私は例年、天童人間将棋は行かないが、今年は相当迷った。というのは出場女流棋士に室谷由紀女流二段の名前があったからで、ほかにも島井咲緒里女流二段や中村桃子女流初段の名前があった(残る女流棋士は北尾まどか女流二段)。しかも男性棋士は藤井猛九段と三浦弘行九段が出場するという(残る男性棋士は阿部健治郎七段)。
これだけのメンツを揃えられたら行くっきゃないが、人間将棋を見るためだけに大枚をはたいて天童まで行くのはどうかと思うし、そもそも失職間際の私には出かける気力がない。それよりも、家に引きこもってビデオでも観たほうがマシではないか――。
とも思ったが、室谷女流二段を純粋に応援できる期間はもう長くない気もして、これがラストの追っ掛けという心づもりで、天童に行くことにした。
交通手段はいろいろあるが、JR東日本は週末に企画きっぷを発売していたはずだ。が、ネットで調べると該当の切符がない。私の調べ方がわるいのかもしれないが、最近はどんな結果でも受け入れるようにしているので、別のルートをあたった。
それが夜行バスで、これなら廉価で現地に着ける。もっとも今回は「3列シート」が条件だ。以前大阪に夜行バスで行った時、節約して4列シートにしたら、隣に小太りのオッサンが座ってエライ目に遭ったことがある。これはまあお互いさまだが、身動きの取れない夜行バスだけは、多少贅沢したほうがいい。
20日夜、PCで検索すると、21日(金)の深夜便に、新宿発と上野発の山形行きが1席ずつ残っていた。新宿バスタも利用したいが新宿まで向かう気力はないので、上野発に決めた。ただバス代6,600円は、けっこうな額だった。
宿は、山形の駅前に3,800円の、天童に4,860円のビジネスホテルがあったのだが、さんざん迷った末、天童のほうを予約した。人間将棋は2日間楽しむつもりなので、なるべく移動しないほうがよい。
かくして、久しぶりの天童行きが決まった。
21日夜。上野発は23時20分なので、ぶらぶら歩いていく。10分前に指定場所に着いたが、近場にファミリーマートがあったので、何となく入る。おにぎりが100円キャンペーンだったので2個買ったら、250円だという。160円以上のおにぎりは150円どまりだったのをうっかりした。
上野駅前からの乗車は私を含めて2人だけだったが、たぶんこれで満席である。私の席は「10B」で最後列だったが、前のオッサンが盛大に座席を反らせていたので、気分を害した。
せめて私が来るまで、座席は倒さないでもらいたかった。
そんな私は夜行バスが苦手なほうである。三方がカーテンで仕切られ、息苦しい。しかも消灯されるからほぼ真っ暗で、巨大な棺桶の様相を呈するからだ。
しばらく経ったら日付が変わったので、スマホから当日分のアップをした。
夜中2時ごろにサービスエリアに停まったが、私は表に出る気力がない。ここまでうとうとしていたが、眠った自覚はなかった。
次に停まった時は4時40分ごろで、ここが早くも第一下車場所らしい。
その約1時間後、終着山形駅(山交ビル)に着いた。たぶん、熟睡はしなかったと思う。
とりあえず駅前に向かうと、途中に松屋があったが、素通りする。
夜行バスの難点は朝が早いことで、スマホを見ると、まだ5時46分である。観光するには体力がもたないし、施設も大半は開いていない。山形からさらに移動するぶんには構わないが、天童までは鉄路で240円の距離で、それほど時間を要さない。駅前にネットカフェがあれば一休みできるが、そんな気の利いた施設はない。
と、目の前をJRバスが過ぎて行った。前夜新宿を出た夜行バスかもしれない。
私は駅に戻り、自動券売機上の路線図を確認する。仙山線の山寺までは240円の距離である。山寺の駅舎は風情があっていいが、そこまで行ったら立石寺に登りたい。しかしそれは時間的に無理だから却下だ。
山形からは左沢(あてらざわ)線が分岐している。ここは乗車経験がなかったと思うが、この乗り潰しで左沢の往復1,000円を出費するのはどうなのだろう。
とりあえず朝食ということで、松屋に入った。旅先の朝食は牛丼、が私の定跡である。ローカル価格で290円は安く、これだから牛丼はやめられない。ただ今回の牛丼は、ご飯が少し、固かった。
表へ出ると、「霞城公園」の行先表示板があった。この辺りの住所は香澄町だが、名前の由来は同じなのだろうか。ともあれ公園、城、とくれば観光地であろう。場所も駅から1キロと手ごろで、この時期なら桜が拝めるかもしれず、私はそこに向かった。
途中、豊烈神社があったので、お参りする。門前の桜が満開である。
マナー番組の影響で、最近はお参りする時、必ず手水でお清めをすることにしている。お賽銭は5円。御朱印帳は忘れたので、今回はいただかなかった。
霞城公園への入口に着いた。一本道の両側に立派な桜並木が続き、圧倒される。これほど一直線に伸びる桜並木も初めてである。桜前線が北上し、いまは山形県が見ごろなのだ。もう桜は終わったと認識していたから、1年トクした気分になった。
右手に山形美術館がそびえていた。現在松本零士展をやっているが、当然開館していないので、今回はパスである。
お堀に架かる橋におもむくと、カメラマンがいっぱいだった。眼下には鉄路が伸び、その脇のお堀の両側には、桜が優美に咲き誇っていた。鉄道、桜、お堀の三大ばなしで格好の撮影スポットだ。
そこに普通列車が通った。私は慌てて写真を撮るが、空は曇天だからか、カメラマンらは誰もシャッターを切らない。今日1日は長いのだ。
東大手門を抜けると、目の前に桜並木の光景が拡がった。これがまた圧倒的で、私は思わず息を飲む。
そのまま城内を散歩する。満開の桜の下を歩くのは気分がいい。ただ前述の通り、天気がよろしくない。
見物台があるので上がってみる。視界が一段高くなって、桜の一部がすぐ眼前に来た。左に目を転じれば本丸一文字門が見えるが、最近復元されたものらしい。
下に降り散策を続けると、洋風の建物が見えてきた。山形市郷土館で、私はかつて見た記憶がある。私が東北を初めて旅行したのは1988年だが、その時にここも訪れたに違いない。
そのまま城内を散歩する。野球場がありここも城跡の一部なのだろうが、もちろんここも桜に囲まれている。ホントにどこを歩いても桜、桜、桜なのだ。
雨がポツポツきた。このまま雨がひどくなれば、舞鶴山での人間将棋は中止だ。
最後に石垣の周りを歩いてみる。ここからのお堀の眺めもよい。
また列車が走る。この鉄路は山形新幹線、奥羽本線、仙山線、左沢線と共用なのだろう。意外に本数が多い。
幸い雨はやんだようだ。山形駅に戻ると、08時09分の列車が出たばかりだった。次は42分で、私はホームのベンチでじっと待つ。失職間近の人間が、何をしているのだろうと思った。
新庄行きの列車が入線した。いよいよ天童である。
(つづく)
これだけのメンツを揃えられたら行くっきゃないが、人間将棋を見るためだけに大枚をはたいて天童まで行くのはどうかと思うし、そもそも失職間際の私には出かける気力がない。それよりも、家に引きこもってビデオでも観たほうがマシではないか――。
とも思ったが、室谷女流二段を純粋に応援できる期間はもう長くない気もして、これがラストの追っ掛けという心づもりで、天童に行くことにした。
交通手段はいろいろあるが、JR東日本は週末に企画きっぷを発売していたはずだ。が、ネットで調べると該当の切符がない。私の調べ方がわるいのかもしれないが、最近はどんな結果でも受け入れるようにしているので、別のルートをあたった。
それが夜行バスで、これなら廉価で現地に着ける。もっとも今回は「3列シート」が条件だ。以前大阪に夜行バスで行った時、節約して4列シートにしたら、隣に小太りのオッサンが座ってエライ目に遭ったことがある。これはまあお互いさまだが、身動きの取れない夜行バスだけは、多少贅沢したほうがいい。
20日夜、PCで検索すると、21日(金)の深夜便に、新宿発と上野発の山形行きが1席ずつ残っていた。新宿バスタも利用したいが新宿まで向かう気力はないので、上野発に決めた。ただバス代6,600円は、けっこうな額だった。
宿は、山形の駅前に3,800円の、天童に4,860円のビジネスホテルがあったのだが、さんざん迷った末、天童のほうを予約した。人間将棋は2日間楽しむつもりなので、なるべく移動しないほうがよい。
かくして、久しぶりの天童行きが決まった。
21日夜。上野発は23時20分なので、ぶらぶら歩いていく。10分前に指定場所に着いたが、近場にファミリーマートがあったので、何となく入る。おにぎりが100円キャンペーンだったので2個買ったら、250円だという。160円以上のおにぎりは150円どまりだったのをうっかりした。
上野駅前からの乗車は私を含めて2人だけだったが、たぶんこれで満席である。私の席は「10B」で最後列だったが、前のオッサンが盛大に座席を反らせていたので、気分を害した。
せめて私が来るまで、座席は倒さないでもらいたかった。
そんな私は夜行バスが苦手なほうである。三方がカーテンで仕切られ、息苦しい。しかも消灯されるからほぼ真っ暗で、巨大な棺桶の様相を呈するからだ。
しばらく経ったら日付が変わったので、スマホから当日分のアップをした。
夜中2時ごろにサービスエリアに停まったが、私は表に出る気力がない。ここまでうとうとしていたが、眠った自覚はなかった。
次に停まった時は4時40分ごろで、ここが早くも第一下車場所らしい。
その約1時間後、終着山形駅(山交ビル)に着いた。たぶん、熟睡はしなかったと思う。
とりあえず駅前に向かうと、途中に松屋があったが、素通りする。
夜行バスの難点は朝が早いことで、スマホを見ると、まだ5時46分である。観光するには体力がもたないし、施設も大半は開いていない。山形からさらに移動するぶんには構わないが、天童までは鉄路で240円の距離で、それほど時間を要さない。駅前にネットカフェがあれば一休みできるが、そんな気の利いた施設はない。
と、目の前をJRバスが過ぎて行った。前夜新宿を出た夜行バスかもしれない。
私は駅に戻り、自動券売機上の路線図を確認する。仙山線の山寺までは240円の距離である。山寺の駅舎は風情があっていいが、そこまで行ったら立石寺に登りたい。しかしそれは時間的に無理だから却下だ。
山形からは左沢(あてらざわ)線が分岐している。ここは乗車経験がなかったと思うが、この乗り潰しで左沢の往復1,000円を出費するのはどうなのだろう。
とりあえず朝食ということで、松屋に入った。旅先の朝食は牛丼、が私の定跡である。ローカル価格で290円は安く、これだから牛丼はやめられない。ただ今回の牛丼は、ご飯が少し、固かった。
表へ出ると、「霞城公園」の行先表示板があった。この辺りの住所は香澄町だが、名前の由来は同じなのだろうか。ともあれ公園、城、とくれば観光地であろう。場所も駅から1キロと手ごろで、この時期なら桜が拝めるかもしれず、私はそこに向かった。
途中、豊烈神社があったので、お参りする。門前の桜が満開である。
マナー番組の影響で、最近はお参りする時、必ず手水でお清めをすることにしている。お賽銭は5円。御朱印帳は忘れたので、今回はいただかなかった。
霞城公園への入口に着いた。一本道の両側に立派な桜並木が続き、圧倒される。これほど一直線に伸びる桜並木も初めてである。桜前線が北上し、いまは山形県が見ごろなのだ。もう桜は終わったと認識していたから、1年トクした気分になった。
右手に山形美術館がそびえていた。現在松本零士展をやっているが、当然開館していないので、今回はパスである。
お堀に架かる橋におもむくと、カメラマンがいっぱいだった。眼下には鉄路が伸び、その脇のお堀の両側には、桜が優美に咲き誇っていた。鉄道、桜、お堀の三大ばなしで格好の撮影スポットだ。
そこに普通列車が通った。私は慌てて写真を撮るが、空は曇天だからか、カメラマンらは誰もシャッターを切らない。今日1日は長いのだ。
東大手門を抜けると、目の前に桜並木の光景が拡がった。これがまた圧倒的で、私は思わず息を飲む。
そのまま城内を散歩する。満開の桜の下を歩くのは気分がいい。ただ前述の通り、天気がよろしくない。
見物台があるので上がってみる。視界が一段高くなって、桜の一部がすぐ眼前に来た。左に目を転じれば本丸一文字門が見えるが、最近復元されたものらしい。
下に降り散策を続けると、洋風の建物が見えてきた。山形市郷土館で、私はかつて見た記憶がある。私が東北を初めて旅行したのは1988年だが、その時にここも訪れたに違いない。
そのまま城内を散歩する。野球場がありここも城跡の一部なのだろうが、もちろんここも桜に囲まれている。ホントにどこを歩いても桜、桜、桜なのだ。
雨がポツポツきた。このまま雨がひどくなれば、舞鶴山での人間将棋は中止だ。
最後に石垣の周りを歩いてみる。ここからのお堀の眺めもよい。
また列車が走る。この鉄路は山形新幹線、奥羽本線、仙山線、左沢線と共用なのだろう。意外に本数が多い。
幸い雨はやんだようだ。山形駅に戻ると、08時09分の列車が出たばかりだった。次は42分で、私はホームのベンチでじっと待つ。失職間近の人間が、何をしているのだろうと思った。
新庄行きの列車が入線した。いよいよ天童である。
(つづく)