安倍首相のやじ謝罪は、準備した文面の棒読み、しかも野党に顔を向けることなく、横柄さに満ち溢れた態度、いつも野党に言っている真摯さと丁寧な説明には程遠く、真剣に生きようとする国民を愚弄している。日本を建て直すトップリーダーとして期待していただけに、最近の振る舞いには、天国の三宅久之さんが大いに怒鳴っていると思うよ。説明不足は、相手の立場を理解できなくなっているからか、あるいは、分かろうとしないのか。トップリーダーが権力を持ち、みんなが自分の方を向くといつもこうなって、潰れてしまう。今一度、真摯な気持ちを持っていただきたいものである。
お隣のお父さんが1昨日夜、亡くなられたと聞いたのは、昨日夕方でした。ここ数か月前から体調が思わしくなく、時々声をかけたりしていましたが、いつも大きな声で、気丈夫に明るく、『頑張ってえなあ』と言われていました。1か月前に京都市内で入院、手術、数日前に近くの総合病院に帰ってきたということを聞いていましたが、誠に残念でした。お悔みに家人と伺い安らかなお顔を拝見、奥様から生前のご主人のことをお聞きしました。通勤の私を見かけると、遠くから、『おはようさん、頑張ってえなあ』と手を振っていただきました。この地域のことや郷土史を教えていただき、お酒、野球談議で時間の立つのも忘れるぐらいお話をさせていただきました。田舎である我々のところでも、徐々にまち化し、人付き合い等がなくなってきている中、お隣さんご夫婦とのシンプルなお付き合いが我々にとっては、大変価値あるものでした。突然の訃報に、その後は、自転車で、ぶらりふらりと漕ぎながら、何を思うか、夢遊病者のように、周辺を回ってきました。頭に浮かんだことは、生き方、暮らし方、そして、家族、社会、など、生きられるであろう時まで、悔いのない生活と時間をもっと大切にしなければならないと思った次第である。