室谷由紀女流二段は△6二銀と上がった。「今日が(居飛車の)デビュー戦じゃ」。
▲3八玉に△4二玉と上がり、由紀女流二段事実上の居飛車が確定した。私たちは貴重な場面に立ち会えたのかもしれない。
中村桃子女流初段は「取っていいものか?」と角を換え、以下駒組合戦となった。これは駒が動くことを意味するので、いいことだ。
なお両者が1手指すごとに、大手門奥の櫓で、王将太鼓が叩かれる。太鼓の音でそれぞれの駒を表し、たとえば金は「ドン、ドン」と重厚だが、銀や桂馬は「トンカラカッカ」と軽やかだ。
桃子女流初段「由紀殿、さっきはワインの試飲コーナーでだいぶ飲んでいたが、フツーに指せておるな」
由紀女流二段「おぬしも飲んでおったが」
桃子女流初段「勧め上手だったんじゃ。1杯のつもりが4杯も飲んでしまったんじゃ」
何だか知らないが、両人ともいける口だったようだ。「出羽桜」が旨かったらしい。
桃子女流初段が、「3月のライオン」の話題を振る。今回の人間将棋は映画「3月のライオン」とのコラボで、あす23日は主演の神木隆之介と大友啓史監督のトークショーがある。
ちなみに私は、3月のライオンを見たことは一度もない。
前述のとおり、私の芝生席からは桃子女流初段の横顔が見える。烏帽子がよく似合っている。室谷女流二段は少し遠いが、その美形はここからでも分かる。
二人はソプラノの声で掛け合いもおもしろいが、普段の口調と全然違ううえに、話題が将棋に限らないので、別人がしゃべっている錯覚に陥る。ある意味彼女らの素の部分を見ているようで、私たちは相当貴重な場に立ち会えているのかもしれない。
桃子女流初段は高美濃に組み、▲3七桂と跳ねた。
阿部健治郎七段「(このあと)▲1七香~▲1八玉~▲3九金~▲2八金とする手をカンピョウ囲いというそうです」
そのココロはよく分からない。
だいぶ不動駒が少なくなってきた。桃子女流初段▲6六銀。ここは▲6六歩なら駒が動いたのだが、この歩は由紀女流二段が何とかするということで話がついた。
本譜△5四銀▲5五歩には△6五銀とぶつけたいところだが、それは▲7七銀と引かれて、次の▲6六歩が受からない。由紀女流二段、やむをえず△6三銀と引いた。
阿部七段「この手損は関係ないでしょう」
あとは端の香の動きが懸案だ。由紀女流二段が、「香を動かす…」とつぶやく。桃子女流初段も付き合え、というわけだ。阿部七段が「談合みたい」とつぶやいた。
△9二香に桃子女流初段は▲9七香。たんにお付き合いするのではなく、場合によっては▲9八飛の端攻めも見ている。
阿部七段が△5五歩を推奨すると、由紀女流二段も△5五歩。「おぬし解説まで味方につけるのか?」と桃子女流初段が揺さぶる。
と、ここで織田信長と東西の戦奉行が再び現れた。また戦奉行がチャンチャンバラバラやる。それが一段落して、
「戦況はいかがでござるか」
織田信長が阿部七段に聞いた。
「いや、これからです」
阿部七段が散文的に答え、場内が笑いに包まれた。
織田信長は残り30分を告げ、去っていった。
ボクシングじゃあるまいし、対局に制限時間を設けられても困るが、織田信長の命とあらば、従わざるを得ない。
対局再開。聞き手は北尾まどか女流二段に交代した。対局者は△7七角、▲7三角からお互い馬を作る。その数手後、由紀女流二段は△9七馬と香得に成功した。▲9七香と1マス高く浮いた手が悪手になってしまったが、これは結果論であろう。
桃子女流初段、▲5四歩と押さえる。ここで由紀女流二段が妙なことを言う。
「△6六歩と打ちたいんじゃが…」
現在不動駒は▲6七歩のみ。そしてこの歩は由紀女流二段が責任をもって動かすという約定がなされていた。そこでいまのうちに「△6六歩▲同歩」を利かしておきたい、というわけだった。
桃子女流初段も応じ、かくして上の2手が実現した。
場内からねぎらいの拍手が起こり、ここからは純粋?な勝負である。しかし両陣営とも固く、この後15分か20分で勝負がつくとは思えない。
△4六桂の両取りに▲5七飛と浮く。さりげなく△9七馬に当たっているが、由紀女流二段はむろん承知で、△7九馬と飛車に当て返した。以下▲4四桂△5七馬▲同金△3八桂成▲同銀△5九飛▲3二桂成△同飛▲4四歩△4二金(第2図)と進む。
ここで本手は▲5八金打だろう。金取りを防ぎつつ自陣を厚くする。しかしこの対局は終了時間が決まっている。よって桃子女流初段は▲4五桂と跳ねて勝負をつけにいった。
由紀女流二段△5七飛成。以下▲3三桂成△同金▲4三歩成としたあと、桃子女流初段は再び、「3月のライオン」の話題を振る。しかしもう話している時間はなかったようで、北尾女流二段よる秒読みが始まらんとしていた。
△5五竜▲3二と△同金▲4一飛△5七竜(第3図)と進む。
先手玉は△2七香▲同銀△2九金以下の詰めろ。そこで桃子女流初段は▲3七桂をひねりだす。詰めろ逃れの妖しい手だ。
対して由紀女流二段は△3一金打!! ここに至って頑強に受けた。▲4四角△3三桂に、もはや飛車は逃げていられないので、桃子女流初段は▲3一飛成。以下△同玉▲5三角成△2二玉▲4四桂(第4図)。桃子女流初段、ゲタをあずけた。
桃子女流初段「おぬし詰将棋は得意か?」
由紀女流二段「…得意ではない」
でも詰ましてみせる、の気概があった。
△3九角▲同玉△4八金▲2八玉△3八金▲同玉△4八飛。
「この飛車はさっきまでウチにいたのに…」
と桃子女流初段がつぶやく。昨日の友は今日の敵、なのが将棋だ。「上がるしかない」と▲2七玉。以下△3八銀▲2八玉△3七竜▲同玉△4七飛成▲2八玉。
由紀女流二段が詰ましにきているので、先手玉はいそがしい。「玉が何度も動いているほうはダメです」と阿部七段。まあ、それはそうだろう。
△2七竜▲1九玉(第5図)。
あと1手で先手玉は詰むが、ここはどちらの駒で行くべきか。由紀女流二段になったつもりでお考えいただこう。
(つづく)
▲3八玉に△4二玉と上がり、由紀女流二段事実上の居飛車が確定した。私たちは貴重な場面に立ち会えたのかもしれない。
中村桃子女流初段は「取っていいものか?」と角を換え、以下駒組合戦となった。これは駒が動くことを意味するので、いいことだ。
なお両者が1手指すごとに、大手門奥の櫓で、王将太鼓が叩かれる。太鼓の音でそれぞれの駒を表し、たとえば金は「ドン、ドン」と重厚だが、銀や桂馬は「トンカラカッカ」と軽やかだ。
桃子女流初段「由紀殿、さっきはワインの試飲コーナーでだいぶ飲んでいたが、フツーに指せておるな」
由紀女流二段「おぬしも飲んでおったが」
桃子女流初段「勧め上手だったんじゃ。1杯のつもりが4杯も飲んでしまったんじゃ」
何だか知らないが、両人ともいける口だったようだ。「出羽桜」が旨かったらしい。
桃子女流初段が、「3月のライオン」の話題を振る。今回の人間将棋は映画「3月のライオン」とのコラボで、あす23日は主演の神木隆之介と大友啓史監督のトークショーがある。
ちなみに私は、3月のライオンを見たことは一度もない。
前述のとおり、私の芝生席からは桃子女流初段の横顔が見える。烏帽子がよく似合っている。室谷女流二段は少し遠いが、その美形はここからでも分かる。
二人はソプラノの声で掛け合いもおもしろいが、普段の口調と全然違ううえに、話題が将棋に限らないので、別人がしゃべっている錯覚に陥る。ある意味彼女らの素の部分を見ているようで、私たちは相当貴重な場に立ち会えているのかもしれない。
桃子女流初段は高美濃に組み、▲3七桂と跳ねた。
阿部健治郎七段「(このあと)▲1七香~▲1八玉~▲3九金~▲2八金とする手をカンピョウ囲いというそうです」
そのココロはよく分からない。
だいぶ不動駒が少なくなってきた。桃子女流初段▲6六銀。ここは▲6六歩なら駒が動いたのだが、この歩は由紀女流二段が何とかするということで話がついた。
本譜△5四銀▲5五歩には△6五銀とぶつけたいところだが、それは▲7七銀と引かれて、次の▲6六歩が受からない。由紀女流二段、やむをえず△6三銀と引いた。
阿部七段「この手損は関係ないでしょう」
あとは端の香の動きが懸案だ。由紀女流二段が、「香を動かす…」とつぶやく。桃子女流初段も付き合え、というわけだ。阿部七段が「談合みたい」とつぶやいた。
△9二香に桃子女流初段は▲9七香。たんにお付き合いするのではなく、場合によっては▲9八飛の端攻めも見ている。
阿部七段が△5五歩を推奨すると、由紀女流二段も△5五歩。「おぬし解説まで味方につけるのか?」と桃子女流初段が揺さぶる。
と、ここで織田信長と東西の戦奉行が再び現れた。また戦奉行がチャンチャンバラバラやる。それが一段落して、
「戦況はいかがでござるか」
織田信長が阿部七段に聞いた。
「いや、これからです」
阿部七段が散文的に答え、場内が笑いに包まれた。
織田信長は残り30分を告げ、去っていった。
ボクシングじゃあるまいし、対局に制限時間を設けられても困るが、織田信長の命とあらば、従わざるを得ない。
対局再開。聞き手は北尾まどか女流二段に交代した。対局者は△7七角、▲7三角からお互い馬を作る。その数手後、由紀女流二段は△9七馬と香得に成功した。▲9七香と1マス高く浮いた手が悪手になってしまったが、これは結果論であろう。
桃子女流初段、▲5四歩と押さえる。ここで由紀女流二段が妙なことを言う。
「△6六歩と打ちたいんじゃが…」
現在不動駒は▲6七歩のみ。そしてこの歩は由紀女流二段が責任をもって動かすという約定がなされていた。そこでいまのうちに「△6六歩▲同歩」を利かしておきたい、というわけだった。
桃子女流初段も応じ、かくして上の2手が実現した。
場内からねぎらいの拍手が起こり、ここからは純粋?な勝負である。しかし両陣営とも固く、この後15分か20分で勝負がつくとは思えない。
△4六桂の両取りに▲5七飛と浮く。さりげなく△9七馬に当たっているが、由紀女流二段はむろん承知で、△7九馬と飛車に当て返した。以下▲4四桂△5七馬▲同金△3八桂成▲同銀△5九飛▲3二桂成△同飛▲4四歩△4二金(第2図)と進む。
ここで本手は▲5八金打だろう。金取りを防ぎつつ自陣を厚くする。しかしこの対局は終了時間が決まっている。よって桃子女流初段は▲4五桂と跳ねて勝負をつけにいった。
由紀女流二段△5七飛成。以下▲3三桂成△同金▲4三歩成としたあと、桃子女流初段は再び、「3月のライオン」の話題を振る。しかしもう話している時間はなかったようで、北尾女流二段よる秒読みが始まらんとしていた。
△5五竜▲3二と△同金▲4一飛△5七竜(第3図)と進む。
先手玉は△2七香▲同銀△2九金以下の詰めろ。そこで桃子女流初段は▲3七桂をひねりだす。詰めろ逃れの妖しい手だ。
対して由紀女流二段は△3一金打!! ここに至って頑強に受けた。▲4四角△3三桂に、もはや飛車は逃げていられないので、桃子女流初段は▲3一飛成。以下△同玉▲5三角成△2二玉▲4四桂(第4図)。桃子女流初段、ゲタをあずけた。
桃子女流初段「おぬし詰将棋は得意か?」
由紀女流二段「…得意ではない」
でも詰ましてみせる、の気概があった。
△3九角▲同玉△4八金▲2八玉△3八金▲同玉△4八飛。
「この飛車はさっきまでウチにいたのに…」
と桃子女流初段がつぶやく。昨日の友は今日の敵、なのが将棋だ。「上がるしかない」と▲2七玉。以下△3八銀▲2八玉△3七竜▲同玉△4七飛成▲2八玉。
由紀女流二段が詰ましにきているので、先手玉はいそがしい。「玉が何度も動いているほうはダメです」と阿部七段。まあ、それはそうだろう。
△2七竜▲1九玉(第5図)。
あと1手で先手玉は詰むが、ここはどちらの駒で行くべきか。由紀女流二段になったつもりでお考えいただこう。
(つづく)