第2図で私は△3三角と受けたが、チャンスを逸した。以下▲7六銀△8四銀▲6八角△2二飛と進んだが、これでは後手作戦負けだ。
△3三角では何はともあれ、△7六歩と打つところだった。以下▲6八角で2四の地点が受からないが、そんな悠長なことをいっている局面ではなかった。
本譜は▲7六銀と埋められたのが痛い。△2二飛も利かされで、こんな手を指すなら最初から袖飛車にしないほうがいい。
実戦は私が劣勢に陥り、最後は余計な1歩を渡したために、それが致命傷になって、敗退。この1敗は痛かった。
時に午後3時30分。もう新しい対局は付けず、終わったところから盤駒を片付ける。しかし今年は例年と様相を異にしていた。全然対局が終わっていないのだ!
数えてみると、21局もあった。さらに指導対局は7面が続行中。私は唖然とした。
それでも徐々に対局が終わり、今度は長テーブルが出される。4時からの懇親会のためだ。
しかしここでも異変が起こった。通常は壁に沿ってテーブルを配置するが、今年は参加者が多いため、部屋の中央にもテーブルを配したのだ。上から見ると「目」のような感じだ。これでは各人の移動がままならないが、やむを得ない。ちなみに今年は90人以上の参加者があったらしい。
A氏らは近くの酒屋へ酒類の買い出しだ。何人か若手をピックアップしているが、いつもはこんなに遅かったろうか。それを質すと、今年は参加者が多くて、買いに行きそびれたとのことだった。
うむ、それなら私も手伝いたい。それで、私もついていくことにした。ここで席を離れたら、自己紹介と色紙or棋書ゲットの機会を逸するが、もし間に合わなかったら、あとで余った棋書でももらえればいいと思った。
酒屋は将棋会館の近くにあった。が、そのすぐ先で何かの撮影をやっている。どうも、ドラマ撮影のようだ。今朝のテレビクルーがそうだろうか。そういえば対局の時も、誰かが「トヨエツを見た」とかしゃべっていたっけ。
しかし私は酒屋に入るしかない。棚にある缶ビールや缶チューハイを片っ端からカゴに入れていく。
レジ前では、私たちペンクラブ組が列を作っていた。と、俳優の甲本雅裕の姿が見え、店のガラスを鏡代わりにして、髪の毛を整え始めた。
おおっ…と思うが甲本雅裕、ふつうの風貌である。はっきり言って、存在感は私たちとまったく変わらない。
だが彼はれっきとした俳優で、周りのスタッフも相当気を遣っている(のだろう)。世の中不公平だと思う。ちなみにこれ、「俳優」を「棋士」に置き換えても、意味が通じそうではある…(さらにどうでもいいが、甲本雅裕は、渡部愛女流初段と同じ6月26日生まれである)。
ビニール袋に大量の缶ビールを入れて、4階大広間に戻る。そのまま各テーブルに何本か置いていった。ついでに床の間の賞品を見ると、色紙や棋書が綺麗さっぱりなくなっていた。
…チッ、酒なんか買いに行くんじゃなかった。
私は急に後悔の念がわいてきて、Was氏に棋書が残っていないか聞いた。
「全部なくなっちゃいましたよ」
「……」
私は目の前が暗くなった。
1日に6勝もして何ももらえないって、そんなバカな話がある!?
昨年は熊倉紫野女流初段の色紙を獲り損ね、棋書もこの部屋で紛失し、結局出てこなかった。今年こそは何かほしいと、1時間前まではもらう気満々だったのだ。それが、どこで悪手を指したのだ? 酒屋だ。酒屋同行は完全に魔が差した。
と、いまごろブーたれたところでもう遅い。
まったくこの一連の出来事は、自分の人生を表しているかのようだった。
私はもとの席から右に1つズレたところに座り、その向かい付近にはA氏夫妻が座った。そうだ、さっき見た女性はA氏の奥さんだった。奥さん、当ブログに登場するのは数年ぶりである。
その左はこれまた美人だ。ビジネスショウの大手電機メーカーの受付にいそうな雰囲気で、実際その手の経験者に思われた。
彼女はA氏夫妻の紹介で来たらしい。A氏が私を紹介してくれるが、頭が「中住居」の私と話しても彼女はおもしろくないだろうから、私も必要最低限のことしか言わなかった。
将棋ペンクラブの雄、窪田義行七段のスピーチ。
「だいぶ遅くなりましたが、やっと七段になりました…」
会場はやんややんやの喝采である。
窪田七段は小物を出して、ポソポソしゃべる。続いて週刊誌を取り出して、ごちゃごちゃやる。私たちに見せたいページがあるらしい。相変わらずの窪田ワールドで、会場が爆笑の渦に包まれた。
続いて上野裕和五段の挨拶。
「私は女流棋士の指導と比べると人気がないということが分かっていますので、指導対局で工夫をしています。3段階に分けて…」
要するに、下手の希望によって手の緩め加減を変えるというわけだ。さらに前述した、記譜プリントサービスもある。この誠実さが上野五段の魅力である。
続いて熊倉紫野女流初段と渡部女流初段のスピーチがあった。2人は幹事席のほうにいて、私は今年もお話しできそうにない。私は一度座った場所から移動しないので、必然的にそういうことになる。
みんな酒類をつぎ、湯川博士幹事の音頭で乾杯(木村晋介会長は所用で欠席)。この際、将棋ペン倶楽部会報の表紙絵を担当してくださっていた、中原周作氏の勇退が発表された。
ここからは楽しい雑談となるが、私は例によって自ら話しかけず、場の雰囲気を愉しむ。
しばらくすると、幹事席の手前に、増田裕司六段の姿を見つけた。増田六段は昼にちらっと見かけたが、懇親会にも参加してくれたのだ。
その増田六段は、以前当ブログにも書いたが、顔が私とよく似ていると思う。いや、そっくりだと思う。
今回改めて、A氏夫妻に問うてみる。すると「似ている」と言った。
私は念には念を入れて、増田六段のもとへ行く。といっても談笑中の六段に声は掛けず、六段のすぐ上に我が顔を近づけて、A氏夫妻の反応を見るのだ。ふたりがゲラゲラ笑っていた。
私が席に戻ると、A氏が「似てますよ」と笑う。
ブログで発表した時は不評だったが、我が主張が証明されて、私は満足した。
…いやしかし、当の増田六段は私を見てどう思うのだろう。私は再び、増田六段のもとへ向かった。
(つづく)