◇理由なき反抗(Rebel Without a Cause 1955年 アメリカ)
小学校の高学年だったか、おそらく、初めて観た。
もちろん、テレビ放送だ。
でも、そんなに好きにはなれなかった。
だって、ジェームズ・ディーンが不良に見えたんだもん。
ものすごくナイーブな青年だってことはわかったけど、
当時のぼくは悪いことをしそうなやつは好きじゃなかった。
髪の毛をオールバックにしてたり、
Tシャツの上にジャンパーを羽織ってるだけだったり、
Gパンとか履いちゃったり、
煙草まで喫っちゃったりしてるような若い奴が不良でないわけないじゃん。
ま、いまだにTシャツの上に直接ジャンパーを羽織るのは、
襟元に汗がつきそうであんまり好きな恰好じゃないんだけどさ。
だから、中学や高校でジェームズ・ディーンが好きとかいってる女の子も、
ぼくはあんまり口を聞こうとはしなかった。
要するにツッパッテル連中は好きじゃなかったっていうことだ。
車にも興味はなかったし、だから、チキンレースなんて一生しないとおもってたし、
まあ、実際にそんな危なっかしいことはやらずに生きてきちゃったけどね。
ただ、親が子供の気持ちを理解せずにいることや、
子供がほんとは純粋な心を持ってるのに不良扱いされてしまうことの悲しみは、
そんなぼくにもよくわかったし、
廃墟や天文台に女の子とふたりで忍び込んでみたいっていう憧れは持った。
だからか、おとなになってからも廃墟は大好きだし、
ついこの間もプラネタリウムを観に行ったりした。
けど、どういうわけか、
同窓会とかで昔馴染みに会ったりすると、たいがい、こんなふうにいわれる。
「昔、不良だっておもってたんだよ~」
とか、
「おまえが不良じゃなかったら、いったいどいつが不良だってえんだよ」
とか、だ。
まあ、いまだにぼくは普段からGパンに赤いジャンパーとかでいるし、
もうちょっとばかしアヴァンギャルドな恰好もしたりしてるんだけど、
そんなことはともかく、
ぼくは昔から家族や親戚や周りから想い違いされることが多く、
そういうときに、この作品のジェームズ・ディーンみたいに、
周りの連中が純粋な心を理解してくれない悲しみをおぼえるんだ。
てなことは、
この映画が、ロードショーなり名画座なりでともかく掛けられていたとき、
実際に観に行ったことのある人は、みんな、おもったりするんだよ。
たぶんね。