新庄耕著『狭小住宅』(2013年2月集英社発行)を読んだ。
なんとなく不動産会社に就職した主人公の松尾は、「今日こそ辞める」とつぶやく。会社は、人気の都内城南エリアで、20坪前後の狭い土地に建てられる狭小住宅、俗にペンシルハウスを販売している。
上司による暴言、暴力の飛び交う恵比寿支店営業部で、売上を上げられないものは容赦なく「辞めろ! まだ辞めないのか!」とつぶされ、辞めていく。ダメ営業の木村は、一件でも多く電話をかけさせるように、受話器と手、さらに頭までをガムテープで固定され、必死で電話していた。
松尾もまったく売れず、辞めろと怒鳴られ、殴られる日々がつづく。
1件も売れない松尾は、突然駒沢支店に異動させられる。そこの豊川課長はトップ営業マンとタッグを組んで、感情を表に出さず淡々と家を売っていく。
本店での定例総会で社長は吠える。「お前らは営業なんだ。売る以外に存在する意味なんかねぇんだ。売れ、売って数字で自己表現しろっ。・・・こんなわけのわからねぇ世の中でこんなにわかりやすいやり方で認められるなんで幸せじゃねぇかよ、最高に幸せじゃねぇかよ」
ここでも2か月売れない松尾は、課長から「これこれの理由でお前は結局売れないのだ」と冷静に辞職を迫られる。自ら一か月の期限を宣言した松尾は、全社懸案事項のもっとも売れない一つの物件に挑戦し、これを売ったことで認められ、課長から個別教育されてトップ営業マンへ変わっていく。そして、・・・。
初出:「すばる」2012年11月号
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
この本の巻末の他のすばる文学賞受賞作の宣伝を見ると、跳んでいる作品が多い。この作品も受賞していて面白いが、通俗的だ。芸術の香りはまったくしない。しかし、怖いもの見たさを満たす、リアルさがある。
家やマンションを購入したことがある私には、営業マンとの駆け引きは、「まわし」物件など、「そうそう」と思うことが多かった。
しかし、その裏側の営業マンの世界は、予想を超えて厳しい。こんな会社は少ないと思いたいが、社長が吠えるように、結果がすべての世界は厳しい。成績トップになっても、それを維持するには異常な努力が永遠に続くのだから。言い訳がいくらでも通用する役人の世界は天国と言われるわけだ。
バブルの頃の証券会社で、支店長が大声で気合を入れながら、支店員の間をぐるぐる回っていた。窓口の女性に、「すごいですね」というと、「いつもあれですから気にしないでください」と言っていたのを思い出した。
新庄耕(しんじょう・こう)
1983年京都市生まれ。神奈川県川崎市在住。慶應義塾大学環境情報学部卒。会社員。
2012年、本作ですばる文学賞受賞
大手の広告会社で営業の仕事をして、辞めてから、友人とベンチャービジネスを経験した。本作は
「実際に不動産会社で働いていた友人の話からヒントを得たという。