街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

早水神社祭神 日向の諸縣君、牛諸の女、髪長比売 に関して

2018-11-18 00:10:00 | 史跡

 古事記より、仁徳天皇記 応神天皇記に出てくる名前を憶えているであろうが、日向の諸縣君、牛諸の女、髪長比売を娶して、生みませる御子、波多毘能大郎子、亦の名は大日下王。次に波多毘能若郎女、亦の名は長日比売命、亦の名は若日下部命。髪長比売は二人の子供を産む。
 問題はこれからだ。安康天皇記に大日下王の妹を大長谷王子の妃にしたいと言うので〜云々〜大日下王は策略に遭い謀殺される。そこで安康天皇は大日下王の妻、長田大郎女を皇后としてしまった。この皇后の連れ子が七歳になった目弱王である。この目弱王が父の敵とした安康天皇を殺害したのである。
 悲劇だけではない大日下王の妹の若日下部命は雄略天皇(安康天皇の弟)の皇后になっている。しかし、残念なことに子供を儲けることが無かった。
 
 日本書紀ではどの様に書かれているのかと言えば、日向髪長媛は大草香皇子と幡梭皇女を生んだ。問題はこれからだ。安康天皇の弟(雄略天皇)の為に大草香皇子の妹(幡梭皇女)を娶りたいと言うのだがその使いとした根使主の物欲による策略に遭い謀殺されてしまう。その妻である中蒂姫を皇后にした。皇后には大草香皇子との間に子供が出来ていた。所謂連れ子なのだが、この子が眉輪王(古事記では目弱王)である。
 
 古事記も日本書紀も同じようではあるが詳しい描写かどうかの違いだけである。しかし、史実なのだろうが、こんなに凄いことになるとは・・・うーむ。
 
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沖水古墳 完

2018-11-18 00:10:00 | 宮崎 古墳




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