石橋女流王位との指導対局は私の苦手な相居飛車となったが、将棋は悪手さえ指さなければ、そう簡単に形勢が傾くものではない。
私は、とにかく離されないように心掛け、1手1手を落ち着いて指した。
では今回も、石橋女流王位へは事後報告とし、その棋譜を以下に記す。
先手(下手):一公 後手(上手):女流王位 石橋幸緒 手合割:平手
▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二金▲2五歩△8八角成▲同銀△2二銀▲7七八銀△3三銀▲4八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲7八金△5二金▲6八玉△5四銀
▲5六銀△4二王▲6六歩△7四歩▲5八金△3一王▲7九玉△4四歩▲3六歩△9四歩▲9六歩△1四歩▲1六歩△6五歩▲同歩△7三桂▲4八飛△6二飛▲6四歩△8四角
▲6七銀△6四飛▲6六歩△6二飛▲4九飛△6五歩▲同歩△5五銀▲8六歩△6五桂▲6六歩△7七桂成▲同桂△6六銀▲同銀△同角▲7三角△6一飛▲6四桂△4二金右
▲7二桂成△6三飛▲9一角成△7五歩▲6八香△7六歩▲6六香△同飛▲5五馬△7七歩成▲同金△6五歩▲6六金△7七銀▲7八歩△6六銀成▲同馬△同歩▲6一飛△2二王▲6六飛成△6五歩
まで、82手で石橋女流王位の勝ち。
指導対局とはいえ、タイトルホルダーと平手の対局だから負けて当然だが、中盤まではまずまず指せていたと思う。
75手目、飛車ではなく角取りに香を打ったのが自慢の1手。以下▲5五馬と飛車取りに引けては、さすがに優勢を意識した。しかし上手は平然と△7七歩成。
ここで相手がアマチュアなら、「飛車取りをうっかりしたんだ」と、喜んで▲6六馬と取るところ。だが、相手は天下の石橋女流王位である。
飛車を取っても△7六歩と繋がれる手がうるさいと思った。それなら▲7七金と喉から手が出るほど欲しい歩を手に入れ、以下△6三飛に▲6四歩と打ったほうがいいと考えた。
ところが石橋女流王位は▲7七金に△6五歩!と指した。
あくまでも飛車をくれるというのである。私はこれでペースが狂ってしまい、数手進んで、再び△6五歩と竜取りに打たれたところで戦意喪失、潔く投了した。以下は、▲6五同竜なら△3八角。また竜が逃げてもこの歩を足場に先手先手と攻められ、とても勝てる気がしない。シミズイチヨならともかく、私の棋力(気力)では、このあたりが投げ時であろう。
戻って、△7七歩成にはやはり▲6六馬と飛車を取るのが明快だった。懸念していた△7六歩には構わず▲7七金と取り、△同歩成▲同馬と清算する。以下△6五桂には▲6一飛の王手があるので、上手には△2二王の1回休みが必要となる。そこで遊んでいる4九の飛車を▲6九飛と回り、これは下手が有望だったと思う。
ただしこの手順中、△7六歩で単に△7八と、と金を取り、▲同玉に△5四桂と馬取りに打たれると、下手も容易ではない。上手は駒損だがすべての駒が捌けたのに対し、下手は大駒4枚を持つものの、桂香の遊びが大きいからだ。
とすると、▲5五馬と引いて優勢を確信した時点でも、形勢は微差だったのかもしれない。石橋女流王位の懐の深さを実感させる手順であった。
私が幹事の手合い係氏に敗戦を告げたら、かなりビックリされた。実は△7七歩成までの局面を幹事の2人が観戦していたらしく、「次は▲6六馬の1手だから一公氏必勝」と結論を出して、席に戻ったようなのだ。
幹事氏も残念がっていたが、もちろん私も悔しかった。
このあと、会員と5局目の対局がついたが、こういうときは気合いが抜けて、良い将棋が指せないものだ。果たして中盤でうっかり王手飛車を掛けられてしまい、これも必敗となった。ところが私はまたも妖しい勝負手を連発し、かなり形勢を挽回してしまうのだ。
ここでまた部分図を掲げてみよう。
先手:四段氏 1六歩、1九香、2六銀、2七歩、2九桂、3七歩、4八王、6三馬、6五銀 持駒:飛、角、金、桂2…など
後手:一公 2五桂、3二玉、3四銀、3五歩、4二金、5三歩、6四歩 持駒:飛、金、銀、歩
ここから△6八飛▲5八金△4七歩▲5七王△6五飛成と進んだ。ここで先手が▲4四桂とでも王手をすれば、恐らく私が負けていただろう。しかし先手は大事を取って▲4七王と歩を払った。以下△4六銀▲3八王△4七銀打▲2八王に、私は「しょうがない」と弱々しい手つきで△5八銀不成と金を取る。
実はこれがこっそり詰めろ。△3八金▲1八王を決めないで、単に金を取るところがミソである。
先手は▲4四金と打ったが、私にペタッと△3八金と打たれ、飛び上がった。以下▲同王の1手に、△4七銀引成で、先手の投了となった。
今日はこんな勝ち方ばっかりだ。これで親睦対局は5勝0敗となったが、実質2勝3敗である。この体たらくでは、次の対局は絶対負ける。私はこれであがることにした。
ところが湯川博士統括幹事から、「一公君、このコと6枚落ちで1局やってくれんか」と言われる。
見ると、相手は妙齢の美人である。これは喜んでもう1局指す1手であろう。手合い係氏が「あんた将棋はあがったんじゃないの?」とあんぐりしていたが、知ったことではない。
彼女は友人の女性のお供で来たらしい。こういう将棋は緩めるべきなのだろうが、どうも私は本気を出してしまう。私が高校生のとき、文化祭で対局相手の女子高生にこれをやって大失敗をしたのに、一向に懲りていない。
頬がほんのりと紅い彼女は、正座を崩して指しているが、膝下をペシャッと拡げているので、こちらから見るとその脚が「W」に見える。
▲4九玉に△5七銀と打って詰めよをかけようとすると、湯川幹事がやってきて、「一公君、せめて1手違いにしてくれよ」と低音で囁く。
なんだか「1手違いで負けなさいよ」に聞こえた私は、△7八銀と打ち、△8九銀成とソッポの桂を取った。何たる手か。しかしこれも女性への将棋の普及と思えばやむを得ない。
その結果、誰にでも分かるカンタンな1手詰を長考のすえ指され、私は見事に討ち取られたのだった。
懇親会の4時まで、まだ時間がある。これから楽しい感想戦を…と思いきや、湯川幹事がそのまま残り、寄せのミニ講座が始まってしまった。
しかしそれも5分ほどで終わり、やっと湯川幹事が抜けて、楽しい楽しい雑談…いや、感想戦の始まりである。
聞くと、彼女は木村一基八段のファンだった。気のせいかもしれないが、木村八段はなぜか女性に人気がある。あの激しいアタマが女心を鷲摑みにするのだろうか。彼女は木村八段が棋聖戦の挑戦者になったことも知っていたし、王座戦5番勝負で敗退したことも知っていた。しかし木村八段は妻帯者であるから、どうということはない。
それからも私はなんとか会話をつなげ、いい雰囲気になっていった。
だが、次の私の質問に対する彼女の答えが、私を奈落の底に突き落とした。世の中、知らないほうがいいことはいっぱいある。
「あの、将棋はよく指すんですか?」
「はい、主人とよく指しています」
(つづく)
私は、とにかく離されないように心掛け、1手1手を落ち着いて指した。
では今回も、石橋女流王位へは事後報告とし、その棋譜を以下に記す。
先手(下手):一公 後手(上手):女流王位 石橋幸緒 手合割:平手
▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二金▲2五歩△8八角成▲同銀△2二銀▲7七八銀△3三銀▲4八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲7八金△5二金▲6八玉△5四銀
▲5六銀△4二王▲6六歩△7四歩▲5八金△3一王▲7九玉△4四歩▲3六歩△9四歩▲9六歩△1四歩▲1六歩△6五歩▲同歩△7三桂▲4八飛△6二飛▲6四歩△8四角
▲6七銀△6四飛▲6六歩△6二飛▲4九飛△6五歩▲同歩△5五銀▲8六歩△6五桂▲6六歩△7七桂成▲同桂△6六銀▲同銀△同角▲7三角△6一飛▲6四桂△4二金右
▲7二桂成△6三飛▲9一角成△7五歩▲6八香△7六歩▲6六香△同飛▲5五馬△7七歩成▲同金△6五歩▲6六金△7七銀▲7八歩△6六銀成▲同馬△同歩▲6一飛△2二王▲6六飛成△6五歩
まで、82手で石橋女流王位の勝ち。
指導対局とはいえ、タイトルホルダーと平手の対局だから負けて当然だが、中盤まではまずまず指せていたと思う。
75手目、飛車ではなく角取りに香を打ったのが自慢の1手。以下▲5五馬と飛車取りに引けては、さすがに優勢を意識した。しかし上手は平然と△7七歩成。
ここで相手がアマチュアなら、「飛車取りをうっかりしたんだ」と、喜んで▲6六馬と取るところ。だが、相手は天下の石橋女流王位である。
飛車を取っても△7六歩と繋がれる手がうるさいと思った。それなら▲7七金と喉から手が出るほど欲しい歩を手に入れ、以下△6三飛に▲6四歩と打ったほうがいいと考えた。
ところが石橋女流王位は▲7七金に△6五歩!と指した。
あくまでも飛車をくれるというのである。私はこれでペースが狂ってしまい、数手進んで、再び△6五歩と竜取りに打たれたところで戦意喪失、潔く投了した。以下は、▲6五同竜なら△3八角。また竜が逃げてもこの歩を足場に先手先手と攻められ、とても勝てる気がしない。シミズイチヨならともかく、私の棋力(気力)では、このあたりが投げ時であろう。
戻って、△7七歩成にはやはり▲6六馬と飛車を取るのが明快だった。懸念していた△7六歩には構わず▲7七金と取り、△同歩成▲同馬と清算する。以下△6五桂には▲6一飛の王手があるので、上手には△2二王の1回休みが必要となる。そこで遊んでいる4九の飛車を▲6九飛と回り、これは下手が有望だったと思う。
ただしこの手順中、△7六歩で単に△7八と、と金を取り、▲同玉に△5四桂と馬取りに打たれると、下手も容易ではない。上手は駒損だがすべての駒が捌けたのに対し、下手は大駒4枚を持つものの、桂香の遊びが大きいからだ。
とすると、▲5五馬と引いて優勢を確信した時点でも、形勢は微差だったのかもしれない。石橋女流王位の懐の深さを実感させる手順であった。
私が幹事の手合い係氏に敗戦を告げたら、かなりビックリされた。実は△7七歩成までの局面を幹事の2人が観戦していたらしく、「次は▲6六馬の1手だから一公氏必勝」と結論を出して、席に戻ったようなのだ。
幹事氏も残念がっていたが、もちろん私も悔しかった。
このあと、会員と5局目の対局がついたが、こういうときは気合いが抜けて、良い将棋が指せないものだ。果たして中盤でうっかり王手飛車を掛けられてしまい、これも必敗となった。ところが私はまたも妖しい勝負手を連発し、かなり形勢を挽回してしまうのだ。
ここでまた部分図を掲げてみよう。
先手:四段氏 1六歩、1九香、2六銀、2七歩、2九桂、3七歩、4八王、6三馬、6五銀 持駒:飛、角、金、桂2…など
後手:一公 2五桂、3二玉、3四銀、3五歩、4二金、5三歩、6四歩 持駒:飛、金、銀、歩
ここから△6八飛▲5八金△4七歩▲5七王△6五飛成と進んだ。ここで先手が▲4四桂とでも王手をすれば、恐らく私が負けていただろう。しかし先手は大事を取って▲4七王と歩を払った。以下△4六銀▲3八王△4七銀打▲2八王に、私は「しょうがない」と弱々しい手つきで△5八銀不成と金を取る。
実はこれがこっそり詰めろ。△3八金▲1八王を決めないで、単に金を取るところがミソである。
先手は▲4四金と打ったが、私にペタッと△3八金と打たれ、飛び上がった。以下▲同王の1手に、△4七銀引成で、先手の投了となった。
今日はこんな勝ち方ばっかりだ。これで親睦対局は5勝0敗となったが、実質2勝3敗である。この体たらくでは、次の対局は絶対負ける。私はこれであがることにした。
ところが湯川博士統括幹事から、「一公君、このコと6枚落ちで1局やってくれんか」と言われる。
見ると、相手は妙齢の美人である。これは喜んでもう1局指す1手であろう。手合い係氏が「あんた将棋はあがったんじゃないの?」とあんぐりしていたが、知ったことではない。
彼女は友人の女性のお供で来たらしい。こういう将棋は緩めるべきなのだろうが、どうも私は本気を出してしまう。私が高校生のとき、文化祭で対局相手の女子高生にこれをやって大失敗をしたのに、一向に懲りていない。
頬がほんのりと紅い彼女は、正座を崩して指しているが、膝下をペシャッと拡げているので、こちらから見るとその脚が「W」に見える。
▲4九玉に△5七銀と打って詰めよをかけようとすると、湯川幹事がやってきて、「一公君、せめて1手違いにしてくれよ」と低音で囁く。
なんだか「1手違いで負けなさいよ」に聞こえた私は、△7八銀と打ち、△8九銀成とソッポの桂を取った。何たる手か。しかしこれも女性への将棋の普及と思えばやむを得ない。
その結果、誰にでも分かるカンタンな1手詰を長考のすえ指され、私は見事に討ち取られたのだった。
懇親会の4時まで、まだ時間がある。これから楽しい感想戦を…と思いきや、湯川幹事がそのまま残り、寄せのミニ講座が始まってしまった。
しかしそれも5分ほどで終わり、やっと湯川幹事が抜けて、楽しい楽しい雑談…いや、感想戦の始まりである。
聞くと、彼女は木村一基八段のファンだった。気のせいかもしれないが、木村八段はなぜか女性に人気がある。あの激しいアタマが女心を鷲摑みにするのだろうか。彼女は木村八段が棋聖戦の挑戦者になったことも知っていたし、王座戦5番勝負で敗退したことも知っていた。しかし木村八段は妻帯者であるから、どうということはない。
それからも私はなんとか会話をつなげ、いい雰囲気になっていった。
だが、次の私の質問に対する彼女の答えが、私を奈落の底に突き落とした。世の中、知らないほうがいいことはいっぱいある。
「あの、将棋はよく指すんですか?」
「はい、主人とよく指しています」
(つづく)