「毎年同じ時期に来るお客さんもいて、お客さん同士が知り合いになることもありますよ」
とマスター。私は12月の第3土曜日が定番だが、今年は1週ズレた。19日に行ったら、再会できたひとがいたのだろうか(註:と当時は思ったのだが、実は昨年も、私は12月の第2土曜日に訪れていたことが判明した)。
ちなみにマスターは、自分を加藤剛に似ていると言った。なるほど…と思うが、やっぱり丹波義隆の方が近いと思う。私も女流棋士を述べ100人以上芸能人に譬えた実績がある?ので、この見立ては自信がある。
ルービックキューブが2ヶ出される。バラバラに色分けされたキューブを6面同じ色にする…のは当たり前だが、マスターは違う。6面に完成された色を、バラバラに色分けされたキューブと全く同じにするのだ。しかもこれを数秒でやる。
極めつけは「1秒」で6面同じ色に揃えることで、これは一見?の価値がある。
「あるお父さんと息子さんが、釣りに行きました」
これもマスターが数年前から語り始めたネタだ。息子がボケたことを言うのだが、それを咎めたお父さんの言葉も、実はボケていた、というオチである。「ここで2つの考え方に分かれます」
私たちはマスターの次の言葉を待つ。
「偉そうにしている親でも、子供とあまり変わらない。みんな似たようなものだから、気楽に生きよう、という考え」
私たちはフムフムとうなずく。「もう一つは、みんな同じくらいなんだから、ちょっと努力すれば、すぐ追い抜ける。差を縮められる、という考え方。どちらを選ぶかは、皆さん次第です」
右奥にいた女性は、感極まってうるうるしている。これがあんでるせんの真骨頂で、マジックよりも「さりげない説法」に心を打たれるケースが少なくない。
マジックはさらに迫力を増す。コインが所望された。カウンターの女性がすぐに硬貨を出す。まだ出足りないみたいだが、女性らは財布から追加分を出した。やはり私の用意はムダになった。
マスターが10円玉を500円玉大に大きくする。今度はそれを小さくして、洋酒瓶の中に入れる。
100円玉をかじる。100円玉は食いちぎられ、綺麗な歯型が残った。私たちは絶叫するばかりである。マスターがフッとやると、100円玉が元に戻った。
なお今回はやらなかったが、マスターはスプーンも食いちぎってしまう。
今度は500円玉に紙片をかぶせ、その上から爪楊枝で刺す。これをやるのは3番の女性である。ブスッ、と刺すと、そのまま貫通した。こんな大仕事をお客にやらせるのがすごい。
100円玉の貫通もある。ボールペンでブスッと刺すと貫通し、100円玉に大きな穴が開いてしまった。しかしそれも元に戻る。
千円札の中では50円玉がスイスイ泳ぐ。50円玉をお札から抜いても、札には切れ目ひとつついていない。
千円札にボールペンを刺す。これもお札の中を自由に動き回り、抜いても、お札は何ともない。
と、文章で書いても読者には意味が分からないだろう。実際に見てもらうしかないのである。
最後は定番中の定番で、スプーンをぐにゃぐにゃに曲げてみせた。
「今日は明るいお客さんばかりでやりやすかった」
そろそろ終わりの時が近づいてきたようである。
「お名残り惜しいですが、これで終わりです、さようなら」
マスターが締めた。私たちは盛大に拍手をする。壁の時計は4時50分を指していた。マジックだけで実に2時間35分の長丁場。3分に1回マジックをやったとして、軽く50ネタは越えたことになる。これで観戦料が飲食代だけとは、つくづく安い。
以前ならこれで三々五々帰るのだが、ここ何年かは、マスターが曲げたスプーンを買うのが慣例となっている。スプーンは男性用、フォークは女性用で、各300円。ほぼ全員が買う。もちろん私も購入する。
「マスター、今年も楽しかったです」
マスターと握手をし、脳天にピリッ、と気を注入してもらった。
「いいオーラの色になっていますよ」
ありがたい言葉である。お客の中には、この時とばかり身の上相談をするひともいるが、私にその度胸はない。それに、相談をして解決するものではない。
黙ってドアに向かうと、「よいお年を」というマスターの声が追いかけてきた。これは珍しかった。私は振り返りお辞儀をした。
表に出ると、空は黄昏れていた。喫茶店で6時間も粘るとは、ジョナ研も真っ青である。
ともあれ何だかんだ言って、今年も楽しかった。人が多ければ賑やかでまたよしだ。1年間たまった疲れを少しだけ取ってもらった。大いに笑い、元気になった。
しかし来年こそは、「12月の第3土曜日」にお邪魔する。すなわち、2016年12月17日・夜の部である。マスターはいつも「願望はよくない、完了形にすべし」と言う。だから私も「行きたい」ではなく「行く」とする。予約は2か月前からだが、私が心の中で予約したから、それでいいのである。
駅に戻るが、今日の宿はまだ決まっていない。明日は島原鉄道に乗りたいので、始発駅の諫早付近で泊まりたい。しかしレンタルパソコンがなければならぬ。
場所に捉われなければ、小浜温泉のビジネスホテルもいい。明日は雲仙温泉につかるつもりなので、島原鉄道乗車に目をつぶれば、こちらの選択もアリである。
スマホでホテルに電話をしてレンタルパソコンの有無を確認していると、ホームにクルーズトレイン「ななつ星in九州」が入線した。こんな時にとんでもない列車と遭遇したものである。将棋会館で室谷由紀ちゃんにバッタリ遭うようなものだ。
列車はそのまま通り過ぎると思いきや、ななつ星はホームに停まった。私は切符を買っていないが、ついホームに出る。あんでるせんにいた女性客もそうした。
車掌さんが私たち(正確には女性ら)に手を振り、ななつ星はすぐに出発した。
鉄道マニアの私のために、マスターが呼んでくれたのかもしれない。
(22日につづく)
とマスター。私は12月の第3土曜日が定番だが、今年は1週ズレた。19日に行ったら、再会できたひとがいたのだろうか(註:と当時は思ったのだが、実は昨年も、私は12月の第2土曜日に訪れていたことが判明した)。
ちなみにマスターは、自分を加藤剛に似ていると言った。なるほど…と思うが、やっぱり丹波義隆の方が近いと思う。私も女流棋士を述べ100人以上芸能人に譬えた実績がある?ので、この見立ては自信がある。
ルービックキューブが2ヶ出される。バラバラに色分けされたキューブを6面同じ色にする…のは当たり前だが、マスターは違う。6面に完成された色を、バラバラに色分けされたキューブと全く同じにするのだ。しかもこれを数秒でやる。
極めつけは「1秒」で6面同じ色に揃えることで、これは一見?の価値がある。
「あるお父さんと息子さんが、釣りに行きました」
これもマスターが数年前から語り始めたネタだ。息子がボケたことを言うのだが、それを咎めたお父さんの言葉も、実はボケていた、というオチである。「ここで2つの考え方に分かれます」
私たちはマスターの次の言葉を待つ。
「偉そうにしている親でも、子供とあまり変わらない。みんな似たようなものだから、気楽に生きよう、という考え」
私たちはフムフムとうなずく。「もう一つは、みんな同じくらいなんだから、ちょっと努力すれば、すぐ追い抜ける。差を縮められる、という考え方。どちらを選ぶかは、皆さん次第です」
右奥にいた女性は、感極まってうるうるしている。これがあんでるせんの真骨頂で、マジックよりも「さりげない説法」に心を打たれるケースが少なくない。
マジックはさらに迫力を増す。コインが所望された。カウンターの女性がすぐに硬貨を出す。まだ出足りないみたいだが、女性らは財布から追加分を出した。やはり私の用意はムダになった。
マスターが10円玉を500円玉大に大きくする。今度はそれを小さくして、洋酒瓶の中に入れる。
100円玉をかじる。100円玉は食いちぎられ、綺麗な歯型が残った。私たちは絶叫するばかりである。マスターがフッとやると、100円玉が元に戻った。
なお今回はやらなかったが、マスターはスプーンも食いちぎってしまう。
今度は500円玉に紙片をかぶせ、その上から爪楊枝で刺す。これをやるのは3番の女性である。ブスッ、と刺すと、そのまま貫通した。こんな大仕事をお客にやらせるのがすごい。
100円玉の貫通もある。ボールペンでブスッと刺すと貫通し、100円玉に大きな穴が開いてしまった。しかしそれも元に戻る。
千円札の中では50円玉がスイスイ泳ぐ。50円玉をお札から抜いても、札には切れ目ひとつついていない。
千円札にボールペンを刺す。これもお札の中を自由に動き回り、抜いても、お札は何ともない。
と、文章で書いても読者には意味が分からないだろう。実際に見てもらうしかないのである。
最後は定番中の定番で、スプーンをぐにゃぐにゃに曲げてみせた。
「今日は明るいお客さんばかりでやりやすかった」
そろそろ終わりの時が近づいてきたようである。
「お名残り惜しいですが、これで終わりです、さようなら」
マスターが締めた。私たちは盛大に拍手をする。壁の時計は4時50分を指していた。マジックだけで実に2時間35分の長丁場。3分に1回マジックをやったとして、軽く50ネタは越えたことになる。これで観戦料が飲食代だけとは、つくづく安い。
以前ならこれで三々五々帰るのだが、ここ何年かは、マスターが曲げたスプーンを買うのが慣例となっている。スプーンは男性用、フォークは女性用で、各300円。ほぼ全員が買う。もちろん私も購入する。
「マスター、今年も楽しかったです」
マスターと握手をし、脳天にピリッ、と気を注入してもらった。
「いいオーラの色になっていますよ」
ありがたい言葉である。お客の中には、この時とばかり身の上相談をするひともいるが、私にその度胸はない。それに、相談をして解決するものではない。
黙ってドアに向かうと、「よいお年を」というマスターの声が追いかけてきた。これは珍しかった。私は振り返りお辞儀をした。
表に出ると、空は黄昏れていた。喫茶店で6時間も粘るとは、ジョナ研も真っ青である。
ともあれ何だかんだ言って、今年も楽しかった。人が多ければ賑やかでまたよしだ。1年間たまった疲れを少しだけ取ってもらった。大いに笑い、元気になった。
しかし来年こそは、「12月の第3土曜日」にお邪魔する。すなわち、2016年12月17日・夜の部である。マスターはいつも「願望はよくない、完了形にすべし」と言う。だから私も「行きたい」ではなく「行く」とする。予約は2か月前からだが、私が心の中で予約したから、それでいいのである。
駅に戻るが、今日の宿はまだ決まっていない。明日は島原鉄道に乗りたいので、始発駅の諫早付近で泊まりたい。しかしレンタルパソコンがなければならぬ。
場所に捉われなければ、小浜温泉のビジネスホテルもいい。明日は雲仙温泉につかるつもりなので、島原鉄道乗車に目をつぶれば、こちらの選択もアリである。
スマホでホテルに電話をしてレンタルパソコンの有無を確認していると、ホームにクルーズトレイン「ななつ星in九州」が入線した。こんな時にとんでもない列車と遭遇したものである。将棋会館で室谷由紀ちゃんにバッタリ遭うようなものだ。
列車はそのまま通り過ぎると思いきや、ななつ星はホームに停まった。私は切符を買っていないが、ついホームに出る。あんでるせんにいた女性客もそうした。
車掌さんが私たち(正確には女性ら)に手を振り、ななつ星はすぐに出発した。
鉄道マニアの私のために、マスターが呼んでくれたのかもしれない。
(22日につづく)