日本語は想像以上に凄いものかもしれないようです。これも日本の歴史の長さが関係しているのは間違いないでしょう。
やはり、日本語は世界共通語になるべきなのかもしれません。
ねずさんが、そんな日本語の歴史をとりあげてくれています。
何時ものように全文をリンク元で読んで下さい。
ねず さん のひとりごとより 2023/07/10
日本語と世界の言語の歴史を論理的に紐解いてみる
・・・略
要するに話し言葉であれば、身振り手振りも加わりますので、どの国の言語でも、語順はかなり適当であるわけです。
また、軍事を中心とする言語であれば、「いつ」は非情に重要な事柄になります。ですから言語内に時制が入るのは、これは必要から生まれます。一方日本は平和ですから、言語に時制を求めません。そうした社会的背景もまた、言語に影響を与えていくわけです。
要するに、初期の言語は無声化音がなく、それが長い歳月と地域差の中で、次第にそれぞれの地域や民族に合った形となることで、世界の言語がバラバラに なっていったとするならば、元々の言語はどこにあったのか、ということが議論になります。そしてそれはもしかすると、古代の知恵をそのまま残す日本語の中 に、人類の始祖からの言語の形態が、もしかするとまるごと温存されているのかもしれません。
さらにいうと文字についても、日本の神代文字は、世界中の古代文字(ヒエログリフ)と共通であったりします。筆者には読めませんが、神代文字をご専門に研究されている方は、世界中の古代文字で書かれた文がちゃんと解読できるのだとか。
タイムマシンでもない限り、実際はどうであったのかはわからないことですが、7300年前のアカホヤの大噴火のときに、日本列島から多くの人々が世界各 国へと流れ出したこと、ちょうどそれと時を同じくしてシュメール文明が起こり、またチャイナにおいては長江文明が起きていることなどを考えますと、これま たもしかすると日本は、世界の文明の基礎を築いた国であった、といえるのかもしれません。
ちなみに何万年も前や、アカホヤが噴火したときの7300年前のことは、タイムマシンでもない限り、誰も行くことができないのですから、これらはあくま で考古学的証拠やDNAの解析等から、文化の流れを論理的な整合性があるように推理していくほかないわけです。従って現時点では「こうなのだ!」と決めつ けるのではなく、あくまで仮説として事実に基づいて過去に起きたことを論理的に考え、再現していくしかないわけです。これはほとんど犯罪の科学捜査に似て いることということもできます。
真実は分かりませんが、日本語が素晴しいのは間違いないでしょう。折角進歩してきた素晴しい言語を現代で劣化させるのは余りにも勿体ないと言えるでしょう。
何とかして、良い方向に発展させ、世界共通語を目指しましょう。それが、人類の為にもなるはずです。