◇リターン・トゥー・マイ・ラヴ(2005年 アメリカ 91分)
原題 Lonesome Jim
staff 監督/スティーヴ・ブシェミ 脚本/ジェームズ・C・ストラウス
撮影/フィル・パーメット 美術/チャック・ヴォールター
衣装デザイン/ヴィクトリア・ファレル 音楽/エヴァン・ルーリー
cast ケイシー・アフレック リヴ・タイラー ケヴィン・コリガン メアリー・ケイ・プレイス
◇インディアナ州クロムウェル
脚本を書いたジェームズ・C・ストラウスの回想記だそうな。
だからすべて自分の生まれ育ったところが舞台で、
実家も工場もそのままだっていうんだから、
もはや、大学生の自主制作映画に近い。
けど、これがおもったよりも上手に出来てて、
少数のスタッフとデジタルカメラを抱えて撮ったとはおもえないような出来栄えだ。
スティーヴ・ブシェミって人は、俳優も監督も製作もこなす才人で、
人生の夢が破れて故郷に戻ったものの定職にもつかずにぶらぶらして、
偶然にひっかけたバツイチ看護婦をホテルに誘ったものの、
三こすり半であっけなくイッちゃうような情けなさを絵に描いたようなダメ男が、
ほんのちょっとだけ生きてゆくことに希望を見出すっていういじましいを映画を、
よくもまあ、こんなに愛情こめて描けるもんだっていうくらい、上手だ。
ただまあ、似たような境遇の兄貴に対して、
「俺だったら自殺しているね」
といって自殺未遂させちゃうのが看護婦との再会につながるなんていう展開は、
なかなか考えないし、考えたところでまじかよともおもうんだけど、
人生ってやつは、ときおり、こういうおもいがけない展開が待ってるもんだ。
そこんところが、
スティーヴ・ブシェミとジェームズ・C・ストラウスにはよくわかってるらしい。
けど、猫っ可愛がりに甘やかす母親に育てられた息子なんてもんは、
所詮、こんなもんで、甘っちょろくて、弱くて、情けなくて、だらしなくて、くだらない。
ぼくがそうだから、よくわかる。
こんな野郎は、ちょっとばかしやる気になっても、結局、またくじける。
けど、そういう人生もままあるもんで、それでも人間は生きていかないといけない。
看護婦がリヴ・タイラーなんてのは出来すぎ中の出来すぎで、
こんなことはありえないんだけど、そこは映画だから許そう。
ただ、そういう負け犬野郎のほんのちょっとした幸せへの行動は、なんだったんだろう?
ケイシー・アフレックはくそぼろの脱水症状で実家へ逃げ帰ってきて、
いったんは、リヴ・タイラー母子にも別れを告げ、母親へも置き手紙し、
ニューオーリンズで頑張ろうとバスに乗り込むものの、
結局は情にほだされてバスを降り、リヴ・タイラーの助手席に乗り込んじゃうんだけど、
これは、
「逃げ出そうとした故郷で、やっぱり、リヴ・タイラーを幸せにしようと決めたんだ」
とかいうことと受け取っていいんだろうか?
「リヴ・タイラーのヒモになっちゃうかもしれないけど、それでもいっか」
なんて考えがこののちよぎってこないといいきれるんだろうか?
ダメなやつってのは、そんな不安があるんだよね。