孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イタリア  新連立は“何時まで続くか”が問題 ファシズムを生んだイタリア社会の危うい今

2019-09-20 22:46:27 | 欧州情勢

(映画『帰ってきたムッソリーニ』より【920日 GLOBE+】 この映画ではムッソリーニがローマの街を車で回る場面はほぼドキュメンタリーとして撮影された、つまり路上の一般の人たちの反応はフィクションではないとのこと)

 

【連立で組閣難航・不安定化が常態化する欧州政治】

欧州では、比例代表制などの選挙制度や、昨今の極右・ポピュリズム勢力台頭による既成政党からの支持者の離反といったこともあって、単独過半数を制する政党が存在せず、複数政党間の連立によることが一般的に見られます。

 

結果、組閣までの長い時間を要したり、政党の間の離合集散で政治が不安定化したりすることも。

 

ドイツの中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)と中道左派の社会民主党の大連立が、右派ポピュリズム(大衆迎合主義)政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭、連立に埋没した感がある社会民主党の不振などで、揺らいでいることは周知のところです。

 

どんぐりの背比べ状態の政党間の意見対立が集約できないスペインも、総選挙は4月でしたが、なかなか組閣ができません。

 

****スペイン、1110日再選挙へ 政権樹立できず****

4月の総選挙以降、政治空白が続いているスペインで、11月10日に再び総選挙が行われる見通しとなった。議会は大きく分裂しており、再選挙後も、政党間の意見の相違を克服して政権を樹立できる保証はない。

 

4月の総選挙では社会労働党が第1党となったが、どの政党も過半数の議席を獲得できなかった。各党は政権樹立を目指してきたが、溝は深く、協議は難航。16、17両日も行き詰まり打開に向けた動きがあったが、不調に終わった。

 

社会労働党のペドロ・サンチェス党首は、17日夜の記者会見で「政権を保証する過半数に届いておらず、11月10日に再選挙が行われる見通しだ」と語った。

 

世論調査では、社会労働党がさらに議席を増やす見通しとなっているものの、定数350の下院で過半数には依然として届かないとみられる。【918日日 ロイター】

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【イタリアで新連立成立も“この連立政権が何時まで続くか”】

短命内閣が続くイタリアも、816日ブログ“イタリア  EU懐疑派の極右「同盟」サルビーニ副首相、総選挙実施で政権主導を狙う 市場は警戒”でも取り上げたように、第1党のポピュリズム政党「五つ星運動」と第2党の移民排斥・極右の「同盟」の連立が、支持率が上向く「同盟」のサルビーニ副首相が勝負時と見て連立解消・総選挙実施の賭けにでたことで暗礁に乗り上げました。

 

結果的には、サルビーニ副首相の思惑は外れ、「五つ星運動」と中道左派「民主党」の新たな連立が生まれることになりました。

 

サルビーニ外し・総選挙回避では一致した両党ですが、政策的な相違点も多く、また、もともと「五つ星運動」は「民主党」のような“腐敗した機能不全”の既成政党を批判して拡大したこと,一方の「民主党」は「五つ星運動」を“統治能力に欠ける田舎者と見ている”【918日 WEDGE】といったこともあって、今後の前途は多難です。

 

****イタリア、中道左派と連立政権 政策の不一致、危うさも****

マッタレッラ大統領に辞表を提出後、首相に再指名されたコンテ氏が5日、ローマの大統領府で行われた宣誓式に出席した。

 

新興政治団体「五つ星運動」が右派「同盟」とたもとを分かち、新たに中道左派「民主党」と手を結んだ連立政権が発足した。

 

イタリア上下両院は今後、発足した第2次コンテ内閣に対する信任投票を実施する。五つ星と民主党の合計議席は下院では過半数を確保。上院ではわずかに過半数に届かないために少数左派政党「自由と平等」を入閣させることで、信任を得る見通しだ。

 

閣僚は、五つ星から10人、民主党から9人、自由と平等から1人、専門家1人という構成となった。

 

五つ星を率いるディマイオ氏は外相に就き、経済財務相には、民主党所属で、欧州議会の経済金融問題委員会のロベルト・グアルティエリ委員長が就いた。

 

イタリアはユーロ圏3位の経済大国でありながら、政府債務残高が国内総生産(GDP)比で約130%と高水準にある。グアルティエリ氏は、欧州連合(EU)の財政規律に沿った来年度予算の編成という重責を担うことになる。

 

EUとしては、波乱要因だった同盟が閣外に出て、親EUである民主党の政権入りで懸念は後退した形となった。だが、両党は「総選挙回避」という共通点の下に政敵同士が政策の違いを乗り越えて手を結んだ形で、政策の不一致による不和が政権内に生じれば、連立政権が再び破綻し短命で終わる可能性は否定できない。

 

今回発足する新政権は戦後67代目となった。【95日 毎日】

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まあ、本来立場の異なる政党間の連立というのは、そういう不安定さを伴うものでしょう。

日本の自民・公明の連立のように安定して長続きするほうが「どうして?」というものかも。

 

大方の見方も、「いつまで、この連立がもつのか・・・」という視点です。

 

****EUの支持が左右するイタリア新連立政権****

(中略)

従って、問題は、この連立政権が何時まで続くかである。

 

それはイタリアの抱える最大の問題、つまり経済の長期的な停滞の問題について、EUが連立政権をどのように支援出来るかによる。

 

91日付のフィナンシャル・タイムズ紙社説‘A flawed Italian coalition will need EU support’は次のように指摘する。

 

「サルヴィーニは野党にあって強い力を持ち続ける。EUにとって、ここは多数のイタリア国民を彼の主義主張になびかせた根の深い懸念に対処する好機である。EUは財政赤字を或る程度許容すべきである。そして景気後退期には公共投資の増加を可能とし規律を緩められるよう、財政ルールを見直すべきである。また、EUは南の加盟国の負担を軽減し、海上における難民救助を管理する難民庇護の体制を必要としている。そうでなければ、サルヴィーニの復権は単に時間の問題となろう」と。

 

コンテにはEUとの協調を目指す姿勢が見える上に、なかなか気骨のある人物のようであるから、EUとしてはコンテを助けて政策の前進を図ることに意を用いるのが正解であろう。

 

他方、連立政権の政権運営が軋み、政策が停滞するようでは、サルヴィーニの復権は時間の問題だ、という上記社説の警告は、その通りであろう。【918日 WEDGE

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【EUと協調へ転じる兆しも】

EUとの関係で言えば、前政権がEUと厳しく対立していた難民対策で、協調の兆しが見られます。

 

****イタリア、移民・難民の上陸拒否を転換 EUと協調へ*****

新連立政権を今月発足させたイタリアのコンテ首相が18日、マクロン仏大統領と会談し、地中海を渡る移民・難民の上陸を認める方針に転換する姿勢を示した。

 

会談後の記者会見でコンテ氏は、仏など欧州各国と協力して、難民審査や受け入れ国への分配を進めていく方針を明らかにした。前政権は、海上で救助しイタリアなどに運んできたNGOを敵視したため、同国に上陸する移民・難民の数は激減した。

 

コンテ政権は、移民排斥政策を掲げた右派政党を外した形で2期目を迎え、欧州連合(EU)との協調路線に転じた。移民受け入れをめぐって、NGOの救助船の入港を認めるなど、態度を軟化させている。

 

記者会見でコンテ氏は「(密航業者による)人身売買行為への警戒を弱めるつもりはないが、現実的なやり方での管理が必要だ」と述べた。マクロン氏も「移民の上陸を認めた上で、受け入れていく欧州のシステムが必要だと確信している」と応じた。

 

コンテ氏はマクロン氏との会談前に、リビア暫定政府のサラージ首相とも面会した。リビア国内では、暫定政府と同国東部を支配する武装勢力が衝突を繰り返し、7月には移民・難民の収容施設が、対立する武装勢力によるとみられる空爆を受けた。

 

イタリアメディアによると、コンテ氏は移民の非人道的な状況への懸念を示した上で、暫定政府への支持を表明。移民問題に協力して取り組むことを確認した。【919日 朝日】

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EUと親和性のある政党で、サルビーニ前副首相の難民排撃に反対してた民主党はともかく、「五つ星運動」の方は、“サルヴィーニが主導したNGOが海上で救助した難民の上陸を禁ずる措置の継続を主張”【918日 WEDGE】していたはずですが・・・

 

コンテ首相個人の考えも強く影響した政策転換でしょう。

 

【蘇ったムッソリーニが市民に歓迎されるイタリア社会】

いつまでこの連立が続くかはわかりませんが、極右的な「同盟」サルビーニ前副首相が野党にあって強い力を持ち、復権を狙っていることだけは間違いないことです。

 

そして、イタリアの社会風潮に、そうした極右的主張を受け入れるような傾向もあるようです。

 

****『帰ってきたムッソリーニ』 独裁者が脚光浴びる、この危うい世界は現実だ****

イタリアのムッソリーニは、ドイツのヒトラーに比べると正直、影が薄い。でもファシズムの源泉はイタリアで、ヒトラーにも影響を与えた。

 

そしていま、経済低迷や難民危機を経てヘイト犯罪は増え、極右政党は一定の影響力を保ち、ムッソリーニの墓や別荘も観光地化している。

 

そうした現実に警鐘を鳴らすイタリア映画『帰ってきたムッソリーニ』(原題: Sono Tornato: 英題: Im Back)(2018年)が20日公開される。ルカ・ミニエーロ監督(52)にインタビューした。

 

19454月に銃殺されたはずの独裁者ムッソリーニが現代のイタリアに蘇る――。映画はそんな設定で始まる。

 

かつてエチオピア侵攻を指揮した立場として、アフリカ系の人たちが大勢いるローマの様子に「エチオピアに侵略されたのか?」と驚くムッソリーニ(マッシモ・ポポリツィオ、58)。

 

一方、21世紀の人々は、まさか本人とは思わず、当時の軍服姿のそっくりさんだと思って笑い、自撮りをせがんで盛り上がる。

 

売れない映像作家カナレッティ(中略)は、彼を舞台回しにしたドキュメンタリーを思い立つ。巧みな演説によりネット動画で人気者になったムッソリーニは、テレビ番組でも高視聴率をたたき出してゆく。

 

このあらすじを聞いて、ドイツのヒット映画『帰ってきたヒトラー』(2015年)を思い起こす人も多いだろう(中略)。

 

『帰ってきたムッソリーニ』はその原作小説をもとに、舞台をイタリアに置き換えて映画化。ミニエーロ監督は「原作を読んで、映画化しようと興味を惹かれた。ドイツ版の映画ができる前だ」と話す。

 

大筋は原作に忠実ながら、ヒトラーとのキャラや末路などの違いが、筋立ての違いに随所に反映されている。

 

ドイツ版同様、ムッソリーニがローマの街を車で回る場面はほぼドキュメンタリーとして撮影した。つまり路上の一般の人たちの反応はフィクションではない。

 

「ムッソリーニが街に出たら人々が笑い、おもしろがって一緒に写真を撮る様子はショッキングだった。映画に取り込まなかった動画もある。そうした映像が意味するものが、今作の意味そのものだ」とミニエーロ監督は言った。

 

ドイツもイタリアもほぼ同様に、ヒトラーやムッソリーニのそっくりさんを街に登場させると一般の人たちがただおもしろがってしまうという、悲しい現実があるということだ。

 

「(中略)映画を作り終えてショックに感じたのは、ムッソリーニは私たちの一部だということだ。彼は悪魔ではない。悪魔的ではあるが、人間だ」

 

ムッソリーニは当初は社会主義者だったが、第1次大戦への従軍などを経て、国家主義者に転向。大戦後の経済や社会への不安を背景に、巧みな演説力でファシスト党を率いて1922年に首相となり、ローマ帝国の復活を掲げて大衆の心をつかんだ。

 

その点、トランプ米大統領の「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」を思わせるレトリックだ。ムッソリーニの手法は後に政権を握るヒトラーに影響を与え、右手をまっすぐ上げるローマ式敬礼はナチス式敬礼へと受け継がれている。

 

2次大戦は、日独伊三国同盟と、米英ソなどの連合軍との戦いだった。ただ、同じ枢軸国ながら、日本、ドイツ、イタリアは、敗戦後の道筋がそれぞれ違う。日本とドイツが戦争責任を連合軍によって問われたのに対し、イタリアの場合、国内のレジスタンス運動のもと、ムッソリーニはイタリア人に銃殺された。

 

負の歴史への向き合い方にも違いを生んだ。ドイツではナチスのシンボルは教育目的など以外では違法。ヒトラーの最後の防空壕も一部破壊された。だが、イタリアではムッソリーニの別荘や防空壕、墓などが観光地になっており、ネオファシストらの巡礼や献花が絶えない。

 

地元報道によると、出身地プレダッピオの市長が、経済効果を狙ってムッソリーニの墓を観光名所として整備する計画を進めているという。また、ムッソリーニの孫娘アレッサンドラは極右政治家だ。歴史修正主義者が以前にも増してはびこる日本も、耳が痛い話だ。

 

「イタリアでは、ムッソリーニは悪かったが良いこともした、と言う人たちがいる。ムッソリーニには戦争突入とユダヤ人差別という2つの問題を起こしたが、それ以外は良いこともたくさんした、いいこともあった、という風に。だが、それは違う。ムッソリーニについて、時に無知だったりする。ムッソリーニは多くの罪を犯し、たくさんの問題を起こしてきたのに、人々は忘れている」

 

イタリアの歴史教育で、ムッソリーニはどれぐらい教えられているのだろうか。そう聞くと、ミニエーロ監督は「私の世代はファシズムや第2次大戦についてさほど教わっていない。若い世代もあまり知らない」と話した。

 

今作がイタリアで公開されたのは201821日。その2日後、中部マチェラータで20代の男性がアフリカ系移民6人を銃撃して重軽傷を負わせる事件が起きた。

 

男性は、直近のイタリア人女性殺害事件でナイジェリア出身の難民男性が逮捕されたことへの「報復」だったと供述、犯行時はイタリア国旗を肩にかけ、ローマ式敬礼をしていたという。

 

報道によると、このヘイト犯罪に極右政党「フォルツァ・ヌオバ(新しい力)」は喝采を送り、弁護団の提供も申し出たという。

 

このフォルツァ・ヌオバはムッソリーニの孫娘アレッサンドラと一時連携し、欧州議会で議席を獲得したこともある。公開直後だっただけに、「映画が事件と関連づけて議論された」(ミニエーロ監督)そうだ。

 

「歴史が繰り返されるとまでは思わないが、今の私たちは不寛容や人種差別主義、ファシズムに向かいつつある。今の経済状況はムッソリーニが権力を掌握した当時と似ていて、低所得者層や中間層は当時と同じ問題を抱えている。税負担や他の問題よりも移民について問題視する」。

 

ミニエーロ監督はそう語り、「ファシズムに独裁者は必要ない。強制収容所のようなものを持たなくても、アフリカからの移民・難民に似たような問題を起こしている」と警鐘を鳴らした。

 

だからこそ、「イタリア人がファシズムについてどう考えているか、この映画で示したかった。ファシズムがどうやってイタリアにやって来たか見せたかった」とミニエーロ監督。

 

「この映画で人々はムッソリーニを笑い、ムッソリーニと仲良くなったりしている。ムッソリーニがおもしろい人物で、演説もうまかったからだ。イタリア人は愉快な人たちで、滑稽な支配者を選びやすい。この映画は反ファシズムを明確にうたっていないと言う人もいるが、それは違う。観客は最終的に、(人々がムッソリーニを歓迎する様子を)恥じ入るだろう」

 

イタリアの人は今も、ムッソリーニのような指導者をどこかで欲していたりするのだろうか。

「ムッソリーニのような指導者を欲しているかというと、それはないと思うが、強い指導者は欲しているだろう。だからベルルスコーニやレンツィのような首相が登場した。今はサルヴィーニ副首相だ」。

 

サルヴィーニは連立与党の一角を占める右派政党「同盟」の党首で、反欧州連合(EU)、反移民を掲げて支持を集めている。

 

「イタリアの問題は、ソーシャルメディアやテレビ報道にもある。こうした場で政治は、指導者がいかに民意を得られるかというアプローチではかられる。でもイタリアは欧州で大きな問題を抱える国のひとつ。経済面などで解決策を見いだすには、ポピュリスト的にならず、支持の得られにくい行動をも起こせる指導者を持てるかどうかにかかっている」

 

さて、第2次大戦の指導者がこの世に蘇ったら……?という映画はこれでドイツ、イタリアとそろった。日本版も作るべきではないか、という声はネットで上がっている。

 

そう言うと、イタリアが戦後、ファシスト清算の一環で王制を廃止した経緯もあってのことか、ミニエーロ監督はこう言った。

 

「日本のことはよくわからないが、一点不思議に思うのは、ヒトラーやムッソリーニは敗戦とともに消えたものの、日本の天皇制は続いている。米国が維持させたわけだが、いずれにせよドイツやイタリアほどの変化を経ていないように思う。それについて、みなさんはどう思っているのだろうか?それが私からの問いかけだ」【920日 GLOBE+】

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ムッソリーニの別荘や防空壕、墓などが観光地になっているイタリアから見ても、日本は“ドイツやイタリアほどの変化を経ていない”ように見えるようです。

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ウクライナ  “政治素人”ゼレンスキー大統領 ウクライナ東部をめぐるロシアとの交渉に着手

2019-09-19 22:50:48 | 欧州情勢

(ウクライナ首都キエフの街角に掲げられた公共広告は、「愛・協調・一体性」を呼び掛ける(撮影:服部倫卓)【9月10日 GLOBE+】)

 

【ゼレンスキー大統領 電撃解散総選挙に勝利し、新内閣でロシアとの交渉に着手】

ウクライナでは、国民の変化を求める声を追い風に、一介の歴史教師がふとした事から素人政治家として大統領に当選し、権謀術数が渦巻く政界と対決する姿をユーモアを交えながら描いた政治風刺ドラマ「国民の僕」に主演していた政治には完全素人のゼレンスキー氏が4月の大統領選挙で、まさにドラマを地で行く形で大統領として躍り出ることになりました。

 

ただ、議会内に全く足場がないことが危ぶまれていましたが、(自身の人気が陰らないうちにということで)議会選挙を7月に前倒し実施し、自身が率いる新党「国民の奉仕者」が単独過半数を制する圧勝したことで、この問題をクリアしています。

 

****ウクライナ新内閣が発足 ロシアとの対話模索へ****

先月(7月)の総選挙で選出されたウクライナ最高会議(議会、定数450)が29日、首都キエフで初招集された。

 

ゼレンスキー大統領は、弁護士出身で大統領府副長官のホンチャルク氏(35)の首相就任をはじめとした新内閣人事案を議会に提出。議会も承認した。新内閣が発足し、ゼレンスキー氏は今後、本格的な政権運営に入る。

 

喜劇俳優出身のゼレンスキー氏は5月に大統領に就任したものの、当時は議会はポロシェンコ前大統領らの支持勢力が多数派を占め、ゼレンスキー氏は思い通りの人事や法案審議ができない状況だった。

 

しかし7月に行われた前倒し議会選で、それまで議席を持たなかったゼレンスキー氏の与党「国民のしもべ」が単独過半数の254議席を獲得。ゼレンスキー氏の意向に沿った新内閣を組織できる基盤が整っていた。

 

新内閣の成立を受け、ゼレンスキー氏は今後、事実上の戦争状態が続く隣国ロシアとウクライナが実質的な「人質」として互いに拘束し合っている刑事被告人らの交換や、ウクライナ東部で続く親露派武装勢力との紛争の収束に向け、ロシアとの対話を本格的に模索するとみられている。【8月30日 産経】

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とは言え、問題が山積するウクライナにあって、いかに成果を示していくか、特に、最大の外交課題であるウクライナ東部の問題で百戦錬磨で老獪なプーチン大統領に対しコメディアン出身の政治素人ゼレンスキー大統領が太刀打ちできるのか・・・国際社会はやや懐疑的な目で見ている感もあります。

 

ウクライナ東部の問題、ロシアとの関係について言えば、対決姿勢を前面に出したポロシェンコ前大統領に対し、ゼレンスキー大統領は対話路線を掲げており、実際、今月に入りロシアとの間で収監者の交換を実施して、ロシアとの緊張緩和に向けて動き始めています。

 

****ロシアとウクライナ、収監者交換か 和平協議再開に弾み****

ロシアの複数のメディアによると、ロシアとウクライナが7日、互いに「テロ活動」などを理由に拘束していた収監者の交換を始めた。

 

ウクライナ南部クリミア半島近くで昨秋、ロシア側に銃撃・拿捕(だほ)されたウクライナ艦船の乗組員24人も含まれるという。

 

両国の緊張緩和と、ウクライナ東部紛争をめぐる和平協議の再開に向け大きな弾みとなる可能性がある。(中略)

 

両国は、2014年にロシアが一方的にウクライナのクリミア半島を併合して以来、互いに相手国の情報機関職員やジャーナリストなどを逮捕、収監してきた。

 

昨年11月のウクライナ艦船の銃撃・拿捕事件などで両国の対立はさらに先鋭化。

 

ロシアのプーチン大統領ウクライナのポロシェンコ前大統領との対話を拒否するなど歩み寄りの兆しはなかったが、今年5月に就任したウクライナのゼレンスキー大統領がプーチン氏との対話に乗り出す考えを表明。収監者の交換や、ウクライナ政府軍と親ロシア勢力の間で紛争が続くウクライナ東部の和平協議について話し合っていた。

 

フランスのマクロン大統領は8月、同国で開かれた主要7カ国(G7)首脳会議で、2016年以来開かれていない仏独を交えた4カ国の和平協議を数週間で再開すると言及。収監者の交換は、協議の実現に向けた環境整備の一環とみられる。【9月7日 朝日】

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こうした流れは、ロシアとしても欧米との関係改善を図る狙いがあると見られています。

アメリカのトランプ大統領も「和平に向けた大きな1歩だ」と評価し、流れを後押ししていく姿勢です。

 

【4カ国首脳会談の実現に向けたロシアとの協議は難航】

次のステップは、10月にも実現するとの観測もあるロシアとウクライナ、仲介役のドイツとフランスの4カ国の枠組みによる首脳会談ですが、ロシアとの事前交渉において「暗雲」も出ています。

 

****露・ウクライナ和平協議、物別れ 首脳会談に暗雲****

ウクライナ東部で続く同国軍と親ロシア派武装勢力との紛争収束に向けたロシアとウクライナ、欧州安全保障機構(OSCE)の3者による協議が18日、ベラルーシの首都ミンスクで開かれた。

 

ウクライナは紛争収束に関わる合意文書への署名を拒否し、協議は物別れに終わった。インタファクス通信が伝えた。

 

文書は(1)親露派とウクライナは紛争地帯から戦力を撤収させる(2)親露派の実効支配地域で民主選挙を行う(3)ウクライナは親露派支配地域に強い自治権を認めた「特別な地位」を与える−などとするもの。

 

ロシアは、文書へのウクライナの署名がプーチン露大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談実現の条件だとする立場を示しており、10月にも実現するとの観測が出ていたロシアとウクライナ、仲介役のドイツとフランスの4カ国の枠組みによる首脳会談の見通しは不透明となった。

 

協議後、グリズロフ露代表はウクライナを「4カ国首脳会談の実現を危機にさらした」と批判。一方、ウクライナ側は、選挙の実施方法などをめぐり署名できるほどの条件が整っていないとの認識を示した。【9月19日 産経】

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ウクライナ東部における選挙実施に関するウクライナ側主張は以下のようにも。

 

****ウクライナ、ミンスク協議にて、シュタインマイヤー・フォーミュラの履行条件を提示****

(中略)(ウクライナの)オリフェル報道官は、「TCGウクライナ代表は、ウクライナは地方選挙に関する通称『シュタインマイヤー・フォーミュラ』の本質面には原則的な反対はないことを伝えた。

 

しかしながら、同フォーミュラの実現が可能となるのは、次の条件が履行された場合のみである。すなわち、

 

完全な停戦、欧州安全保障協力機構ウクライナ特別監視団(OSCE/SMM)のウクライナ全土での効果的監視の保障、

ウクライナ領からの外国軍部隊・兵器の撤収、

衝突ライン沿い全域での兵力・機器の引き離し、

ウクライナ中央選挙管理委員会、ウクライナの政党・マスメディア、国際監視員の活動保障、

現在ウクライナがコントロールできていないウクライナ・ロシア間国境地点のコントロール確立、

ウクライナ国内法、国際法、ミンスク諸合意が定めるその他の事項の履行である」と伝えた。(中略)

 

これに先立ち、9月13日、プリスタイコ外相は、ウクライナ政権はドネツィク・ルハンシク両州一部地域(編集注:被占領地域)を含めたウクライナ全域における地方選挙実施の可能性について作業を行っていると発言した。

 

また、ヴォロディーミル・ゼレンシキー大統領は、ノルマンディ4国の首脳会合開催の際には、「シュタインマイヤー・フォーミュラ」とミンスク諸合意のその他全ての項目について審議されると発言していた。

 

これに関連して、ユーリー・ウシャコフ・ロシア連邦大統領補佐官は、ノルマンディ首脳会合では、スタニツャ・ルハンシカ、ゾロテー、ペトリウシケの3地点での兵力引き離し、ドンバス地方の特別地位、「シュタインマイヤー・フォーミュラ」に関する合意を文書化しなければならないとし、本件に関しては首脳会談まえに事前に合意しなければならないと述べていた。【9月18日 UKRINFORM】

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要するに、親露派武装勢力の実効支配を既成事実化したいロシアとしては、現状での親露派武装勢力が強く関与する形での選挙実施を目指し、4カ国首脳会談に先立ち、前提条件を付けない形での選挙実施の確約を得たいとしているのに対し、ウクライナ側は、ウクライナ政府のコントロールが及ぶ状態に戻した形での「自由な条件かつウクライナ国内法にのっとった選挙」を求めており、そのための条件が存在していない現段階での選挙実施の確約を拒んだ・・・というところのようです。

 

ウクライナ側だけでなく、交渉に参加している欧州安全保障協力機構(OSCE)の議長である、ミロスラフ・ライチャーク・スロバキア外相も、ウクライナ東部ドンバス地方の非政府管理地域における地方選挙は自由かつウクライナ国内法にもとづいて実施されなければならないが、現時点では、そのための前提条件は整っていないと指摘しています。【9月17日 UKRINFORMより】

 

おそらくこの件は、しばらくウクライナとロシアの綱引きが続くのでしょう。

 

政治的に完全素人のゼレンスキー大統領の外交手腕云々は別にして、ロシア側に実効支配を許した状況における何らかの現状変更を求める交渉が非常に困難なことは、北方領土を抱える日本も十二分に理解できるところです。

 

ウクライナ東部に「特別な地位」を認めるにしても、ウクライナ政府のコントロールが一定に及ぶ枠組みを構築するためには、ひとりウクライナだけでなく、仏独、国際社会の後押しが不可欠でしょう。

 

【「カミカゼ内閣」で短期決戦を志向】

ゼレンスキー大統領の国内統治全般については、以下のようにも。

とにかく自分の人気のあるうちに、改革と国家再建の道筋をつけておきたい・・・というところのようです。

 

****ゼレンスキー・ウクライナ新大統領が仕掛けた電撃戦****

解散総選挙に打って出たゼレンスキー

(中略)ゼレンスキーは、5月20日に大統領就任式を挙行すると、就任演説の中で、現在の議会を解散し前倒し選挙を実施することを、不意に宣言しました。

 

大統領は、議会が国民の信任を得ていないこと、憲法で定められた連立多数派が成立していないことを解散理由に挙げましたが、自らの大統領選勝利の余勢を駆って、自前の新党「公僕党」の躍進を果たしたいとの本音は明白でした。

 

ゼレンスキーによる議会解散は違憲との指摘もありましたが、結局7月21日に議会選挙の投票が実施され、公僕党は予想以上の大勝を収めました。定数450議席のところ、公僕党は254議席を獲得し、ウクライナの歴史上初めて、一つの党による単独過半数が成立したのです。

 

ゼレンスキーが地滑り的勝利を収めた3月、4月の大統領選は、国民が既存の政治体制、とりわけポロシェンコ前政権に対し駄目出しをしたものでした。7月の議会選も、「実質的に大統領選の第3回投票だった」との論評があるとおり、大統領選の延長上で、国民がエスタブリッシュメント全体にノーを突き付ける結果となりました。

 

ちなみに、公僕党の候補者名簿には、議員経験のある候補者は一人もいなかったということです。議会全体でも、約3分の2が新人議員になったと言います。(中略)

 

弱冠35歳の新首相

新たに選出された議会の最初の本会議が8月29日に召集され、公僕党の主導によりホンチャルーク(ゴンチャルーク)新内閣が発足しました。

 

ホンチャルーク首相は1985年生まれの35歳。大学で法学を専攻し、主に民間企業で法務関係の仕事をしてきた人物です。ゼレンスキー大統領は事前には、実績のあるエコノミストを首相に据えたいというようなことを発言していたので、法律畑で政治経験もほとんどないホンチャルーク氏の起用は予想外であり、直前まで誰もマークしていませんでした。

 

当然のことながら、ホンチャルーク氏はウクライナ史上最も若い首相です。おそらく、世界的に見ても、記録的な若さのはずです。(中略)

 

首相が若いだけでなく、内閣全体の平均年齢もわずか39歳。2018年10月に発足した我が国の第4次安倍改造内閣では63歳だったということですので、ずいぶんと差がありますね。

 

ホンチャルーク内閣では、諸事情ゆえに内相と蔵相だけは前内閣から留任したものの、それ以外はすべて初入閣です。女性閣僚も6人と、積極的に起用されています。

 

かくして、大統領・議会・内閣がすべて、ゼレンスキー率いる公僕党によって押さえられ、一元的な権力が確立されました。世代交代も一気に進みました。大統領選~議会選~組閣と続いた今回の政権交代劇は、独立ウクライナ史上、最も深甚な政治体制の刷新となったと言えそうです。

 

短期決戦を志向するゼレンスキー政権

旧ソ連圏の政治評論には、「カミカゼ」という言葉がしばしば登場します。むろん、かつての日本の神風特別攻撃隊に由来する表現であり、ある内閣が「一年で倒れてもいい」というような決死の覚悟で改革に取り組もうとする時に、「カミカゼ内閣だ」というような表現が使われます。

 

そして、今般ウクライナで成立したホンチャルーク内閣についても、「カミカゼ内閣」だとする論評が散見されました。ゼレンスキー大統領は、国民に不人気な改革の実施を若きホンチャルーク首相に委ね、一年程度で首相交代となってもやむなしと考えている、というのです。

 

もう一つ興味深いのは、議会が招集された8月29日にゼレンスキー大統領が議員たちに呼びかけた内容です。大統領は、「今回の議会が歴史に名を残すことは、確実だ。唯一の問題は、具体的にどんな形でか?ということである。諸君は、過去28年間できなったことをすべて実現した奇跡の議会として教科書に載るかもしれない。あるいは、存続期間が一番短い、一年しかもたなかった議会として、歴史に残るかもしれない」と述べたのです。

 

つまり、議員たちのお手並みを一年拝見して、働きが悪ければ、またも議会解散という伝家の宝刀を抜くと警告しているわけです。

 

大統領も議会も任期は5年なのに、ゼレンスキー大統領は何を焦っているのでしょうか? おそらく、ゼレンスキー大統領は自分の人気がそう長くは続かないということを、自覚しているのではないでしょうか。

 

元々、組織的な基盤などは何もなく(公僕党にしても、むしろ大統領人気にあやかって躍進した)、突然吹いた「風」によって最高指導者の地位に押し上げられたに過ぎません。

 

今後、風が止んだり、あるいは逆風が吹く可能性があるということを、ゼレンスキーは分かっているのでしょう。だからこそ、自分の人気のあるうちに、改革と国家再建の道筋をつけておきたいのだと思います。

 

困難な政策課題

ゼレンスキー政権はいよいよこれから本格的に政策運営に取り組んでいくことになりますが、具体的な政策課題を考えるにつけ、困難な舵取りになると予想せざるをえません。

 

とりわけ気になるのは、経済政策路線です。所得水準の低いウクライナでは、国民の多くは福祉国家的な方向を望んでいます。しかし、ゼレンスキー政権は新自由主義的な政策を推進すると見られており、ホンチャルーク内閣が民営化、規制緩和といった措置を実行に移すことが予想されています。

 

財政面での命綱となっている国際通貨基金(IMF)との関係を考えても、新政権が「国民に優しい」政策を採る余地は限られており、果たして国民の忍耐がどれだけもつのか、気がかりです。

 

ゼレンスキー政権は、ポロシェンコ前政権とは異なり、反ロシア・ナショナリズム一辺倒に陥り、ロシアとのあらゆる関係を断ち切るようなことはしないと思います。

 

実際、ここに来てウクライナ・ロシア間で捕虜交換の問題が前進するなど、分野によっては関係の改善も進むかもしれません。

 

しかし、ゼレンスキー政権が最重視しているドンバス紛争の全面解決は、あまりに大きな難題です。ゼレンスキー政権は、「ドンバス紛争には今年中に決着をつけたい」として、ここでも非常に前のめりになっているのですが、筆者などはその性急さにやや危うさを感じてしまいます。【9月10日 GLOBE+】

******************

 

「ドンバス(ウクライナ東部)紛争には今年中に決着をつけたい」・・・・もちろん困難な話ですが、大統領の人気がそう長くは続かないという想定のもとでは、時間をかけるほどに国内コンセンサスを得ることがむつかしくなりますので、短期決戦を志向するのも無理からぬところではあります。

 

「決着」はともかく、なんとか「道筋」でもつけられたら・・・・。

 

逆にロシア・プーチン大統領としては、時間をかければ・・・というところですが、一方で、国内でプーチン離れも進む状況では、ウクライナを支援する欧州との関係を早期に改善して国内経済を上向かせたい思惑もあるでしょう。

 

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ベネズエラ  混迷する政治・経済のなかで市場重視の動き、与党の国会復帰という“変化”の兆しも

2019-09-18 22:42:52 | ラテンアメリカ

(カラカス市内で輸入食料品を取り扱う新店舗をながめる女性【9月18日 WSJ】)

 

【ベネズエラ経済に“一筋の希望の光” マドゥロ政権、経済の国家管理を緩めて市場重視へ?】

南米ベネズエラの反米左派マドゥロ政権と野党勢力の対立については、出口が見えないといった“いつもの話”になってしまいますが、実際、両者の交渉もとん挫したようです。

 

****ノルウェー仲介の対話「終了」=ベネズエラ****

南米ベネズエラで「暫定大統領」就任を宣言しているグアイド国会議長は、ノルウェーが仲介して行われてきたマドゥロ大統領との対話が「終わった」と宣言した。15日付で声明を出し「マドゥロ大統領が対話を放棄した」と非難した。
 

対話はノルウェーの首都オスロやカリブ海の島国バルバドスで断続的に続けられてきた。【9月17日 時事】

****************

 

まあ、期待した向きはそう多くなかったと思いますが。

 

そうしたなかにあって、珍しく変化をうかがわせる報道が2件。

 

ひとつは、ハイパーインフレで破綻した経済立て直しに向けて、これまでの思慮のない市場介入・国家統制から市場に委ねる方向への政策転換がはかられているとのこと。

 

****ベネズエラが市場経済に転換? 統制緩和で希望の光 ****

マドゥロ政権、水面下で慎重ながらも自由市場政策へかじ

 

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領の独裁政権が、水面下で慎重ながらも自由市場政策へとかじを切っている。

 

ハイパーインフレと米国の大恐慌よりも深刻とされる景気後退に対処するため、従来の厳格な国家管理から方針を転換しているようだ。新たなアプローチを受け、瀕死(ひんし)状態のベネズエラ経済に一筋の希望の光が差し込んでいる。

 

マドゥロ政権は、かつてはやみくもに増刷していた紙幣の供給ペースを落としたほか、度重なる賃上げをほぼ停止。危機的な食糧難や闇市場の暗躍を招いていた価格統制も緩めた。

 

国民議会によると、インフレ率は1月につけたピークの年率260万%から、8月は13万5000%まで低下した。

 

マドゥロ政権にとって、経済管理の緩和は高いリスクを伴う。なぜなら、彼らは国家主導の社会主義経済モデルが貪欲な資本主義からベネズエラを救う唯一の手段だと主張しているためだ。

 

だが、米国主導の経済制裁に加え、多くの国がマドゥロ政権を正当な指導者として認めていない中、統制緩和が限定的ながらも、ベネズエラ経済に一定の改善をもたらしている。

 

ベネズエラ経済はまた、悲惨な状況を逃れようと国を離れた大量の移民による恩恵も受けている。

 

2015年以降、約400万人のベネズエラ移民が本国の家族に年間40億ドル(約4300億円)程度を送金していると推計されている。これらの仕送りはドル建てだ。

 

移民による本国送金に加え、輸入業者や事業主への規制緩和は、ベネズエラ経済のドル流通を大きく促進した。

 

今では小売店は、ドルによる支払いを頻繁に受け付けるようになり、かつて政府からの補助金が出ていた生活必需品をより高い値段で売るようになった。食糧難や停電が他ほどひどくない首都カラカスでは新たな店舗が立ち並び、シリアル(15ドル)やペットボトルの水(3ドル)など、あらゆるものを販売している。

 

ドルを持つベネズエラ国民にとって、こうした新たな現実は歓迎すべきニュースだ。ドルの保有は今年に入るまで、国の特別許可がない限り違法だった。

 

だが為替管理の解除は、月額2ドルに満たない最低賃金の低さを容赦なく浮き彫りにする。ベネズエラ国民の大半は依然、ほぼ無価値の現地通貨ボリバルに頼っており、慢性的な現金不足と1ドル未満というクレジットカードの月額購入上限の中で、物品の購入が困難な状況に置かれている。

 

マドゥロ政権が国家管理を緩める背景には、生産の急激な落ち込みに加え、米国の金融制裁により輸入代金の支払い能力が損なわれていることがある。

 

地方を含め、マドゥロ派の当局者は、従来の経済政策を見直していると話す。食料難や水不足、頻発する停電を解決することは、事業主に罰金を科して違反を取り締まるよりも優先度が高いと考えるためだ。

 

だが、価格統制は復活する可能性があるとも認めている。

 

ベネズエラ第2の都市マラカイボの市長で、マドゥロ派のウィリー・カサノバ氏は「まずは一定の安定が必要で、その後に価格については合意できる」とし、「現時点で、価格統制を敷いてもほとんど意味はない」と述べる。

 

エコノミストは、価格統制だけでなく、マドゥロ氏による頻繁な賃上げも経済危機を招く要因になったと指摘している。マドゥロ氏は2018年だけで、60倍の大幅増を含め、最低賃金を6回引き上げ、通貨ボリバルの単位を5桁切り下げるデノミも実施した。

 

マドゥロ氏はこうした賃上げに充てる資金を紙幣増刷で手当てした。その結果、ベネズエラのマネーサプライは2018年7-12月期(下半期)に平均で週間15%のペースで伸びた(中銀データ)。

 

対照的に、今年に入ってからは賃上げは1回にとどまっており、週間のマネーサプライの伸びも平均8%まで鈍化した。

 

国際金融協会(IIF)の副チーフエコノミスト、セルゲイ・ラノー氏は、ベネズエラの措置に関して「熟考された調整プログラムの一環ではない」とし、場当たり的な改革を捨てて元の国家管理に戻れば、ハイパーインフレが再発する恐れがあると警鐘を鳴らす。

 

「これが転換点になるかといえば、間違いなくノーだ」とし、数カ月後には再び紙幣増刷にまい進するかもしれないと述べた。【9月18日 WSJ】

********************

 

8月の年率のインフレ率が13万5000%・・・他国ではとんでもない数字ですが、ベネズエラでは顕著な改善がみられる数字です。

 

“首都カラカスでは新たな店舗が立ち並び、シリアル(15ドル)やペットボトルの水(3ドル)など、あらゆるものを販売している。”・・・・ドル払いで、一般市民には手が出ないという根本的問題はありますが、これまでの店舗の商品棚に商品が何も見られないという状態よりは前進でしょう。

 

手の届かない商品を眺めるだけの一般市民の不満は高まるのかもしれませんが、海外からの送金などでドルを手に入れてこうした商品を購入する人が少なからず存在するのも事実です。

 

経済崩壊で大量の国外難民が発生し、その送金で国内経済が活性化するというのは、経済のダイナミズムの一面ですが、もちろん不幸な事態です。

 

今のところの評価は、市場重視の政策は一時的なもので、またじきに紙幣大量発行・賃上げ・価格統制といった「国家主導の社会主義経済モデル」に戻るのでは・・・といったところのようです。

 

ただ、市場重視の政策が一定に奏功すれば、マドゥロ政権としても考えるところも出てくるのではないでしょうか。

 

【与党の国会復帰 その思惑は?】

もう1件、変化がうかがえる報道は、政治面の話です。

 

****ベネズエラ与党、野党主導の国会に復帰を表明****

ベネズエラの与党・統一社会党(PSUV)は16日、野党が主導権を握る国会に議員らを復帰させると表明した。

 

PSUVは2016年に選挙に敗北した後、野党が支配する国会とは別に、政権派のみで構成される制憲議会(545議席)を発足していた。

 

ホルヘ・ロドリゲス通信情報相は「(野党との)対話を深め、拡大させていくために、PSUVおよび同盟各派は国会に復帰する」と述べた。

 

ロドリゲス氏の発表前の15日、野党指導者のフアン・グアイド国会議長は、ベネズエラの政治危機の解決に向けてノルウェーが仲介した与野党協議は、ニコラス・マドゥロ大統領が交渉を打ち切って以降1か月以上、中断していると明らかにしていた。

 

マドゥロ氏は8月7日にカリブ海の島国バルバドスで再開された協議を、米国によるマドゥロ政権への制裁発動を理由に中断。グアイド氏はマドゥロ氏に対し、総選挙への道筋を見いだすため退陣するよう要求したが、マドゥロ氏はそれを拒み、制裁解除を求めると同時に、ベネズエラの政治と経済の混乱は米国が主導する陰謀によるものだと主張した。 【翻訳編集】AFPBB News

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政権派のみで構成される制憲議会はどうなるのか? 残存するなら国会との関係は?

今回の“国会への復帰”の思惑は?

 

わからないことばかりですが、野党主導の国会を無視した状況よりは“改善”と言えるでしょう。(あくまでも一般論ですが。)

 

その野党主導の国会は、グアイド国会議長をベネズエラ暫定大統領として正式に承認しましたが、政府側は拘束していたサンブラノ副議長を釈放して、野党勢力の分断を画策しているとも。

 

****ベネズエラ国会、野党指導者グアイド氏を暫定大統領として正式承認****

野党が主導権を握るベネズエラの国会は17日、新たな選挙が行われるまでの間、野党指導者のフアン・グアイド国会議長をベネズエラ暫定大統領として正式に承認した。

 

米国はこの決定を「民主派野党勢力の結束力と強さ」を反映するものだとして歓迎した。米国から支持されているグアイド氏は、50か国以上からベネズエラの暫定大統領として認められている。

 

ベネズエラのタレク・ウィリアム・サーブ検事総長は17日、4月30日に起きた蜂起に関与したとして逮捕され、軍事刑務所で拘束されていたエドガル・サンブラノ副議長を釈放したと発表した。

 

サーブ検事総長は、政府と野党勢力の交渉で部分的な合意に達したことを受け、政府が最高裁にサンブラノ氏の釈放を求めたと述べた。

 

前日の17日、ニコラス・マドゥロ大統領が率いる政府は、国会に与党・統一社会党の議員が復帰すると発表していた。ベネズエラ政府は、3年前の選挙でPSUVが敗北した後、野党が主導権を握る国会とは別に政権派のみで構成される制憲議会(545議席)を発足させていた。

 

サンブラノ氏の釈放には、グアイド氏を脇に追いやろうとする狙いがあるとみられる。 【9月18日 AFP】

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弱冠36歳のグアイド氏が国会議長、更には暫定大統領と政治の表舞台に飛び出したのは、自身のカリスマ性もありますが、大物政治家が逮捕拘束されたり、海外に亡命したりで、政治的空白ができたためでもあります。

 

釈放されたサンブラノ副議長という人物がベネズエラ政界でどのような位置を占める人物かは知りませんが、有力政治家がもどってくれば、グアイド氏の求心力(暫定大統領宣言当時の勢いはすでにありませんが)は更に低下することも・・・そのあたりを狙った政権・与党側の行動のようです。

 

一方の野党側は、与党の国会復帰、与党勢力分断工作に対し、暫定大統領として正式に承認することで結束を図ったといったところでしょうが、裏ではグアイド氏を支援するアメリカが動いているのでしょうか。

 

【隣国コロンビアとの緊張】

国際関係に目を転じると、隣国コロンビアと緊張が高まっています。

 

****ベネズエラ、対コロンビア国境に兵士15万人の配備を開始****

南米ベネズエラとコロンビアの関係に新たな緊張が生じるなか、ベネズエラの軍幹部らが10日、コロンビア国境付近での軍事演習に向けて兵士15万人の配備を開始したと明らかにした。

 

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は先週、コロンビア政府が、元左翼ゲリラ組織のコロンビア革命軍元幹部が同政府との和平合意を破棄したことを利用して、軍事衝突を誘発しようとしていると非難。ベネズエラ軍に厳戒態勢を取らせていると述べ、約2200キロの対コロンビア国境沿いに軍を配備するよう命じていた。

 

一方でコロンビアのイバン・ドゥケ大統領は、マドゥロ氏がベネズエラ国内でFARCメンバーをかくまっていると非難した。 【9月11日 AFP】

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このあたりの話は、9月5日ブログ“コロンビア  和平合意した左翼ゲリラ組織FARCの一部メンバー、武装闘争再開を宣言”でも取り上げたところです。

 

こうした情勢を受けてマドゥロ政権と敵対するアメリカも・・・

 

****米、ベネズエラ危機に米州相互援助条約を発動****

米国は11日、ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権が対コロンビア国境に軍を配備したことなどを受け、米州地域の防衛に関する軍事条約である米州相互援助条約(リオ条約)を発動した。

 

マイク・ポンペオ米国務長官によると、TIARの発動はマドゥロ氏と対立するベネズエラ野党の要請に基づくもの。ポンペオ氏は「対コロンビア国境へのベネズエラ軍の配備という最近の好戦的な動き、またベネズエラ領内の非合法武装集団やテロ組織の存在は、ニコラス・マドゥロがベネズエラ国民に脅威を与えているだけではなく、近隣諸国の平和と安全をも脅かしていることを示すものだ」と述べた。(後略)【9月12日 AFP】AFPBB News

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ただ、ベネズエラとコロンビアが軍を配置して国境で対峙するのは、前大統領のチャベス-ウリベ時代からよくあった話ですし、アメリカも軍事的に介入すると南米諸国の反発を招きますのであまり大胆なこともできません。

 

マドゥロ政権も国内問題で、コロンビアどころではないでしょうし、カネのかかる“火遊び”をする余裕もないと思われます。

 

そうしたことで、これ以上危機的な状況にはならないのでは・・・と思っています。

 

なお、マドゥロ大統領は今月の国連年次総会は欠席する予定のようですが、グアイド国会議長は代表団を派遣する方針を明らかにしています。

 

もっとも、国連の場でいくら政権批判しても事態は動きません。国内でいかに政権に対抗していくのか・・・与党の国会復帰で何らかの動きが見られるのでしょうか。

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サウジ石油施設攻撃  イラン強硬派による外交プロセス潰しのためなら、報復は武力ではなく交渉促進

2019-09-17 22:57:25 | イラン

(先週末に無人機の攻撃を受けた、サウジアラビアの首都リヤド郊外にある石油施設の衛星画像。米政府提供(2019年9月15日撮影、同16日提供)【9月17日 AFP】)

 

【「あまりにも脆弱」】

今回のサウジアラビア石油施設に対する攻撃は、いまだわからないことばかりですが、ひとつはっきりしたことは、世界経済に大きな影響を与える世界最大規模の石油施設の防衛体制が非常に脆弱であるということです。

 

そのことに関連して、かねてよりフーシ派のミサイル攻撃を阻止したと豪語していたサウジのパトリオットなどのミサイル防衛システムは今回はどうしたのか?という疑問も。(これまでもサウジ側の「攻撃を阻止した」との発表は“大本営発表”で、実際は防ぎきれていないとの指摘がありましたが・・・)

 

****脆弱ぶりを露呈****

攻撃を受けたのはサウジ東部ダーランから約60キロ離れたアブカイクにある世界最大規模の石油施設と、首都リヤド東方のクライス油田。(中略)

 

とりわけ、市場やペルシャ湾岸産油国がショックだったのは、石油施設が無人機攻撃に「あまりにも脆弱」(専門家)な実態を露呈したことだ。

 

サウジは巨額の軍事費を投じて防空網などを強化しつつあるが、こうした最新のシステムが、1機1万5000ドル(160万)程度の安価な無人機にいかに無力であるかを証明してしまった。(後略)【9月17日 WEDGE「サウジ石油攻撃、イラクから発進か?トランプ氏の報復示唆で緊張」】

*********************

 

攻撃は、施設の重要部分を狙ってピンポイントの正確さで行われており、攻撃能力の高さがうかがえます。

 

****フーシ派による武器増強****

フーシ派は2015年から、イエメンでサウジアラビア主導の連合軍と戦いを展開しており、そして、サウジの防衛をすり抜けることができる長距離の攻撃能力を増強していると、これまでに何度も表明している。

 

3月にはサウジの領空境界から120キロ以上入ったところにある淡水化施設をドローンで上空から撮影し、その映像を公開した。

 

また5月には、サウジの東部州から紅海までつながる主要パイプラインをドローンで攻撃し、一時的に閉鎖に追いやった。さらに6月には、少なくとも20基のミサイルとドローンでサウジを攻撃し、犠牲者を含む被害が出ている。

 

英ロンドン大学キングスカレッジのアンドレアス・クレイグ教授は、「フーシ派は近年、特に弾道ミサイルとドローン技術を大幅に増強している」と、一連の攻撃発生時にAFPの取材で述べていた。

 

フーシ派が公開した動画には少なくとも15機の無人ドローンとさまざまなミサイルが捉えられていた。フーシ派によると最新兵器には、「アルクッズ(エルサレムの意味)」と名付けられた長距離巡航ミサイルや爆弾を搭載し、1500キロ先のターゲットも攻撃できるドローン「サマド3」が含まれているという。

 

サウジアラビア主導の連合軍報道官は16日、今回の攻撃に使われた武器が「イランからのものだということをすべての状況が示している」と指摘した。

 

専門家らは、ドローンの脅威がこれからも続く見込みで、国家の防衛や反政府組織の武器をも変えていくとの見方を示している。 【9月17日 AFP「サウジ石油施設攻撃、国家防衛の見直し迫るドローンの脅威」】

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今回の攻撃については、トランプ大統領やポンペオ米国務長官、エスパー米国防長官の発言は相次いでいますが、実際に攻撃を受けたサウジアラビアからの発言がありません。

 

サウジアラビア主導の連合軍が16日、攻撃に使われた武器はイラン製だった(まあ、それはそうでしょう。誰がやったかは別にして)と発表したことぐらいでしょうか。

 

サウジの発言を私が見落としているのかもしれませんが、そうだとしても“見落とす”ぐらいのものだということでしょう。

 

単に状況を精査しているということかもしれませんが、ここから先は全くの素人の想像ですが、サウジとしては国家の根幹でもある石油施設が「あまりにも脆弱」であるという現実を踏まえて、イランとの関係を決定的に悪化させ、報復合戦に陥るような事態を懸念し、慎重に対応を検討している・・・ということかも。

 

仮にイランとの間での大規模な武力行使といった事態になれば、今回の攻撃で明らかなったように、サウジの石油施設は最初の一撃でひとたまりもないでしょう。その後の戦闘で勝とうが負けようが、いくらアメリカがトマホークをイランに撃ち込もうが、サウジにとっては国家の根幹を失うということにはかわりありません。

 

【アメリカの対イラン強硬派・・・アメリカが弱腰だからイランにつけこまれる】

一番の関心事となっている「誰がやったのか?」ということについては、いろんな考えが報じられています。

 

アメリカは「イランがやった」ということのようですが、先日のタンカー攻撃のときと同様に、決定的な証拠は示してはいません。攻撃の向きがイラン・イラク方面からのもので、イエメンからは難しい云々も、証拠としてはやや迫力を欠きます。

 

そうしたなかで、アメリカの対イラン強硬派は、直接にせよ、間接にせよ、イランの関与は間違いないという前提で、以前トランプ大統領が対イラン攻撃を直前に取りやめたように“弱腰”だからイラン側につけこまれるのだ・・・との主張です。

 

****【社説】サウジ石油施設攻撃はイランの答え ****

イランを警戒していたボルトン氏は正しかった

 

ドナルド・トランプ米大統領が2015年のイラン核合意からの離脱を表明して以来、イランは中東各地で軍事的緊張を高め、米国の決意を試してきた。

 

(中略)イランは攻撃への関与を否定しているが、直接的な衝突を避けるために代理組織を使うのがイランの常とう手段であり、他に思い当たる犯人もいない。

 

(中略)攻撃を行ったのがフーシ派ではなかったとしても、イランはイエメンでアラブ有志連合と戦うフーシ派を支援している。フーシ派はサウジ国内や紅海を航行する石油タンカーへの攻撃を激化させている。

 

もしサウジがイエメンをフーシに奪われれば、イランはアラビア半島をめぐる代理戦争にも勝利したことになる。サウジは理想的な同盟国とは言い難いが、サウジへの支援打ち切りを求める米上院議員は、イランに中東地域の覇権を握らせないための代替案を考えるべきだ。

 

ホワイトハウスによると、トランプ氏はサウジのムハンマド皇太子と電話会談し、米国による支持を約束した。しかしホワイトハウスは言葉だけで終わらせるべきではない。

 

イランはサウジに対してだけではなく、トランプ氏にも探りを入れている。「最大限の圧力」をかけるというトランプ氏の決意を試し、弱みをかぎつけている。

 

イランが夏に米国の無人機を撃墜したが、トランプ氏は軍事的報復の提案を拒否した。イランの対外工作を担うコッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官はこれまで、こうした抑制的な動きがあると、イラン側に分があり事態をエスカレートさせても問題ないと解釈してきた。

 

トランプ氏はイランのハッサン・ロウハニ大統領との直接会談についても前向きで、ポンペオ氏は国連総会の場での首脳会談を提案した。

 

トランプ氏はエマニュエル・マクロン仏大統領が提案したイランへの150億ドル(約1兆6200億円)の支援への支持も検討している。週末の攻撃はそうした米国の動きに対するイランの答えだ。(中略)

 

トランプ氏がジョン・ボルトン氏に謝罪することになるかもしれない。ボルトン氏は、イランがホワイトハウスの弱点を見つけてはそこを突いてくると繰り返し警告してきた。

 

そのボルトン氏は先週、イラン政策などをめぐる意見の相違から大統領補佐官を辞任した。週末の攻撃はボルトン氏が正しかったことをはっきりと証明した。トランプ政権の圧力キャンペーンは効果を上げている。今それを断念すれば、イランはこれまで以上に軍事的リスクを取るだろう。【9月17日 WSJ】

*****************

 

【外交プロセス進展を阻止する狙いのイランあるいはイラン関連の強硬派の犯行か】

この種の主張は「イラン」とひとくくりにしていますが、イラン内部にはアメリカとの緊張関係を望む強硬派と、市民生活の安定を優先させ、アメリカとの関係改善を志向する穏健派の微妙なバランス・綱引きが存在します。

 

対イラン強硬派からすれば、「イランに強硬派も穏健派もない、イランはイランだ」ということなのでしょうが、そうした強硬派と穏健派の存在ということを重視すると、アメリカとの対話が取り沙汰されるようになった矢先の今回攻撃は、(新たな制約がイランに課されることにつながる)対話による緊張緩和を嫌う強硬派による対話潰しではないか・・・との推測がなりたちます。

 

その、イランおよびイランが支援するサウジ攻撃能力を持つ強硬派としては、イラン革命防衛隊、イエメンのフーシ派、イラクの民兵組織「人民動員隊(PMF)」があげられています。

 

****サウジ石油施設への攻撃、背後に潜む意図とは****

外交は難しい作業だ。対照的に、外交を停止させるのは比較的容易だ。中東地域の強硬派はそれを知っており、その認識の下、これまで長年にわたり行動してきた。

 

週末にサウジで起きた石油施設への攻撃の後でも、この経験則を頭に入れておくことが重要だ。今回の攻撃では、サウジの2つの石油施設が被害を受け、そのうち1つは世界で最も重要な原油処理施設だった。

 

攻撃が誰の仕業なのかは依然分かっていない。イランの支援を受けているイエメンの反政府武装勢力「フーシ派」は、自らの犯行だと主張している。フーシ派は、イエメンの隣国であるサウジと激しい対立を続けている。

 

しかし、マイク・ポンペオ米国務長官は、直接イランに非難の矛先を向けている。米当局者らは16日、さらに踏み込んで、イランの領土内からミサイルが発射されたことを示す情報があると語った。

 

いずれにせよ、攻撃のタイミング自体に、大いに怪しむべき点がある。攻撃が行われたのは、まさにドナルド・トランプ米大統領が今月下旬の国連総会の場でのイラン大統領もしくは外相との外交交渉を可能にするため、厳しい対イラン経済制裁の若干の緩和を検討していた時だった。フランスも、まさにこうした若干の関係改善に向けて、精力的な働きかけを行っていた。

 

しかし、突然始まった外交的動きを好ましく思わない勢力も多い。そのうち一部は、動き始めた外交プロセスを停止させるような危機を生み出すため、ミサイルを活用できる立場にある。恐らくこれが、週末の出来事の説明になると思われる。

 

容疑者リストの筆頭に挙げられるのは、イラン政府内の強硬派だ。国際社会のみならずイラン国内でも、多くの人々は、オバマ前政権下でまとめられたイラン核合意からの離脱をトランプ氏が決めたことを危機と捉えた。しかし、イラン国内の一部強硬派は、これを好機と受け止めた。

 

イラン革命防衛隊の指導者を含む強硬派は、そもそも核合意を好意的に受け止めていなかった。むしろ核合意が廃棄されれば、核および弾道ミサイル開発の取り組み強化の論理的根拠になると考えている。

 

またイランの強硬派は別のことも知っている。米国との外交的なダンスをやめることに加え、サウジの石油施設を攻撃すれば、欧州とアジアの指導者たちを怖がらせ、米国の経済制裁に対する何らかの救済措置を引き出せるかもしれないことだ。

 

もちろん、それでイランが攻撃を仕掛けたという証明にはならない。ただ単に、強硬派はサウジの施設が火を吹いているのを見て悲しいとは思わないということだ。

 

イエメンのフーシ派は、緊張を高めることに同様の関心を持つ。イランから全面的な支援を得ているフーシ派は、サウジとの代理戦争を行っているようなものだ。サウジは国際的に認知されたイエメン政府の復権を試みている。

 

フーシ派には、サウジの施設を攻撃する彼らなりの理由が多くあり、サウジによる残忍な空爆への報復として頻繁に攻撃を行っている。

 

しかし、フーシ派には外交プロセスが始まることを懸念する理由もある。彼らは、イランと米国、そして米国の友人であるサウジとの緊張を緩和させるいかなる外交プロセスからも置き去りにされかねない。

 

またフーシ派は、米議会でサウジへの支持が脆弱(ぜいじゃく)になっていることも知っているはずだ。議会では、サウジ人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏暗殺においてサウジ政府が果たした役割や、その他の人権侵害への懸念が収まっていない。共和、民主両党の議員は週末にトランプ政権に対し、今回の攻撃を受けてサウジとフーシ派およびイランとの戦いに米国が引きずりこまれてはならないと警告した。

 

要するにフーシ派には混乱を継続させるだけの十分な動機があるということだ。また彼らは、同じことをやりがたっているイランの強硬派の代理として活動することが可能である。

 

一方、イランの別の代理勢力もある。同じような動機を持つイラクの民兵組織「人民動員隊(PMF)」だ。PMFはイラン政府の暗黙の了解とイラン革命防衛隊の活発な支援を得てイラク国内に勢力地域を確保し活動している。イスラエルはPMFをイラン強硬派の前哨基地とみなして強く懸念しており、その表れとして過去数週間、PMFの施設を攻撃している。

 

重要な点は、これら勢力―イラン国内の強硬派、イエメンのフーシ派、イラクの親イラン派―のいずれもが、外交交渉が本格的に動き出す前にそのプロセスを停止させようとする動機を持っていることだ。米国とイランの間のどんな合意であれ、そこには、イランによる周辺地域の過激派に対する支援の縮小、その見返りとして米国による貿易制裁の緩和が含まれるだろう。

 

そうした交渉に基づく結果は、現状ではとても実現しそうもないように思われる。とはいえ、そのアイデアがトランプ氏の関心をある程度引いているのは明らかだ。

 

トランプ氏は15日のツイートで、自身がイラン指導者との前提条件なしの会談を行う用意があると示唆したとの報道内容は「フェイクニュース」の典型だと指摘した。

 

しかし、トランプ氏は今夏、NBCニュースのチャック・トッド氏とのインタビューで同じ内容のことを話していた。イラン指導者との会談のために前提条件はあるのかと聞かれたのに対し、トランプ氏は「私に関する限りはない。前提条件なしだ」と答えていた。

 

中東の悪人たちの大半が承知している通り、そうした外交プロセスを阻止する最善策はアイデアがゆりかご段階にある時に始末しておくことである。【9月17日 WSJ】

*******************

 

もし、今回攻撃が上記のようなイラン・アメリカの緊張を和らげる外交プロセスを阻止する目的でなされたのであれば、今回攻撃に対する「報復」は武力行使ではなく、彼らの嫌う外交プロセスを遅滞なく強力に推し進めることでしょう。

 

ただ、“イランの最高指導者ハメネイ師が17日、テヘランで演説し、「いかなるレベルであっても、二国間でも多国間であっても、我々は米国と協議しない」と述べ、トランプ米大統領が求めてきた米との直接交渉の拒否を明言した。”【9月17日 読売】ということで、現実には難しいハードルがあります。

 

【交渉に向けた圧力のつもりが“うまく行き過ぎた”との見方も】

なお、イランが交渉を有利に進めるために圧力をかけようとして攻撃を行ったが、“うまく行き過ぎた”という見方もあるようです。

 

****イランは計算違い?****

イラン指導部は最近、トランプ大統領の再選の可能性が濃厚であり、制裁で締め付けられている同国を経済的な崩壊から救うためには最終的に、トランプ氏と交渉せざるを得ないとの結論に達したと伝えられている。

 

そのためには、イラン配下の勢力を使って軍事的な緊張を作り出す一方で、トランプ氏との交渉に応じるというシグナルを送る“二重戦略”に転換したとされる。要はトランプ氏に「イランと交渉した方が再選に有利」と思わせて交渉に引き込むことが狙いだ。 

 

トランプ大統領は無条件でイランのロウハニ大統領との交渉に応じるという姿勢を示し、離脱した「イラン核合意」に代わる合意をまとめることに意欲を見せ、17日から始まる国連総会の期間に訪米するロウハニ大統領との会談が実現する可能性が取りざたされていた。

 

トランプ氏は「イラン核合意」がイランに核開発の権利を認めていたのに対し、そうした権利を与えない合意に達することに自信を示している。

 

イランが米国の主張通り、サウジ攻撃に関与していたとすれば、「これほど攻撃がうまくいくとは想定していなかったのではないか。イランと交渉しないと、地域の安定はありえないことを示すために、小規模の損害を与えるつもりが計算違いで大打撃を与えてしまった」(ベイルート筋)との見方もある。

 

狂ったシナリオにどのような結末が待ち構えているのか、米・イラン首脳会談が遠のいたことは確かなようである。【9月17日 WEDGE「サウジ石油攻撃、イラクから発進か?トランプ氏の報復示唆で緊張」】

**********************

 

いろんな見方がありますが、真相はもう少し様子を見ないとわかりません。

ただ、先述のように、イラン内部の強硬派による外交プロセスを阻止する目的でなされたのであれば、今回攻撃に対する「報復」は武力行使ではなく外交プロセスの前進であるということは十分に念頭に置いておく必要があります。

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キューバ  米経済制裁で困窮する市民生活 ソ連崩壊時の「特別な時代」再来の懸念

2019-09-16 21:57:51 | ラテンアメリカ

(米国の経済制裁を受けて燃料不足に陥っているキューバの首都ハバナで、燃料を買うためにガソリンスタンドに並ぶ人々(2019年9月12日撮影)【9月13日 AFP】)

 

【改革路線を進めるも、強化される米制裁で苦境は深刻化】

国際的に今最大の関心事は、サウジ石油施設への攻撃にイランがどのように関与しているのか、今後の関係国の対応はどうなるのか、それに伴い原油価格・供給量など日本への影響はどうなるのか・・・といった問題ですが、例によってアメリカが「イランがやった」と騒いでいる一方で、どういう訳か、当事者のサウジアラビアのコメントがないという状況で、「どうなるのか、様子を見てみよう」といったところです。

 

でもって、今日はキューバの話。改革路線を進める社会主義国キューバは今年2月に憲法を改正しました。

 

****キューバ、私有財産認める 憲法改正、社会主義は維持****

キューバの選挙管理当局は25日、24日に実施した憲法改正を問う国民投票で、約87%の賛成多数で新憲法が承認されたと発表した。

 

ラウル・カストロ政権では、経済発展のために小規模な自営業を認めるなど一部で市場経済が導入されたが、今後は、私有財産が国民の権利として正式に認められる。共産党の一党支配や社会主義体制は維持される。

 

選管当局の発表によると、投票率は約90%で、賛成が約87%、反対は約9%だった。

 

新憲法では大統領職や首相職を設ける。任期を定め、政治の透明性を確保したり、権力を分散させたりする狙いとみられる。

 

1959年キューバ革命を指導した故フィデル・カストロ氏や弟のラウル・カストロ氏(87)ら革命世代が高齢化したキューバでは、カストロ後を見据えた体制づくりが進められてきた。国家元首にあたる国家評議会議長の昨年4月のディアスカネル氏(58)への交代や、今回の憲法改正もその一環。

 

ラウル氏主導の改正草案では、婚姻関係について「男女の合意」を「個人の合意」とし、同性婚を容認するとしていた。だが、国民が反発。昨年12月、国会にあたる人民権力全国会議は条文を修正し、同性婚規定は削除された。法律などで対応するという。【2月26日 朝日】

****************

 

しかし、関係緩和に動いたオバマ前政権から一転して、アメリカ・トランプ政権のキューバ制裁は厳しさを増し、また、同盟国ベネズエラの混乱もあって、市民生活は困難な状況に陥っています。

 

****キューバ、食料など配給の対象が拡大 米制裁響く****

キューバ政府は12日までに、食料や基本的な洗浄・衛生製品を対象にした新たな配給を開始すると発表した。

 

米国の経済制裁の強化や同盟国であるベネズエラで進む経済危機が主因となっている。ベネズエラがキューバに供給してきた原油の量はここ数カ月間しぼんでいるという。

 

キューバの国営サイト「キューバ・ディベート」は10日、鶏肉、卵、ソーセージや洗浄・衛生製品の購入は今後規制されると伝えた。国内ではここ数週間、商品払底への不満が噴出し、鶏肉など入手が困難な商品の販売時には国営市場でけんかも起きていた。

 

キューバ政府は、物資不足はベネズエラのマドゥロ政権への支援を理由に米国がキューバに科す締め付け策が原因と主張している。

 

トランプ米政権は今年4月、キューバやベネズエラ、ニカラグア3カ国に対する新たな制裁を発表。この中には、キューバ革命後に資産を接収された米国民が、その資産を利用して活動する外国企業を相手取って損害賠償訴訟を起こすことを認めることも含まれた。

 

こうした訴訟を可能にする法律は1996年に成立したが、実際の行使に踏み切ったのはトランプ政権が最初となった。同法は5月2日に発効したが、同日には早速、最初の訴訟が起きた。

 

一方、キューバで多額の投資活動を進めるカナダや欧州連合(EU)加盟国は反発している。【5月12日 CNN】

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アメリカ政府が接収資産を巡る訴訟を解禁したことで、外国企業の投資や貿易が減る恐れが出てきたことで、キューバ経済は一掃の苦境に直面しています。

 

こうした厳しい環境に耐えられず、アメリカなどへ向けた国外流出の動きも加速しており、混乱も起きていることが報じられています。

 

****キューバ、米制裁で苦境一段と 国外流出も加速 ****

(中略)生活環境が厳しさを増す中で、国民流出の動きは加速している。国交回復を受け、キューバ移民が米に上陸すれば滞在を認めてきた特別措置を米が2017年にやめると流出は大幅に減少したが、今年は急激な増加に転じている。

 

米税関・国境取締局(CBP)によると、18年10月~19年4月までの7カ月間で、米メキシコ国境を越えて不法に米入りしたキューバ人は1万910人と前年度(17年10月~18年9月)の通年実績をすでに5割上回る。地元メディアによると米テキサス州エルパソに接するシウダフアレスには現在も4千人以上のキューバ人が米入りを目指して滞在している。

 

「米の制裁で必要な物資の輸入が難しくなっている」。4月中旬に開かれた人民権力全国会議(国会)でディアスカネル国家評議会議長は演説で米を批判すると同時に、苦境を認めた。

 

ヒル経済企画相は「ベルトを締めろ」と国民に厳しい生活にも耐えていくように求めたが、食料を求める長い列、そして次々と国を去る人を見る限り、国民の限界は徐々に近づいているようだ。【5月18日 日経】

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トランプ政権はキューバへの圧力を緩める気配はありません。あわよくば、社会主義体制の崩壊・体制転換を・・・という期待でしょう。

 

****米、1962年の対キューバ禁輸措置をさらに延長****

ドナルド・トランプ米国大統領は、1962年に発行されたキューバに対する禁輸措置をさらに1年延期する大統領令に署名した。

 

ホワイトハウスは、「対キューバの権限施行を1年延期することは、アメリカの国益に合致すると、ここに決定する」という声明を発表している。

 

2018年末、アメリカはベネズエラ、キューバ、ニカラグアを「三大圧政」と称し、三カ国に対し制裁を課した。ワシントンはこれら反民主主義体制と闘うことを約束、その後2019年になり、ベネズエラのマドゥロ大統領支持するキューバに対し、新たな制裁を拡大してきた。(後略)【9月14日 Sputnik】

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【ソ連崩壊後の「特別な時代」への逆戻りの懸念も】

キューバでは深刻な燃料不足が起きており、ソ連崩壊後の「特別な時代」への逆戻りも懸念されています。

 

****米制裁でキューバに燃料危機、GSに大行列 緊縮時代の再来に懸念も****

キューバの国家元首ミゲル・ディアスカネル国家評議会議長が、米国の制裁により燃料不足や停電が起きるとの見通しを国民に示したことを受けて、首都ハバナでは12日、ガソリンスタンドや公共交通機関で大行列が発生した。

 

今回の燃料危機は直ちに、ソ連崩壊後の「特別な時代」の極端な緊縮財政に逆戻りする懸念を呼び起こした。

 

ディアスカネル氏は11日夜のテレビ演説で、「ディーゼル燃料が入手しにくい」ため、交通機関や発電、物流に影響が出るだろうと述べた。さらに、キューバへの輸入燃料の到着は10日を最後に途絶えており、燃料危機は次のタンカーが到着予定となっている14日まで続くとの見通しを示した。

 

米財務省は、ベネズエラ産原油をキューバに輸送する多数の企業に制裁。こうした米国の対応について、ディアスカネル氏は「キューバに対するこれまで以上に大きな侵害行為」と非難した。

 

ディアスカネル氏は国民の懸念を払拭(ふっしょく)するため、燃料不足が1990年代の「特別な時代」の再来を意味するわけではないと訴えた。「特別な時代」には、緊縮財政により物資不足がまん延し、栄養失調やそれに関連する病気が発生。約4万5000人が米国をはじめとする国外に脱出した。

 

■デジャブ

しかし、国民は早くとも14日までは燃料を補給できないとの知らせに動揺。ディアスカネル氏の言葉に耳を貸さず、テレビ演説が終わって数分もたたないうちに、大勢がガソリンスタンドに殺到した。

 

ディアスカネル氏は10月には「比較的正常な状態」に戻すと確約。経済の多角化に成功し、現在の主要貿易相手は欧州連合となっているので、キューバは「特別な時代」の頃よりも強い国になっていると強調した。 【9月13日 AFP】

*****************

 

【「助け合いの社会」にもとげとげしさが】

キューバ国内の市民生活の実情については、あまり報道がありませんが、今年6月当時の状況について下記レポートが。

 

「苦しいけど、キューバらしい明るさも」と言うべきか、あるいは、「キューバらしく明るいけど、苦しい」と言うべきか・・・・

 

****トップス1枚が月給相当 「バブルはじけた」キューバの現実****

今や世界でも数少ない社会主義国として、独自の文化を育んできた。慢性的なモノ不足のなか、明るさを失わないキューバの人々の心も揺れている。AERA 2019年9月16日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *
 バスを待つとき。アイスクリーム店に入るとき。キューバ人は並ぶことに慣れている。

「エル・ウルティモ?」(列の最後の人は誰?)
キューバを旅行するとき、「便利なスペイン語表現は?」と聞いて、教えてもらったのがこの言葉だった。キューバにおいてモノ不足は日常だ。しかし今年5月、首都ハバナの知人男性から、Facebookを通じて届いたメッセージは切実だった。

「1日並んでも、料理の油が買えない。1990年代のような深刻な事態になるのでは」

店の棚から生活必需品が消え、配給でまかないきれない鶏肉も値段がはね上がったという。食料自給率が20〜30%といわれるキューバでは、輸入に頼る品が突然入手できなくなるのは珍しいことではない。

 

だが今回のモノ不足はソビエト連邦崩壊後、「草を食べてしのいだ」と言われたほどの危機を連想させる。そんな不安が書かれていた。

キューバはどうなるのか。6月、現地に飛んだ。

豆売りの呼び声を真似する子どもたち。道端のサッカー少年たちにゲキを飛ばす父母。若者の笑い声につられてはねる犬。体形をアピールするワンピースで闊歩する女性や、葉巻をふかしながら通行人を見つめる高齢の男性。どこからか陽気な音楽が鳴り、色とりどりのクラシックカーが走り抜ける。

夏祭りのように騒がしい、元気いっぱいなハバナの下町コミュニティー。これぞ、キューバだ。悲愴感は感じられない。

それでも、やはりモノ不足は深刻だった。市場では真っ赤なマンゴーが積み上がっているが、肉などの輸入品を売るスーパーは空っぽの棚が目立つ。街の中心部にも異変が起きていた。

「オバマバブルがはじけた」
今回メッセージをくれた30代の男性はこう嘆いた。ウェーターをするレストランの店内は2年前は大にぎわいだったのに、今は客もまばら、生バンドの演奏も心なしか哀愁を帯びている。広場には赤やピンクに輝く「アメ車」のオープンカーが並んでいた。ハバナを1周できるタクシーだが、客がおらず、置物のようだ。

オバマ前米大統領がキューバと国交を回復したのは2015年。経済制裁の緩和を進め、キューバを訪れるアメリカ人が増えた。先んじて、キューバでは自営業が一部許可されたこともあり、レストランや観光タクシーの開業が相次いだ。

ところが、この動きに「待った」をかけたのが、17年に就任したトランプ米大統領だ。アメリカからの渡航条件を引き締め、今年6月にはクルーズ船の寄港を禁じた。オバマバブルに期待していた人々の夢ははじけた。

キューバの経済システムは改革のただなかにあり、今回のモノ不足が経済制裁と直結しているかはわからない。一方、キューバの社会で「お金」の存在感が増しているのは確かだ。

そもそもキューバは、「シェアエコノミー」に近い社会だ。教育や医療は無料で、配給もある。クラシックカーは市民の乗り合いタクシーだし、住まいもほぼ無料で与えられる。稼げばそれだけ税金も高くなるが、ローンなどの「借金」もない。

「革命後の理想は助け合う社会。政治も宗教も、人を助けることを一番大事にしてきた」
アフリカの民俗信仰とカトリックが融合したキューバの宗教「サンテリア」の聖職者(ババラオ)で60代のヘススさんはこう話す。

「キューバの医療が世界に誇れる水準になったのは国内外で困った人を助けるため。宗教者も相談に乗ってサポートする」

隣の家で砂糖がなくなれば、差し出す。食事に困っている人がいれば食べさせる。だが、そんな助け合いの社会が変わってきたという指摘も多かった。

たとえばキューバでは女の子が15歳になると、大人の仲間入りを祝う。娘にドレスを着せ、豪華なパーティーを開く親は、「立派なプレゼントを用意できる人のみ、招待することがある」(観光業、30代男性)という。

「現地のペソ(CUP)で買えるものは安く、外国人用の通貨(CUC、兌換ペソ)でしか買えないものは驚くほど高い」
こう話すのは30代の銀行員女性だ。キューバは二重通貨制で現地ペソと兌換ペソの価値の差が25倍ある。彼女の収入の多くは、兌換ペソ払いの洋服とネット接続代に消える。

このとき着ていた、腕にレースをあしらったトップスは「メキシコに行った人から27CUC(約2900円)で買った」という。キューバ人の平均的な月給に相当する金額だ。

昨年末から使えるようになった、携帯電話のネット接続は1GBのデータ量で10CUC(約1100円)もする。
「私の婚約者は愛があれば結婚式はいらないと言うけれど、ウェディングドレスを着てパーティーもしたい。お金と時間がかかりそうだけど……」

医療と教育、最低限の物資は手に入るが、それ以上を望むとお金がかかる。だが給料は上がらない。こうした社会に不満を持ち海外移住を考える人もいる。

大学教授の助手をする20代男性はアメリカに移住し、自分の力を試し、稼ぎたいと語る。
「学校で革命家チェ・ゲバラの信念である『搾取をしない』大切さを教えられた。その結果、工場の経営もままならずこのシャツも靴も、輸入品。キューバは自分たちで何もつくれない」 そう言って肩をすくめた。

一方で民泊経営をする地方出身の50代男性は、キューバの変化に期待していると話す。
「子どものころ、フィデル・カストロ政権が冷蔵庫など電化製品を支給してくれてその優しさが心にしみた。アメリカに支配されないよう社会主義を保つのは大変だけど、政府はみんなのためにがんばっている」

男性は最近、ビジネススクールに通い始めた。経理やマーケティングなどを学び、「稼いだお金を投資に回すのも大事とわかった」。半年間教授とマンツーマンで学んだが、授業料は安い。教育への援助を惜しまないのがキューバらしいという。

若い世代にも、今のキューバを支持する人はいる。趣味は日本のアニメという自営業の20代男性も、「仕事ばかりで終わる人生は嫌。好きなことに時間を注げるキューバがいい」と話す。

海外でも絶大な人気を誇る伝説のバンド「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でも活躍したジャズピアニストのロランド・ルナさん(41)は、海外に滞在した時期もあったが、今はキューバで暮らす。

「家族、友達、そして景色と記憶。音楽と同じくらい、深く愛しているものがここにはある」【9月16日 斉藤真紀子氏 AERAdot.】 
*********************

 

上記レポートは6月当時のものですが、現在は前出【9月13日 AFP】にあるように、1990年代の「特別な時代」の再来が懸念される、更に深刻な状況になっていると推測されます。

 

“隣の家で砂糖がなくなれば、差し出す。食事に困っている人がいれば食べさせる。そんな助け合いの社会”も、“入手が困難な商品の販売時には国営市場でけんかも起きていた”【前出 CNN】といったとげとげしい社会に変わりつつあるようにも。

 

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アメリカ最高裁  難民申請を事実上不可能にする新規則を容認 一方で移民を必要とする米経済の現実

2019-09-15 22:58:35 | アメリカ

12日、メキシコと米国を隔てるリオグランデ川から運ばれるホンジュラス人移民の女性=メキシコ北東部マタモロス【913日 共同】)

 

【メキシコに滞留する中米移民】

中米ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルからメキシコ経由でアメリカを目指す移民は、現在、アメリカで難民申請を行ってもメキシコに送還されて、難民申請の決定が出るまでメキシコで待機するという形になっています。

 

もちろん、メキシコ政府が望んだものではありませんが、トランプ大統領が貿易戦争の圧力をかけてメキシコ側に認めさせた措置です。

 

*****「必ずアメリカへ」あふれる移民 メキシコ国境ルポ ****

米トランプ政権が関税発動を振りかざしメキシコ政府に不法移民対策を求めて3カ月がたつ。

 

メキシコ政府は警備だけでなく、メキシコから米国に不法入国して難民申請した移民の受け入れでも合意し、すでに3万人の移民が送還されたようだ。数千人が戻されたとされる米テキサス州に接するメキシコ北部、シウダフアレスで移民たちに話を聞いた。

 

首都メキシコシティから空路で2時間半。人口140万人のシウダフアレスは自動車部品などを作る工場が並び、大型トラックが国境へと急ぐ。殺風景な工業団地の一角に8月、倉庫を改装した連邦政府の移民受け入れ施設が開設された。

 

8月下旬に現地を訪れると、ちょうど昼食の配給が始まっていた。軍の隊員が調理した簡単な食事を前に主に中米出身の移民が長い列を作っていた。席に着いたグアテマラ出身のミゲルアンヘル・オルティスさん(45)の一家に話を聞いた。

 

一家は7月上旬にグアテマラシティを出発。陸路で北上を続け妻のエマヌエラさん(33)と息子(13)、娘(4カ月)を連れて川を渡ったところで米国境警備隊に拘束された。

 

難民申請を希望したところ、20201月に難民認定の可否を決める最初の面談が設定されメキシコ側に戻された。米国に入ってからわずか3日目だった。

 

「グアテマラにいてもチャンスがない。仕事もないし毎日、おびえながら暮らしている。面談まで4カ月以上あるが、ここで待つしかない」とミゲルアンヘルさん。エマヌエラさんも「必ず米国に行きたい。この子のためにも」と胸に抱いた娘に笑いかけた。

 

メキシコ政府は送還された移民向けに定住に向け職業紹介もしている。米中貿易摩擦で北部国境地帯は米国向け製品の生産が増加し仕事はある。エブラルド外相も「6万人分の雇用を用意した」と自信をみせる。

 

しかしミゲルアンヘルさんは「給料が低すぎる。これでは故郷に残った親族に送金できない。やはり米国に行くしかないんだ」。

 

同施設には826日時点で527人の移民が滞在していた。大半が中米ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル出身者だ。目立つのは小さな子供を連れた家族だ。拘束されてから最初の面談まで早くて34カ月。その先の保証はない。それでもチャンスを求める移民の波は絶えない。

 

ただ先の見えない中、米国行きを断念する移民もいる。連邦政府の施設から車で20分ほどの民間団体が運営する施設を訪ねると、入り口に向け100人近くが列を作っていた。

 

程なく大型の観光バスが2台、施設に横付けされた。「もう待つのに疲れたよ」。息子(12)と一緒にホンジュラスへの帰国を決めた男性(40)は視線を遠くにやった後、簡単な食事を手にバスに乗り込んだ。

 

メキシコ政府は送還された移民に自主的な帰国を促している。中米各国の政府や国連機関と連携して、連日のように北部国境地帯の各都市から陸路や空路で帰国する移民を支援している。それでも大多数は米国行きを求めて待ち続ける。(後略)【914日 日経】

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メキシコとしては国内に滞留されても困るということで、下記の対応などは、滞留する移民を中米本国に戻そうとするメキシコ政府の意向を受けたものでしょう。

 

****1ドルで母国に帰れます=メキシコの格安航空、中米不法移民に呼び掛け****

メキシコの格安航空会社(LCC)ボラリスは21日、同国内で暮らす中米出身の不法移民に向け、1ドル(約107円)で母国に帰ることができるキャンペーンを発表した。EFE通信が伝えた。同国は米国入りを目指す中米出身者の中継点で、多くの不法移民が滞留している。

 

「家族再会プログラム」と称するボラリス社のキャンペーンは、「現在メキシコで暮らす不法移民のうち、自発的に母国に帰りたい中米人」が対象。

 

身分証明書か出生証明書、旅券があれば1ドルと税金で出身国への航空券を手にすることができる。同社は「不法移民問題の代替的な解決策」と説明している。【622日 時事】 

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【米最高裁判断でメキシコで難民申請させる新規則が始動 メキシコ政府は容認せず】

トランプ政権としては、そもそも中米移民の難民申請を受けたくないという意向があり、メキシコを経由してきた移民はメキシコで難民申請をすべきとの立場です。

 

この新制度は下級裁判所レベルで無効とされていましたが、アメリカ最高裁は最終的な判決が出るまで新規則の効力を認める決定を下しました。

 

****中米からの難民申請を大幅制限 米最高裁が認める****

米連邦最高裁は11日、アメリカへの難民申請者の資格を厳しく制限する、ドナルド・トランプ政権の新規則の効力を認める決定を出した。

 

これにより、第三国を経てアメリカ入国を目指す移民は、米国境に到着する前に、通過する国で難民申請をしなくてはならない。

 

移民削減を掲げるトランプ政権

トランプ政権は7月、この新たな移民管理の規則を発表。しかし直後に、サンフランシスコの下級裁判所がこれを無効とする判決を出していた。

 

この規則をめぐる法廷闘争は各地で今後も続くが、当面はこの決定が全米で効力をもち得る。

 

トランプ氏は再選を目指す2020年の大統領選に向け、移民の削減を政権の大きな目標に掲げている。

 

「メキシコ人以外を実質排除」

規則は、中央アメリカから徒歩でメキシコを経てアメリカへの入国を目指す、何万人もの人々に影響が及ぶとみられる。

 

アメリカ南西部の国境地域では、今年8月末までに811016人が拘束された。うち約59万人はエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの出身とされる。大多数は家族1人以上とともに移動していた。

 

今回の規則により、米国境に到着する前に通過した国で難民申請をしていない人々は、その機会を失うことになる。

 

この規則に反対してきた米自由人権協会(ACLUは、「米南部国境に来る、メキシコ人を除く全ての難民を、入国地点で実質的に排除するものだ」と非難している。

 

第三国で難民申請をして認められなかった人や、人身売買の犠牲者は、これまでどおりアメリカで難民申請ができる。

 

米司法省の報道官は、今回の決定により、南部国境地域での危機的な状況が改善されるとの見方を示した。【912日 BBC】

*********************

 

この新規則によれば、メキシコ人以外の中米移民はまずメキシコで難民申請をしなければならないということになり、アメリカに難民申請を求めて流入する中米移民は激減する、というより殆ど不可能になります。

 

トランプ政権は最高裁判断を受けて直ちに新制度を実施しているようです。

 

****米国境で新たな移民規制を開始 トランプ政権、反発広がる****

米国土安全保障省は12日、7月に発表していた南部国境地帯における新たな移民規制を、開始したことを明らかにした。

 

西部サンフランシスコの連邦地裁で合法性を問う訴訟が続いているが、連邦最高裁が11日、一時差し止めの仮処分を認めない決定を下したことで可能となった。今後、メキシコ国境などで混乱が広がる可能性もある。

 

トランプ政権が推進する移民への不寛容政策の一環。中米諸国などから多くの移民が通過するメキシコのエブラルド外相は12日、新規制を「われわれは認めていない」と強く反発。原告の移民支援団体も「移民らを危険にさらす」と激しく非難した。【913日 共同】

****************

 

ただ、上記記事にもあるようにメキシコ政府はこの措置を認めていません。

 

****米最高裁の難民申請制限支持、容認できず=メキシコ外相****

米南部国境から入国する移民による難民申請を事実上不可能にするトランプ政権の新規則を連邦最高裁が当面有効と判断したことについて、メキシコのエブラルド外相は容認できないという考えを示した。(中略)

外相は「これは米国側の問題であり、メキシコは同意しておらず、わが国には異なる政策がある」と指摘。第3国申請については2国間もしくはそれ以上の国の合意が必要になるとした上で「メキシコはいかなる条件の下でも受け入れない」とした。【913日 ロイター】

***************

 

メキシコ側としては、アメリカの圧力を受けて不本意ながらもやれることはやってきている、結果、移民の人数も減少して効果があがっている、にもかかわらず更にメキシコに一方的に移民を押し付けてくるという屈辱は到底容認できない・・・という立場です。

 

認めると、反発する野党の批判をさらされて国内政治が揺らぐという問題があります。

 

【不法移民労働が支えるアメリカ経済の現実】

アメリカもメキシコも難民申請を受けないということになると、中米移民の行き場はなくなります。

 

そもそも移民たちは自国を出るべきではなった・・・という立場にたてば、それも自業自得ということになりますが、中米各国では麻薬ギャングの暴力が横行し、暮らしていける収入も得られないという現実もあります。

 

上記のように移民流入を厳しく制約しようとするトランプ政権ですが、一方でアメリカ経済は不法移民労働で成り立っているという現実もあります。

 

****米労働市場は不法就労が支える****

<非合法に滞在する労働者が摘発の恐怖に怯える一方、雇用主や大企業は責任追及を逃れている>

この夏、アメリカでは不法移民に対する風当たりが一段と強くなった。87日には移民関税執行局(ICE)がミシシッピ州の食肉加工工場7カ所を一斉捜索し、不法滞在の容疑で680人を拘束。この10年ほどでは最大規模の摘発だった。

親を拘束された子供たちがICE捜査官に泣いてすがる映像は多くの人の心を動かし、すぐに各方面から批判の声が上がった。さすがに300人ほどが暫定的に釈放されたが、それで済む話ではない。

この大量検挙であぶり出されたのは、工場や農場で不法滞在の労働者が重要な役割を果たしている事実。そして彼らが、たいていは表に出ないけれども、アメリカの労働市場全体にしっかりと組み込まれている現実だ。

しかも現場の労働者が当局の取り締まりに怯える一方で、彼らの労働から利益を得ている企業はおおむね責任の追及を免れてきた。

 

情報公開法に基づき政府の活動を監視しているシラキュース大学取引記録アクセス情報センター(TRAC)が入手した司法省の記録によれば、雇用主が訴追されるケースは極めてまれだ。今年3月までの1年間で、故意に不法移民を雇った罪で訴追された雇用主は全7件でわずか11人。企業が訴追されたケースは一件もなかった。

しかし司法省は、訴追手続きには時間がかかるので、このデータだけで雇用主側に甘いと結論するのは不当だと反論する。「周知のとおりICE2年前から、全国で何千もの事業主に対する監査や査察を開始している」と、司法省の報道官は言う。

企業の場合、不法移民の労働者を雇っただけでは法的責任を問われない。訴追するには「不法移民と知りながら雇った」という事実の証明が必要になる。

しかしたいていの場合、不法移民は身分証明や就労資格について雇用主に虚偽の書類を見せている。だから「知りながら」の証明は難しい。結果として、先に捕まるのは現場の不法就労者で、雇用主の責任追及は後回しになるわけだ。(中略)

改革よりも景気が大事
(中略)しかし、刑事訴追の不均衡や複雑さは問題の一部にすぎない。過去数十年で、アメリカに暮らす不法移民は確実に増えている(ピュー・リサーチセンターによれば2017年の時点で約1050万人)。だが連邦議会は包括的な移民制度の見直しを怠り、現にこの国に暮らし、働いて社会に貢献している彼らを不安定な状態に放置してきた。

本誌が話を聞いたほぼ全ての専門家が、移民擁護派かどうかにかかわらず、現在の制度には根本的な欠陥があり、ほとんど機能していないと指摘した。

移民受け入れの制度改革は進まなくても、肉体労働の現場ではますます人手不足が顕著になっている。とりわけ農業部門の状況は深刻だ。2017年の農業・食品ビジネス分野の雇用者数はパートを含めて2200万弱で、アメリカの雇用全体の11%を占めていた。

「一般に需要と供給の法則は成文法に勝る。今の政治家と議会は、アメリカのビジネスの活気を維持するためなら、不法滞在労働者の闇市場を利用することもいとわない」と、全米移民弁護士協会のジェレミー・マッキニー執行委員は言う。

労働省の統計によれば、既にアメリカの農業部門で働く季節労働者の49%は、正規の就労資格を持たない移民だ。

彼らのほとんどは家族を母国に残しており、アメリカの社会保障の受給資格もない。だから最低限の医療費や住居費は雇用主が負担することになる。つまり雇用主は、彼らが不法就労者であることを承知で雇い、その事実を隠そうとしている。

さらに労働省の統計によれば、農業労働者の15%は雇用主が提供する家に暮らしているが、出稼ぎ労働者に限ればその割合は3倍近くに上る。

「農業に従事する不法就労者に住居や交通手段を提供し、労働できる環境を整えているのは雇用主だ」と、前出の元HSI高官も指摘する。「そして不当な低賃金で長時間働かせる。多くの経費が給与から差し引かれ、手元に残るのはごくわずかだ」。

 

要するに不法就労者はアメリカ農業のビジネスモデルに組み込まれているのかと問うと、元高官は「そうだ」と答えた。

制度も政府も信用できず
マッキニーは、誰が見ても不公正な現行制度によって犠牲になるのはいつも労働者だと強調する。一方で、雇用主の罪が問われることは少ない。「アメリカの移民制度が壊れていることは誰もが理解している。雇用関係から見ると、壊れているのは法を執行する側だ」と、マッキニーは指摘する。

「往々にして、雇用主は法的な訴追を受けない。制度は機能不全だし、手続きは長期に及び、罰金の額は少な過ぎる。だが、労働者にはその壊れたシステムが全力で適用される」。この二重基準は理解不能だと、マッキニーは嘆く。

政府が経済的要請(深刻な人手不足)と移民法規(不法移民は退去処分)の板挟みで身動きできない一方、農業現場で働く不法滞在者は常に危険と隣り合わせだ。ミシシッピ州の一斉摘発で家族を拘束された人々はいまだに再会もかなわないと、そうした家族を支援する団体の弁護士アミーリア・マッゴーワンは言う。

(中略)雇用主の不正行為で被害を受けた労働者がICEの捜査に協力して証言すると、特定の条件下では合法的な在留資格を得られる可能性がある。

 

だが、多くの労働者はそこまで政府を信用していない。事実、トランプ政権は犯罪捜査に協力した不法移民を送還しやすくするために規則を変えたばかりだ。

「犯罪捜査で当局に協力すると決めた個人は、法律により保護されることになっている。しかし、不法滞在者の場合は保護されない」。マッキニーはそこにトランプ政権の影響を感じ取っている。現に、マッキニーがHSIの捜査に関して協力を募っても志願者は1人しかいなかった。「名乗り出たら身柄を拘束されると恐れているからだ」

ミシシッピ州での摘発の後、人々の間には動揺が広がり、ただでさえ緊迫した状況が一段と不安定になっている。「この先も摘発が続くのではないかと、みんな不安がっている」と、マッゴーワンは言う。

もちろん不安を抱えているのは、もっぱら身分の不安定な現場の労働者。雇用主は(制裁金さえ払えば)平然とビジネスを続けていられる。【912Newsweek
*****************

 

****移民抑制で米国の成長力が低下 ****

米国では、人口の13%を移民が占め、そのうちの過半数がラテンアメリカ出身者である。(中略)

 

ラテンアメリカ移民が抑制されれば、人口の伸びが鈍化し、米国の消費は下振れる。加えて、労働投入量が下押しされ、潜在成長率が低下することになる。

 

業種別にみると、これまでラテンアメリカ移民が現場を担っていたヘルスケア産業や建設業、飲食・外食業で労働力不足が深刻化する恐れがある。

 

さらに、移民が抑制されてもネイティブが求める安定した所得を得られる雇用の大幅な増加は見込めないため、ネイティブの抱える経済的な不満が解消される公算は小さい。移民抑制は成長低下と人手不足をもたらすだけの政策となる可能性が高い。【912日 井上恵理菜氏 日本総研】

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中米各国の現状、アメリカ経済の現状を考えれば、移民に対する嫌悪感さえぬぐえれば互いのためになる道が開けるように思えるのですが。

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中国 アフリカ豚コレラの感染拡大で豚肉の価格高騰、社会問題にも 日本では豚コレラ被害拡大

2019-09-14 23:22:17 | 中国

(豚肉を買い求める南寧の住民【9月12日 WSJ】 南寧を含む広西チワン族自治区では、アフリカ豚コレラのまん延により今年の生産量が最大9割減となる可能性もあるとか)

 

正直なところ、ニュースを見聞きしても殆ど関心がなく聞き流す感じでしたが、日本でも豚コレラ感染が広がっているようです。

 

農林水産省HPによれば・・・

 

****豚コレラについて****

令和元年9月12日  担当:消費・安全局動物衛生課

岐阜県、愛知県、長野県、滋賀県、大阪府、三重県、福井県で豚コレラの発生が確認されています。

豚コレラは、 豚やいのししの病気であって人に感染することはなく、 仮に豚コレラにかかった豚の肉や内臓を食べても人体に影響はありません。また、感染豚の肉が市場に出回ることはありません。

なお、豚やいのししには強い伝染力と高い致死率が特徴のため、 畜産農家の方 は、引き続き、飼養衛生管理の徹底や早期摘発のための監視の強化に万全を期すようお願いします。

*******************

 

上記の中部・近畿各県だけでなく、埼玉でも。

 

****埼玉)豚コレラ「封じ込める」 秩父で発生、県対応急ぐ****

昨年9月以来、中部地方近畿地方で確認されていた家畜伝染病豚コレラ」が13日、秩父市の養豚場で飼育された豚からも見つかった。県内では約85戸の養豚農家が約9万頭の豚を飼育している。

 

豚コレラは人に感染せず、感染した豚肉を食べても人体に影響はないとされるが、養豚農家からは感染拡大への懸念の声が上がった。(後略)【9月14日 朝日】

*****************

 

当然ながら、養豚農家にとっては死活問題であり、深刻な状況となっています。

岐阜では発生から1年が経過しています。

 

****迫る危機、県内から豚が消える日 豚コレラで飼育数半減****

岐阜県で家畜伝染病豚(とん)コレラ」の発生が確認されてから、9日で1年が経った。県内では6万頭以上が殺処分され、飼育される豚の半数以上が失われた。9月に入っても中津川市で新たな発生があり、関係者は「岐阜から豚が消えるのでは」と危機感を募らせる。

 

「夢であってほしい」

8千頭を超える豚を飼育していた岐阜県関市の兼松真吾さん(56)は、感染を知らされた時、とっさに思った。昨年12月24日、クリスマスイブの夜だった。

 

防疫作業員が続々とやってきた。仮設テントを立てる乾いた音が響き、周囲を照らす光がまぶしかった。自動でエサを与える機械を止め、豚が腹をすかせて「ギャーギャー」と鳴く声が、耳から離れない。大切に育てた豚は、あっという間に埋められた。

 

大学の獣医学科を卒業し、父の農場を継いだ。最新の設備を導入して衛生管理に力を入れ、高品質の豚肉を出荷してきた自負がある。「なぜ、うちが……」。9カ月経った今も、悪夢の中にいるような思いだという。

 

年明け、追い打ちをかけるできごとがあった。「自治会役員一同」名の要望書が届き、「人間の生活圏から離れた場所で再開を」とあった。「長年、悪臭などに悩まされてきた」とも書かれていた。

 

「理解してくれる人もいる」と思いながらもショックだった。養豚場は鳴き声やにおいがするとして、山林に近い場所で営まれることが多い。だがそうすると、イノシシなど野生動物から感染する可能性が高くなる。

 

「全国の養豚農家は、厳しい環境、競争の中で鍛えられてきた。自分も努力して対応できる力をつけなければいけない」。養豚場を守っていくと決意しているものの、再開のめどは立っていない。

 

県職員の嘆き「もう限界。ワクチン接種を許可して」

「ついに半数を超える豚が失われた」。8月17日、県内22カ所目の施設で豚コレラが発生し、古田肇知事は肩を落とした。知事が本部長を務める「県家畜伝染病防疫対策本部」の本部員会議は40回に迫る。

 

昨年9月9日、岐阜市の養豚場で発生が確認されて以降、感染施設は県内12市町に広がった。国は感染拡大を防ぐために「飼養衛生管理基準」の徹底を求め、農場は防鳥ネットを張ったり、豚に石灰の上を歩かせたりして対策を講じてきた。だが、改善が確認されたはずの農場でも感染が相次ぐ。

 

国や県は感染拡大の最大要因に野生イノシシを挙げる。一方で農林水産省疫学調査チームは5月、「ハエやネズミがウイルスを運搬した可能性も否定できない」として、粘着シートの設置や殺鼠(さっそ)剤の散布を求めた。「自然の中にある養豚場で、ハエを1匹も入れないことが可能だろうか」。ある養豚農家は無力感にさいなまれる。

 

殺処分などの防疫作業に携わった県職員は、延べ1万6千人を超える。職員の1人は「もう限界です。早く豚へのワクチン接種を許可してほしい。職員はみんなそう思っているはず」とこぼした。

 

国は豚へのワクチン接種について、豚肉の輸出入への影響や、農家の衛生管理の意欲が下がって別の家畜伝染病が広がることなどを懸念し、まだ認めていない。「国は岐阜から豚がいなくなるのを待っているかのようだ」。養豚農家からはそんな不満の声も上がっている。【9月9日 朝日】

******************

 

治療法もなく、ワクチン接種もできず、「ハエ・ネズミからも・・・」という話になると、「為す術がない」としか言いようがありません。

 

長野県塩尻市では、管理体制が厳しいと思われる県畜産試験場でも豚コレラが発生しています。

 

****畜産試験場のブタが豚コレラに感染 長野 塩尻****

長野県は、塩尻市の県畜産試験場で研究用に飼育されているブタが、豚コレラに感染していたことが確認されたと発表しました。県内では、ことし2月にも感染が確認されていて、県は飼育しているおよそ350頭のブタの殺処分を行っています。(後略)【9月14日 NHK】

*******************

 

アフリカ豚コレラによって、日本以上に深刻な状況となっているのが中国。

中国の食生活には豚肉は欠かせませんが、世界の流通量の半分をしめる中国で「処分された豚は1億頭を超えた」とも。その動向は世界にも影響します。

 

また、急激な価格高騰で社会問題にもなってきています。

 

なお、日本で問題となっている豚コレラと、中国で拡大しているアフリカ豚コレラは全く別の病気です。

日本ではアフリカ豚コレラの発生は確認されていません。

 

****中国で猛威振るう「アフリカ豚コレラ」、1億頭処分、豚肉価格が急騰、緊急備蓄の放出も****

中国で家畜の伝染病「アフリカ豚コレラ」が猛威を振るっている。米CNNは「中国で処分された豚は1億頭を超えた」と報じた。これに伴い、品薄から豚肉価格が引き続き上昇。中国当局は緊急備蓄の放出検討や養豚場への補助金拠出などの対策を強化している。

中国の豚肉市場は世界で最も規模が大きく、中国での流通量は世界の半分を占める。豚肉は中国の食事に欠かせない食材で、不足すれば社会的安定を脅かしかねず、世界の豚肉供給網が揺らぐ恐れもある。

CNNはアフリカ豚コレラのため「中国農務部が3日に発表した統計によると、7月現在、中国で過去1年の間に処分された豚は1億頭を超えた」と報道。「これまでに処分された豚が国内の頭数の3分の1に上った」とも伝えた。

中国メディアの新京報によれば、本年前半の豚肉卸売価格は1キロ20元(約300円)前後だったが、ここ3カ月ほどは一貫して上昇傾向にある。7月29日から8月4日の週は1キロ25元(約380円)を超え、8月19日から8月25日の週には1キロ30元を突破し31.77元(約480円)に達した。

その後、8月26日から9月1日の週は1キロ34.59元(約510円)と、1週間で8.9%も上昇した。わずか数カ月間で70%を超える急騰となった計算だ。

事態を重視した中国当局は8月21日に開かれた国務院常務会議で、養豚回復の総合措置▽地方での法律法規外の養豚禁止と養豚規制の迅速な廃止▽大規模養殖の発展と養豚業者の支援▽ウイルス予防能力の向上▽豚肉供給の保障と地方の豚肉貯蓄量の増加―五つの対策を打ち出した。

 

9月4日の国務院常務会議では、物価の全体的な安定維持、豚肉の供給保障と価格安定措置の実施、貧困者の社会支援と保障基準・物価上昇の連動メカニズムの適時始動を求めた。 (中略)

豚肉の消費は13日からの「中秋節」の3連休、10月1日からの「国慶節」の7連休を迎え、最盛期に入る。これに先立ち、中国当局は「必要があれば非常用の冷凍豚肉の備蓄を放出する」と表明。実際に放出するかどうかは市場の動向を見極めた上で決定するという。【9月14日 レコードチャイナ】

****************

 

米中貿易戦争といった国際問題、人権・民主化にかかわる香港問題などには関心はない国民も、豚肉が食べられないという事態になると・・・中国当局も神経を使っているようです

 

****中国の豚肉急騰、祝賀行事控え対策に苦慮 ****

指導部は米国との貿易戦争や香港デモなどに加え、さらなる頭痛の種

 

中国当局はここ数週間、豚肉の供給拡大と価格押し下げに向けてあらゆる手段を講じているが、1年におよぶアフリカ豚コレラまん延による影響にまだ十分対処できないでいる。

 

政府当局者はここにきて、養豚場への補助金支給から配給制、鶏肉消費の促進、豚肉の緊急備蓄放出まで、総動員で対策に当たっている。

 

だが、価格上昇に歯止めがかかっておらず、10月1日の中国建国70周年記念を控え、祝賀ムードを台無しにしかねない状況だ。指導部にとっては、米国との貿易戦争や香港デモなどに加え、さらなる頭痛の種となっている。

 

10日公表された公式統計によると、中国人の食生活に欠かせない豚肉価格は8月、前年同月比46.7%急上昇し、8年ぶりの大幅な伸びを記録した。消費者物価指数は豚肉価格の高騰だけで1ポイント余り押し上げられ、7月につけた1年5カ月ぶりの高水準に並んだ。

 

アフリカ豚コレラまん延により、消費者が牛・羊肉などを代わりに買い求めたことで、食肉価格全体でも31%近く上昇した。アフリカ豚コレラは人間には無害だが、豚にとっては致死率が高い伝染病だ。

 

中国商務省は豚肉価格の動向を注視しており、8月には急激な価格変動を防ぐため、備蓄の冷凍豚肉を放出すると表明した。

 

経済的に豊かな南部・広東省は9日、13日からの中秋節と建国70周年記念を控え、3000トン以上の豚肉備蓄を放出すると明らかにした。

 

アフリカ豚コレラによる影響は、とりわけ広西壮族自治区・南寧の市場で深刻だ。南寧は従来、中国国内でも豚肉の供給・消費が盛んな地域で、アフリカ豚コレラまん延により、生産者、消費者の双方が経済的に大きな打撃を受けている。

 

南寧の当局者は9月初旬、豚肉価格に上限を設け、価格を10%引き下げた。また地元の市場でピンク色の配給チケットを配布し、1日の購入量を1キロに制限。市民からは毛沢東時代を彷彿(ほうふつ)とさせるとの声が上がった。

 

だが配給制度はその2日後に廃止となった。全体的な価格引き下げを受けても、地元住民は肉が高すぎて買えないと話している。

 

値引き販売する市場でも客の姿はほとんどみられなかった。販売業者は売上高の落ち込みは、過去数十年に見られなかった大きさだと嘆いている。(中略)

 

価格反転の兆しが見えない中、当局は市民が臨機応変に対処することを学ぶよう期待を寄せている。国営メディアは足元、「豚肉を食べない」メリットを強調し始めた。

 

中国共産党機関紙「人民日報」系の「生命時報」は先週6日、豚肉消費を控えることで、健康にも財布にも良いと主張。代わりに鶏肉や魚を食べるよう促した。

 

だが、読者からはすぐさま懐疑的な反応が寄せられた。ネットではあるユーザーが「次に牛肉価格が値上がりすれば、牛肉を食べるのは良くないと言うだろう」と書いている。

 

国務院(内閣に相当)は10日、地方政府の当局者に対し、豚肉価格の安定化に向けた取り組みを強化するよう指示。「大型祝日期間中の十分な豚肉供給の確保」を命じるとともに、年末までに進ちょく状況に関する報告書の提出を義務づけた。政策担当者が窮地に追い込まれ、必死になっている状況を物語っている。(中略)

 

政府にとって長期的な課題の1つは、畜産農家に対し、再び豚の飼育頭数を増やすよう説得することだろう。アフリカ豚コレラに対する有効な予防ワクチンがない中で、畜産農家は次のまん延の脅威を恐れ、生産の拡大や回復に消極的になっている。 【9月12日 WSJ】

***********************

 

食べ物の恨みは恐ろしい・・・ということで、中国政府も「あの手この手」ですが、備蓄の冷凍豚肉がどれだけあるのか・・・

 

「豚肉を食べない」メリット・・・日本でそんな対応をとったら、責任回避と袋叩きにあいます。

 

日本にしろ、AIなどの先端技術を誇る中国にしろ、不可欠の食材の安定を脅かす豚コレラ・アフリカ豚コレラに「為す術がない」というのも奇妙な話です。

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イスラエル、17日総選挙 問われる対イラン・ヒズボラ及びパレスチナ強硬路線と宗教政党影響力

2019-09-13 22:06:16 | インターネット SNS

(【91日 朝日】)

 

【再選戦略から中国、北朝鮮、イランに対して対話姿勢を前面に出し始めたトランプ大統領】

中国、北朝鮮、イランに対してこれまで強硬な姿勢を見せてきたトランプ大統領ですが、ここにきて取引・会談で合意形成を求めるような動きが目立ちます。

 

“トランプ氏、対中関税を2週間延期 「善意のしるし」とツイート”【912日 AFP】

“トランプ大統領「中国との貿易交渉 暫定合意の検討ありうる」”【913日 NHK】

 

これに呼応して中国側も

“中国、米国産大豆を購入 通商協議控え歩み寄りの兆し鮮明に”【913日 ロイター】

 

おそらく背景には、米中貿易戦争で国内景気が悪化しては、自身の再選も消えてしまうとの危機感があるのでしょう。

 

****トランプ氏支持率、景気不安で失速=貿易戦争で物価高騰に懸念―米世論調査****

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は10日、トランプ大統領の支持率が38%で、7月公表の前回調査から6ポイント低下したとする世論調査結果を掲載した。

 

不支持は56%。米中貿易戦争が過熱する中、景気の先行きに対する不安から、政権がよりどころとする経済政策への不信感が高まっている。

 

経済政策への支持率は前回調査比で5ポイント低下し46%。前回調査では移民対策、銃規制、気候変動など政策分野別の支持率のうち、経済政策だけが5割を超えたが、今回は不支持が47%で支持を上回った。(後略)【911日 時事】 

********************

 

また、再選に向けて“目に見える成果”を出したいという思いもあるでしょう。

 

北朝鮮関連では、「われわれは短距離ミサイルを決して制限していない」と飛翔体発射を問題視せず、

“トランプ氏、非核化協議に前向き=北朝鮮、9月下旬再開の用意”【910日 時事】

“トランプ大統領 北朝鮮 キム委員長との年内会談に意欲示す”【913日 NHK】

 

イランについては

“解放されたイランのタンカーがシリアに 「シリアに石油売らない」の約束反故か”【99日 毎日】

“イスラエル「イランに秘密核兵器施設」 明確証拠示さず”【910日 朝日】

といった、これまでなら緊張関係が更に悪化しかねない問題が表面化するなかで、

 

“トランプ氏、対イラン制裁緩和に含み 「取引期待している」”【912日 AFP】と関係改善に向けた姿勢を強めています。

 

また、イラン側が首脳会談の可能性を否定しても、“トランプ氏「イランは会談を望んでいる」 国連総会での実現模索か”【913日 AFP】と、イラン側対応を問題視していない様子。(経済的に苦境にあるイラン側、特にロウハニ大統領が何らかのアメリカとの関係改善を求めているのは事実でしょう。あとは最高指導者ハメネイ師がどの時点で許すかどうかですが)

 

トランプ大統領が中国、北朝鮮、イラン問題で示す対話・取引を求める姿勢は、10日の強硬派ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の解任にも通じるものでしょう。

対話・取引を求めるうえでは、強硬論に固執するボルトン氏は邪魔な存在でしかありません。

 

【一方、再選戦略から対イラン・パレスチナ強硬姿勢をアピールするイスラエル・ネタニヤフ首相】

上記のように、融和的な姿勢に転じたかのようにも見えるトランプ大統領に対し、イラン問題で依然として強硬な姿勢を見せているのがイスラエルのネタニヤフ首相。

 

イランと密接な関係にあるヒズボラとの間で一触即発の緊張を生んでいます。

 

****対イラン代理戦争も辞さないネタニヤフの危険な火遊び****

<総選挙を前に最大の脅威であるイランへの攻勢を強化。しかし裏目に出れば再選を逃すだけでは済みそうにない>

9
17日に総選挙を控えるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、イランへの攻勢を強めている。

9
1日にはレバノンとの国境地帯で、イスラエル軍とヒズボラ(イランの支援を受けるシーア派武装組織)が交戦。両者が戦火を交えたのは20067月以来だ。アナリストたちは、戦闘が全面戦争に発展する危険性を警告している。

事の発端は824日にイスラエルがシリア国内を空爆し、ヒズボラの司令官2人が死亡したことだ。ヒズボラはこれに対し、報復を宣言していた。

9
1日、ヒズボラはイスラエル北部に対戦車ミサイルを発射。これに対し、イスラエルはレバノン南部にあるヒズボラの拠点を砲撃した。

ネタニヤフは一連の攻撃について、代理勢力を介したイランのあらゆる挑発に応戦する姿勢を示すためだとしている。イスラエルはヒズボラがイランから技術提供を受けて、精密誘導ミサイルを生産しようとしていることに懸念を募らせている。

だが、別の見方もある。観測筋は、ネタニヤフが自らの汚職疑惑から国民の注意をそらすために、一連の攻撃に踏み切った可能性もあるとみている。

アメリカの当局者たちは、これを危険なゲームだと指摘する。紛争の拡大はネタニヤフ再選の可能性を狭めかねないばかりか、中東に駐留する米軍を危険にさらす可能性がある。折しもドナルド・トランプ米大統領は、イランのハサン・ロウハニ大統領との関係改善を模索中だ。

「一連の攻撃にリスクがないと考えるのはばかげている」と、民主・共和の両政権で中東問題顧問を務めたデニス・ロスは言う。「砲弾が誤った標的に当たれば、事態は制御不能になる」(中略)

新たな戦争を回避したいネタニヤフも、ヒズボラとの直接対立は避けてきた。しかし総選挙を数週間後に控えた824日、ネタニヤフはヒズボラとの暗黙の了解を破った。

全面対決と紙一重の戦略
(中略)米政府当局者によると、マイク・ポンペオ国務長官はネタニヤフとレバノンのサード・ハリリ首相に自制を求めた。

 

だがネタニヤフはイスラエル軍がシリアを攻撃したと発表して事態を悪化させたと、歴代国務長官の中東顧問を務めたアーロン・デービッド・ミラーは言う。

「安全保障を売りものにするネタニヤフのイメージは確かに強化されるだろう」と、ミラーは言う。「しかし再選のためのイメージ戦略は、ヒズボラとの全面対決と紙一重だ。ヒズボラの攻撃でイスラエル人の死者が出た場合、ネタニヤフは責任を問われる。そして、ヒズボラとの戦いをエスカレートさせる」

8
25日の3度目の攻撃はイラク国内を標的にし、在イラク米軍にも影響を与えた。無人機がシリアとの国境近くのイラク国内で輸送隊を攻撃し、親イラン派民兵組織「人民動員隊」の指揮官などが死亡した。

米軍に矛先が向かう恐れ
かつてネタニヤフは、イスラエルを攻撃するために領土の使用を許可した全ての国に苦しみを与えると警告した。「誰かがなんじを殺すために立ち上がったら、先にその人物を殺せ」と、彼はユダヤ教聖典の有名な一節を引用してツイートした。(中略)

さらに状況を複雑にしているのは、トランプ政権の相反する対応だ。まずポンペオは「イラン革命防衛隊による脅威から自らを守るイスラエルの権利」を支持すると述べた。

だがその後、米国防総省はイラク民兵によるイラク駐留米軍への攻撃を懸念したようで、輸送隊への攻撃についてアメリカの関与を完全に否定する声明を発表した。

「われわれはイラクの主権を支持し、イラクで暴力を扇動する外部の行為者によるあらゆる潜在的な行動に対して繰り返し声を上げてきた」と、国防総省のジョナサン・ホフマン報道官は言う。「米軍はイラク政府の招きに応じて活動しており、現地のあらゆる法律と指示に従う」

ミラーによれば、現在の状況を非常に危険にしているのは、イスラエルの作戦がアメリカの支配する空域で行われたことだ。「国防総省があれだけ慌てた理由は明らかだ。親イラン派民兵の反撃の矛先が駐イラク米軍に向かうことを恐れている」

それでもネタニヤフは、再選のために危険を顧みずにさらなる攻撃を仕掛けるのか。

「ネタニヤフは総選挙までに安全保障に関わる事件があれば、最終的に自分が有利になると考えているようだ」と、中東ニュースサイトのコラムニスト、マザル・ムアレムは言う。「だから、イスラエルを戦争に巻き込むような行動を取りかねない」

危険なゲームに、しばらく終わりは見えそうにない。【911日 Newsweek
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ネタニヤフ首相の言動は、上記の総選挙対策としての強硬姿勢という側面のほか、周辺国への攻撃を通じてイランの脅威を訴え、トランプ大統領のイランとの対話を求める動きをけん制する狙いもあると指摘されています。

 

もっとも、アメリカ国内には、ネタニヤフ首相の“火遊び”でアメリカが戦争に巻き込まれることを警戒する思いがあることは上記のとおり。

 

ネタニヤフ首相は総選挙対策として、対イラン・ヒズボラ強硬姿勢だけでなく、パレスチナ問題でも支持基盤の右派層に向けて強硬姿勢をアピールしています。

 

****ヨルダン渓谷「併合する」=選挙控え右派にアピール―イスラエル首相****

イスラエルのネタニヤフ首相は10日、パレスチナが将来の国家の一部とみなす占領地ヨルダン川西岸の東部に位置するヨルダン渓谷について、自身の続投を前提に併合する意向を示した。17日の総選挙を控え、右派の有権者にアピールする狙いがある。

 

首相はテレビ演説で「新政権発足後、イスラエルの主権下に置く」と表明した。首相は、政権樹立に失敗した4月の総選挙の直前にも西岸各地のユダヤ人入植地を併合すると訴えていた。

 

同渓谷はヨルダンに隣接し、西岸全体の面積の約30%を占める。イスラエルは以前から「国境防衛」を名目に渓谷を永続的に支配する姿勢を示している。【911日 時事】 

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こうした動きは、従来の考えでは、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」案を支持する国際社会の反発を招く“禁じ手”ですが、イスラエル総選挙後に発表される予定のトランプ大統領の「世紀の取引」でどのように位置づけられているのかは知りません。

 

【接戦が予想されるイスラエル再選挙】

いずれにしても、ネタニヤフ首相が対イラン・ヒズボラ、対パレスチナでしきりに強硬姿勢をアピールしているのは、それだけ総選挙の行方が微妙な情勢にあるからでもあります。

 

結果次第では、自身の汚職疑惑で訴追を受ける事態にも。

 

****ネタニヤフ首相、続投へ多難 再選挙、支持基盤が分裂****

9月17日投開票のイスラエルの総選挙(定数120)で、ネタニヤフ首相が厳しい戦いを強いられている。4月の総選挙後に組閣に失敗し再選挙となったが、さらなる混戦が予想される。政策的な争点に乏しく、焦点は汚職疑惑を抱えたネタニヤフ氏の続投の是非に絞られている。

 

4月の総選挙では、35議席を得たネタニヤフ氏率いる与党リクードが勝利を宣言したが、その後の連立工作に失敗して組閣できず、同国初の再選挙になった。

 

ネタニヤフ氏が苦戦する理由の一つは、支持基盤である右派勢力の分裂だ。

 

ユダヤ教超正統派の徴兵免除をめぐり、連立入りを拒んだ極右政党「イスラエル我が家」(5議席)がネタニヤフ氏への不支持を表明し、野党との選挙協力に動いている。与党は他の右派勢力で連立政権を目指すが、過半数の議席を得られる見通しは立っていない。

 

一方、ガンツ元参謀総長が率いる野党「青と白」(35議席)をはじめとする中道・左派勢力も、過半数には届かないとみられている。野党内にはネタニヤフ氏を排除した与党との「大連立」を提案する声もある。

 

これに対し、与党は所属候補にネタニヤフ氏への支持を誓約させるなど、神経をとがらせている。

 

ネタニヤフ政権は中東和平をめぐり、トランプ米大統領との太いパイプを生かし、強硬な政策を続けてきた。政権交代が実現すれば、イスラエルの対米関係やパレスチナ政策が変化する可能性もある。報道各社の世論調査では与野党の競り合いが続いている。

 

与党、訴追阻止も

(中略)検察は2月、大手通信企業の経営上の便宜を図った見返りに、同社が運営するニュースサイトに自身に好意的な報道を求めたなどとして収賄や背任などの罪でネタニヤフ氏を起訴する方針を決めた。10月には本人の言い分を聞き取る司法手続きを始め、その後に正式起訴をする予定だ。

 

総選挙でネタニヤフ氏の続投が決まれば、与党はネタニヤフ氏の訴追を阻む動きに出るとの見方が強い。実際、5月には与党が、国会が反対すれば起訴できないように法改正をする動きをみせている。(後略)【829日 朝日】

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【再選挙で問われるユダヤ教超正統派を代表する宗教政党の影響力】

ネタニヤフ首相が組閣に失敗して再選挙に追い込まれたのは、本来同首相の強硬姿勢を支持する立場にある世俗的な極右政党「イスラエル我が家」が、ユダヤ教超正統派の徴兵免除をめぐり宗教政党と対立したためですが、このユダヤ教超正統をめぐるイスラエル社会の反応も興味深いところです。

 

****ユダヤ教のルール、強制に反発 イスラエル****

17日に総選挙を控えるイスラエルで、ユダヤ教に基づく制度の是非が焦点になっている。宗教的な結婚しか認めず、週末は交通機関が止まる。そんな伝統をどこまで維持するべきなのか。

 

 ■離婚、決定権は男性側のみ 借金肩代わりで合意

「神は信じています。でもこんなルールはあまりに古くさい」

テルアビブ近郊に住むマリーさん(38)は、暴力を振るう夫と離婚するのに5年間、苦しんだ。原因はユダヤ教に支配された制度だ。離婚の決定権は男性側にしかない。

 

マリーさんが結婚したのは2010年。夫は2歳下の弁護士だった。結婚生活が始まると、アルコール依存の夫に日々暴力を振るわれた。1年半後、マリーさんは離婚を決意した。

 

苦悩の始まりはここから。離婚に妻の同意は必須ではないのに、夫の同意は絶対条件とされる。でも夫は同意してくれない。裁判所も夫に同意を求めたが強制はできない。

 

このままでは新たな相手との間に子ができても嫡出(ちゃくしゅつ)子扱いされない。「私を苦しめるため彼は離婚に同意しなかった」。マリーさんは夫の借金約200万円を肩代わりするのを条件に、やっと合意を取り付けた。「もう二度と、この国で正式な結婚はしない。自分の人生は自分で選ぶ権利があるべきです」

 

イスラエの家族法はユダヤ教を色濃く反映する。宗教指導者のもとでの結婚しか認められず、離婚も宗教裁判所が管轄する。そこで国内での結婚を避ける動きもある。(中略)国外で結婚するカップルは毎年約1割を占め、事実婚を選ぶ人も珍しくない。

 

マリーさんの離婚を支援したバルイラン大学ラクマンセンターのルース・ハルペリンカダリ教授(家族法)は「ユダヤの伝統を守ることが個人の権利の侵害につながっている。特に家族法は男性が女性を管理する考えが根強く、国際機関から批判も受けている」と話す。

 

 ■安息日、公共交通ストップ 60%「動かすべきだ」

イスラエルの制度にはユダヤ教のルールが随所に組み込まれている。金曜日の午後から土曜日にかけては安息日で公共交通機関が止まる。ユダヤ人が無許可で仕事をすることは禁止。多くの商店も閉じる。

 

国民の間では反発が強い。イスラエル民主主義研究所が8月に発表した調査結果によると、安息日に公共交通機関を動かすべきだと考えるユダヤ人は60%。非宗教的な結婚を認めるべきだと考える人も59%だ。ユダヤ人のうち自らを「非宗教的」と捉える人は4割に上ると言われている。

 

一方、ユダヤ教の伝統を愚直に守るのが「超正統派」の人々。黒い帽子に黒いスーツ、あごひげに長いもみあげといった格好で知られる。独自の教育システムが認められ、男性は初等教育を終えるとユダヤ教の勉強に専念。国民の義務である兵役は免除される。人口の1割強で、影響力は無視できない。

 

宗教の強制に反対する活動を続けるNGO「ビー・フリー・イスラエル」のシャケッド・ハッソン氏は「超正統派が伝統を守るのはいいが、それを全員に強制するのは間違いだ。多様な形で宗教と付き合う考え方が最近は広がりつつある」と話す。

 

 イスラエル、17日に総選挙 政権の連立相手は宗教政党

イスラエル政界では、超正統派を代表する宗教政党が強い影響力を持つ。ネタニヤフ政権にとって欠かせない連立相手の地位を維持してきたからだ。

 

総選挙は比例代表制のため少数政党が乱立する。単独過半数の議席を得る政党はなく、ネタニヤフ首相は「右派+宗教政党」の連立政権を原則としてきた。二つある宗教政党は前回選挙で国会の120議席のうち合わせて16を獲得。政権を支える代わりに宗教政策を維持させる戦略に成功している。

 

ただ今回の総選挙はネタニヤフ氏自身が汚職疑惑で苦戦し、敗れれば宗教政党も今の地位を失いかねない。

 

野党は非宗教的な政府への転換を訴える。極右政党「イスラエル我が家」のリーベルマン党首は「宗教の押しつけには反対だ」と明言。最大野党の中道「青と白」も「リベラルな政府を目指す」として非宗教志向の有権者の取り込みを図る。

 

宗教政党の一つ「ユダヤ教連合」のイツハク・ピンドロス議員は「確かに今回、宗教政党は危機にある」と苦境を認めつつ、「ユダヤ国家としての伝統を守るのが最優先だ」と強調する。「70年前の初代内閣にいて、今も同じ政策を持ち続けているのは我々だけだ。宗教派が結束して勝てると信じている」【913日 朝日】

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17日の総選挙結果が、イラン・パレスチナ問題という観点からも、また、ユダヤ教超正統派をめぐる問題でも、注目されます。

 

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戦争、植民地支配、奴隷制などの「歴史」に関する当事者間の「溝」

2019-09-12 23:12:19 | 国際情勢

(ポーランド中部ビエルンで1日未明、第2次世界大戦開始から80年の行事で壁に映し出される空爆のイメージを見る地元住民ら=AFP時事【92日 朝日】)

 

【ドイツ政府 「賠償問題は終結した」】

日本と韓国の間で戦争・日本統治をめぐるいろいろな問題があることは、毎日の紙面に溢れています。

こうした問題は別に日韓だけの特殊な問題ではなく、過去の「歴史」をどのように清算するかは、どこの国でも異なる見解・主張がぶつかる難しい問題です。

 

日本と同様に敗戦国となったドイツも「賠償」の問題を抱えていますが、戦争直後から時代に応じていろんな経過をたどっていることは、【ウィキペディア】の「第二次世界大戦後におけるドイツの戦後補償」の項にまとめられています。

 

そのなかから、東西ドイツ統一後の動きを抜粋すると、以下のようにも。

 

****(東西ドイツ)統一後の賠償****

最終規定条約による賠償問題の「解決」

1990912日のツ最終規定条約により、ドイツの戦争状態は正式に終了した。この条約には賠償について言及された点は存在していないが、締結に際して連邦政府は「賠償問題は時代遅れになった」とはっきり説明し、もはや賠償問題は提起されないという立場をとっている。(中略)

 

最終規定条約は全欧安全保障協力会議の参加国によって1111日に承認され、ドイツはこの参加国に対しても賠償問題は終結したとしている。

 

このため統一後のドイツは、「ドイツの戦後問題」が最終的に解決され、「賠償問題はその根拠を失った」として、法的な立場からの賠償を認めていない。

 

しかし、アメリカ政府が2000年に賠償請求の問題は未解決であるという見解を示したように、他国からは異論もある。

 

記憶・責任・未来

ナチス時代のドイツ企業はユダヤ人や戦争捕虜に強いられた強制労働によって大きな収益を上げていた。ドイツ連邦共和国政府はこの被害者に対する支払が「補償」の範囲内ではなく「国家間賠償」で対応されるべきとし、一切の支払に応じていなかった。

 

分断時代からもダイムラー・ベンツなどの一部の企業は個別に出資して補償を行ってきたが、ドイツ統一後には、東側社会に住む人々にほとんど補償が行われていないことが社会問題化しはじめた。

 

またアメリカでは、外国人不法行為請求権法に基づき、ドイツ企業に対する補償要求が高まった。1996年からはドイツ企業やスイスの銀行に対する訴訟が相次ぎ、裁判とそれに伴う悪評に疲弊したドイツ企業は、一定の金額を支払うことで訴訟リスクを回避する道を求めるようになった。

 

また補償に積極的な左派のゲアハルト・シュレーダー政権の成立も追い風となった。

 

2000717日にアメリカとドイツは協定を結び、ドイツ企業に対する訴訟を取り扱う財団設立で合意した。(中略)

812日に『財団「記憶・責任・未来」』の創設が国会決議され、以降の支払いはドイツおよびドイツ企業の道義的・政治的責任に基づいて拠出された100億ドイツマルクから支払われることとなった。(中略)

 

ドイツ側としては道義的・政治的責任は認めつつも法的義務は認めておらず、公式には賠償とはされていない。また、この強制労働はナチ不正の一環であって、戦争犯罪としては取り扱われていない。

 

ドイツ経済界はこれ以上賠償や補償請求が行われない「法的安定性」を求めており、アメリカ政府がこれに応じたことで交渉は決着した。アメリカ政府は交渉の過程で「今後アメリカとしては、ドイツに賠償請求を行わない」ことを表明している。

 

「記憶・責任・未来」による支払は2001年より開始され、20076月に終結した。支払い対象はおよそ百カ国にまたがる166万人であり、支払総額は43.7ユーロに達する。

 

支払い対象となる強制労働被害者は強制収容所での労務者、移住させられ強制労働に従事させられた者、およびそれに準じると見られた者である。(中略)

 

個別補償条約

1991年にはポーランドおよびソ連の継承国ロシア連邦ウクライナベラルーシの間でナチス被害者のための金銭引渡し条約を締結し、その後にはバルト諸国チェコ、アメリカとの間でも同様の条約を結んでいる。

 

冷戦終結後の賠償請求

統一後のドイツ政府は賠償問題は終結したという立場をとっているが、被害を受けた国や個人から賠償を求められる動きも存在する。 (後略)

*********************

 

当然ながらドイツと日本では多くの事情が異なりますので単純な比較はできません。

 

そのため、“「ドイツは過去を反省し補償も行った」が、「日本は反省も補償もしていない」”といった主張に対しては、「戦後処理の日独比較は筋違いだ」【『明日への選択』平成3012月号 日本政策研究センター所長 岡田邦宏氏】といった反論があります。

 

日独で事情が異なるというのは、そのとおりでしょう。

ただ、岡田氏が言う“ドイツが行った「強制労働」は史上例を見ない残酷なものだった・・・日本のケースと比較すれば、動員の方法でも待遇でも、日本の朝鮮半島からの戦時動員がドイツの「強制労働」とまったく別次元のものである”ということは、日本が免責される訳でもありません。

 

今日は、そういう“微妙”な話ではなく、過去の歴史と向き合うことの難しさを示す、最近の話題をいくつか。

 

【ポーランド・ギリシャのドイツへの戦後賠償要求の動き】

上記ドイツに関する【ウィキペディア】の記述にもあるように、「統一後のドイツ政府は賠償問題は終結した」というドイツの立場を、被害を受けた側がみな受け入れている訳でもありません。

 

****ポーランド侵攻から80年、復活するドイツへの戦後賠償要求の動き****

2次世界大戦の口火を切ったナチス・ドイツによるポーランド侵攻から1日で80年を迎えた。だが、ナチスによる爆撃の音は、80年が経過した今も両国の戦後賠償論争の中にこだましている──。

 

隣り合わせの両国はここしばらく、北大西洋条約機構、そして欧州連合の同盟国として、第2次大戦のページをめくったようにも見えていた。

 

しかし、2015年のポーランド総選挙でその様相ががらりと変わった。与党となったEU懐疑派の右派政党「法と正義」は、EUやドイツとの関係を政治的駆け引きの道具として利用し、また戦後賠償に関する論争も再開させたのだ。

 

ポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相は先月、「ポーランドはいまだ適切な補償をドイツから受けていない…第2次大戦でわが国は600万人の国民を失った。大きな補償を受け取った国々よりもその数はずっと多い」と発言していた。

 

2017年、PiS党首のヤロスワフ・カチンスキ氏はこの問題を再提起した。それ以来、議会の委員会が戦時中のポーランドの人的・物的損失の規模について見直す分析を行ってきた。

 

その規模については、大戦直後の1947年に行われたポーランドの算出額を上回り、現在の換算で約8500億ドル(約90兆円)に相当すると、PiSのアルカディウシュ・ムラルチク議員は語る。

 

AFPの取材に応じた同議員は「第2次大戦が終わって随分たつが、ドイツは自らの過去を反省していない。ドイツは法の支配による民主的な基準を守り、人権を尊重することよりも、自国の予算の安定を気にかけているのだ」と述べた。

 

■補償問題は解決済みなのか

ドイツ政府はナチスによる戦時中の残虐行為の責任は認めているが、補償についてはポーランドであれギリシャであれ、要求を拒み続けてきた。「ドイツ政府の立場は変わらない。ドイツの補償問題は、法的にも政治的にも解決済みだ」と政府報道官は言う。

 

ポーランドは旧ソ連の衛星国だった1953年、同じ共産国だった旧東ドイツに対し、第2次世界大戦中の補償請求権を放棄している──これがドイツ政府の主張だ。

 

1990年、ドイツの再統一に向けて、東西ドイツ2か国と第2次大戦の対独戦勝4か国からなるツープラスフォー(2+4)会議が開かれた後、ドイツとポーランドは国境条約に調印。続けて翌91年には、善隣友好条約を結んだ。その間、補償問題が提起されることはなく、問題は解決済みとの暗黙の了解があると、ドイツ政府はみなしている。

 

しかし、ポーランドの保守派は、1953年の旧東ドイツとの合意はソ連の圧力下でなされたものだと主張し、その有効性に異議を唱えている。またドイツには、ポーランドへの補償に関する「道徳的義務」があるとも主張している。

 

ポーランド政府は今のところ正式な補償請求は行っていない。だが、PiSのムラルチク議員はこの問題への取り組みは必須だと強調し、「(補償)問題が解決されないままでは、第2次世界大戦中にドイツ人が果たした役割を相対化するところまで行ってしまう」と言う。

 

1939年、ポーランドの西側からドイツが侵攻した2週間後、今度は東側から旧ソ連が侵攻を開始した。だが、ポーランド外務省はAFPの取材に対し、「ポーランドとしては、ロシアに対する戦後補償の問題を現時点で持ち出していない」と詳細には触れずに答えた。 【92日 AFP】

**********************

 

ポーランドと同様に、財政再建問題でドイツと激しく対立したギリシャにも、賠償問題がくすぶっています。

 

****ギリシャ首相、ナチス占領の賠償金に期待 独首相と会談****

ギリシャで7月に就任したミツォタキス首相が(8月)29日、ベルリンを訪問してメルケル独首相と初めて会談した。

 

ギリシャはドイツに対し、第2次大戦中のナチス・ドイツの占領下で受けた損害に対する巨額の賠償金を求めている。ミツォタキス氏は、経済危機からの脱却に必要なドイツからの投資を求める一方、国内でくすぶる「戦後補償問題」の進展にも期待感を示した。

 

ミツォタキス氏は会談後の記者会見で、賠償金請求問題について「難しい問題だが、解決が両国関係の深化にとって重要だと信じている」と述べた。ただ、会談でこの問題を協議したかは明らかにしなかった。

 

ドイツは、ギリシャと1960年代までに補償協定を結んでおり「解決済み」の立場だ。しかしギリシャ国内では「歴史問題」として残っており、チプラス前政権下の今年4月、ギリシャ議会はドイツに賠償金を求めることを可決。当時ミツォタキス氏が党首だった最大野党「新民主主義党」も賛成した。同国議会は、賠償金の額は3千億ユーロ(約35兆円)以上になると試算している。

 

ギリシャ危機の際、緊縮財政の徹底を最も厳しく求めたのは、最大の債権国だったドイツだった。

 

2015年に発足したチプラス前政権は、ドイツを中心とする欧州連合(EU)などの金融支援を受け入れたが、厳しい管理下に置かれることへの国民の不満が高まった。対ドイツ関係が緊張する中、チプラス氏が持ち出したのが賠償金請求の「歴史問題」だった。

 

29日の会談で両国は、環境エネルギー分野でのドイツからの投資拡大などで一致。ミツォタキス氏は経済復興の起爆剤にしたい考えだが、歴史問題が両国関係に水を差す可能性もある。【830日 朝日】

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【ポーランド ロシアとの溝】

一方、前出【92日 AFP】にもあるように、ポーランドは分割を実施したもう一つの相手国ロシアとの「歴史」も抱えています。

 

****第2次大戦開始80年、ポーランドで式典 ロシア招かれず、歴史認識にも溝****

ナチス・ドイツが1939年にポーランドに侵攻して第2次世界大戦が始まってから80年となる1日、同国の首都ワルシャワで記念式典が行われた。ドイツメルケル首相や米国のペンス副大統領が出席する一方、ロシアのプーチン大統領は2014年のウクライナ危機などを理由に招かれず、主な連合国側がそろった10年前の式典と様変わりした。

 

式典でシュタインマイヤー独大統領は「我々は我が国が犯した罪を忘れず、伝えていく」と語った。

トランプ米大統領は、ハリケーン災害への対応を理由に出席を見送った。

 

一方、プーチン氏が招待されなかったのは、ウクライナ南部のクリミア半島をロシアが併合したことが「不戦を誓う式典にふさわしくない」とポーランドが判断したためだ。70周年の09年当時は首相だったプーチン氏が参加していた。ポーランドのドゥダ大統領は式典でもウクライナ危機に言及し「見て見ぬふりをしてはならない」と語った。

 

今回の招待拒否にロシアは強く反発している。招かれなかった背景には、同国を含む旧連合国側で第2次大戦への歴史認識の溝が深まっている事情もある。

 

ソ連は第2次大戦の開始後、直前に結んだ独ソ不可侵条約の秘密議定書にもとづき、ポーランドに侵攻し、バルト3国も支配下に置いた。

 

ウクライナ危機を機にこの侵攻の歴史に再び注目が集まる中、ロシア外務省は8月、同条約について「英仏などが、ヒトラーの攻撃を東に向かわせようとして対独融和策をとったため」と主張するビデオを公表した。

 

欧州側では「自国第一主義」の広がりで、自国の被害を強調する動きがある。ポーランドの現政権は愛国主義を前面に出し、同国が53年に放棄したドイツに対する損害の賠償を求める動きを強める。ギリシャなどにも同様の動きがある。【92日 朝日】

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【植民地支配当時の弾圧や奴隷制に関する賠償問題も】

「歴史」は戦争だけではありません。植民地支配当時の弾圧も立場によって主張が異なる「歴史」です。

 

****インド訪問の英国教会大主教、植民地時代の虐殺現場でひれ伏す****

英国の植民地下にあったインド北部アムリツァルで1919年に起きた大虐殺をめぐり、英国国教会のジャスティン・ウェルビーカンタベリー大主教は10日、個人の立場で謝罪の意を伝えるべく、事件現場でひれ伏した。この出来事をめぐって英政府は、これまで謝罪したことはない。

 

インド・アムリツァルで1919413日、武器を持たない男性や女性、子どもたちに向かって英国軍部隊が発砲。当時の記録によると、犠牲者は379人とされているものの、インド側の数字では計1000人近くとされている。

 

アムリツァルを訪れたウェルビー大主教は、「政府当局者ではないので、英国政府を代表することはできない。だが私は、キリストの名の下に話すことができる」と発言。「犯された罪が及ぼした影響について、私は恥じ入り、申し訳ないと思っている。私は宗教の指導者であり、政治家ではない。宗教指導者として、ここで起きた悲劇を悼む」と語った。

 

さらに、ウェルビー氏はフェイスブックへの投稿で、現地ではジャリヤーンワーラー・バーグと呼ばれる現場への訪問が「この場所で起きたことへの強い恥じらい」を喚起したとし、「英国の歴史に残る数々の深刻な汚点の一つだ。世代を超えて続く痛みと悲しみは、決してはねつけられたり、否定されたりしてはならない」と訴えた。

 

100年前に起きたこの事件は、英国のインド統治における最悪の事態とされ、インド人のナショナリズムを高め、独立への支持を強固なものとすることにつながった。

 

英国のエリザベス女王も1997年、インド訪問中に現地で花輪を手向けたが、失言癖で知られる夫のフィリップ殿下が、死者数に関するインド側の推定は「大きく誇張」されていると発言したと報じられ、見出しをさらった。 【911日 AFP】

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アメリカには「奴隷制」の「歴史」があり、賠償の問題が今でも存在します。

 

アメリカは奴隷制の賠償をするべきか?”【ぴむ氏 724日】は、【エコノミスト 2019629日号】の記事“The idea of reparations for slavery is morally appealing but flawed”を翻訳・論評したものです。

 

「歴史」に対する見解は立場によって異なります。

自己の立場・主張に固執するだけでは対立が深まるばかりです。

 

双方が自分と異なる主張に対して、「なぜ、そのような主張がなされるのか?」と相手の立場に立って考え、現実的にとり得る対応を考えれば、歩み寄ることも可能でしょうが、実際にはなかなか・・・

 

 

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南シナ海  中国の進出に対するフィリピン・ベトナムの対応 アメリカは強い懸念を表明するも・・・

2019-09-11 22:50:41 | 中国

(2日、タイ中部サタヒープの海軍基地で行われた米・ASEAN合同軍事演習の開会式【9月2日 時事】)

 

【中国の南シナ海進出にASEANも「複数国が懸念」】

南シナ海をめぐる情勢については、(ほかに多くの問題があることもあって)ひと頃ほどは多くは取り上げられていませんが、進出を強める中国、これをけん制するアメリカ、中国との距離感が異なる国々があつまることもあって中国に対する強い対応が難しいASEAN・・・・という基本構図は変わっていません。

 

そういうなかにあって、7月末のASEAN外相会議では、最近のベトナムやフィリピンの中国との緊張関係の高まりを背景に、幾分強い表現も使用された・・・・とのことですが、素人目には“さほど変わっていない”ようにも。

 

****南シナ海「複数国が懸念」 ASEAN外相会議 *****

中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国が領有権を争う南シナ海を巡って緊張が高まっている。

 

フィリピンは北部海域の警戒を強める方針を表明し、ベトナムと中国の艦船はにらみ合いを続ける。

 

ASEANは31日の外相会議の共同声明で複数の外相が「懸念」を示したと明記。中国との会議では紛争防止へ行動規範をまとめる作業を進展させたが、緊張の緩和は見通せないままだ。

 

ASEAN加盟10カ国の外相は31日、タイ・バンコクで会談した。終了後に出した共同声明では中国を念頭に「複数の外相から埋め立てや深刻な事案に対して懸念が示された」との文言を盛り込み、草案段階の「幾つかの懸念に留意する」から表現をやや強めた。ベトナムが主張したとみられる。背景には南シナ海を巡る中国との緊張関係の高まりがある。(中略)

 

一方で、ASEANは中国との南シナ海を巡る紛争回避のための協議も進めた。ASEAN加盟国の外相は31日、中国の王毅外相とも会談。紛争抑止に向けて策定を進める行動規範について議論し、各国の要望を列記する第1段階の作業が終了したことを確認した。10月にベトナムで開く事務レベル協議で一本化する作業に入る。

 

意見対立が避けられないのが、行動規範に法的拘束力を持たせるかどうかだ。ベトナムが法的拘束力を求めているとみられるのに対し、中国は反対する。中国から経済支援を受けるカンボジアやラオスは中国寄りの立場をとるもようで協議はもつれるとの見方がある。

 

中国は行動規範の骨抜きを狙い、ASEANの取り込みを急ぐ。「天然ガスの共同開発に向けた作業を加速したい」。王氏はフィリピンのロクシン外相と会い、こう呼びかけた。同国が求める天然ガス共同開発をちらつかせ、融和政策を維持させたい思惑だ。親中国のカンボジアや中立的立場のインドネシアの外相とも立て続けに会談した。

 

中国は行動規範に、域外国の関与を制限する条項を盛り込むよう提案したもよう。南シナ海への関与を狙う米国を排除する狙いだ。

 

王氏は31日の会議終了後に記者会見を開き、「域外国は中国とASEANの仲を引き裂くべきではない」と強調。「規範策定作業が想定より早く進んでおり、目標とする21年より前に決着する可能性がある」と自信を示した。

 

中国は6月末から7月初旬にかけ、南シナ海で弾道ミサイルを6発発射する実験を実施した。同海域で中国のミサイル実験が確認されたのは初めてとみられ、西太平洋への米軍接近を阻む戦略の着実な進展を印象づけた。経済面でASEANと連携する姿勢を見せる一方、「力の支配」も着実に進めている。

 

米国は中国が埋め立てた南シナ海の人工島の12カイリ(約22キロメートル)以内に艦船を派遣する「航行の自由」作戦を展開してきた。だが、中国による実効支配の進展を止められず、戦略の練り直しを迫られている。

 

5月には日本、インド、フィリピンと初の共同訓練を実施し、多国間の協力枠組みの拡大に動いている。中国は反発しており、南シナ海を巡る情勢が緊迫する可能性も否定できない。【7月31日 日経】

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【仲裁裁定を利用して中国から協力を引き出すフィリピン・ドゥテルテ大統領】

今現在も上記記事が指摘する状況は変わっていません。

 

フィリピンについては、親中国姿勢を隠さないドゥテルテ大統領ですが、中国に厳しい国民世論にも配慮する必要もあって、中国への対応はわかりにくいところもあります。

 

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「我々の領有権を明確にすべきだ。象徴すべきものを建ててもいい」。フィリピンのドゥテルテ大統領は7月28日、南シナ海に浮かぶ同国最北部バタン諸島を訪れ、沿岸警備隊による周辺海域の警備を強化するよう指示した。

 

フィリピンは台湾寄りの同諸島を支配しており、中国と係争は起きていないが、主権の主張を強める構えだ。

 

ドゥテルテ氏は経済支援を得るため、中国と争う島や岩礁の領有権の主張を抑え、融和的な外交を進めている。だが、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)で6月、同国の漁船が中国の漁船に衝突されて沈没。国内では中国や政府に対する批判の声が広がった。

 

ドゥテルテ氏は7月8日には「我々には中国を南シナ海から追い出すことはできない。米海軍第七艦隊に中国の前に立ちはだかってもらいたい」と発言。中国をけん制した。【同上】

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「我々の領有権を明確にすべきだ」「米海軍第七艦隊に中国の前に立ちはだかってもらいたい」・・・親中国のドゥテルテ大統領らしからぬ発言ですが、その真意は・・・。

 

訪中したドゥテルテ大統領は、厳しい国内世論も意識して、普段は封印している南シナ海仲裁裁定を持ち出したようですが、つなぎとめに躍起となる中国からそれなりのものを引き出し、“双方はフィリピンが望む海洋資源の共同開発や経済支援の推進で合意し、関係悪化を避けて事態の収拾を図った形だ。”【8月30日 毎日】とも。

 

****ドゥテルテ氏、南シナ海仲裁裁定を提起 中比首脳会談****

中国の習近平国家主席は29日、北京の釣魚台迎賓館でフィリピンのドゥテルテ大統領と会談した。

 

ドゥテルテ氏は南シナ海問題をめぐり、ハーグの仲裁裁判所が2016年の裁定で中国の主権主張を全面否定したことを提起したが、習氏は同裁定を認めない従来の立場を繰り返した。パネロ大統領報道官が30日発表した声明で明らかにした。

 

ドゥテルテ氏が習氏に対し、仲裁裁定を直接提起したことが明らかになったのは、今年4月の首脳会談に続いて2回目。

 

ドゥテルテ氏は16年の大統領就任後、中国との蜜月関係を演出し、中国からの経済支援と引き換えに同裁定を持ち出すことを封印してきた。

 

ただ、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島でフィリピンが実効支配する地域に中国船が多数出没するようになり、今年6月にはリード堆(礼楽灘)周辺で中国漁船と衝突したフィリピン漁船が沈没する事件が発生。中国が約束した経済支援を実行していないとの不満も高まるなどフィリピンの対中世論は厳しさを増している。中国当局はドゥテルテ氏をつなぎとめるのに躍起だ。

 

中国外務省の発表によると、習氏は会談で「双方は争いを棚上げし、外部の干渉を排除し、協力と実務、発展の計画に集中しなければならない」と指摘。

 

両国は、南シナ海での石油と天然ガスの共同開発に向けて政府間と企業間の組織をそれぞれ創設することで一致した。ドゥテルテ氏が仲裁裁定を提起したことには触れなかった。

 

習氏は30日、北京でのバスケットボールのワールドカップ(W杯)開幕式にドゥテルテ氏と出席。同氏が後日、広東省広州で試合を観戦する際には王岐山国家副主席が付き添う予定で、異例の手厚いもてなしで懐柔を図っている。【8月30日 産経】

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ドゥテルテ大統領は中国と厳しく対峙する考えはなく、大統領にとって仲裁裁定は、中国から協力を引き出す打ち出の小槌みたいなものでしょう。

 

中国側の海洋資源の共同開発提案は、フィリピンが仲裁裁定を“無視する”ことが条件とか。

 

****中国が南シナ海開発で提案、仲裁裁判断無視が条件=フィリピン大統領****

フィリピンのドゥテルテ大統領は、中国の習近平国家主席との最近の会談で、南シナ海での中国の主張を退けた仲裁裁判所の判断をフィリピン側が無視することを条件に、同海でのガス共同開発の権益の過半数をフィリピンに譲渡するとの提案を受けたことを明らかにした。

大統領府によると、ドゥテルテ氏は10日遅くに記者団に、仲裁裁判断とフィリピンの領有権の主張を「脇に置く」ことができれば、中国側はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)にあるリードバンクの共同ガス開発事業の権益の60%をフィリピンに譲渡し、残る40%を維持すると習主席が提案したと紹介した。

中国外務省と在フィリピン中国大使館からドゥテルテ氏の発言についてコメントは得られていない。

オランダ・ハーグにある仲裁裁判所は2016年に中国の主権の主張を全面的に退け、フィリピン沖約85キロにあるリードバンクのガス田を開発するフィリピンの権利を明確化する判断を下している。中国はこの判断を認めていない。

ドゥテルテ氏はこれまで、南シナ海での中国による人工島造成などの活動について対立を避けてきた。フィリピンが仲裁裁判断を無視し、中国と協力することに合意すれば、同海の資源を巡り中国と領有権を争ってきたベトナムやマレーシアなどの諸国が不利な立場に置かれることになる。

ドゥテルテ氏は習氏の提案に同意したかどうかは明らかにしていない。ただ、仲裁裁判断のEEZに関する部分については「経済活動を確保するために無視する」と言明した。【9月11日 ロイター】

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“ドゥテルテ氏は習氏の提案に同意したかどうかは明らかにしていない”とのことですが、北京での“蜜月ぶり”からすれば、実質的に中国側の意向に沿う形を了解したのでしょう。

 

【中国の海洋調査船をめぐり対立を強めるベトナム】

一方、対中国強硬姿勢という点ではわかりやすいのがベトナム。

 

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 南沙(英語名スプラトリー)諸島の領有権を中国と争うベトナムでも、EEZ内で中国の海洋調査船が活動。中国海警局の艦船も同行し、ベトナムの艦船と数週間にらみ合った。

 

同国政府は19日、中国に抗議する談話を発表し、「ベトナムの主権を侵害する行為には断固反対する」と表明した。【7月31日 日経】

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中国の海洋調査船「海洋地質8号」が、7月に続き8月にも再び南シナ海のベトナムの排他的経済水域(EEZ)内で活動しているとして、中国側に退去を要求したことを明らかにしています。

 

****中越、南シナ海で対立激化 中国海洋調査船航行にベトナム猛反発 「14年以来最悪の状況」****

南シナ海をめぐり、中国とベトナムの対立が激化している。埋蔵資源を狙う中国の地質調査船がベトナムの排他的経済水域(EEZ)内で繰り返し確認され、ベトナム政府が抗議。中国との摩擦が続く米国も中国批判に乗り出すなど、事態は混迷の度を増している。

 

両国間の緊張が急速に高まったのは、7月以降だ。複数の報道によると、7月3〜14日、中国の海洋調査船「海洋地質8号」が、ベトナムのEEZ内に進入し、スプラトリー(中国名・南沙)諸島西側のバンガード堆(同・万安灘)近くを航行。ベトナム海軍の船舶とにらみ合った。

 

その後、海洋地質8号は海域を離れたが、8月にも現場周辺での航行が確認されている。香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は海洋地質8号が海底約3万5千平方キロを調査したと報じた。

 

ベトナムは現地でロシア企業とともにガス田開発に乗り出しており、中国の動きは看過できない。

 

ベトナム外務省は「中国の度重なる違法行為に抗議する」と反発。米国も中国がベトナムの資源開発を妨害しているとし、2度に渡って「いじめ同様の戦術では隣国の信頼も国際社会の尊敬も勝ち取れない」などと批判する声明を発表した。

 

中国は「中国船は中国が管轄する海域で作業している」(耿爽報道官)などと反論している。中国船のベトナム近海での活動は止まらず、今月3日には、中国の国有石油・天然ガス企業「中国海洋石油」の大型クレーン船「藍鯨」がベトナムのEEZ内で航行しているのが確認された。

 

両国は2014年5月、ともに領有権を主張するパラセル(同・西沙)諸島そばで中国が油田掘削を行ったことで対立が先鋭化。両国の船舶同士の衝突が発生し、ベトナム国内では反中デモも展開された。

 

SCMPは今回の事態を「14年以来最悪の対立」と表現。「ベトナム政府はこの問題について国連に提起するなど、国際化させる可能性がある」と報じており、事態の沈静化は見通せない状況だ。【9月10日 産経】

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もちろん、“事態の沈静化は見通せない”とは言いつつも、ベトナムはバランス感覚に優れた現実主義の国ですので、かつて戦火を交えたこともある陸続きの中国との緊張が限度を超えて高まらないようにコントロールはするでしょう。

 

【アメリカは国防総省が緊急声明 ただし、今後は米中貿易戦争の行方次第】

中国の南シナ海における準軍事組織「人民武装海上民兵」を使った“嫌がらせ”には、アメリカも強い反発を見せています。

 

****進行する中国の南シナ海での「嫌がらせ戦術」****

中国は、南シナ海で領有権を争っている国々の石油・ガス探査への嫌がらせを強めている。

 

5月以降、中国の海警局の艦船が、ベトナム、マレーシアのEEZ内での掘削活動に威圧的な妨害を加えている。さらに、7月以降、中国の海洋調査船がベトナムのEEZ内で調査を続けている。

 

調査船は、海警の艦船、準軍事組織「人民武装海上民兵」が乗り組む漁船に護衛されているという。ベトナム側は沿岸警備艇を派遣し、衝突のリスクが高まっている。

 

この問題について米国は、8月22日に国務省が、8月26日には国防総省が強い懸念を表明する声明を相次いで発表している。このうち、国防総省の緊急声明の要旨は次の通り。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

国防総省は、中国によるインド太平洋におけるルールに基づく国際社会を破壊する努力が続いていることを強く懸念している。最近、中国はベトナムの石油・ガス探査活動への威圧的干渉を再開した。これは、シャングリラ会議での魏鳳和・中国国防部長の「平和的な発展の道を堅持する」との発言と全く矛盾する。

 

中国の行動は、『受け入れられている国際的ルールと規範に沿ってすべての国が大小を問わず主権を保障され、威圧されず経済的成長を追求し得るとする自由で開かれたインド太平洋地域』という米国のビジョンとは対照的である。

 

中国が「嫌がらせ戦術」を続けることで、近隣諸国の信頼も国際社会の尊敬も勝ち得ることはないだろう。ASEANの領有権主張国を威圧する行動、攻撃的武器の配備、海洋についての違法な主張の執行は、中国の信頼性への深刻な疑いを提起している。

 

米国は、同盟国、パートナー国による、インド太平洋全体における航行の自由と経済的機会を確かなものとする努力を支援し続ける。

・・・・・・・・・・・・・・・

 

中国の「嫌がらせ戦術」に対して、関係諸国は連携を密にしようとしている。

 

例えば、8月23日にはベトナムのハノイで豪越首脳会談が行われたが、その際の共同声明で、南シナ海の資源に関する「妨害的活動」に懸念が示された。豪州とベトナムは、5月にベトナムのカムラン湾に豪海軍の艦船2隻が寄港するなど、関係を緊密化させている。

 

また、8月27日のベトナム・マレーシア首脳会談でも、中国の調査船による活動について話し合われたと見られる。

 

ただ、関係諸国、ひいては国際社会の連携のカギとなるのは、やはり何と言っても米国の動向である。この点、米国が上述の通り相次いで2つの声明を発表したことは、南シナ海における中国の傍若無人な振る舞いを米国が深刻に受け止めているというメッセージを強く発するものであり、歓迎される。

 

上記の国防総省の声明の内容は、米国の立場、国際秩序の原則を明確に示している。定期的に繰り返されている米国主導の「航行の自由作戦」(8月末にも実施)も、本件への直接の対応ではないとしても、米国の南シナ海におけるプレゼンス維持が本気であることを示すものである。

 

今後の注目点は、まず第一には、国際社会の連携をどれだけ拡大できるかである。それには、中国に対し、ルールに基づいた国際秩序の原則を繰り返し言っていくということであろう。

 

その次に、さらに実効的な措置が模索される必要があると思われる。しかし、準軍事組織を用いた中国の「嫌がらせ戦術」に対抗するのは、言うは易く行うは難し、である。

 

潜在的には、米議会に提出されている「南シナ海・東シナ海制裁法案」などが対抗手段となり得るかもしれない。同法は、ASEAN加盟国が領有権を主張する海域において、平和、安全保障、安定を脅かす行為をした個人に対して制裁を科すとしている。実現性は全く不透明ではあるが、興味深い試みであると言えよう。【9月11日 WEDGE】

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アメリカはASEANとの海軍合同訓練も実施しています。

 

****米ASEAN、南シナ海などで初の海軍合同訓練*****

米国と東南アジア諸国連合の海軍による初の合同訓練が2日、タイのサッタヒープ海軍基地で始まる。日程は6日までの5日間で、訓練は中国が領有権を主張する南シナ海でも行われる。

 

南シナ海の領有権をめぐってはブルネイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンといった東南アジアの国々と中国との緊張が続いており、米国も東南アジア地域への関与を強めている。(後略)【9月2日 AFP】

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ただ、中国とアメリカの関係は、貿易戦争の行方次第というところも。

 

これまでは強気の関税措置を繰り返してきたトランプ大統領ですが、アメリカ国内の経済悪化が明確になってくれば、最大の関心事である再選戦略に支障がでますので、一転して中国と関係改善に・・・という事態も十分にありえます。

 

そのときは南シナ海問題も(ベトナムなどの意向にかかわらず)中国の権利を一定に認める形で、セットで処理されることも。

 

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