「若い女の死体が浮かんでいた。
昔、舟を繋いだ古い杭が五、六本、岸に沿って並んでいる。死体はその杭に戯れるように急に頬をすり寄せたり、少し遠ざかったりしながら、波に揺れていた。地平線を覆っていた雲が割れて、ひとすじの朝の光が川を照らしたとき、死体は光を羞じるように、くるりと身体を返して岸の方に顔を向けた。まだ、ほんのうら若い娘だった。」
藤沢周平という作家は人とくに弱い立場の人に愛情をもって表現する作家だと思っていた。その藤沢らしく死体にも愛情が感じられる文章だ。
この小説は常町廻り同心神谷玄次郎が事件を解決していく。主人公神谷は事件解決に長けた同心だが、その生い立ちのなかで出会った事件によって同心勤めに距離をおき、時として奉行所への出仕も怠る。
こんな主人公を中心に物語が進行するが、江戸下町の風情やら人情とやらを描いている。