現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

清水寺界隈で一日、虚無僧

2007-08-28 10:40:39 | 虚無僧日記
清水坂途中の休憩所で夜を明かす。
深夜でも、自販機に買いにくる人がいて、たびたび
起こされるが、誰も虚無僧には気にも止めない。
早朝4時から、ごみ処理のトラック、新聞配達、土産物や
食材を運んでくる車などが行き来して騒々しい。昼は車の
通行ができないから、早朝に搬入してくるのだ。
土産物店の若い人が休憩所の掃除を始めたので、箒を借りて
手伝う。掃除は禅僧の必須作務だ。

清水寺は、朝6時に開くので、お参りに。山門をくぐって
塔のところまで行き、引き返す。(そこから先は有料)。

門前の商店街を下りて、産寧坂との三叉路で虚無僧することに。
9時頃から観光客がチラホラ上ってくる。昨日今日最高気温が
更新されたという猛暑、こんな暑い夏に京都見物するのは外国人
ばかり。中国語、韓国語、東南亜細亜系の人が大半。外国人は
これぞニッポン!?と、立ち止まってカメラの放列。たまに布施
される方も。たまに、子どもに小銭を持たせて入れてくださった
日本人の家族連れは、地方から京都見物に来られた方だろうか。

午後3時、西日が当たって暑い。産寧坂を下って高台寺、八坂、
そして円山公園へ。この間全くお布施ゼロ。電車を乗り継いで、
平安神宮、聖護院を通って、金戒光明寺に着いた時は夜9時、
暗い住宅街の一角に銭湯のネオンが見えた。昔なつかしい
小さなお風呂屋、常盤湯さんで汗とほこりを洗い流す。

さて、風呂でさっぱりしたものの、寝る所を探さねばならない。
金戒光明寺は、周囲に塀があるわけではなく、夜中でも往来自由。
それで本堂前で寝ていたら、警備員が来て「困りますね」と。
ほんとうに京都はホームレスが居つかないように警戒している
ことが解かる。素直に従って、門の外の交番前で寝ることに。





京都へ虚無僧の旅

2007-08-28 09:28:06 | 虚無僧日記
NHKの録音も終わって、手元に5,000円あったので、
新幹線で京都へ虚無僧の旅に出た。

今日16日は「大文字の送り火」。四条大橋に向かう。
橋の西端には真言宗の、東側には日蓮宗の托鉢僧が立って
いた。着ている衣も立派、姿勢もビシッと決まっている。
名古屋の偽托鉢僧とは姿、形からして違う。本物のすごさに
しばしみとれた。気後れしながら、橋の真ん中で尺八を吹き
始めて即、ご喜捨があった。でもそれきり。

右手の日蓮宗は、お布施が入ると、鈴を鳴らすらしい。
1分間に1回のペースで、年末の抽選会場のようにチリン、
チリン、チリリンと鈴が鳴る。

やはり、よそ者は歩が悪い。寺町通りを流しながら四条と三条を
往復する。観光客が喜んで?喜捨してくださるが、京都のお店は
ほとんど反応がない。それどころか、シッシッと手を横に振って、
「あっちへ行け」という仕草をする。わざわざ出てきて「お通り
ください」と言われる方もいた。「お通り」とは「結構ですから、
行ってください」という意味である。
京都はこうだろうと覚悟していたので、「予想どおり」と得心。

夜8時、四条大橋で、大文字焼きの「法」の字を遠くに見る。
もっとすごい人出かと思ったが、思ったほどではなかった。
見物する人は屋上のような高い所で見ているのだろう。四条
大橋を通る人は通勤帰りの人と、観光客。

地下鉄で五条へ。五条から1.5㌔歩いて清水寺に着いた時は
夜の10時過ぎ。寝場所を探すが、警備が厳しく、清水寺には
入れない。そういえば、加茂の河原にも、寺にも公園にも
ホームレスが全くいない。条例で厳しく取り締まっているのか。

清水坂の途中に休憩所を見つける。藤棚の下にベンチがあって、
そばに自販機が並んでいて明るい。トイレもある。ここで夜を
明かすことに。