教会での生活を強いられ、急きょ祖国へ帰る人も相次いだ。

 

20153月から4月にかけて、今度はヨハネスブルクと東南部の大都市ダーバンを中心に襲撃が多発した。

 

この時は、南アの最大民族ズールー人の指導的立場にある人物が、南アの高い犯罪率は移民が原因であるとして、外国人の追い出しを呼びかけたことが襲撃多発の引き金になった。(中略)

 

この2度の大規模な襲撃以外にも、小規模な襲撃は各地で散発的に発生している。20182月には、ヨハネスブルク大学のタンザニア人大学院生の男性が大学キャンパス内で殺害され、衝撃を与えた。捜査当局はゼノフォビアに基づくヘイト・クライムの可能性があるとみている。

 

南アでは、19世紀末から周辺国の人々が鉱山や農場で働いてきた歴史があるが、近年の外国人急増のきっかけは、少数の白人が多数の有色人種を支配していたアパルトヘイト(人種隔離)体制時代末期の1986年の法改正である。

 

南ア政府はこの年、日本の入管法に相当する外国人管理法を改正し、それまで厳しく制限していた「非白人」の南アへの入国を認めた。南アへはアフリカ各国から労働者が来るようになり、その数は1994年の民主化後に急増した。

 

世界銀行の2018年の統計によると、南アの移民数は現在約404万人と推定され、総人口約5800万人の7%近くに達する。

 

国別ではモザンビーク約68万人、ジンバブエ約36万人、レソト約31万人など近隣国出身者が多数を占めており、その多くが南ア国内の鉱山、プランテーション農場、飲食店、建設現場などで働いている。富裕層家庭の庭師やメイドとして働いている人も少なくない。

 

外国人襲撃の加害者は、多くの場合、南アの黒人男性の集団であり、刃物や棒など身の回りの品を凶器に集団で暴力を行使する。

 

一方、標的はモザンビーク、マラウイ、ジンバブエなど近隣国出身の人々である場合が多く、近年は西アフリカからやってきたナイジェリア人も襲撃対象にされている。

 

不満のはけ口に

なぜ、南アフリカでは、他のアフリカ諸国出身者に対するゼノフォビアに基づく暴力行為が多発するのだろうか。その理由を巡っては様々な見解が示されているが、一つの有力な見解は、南アの低所得者と外国人低所得者が住宅や雇用機会などを巡って競合した結果、外国人低所得者が南ア人低所得者の不満のはけ口になっている、というものだ。

 

南アには欧米出身の白人、インド系住民、日本や中国など東アジア出身者も多数居住しているが、襲撃の対象になることはほとんどない。これらの国々の出身者の多くは富裕層、中間層に属しており、単純労働者であることは稀である。

 

一方、他のアフリカ諸国出身者は、南ア黒人の低所得者と同じ地域に住み、先述したような単純労働に従事している。

 

南アで暮らしてみると分かることだが、強大な白人政権を相手に反アパルトヘイト闘争を戦い抜いた南ア黒人は、民主化後の今も権利意識が非常に強い。このため南アには、自国の低所得者層を単純労働者として雇用せず、その代わりに低賃金でも文句を言わず、労働者としての諸権利を主張しない外国人労働者を好んで雇用する経営者や商店主が少なからず存在する。

 

その結果、南アの低所得者の間には、「常に失業率が25%前後で推移しているにもかかわらず、なぜ自分たちではなく外国人労働者が職を得ているのか」という疑問と不満が蓄積しており、社会的影響力の強い人物による外国人への憎悪を扇動する発言などを契機に外国人襲撃が起きやすい、と考えられるのだ。

 

また、ある社会でゼノフォビアの感情が高まる時に、庶民の間に広まるお決まりの説は「外国人が増えて治安が悪化した」である。

 

しかし、少なくとも現在に至るまで、外国人が犯罪を起こす確率が南ア人のそれよりも高いとのデータは存在しない。にもかかわらず、南ア社会では「外国人増加による治安悪化説」が強く信奉されており、こうした人々の誤解もゼノフォビアに基づく暴力の背景になっているものと考えられる。

 

日本が外国人労働者の受け入れ拡大に舵を切った今、私は南アのゼノフォビアに基づく暴力の多発という状況を思い起こし、他山の石にしたいと考える。

 

たしかに今の日本で、日本人の集団が多数の在日外国人を殺害するような事態は想像しにくい。また、多くの若年層が失業状態にある南アと、中小企業を中心に人手不足が深刻な日本の状況は異なる。

 

しかし、日本の人手不足は、少子高齢化による労働人口減少の結果であると同時に、現在の好景気の産物でもある。永遠に続く好景気は存在しない。やがて景気後退期に入れば、人手が余る業種や産業も出てくるだろう。その時に「日本人の自分に仕事がないのに、なぜ外国人が先に仕事を得ているのか」との不満が低所得者層を中心に拡大し、ゼノフォビアの感情が強まらない保証はないと私は思う。

 

多数の外国人労働者を受け入れる以上は、政府が先頭に立って精緻な制度設計と運用に注力しなければ、外国人は日本に反感を持って祖国に帰り、日本社会には増幅されたゼノフォビアが残る最悪の結果を招いてしまうことになる。

 

現に南アの場合は、ゼノフォビアに基づく暴力の被害者の出身国政府との間で緊張が高まり、外交関係の悪化にまで発展しているケースもある。【20181220日 GLOBE+

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「無用者階級」を生むAI技術の進歩 「ジョブスのリンゴ」は多くの人々にとっては毒リンゴか?

2019-09-09 22:12:13 | 世相

(人民日報の本社内にある「中央厨房」。壁一面のモニターに個々の記事の反応が映し出される【98日 朝日】

反応を分析してどうするのか? 「反応を見ながら新たな記事を書き、世論を誘導するのです」)

 

【テクノロジーと独裁が融合する危険性】

人工知能(AI)の能力がそう遠くない時点で人間の能力を超えるであろう・・・そのとき人類社会はどのようになるのか・・・・という議論は、極めて今日的な関心事であり、日々あちこちで目にするところです。

 

イスラエル歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の主張に関する下記記事もそういう多くの議論のひとつですが、彼の言うところの「無用者」階級という言葉が非常に印象的です。

 

なお、「無用者」階級とは言わないまでも、未来社会がAIを駆使する一握りの支配階級と、その他大勢の“(厳しい監視・コントロールを受けながら)単に生かされているだけの人々”に二分されるというディストピアは、近未来を扱うTVドラマ・映画では定番でもあります。

 

****ハラリ氏描く近未来 新階級「無用者」と見えない支配者****

「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」の著書が世界で1800万部売れ、オバマ前米大統領ら世界の指導者層からも注目されるイスラエル歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、テルアビブ市内で朝日新聞のインタビューに応じた。

 

人工知能(AI)バイオテクノロジーの力でごく一握りのエリート層が、大半の人類を「ユースレスクラス(無用者階級)」として支配するかもしれない、という未来を描いてみせたハラリ氏はインタビューでも、「真の支配者(ルーラー)はアルゴリズムになる。残された時間は多くはない」と、急速にアルゴリズム(計算方法)の改良が進むコンピューターが人類を支配する将来が来かねないと警告した。

 

ハラリ氏は「中央集権的なシステムはこれまで、データを集めても迅速に処理できなかったため非効率だった。だから米国がソ連を打ち負かした」が、「AIとバイオテクノロジー生体認証などの融合により、歴史上初めて、独裁政府が市民すべてを常時追跡できるようになる」として、テクノロジーと独裁が融合する危険性に警鐘を鳴らした。

 

一方、複雑化する金融などアルゴリズムが支配するシステムはやがて誰も理解できなくなり、専門家ですら、膨大な情報を集めるコンピューターのアルゴリズムからのアドバイスに頼らざるを得なくなると指摘。

 

「公式には権力は大統領にあっても、自分では理解できないことについて決定を下すようになる。『引き返せない地点』はすぐそこまで迫っている」。全体主義を防ぐため、データの保有権について政府が規制する必要があり、市民は政府に圧力をかけるべきだと主張した。

 

個人のレベルでも、ネット上などに集まるデータを総合してその人の好みをすべてコンピューターに把握される「データ支配」が強まると不安視されている。

 

それでもコンピューターに選択をゆだねるのではなく、自分自身の弱みや特徴を知り、コンピューターに対抗する必要性を強調。「最も重要なことは、自分自身をより早く、よく知ることだ」と訴えた。ハラリ氏自身は、自分を知るために毎日2時間の瞑想(めいそう)を行っているという。

 

今後10~20年の間に人類が直面する大きな課題を三つ挙げた。核戦争を含む大規模な戦争、地球温暖化、そしてAIなどの「破壊的」な技術革新だ。

 

特に技術革新については「30年後の雇用市場がどうなっているか、どんなスキルが必要なのかもわからない」と話し、どんな仕事にも就くことができない階層が世界中に広がる可能性も示した。

 

インタビューでは「ハラリ現象」ともいえるほど注目を浴びていることについて「私は預言者ではない。異なる可能性を指摘しているだけだ」としつつ、国家単位ではなく、地球的な視点で物事を見ることの重要性を強調した。98日 朝日】

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上記の主張は、さほど特異な主張もないように思われます。

 

中国社会がAI技術を駆使した超監視社会を構築しつつあることも常に指摘されているところで、そうした技術の現実政治への適用にあっては、中国的な政治体制が“向いている”ことも事実でしょう。

 

これまで、日本や欧米にあっては、欧米的民主主義・自由主義が共産党の一党支配体制よりも優れている、中国のような政治体制はやがては破局を迎えるという考えが一般的でしたが、AIと相性のいい中国社会が欧米社会を凌駕する結果を示すようになる日も来るのかもしれません。

 

なお、自分を知るために毎日2時間の瞑想云々は、いささか凡人には不可能なことではありますが。

 

【AI・バイオ技術の「脅威」 最新治療の恩恵にあずかれるのは特定階層のみ】

****AI・バイオ技術が人類にもたらすもの 「恩恵」か「脅威」か****

朝日新聞のインタビューに応じたユヴァル・ノア・ハラリ氏が描き出した未来は現実に忍び寄る。人工知能(AI)バイオテクノロジーの進化は、ビッグデータによる支配や格差の拡大を招きかねない。驚異的に進む技術革新にどう向き合えばいいのか。

 

「19世紀には多くの国が、産業革命で蒸気船や鉄道を手にした英国やフランスの植民地になった。それが今はAIで起こっている。20年待つと、多くが米国か中国の植民地になる。国のレベルで今すぐ行動を起こさなければ手遅れになる」

 

人類に恩恵をもたらすはずが逆に脅威になる技術。その一つにハラリ氏は「AI兵器」の存在を挙げる。(中略)

 

自ら動き画像などの情報を収集し、AIが敵味方を判断して攻撃を決定するドローンや戦闘車両――。「自律型致死兵器システム」(LAWS)と呼ばれるロボット兵器は米中やロシア、イスラエル、韓国が研究しているとされる。

 

8月にジュネーブで開かれたAI兵器についての国連の専門家会合は、規制に関する初めての指針を採択した。ただ、条約など法的拘束力のある規制に踏み込むのは簡単ではない。ハラリ氏は「20年後には手遅れになる」と訴える。

 

ハラリ氏がAIとともに「今後20~40年の間に経済、政治のしくみ、私たちの生活を完全に変えてしまう」と警告するのがバイオ技術だ。

 

今年5月、遺伝子治療技術を使った白血病向けなどの製剤「キムリア」の薬価が過去最高の約3349万円に決まり話題を集めた。バイオ関連の技術革新はめざましいが、すべての人が最新治療の恩恵にあずかれるとは限らない。

 

ベストセラーになった著書「ホモ・デウス」で、ハラリ氏は予想している。「2070年、貧しい人々は今日よりもはるかに優れた医療を受けられるだろうが、彼らと豊かな人々との隔たりはずっと広がる」(中略)

 

ゲノム編集のベンチャーをつくった神戸大の近藤昭彦教授は「がんのように遺伝子が壊れた疾患は遺伝子治療で根治できる」とバイオ技術の可能性を強調する一方、「高額の薬価を引き下げて多くの人が使えるようにし、AI兵器と同じように、バイオも倫理面の研究に力を入れないといけない」と指摘する。【同上】

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遺伝子治療技術は確実に進歩するでしょうが、それを使えるのは一部の特権的支配階級のみ・・・・という世界になるのかも。

 

そうなると、支配階級は肉体的にも不老不死とは言わないまでも、それに近いものを手にし、その他の人々とは全く異なるライフスタイルになるのかも。

 

まさにドラマが描く近未来ディストピアです。

 

【社会の変化についていけず職に就けない「無用者階級」】

****新階級「無用者」 旅行業者・銀行員「絶滅危惧種」の指摘****

「AIとロボットが人々にとって代わり、雇用市場を変える。学校は子どもたちに何を教えるべきかもわからない」

 

著書で、社会の変化についていけず職に就けない「無用者階級」が生まれる未来を予見したハラリ氏の世界には、日本の経営者も関心を持つ。

 

その一人、みずほフィナンシャルグループの佐藤康博会長は「AIが人の知能を超えるシンギュラリティーが来れば無用者層とも呼ぶべき人たちが出てくる。現代人が日常で感じる将来への不安を深くえぐり出した」と語る。

 

AIやビッグデータといったテクノロジーについていけなければ、金融業は生き残れない。社長時代の17年秋、10年間で約8万人の人員のうち、約1・9万人を削減する構造改革を佐藤会長が打ち出したのも、そうした危機感からだった。(中略)

 

ハラリ氏は、旅行業者と並んで、銀行員を「絶滅危惧種」と呼んでいる。巨大企業の場合、AIの普及で効率化が進むと、人員の余剰感を招きかねない。

 

「人が余れば、フロントに出てお客様に対応する仕事や企画部門といった、人間でしかできないサービスを担えるように再教育することが大切になる」と佐藤会長は考える。

 

ただ、AIやロボットがどこまで進化するかは読み切れない。ハラリ氏はこうも語る。

「AIは進化を続ける。人々は一度だけでなく、何度も自己改革を迫られる。このストレスは耐えがたいだろう」【同上】

*******************

 

AIとロボットによって社会の生産性があがれば、社会の変化についていけず職に就けない者についても、例えばベーシックインカムのような形で、収入を保証されることもあるのかも。

 

ただ、そうした者は単に生かされている「無用者階級」ともなるのかも。「無用者階級」については、後でもう少し詳しく取り上げます。

 

なお、ハラリ氏が「絶滅危惧種」の事例として、いささかマイナーな旅行業者を持ち出した理由は知りません。

 

【データで国家を統制する中国のデジタル国家主義 個人データを巨大な利益に変える「GAFA(ガーファ)」】

****世論を中華に誘導する「厨房」****

「情報を集約して持つことで、計画経済や専制的な政府は、民主主義よりも技術的な優位性を持つ可能性がある。民主主義と自由市場が常によりよく機能する法則があるなどとは考えるべきではない」

 

ハラリ氏は、一国の体制を技術が左右する時代が来たと告げる。その一端がすでに見られる場所がある。

 

北京市内にある中国共産党の機関紙「人民日報」本社ビルの10階にある「中央厨房(ちゅうぼう)(セントラルキッチン)」は、最先端のメディアの現場だ。

 

湾曲した壁一面に広がるモニター画面の中央に、中国全土の地図が青く映し出される。その上に光る大小の黄色の丸。「それぞれの記事がどの地域でどれだけ読まれているかが表示されています」。案内役の女性が説明する。各部が取材結果を持ち込み、次の取材計画を練るという。

 

だが、「厨房」の本当の機能は別にある。世論の流れを読み、「動かす」のだ。画面には読者の性別、年齢層、地域などとともに、読者の書き込みから「記事を読んだ人の感情が肯定的か否定的か」も表示されている。

 

「分析してどうする?」。尋ねると、案内役は当たり前のように答えた。「世論が極端に傾いていないかを見ます。反応を見ながら新たな記事を書き、世論を誘導するのです」

 

今年3月、新華社通信習近平(シーチンピン)国家主席のメディア戦略を報じている。「ニュースの収集、発信、反応などでAIの利用を探求する。アルゴリズムを制御し、世論を導く力を全面的に高めていく」

 

人民日報は新聞、ネット、アプリ、ウェイボーやウィーチャットなどメッセージ機能を持つ「マイクロメディア」の四つの発信源を持ち、17年6月時点でユーザーは約6億3500万人に達する。中央厨房は他の党機関紙のモデルになり、似たようなメディア融合のシステムを、地方の機関紙も取り入れる。

 

ビッグデータが生む価値は「第2の石油」といわれる。個人データを巨大な利益に変えるグーグルやアマゾンなどの巨大プラットフォーマー「GAFA(ガーファ)」。データで国家を統制する中国のデジタル国家主義。双方が台頭する世界を、私たちはどう進めばいいのか。

 

ハラリ氏はこう提案する。

「技術はいい方にも悪い方にも働く。いま国家や企業が市民を監視するために一方的に使っている技術を、市民が国家を監視するためのものとして開発すべきだ」【98日 朝日】

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今、国際社会では米中の覇権争いが繰り広げられていますが、将来の世界の支配権をめぐって争うのは、「データで国家を統制する中国のデジタル国家主義」と「個人データを巨大な利益に変えるグーグルやアマゾンなどの巨大プラットフォーマー“GAFA(ガーファ)”」なのかも。

 

その場合、日本・欧米が中国と異なる政治体制にあるとは言っても、それは支配者が「国家」そのものなのか、それとも「国家」を動かす“GAFA(ガーファ)”なのか・・・という違いに過ぎないのかも。

 

【雇用不能な「無用者階級」 支配階層は「不老階級」にも】

ハラリ氏が描く「無用者階級」については、以下のようにも。

 

****人工知能は役立たず階級を生み出すか?--『ホモ・デウス』書評(評者・井上智洋)****

人類史を変えた3つのリンゴ

 人類の歴史には、3つのリンゴに象徴される劇的な変革があった。

一つ目は「アダムのリンゴ」で、これは紀元前一万年頃に始まった「農耕革命」を象徴している。この革命によって、狩猟・採集社会から農耕社会への転換がなされた。(中略)

 

二つ目の「ニュートンのリンゴ」は、アイザック・ニュートンがリンゴの木からその実が落ちるのを見て万有引力を思いついたという逸話から、17世紀の科学革命とそれに続く「工業革命」(第一次・第二次産業革命)の象徴と見なすことができる。工業革命は、農耕社会から工業社会への転換を引き起こした。

 

三つ目の「ジョブスのリンゴ」は、「情報革命」(第三次・第四次産業革命)の象徴だ。このリンゴは、言うまでもなくスティーブ・ジョブス等が設立したアップル社を指している。情報革命による工業社会から情報社会への転換が今まさに進行中だ。(中略)

 

情報革命はディストピアをもたらすか?

 三つ目の「ジョブスのリンゴ」は、人類にとっての「シアワセ林檎」になり得るだろうか?『ホモ・デウス』によれば、情報革命はディストピア(反理想郷)をもたらすかもしれない。

 

科学革命の後の人間至上主義の時代に、森羅万象が科学の対象として分析されたが、人間だけは分割できない神聖な魂によって自由な意思決定を行う唯一の例外的な存在に祭り上げられていた。

 

だが、近年の神経科学と情報技術の発達によって、人間の知的振る舞いは脳内の「電気化学的プロセス」に応じたアルゴリズムの作動に過ぎないのではないではないかと考えられるようになっている。

 

人間の脳とコンピュータは、アルゴリズムにしたがって作動するという意味で本質的な違いはない。そして、コンピュータ上のアルゴリズム(人工知能)は、いずれ人間の脳を凌駕するようになるとハラリは断じている。

 

“意識を持たないアルゴリズムには手の届かない無類の能力を人間がいつまでも持ち続 けるというのは、希望的観測にすぎない。(ハラリ『ホモ・デウス』)”

 

そうすると、人間は買い物から恋人選びに至るまで人生のあらゆる決定を人工知能に任せるようになるだろう。それは既に、アマゾンのレコメンデーション(書籍などの提案)システムや恋人マッチングアプリなどによって半ば実現している。

 

“『すべてのモノのインターネット』の偉大なアルゴリズムが、誰と結婚するべきか、どんなキャリアを積むべきか、そして戦争を始めるべきかどうかを、教えてくれるでしょう(ハラリ『ホモ・デウス』)”

 

ただし、ディストピアじみてはいるものの、生身の人間の脳よりも優れたアルゴリズム様の決定に従うことで、人類はより幸福になるかもしれない。

 

より深刻なのは、人間の脳を凌駕したアルゴリズムの出現によって、生身の労働者が不必要になるという事態だ。多くの仕事が人工知能に任せられるようになり、人間はお払い箱となる。

 

“二十一世紀の経済にとって最も重要な疑問はおそらく、膨大な数の余剰人員をいったいどうするか、だろう。ほとんど何でも人間よりも上手にこなす、知能が高くて意識を持たないアルゴリズムが登場したら、意識のある人間たちはどうすればいいのか?(ハラリ『ホモ・デウス』)”

 

ハラリは、「Useless class」という言葉を用いており、これは「無用者階級」「役立たず階級」「不要階級」などと訳されている。人類全員ではないにせよ、大量の役立たずの人間が発生するという。

 

“二十一世紀には、私たちは新しい巨大な非労働者階級の誕生を目の当たりにするかもしれない。経済的価値や政治的価値、さらには芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに何の貢献もしない人々だ。この「無用者階級」は失業しているだけではない。雇用不能なのだ。(ハラリ『ホモ・デウス』)”

 

その一方で、人類は、戦争と飢餓、疫病の克服には安住せず、次なる目標に向かって驀進していくという。それは、テクノロジーによって肉体をアップグレードして、不死の超人になることだ。

 

神を殺した人類は自ら「ホモ・デウス」(神人)にならんとする。既にグーグルは、「死を解決すること」をヴィジョンとして掲げた「キャリコ」という子会社を設立している。

 

ただし、肉体のアップグレードにはお金が掛かる。『銀河鉄道999』の物語を思い出して欲しい。機械の体を買って永遠の命を生きられるのは、一部の金持ちだけだ。

 

神戸大学の松田卓也名誉教授は、『ホモ・デウス』の描く未来を「不老階級」と「不要階級」の分化としてまとめている。「不老階級」は、実際には不死にまでは至らないにせよ肉体をアップグレードしながら末永くハッピーに生きる。「不要階級」は、仕事がないがために貧しく、生まれたままの肉体をこれまで通り老化させながら慎ましく死んでいく。

 

『ホモ・デウス』の未来予想図にしたがえば、「ジョブスのリンゴ」も多くの人々にとっては毒リンゴとなる。それを「シアワセ林檎」に変えるにはどうしたら良いのか?私達は今から真剣に議論しておくべきだろう。それとも、こうした七面倒な議論もアルゴリズム任せにしてしまおうか?【17日 井上智洋氏 Web河出】

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支配階層が「不老階級」となる一方で、生かされている「無用者階級」には「人生定年制」が適用されるような社会になるのかも。ディストピアドラマの見過ぎでしょうか。

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アフガニスタン  「合意間近・大詰め」から「和平協議中断」へ 揺れる米・タリバンの和平協議

2019-09-08 22:33:32 | アフガン・パキスタン

(米代表団との和平協議を続けるタリバーン幹部=2019年7月7日、ドーハ【98日 朝日】 彼らはタリバン全体をきちんとコントロールできるのでしょうか?)

 

【女性の権利は「イスラムの教えと伝統に沿った形で守る」?】

アフガニスタンにおけるタリバンとアメリカの和平協議が目まぐるしい動きを見せています。

 

****アフガン和平案「合意」 米特使、トランプ氏の承認待ち タリバーン、テロ続行****

米政府でアフガニスタン和平を担当するカリルザード和平担当特使は2日、米国とアフガニスタンの反政府勢力タリバーンとの和平合意案が「まとまった」ことを明らかにした。

 

トランプ米大統領の承認を待つ段階にあるとして、和平協議が大詰めにあることをほのめかした。

 

ただ、アフガニスタンではこの日もタリバーンによるテロ事件が起きており、和平への道は険しいものとなっている。(中略)

 

基本合意の内容については、米国がアフガニスタンに駐留する米軍約1万4千人のうち約5千人をアフガニスタンの五つの基地から135日以内に撤退させ、タリバーンアフガニスタンを拠点にした国際的なテロ活動を許さない、というものだと説明した。

 

さらに、カリルザード氏は、和平合意後にタリバーンアフガニスタン政府の代表者、他の民族・政党代表が集う会議が始まるとの見通しも語った。その場で、米軍撤退後のタリバーンアフガニスタン政府との停戦に向けた協議が進められる計画だという。

 

米国は2001年9月の米同時多発テロ後、テロを首謀した国際テロ組織アルカイダをかくまっているとして、アフガニスタンの当時のタリバーン政権に対する空爆を開始。以来、駐留米軍とタリバーンとの戦闘が続いている。

 

その一方で、両者の和平協議は続いており、9回目の協議が1日に中東カタールで終わったばかり。そこで基本合意に至った模様だ。

 

ただ、カリルザード氏は、残りの約9千人の撤退については言及しなかった。複数のタリバー幹部が朝日新聞の取材に明かしたところによると、9回目協議のたたき台となった合意案は、米軍の完全撤退は「段階的に」「14カ月以内に完了」となっている。

 

インタビューを前に、カリルザード氏はアフガニスタンガニ大統領に和平協議の現状を説明。ロイター通信によると、大統領報道官は2日、米側から示された合意案を精査して、政府としての見解を示す見通しを明らかにした。

 

一方、タリバーンはテロ活動の手を緩めていない。首都カブールでは、カリルザード氏のインタビューが行われた2日に外国人が多く暮らす居住区でタリバーンによる爆破テロが起き、16人が死亡、119人が負傷した。

 

タリバーには、早期の和平合意を促すために米国を揺さぶる狙いのほか、合意後に開かれる予定のアフガニスタン政府などとの停戦に向けた協議を念頭に、自身の立場を誇示する意図があるとみられ、治安が良くなる兆しはない。【94日 朝日】

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18年という「最長の戦争」により、米軍は2400人の戦死者を出し、数千億ドルの戦費を費やすところとなっており、トランプ大統領としてはこの戦争から米軍を撤退させることで次期大統領選挙において大きな「成果」をアピールしたい狙いと言われています。

 

紛争が停止することは実に喜ばしいことですが、問題は停戦後どうなるのかというところです。

大方は、米軍が手を引けばアフガニスタン政府は長くはもたないだろうと予想しています。

 

アフガニスタン政府崩壊後に出現する第2次タリバン政権において、市民の権利、女性の権利は守られるのか?

 

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・・・一方、タリバーンが守る項目には「外国人がアフガニスタン領内から世界の国々に脅威を与えることを許さない」ことが挙げられている。

 

「外国人」とは、2001年の米同時多発テロを首謀した国際テロ組織アルカイダの残存勢力を意識した文言だ。米国はさらに「外国人による戦闘員や資金の調達」も許さないよう求めているが、タリバーンは渋っているという。

 

また、タリバーンが「撤退作業中の米軍を攻撃しない」ことや「アフガニスタンの軍人や外国籍の収容者を解放する」ことも盛り込まれている。タリバーンが監禁している大学教授の米国人と豪州人計2人を念頭に置いた項目だ。

 

人権や表現の自由の保障も挙げられているが、1996年から01年まで続いたタリバーン旧政権下で国際的な批判を浴びた女性の権利は「イスラムの教えと伝統に沿った形で守る」との条件付きになっている。

 

タリバーン交渉団の一人は「女性から教育や就職選択の権利を奪うことはしないが、国家元首になることは許さない」と語る。

 米

軍撤退後の、タリバーンアフガニスタン政府との停戦交渉も議論の的だ。骨子では、タリバーンが「即座」にアフガニスタン政府代表者などと話し合うことや、他の民族・政党と権力を分け合う「包括的な政権」づくりを目指す方針も掲げられた。タリバーンの権力独占を防ぎ、政情を混乱させずに撤退したい米政権の思惑がにじむ。【92日 朝日】

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【米国内、アフガニスタン政府の懸念】

トランプ政権としては、「後は野となれ山となれ」ではなく、きちんと今後について合意したといいたいのでしょうが、“女性の権利は「イスラムの教えと伝統に沿った形で守る」との条件付き”・・・・どこまで信用していいのか? “条件”がどういうものなのか?

 

アメリカ国内でも、米軍撤退後、タリバンが権力を求めることで「全面的な内戦」が生じることを懸念する声が上がっています。

 

****アフガン撤収で拙速回避を=元米大使ら9人が声明****

駐アフガニスタン米大使経験者ら元米高官9人が3日、アフガン駐留米軍の拙速な撤収を避けるよう訴える声明を出した。真の和平実現前に大規模部隊を引き揚げれば「全面的な内戦」が再燃し、米国の安全保障に「壊滅的打撃」を与えかねないと警告している。(中略)

 

声明は、アフガン政府が交渉の当事者に入っておらず、過激派組織「イスラム国」(IS)も活動する中、米国とタリバンとの合意が平和をもたらすか不明確だと主張した。【94日 時事】 

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当然ながら、交渉の枠外に置かれたアフガニスタン政府もそうした点を懸念しています。

 

****アフガン政府、米タリバン和平草案に「懸念」****

アフガニスタン和平をめぐり、米国とイスラム原理主義勢力タリバンがとりまとめた合意草案について、アフガン政府報道官は4日、「懸念を抱いている」と表明した。

 

報道官はツイッターに「(駐留米軍撤収などが生む)将来の危険性を完全に分析したい」と投稿し、草案を慎重に精査する構えを見せた。

 

アフガン政府は治安の重しである駐留米軍の撤収によって、タリバンが政府への攻勢を強めることを警戒している。(後略)【94日 産経】

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アメリカ・トランプ政権は、腐敗・汚職が横行し、タリバンに対する有効な対応ができないアフガニスタン政府を見限り、タリバンとの直接交渉で米軍の退路を確保しようとしているとの指摘もあります。

 

【テロ攻勢の手を緩めないタリバン 大統領選挙妨害も】

タリバン側は、テロ攻撃の手を緩めていません。

一般的には、交渉を有利に進めるための圧力と解釈されています。

 

タリバンは831日にも北部クンドゥズを攻撃、9月2日夜にはカブール東部の国際機関や外国人の住居が集まる地区で爆弾テロがあり、ロイター通信によると、少なくとも16人が死亡、119人が負傷しています。

 

もっとも、タリバン内部も一枚岩ではなく、和平交渉に反対する勢力もあります。

 

****タリバーン指導者、暗殺未遂 内部の和平反対派、関与か****

アフガニスタンの反政府勢力タリバーンの指導者アクンザダ幹部の暗殺未遂事件が、隣国のパキスタン西部で16日に起きていたことが治安当局の調べで分かった。

 

アクンザダ幹部はアフガニスタンに駐留部隊を置く米国と和平協議を進めており、これを阻止したいタリバーンの和平反対派が関与した疑いがあるという。タリバーン内の意見の対立が激化すれば、合意間近とされる和平協議に影響が出る可能性がある。(中略)

 

アクンザダ幹部の所在先が表面化したのは今回が初めて。パキスタンはタリバーン執行部の潜伏を許す代わりに、その戦略に口出しをしてきた。

 

昨年まではタリバーンとのつながりを否定してきたが、米トランプ政権が軍事支援を凍結するなど圧力を強めたため、方針を転換。逆にタリバーンとのつながりを売りにして米国とタリバーンの和平協議の仲介役を演じている。

 

実際にパキスタンの口添えでタリバーンが動き、米国との和平協議に進展が見られたことから、トランプ氏は7月22日にパキスタンのカーン首相をホワイトハウスに招き、会談で関係改善をアピールした。【820日 朝日】

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タリバンは、今月行われるアフガニスタン大統領選挙も妨害することを明示しています。

 

****アフガンで28日に大統領選 タリバンが「妨害宣言」****

アフガニスタン和平をめぐり、米国とイスラム原理主義勢力タリバンの交渉が進展する一方、アフガンでは28日の大統領選に向けた準備が進む。

 

ガニ大統領は勝利を収めて「アフガンの統治者」として求心力を高めたい考えだが、タリバンは「民衆を欺くための策略だ」として選挙の妨害を明言。和平の行方も影響を与える可能性がある。(中略)

 

アフガンの支配者を自任するタリバンは選挙に強く反発し、8月初旬に不参加を呼びかける声明を発表した。選挙集会や投票所の襲撃を示唆している。

 

選管によると、タリバンは8月末から北部クンドゥズ州やバグラン州で攻勢を強めており、現地では投票所が設置できない状況に陥っているという。

 

タリバンは政府との対話を拒んでいるが、対話開始の条件の1つとして選挙実施の撤回を求めているともいわれている。

 

(前回選挙にも出馬した行政長官)アブドラ氏は「平和のためなら選挙から下りる用意ができている」と宣言しており、選挙の中止と引き換えに、タリバンが直接の和平交渉に応じるなら、出馬を取り下げる意向だ。

 

アフガン政治評論家のモハメド・ハキヤール氏は「アフガン政府の最優先事項は、タリバンとの進行中の戦争を止めることだ。タリバンが政府との対話に応じる姿勢を見せるのなら、選挙中止も選択肢だろう」と話している。

 

大統領選は28日に投票され、過半数に達した候補者がいない場合は上位2候補の決選投票になる。【94日 産経】

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【米兵の犠牲者を出す大規模テロに、トランプ大統領も和平協議を「中断」】

こうした頻繁なテロ活動、大統領選挙妨害の中で、95日、首都カブールでNATO軍要員を含む10名以上が死亡する再び大規模テロが。

 

****アフガン首都で爆弾攻撃、NATO軍要員2人含む10人死亡****

アフガニスタンの首都カブールで5日、自動車を使った爆弾攻撃が起き、北大西洋条約機構軍の要員2人を含む少なくとも10人が死亡した。同国の旧支配勢力タリバンが犯行声明を出した。

 

カブールでは2日にも、米軍の撤退をめぐってタリバンとの交渉を指揮する米特使がカブールを訪れていたさなかに大きな爆発が起き、多数の死傷者が出ている。

 

アフガニスタン内務省のナスラト・ラヒミ報道官によると、今回の攻撃で少なくとも10人が死亡し、42人が負傷した。

 

爆弾攻撃は、厳重な警備が敷かれているシャシュ・ダラク地区で発生。同地区は、アフガニスタンの情報機関「国家保安局」をはじめとする重要施設が集まる「グリーンゾーン」に隣接している。

 

NATOがアフガニスタンで展開する米主導の「確固たる支援任務」によると、爆発でルーマニア人と米国人の兵士が死亡した。

 

米国史上最長となる戦争の終結方法を政府が模索する中、アフガニスタンで従軍中に死亡した米軍兵士の数は今年に入ってから少なくとも16人に達した。

 

タリバンのザビフラ・ムジャヒド報道官はツイッターに犯行声明を投稿。「殉教を求める者」である自爆攻撃者が自動車爆弾を起爆し、「外国の侵略者」が死亡したと述べた。 【96日 AFP】

*********************

 

交渉中に頻発する大規模テロ・・・・交渉を有利に進めるためとはいいつつも、これではタリバン側の「和平」に対する真意に疑問が生じます。

 

早期に交渉をまとめたがっていたトランプ大統領もさすがに躊躇したようです。

 

****トランプ氏、自爆テロでタリバーンとの和平協議「中止」****

トランプ米大統領は7日、アフガニスタンの反政府勢力タリバーンとの和平協議を「中止した」とツイッターで表明した。

 

アフガニスタンの首都カブールで5日に起きたタリバーンによる自爆テロで、米兵1人を含む12人が殺害されたことを受けて決めたという。

 

米国とタリバーンの和平協議は基本合意に達し、最終段階にあったが、トランプ氏の決断で最終合意は遠のく可能性が出てきた。

 

トランプ氏はまた、タリバーン幹部、アフガニスタンガニ大統領と8日に米国で会談する予定だったが、会談もキャンセルしたことを明らかにした。

 

ただし、トランプ氏はタリバーン側に揺さぶりをかけるために中止や会談キャンセルを表明した可能性があり、その場合は和平協議自体は今後も続くとみられる。

 

トランプ氏は7日、「タリバーン指導者とアフガニスタンの大統領が8日、(ワシントン郊外にある大統領専用の)キャンプデービッド山荘で、私と個別に秘密会談する予定だった」とツイッターに投稿。だが、タリバーンによる5日の自爆テロを受けて、「私は即座に会談をキャンセルし、和平交渉も中止した」と表明した。

 

トランプ氏はさらに「タリバーンは、非常に重要な(米国との)和平協議を続ける間も停戦に合意できず、12人の無実の人々を殺害するなら、意味ある合意に向けた交渉をする力はない。あと何十年、戦い続けるつもりなのだろうか?」とツイートし、和平協議を続ける間も自爆テロを行ったタリバーンを非難した。

 

米国とタリバーンの和平協議をめぐっては、米政府でアフガニスタン和平を担当するカリルザード和平担当特使が今月2日、タリバーンとの間で「(和平の)基本合意に達した」と発表。ただ、「米大統領が承認するまで(合意は)確定しない」とし、トランプ氏の最終判断を待っている状態と説明していた。(中略)

 

「米国第一」を掲げるトランプ氏は、在外駐留米軍の撤退を進めることで米国の費用負担減をめざし、アフガニスタンからも完全撤退を模索している。

 

米政府は昨年7月からタリバーンとの和平協議を断続的に続けており、9回目となる協議が今月1日に終わったばかりだった。【98日 朝日】

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タリバーンは、非常に重要な(米国との)和平協議を続ける間も停戦に合意できず、12人の無実の人々を殺害するなら、意味ある合意に向けた交渉をする力はない。」・・・・トランプ大統領としては珍しくまっとうな発言です。

 

ただ、北朝鮮との交渉の例もありますので、単なる“揺さぶり”なのかも。

トランプ流の奇策は短期的には大きな効果を生みますが、長期的にはその言動が信頼されなくなるという大きな問題があります。

 

いずれにしても、タリバン側がテロ活動を停止しない限り、いくら「和平」に関して合意しても意味がないように思えます。

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ロヒンギャ難民 進まぬ帰還 バングラデシュ側は携帯禁止、強制移住で「隔離」へ

2019-09-07 21:20:22 | ミャンマー

(ロヒンギャの「ジェノサイドの日(825日)」にバングラデシュの難民キャンプで開催された大規模集会【93日 Newsweek】)

 

【責任逃れの域を出ないミャンマー側の取り組み】

これまでも取り上げてきたように、ミャンマー西部ラカイン州から隣国バングラデシュに避難した70万人をこえるイスラム系少数民族ロヒンギャの帰還は進んでいません。

 

国際社会から批判を受けるミャンマー政府は帰還のためのパフォーマンスは行っていますが、民族浄化と言える殺害・暴行・レイプ・放火などを行った国軍の責任が問われず、国籍の付与も明らかにされておらず、ラカイン州での安全な生活が保障されていない現状では、ロヒンギャ難民は帰還に応じていません。

 

帰還を可能にする基本的な問題に手を付けないまま、単にバスだけ用意して、帰還に向けて取り組んでいますと言われても・・・・。

 

****大弾圧から2年、ロヒンギャ20万人が難民キャンプで集会 バングラ****

ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャが国外に逃れるきっかけとなった同国軍による苛烈な弾圧から2年を迎え、バングラデシュにある難民キャンプで25日、ロヒンギャ約20万人が参加して集会が開催された。

 

ロヒンギャをめぐっては数日前、2度目となるロヒンギャを帰還させる2度目の試みが行われたものの、失敗に終わっていた。

 

20178月に開始された国軍の容赦ない弾圧により、ロヒンギャ約74万人がミャンマーのラカイン州を脱出。バングラデシュ南東部にある広大な難民キャンプにはすでに、迫害のため以前から避難していたロヒンギャ20万人が暮らしていた。

 

世界最大の難民キャンプであるクトゥパロンの中心部では、ロヒンギャの人々が「ジェノサイド(大量虐殺)の日」と呼ぶこの日をしのび、子どもやヒジャブを着用した女性、「ルンギー」と呼ばれる長いスカート状の服を着た男性らが行進し、「神は偉大なり、ロヒンギャ万歳」とシュプレヒコールを上げた。

 

さらに焼け付くような日差しの下、大勢が「世界はロヒンギャの苦悩に耳を傾けない」という歌詞の愛唱歌を合唱した。

 

タヤバ・カトゥンさんは頬に涙を流しながら、「2人の息子を殺されたことに対する正義を求めてここに来た。最後の息をつくまで正義を求め続ける」と語った。

 

ミャンマー側は弾圧について、ロヒンギャの武装集団に警察施設が襲撃されたことを受け、鎮圧作戦を実施したと主張している。しかし国連は昨年、ミャンマー軍幹部をジェノサイドの罪で訴追するよう求めた。

 

ロヒンギャの指導者であるモヒブ・ウラー氏は、ロヒンギャは故郷へ戻ることを求めているが、まずは市民権を付与され、安全が保証され、自分たちの村で再び暮らすことが認められてからだと話す。

 

ウラー氏は集会で、「ビルマ(ミャンマー)政府に対話を求めてきた。しかしまだ何の返事もない」「われわれはラカイン州で殴打され、殺され、レイプされた。だが今もそこは故郷であり、われわれは戻りたい」と訴えた。

警察官のザキール・ハッサン氏がAFPに明らかにしたところによると、この集会にはロヒンギャ約20万人が参加した。 【825日 AFP】

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ミャンマー側も、国際批判の手前、多少は動きを見せないと・・・という考えもあるのか、一部国軍兵士の責任を問う動きもあるようです。

 

****ロヒンギャ迫害か、国軍兵士ら訴追へ ミャンマー****

ミャンマー国軍は、約70万人が難民になっている少数派イスラム教徒ロヒンギャが暮らしていた地域での、治安部隊による問題行動について、軍法会議を開き、関与した者を訴追する方針を示した。8月31日、国軍最高司令官事務所が明らかにした。

 

ロヒンギャへの新たな迫害行為を国軍が認める可能性がある。国軍が運営するメディアも同様の内容を報じた。

 

同事務所のウェブサイトなどによると、ロヒンギャが住んでいた西部ラカイン州の村で複数件、兵士らが「指示に従わなかった」行為があったとして、国軍が軍法会議にかけて必要な措置を取るとしている。

 

問題行為の具体的な内容は明かされていない。国軍が示した村の名前などから、AP通信が昨年2月、ロヒンギャの多くの遺体が埋められたと報じた件に関連している可能性がある。

 

国軍は、2017年8月の治安部隊による掃討作戦でロヒンギャを迫害したと国際社会から非難され、同年の独自調査でロヒンギャへの暴行を「なかった」と結論づけた。その後、ロヒンギャ10人の殺害に兵士らが関与したことが発覚し、兵士7人が懲役刑を受けていた。【92日 朝日】

******************

 

74万人を国外に追いやった民族浄化が、一部兵士の「指示に従わなかった」行為によるものとは到底思えませんが、ミャンマー国軍としては、このあたりが限界なのでしょうか。

 

自浄が期待できないなら、国際機関を入れての調査が必要になりますが、ミャンマー政府はこれを拒んでいます。

 

【負担が大きいバングラデシュ政府は「隔離政策」の方向へ】

一方、難民社会における難民の犯罪行為への関与やテロ勢力の浸透など、大量の難民を受け入れてきたバングラデシュ側の負担も大きくなっています。

 

****ロヒンギャ大量流出2年 帰還開始で合意も希望者ゼロ****

ミャンマーからイスラム教徒少数民族ロヒンギャが隣国バングラデシュに大量に流出し、4日までに2年が経過した

 

。両国は帰還開始で合意しつつも、難民に希望者がおらず事態は膠着(こうちゃく)。事態の早期解決が困難な状況の中、バングラデシュではロヒンギャが治安の不安要因となり始めている。

 

2017年8月25日、ミャンマー西部ラカイン州で治安部隊とロヒンギャの武装集団が衝突し、国連によると、約74万人が難民となってバングラデシュ南東部コックスバザールに逃れた。

 

両国は昨年11月の帰還開始で合意したが、希望者がおらず中止に。今年8月22日にも両国が約3500人の帰還開始で一致し、大型バスも用意されたが、手を挙げる難民はなく帰還は実現しなかった。逆に難民は流出2年となった25日にキャンプで10万人規模の集会を開催し、ミャンマー政府に対して抗議の声を挙げた。

 

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相率いる与党国民民主連盟(NLD)は、来年の総選挙を控え、多数派仏教徒の支持を取り付けたい局面にある。

 

ロヒンギャの帰還を急げば、受け入れに反発する仏教徒の支持離れは免れない。国際社会に問題を解決する意向は示しつつも、積極的な帰還には及び腰だ。

 

バングラデシュ側は受け入れについて、「限界に達している」(ハシナ首相)と繰り返し訴えている。2年を経て顕在化するのは、治安への不安だ。

 

ロヒンギャ難民が犯罪グループに加入するケースが相次ぎ、特に薬物の運び屋として“雇用”されている。今年に入って40人以上のロヒンギャが薬物犯罪に関わったとして治安当局などに殺害されたとされる。

 

バングラデシュ政府は難民キャンプ周辺で「安全保障上や治安上の理由」により携帯電話を遮断する方針も打ち出す。

 

地元ジャーナリストは、難民がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)などテロ組織に勧誘される可能性を指摘。「事態の膠着が続けばあり得ない話ではない」と警戒している。【94日 産経】

********************

 

上記記事にある「携帯電話禁止措置」については、以下のようにも。

 

****ロヒンギャ難民の携帯利用禁止 バングラ政府 ****

バングラデシュは、イスラム系少数民族ロヒンギャ難民が携帯電話サービスを利用できないようにする。

 

ネット接続の主要手段を奪うことにもなり、本国ミャンマーからのニュースや親族との連絡を携帯電話に頼るロヒンギャにとって大きな痛手となる。

 

ロヒンギャ難民はバングラデシュ内での移動や雇用機会を著しく制限されており、携帯電話の利用ができなくなれば孤立状態がさらに深まる。バングラデシュには2年前、ミャンマー軍の弾圧を逃れようとするロヒンギャ難民70万人超が流入した。

 

バングラ政府は1日、携帯電話会社に対して、ロヒンギャ難民への携帯SIMカードの販売を停止するよう指示した。

 

ムスタファ・ジャバル通信相はインタビューで、ロヒンギャ難民の身元確認資料が不足していることが要因と説明した。同国の法律では、身元確認資料がそろっていないとSIMカードの登録ができない決まりだという。

 

また、ロヒンギャ難民が現在使用しているSIMカードも使えないようにする方針だと述べた。ロヒンギャの犯罪組織が携帯電話を使って連携するのを阻止する狙いがあるとした。

 

外国政府はこれまで、先進国の多くが移民受け入れを制限する中で、イスラム教徒中心のバングラデシュが大量のロヒンギャ難民を受け入れたことを高く評価していた。

 

バングラデシュ政府はロヒンギャに対し、自発的にミャンマーに帰還するよう求めているが、ロヒンギャはミャンマー政府による帰還受け入れの申し出を拒否している。

 

ミャンマー政府は8月下旬にも少数の帰還受け入れを申し出たが、ロヒンギャの間ではミャンマー軍に再び攻撃されるとの懸念がなお根強い。【95日 WSJ】

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就労も禁止され、通信手段も奪われる・・・・ということで、ますます難民キャンプ全体が大きな監獄のようにもなっていきます。

 

バングラデシュ政府は、キャンプそのものを交通もままならない辺鄙な場所に移してし、地域社会から隔離する計画も進めています。

 

****ロヒンギャ難民、強制移住も視野 バングラデシュ、避難長期化で****

バングラデシュのモメン外相は26日までに共同通信のインタビューに応じ、隣国ミャンマーから逃れてきたイスラム教徒少数民族ロヒンギャの集団帰還が進まないため、国境近くの難民キャンプからベンガル湾の島に強制移住させることも視野に入れていると明らかにした。

 

70万人以上が避難するきっかけになったロヒンギャ武装勢力と治安部隊の戦闘から25日で2年が経過した。モメン氏は同日のインタビューで避難生活の長期化に懸念を表明。

 

南東部コックスバザールのキャンプは雨期に土砂災害の危険があるとして「帰らないなら、より強い姿勢を取ることになる」と述べた。【826日 共同】

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この強制移住先“ベンガル湾の島”については、【627日 Newsweek「終わりなきロヒンギャの悲劇」】によれば、およそ人が住むには適さない場所とされています。

 

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なお、難民受け入れの負担を何とか減らしたいバングラデシュ政府が強行しようとしているのが、キャンプから北西に約120キロ離れた国内の無人島バシャンチャールに、10万人のロヒンギャを移送する計画です。

 

ベンガル湾に浮かぶこの小さな島は、1020年ほど前に浅瀬に泥が堆積してできた「泥の島」で、バングラデシュ政府による突貫工事で防波堤と10万人分の居住施設が完成間近だそうです。

 

ただ、もともと泥の堆積による「泥の島」で、人間の居住には適さないとして以前計画が棚上げ状態にもなった場所です。

 

建設中の防波堤がどれほどのものかは知りませんが、バシャンチャールは島というよりは中州のように海抜が低く、海が荒れたらひとたまりもなく水没しそうだ。627日 Newsweek「終わりなきロヒンギャの悲劇」】とも。

 

また、住民によれば、この辺りの島々は外界から隔絶しているため医療・教育施設が乏しく、荒天時には文字どおり孤島になるという。そんな場所に難民を閉じ込めれば、バングラデシュ社会と共生することもミャンマーに帰ることも難しくなるだろう。【同上】

715日ブログ「中国のウイグル族弾圧を擁護するミャンマーのスー・チー政権」より再掲】

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こういう状況にあれば、難民のなかに過激なテロ組織に共鳴する者が出てきてもなんら不思議ではなく、そうなるとますますバングラデシュ政府の隔離政策が強まることも予想されます。

 

多くの問題同様、ロヒンギャの問題も出口が見えない状況です。

 

 

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中国  2020年までに社会信用システムを全国的に導入 「監視社会」の悪夢か、「幸福な監視国家」か

2019-09-06 21:59:32 | 中国

2020年に制度が本格始動すれば、すべての中国人の行動が習近平の監視対象になる【201852日 Newsweek】)

 

【政権による「完全支配システム」 「制度が成熟すると共に、逆らう者への処罰はひどくなるだろう」】

中国が監視カメラ、顔認識技術、信用を点数化した社会信用システムなどによって、近未来的な「監視社会」に移行しつつあるという話はこれまでも再三とりあげてきました。

 

*****14億人を格付けする中国の「社会信用システム」本格始動へ準備****

<長々とゲームをするのは怠け者、献血をするのは模範的市民、等々、格付けの高い者を優遇し、低い者を罰するこのシステムにかかれば、反政府活動どころかぐれることもできない>

 

中国で調査報道記者として活動する劉虎(リウ・フー)が、自分の名前がブラックリストに載っていたことを知ったのは、2017年に広州行の航空券を買おうとした時のことだった。

 

航空会社数社に搭乗予約を拒まれて、中国政府が航空機への搭乗を禁止する「信頼できない」人間のリストを保有しており、自分がそれに掲載されていたことに気づいた。

 

劉は、2016年に公務員の腐敗を訴えるソーシャルメディアに関する一連の記事を発信し、中国政府と衝突した。政府から罰金の支払いと謝罪を強要された劉はそれに従った。これで一件落着、と彼は思った。

 

だがそうはいかなかった。彼は「不誠実な人物」に格付けされ、航空機に乗れないだけではなく、他にも多くの制限を受けている。

 

「生活がとても不便だ」と、彼は言う。「不動産の購入も許されない。娘を良い学校に入れることも、高速列車で旅することもできない」

 

国家権力による監視とランク付け

劉はいつのまにか、中国の「社会信用システム」に組み込まれていた。中国政府は2014年に初めてこのシステムを提案、市民の行動を監視し、ランク付けし、スコアが高いものに恩恵を、低いものに罰を与えると発表した。

 

この制度の下で、エリートはより恵まれた社会的特権を獲得し、ランクの底辺層は実質的に二流市民となる。この制度は2020年までに、中国の人口14億人すべてに適用されることになっている。

 

そして今、中国は劉のように「悪事」を犯した数百万人に対し、鉄道と航空機の利用を最長1年間禁止しようとしている。

 

51日から施行されるこの規則は、「信用できる人はどこへでも行くことができ、信用できない人は一歩を踏み出すことすらできないようにする」という習近平国家主席のビジョンを踏まえたものだ。

 

これは近未来社会を風刺的に描いたイギリスのドラマシリーズ「ブラックミラー」のシーズン31話『ランク社会』のプロットにそっくりだ。ドラマはSNSを通じた他人の評価が実生活に影響を与えるという架空の社会が舞台だが、中国において暗黙の脅威となるのは、群衆ではなく、国家権力だ。

 

中国政府はこのシステムの目的は、より信頼のおける、調和のとれた社会を推進することだと主張する。だが、この制度は市場や政治行動をコントロールするための新しいツールにすぎないという批判の声もある。

 

人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの上級研究員マヤ・ワンは、「社会信用システムは、善行を奨励し、悪行を処罰するために習政権が実施する、完全支配のシステムだ。それも進化する」と本誌に語った。「制度が成熟すると共に、逆らう者への処罰はひどくなるだろう」

 

社会信用システム構想発表時の文書によれば、政府は2020年までに最終的なシステムの導入をめざしている。

国家的なシステムはまだ設計段階にあり、実現の途上にあるが、地方自治体は、市民に対する様々な方法を試すために、独自のパイロット版を立ち上げている。

 

中国最大の都市上海では、親の世話を怠る、駐車違反をする、結婚の登録の際に経歴を偽る、列車の切符を転売するといった行為は、個人の「信用スコア」の低下につながりかねない。

 

民間企業も類似システムを開発

中国南東部の蘇州は、市民を0から200までのポイントで評価するシステムを採用。参加者は全員100の持ち点から始める。

 

警察によれば、2016年に最も模範的だった市民は、献血を1リットル、500時間以上のボランティアを行って、最高の134ポイントを獲得したという。

 

ポイント数に応じて、公共交通機関の割引や病院で優先的に診察してもらえるなどの特典が与えられる。

 

蘇州当局は、次の段階として、運賃のごまかしやレストランの予約の無断キャンセル、ゲームの不正行為といった軽犯罪に対してもこのシステムを拡大し、市民を処罰する可能性があると警告した。

 

中国の電子商取引企業も顧客の人物像を把握するために、顔認証などの高度な技術を使って、似たような試験プログラムを実施している。政府は、社会信用システムの開発にむけて民間企業8社にライセンス供与している。

 

中国最大手IT企業・アリババ系列の芝麻信用(セサミ・クレジット)は、ユーザーの契約上の義務を達成する能力や信用履歴、個人の性格、行動や嗜好、対人関係という5つの指標に基づいて、350から950の信用スコアを割り当てている。

 

個人の買い物の習慣や友人関係、自分の時間を過ごす方法などもスコアに影響を与える。「たとえば、10時間ビデオゲームをプレイする人は、怠け者とみなされる」と、セサミ・クレジットのテクノロジーディレクターであるリ・インユンは言う。「おむつを頻繁に購入する人は親とみなされる。親は概して責任感がある可能性が高い」

 

同社はそうした数値を計算するための複雑なアルゴリズムを明らかにすることを拒否しているが、既にこのシステムに登録された参加者は数百万にのぼる。セサミ・クレジットはウェブサイトで、公的機関とのデータ共有はしていないと主張している。

 

中国政府がこの試験的構想から全国統一のシステムを作り出し、計画どおりに実施するなら、中国共産党はすべての国民の行動を監視し、方向付けることができるようになる。

 

言い換えれば、習は完全な「社会・政治的統制」の力を握るだろうと、中国研究機関メルカトル・チャイナ・スタディーズのサマンサ・ホフマンは本誌に語った。

「このシステムの第一の目的は、党の力を維持することだ」【201852日 Newsweek

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【政府が人民を監視によって無理やり従わせるというより、「親心」を示すことによって緩やかに管理しよう、というやり方との指摘も】

一方で、日本を含めたどんな国でもデジタル化によってデータが取得され活用されるようになれば、中国の社会信用システムとの間にはそんなに距離はない。中国だけを上記のような「監視社会」として批判するのはあたらないとの指摘もあります。

 

****日本人が知らない監視社会のプラス面――『幸福な監視国家・中国』著者に聞く****

<中国の監視社会化に関するネガティブな報道が相次いでいるが、「ミスリード」であり「誤解」だと、梶谷懐と高口康太は言う。「幸福な監視国家」は「中国だけの話ではなく、私たちの未来」とは、一体どういう意味か>

100
万人超を収容していると伝えられる新疆ウイグル自治区の再教育キャンプ、街中に張り巡らされた監視カメラ網、政府批判の書き込みが消され風刺漫画家が逮捕されるネット検閲、さらにはデジタル技術を生かした「社会信用システム」の構築など、中国の監視社会化に関するニュースが次々と報じられている。

ジョージ・オーウェルのディストピア小説『一九八四年』さながらの状況に思えるが、かの国はいったい何を目指しているのか。このたび新刊『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)を共著で出版した梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授、専門は中国経済)、高口康太(ジャーナリスト)に聞いた。

――中国の監視社会化に関する報道が相次いでいる。中国共産党は自らの権力基盤を不安に感じ、独裁体制を強化しているのか。

高口 日本のみならず各国の報道では、少数民族弾圧から監視カメラ網まで、その手のニュースはすべて監視社会化、独裁体制強化の手段としてひとくくりに報じられていますが、これはミスリードでしょう。

再教育キャンプなどの少数民族弾圧や人権派弁護士逮捕、ウェブ検閲など、"昔ながらの"体制維持の取り組みが強化されている一方で、統治の問題よりも経済や市民の生活向上に焦点を当てた、新しい監視が中国では普及しつつあります。

その代表例が社会信用システムです。「信用スコアが下がった中国人は飛行機に乗ることすら許可されなくなる。内心まで縛る、恐るべき監視システム」といった誤解が広がっていますが、実態はそうではありません。

信用という言葉には「相手を間違いないとして受け入れること」のほか、「評判」「貸し付け限度額」など多義的な意味がありますが、中国の社会信用システムもまた言葉通りに多様な内容を持ちます。

制度建設のガイドラインにあたる「社会信用システム建設計画綱要(20142020年)」(中国国務院が2014年に発表した公文書)や、2000年代初頭から始まった社会信用システム関連の法律制度を分析すると、その主な対象が金融、ビジネス、道徳の3分野であることが分かります。

金融面では、金融サービスを享受できる人・企業の数をどれだけ増やすか、特に農民などクレジットヒストリー(融資の返済履歴などの金融関連の個人情報)を持たない人々に対する融資をいかに評価するかが課題とされています。

――ビジネス面ではどのような取り組みがあるのか。

高口 ビジネス面では、不正を働いた人や企業の"やり逃げ"をいかに抑止するかが課題となりました。中国は広いので、焼き畑農業的にある地域、ある業種でやらかした人間が、別の場所でそしらぬ顔をして不正を繰り返すということが横行しています。

不正を取り締まる法律はありますが、証拠を集めて、訴えて、裁判して......というのはともかくコストがかかる。不正を働いた人・企業の情報を集めてブラックリストで公開するのが、ビジネス面での最大の柱です。

日本でも、不正を働いた弁護士や行政書士が懲戒処分を受けるとその名前は公開されますし、消費者庁による問題ある企業の実名公開もあります。これらはすべて中国では社会信用システムに含まれるものなのです。

日本や米国など先進国の法律制度を研究して政府が導入したのですが、今の時代に合わせてデジタル化が進められている点が異なります。すべての国民・企業に付与された「統一信用コード」によって、複数のブラックリスト・データベースを貫き検索できる。ブラックリスト・データベースと連携して、飛行機のチケットを発券しないといった処罰を与えられるようになっているわけです。

今やデジタル化、デジタルトランスフォーメーション(進化し続けるデジタル技術が人々の生活を豊かにしていくという概念)は世界の趨勢です。そしてデジタル化が進めば、大量のデータが記録され活用可能なものとなります。データを有効活用すれば、それだけ効率は上がる。その試みを世界に先駆けて進めているのが中国でしょう。

――では、道徳ではどのような取り組みが行われているのか。国家による道徳心への干渉となると、監視国家そのものにも思えるが。

高口 道徳面の社会信用システムは啓蒙、宣伝の強化が一般的です。ゴミのポイ捨てはやめましょう、高齢者は大事にしましょうといったポスターを張り出したり、新聞やテレビで啓蒙番組を流したり......

注目すべき動きは、地方政府による信用スコアの導入です。信用スコアというと、アリババグループの芝麻信用(セサミクレジット)が有名ですが、こちらはあくまで民間企業が提供する返済能力や契約履行意志を点数化したツールです。芝麻信用とは別に、政府が住民の「信用」を点数化する取り組みが一部の都市で試行されています。

「献血をしたらプラス何点」「人助けをしたらプラス何点」「交通違反でマイナス何点」といった形で、各住民にスコアを付ける。そして、高い点数の人にはちょっとした特典を与え、点数が低いとちょっとした制限をかけることで、良きふるまいを促そうというものです。

「パターナリスティックな功利主義」で説明できる
――なるほど。それでも日本人の感覚からすると、過干渉と言えるかもしれない。そもそも、なぜ政府が国民の道徳心を高めようとするのか。

梶谷 「パターナリスティックな功利主義」という言葉で説明できるでしょう。

パターナリズムとは「温情主義」「父権主義」と訳されますが、上位者が下位者の意思に関わらず、よかれと思って介入することを是とする態度です。功利主義とはある行為の善し悪しは、それが結果的に社会全体の幸福量を増やすことができるかどうかによって決まる、という考え方です。

両者が結合すると、ゴミの分別を守ることであれ、交通ルールを守ることであれ、政府が人民に対して「こうすればあなたも他のみんなもハッピーでしょ?」という選択肢を提示して、それに従う者には何らかの金銭的見返りを与える、人民のほうもそれに自発的に従う、という状況が生まれます。

政府が人民を監視によって無理やり従わせるというより、「親心」を示すことによって緩やかに管理しよう、というやり方だと言えるでしょう。

――国民の同意が必要な民主主義国とは異質な、中国だからこその試みに思える。

高口 果たしてそうでしょうか。日本には「監視社会は恐ろしい、プライバシーの流出は危険です」という論考はあふれています。一方で「デジタル化は社会の必然だ、便利になる、経済成長につながる」という議論も多い。

ただ、デジタル化によってデータが取得され活用されるようになれば、中国の社会信用システムとの間にはそんなに距離はありません。

その意味で「幸福な監視国家」とは中国だけの話ではありません。恐ろしい異国の話ではなく、私たちの未来の話だと考えています。

梶谷 「監視社会は嫌だ」という立場と「デジタル化で徹底的に利便性の追求を」という立場は対立しているように見えて、実は"慣れ"の問題として捉えられる部分もあると考えています。

監視につながる新しいテクノロジーが登場すると、なんとなく気持ち悪いからと反発する世論が一時的に盛り上がるが、結局利便性が高いため広がっていき、最初は反発していた人たちもそれに"慣れ"ていく。

Suica
などの交通系ICカードや防犯カメラなどがそうだったように、これまで日本社会でも繰り返されてきた歴史です。

そう考えれば、今は異形に見える中国の監視社会が、気が付けば日本でも当たり前になることは十分にあるのではないでしょうか。

梶谷 先日、大学のデジタル出欠確認システムに関するニュースがありました。出欠や成績から退学候補者を洗い出し、事前に面談などのケアを行うというものです。

ツイッターやフェイスブックの書き込み情報を結合させれば、退学候補者の予測精度はより向上するかもしれません。あるいは中国ではすでに一部で導入されているように、授業中の表情解析によってどれだけ集中できているかという情報を加味することも考えられます。

今すぐ日本で導入することには抵抗が強いでしょうが、もしこの取り組みで退学者を激減させられるとしたら、私たちはそれでも拒むのかが問われているのです。

また、これも先日話題となった(就職情報サイト)リクナビの内定辞退率予測については、学生側にメリットが見いだせず、またリクナビは学生に情報を提供させつつ不利益を与える利益相反の立場にあった、データ活用の方法を具体的に伝えていなかったなどの瑕疵(かし)があり、厳しい批判を受けました。

ただ、将来的にはこうした問題をクリアするような内定辞退率予測システムも登場するかもしれません。例えば、学生がデータを提供することによって、言葉以上の重みで「貴社こそが私の本命企業だ」と伝えられるのであれば、一定のメリットを持つでしょう。

もし「デジタル化=監視社会化」の流れが続くとしても、これまでのようにただなし崩し的に"慣れ"ることで導入を認めていくことがいいのか、というのが、もう一つの問題です。導入にあたって市民社会によるチェックを有効に働かせる方法はないものか、この点についても著書では検討しています。プライバシーか利便性かの二者択一ではないデジタル化=監視社会化の議論が今、求められているのです。【819日 Newsweek

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【大半の人が知らないうちにブラックリストに入れられてしまう その基準も不明瞭】

「パターナリスティックな功利主義」、“政府が人民を監視によって無理やり従わせるというより、「親心」を示すことによって緩やかに管理しよう、というやり方”・・・・どうでしょうか? 個人的にはやはり不安感がぬぐえません。

 

****知らぬ間にブラックリストに…社会信用制度に懸念の声 中国****

無責任な犬の飼い主は処罰され、反体制派はブラックリストに登録される──中国の社会信用制度は、「どのような行動が望ましく、望ましくないか」を当局が定義するもので、前例のない規模の市民生活管理を可能にするとの警戒の声が上がっている。

 

中国国務院が2020年までに全国的な導入を目指している社会信用制度の狙いは、報奨と懲罰の抑止力を通じて国民の品行を標準化し、社会全体で個人の行動を効率的に査定することにある。

 

反体制派の作家、野渡氏は、「これは社会を全体主義的に管理する新手の方法で、全員の生活の何もかもがこれまでに例がないほど監視されることになる」と警告する。

 

だが、これまでのところ制度に統一性はなく、行動の善悪という「信用度」の尺度は市町村ごとに異なり、報奨や処罰の対象も一定ではないと、専門家らは指摘する。

 

北京の場合、信用度が高い市民は政府の仕事を確保できる可能性が高まり、子どもを公立の幼稚園に入れる際にも有利となる。一方、河北省秦皇島の報奨は、「模範的な市民証明書」の発行と年1回の無料健康診断だ。

 

米エール大学の中国法専門家ジェレミー・ダウム氏は次のように述べている。「社会信用制度は、全くもって信用スコアとはいえない。実際は曖昧な概念で、さまざまな規制を網羅している。記録することで人はより正直に行動し、不正行為が減るというのが唯一の共通した特徴だ」

 

中国社会信用情報センターによると、当局は2018年、社会信用度が低い数百万人に対して飛行機や鉄道の利用を禁止した。

 

規制対象となった一人に中国人女優ミシェル・イェさんがいる。イェさんは3月、当時付き合っていた男性に対する名誉毀損(きそん)で有罪とされ、裁判所命令に従わなかったとして飛行機の利用を制限された。

 

■企業に適用の可能性
だが、社会信用制度に抵触した場合の処罰について明確な規則はなく、個人の格付けを調べる簡単な方法も存在しない。

 

国家行政学院で公共管理を教える竹立家教授は、「現在、中国で進められている社会信用実験の大きな問題は、大半の人が知らないうちにブラックリストに入れられてしまうことだ」と指摘する。「何をすればブラックリスト入りになるのかについてもかなりの混乱が生じている」(中略)

 

当局は、社会信用制度は市民の法的権利を侵害するものではなく、学校や病院などの公的サービスの利用にも影響はないと躍起になって説明している。

 

だが、人権活動家らは、社会信用制度が中国の大規模な監視制度と併用されると、反体制派の口を封じる武器になる恐れがあると警告する。また、収集されている個人情報や企業情報の詳細や保管期間も明らかにされていないため、プライバシーに対する懸念も広がっている。

 

英情報調査会社IHSマークイットによると、中国で路上や建物、公共の場所に設置されている監視カメラは、2016年で約17600万台に上る。一方、米国では5000万台だった。さらに2022年までに、その数は276000万台に達するとみられている。

 

中国政府は年内に企業に対する社会信用制度を全国的に導入する計画を進めている。これにより、国内外の企業は敷地内への監視カメラの設置と、政府へのデータ提供を求められる可能性がある。 【96日 AFP】

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コロンビア  和平合意した左翼ゲリラ組織FARCの一部メンバー、武装闘争再開を宣言

2019-09-05 22:32:27 | ラテンアメリカ

(戦闘再開を宣言する、イバン・マルケス氏(中央)らコロンビアの元左翼ゲリラ組織「コロンビア革命軍(FARC)」のメンバーたち。ユーチューブに投稿された動画より(撮影日および場所不明、2019年8月29日公開)【8月29日 AFP】)

 

【同調者は一部だが、もとからの分離派メンバーなどとの合流で戦闘再燃の懸念も】

2016年のノーベル平和賞が、左翼ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)と4年間交渉を重ねた末、2016年6月に停戦合意に達し、50年余りの内戦を終わらせたことを評価し、コロンビアのサントス大統領(当時)に授与されたことは周知のところです。

 

ただ当時から、FARCメンバーが人質の拉致や殺人への責任を問われずに議会に議席を得ることに反発し、FARCに譲歩し過ぎだと、ウリベ前大統領を筆頭に停戦合意に反対する国民は多く、2016年10月に行われた停戦合意をめぐる国民投票では、反対票が50.24%と多数を占めました。

 

ノーベル平和賞授与は、こうした反対派の圧力で和平交渉がとん挫しないように、サントス大統領を後押しすることが狙いでもありました。

 

その後も、FARCへの国民批判は根強く、2018年6月に行われた大統領選挙では、FARCとの和平合意の見直しを訴えるイバン・ドゥケ前上院議員(41)が当選しました。

 

ドゥケ氏は「和平合意を粉々にはしない。だが、正義が行き渡る国を求める、みなさんの意見を前に進めると、勝利宣言で改めて和平合意の見直しを約束しました。

 

上記のように、逆風の中でスタートした感があるFARCとの和平合意ですが、不満は国民側だけでなく、FARC側にもあって、ここにきて更に難しい問題が。

 

****コロンビア一部ゲリラが闘争再開 和平合意守られていないと主張*****

南米コロンビアで2016年に政府との和平合意に応じた左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC)の元幹部司令官が29日、再び武装して闘争を始めると宣言した。

 

ドゥケ大統領が元メンバーの身元の安全確保など和平合意を十分に履行していないと主張している。半世紀以上に及ぶ内戦を終わらせた和平への影響が懸念されるが、同調者は一部に限られる見通しだ。

 

ネットに投稿されたビデオには元FARCナンバー2で和平合意交渉担当者のイバン・マルケス氏が約20人のメンバーと登場した。

 

マルケス氏はFARCの武装解除後、「150人の元メンバーと数百人の左翼活動家が殺された」とし、防止策を取っていないと政府を非難。「闘争は続く。これが合意の裏切りに対する答えだ」と述べた。

 

マルケス氏は昨年、親族が麻薬取引容疑で逮捕され、米国に送還されて以降、行方をくらましていた。

 

FARCから生まれ変わった政党「人民革命代替勢力」のロンドニョ党首(元FARC最高司令官)は「元メンバーの90%以上が和平プロセスに関与している。一歩も後戻りしない」とツイート。武装解除に応じ、社会復帰を目指す約8000人の大半は同調しないと強調した。

 

一方、そもそも武装解除に応じなかった者に加え、その後の加入者をあわせ、FARCの離脱メンバーは約2500人にのぼり、ゲリラ活動を続けているとみられている。

 

これらのメンバーがマルケス氏に同調する動きが広がれば、戦闘が再燃する恐れもある。

 

ドゥケ氏はテレビ演説で「マルケス氏ら犯罪者を追跡する」と述べ、特別な捜査部隊の創設を命じたと発表。拘束につながる情報提供者に約86万ドル(約9200万円)の懸賞金を与えると明かし、影響を最小限に抑えようと躍起だ。【8月30日 毎日】

******************

 

【闘争再開宣言グループは、ELNとの同盟関係模索も主張】

コロンビアではいまだに左翼ゲリラによる殺害・誘拐は日常的に発生していますが、上記の一部ゲリラの闘争再開宣言直後にも市長選立候補女性が襲撃される事件が起きており、FARC離脱グループ(もとから武装解除に応じていなかったグループか)の関与が取り沙汰されています。

 

****コロンビア、政治家の車両襲撃され6人死亡 FARC離脱した地元グループの犯行か****

コロンビア南西部カウカ州で1日夜、同州スアレス市の市長選に立候補していた女性候補と市議会議員候補が乗った車両が襲撃され、この2人を含む6人が死亡した。当局者が2日明らかにした。スアレス市一帯では、麻薬密売と違法採掘をめぐる暴力が問題になっている。

 

同州当局者によると、10月のスアレス市長選に立候補していたカリナ・ガルシア氏とその母親、同市市議会議員候補ら6人は装甲を施した乗用車に乗って移動していたが、長射程武器で襲撃され、さらに車に火を放たれた。ガルシア氏の父親によると、同氏は他の候補の支持者らから脅迫を受けていたという。

 

コロンビア政府のミゲル・セバジョス和平高等弁務官は今回の襲撃で、2016年に政府との和平協定に合意した元左翼ゲリラ組織、コロンビア革命軍から離脱した地元グループのリーダーを非難している。

 

FARCの元メンバーの大半は政府との和平合意を受け入れたものの、交渉の先頭に立ったイバン・マルケス氏ら一部の幹部は先週、政府が協定を順守していないとして武装闘争の再開を宣言した。 【9月3日 AFP】

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前出【毎日】にあるように、当初から武装解除に応じなかったFARCの離脱メンバー(FARC分離派)が多数存在しており、コロンビア政府と交渉を続けながらもゲリラ活動をやめていない共産主義ゲリラ組織国民解放軍(ELN)も存在しています。事件が起きたカウカ県ではこのELNとFARC分離派が活発に活動しており、麻薬組織と激しい縄張り争いを繰り広げているとのこと。

 

闘争再開宣言をしたグループは、ELNとの同盟関係模索も主張しており,コロンビア政府はELNをけん制しています。

 

****ELNがFarc分離派と同盟を結ぶのであれば、和平交渉の扉を閉ざし鍵を海に投げ捨てる コロンビア政府****

「Farc分離派とELNの同盟が確認された場合、深刻な事態を招くことになるだろう。」とコロンビア政府高等平和委員のミゲル セバジョスは述べ、「犯罪組織・麻薬組織と同盟を結ぶELNとの対話の可能性は完全に失われる。」と強調しています。

 

Farcの元ナンバー2でありFarcの和平交渉団団長であったイバン マルケスと元Farcボス数人がYoutubeを通じ、武装闘争の再開を宣言しELNとの同盟関係を模索すると宣言しています。

 

先週、チョコ県で活発に活動するELN戦線のボス通称ウリエルが、Farcの元大幹部数人が武装闘争に復帰したことを歓迎すると表明しています。(後略)【9月5日 音の谷ラテンアメリカニュース

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コロンビア政府はFARC分離派への掃討作戦を行っています。

 

****Farc分離派ゲリラ9人を殺害した空爆作戦はマルケスに対するメッセージ コロンビア大統領****

コロンビア国防相ギジェルモ ボテロはFarc分離派ゲリラ9人を空爆作戦により殺害したと発表し、「投降か敗北しかないことを犯罪者たちに警告する。」と強調しています。

 

コロンビア大統領イバン ドゥケは空爆作戦について、コロンビア政府からイバン マルケスに対するメッセージであり、死亡したゲリラの中には麻薬犯罪・誘拐・恐喝などの犯罪行為を繰り返すFarc分離派ゲリラグループのボス通称ヒルダルド クチョが含まれていると明らかにしています。(中略)

 

和平合意を受け入れず武装闘争を継続しているFarc分離派は24グループ1800人近く存在しており、麻薬犯罪・鉱物違法採掘などを資金源に活動しています。今現在イバン マルケスが率いる新たなゲリラ組織との関連は不明です。【8月31日 音の谷ラテンアメリカニュース

*********************

 

【隣国ベネズエラ・マドゥロ政権の左翼ゲリラ支援への批判も より重大な問題はベネズエラ難民の存在】

また、コロンビア政府は、隣国べネズエラの左翼マドゥロ政権のFARC分離派への支援を批判しています。

 

****マドゥロがFarcの再武装化を支援している コロンビア高等平和委員が言明****

コロンビア政府高等平和委員のミゲル セバジョスは、和平合意に反して武装闘争の再開を宣言したイバン マルケスをニコラス マドゥロ独裁政権が支援しているのは明らかであると語っています。

 

「最高幹部たちがベネスエラに潜伏しているELNをイバン マルケスが頼っていることからも、ニコラス マドゥロがELNだけでなく、新たな武装組織を支援しているのは明らかです。」とセバジョスはワシントンで行った記者会見で述べています。(中略)

 

セバジョスによれば、この(武装闘争再開宣言)動画が撮影されたのはベネスエラです。

 

「セニョール イバン マルケスが同盟を発表した国民解放軍(ELN)の47%近くがベネスエラ領にいることが分かっています。」とセバジョスは指摘しています。【8月30日 音の谷ラテンアメリカニュース

**********************

 

コロンビア左翼ゲリラとベネズエラの関係は、チャベス-ウリベ時代からのもので、目新しい話ではありませんが、コロンビアにとってもっと大きな問題は、140万人と言われる大量のベネズエラ難民の存在ではないでしょうか。(混乱が続くベネズエラの方も、今はコロンビアに深く関与する余裕はないでしょうし)

 

****ベネスエラ難民危機は地域的問題ではなく、世界的問題となっている 国連Acnur*****

 

 国連難民高等弁務官事務所(Acnur)コロンビアの副代表Yukiko Iriyamaは、ベネスエラ難民危機は地域の問題から国際的問題へと拡大したと述べています。

 

「これまで以上に困難な状況でベネスエラ難民がやってきており、今まで以上の人道支援が必要となっています。」とAcnurコロンビアの副代表は語っています。

 

妊婦、栄養失調の子供、障碍者などを含む多くの難民がコロンビアにやってきており、コロンビアの負担は大きくなっているとYukiko Iriyamaは強調しています。現在コロンビアには140万人を超えるベネスエラ人が滞在しています。

 

コロンビアに流入するベネスエラ人は増加しており、エクアドルの人道ビザの効力があるうちにコロンビアを経由してエクアドルに入るベネスエラ人も多くいるとIriyamaは指摘しています。

 

コロンビア政府は8月半ば時点で9600万ドルの国際支援を受け取っていますが、国連が今年必要と見積もっている金額の30%に過ぎません。

 

ベネスエラからここ数年で430万人が国外に逃亡しており、そのうちの80%がラテンアメリカとカリブ諸国に滞在しているとAcnurは報告しています。

 

最大はコロンビアの140万人で、次いでペルー約85万3400人、エクアドル33万400人、チリ28万8200人、ブラジル17万8600人、アルゼンチン14万5000人となっています。【8月28日 音の谷ラテンアメリカニュース

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核先制不使用宣言の破棄を示唆するインド 逆に「核の先制不使用」に言及するパキスタン首相

2019-09-04 22:55:54 | 南アジア(インド)

(【7月10日 SEAnews】 パキスタンのカーン首相(右)とインドのモディ首相(左))

 

核軍縮が迷路に入り込むなか、“核先制不使用”の意義】

「相手が核攻撃してこない限りこちら(核保有国とその同盟国)は核を使用しない」という“核先制不使用”という政策があります。

 

核保有国のなかで、現在この“核先制不使用”を明言しているのは中国とインド。

 

「そんなものは言葉のうえだけの話にすぎず、現実的にはなんの役にもたたない」という反応もありますが・・・・。

 

****核先制不使用宣言のすすめ INF全廃条約失った今こそ****

被爆74年を迎えるこの夏、核軍拡から核軍縮への転換点を歴史に刻んだ重要な条約が失効した。史上初めて核兵器の削減を義務付け、冷戦終結への導線ともなった米ロ(米ソ)間の中距離核戦力(INF)全廃条約だ。

 

1987年に当時のレーガン米大統領と条約の署名式にのぞんだゴルバチョフ元ソ連大統領は8月1日、次のような声明を発表した。

 

「この条約の抹消は国際社会に何の利益ももたらさない。欧州だけでなく、世界全体の安全保障を危うくする」「(条約破棄を選んだ)米国の行動は、国際政治における不確実性を高め、混沌(こんとん)をもたらすだろう」

 

ロシアに条約違反の疑いがあったとは言え、条約破棄に突き進んだトランプ政権の選択はまさに「世紀の愚行」だ。

 

しかし、そう嘆くばかりでは先へ進めない。混沌の中にあっても、あるいは混沌にのみ込まれそうな今だからこそ、核戦争を防ぐための「次の一手」をうっていくことが不可欠だ。

 

さまざまな英知を結集して考える必要があるが、ひとつの方法は、核保有国が核先制不使用を決めることだろう。

 

先制不使用とは、相手が核攻撃してこない限りこちら(核保有国とその同盟国)は核を使用しない、核保有はあくまで相手の核使用を抑止することのみを目的とする、との考え方である。

 

INFはもともと「使える核」として登場した。しかし、INFで角を突き合わせれば核戦争の危険が高まるばかりだった。そこで、いっそのことゼロにした方がいいと米ソ双方が判断した結果、INF全廃条約が誕生した。それは冷戦末期に核先制使用のリスクを一気に低める英断でもあった。

 

こうした経緯を考えると、INF全廃条約を失った今こそ、核戦争リスクを低減させるために、核先制不使用を真剣に検討すべき時ではないか。

 

この考え方はここ何十年も繰り返し議論されてきたもので、決して目新しくはない。だが、この条約なき世界において、核戦争を防ぐ重要な政策ツールとして優先順位を高めるべきではないだろうか。

 

そんなふうに思いをめぐらせていたら、米国の知人たちも同じようなことを考えているのを知った。かつて核ミサイル基地で勤務し、今はプリンストン大学で研究生活をおくるブルース・ブレア氏と、オバマ政権で大統領特別補佐官を務めたジョン・ウォルフスタール氏がワシントンポスト紙に、先制不使用宣言のすすめを連名で寄稿していたのだ。

 

いわく――核先制使用をやめる選択に踏み切れば、核使用の敷居を高くできるうえに、米ロ間の危険な核競争の制御にも新たな突破口を見いだせる。米国がこの選択を採用すれば、他の核保有国にも同調するように求められる。

 

そもそも、核先制使用が米国や同盟国の短期的、長期的な国家安全保障に資するよう事態など、実際には考えもつかない。

 

核軍縮のみを望んでこう言っているのではなく、核先制使用のオプションを残しておくことに伴うリスクを、核問題の専門家が冷厳な視点から分析した末の結論だ。

 

現実の世界を見てみよう。「言葉の上だけのことだ」との批判もあるが、中国とインドは核先制不使用を宣言している。

 

この2カ国が態度を変えないうちに米国が同様な宣言をし、互いにその宣言を信頼できるようなシステムを構築していけばいい。米中印が「核先制不使用の輪」をつくってロシアを囲めば、ロシアへの同調圧力も強められる。

 

ブルースとジョンも寄稿に書いているが、米国民主党の大統領候補選出に向けた討論会で、エリザベス・ウォーレン上院議員は核先制不使用支持を強調した。ジョー・バイデン前副大統領も核保有の「唯一の目的」は相手の核使用を抑止することだとの立場で、事実上、核先制不使用に共感を示している。

 

核軍縮が迷路に入り込むなか、米国の有力政治家の間でこうした意見があることはきちんと認識しておく必要があるだろう。(後略)【8月6日 朝日】

********************

 

【“核先制不使用”は状況次第とインド国防相 「核のドラム」を叩くモディ首相】

「言葉の上だけのことだ」「中国の“核先制不使用”が日本にとってどれだけの意味があるのか」とは言いながらも、やはり“核先制不使用”を明言するのとしないのとでは、それなりの差もあるでしょう。

 

特に、これまで“核先制不使用”を掲げていた国が、今後は“核先制不使用”をやめる・・・と言い出したら、やはり危険な兆候でしょう。

 

上記記事は“2カ国が態度を変えないうちに”と書いていますが、現実には“態度を変えそうな”発言が、カシミール問題で核保有国パキスタンとの対立が深まるインドから出ています。

 

****核の先制不使用「状況次第」=パキスタンけん制か―インド国防相****

インドのシン国防相は16日、ツイッターに「インドは核の先制不使用方針を固く守っている。将来どうなるかは状況次第だ」と投稿した。

 

インドは、パキスタンと領有権を争う北部ジャム・カシミール州の支配強化を図り、パキスタンの強い反発を招いた。投稿には、ともに核保有国のパキスタンをけん制する意図があるとみられる。【8月16日 時事】 

****************

 

“状況次第”が意味するものは?

 

****「核の先制不使用」をインドが捨て去る日****

<インドとパキスタンの緊張激化で揺れ動く核抑止力の限界 インドとパキスタンの緊張激化でモディ政権による核ドクトリン修正はあるのか>

 

核攻撃を受けない限り核兵器を使わない「核の先制不使用」の原則を採用しているインドだが、ある発言を機に、その核政策が改めて注目されている。

 

インドのラジナト・シン国防相は8月16日、98年に地下核実験を行った西部ラジヤスタン州ポカランを訪問。インドは先制不使用を「固く守ってきた」と述べた上で、こう続けた。「将来どうなるかは状況次第だ」

 

03年にインドが発表した核ドクトリンを直ちに覆すわけではないが、「今や揺らいでいる核ドクトリンの柱を守り続ける気があるのか、疑問を投げ掛ける」発言だ。

 

南アジアの安全保障の専門家でニューヨーク州立大学オルバニー校のクリストファー・クラリー助教とマサチューセッツエ科大学のピピン・ナラン准教授は、インドの有力紙ヒンドゥスタン・タイムズでそう指摘している。

 

クラリーとナランが安全保障の学術誌インターナショナル・セキュリティーに投稿した論文で述べているとおり、インドの高官たちは長年にわたり、公私の発言で核の先制不使用に疑問を呈してきた。

 

98年に核実験を強行したアタルービハリーバジパイ首相(当時)は00年に、「爆弾を落とされて破壊されるまで私たちが待っていると(パキスタンが)思っているのなら、彼らは勘違いしている」と語った。

 

ただし、クラリーとナランがヒンドゥスタン・タイムズで述べているように、シンは03年の核ドクトリン以降「インドの政府高官として初めて、先制不使用の政策が永続的でも絶対的でもないと明言した」のだ。

 

今回のシンの発言は、パキスタンと中国が抱き続けてきた疑念を裏付けることになるだろう。共に核保有国でインドと敵対する両国は、インドの先制不使用の政策を信用したことは一度もない。

 

同じようにインドも、中国が64年に先制不使用を採用して以来、疑問を抱いてきた。

 

発言がニュースをにぎわすと、シンはすぐに政府の立場を繰り返すツイートを投稿した。

「ポカランはアタルジ(バジパイの敬称)が、インドは核保有国になるが『先制不使用』の原則は固持すると、決意を固めた場所だ。インドはこのドクトリンを忠実に守ってきた。将来どうなるかは状況次第だ。インドが責任ある核保有国の地位を獲得したことは、この国の全市民にとって、国の誇りになった」

 

武力衝突の現実を前に

バジパイの時代に先制不使用を宣言したことは、中国とパキスタンに対する核抑止力を意識しただけではない。インドが核拡散防止条約(NPT)の枠組みの外で核大国の仲間入りをするという、より広い外交戦略を踏まえたものでもあった。

 

その外交努力は00年代半ばに、ほぼインドの狙いどおりに実を結んだ。アメリカとインドは05年に民生用の原子力協力協定の基本合意に達した。08年には国際原f力機関(IAEA)の承認を経てインドの「特例扱い」が認められ、晴れてNPTの枠外で核保有国として承認された。

 

つまり、昨年8月に死去したバジパイの一周忌に合わせたシンのこの発言は、「責任ある核保有国の地位を獲得する」基盤を築いた元首相の遺産をなぞるものでもあった。

 

シンが示唆した「状況」がどのようなものかは定かでないが、ナレンドラ・モディ首相の現政権が既にその「状況」を見据えているかもしれないことは、想像に難くない。

 

パキスタンが小型核兵器を開発していることは、インドが通常兵力で軍事行動に出る余地を狭めている。

 

今年2月、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方をめぐり、インド軍がパキスタン領内を空爆した。パキスタンを拠点とするイスラム過激派組織ジャイシェ・ムハマドが、インドの治安部隊を自爆テロ攻撃したことが引き金たった。

 

カシミール地方でインド軍が数十年ぶりに越境したことは、核の先制不使用の原則の下でも、インドが武力衝突の危機を高められることを示した。パキスタンが代理勢力を動かしてインド人の血を流し続けるなら、核兵器の裏に隠れ続けることは許さない、という警告だ。

 

現政権で大胆な決断も

一方で、クラリーとナランがインターナショナル・セキュリティーの論文で詳細に説明しているとおり、インドの歴代政権は、精密誘導兵器と諜報や偵察能力の強化に莫大な投資を続けている。核ドクトリンのあらゆる変更に備えているのだろう。

 

問題は、モディ政権が先制不使用の原則をどこまで本気で変えようとしているのかだ。(中略)

 

モディは5月に行われた総選挙で、「核のドラム」をたたいて国家主義者の支持基盤をあおり立てた。4月20日の集会では支持者にこう語り掛けている。

 

「彼らは毎日のように『自分たちは核のボタンを持っている』と言ってきた。では、私たちは何を持っているか? ただの飾りなのか?」

 

選挙戦の景気づけにすぎないのかもしれない。しかし、モディの最側近の1人で現職の国防相が、あえて先制不使用に言及したことと重ね合わせると、その不気味さが増す。【9月3日号 Newsweek日本語版】

*******************

 

【パキスタン・カーン首相の「核の先制不使用」発言】

一方、これまで「核の先制不使用」を政策としてこなかったパキスタンのカーン首相は、逆に「核の先制不使用」ともとれる発言をしています。

 

****パキスタンは核先制攻撃しない、首相がインドとの緊張受け発言****

パキスタンのカーン首相は2日、インドとの緊張の高まりを受け、核兵器による先制攻撃は行わないと言明した。

インドが北部ジャム・カシミール州に特別な自治権を与える憲法370条を廃止、領有権を主張するパキスタンとの間で緊張が高まっている。

首相は、東部都市ラホールでの講演で「両国とも核武装している。緊張がさらに高まれば世界が危険にさらされる可能性がある。わが国が先に(核兵器を)使用することはぜったいにない」と述べた。

一方、外務省のファイサル報道官は後に公式ツイッターで(首相の)発言について、文脈を考慮せず引用されたものであり、パキスタンの核兵器政策の変更を意味するわけではないと説明。「首相は、パキスタンの平和へのコミットメントと、核武装国である同国とインドが責任ある行動を示す必要があることを繰り返したにすぎない」と投稿した。【9月3日 ロイター】

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パキスタン政府は、今回のインドとの緊張激化に関しては、軍事的緊張は避ける対応をとっています。

 

****カシミール問題で国際社会に訴えるパキスタン 軍事的緊張は回避****

インドが北部ジャム・カシミール州の自治権剥奪を決めた問題をめぐり、カシミール地方の領有権をめぐって争うパキスタンは対印批判を強めつつ、国際社会に解決を訴える手法を採用している。

 

国際通貨基金(IMF)から巨額の支援を受けるなど財政的な苦しさもあり、軍事的な緊張の高まりは避けたい構えだ。

 

「まるでナチス・ドイツのようだ」

パキスタンのカーン首相は14日の独立記念日の演説でこうインドのモディ政権を批判。カシミール地方のインド支配地域で「市民への抑圧や人権侵害が起きている」と指摘した。

 

ジャム・カシミール州の自治権剥奪を決め、実効支配を強める構えを見せるインドに対し、パキスタンは「一方的な措置だ」と激しく反発。カーン政権はこれまでに在パキスタンインド大使の国外追放や、両国間の貿易停止に踏み切った。

 

パキスタンの要請を受け国連安全保障理事会は16日に非公開会合を開催。パキスタンのクレシ外相は20日、インドを国際司法裁判所(ICJ)に提訴する方針を明らかにした。「インドがカシミールの広範囲で、人権侵害を行っている」と主張する見通しだ。

 

一方、パキスタンはカシミール地方での事実上の印パ国境である実効支配線(停戦ライン)付近への軍隊の集中配備など軍事的動きは「視野に入っていない」との見方が強い。

 

パキスタンの政治評論家、カムラン・アンワル氏は「今回、戦争はパキスタンの選択肢ではない。国内問題が片付いていないのに外に打って出られない」と話す。

 

その1つが財政上の問題だ。財政難に苦しむパキスタンは7月にIMFから約60億ドル(約6400億円)の支援が決まったばかり。パキスタン自ら軍事的な緊張を高めれば、支援の手も引きかねない。

 

パキスタン外務省関係者は「政治的、外交的に当たっていく」と説明しており、今後も国連などで自国の立場を主張を展開し、国際社会の関心を集めていきたい考えだ。

 

ただ、インドとの緊張関係で求心力を保っているとも指摘されるパキスタン軍の動きは不明。動向次第では事態が緊迫の度を増す可能性をはらんでいる。【8月23日 産経】

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2日のカーン首相の「核の先制不使用」発言は、こうした軍事的緊張は回避したいパキスタン政府の姿勢を反映したものでしょう。

 

ポピュリズムとか軍の傀儡といった評価もある元クリケット有名選手のカーン首相ですが、モディ首相やトランプ大統領など攻撃的スタイルが多くなった現在の政治家のなかでは、インド軍パイロットの速やかな解放など、冷静な対応が可能な政治家でもあるようです。

 

****カシミール問題で露呈、印パ首相「格の違い」****

本当に問題を解決したいのはどちらか

 

(中略)モディ氏はこうした現実を無視し、パキスタンに非難を浴びせている。今回の対立を政治的な人気取りに利用するつもりなのだ。(中略)

 

若者から圧倒的支持を得るカーン首相

この間、パキスタンのカーン首相は一貫してテロへの関与を否定し、対話を呼びかけてきた。拘束したパイロットも解放した。

 

実際、同氏はカシミール紛争をあおってきたこれまでの首相とは、かなりタイプの異なる政治家だ。

 

カーン氏が党首を務めるパキスタン正義運動(PTI)は若者から圧倒的な支持を得ている。平均年齢(中央値)が24歳というパキスタンでは、有権者に占める若者の割合が高く、そうした若い有権者の実に6割がカーン氏のPTIに票を投じた。彼らはカシミール問題には関心はなく、教育、医療、雇用の改善を求めている。(中略)

 

カーン氏もこの点は理解しているように見える。同氏はテレビ演説でインド政府に対し「双方が手にしている兵器の性格からして、はたして判断ミスは許されるのか」と問いかけた。

 

印パはこれまでも衝突を繰り返してきたが、今回はパキスタンが先に和平に踏み出している。選挙を前にした短絡的な計算を脱して緊張を緩和できるかどうかは、モディ首相次第なのだ。【3月23日 東洋経済online】

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ただ、軍事的には劣るパキスタンがインドと対等に対峙するためには核兵器をちらつかせることが必要との認識がパキスタン軍部には根強く、「核兵器政策の変更を意味するわけではない」といった外務省の火消対応を見ると、今回のカーン発言はそうした軍部への根回しを行ったうえでのものではなかったようです。

 

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UAE  イエメンから撤退 アメリカの「対イラン封じ込め」に綻び イエメン内戦の様相も変化

2019-09-03 23:22:33 | 中東情勢

(アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで、アブダビ首長国のムハンマド・ビン・ザイド・ナハヤン皇太子(MBZ 右)に出迎えられるサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS 左)。サウジ王室提供(2018年11月22日提供)【2018年11月23日 AFP】)

 

【「蛇の頭の上でダンスを踊ることに等しい」イエメン統治】

中東イエメンの統治が非常に難しいことを、サレハ元大統領は「蛇の頭の上でダンスを踊ることに等しい」と例え、それができるのは自分だけだと豪語していました。

 

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軍を骨抜きにしておくこと、北部部族と一定の関係を維持すること、中部イエメンのテクノクラートを掌握すること、旧南イエメンの不満分子を間接的に抑えること、東部ハドラマウトの人々をつなぎ止めておくこと、そして流れ込んできたアルカーイダ系の人々が国内で悪事をはたらかないようになだめておくこと。さらにサウジとはけんかしない程度に関係を維持し、必要なときにはお金をもらうこと。

 

これらをサレハはそれぞれの仲介的な役割を担う人を使いながらやってきたのです。サレハ自身の言葉によれば、イエメンを統治することは「蛇の頭の上でダンスを踊ることに等しい」のです。【2011年6月 佐藤 寛氏 IDE-JETRO】

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実際、サレハ元大統領失脚後のイエメンの内戦状態を見れば、彼の言葉はあながちウソでもなかったとも思われます。

 

上記のいくつかの不安定要素のうち、「北部部族」というのが、現在イランの支援をうける形で、サウジ・UAEが支援する暫定政府との内戦を戦っている「フーシ派」と呼ばれる勢力です。

 

****「フーシ派」と称されるシーア派の一派ザイド派の武装組織****

フーシはイエメンで35~45%の人口を占めるシーア派の一派ザイド派の武装組織で、組織の指導者がフーシ家出身であるため、「フーシ派」とも俗称されるが、フーシ派という宗派があるわけではない。

 

ザイド派はイエメンを9世紀ごろから支配してきた。1918年にオスマントルコ帝国が第1次世界大戦で敗北したのに乗じて北部で独立したイエメン王国はザイド派の王国だった。

 

そのイエメン王国は、62年に軍がクーデターを起こして打倒された。その後、70年に軍事政権が樹立されるまで北イエメンは内戦状態になった。【9月3日 川上泰徳氏 論座】

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なお、ソ連が支援する軍主導の共和派に対抗して、当時のサウジアラビアは「フーシ派」の王政を、親米パーレビ王政のイランとともに支援していました。

 

また、上記不安定要素のなかの「旧南イエメンの不満分子」というのが、ここのところUAEの支援を受ける形で、重要港湾都市アデンをめぐる争いで表に出てきている南部分離独立派です。

 

****南部分離独立派****

南イエメンは反英闘争を行っていた左派解放闘争勢力が1967年に南イエメン人民共和国(後にイエメン人民民主共和国)として独立し、マルクス・レーニン主義を掲げるイエメン社会党の単独支配体制となった。

 

ところが、ソ連崩壊によって、イエメンは1990年に南北が統一された。

 

軍出身の北イエメンのサレハ大統領が統一イエメンの大統領に、南イエメンのイエメン社会党のビード書記長が副大統領になり、統一議会選挙も実施された。

 

しかし、北部主導の統合に南部勢力の不満が強く、94年にビード氏が分離独立を宣言し、南北内戦が始まった。内戦は2カ月でアデンを陥落させたサレハ側の勝利で終わった。【同上】

******************

 

なお、南部分離独立派とUAEとのつながりは、上記の90年代からのもののようです。

 

このような「フーシ派」や「旧南イエメンの不満分子」を抑えて、あるいは懐柔して、イエメン統治をおこなっていたのが強権支配者サレハであり、サレハなきイエメンは再び混乱・内戦に・・・という状況です。

 

現在のイエメンにおける混乱・対立の構図は、こうした過去の歴史を引き継いだものですが、“現在の内戦が60年代と異なるのは、イランが反米でシーア派勢力を主導したために、対立の構図が「王政派対共和派」から「シーア派対スンニ派」になったことである”【同上】とのこと。

 

【UAE イエメンから撤退】

「シーア派イラン対スンニ派サウジ」の代理戦争と評される「フーシ派対暫定政府」の戦いは相変わらずですが(単なる代理戦争ではなく、過去の歴史を引き継ぐものであることは上述のとおり)、これまでサウジと協調してイラン包囲網を形成してきたアラブ首長国連邦(UAE)がイエメンから、あるいは暫定政府支援から手を引き始めたという変化が起きています。

 

****UAE撤退でも解決が見えないイエメン戦争****

2015年に始まったイエメン戦争は今の世界で最悪の人道危機といってよい様相を呈している。人口の3分の2以上に当たる2400万人が援助を必要とし、これまでの死者数は数万人に上ると見込まれる。その多くは一般市民である。

 

イエメン戦争の大まかな構図は、サウジ、アラブ首長国連邦(UAE)が主導して支援するハーディ政権と、イランが支援するホーシー派の間での戦いである。

 

よく言われる通り、イランとサウジとの代理戦争である。ところが、7月8日、UAEは、イエメン全土で部隊の配置転換、規模縮小を進めていることを発表した。「軍事第一」から「和平第一」への転換だという。撤退と言ってよい。

 

UAEは、サウジアラビアなど同盟国を苛立たせる恐れがあるとして、その撤退を公式に説明していない。しかし、UAEは少なくとも5000人の部隊をイエメンに派遣し、政府軍と民兵を訓練して来たが、撤退させる意向である。

 

UAEは2018年の主戦場であったホデイダ(紅海に面する港)で、人員、攻撃ヘリコプター、重砲の配備を大幅に削減したと言われている。2018年12月、ホデイダで国連仲介の停戦が発効したが、それが撤退の理由になった。

 

サウジは主として空爆をしているが、地上軍でないと土地を確保し得ない。地上軍たるUAE軍と政府軍は、一地域でホーシ―派を追い詰め、殲滅する能力はあるが、全土を制圧する能力はない。

 

他方、ホーシ―派はイランの支援を受け、サウジの空港にミサイル攻撃をし、無人機でサウジのパイプラインを攻撃したりしているが、これまた、全土を制圧する能力はない。

 

要するに、この紛争には軍事的解決はなく、唯一の道は停戦、和平交渉なのである。それが実現するように努力すべきであろう。

 

米国では、この戦争でサウジアラビア支援をやめるべしとの圧力が高まった。特に2018年、サウジによる反体制派ジャーナリストのカショギ殺害の後、圧力は強まり、サウジアラビアの実際の権力者、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)への不満が高まった。

 

4月に米議会は、アメリカの関与を抑制するよう政権に求める超党派の決議を採択した。トランプ大統領は拒否権を行使したが、下院は現在、サウジアラビアへの弾薬提供を阻止する新たな取り組みを始めている。

 

戦争に対するアメリカの嫌悪感の高まりは、UAEがサウジ主導の介入から距離を置く更なるインセンティブになった。同時に、米国とイランの間の緊張の高まりは、事態がさらにエスカレートした場合に備え、UAEに軍隊を国に戻しておくようにさせる一因になったと思われる。

 

UAEの部隊が撤退したことは、停戦、和平交渉のきっかけになり得る。イエメン政府とホーシ―派はともに戦いに疲弊しており、停戦を選好する可能性はある。ただ、この戦争はサウジとイランの代理戦争になっている面が大きいので、イエメン人同士が合意したからといって、必ずしもそれで戦争が終結するわけではない。

 

サウジの実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)が、自分が大きく関与した戦争をやめ、停戦を選択するかどうか考えてみると、そう簡単ではないように思われる。

 

他方、イラン側は、UAE部隊の撤退はサウジ主導連合の弱さを示すと考え、攻勢を強化することも考えられる。これに加え、米イランの対立が厳しくなっている。イランはホーシー派を使ってサウジ攻撃をする可能性を、米・サウジとイラン対立の構図の中で保持したいと考えることが十分にありうる。

 

UAEの撤退でイエメン戦争の終結の光が出てきたとすれば、大いに歓迎できるが、停戦、和平の話し合いが進展するためには、超えられなければならない障害は多いと思われる。【8月5日 WEDGE】

********************

 

【二人の「ムハンマド皇太子」】

UAEを主導するのは、UAEの実効支配者であるアブダビ首長国のムハンマド皇太子です。

 

“ムハンマド皇太子”と言えば、近年ではサウジの実力者であるムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)が前面に出ていますが、アブダビ皇太子のムハンマド・ビン・ザイド(通称MBZ)はMBSの二回り年長で、アラブ世界きっての切れ者として知られている人物です。

 

強引な手法が目立ち、カショギ氏殺害事件に見られるように、残忍で、やることが杜撰なMBSとは異なり(MBSが主導するのイエメン空爆も多大な民間人犠牲者を出しながら、決定的な成果を出していません)、教養・資質ともに評価が高い人物です。

 

サウジのMBSは独裁者好きのトランプ大統領とはウマが合うようですが、その強引さ・残忍さ・杜撰さで、トランプ政権内部ではアブダビのMBZの方が評価が高いとも。【「選択」9月号より】

 

サウジの唯我独尊的なMBSも、MBZとは緊密な中で、MBZには一目も二目も置いていると言われています。

 

【南部分離独立派と暫定政府軍のアデン攻防】

そのアブダビのMBZはイエメンから撤退するだけでなく、支援する南部分離独立派勢力が、サウジの支援する暫定政府から重要港湾都市アデンを奪い取ったということで、イエメンの内戦は新たな様相を見せています。

 

“ 8月10日、南部の分離独立を求める「南部暫定評議会(STC)」がアデンの暫定政府軍の軍事拠点や大統領府を占拠した。サウジに滞在するハディ暫定大統領は「クーデター」と呼んで非難した。南部暫定評議会の蜂起の後、サウジとUAEが仲介に乗り出したとされたが、28日には政権軍がアデン奪還作戦に出て、それに対して、UAE空軍が政権軍を空爆して、撃退した。”【9月3日 川上泰徳氏 論座】

 

さすがにUAEは表向き、空爆は暫定政府軍ではなく「テロ組織」を対象としたものだとしてはいますが・・・

 

****イエメン内戦、UAEがアデン空爆を認める 標的は「テロ組織」****

アラブ首長国連邦は29日、イエメンの暫定政権が首都を置くアデンで空爆を実施したことを認め、「テロリストの民兵組織」が標的だったと発表した。

 

イエメン暫定政権は同日、UAEがアデンで暫定政権軍を狙って空爆を行ったとツイッターで非難していた。

 

UAEは、イスラム教シーア派系反政府組織フーシ派と戦うイエメン暫定政権を支援するサウジアラビア主導の連合軍の主要メンバー。

 

UAE外務省が29日夜に行った発表によると、「テロリストの民兵組織」がサウジ連合軍への攻撃を準備しているとの現地情報が確認されたとして、同組織を標的に「精密かつ直接的な空爆」を28、29両日に実施したという。

 

同省は、この空爆は「テロ組織とつながりのある武装グループ」からの攻撃を受けての「自己防衛」だったと主張している。 【8月30日 AFP】

******************

 

アデンをめぐる攻防は、暫定政府軍と「南部暫定評議会(STC)」が、“取ったり、取られたり”を繰り返しています。

 

****イエメン情勢****

イエメン情勢について、断片的ながら、次の通り

南イエメンについては、昨日シャブワ県の第2の都市azan を分離主義者が奪還したと伝えしましたが、再び政府軍が再奪還した模様です。

アラビア語メディアによると、分離主義者が14台の車両で、町に侵入し、政府軍と激しい戦闘になり、多数の死傷者が出たが、それから数時間後に、政府軍の大規模な増援部隊が到着し、分離主義勢力を駆逐した由

 

また現地情勢鎮静化のために、サウディ・UAE委員会も到着した由
更にサウディ軍部隊も到着した由(その規模は不明)

(南イエメンでは一時UAEの支援の下に、分離主義勢力が優勢になっていたが、その後はコロコロと情勢が変わり、取ったり取られたりの情勢になっているが、その背景は不明。サウディのUAEに対する圧力でもあるのか?)(後略)【9月3日 「中東の窓」】

***********************

 

【アブダビのMBZが描くアラビア版「真珠の首飾り」構想 イラン接近で包囲網に綻び】

そもそもUAE、アブダビのMBZがイエメンに介入した思惑については、以下のようにも。

 

****綻び始めた「対イラン封じ込め」 サウジとUAEの同盟に「亀裂」****

(中略)

(イエメン介入については)UAEには差し迫った軍事脅威はなかった。むしろ、もっと大きな野心があった。

 

ペルシヤ湾、オマーン湾、アラビア海から東アフリカヘと続く海の道の、主要港湾を押さえることだ。千枚一夜物語のシンドバッドの冒険を連想させるような、かなり夢想的な海洋帝国構想である。

 

中国が一帯一路で描く、インド洋から太平洋にかけての「真珠の首飾り」構想の、アラビア版だ。

 

UAEはイエメン内戦でもっぱら、ソコトラ島やフダイダ港、モカ港など海運拠点の攻略に力を入れた。ハデイ暫定大統領はあくまで統一国家として、フーシ派掃討を目指していたから、暫定大統領とアブダビ皇太子は当初から折り合いが悪かった。

 

UAEが支援していた「南部暫定評議会」は、その名の通り、南部拠点の分離独立派である。アデン港は、UAE版「首飾り」のひと際大きな宝石になるはずで、一度手中にすれば、軍事的に再奪還さ且ない限り、分離派がアデンを死守するだろう。(後略)【「選択」9月号】

*******************

 

UAEがイエメンから撤退を始めたのも、イランとの緊張を緩和して、更にUAEの金融センターであるドバイにイランマネーを再び呼び込みたいとの思惑があってのこととされていますが、それに加えて上記記事では、上記のアラビア版「真珠の首飾り」構想に関して、UAEとしては“そこそこの戦果を得た”との判断があってのこととも指摘されています。

 

ただ、イエメン内戦が膠着したままでサウジとしての何の戦果もなく、しかも虎の子のアデンまで南部分離独立派・UAEに取られたとあっては、サウジのMBSの立場はありませんので、サウジ側がおいそれとそうした事態を容認するとも思えませんが・・・。

 

サウジのMBSとUAEのMBZの間で、なんらかの話がなされるのでしょう。現地勢力がそれを聞き入れるのかどうかは知りませんが。

 

港湾都市アデンの支配がどうなるかは別として、UAEが対イラン包囲網から手を引くとなると、アメリカの「対イラン封じ込め」にとってはまさに「綻び」ともなります。

 

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「米中新冷戦」の時代 リムランドを制する中国 信頼を失うアメリカ 「フィンランド化」する同盟国

2019-09-02 22:57:44 | 国際情勢

(2014年3月10日 DIAMOND online)

 

【トランプ以後の世界は「米中新冷戦」の時代】

世界に混乱を惹起している“変わり者のトランプ”がいなくなれば、世界秩序は以前に戻るのだろうか?

 

おそらく、そうはならないのでしょう。“トランプ”が出現したのは世の中の流れを受けてのことであり、その流れはトランプ大統領が消えても続くのでしょう。

 

****トランプ以後の世界はどうなるか?****

トランプ米大統領の登場以降、世界の秩序は大きく変化しているように見える。この変化は、トランプが去れば元に戻るようなものなのか、それとも現在起きていることは将来に大きな爪痕を残さずにはいないのか。

 

この問いについて、Russian International Affairs Council(ロシア国際問題評議会)のIvan Timofeev理事は、‘A New Anarchy? Scenarios for World Order Dynamics’と題する8月6日付けの論文で、ロシア人にありがちな「夜郎自大」を排した冷静な分析を示しており、興味深い。

 

Timofeevは、現在の世界の秩序をどう定義するかについては、次の二つの対照的な見方があるとする。

 

第一は、冷戦後の世界は、西側の軍事、経済、そしてモラル上の優位に支えられ、ルールに基づくリベラルな秩序になった、というものである。

 

第二の見方はそれとは逆に、リベラルな世界秩序の実体は、米国とその同盟国による覇権、即ち一極支配であり、今やBRICSや上海協力機構等の台頭によって安定性を脅かされている、とするものである。

 

第二のシナリオの方がロシアにとり好ましいものに思えるが、実際には米国による一極支配の世界の中で、何とか自立性を維持している格好をつけているだけのものに過ぎない。ロシアは自己責任で自分の利益の確保をはからねばならず、誤りのコストは大きいだろう。

 

Timofeevは、上記の二つに加えて更に二つのモデルが議論されている、と指摘する。第三のモデルは、主権国家や古典的な資本主義等の枠組みが崩壊し、万人の万人に対する闘争、つまり混沌とした無極世界が訪れるというものである。

 

米ロ間では、偶発的な武力衝突が核戦争に至ることもあり得る。中国、あるいはロシアによるサイバー・テロが米国で死傷者を出せば、武力報復につながり得る。南シナ海での米中衝突は、核戦争に至り得る。

 

ここでは国家の力というもののあり方、生産のモデル、国際的な枠組み、国際関係等、全面的な再編が行われることになる。

 

第四のモデルは、冷戦時代の米ソに代わる新たな二極構造、つまり、米中対立である。誰が米国の大統領になろうとも、米中対立はなくならないだろう。

 

西側の同盟関係は欧州では再び強固なものとなろうが、アジア諸国は米国につくか中国につくかの選択を迫られるだろう。

 

中ロは軍事的・政治的な同盟関係を樹立するだろう。しかし、それはロシアにとって、経済だけでなく安全保障分野においても中国のジュニア・パートナーに堕する危険性をはらむ。そして米国は中ロの仲を裂き、まずロシアを片付けたうえで中国にとりかかろうとするだろう。

 

この論文は、ポスト・トランプの世界は、従来の国際秩序にそのままの形で戻ることはなく、「万人の万人に対する闘争」あるいは「米中新冷戦」の世界が迫っていることを示唆している。

 

現在の問題は、主要国同士の間で最悪の状況現出を避けるために連絡を取り合う、きちんとしたメカニズムがないことである。大国同士が、相手に圧力をかけては封じ込めようとするばかりなので、事態はスパイラル状に悪くなるばかりである。

 

著者は「変わり者のトランプがいなくなれば、ものごとは以前に戻るだろうと期待している者達もいるが、現在起きていることが何らかの爪痕を残さずにいることはあるまい」と指摘する。

 

これは、日本にとっても重要な認識である。日本は当面の問題を処理していく一方で、主要国との間、或いは国際組織において、これからのあるべき世界の秩序についての戦略的対話を励行し、日本の立場を世界にインプットしていくべきだろう。

 

なお、日本については、この論文は、「日本は米国の同盟国であり続けるだろうが、軍事的・政治的にもっと力をつけるにつれて、これまでの(対米)政策からは徐々に乖離していくだろう」と述べているのみである。ロシア人の大半にとって、アジアは縁遠く、異質でよくわからない地域なのだということをよく示していると言えよう。【9月2日 WEDGE】

******************

 

「第四のモデル、冷戦時代の米ソに代わる新たな二極構造、つまり、米中対立」の世界にあっては、“米国は中ロの仲を裂き、まずロシアを片付けたうえで中国にとりかかろうとするだろう”とのことですが、“片付ける”が“手なずける・取り込む”ということであれば、アメリカにとっては賢明な策でしょう

 

冷戦・中ソ対立の時代は、アメリカは中国・ソ連の中を裂き、中国を支援する形でソ連に対抗していました。

 

この「米中対立」の世界にあって、日本はどうするのか?

 

“日本は米国の同盟国であり続けるだろうが”・・・それは、アメリカが従来のようなパワーをアジア世界で発揮できればの話で、そうでなければ日本としても再考を迫られます。

 

中国が国内の政治・経済的な歪みが爆発することで体制崩壊するのか、それとも今後ともその影響力を拡大し続けるのかは知りませんが、これまで何度も「中国崩壊論」が言われながらもそうはなっていない経緯を見ると、今後とも中国の影響力が拡大する方向の方が現実性があるかも。

 

【「スパイクマン時代」の終わり、アメリカ同盟国は「フィンランド化」する?】

ところで、私は初めて目にする名前ですが、(何らかの方法で未来をのぞき見したのではないかと思われるほど)恐ろしく先見の明があったニコラス・スパイクマンという地政学の学者(地政学の祖とも称される著名な学者らしいですが)がいたようです。

 

****アジアに、アメリカに頼れない「フィンランド化」の波が来る****

<アメリカ一極支配によりアジアの安定が当たり前だった時代は去ろうとしている。これからは予見不可能なアジア、中国に従属するアジアの時代になるかもしれない。日本もそうした将来への準備が必要だ>

1942年、米海兵隊が太平洋の島を舞台に日本軍との終わりの見えない激しい戦闘を繰り広げていたころ。オランダ系アメリカ人の地政学者でエール大学の教授だったニコラス・スパイクマンは、アメリカと日本が戦後、中国(当時はアメリカの重要な同盟国だった)に対抗して同盟を組むことになると予言した。

日本はアメリカにとって忠実かつ有用な同盟国になるだろうとスパイクマンは主張した。日本が食糧や石油を輸入できるようにアメリカがシーレーン防衛にあたらなければならないものの、人口の多い日本とは強い通商関係で結ばれることになるというのだ。

一方で中国は、戦後は大陸における強力かつ危険な大国となるから、力の均衡を保つための牽制策が必要になるだろうとスパイクマンは述べた。スパイクマンはまた、アジアにおける日本が欧州におけるイギリスのような存在になると考えた。つまり海を挟んで大陸と対峙するアメリカの同盟国ということだ。

スパイクマンは1943年に癌でこの世を去ったため、この予言が現実のものとなったのをその目で見ることはなかった。実際、彼の予言はアジアという地域を定義するとともにこの地に安定をもたらし、70年以上にわたってアジアに平和と繁栄をもたらすビジョンとなった。

「スパイクマン時代」の終わり
1972年のニクソン訪中を始め、ソ連を牽制するためにアメリカが中国に接近したこともある。それでも日米同盟は、アジアの安定の礎石であり続けた。両国のパートナーシップなくして、大成功を収めたニクソン政権の対中政策も存在し得なかっただろう。

スパイクマンの予言は当時としては非常に先見の明のあるものだったが、米中の貿易戦争が繰り広げられる(そして彼の名を知る人はほとんどいない)今日においても、その意義はまるで失われてはいないように見えるかも知れない。

だが実のところ、スパイクマンの唱えたアジア秩序は崩壊を始めている。この10年間にアジアが大きな変容を遂げたせいだ。

 

変化は徐々に進み、いくつもの国々へと広がっていったため、新しい時代に突入しつつあることを理解している人はほとんどいない。新しい時代の背景にあるのは、国内における不安定要素も強硬さも増した中国と、ひびの入ったアメリカの同盟システム、そして過去数十年間ほどには支配的でなくなった米海軍だ。

香港での危機や日韓関係の悪化は、新たな時代の序章に過ぎない。アジアの安定はもはや当たり前ではなくなっている。

まず第1に、中国はもはや私たちの知っていた中国ではない。かつて毎年2ケタの経済成長を遂げ、リスクを嫌う顔のないテクノクラートの一団(厳しい任期制限によってその行動は抑制されていた)によって支配されていた中国は、今や経済成長率はせいぜい6%で、1人の強硬な独裁者によって支配される国となっている。

景気が減速する一方で、中国経済は熟練度の高い労働者を擁する、より成熟したシステムへと変容しつつある。新しい中流階級は愛国主義的であるとともに要求水準が高い傾向にあり、政府にも高水準のパフォーマンスを求めている。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席はこうした中産階級に対し、中国はナショナリズムを高め、経済改革を推し進めることで、ユーラシア大陸に広がる交易路や港を手中に収める「世界大国」になれると思わせている。

だが習はまた、顔認証といった過去にはなかったさまざまなテクノロジーを用いて国民の行動を監視している。政治的に無傷な状態を維持しつつ、債務過剰で輸出主導型の経済を改革するには、かつてソ連を率いたミハイル・ゴルバチョフ書記長とは逆に、政治的コントロールを緩めるのではなく厳しくしなければならないと習は承知している。

中国海軍は急速に規模を拡大し、アジアのシーレーン全域に展開している。これを背景に、アメリカが過去75年間にわたって一極支配してきた海上軍事秩序は、多極的で不安定なものへと変容していくだろう。

 

この一極支配による海上軍事秩序は、スパイクマンの日米同盟ビジョンの隠れたカギだった。だが多極化はすでに始まっている。

朝鮮半島と日本の対立
具体的には、多くの専門家やメディアは南シナ海と東シナ海における中国海軍の侵犯行為を個別の案件と捉える傾向にあった。だが実際には、これらの事案は西太平洋全体のアメリカの制海権に影響を与えている。

米海兵隊が駐留するオーストラリア北部ダーウィンの99年間の港湾管理権を中国企業が獲得するなど、中国が外国の港湾開発に乗り出す事例も相次いでいる。カンボジアの海岸リゾート、シアヌークビルでの大規模プロジェクトは、南シナ海とインド洋をつなぐ海域をどれくらい中国が手中に収めつつあるかを示している。中国はこの10年間にインド洋における港湾ネットワークを築いてきた。

中国の新たな海洋帝国の姿が明確になってきたのはこのほんの数年のことだが、インド太平洋海域はもはや、米海軍の「庭」ではない。(中略)

もちろん、朝鮮半島ほどアジアのなかで影響の大きい地域はない。トランプと北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が始めた首脳会談はどこか混乱気味だったが、その予想外の結果として北朝鮮と韓国の間で活発な対話が始まった。

この南北対話はそれ自体の論理と方向性があり、浮き沈みもあるだろうが、いずれは北朝鮮と韓国の平和条約締結、そして最終的には2万3000人を超える在韓米軍の撤退に向かうだろう。

 

そんなことはありえない、とはいえない。南北ベトナム、東西ドイツ、南北イエメンの例からしても、20世紀に分断された国家は統一に向かう傾向がある。これが朝鮮半島で起こった場合、最も割をくうのは日本だ。

日本の安全保障上は、朝鮮半島は分断されている必要がある。第2次大戦の遺恨はもちろん、1910年から45年までの植民地化の歴史ゆえに、統一された朝鮮はおのずと反日国家になると考えられるからだ。

日韓間の貿易、安全保障関係が、第2次大戦中の徴用工問題と慰安婦問題と相まって悪化している最近の状況は、朝鮮半島が統一された暁にいずれ日本との間で噴出するであろう政治的緊張の厳しさをうかがわせる。

トランプはアジア全体へのビジョンを明確にせずに、アジア各国に対して個別にゼロサムゲーム的な二国間主義の交渉を行う政策を選び、アメリカの同盟国同士を敵対させかねないパンドラの箱を開けてしまった。こうなると最後に勝つのは中国だ。

中国は着実に空・海軍力を増強しており、いずれその戦力は東シナ海における衝突で日本をしのぐとみられる一方、北東アジアの駐留米軍の兵力は減少する可能性がある。日本は今、そんな未来に備えなければならない。

中国は現在好機をうかがっている段階で、これまでのところは、非常に有能な日本の海上自衛隊と持続的に対立する危険を冒すことを望んでいない。

こうしたことはすべて、アメリカの外交および安全保障政策の信頼性が、第2次大戦以来最低になった状態で発生している。意思決定の一貫性が崩れ去ったことで、アジアだけでなく世界的に、アメリカの力に対する信頼は損なわれている。

大統領就任初期にTPP(環太平洋経済連携協定)の離脱を決めたトランプは、高性能兵器がアジア全体に拡散しようとしている時に、同盟関係の構築に背を向け、イラン核合意から離脱しINF全廃条約を破棄するなど、軍事力の抑制に必要な国際管理の枠組みを弱体化させた。

アメリカと同盟関係にあるアジアの国々との信頼と暗黙の理解も著しく損なわれた。信頼性は、大国や指導者にとって最も重要なものだ。

インドは中立を選ぶ
(中略)地理的に中国に近すぎて安心できないインドは、最終的には2つの大国間のバランスをとる非同盟戦略を再発見する必要があるかもしれない。(中略)


トランプ大統領の出現は、アメリカ社会、文化、経済が長い時間をかけて変化してきた結果だ。超大国であるアメリカの国内状況は最終的に全世界に影響を及ぼすが、中国もそうだ。テクノロジーの助けを借りた習の強権的な国内政策が、今後10年ほどの間に中産階級の反乱を防ぐことができなくなれば、中国が海外で展開している巨大構想の多くが疑問視され、内部から揺らぐこともあるかもしれない。

日本が「フィンランド化」する
しかし、それは現時点では考えにくいシナリオだ。より可能性が高いのは、中国がインド太平洋とユーラシア全域に軍事力と市場を拡大し続ける一方で、アメリカの第2次大戦後の同盟国に対する責任感が減退し続けることだ。

 

アジアにおいてはそれが「フィンランド化」、すなわち民主主義と資本主義を維持しながら旧ソ連に従属したフィンランドと同じように中国に従属していく動きにつながる。

東は日本から南はオーストラリアまで、アジア地域のアメリカの同盟国は、冷戦中のフィンランドが旧ソ連に接近したように、徐々に中国に近づいていく可能性がある。

 

アメリカの同盟国は、西太平洋地域において地理的、人口統計的、経済的に超大国である中国と仲良くする以外に選択肢はなくなるだろう。

そうなれば、「スパイクマンの世界」の終わりが見える。【9月2日 Newsweek】
********************


【ウィキペディア】によれば、スパイクマンは「リムランドを制するものはユーラシアを制し、ユーラシアを制するものは世界の運命を制する。」と主張したそうです。

 

リムランドとは、北西ヨーロッパから中東インドシナ半島までの東南アジア中国大陸、ユーラシア大陸東部に至るユーラシアの沿岸地帯を指す地政学用語です。

 

スパイクマンはアメリカがリムランドに対して、その力を投影させ、ソ連を中心とする他の勢力の浸透を阻止させ、グローバル勢力均衡を図るよう提言しました。

 

しかし今、アメリカは中東・アフガニスタンから撤退でその存在感を薄め、同盟国との信頼関係を失いつつあります。

 

一方で、まさにスパイクマンの言う「リムランド」を席巻しつつあるのが中国の進める「一帯一路」です。

神業的な先見の明があったスパイクマンの主張に従えば、「リムランド」を制する中国は、やがては世界を・・・。

 

スパイクマンが予見して、まさにそのように実現した「スパイクマンの世界」は崩壊し、Timofeevの言う「第四のモデル」で中国が有利に展開、アメリカは責任感を放棄し信頼を失う世界が出現する・・・そういう時代にあっては、日本を含む「アメリカ同盟国」は「フィンランド化」を検討する必要がありそうです。

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アメリカのLGBT事情  異性愛者のための「ストレートパレード」 トランプ政権下の「揺り戻し」

2019-09-01 23:01:33 | 人権 児童


(8月31日、米ボストンで行われた「ストレートパレード」の参加者を先導した車。トランプ大統領の再選を支持し、メキシコとの国境の壁建設を訴えるメッセージが掲示された(上塚真由撮影)【91日 産経】)

 

【異性愛者のための行進「ストレートパレード」?】

最近は性的少数派のLGBTの人々によるデモは珍しくなくなっていますが、アメリカでも指折りのリベラルな都市とされるボストンで、異性愛者のための行進「ストレートパレード」が行われたそうです。

 

****米ボストンで「ストレートパレード」 「異性愛者が虐げられている」と訴え 参加者上回る数千人が抗議****

毎年開かれる性的少数者(LGBT)のパレードに対抗し、異性愛者のための行進「ストレートパレード」が8月31日、米ボストンで行われ、トランプ大統領の支持者を中心に約200人が参加した。

 

開催をめぐってはLGBTを侮辱する「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」と非難が殺到。多数の警察官が厳重な警備体制を敷く中、パレードの参加者をはるかに上回る数千人の抗議者が詰めかけた。

 

異性愛者のためのパレードを主催したのは、今年初めに設立された「スーパー・ハッピー・ファン・アメリカ」という団体。団体は設立の目的を「異性愛者の社会のため尊敬や結束、平等、尊厳を確立することを提唱する」と説明し、LGBTの権利が拡大する中、「異性愛者は虐げられている多数派だ」と訴える。

 

パレードはボストン中心部で正午から始まり、トランプ氏再選を支持し、同氏の発言である「壁を作れば、犯罪が減る」などのメッセージが貼り付けられた宣伝車が先導。参加者は「異性愛者であることはすばらしい」「正常を再び」などと書かれたプラカードを持って練り歩いた。

 

危険な極右思想を掲げたとしてフェイスブックのアカウントを閉鎖された同性愛者の編集者、マイロ・ヤノプルス氏がパレードの旗振り役として参加した。

 

パレードが進むと、数千人の抗議者が沿道で「ナチは去れ!」「恥を知れ!」「ボストンはあなたを嫌っている」などと罵倒。一部の抗議者が暴徒化し、警察官が催涙スプレーをかけて鎮圧する場面もあり、地元紙によるとこの日、数人が拘束されたという。

 

沿道からパレードに抗議した高校教師のホイットニー・ニールセンさん(33)は、「私は異性愛者として攻撃されたこともないし、差別されたことはない。なぜパレードが必要なのか。ばかげている。彼らは、とっぴな行動で注目を集めて社会の憎悪をあおりたいだけだ」と話した。

 

一方、他州からもパレードに参加した人は多く、ニューヨーク州に住むトランプ氏支持者のナディーン・コーエンさん(49)は「LGBTであることは米社会で特権のようになっている。反対に私たちは自由に発言できなくなり、居場所がなくなっている」と語った。

 

パレード後の集会も抗議者が取り囲み、「帰れ」と連呼。主催団体の代表、ジョン・ヒューゴ氏(56)は「異性愛者のパレードを許さないのは平等ではない。リベラルでないと拒絶される社会が問題だ」とし、「来年もパレードを続けたい」と語った。【91日 産経】

*********************

 

同内容につき、別記事では以下のようにも。

 

****米ボストンで異性愛者のプライドパレード、反対派と怒鳴り合う場面も****

(中略)

この日は市庁舎前でストレート・プライドの参加者とカウンターデモ隊が相手の面前で互いに怒鳴り合ったり、コーヒーのカップや土を相手に投げつけたりする場面もあった。双方のデモには複数のグループの数百人が参加。いずれも、デモ自体は特に大きな暴力沙汰もなく行われた。

 

しかし、AFPのカメラマンによると、ストレート・プライドに反対していたカウンターデモ隊が、「ナチス」を警護したと警官らをののしり、「恥を知れ」とシュプレヒコールを上げた。さらに「人間の鎖」を作って警官らが通り抜けるのを妨げた。警察は催涙スプレーを噴射し、数人の身柄を拘束した。

 

ストレート・パレードは「スーパー・ハッピー・ファン・アメリカ」と称する団体が、米国のさまざまな都市で毎年行われる同性愛者のプライドパレードに対抗して開催した。主催者には、ボストンのLGBT(性的少数者)への嫌がらせへの嫌がらせを図る白人優位主義者という批判も受けている。

 

一方、ストレート・パレードへのカウンターデモを主催した一人、レイチェル・ドモンドさんは、「ボストンや全国に広がるこのような憎悪に抵抗するため」行動を起こしたと説明。

 

トランプ氏が権力の座に就いたことで、白人優位主義者らが「あのような言葉を公然と述べる権限を与えられた」と思ってしまったと指摘した。

 

米国各地では左派と白人ナショナリストの間で緊張が高まっており、トランプ氏の発言が過激思想をあおっているとの批判もある。 【91AFP

*********************

 

LGBTの権利が近年認められるようになってきたとは言え、まだ様々な面で差別的な境遇に置かれており、それに抗議するLGBTのパレードというのはわかりますが、「ストレートパレード」なるものが何を求めてのものなのかわかりません。

 

今でも異性愛者は圧倒的多数派であり、そのことを理由に差別・迫害されているということもありません。

 

LGBTであることは米社会で特権のようになっている。反対に私たちは自由に発言できなくなり、居場所がなくなっている」【産経】というのは、言い換えると「これまでのように自由気ままにLGBTを罵ることができなくなった。それが腹立たしい」ということのように理解できます。

 

「リベラルでないと拒絶される社会が問題だ」【産経】とのことですが、拒絶されているのはリベラルでないからではなく、その主張が差別的で攻撃的でヘイトに相当するからでしょう。

 

そして最近は、かつてはポリティカルコレクトネスから口にするのがタブーとされていたような、「差別的で攻撃的でヘイトに相当する言動」が大っぴらに口にできるようになっているように思われます。

 

そうした風潮を生みだしたのは、トランプ大統領の言動でしょう。

 

【トランプ政権下で進行する「揺り戻し」】

LGBTに関しても、これまでのLGBTを許容する社会的流れに抗して、政治的にはトランプ政権のもとで「揺り戻し」とも言えるような逆行が見られます。

 

****性別変更を不可能に、米政府が検討 「トランプ氏は公約破り」ワシントンポスト紙****

米国のトランプ政権が性別の変更を不可能にする新制度を検討していることが米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によって明らかになった。

 

厚生省がまとめた資料では、性別は「生まれ持った生殖器によって規定される」案が浮上していて、男性か女性のいずれかに限定される。

 

米国には心と体の性が一致しないトランスジェンダーが約140万人いるとされ、性的少数者(LGBT)の関連団体などが反発している。

 

ワシントンポスト(米国)「トランプ氏は公約破り」

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は23日の社説で、性の定義を生まれつきの性別に限定する政策が実施されれば、「罪もない人々を傷つけることになる」と非難し、政策は「(トランスジェンダーの人々の)現実に即していない」と訴えた。

 

同紙はまず、性を定義することの難しさに言及し、「親が選んだ性別に適合せず、変更を望むケースもある」と指摘。国際スポーツの分野でも、遺伝子やホルモンレベルに基づいて科学的に正しい検査方法を模索してきたと紹介し、「遺伝子検査は、生物学的な性別に関する問題を解決するための信頼できる方法にはならない」と主張した。

 

また、政策の賛成派は、トランスジェンダーへの理解が欠如しているとも指摘。トランスジェンダーの人々は「浅薄な好み」ではなく、「深厚で本質的な自覚」によって自身の性のアイデンティティーについて考えていると強調した。

 

その上で、米社会で長年、否定されてきた同性愛や異人種間の結婚を挙げ、トランスジェンダーの政策が導入されれば、「再び社会から人々を疎外させることになる」と警告。

 

トランプ大統領は大統領選でLGBTのために戦うと訴えていたとし、「新たな公約破りが示されることにもなる」と批判した。

 

ニューヨーク・タイムズ紙は23日の社説で、中間選挙を前にトランプ氏が自らの支持層の歓心を買うため、移民問題などで過激な発言を繰り返していると指摘。トランスジェンダーの政策見直しもその一環とし「社会を二極化するゲームをやっている」と政治姿勢を批判した。

 

LGBTやリベラル層から反発が強まる中、保守系メディアのワシントン・エグザミナー(電子版)は22日の記事で「オバマ前政権の取り組みから後退したとしても、トランスジェンダーを『抹消』することにはつながらない」と反論した。(中略)20181029日 産経】

*********************

 

トランプ政権が「揺り戻し」的な施策を進める背景には、トランプ大統領による保守派からの最高裁判事任命によって、法廷闘争に持ち込まれても勝てるとの認識もあるようです。

 

また、どこから手をつけるかについては、攻めやすいところから始めるという計算のもとで行われているとも指摘されています。

 

****なぜトランプは「LGBT排除」にここまで注力するのか まずはトランスジェンダーが標的に****

「トランスジェンダー否定」の衝撃

この報道(上記【産経】が紹介している米紙ニューヨーク・タイムズ報道)はすぐに反響を呼び、トランスジェンダーの人々と、その人権を守るために連帯する人々が、「#WontBeErased (私たちは消されない)」というハッシュタグを用いて、ツイッターなどのSNSで抗議する動きが起きた。この抗議には歌手のレディー・ガガさんなどの有名人も参加し、国を越えて声があがっている。

 

報道の翌日、トランプ大統領は、報道の内容が事実であることを認め、「現在、多くの異なる考え方があり、トランスジェンダーの尊重に関して多くの異なることが生じている」と語った。

 

そして、大統領選挙運動中に述べた「LGBTのコミュニティを守る」という約束との関係について尋ねられると、「私は、皆を守る。私は、私たちの国を守りたい」と述べている。

 

ニューヨークタイムズが、トランスジェンダー排除を煽っていると報じた保健福祉省には、トランプ大統領が、公民権局長に指名したロジャー・セベリーノ氏がいる。

 

彼は、このポストに就任する前から、このガイドラインのことも含めて、LGBTの権利を否定する発言を繰り返しており、LGBTの権利運動を進める団体から「過激な反LGBT活動家」と言われている人物で、今回の動きにも絡んでいると目されている。

 

トランプ政権下がスタートして間も無く、LGBTに関する否定的な政策として表面化したものの一つとして、高齢者に対する調査などから、以前は含まれていた指向性別(性的指向)や性別アイデンティティに関する内容が削除された問題があるが、これらは、米国保健福祉省下で実施されてきたものであった。

 

そして、それと同様に、政権発足後、真っ先にLGBT関係で出された方針が、タイトルナインにトランスジェンダーの学生を含む前提としてつくられたオバマ政権下のガイドラインの撤回がある。

 

一見、恣意的にも見えるトランスジェンダーの人たちを抑圧する施策を繰り出しているようにも見えるが、調査統計からの排除やこのガイドラインの撤回から始めたのには、(当然ながら)周到な計算がある。

 

利用された「トイレ問題」

オバマ政権下でだされたガイドラインは、学生の性別移行をどのように扱っていくべきか、プライバシーをどう守るかといった、包括的なサポートを含んだ内容となっている。しかし、世間的には、「トイレやロッカールーム使用の問題」に議論が集中してしまった。(中略)

 

つまり、トランプ政権は、まず、まだ世間で十分に理解されていないところから手をつけたということだ。しかも、ガイドラインは法律ではないため、撤回もしやすい。(中略)

 

おそらく、トランプ政権とそれを強く支持している人には、同性婚を認めた結婚の平等化を覆したいと考えている人たちも多いはずだが、連邦裁判所での判断が出た上に、世論調査でも、それを認める人たちが多く、その差は開く一方である(2018年のGallupの調査では、賛成67%、反対31%)。

 

長らく人工妊娠中絶と同性婚が、民主党と共和党の政策の対立軸となってきたように(そして、その中で、共和党が敗北してきたように)、今、トランスジェンダーの人権をめぐる問題が対立軸となりつつあるようにも見える。

 

だが、この性別の狭義化、固定化は、国際社会における性別に関する人権保護の流れに反すると同時に、米国内の具体的な政策で言えば、まず、オバマ政権下で進められた医療、学校などでのトランスジェンダーの人たちの権利を反故にするものである。

 

そして、トランプ政権下でトランスジェンダーを主なターゲットとしながら、LGBTを排除していく一連の流れの中にある。(中略)

 

そして、これらの後退に抵抗し、LGBTに平等な権利が与えられることを求めたい人たちにとって、とてもやっかいなのは、トランプ大統領が二人の連邦最高裁判所判事を指名することに成功し、「保守派」と目される判事が過半数になったことだ。

 

そのため、連邦最高裁まで争いが持ち込まれた場合、トランプ政権の思惑通りの結果が出る可能性が高い。米国の最高裁判事は終身雇用であり、その判決の持つ力は絶大だ。(後略)【2018116日 砂川 秀樹氏 講談社】

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今年6月には、在外の大使館や領事館などで、LGBTのシンボルカラーである虹色の旗を掲揚することは認めない方針も。

 

****米政権、在外公館の虹色旗認めず LGBTのシンボルカラー****

トランプ米政権が、性的少数者(LGBT)の権利と尊厳を訴える月間中の今月、在外の大使館や領事館などで、シンボルカラーである虹色の旗を掲揚することは認めないと通知した。米NBCテレビなどが10日までに報じた。オバマ前政権の容認姿勢を一転させた。
 

トランプ大統領は一方でLGBTとの連帯を訴え、政権として同性愛を犯罪と見なさない国際的なキャンペーンを始めたとツイッターに書き込み、人権団体などは「偽善だ」と反発を強めている。
 

米紙ワシントン・ポストによると、オバマ前政権は2011年に大使館などによる虹色の旗の掲揚を容認した。【611日 共同】

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それでも世界的に見れば、LGBTが犯罪扱いされるようなイスラム諸国などや、ロシアにおける、LGBTの人々に対する暴力をゲームに変え、遊び感覚でLGBTの人々を“狩る”ことを推奨する自警団的集団の出現などに比べればアメリカの現状はまだましとも言えます。

 

ロシアの危険な状況や、逆に同性婚をアジアで初めて法制化した台湾の取り組みなども触れたかったのですが、長くなるので、また別機会に。

 

 

コメント (1)
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