◎パリの灯は遠く(MONSIEUR KLEIN 1976年 フランス)
アイデンティティを求めて彷徨するなら、
やっぱり、こういう作品がいい。
冷徹なまでにひとりの人間の存在証明を追い求めてる。
観終わってから、
フランツ・カフカの『審判』と、
ジャン・ポール・サルトル『出口なし』が基になってると知ったんだけど、
活字を受け付けないぼくは、まことに恥ずかしい話ながら、どっちも読んでない。
たしかに包み込んでる世界観は不条理なものではある。
でも、自分が同姓同名のユダヤ人に間違えられて、
しかも、
そのユダヤ人はいったいほんとうに存在しているのかどうかわからず、
たとえ存在していたにしても、
なぜ、自分の影のように存在し、
さらには、なぜ、自分がその影の存在を必死に追い求めようとしているのか、
いつのまにやら、影と本体が入れ替わっていくというのは、
不条理以外の何物でもないとおもうんだけど、
こういう事態に直面して哲学的な世界に入り込むんじゃなくて、
1942年のパリという緊迫した時代に設定されている分、
不条理はそのままサスペンスに変わる。
まあ、結局は、ユダヤ人に対して人種差別的な扱いをしたことで、
ユダヤ人の報復に遭わされていたのだという謎解きめいた話で、
因果応報までもくっついてくるんだけど、
ただそうなると、
ほんとうにロベール・クレインは存在していたのか、という疑問まで浮かび、
いったい自分は何者なのだろうという自問が浮かびつつ、
ラストの貨車に乗り込んでしまう。
こういうところ、なんともめくるめく迷路のような映画なんだけど、
奥深い絵づくりもさることながら、物にこだわった美術もいいし、
なにもかもが上質な混沌を作り出してるように感じた。
あ、
最後の展開は、ヴェル・ディヴ事件(Rafle du Vél' d'Hiv)だよね?
ある種、フランス人にとっては原罪のような話なんだろか。