空はギラギラの快晴で、直射日光がきびしい。
島井咲緒里女流二段は飛車先の歩を伸ばし、棒銀模様。早くも「シマイ攻め」が炸裂しそうな雰囲気だ。聞き手の北尾まどか女流二段が「島井さん、ネコパンチの気配が…」とつぶやく。
阿部健治郎七段は、「(下手の心得は)角を負担にしないことです」と説く。続けて下手の攻め筋を解説するのだが、符号をモロに言うので、対局者に聞こえやしないかとヒヤヒヤしてしまう。「上手は角がいないから固いんですよ」と続けた。

私は芝生席に腰をおろしているが、前夜の雨が残っているのか、お尻がしめっている。しかしそんなことに構っていられない。
局面は中盤になり、「ここで▲5五歩△同歩▲同角から▲5六銀がありますか」と阿部七段。相変わらず予想手がモロだ。その阿部七段は山形県の初代小学生県名人だという。局面がむずかしくなっているからか、相手を慮ってか、もう島井女流二段は発言しない。
清野君は▲3七桂△2二銀を交換した後、▲5五歩と突いた。
島井女流二段は端攻めに出る。「ここで受け切るのが勝つ条件ですね」と阿部七段。
清野君は端を丁寧に収めたあと、▲2四歩と打ち捨てる。これも阿部七段推奨の手で、「私のマネをしなくていいんですよ」と苦笑した。
島井女流二段は△5二飛と角取りに回る。阿部七段「今は平手将棋でも角をイジメるのがトレンドなんです」
▲4六角には△4四香が飛んできた。以下▲4五香△同香▲同桂。阿部七段は「桂馬の高跳び歩のエジキですが…」と心配する。果たして島井女流二段は△4四歩だが、このあとすぐに△4五歩だと、▲4四桂の王手飛車取りがある。
そこで島井女流二段は△2五歩▲同飛と呼んで△3四銀(第1図)と飛車取りに打ちつけたが…。

第1図から清野君▲3三桂成。ここ▲2八飛だと△4五銀でまた後手を引く。清野君、行き掛けの駄賃で桂を捨てたのかと思った。それは阿部七段も北尾女流二段も同じだった。もちろん島井女流二段も。
ところが△3三同銀に清野君は勇躍▲8五飛! いきなり飛車が世に出た。
北尾女流二段「うっかりしてましたけど、飛車が8五まで通ってたんですね」
阿部七段「私も気付きませんでした」
これで均衡が崩れた。すなわち下手勝勢である。以下は清野君が的確に寄せの網をしぼる。しかも震えはなく、△5二金打の竜取りに、ズバッと切った。
以下上手玉を△5五に追い詰め、清野君は勝利まであと一歩だ。そこで▲7五銀。見事な縛りだ。というところで阿部七段は「玉は端にいたほうがいいですね」と妙な理論を述べる。そのココロは、一方からしか攻められないから、らしい。
島井女流二段は△5八飛の王手。清野君は冷静に▲6八歩と受け、島井女流二段は「無念じゃ…」と投了した。

健闘のふたりにインタビューである。
島井女流二段「▲3三桂成から▲8五飛をうっかりしました。完敗です」

清野君「端攻めが恐かったけど、受けられた。攻めもつながったし、よかったです」
阿部七段は、「清野君は初段以上の実力があります」と講評した。
清野君、終始落ち着いた指し回しで、見事な勝利だった。
さて、いよいよ天童人間将棋である。今年の女流対局者は、室谷由紀女流二段と中村桃子女流初段。早くもここが最初の分岐点である。すなわち私は現在、大盤解説場の近くにいる。時計に譬えれば、私が7時、解説場が8時だ。そして対局のふたりは10時と2時の場所にある櫓に登って対局する。対局者を均等に撮るなら「6時」に移動すればいいが、それではどちらの女流棋士も横顔しか撮れない。私はもちろん室谷女流二段を撮影したいが、横顔よりナナメ顔を撮りたい。ということは室谷女流二段が2時の席に着いてくれれば、私はこの場を動かなくてよい。
人間将棋は向かって左側が先手なので、室谷女流二段が後手になればいいが、現在は先後が分からない。それなら先後が分かってから移動すればいいが、現在はかなり観客が増え、移動が難儀なのだ。迷った私は、その場に留まることにした。
13時ちょうど、織田信長が登場した。かなりの男前である。続いて東軍西軍の戦奉行が登場し、派手なチャンバラを始めた。


しかし勝負はつかない。そこで双方の武者、腰元らが登場した。武者は背中に、おのが働きの駒の幟をさしている。一人ひとりの姓名も呼ばれたが、それは彼らが一人も欠かすことのできない戦力だからだろう。

武者をバックに、戦奉行が再び槍や刀でやりあうが、やはり決着がつかない。
「この信長、しかと見たぞ! かくなる上は正々堂々、対局にて勝敗を決するのがよかろう!」
「異論はござらぬ」
「御意でござりまする」
「あい分かった! ではこれより、本日の対局者をお迎えいたす!」
ついに、室谷女流二段と中村女流初段が現れる…!? 緊張の一瞬である。「かたや、室谷の由紀殿! 室谷の由紀殿!! こなた、中村の桃子殿! 中村の桃子殿!! いざお出ましあれい!!」
奥の門扉が開き、室谷女流二段と中村女流初段が登場した。それぞれ赤、青の甲冑を身に付けている。どちらもかわいらしく勇壮で、実によく似合っている。
室谷女流二段「皆さまこんにちは、室谷由紀です。天童は6年振りです。満開の桜の中で、いい将棋を指したいです。桃子殿、よろしく頼むぞ」
中村女流初段「こんにちは、中村桃子です。天童へは7年振りです。今日は全力で戦います。由紀殿、覚悟するがよい」
両者が櫓に上がり、対局の準備は整った。解説は阿部七段、聞き手は島井女流二段である。
阿部七段「ふたりは仲がいいので、力一杯指してくれることを願います」
桃子女流初段の先手で対局開始となった。「由紀殿、よろしくお願い申す。▲7六歩じゃ」
由紀女流二段「意外とふつう(の手)じゃな。△3四歩」
私は由紀女流二段と桃子女流初段の肉声が聞けて、感激を抑えきれない。
盤上では、「おぬし振り飛車党じゃな?」と桃子女流初段が▲6八飛と振った。
人間将棋では、「すべての駒を動かす」という不文律がある。それを達成するには対抗形が適しているのだが、桃子女流初段が先に飛車を振ってしまったわけだった。由紀女流二段の作戦はいかに?
「様子見じゃ。△1四歩」
「▲1六歩じゃ」
さらに△9四歩▲9六歩。
「もう一度様子見じゃ。△2四歩」
これは相振り飛車か? 桃子女流初段は▲4八玉である。由紀女流二段の次の一手が注目された。
(つづく)
島井咲緒里女流二段は飛車先の歩を伸ばし、棒銀模様。早くも「シマイ攻め」が炸裂しそうな雰囲気だ。聞き手の北尾まどか女流二段が「島井さん、ネコパンチの気配が…」とつぶやく。
阿部健治郎七段は、「(下手の心得は)角を負担にしないことです」と説く。続けて下手の攻め筋を解説するのだが、符号をモロに言うので、対局者に聞こえやしないかとヒヤヒヤしてしまう。「上手は角がいないから固いんですよ」と続けた。

私は芝生席に腰をおろしているが、前夜の雨が残っているのか、お尻がしめっている。しかしそんなことに構っていられない。
局面は中盤になり、「ここで▲5五歩△同歩▲同角から▲5六銀がありますか」と阿部七段。相変わらず予想手がモロだ。その阿部七段は山形県の初代小学生県名人だという。局面がむずかしくなっているからか、相手を慮ってか、もう島井女流二段は発言しない。
清野君は▲3七桂△2二銀を交換した後、▲5五歩と突いた。
島井女流二段は端攻めに出る。「ここで受け切るのが勝つ条件ですね」と阿部七段。
清野君は端を丁寧に収めたあと、▲2四歩と打ち捨てる。これも阿部七段推奨の手で、「私のマネをしなくていいんですよ」と苦笑した。
島井女流二段は△5二飛と角取りに回る。阿部七段「今は平手将棋でも角をイジメるのがトレンドなんです」
▲4六角には△4四香が飛んできた。以下▲4五香△同香▲同桂。阿部七段は「桂馬の高跳び歩のエジキですが…」と心配する。果たして島井女流二段は△4四歩だが、このあとすぐに△4五歩だと、▲4四桂の王手飛車取りがある。
そこで島井女流二段は△2五歩▲同飛と呼んで△3四銀(第1図)と飛車取りに打ちつけたが…。

第1図から清野君▲3三桂成。ここ▲2八飛だと△4五銀でまた後手を引く。清野君、行き掛けの駄賃で桂を捨てたのかと思った。それは阿部七段も北尾女流二段も同じだった。もちろん島井女流二段も。
ところが△3三同銀に清野君は勇躍▲8五飛! いきなり飛車が世に出た。
北尾女流二段「うっかりしてましたけど、飛車が8五まで通ってたんですね」
阿部七段「私も気付きませんでした」
これで均衡が崩れた。すなわち下手勝勢である。以下は清野君が的確に寄せの網をしぼる。しかも震えはなく、△5二金打の竜取りに、ズバッと切った。
以下上手玉を△5五に追い詰め、清野君は勝利まであと一歩だ。そこで▲7五銀。見事な縛りだ。というところで阿部七段は「玉は端にいたほうがいいですね」と妙な理論を述べる。そのココロは、一方からしか攻められないから、らしい。
島井女流二段は△5八飛の王手。清野君は冷静に▲6八歩と受け、島井女流二段は「無念じゃ…」と投了した。

健闘のふたりにインタビューである。
島井女流二段「▲3三桂成から▲8五飛をうっかりしました。完敗です」

清野君「端攻めが恐かったけど、受けられた。攻めもつながったし、よかったです」
阿部七段は、「清野君は初段以上の実力があります」と講評した。
清野君、終始落ち着いた指し回しで、見事な勝利だった。
さて、いよいよ天童人間将棋である。今年の女流対局者は、室谷由紀女流二段と中村桃子女流初段。早くもここが最初の分岐点である。すなわち私は現在、大盤解説場の近くにいる。時計に譬えれば、私が7時、解説場が8時だ。そして対局のふたりは10時と2時の場所にある櫓に登って対局する。対局者を均等に撮るなら「6時」に移動すればいいが、それではどちらの女流棋士も横顔しか撮れない。私はもちろん室谷女流二段を撮影したいが、横顔よりナナメ顔を撮りたい。ということは室谷女流二段が2時の席に着いてくれれば、私はこの場を動かなくてよい。
人間将棋は向かって左側が先手なので、室谷女流二段が後手になればいいが、現在は先後が分からない。それなら先後が分かってから移動すればいいが、現在はかなり観客が増え、移動が難儀なのだ。迷った私は、その場に留まることにした。
13時ちょうど、織田信長が登場した。かなりの男前である。続いて東軍西軍の戦奉行が登場し、派手なチャンバラを始めた。


しかし勝負はつかない。そこで双方の武者、腰元らが登場した。武者は背中に、おのが働きの駒の幟をさしている。一人ひとりの姓名も呼ばれたが、それは彼らが一人も欠かすことのできない戦力だからだろう。

武者をバックに、戦奉行が再び槍や刀でやりあうが、やはり決着がつかない。
「この信長、しかと見たぞ! かくなる上は正々堂々、対局にて勝敗を決するのがよかろう!」
「異論はござらぬ」
「御意でござりまする」
「あい分かった! ではこれより、本日の対局者をお迎えいたす!」
ついに、室谷女流二段と中村女流初段が現れる…!? 緊張の一瞬である。「かたや、室谷の由紀殿! 室谷の由紀殿!! こなた、中村の桃子殿! 中村の桃子殿!! いざお出ましあれい!!」
奥の門扉が開き、室谷女流二段と中村女流初段が登場した。それぞれ赤、青の甲冑を身に付けている。どちらもかわいらしく勇壮で、実によく似合っている。
室谷女流二段「皆さまこんにちは、室谷由紀です。天童は6年振りです。満開の桜の中で、いい将棋を指したいです。桃子殿、よろしく頼むぞ」
中村女流初段「こんにちは、中村桃子です。天童へは7年振りです。今日は全力で戦います。由紀殿、覚悟するがよい」
両者が櫓に上がり、対局の準備は整った。解説は阿部七段、聞き手は島井女流二段である。
阿部七段「ふたりは仲がいいので、力一杯指してくれることを願います」
桃子女流初段の先手で対局開始となった。「由紀殿、よろしくお願い申す。▲7六歩じゃ」
由紀女流二段「意外とふつう(の手)じゃな。△3四歩」
私は由紀女流二段と桃子女流初段の肉声が聞けて、感激を抑えきれない。
盤上では、「おぬし振り飛車党じゃな?」と桃子女流初段が▲6八飛と振った。
人間将棋では、「すべての駒を動かす」という不文律がある。それを達成するには対抗形が適しているのだが、桃子女流初段が先に飛車を振ってしまったわけだった。由紀女流二段の作戦はいかに?
「様子見じゃ。△1四歩」
「▲1六歩じゃ」
さらに△9四歩▲9六歩。
「もう一度様子見じゃ。△2四歩」
これは相振り飛車か? 桃子女流初段は▲4八玉である。由紀女流二段の次の一手が注目された。
(つづく)