塚堂古墳 (福岡県)
浮羽若宮古墳群 3基の前方後円墳の中にあって殆ど完全な形で見ることが出来ると言っていい。五世紀末期に築造されたのだが、立地を考えると開けた場所で、ランドマークの様でもある。当然権威の象徴としたからだろうが、ただ、筑後川の氾濫にあうことを考える必要があったのだがな。日田方向から国道201号バイパスを利用して久留米方面に向い宮田交差点を過ぎると右手にその姿を見ることが出来るので注意して下さいよ。おっと、月岡、塚堂、日岡の順で時代が流れることを付け加えておかねば。築造時期は倭の五王 最後の雄略天皇(獲加多支鹵大王)の時代である。半島出兵などで功を上げた当該地域の首長であったと思える。
当該ブログの記事は令和4年11月5日から10日までである。
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